死守せよ、殺人鬼〜後編

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月17日〜07月22日

リプレイ公開日:2005年07月25日

●オープニング

 薄暗く湿気たにおいの立ちこめる空間に、彼が一歩足を踏み込むと、どこかいい薫りが漂った。微かに光を差し込む、小さな小さな窓から差し込む光は、朝日のような金色の髪を照らす。
 床に縮こまるようにして座っていた“男”は、静かに視線をあげた。
 天使かもしれない。
 男はそう思って、口にした。
「‥‥天使様は‥‥僕を迎えに来たの?」
 最後まで言い終わった瞬間、鋭い金属がのど元に突きつけられていた。光の後ろには、暗い影があった。冷たく青ざめた夜闇のような、蒼いまなざしが自分を見つめている。
 歳は四十から五十弱だろうか。やや若く見える。
 身は引き締まった細い体躯。
「口には気を付けろ」
 短く男は言った。静かに、光のような青年が視線を後ろに向ける。柔らかい視線だ。‥‥やっぱり天使様かもしれない。
「デジェル、お止めなさい」
 デジェル・マッシュは主の命に従い、剣を腰の鞘へとおさめた。
「‥‥さて、ヒス・クリストファ」
「はい」
 ヒスは答えた。じいっと彼を見つめる。
「おおよそ、あなたへの尋問は終わりました。‥‥これからあなたは裁判にかけられますが‥‥おそらく公開の元絞首刑となるでしょう。場所はシャンティイです」
「そうなんですか」
 自分が殺されるというのに、ヒスの表情は穏やかだった。そこではじめて、彼が自分の名を名乗った。
 レイモンド・カーティス、と。
 レイモンド。その名前を聞いて、ヒスがああ、と顔を明るくした。
「僕‥‥あなたの事知ってる。‥‥神父様が言ってたよ、もしシシリーとの勝負に負けたら、あなたにきっとお会いするって」
「そうですか。‥‥彼は何か私に伝言を残していませんでしたか?」
 すう、と目を細めてレイモンドが問うた。
「私は“あなた”では無い‥‥と。私は“クーロン”では無いと言ってたよ」
 レイモンドが何か一言‥‥言葉をヒスの耳元で囁くと、ヒスはこくりと頷いた。

 カレン・マクファが部屋に入ると、既にそこには誰かが居た。いや、本来の主であるレイモンドの他に‥‥二人。
 一人は、蒼く澄んだ瞳の男。もう一人は、こちらの男よりやや年上だろうか‥‥頬に痣のある男だった。少し、暗い印象を受ける。カレンは入り口で立ち止まり、レイモンドに視線を向けた。
「あの‥‥お呼びでしょうか」
「ええ‥‥カレン、こちらへ」
 レイモンドに呼ばれ、カレンはおずおずと進み出た。冷たい視線が、両方から注がれる。
 カレンはますます身を縮めた。
「‥‥カレン、ヒスの絞首刑が行われます。これには多くの人が集まるでしょうし、おそらくクレルモンからも人が集まるはずです。クレルモンからは、騎士団長をはじめとして、セレスティンや妃も来ます」
「えっと‥‥護衛ですか?」
 カレンが先走ってそう聞くと、右側から殺気だった視線が向けられた。ちらりと視線をそちらに向けると、蒼い瞳の男がこちらを見ていた。
「彼はデジェル・マッシュ‥‥クレイユ領主です。そしてこちらがロイ・クローゼット‥‥フェールの父親の親友だった男ですよ」
「ああ‥‥あの‥‥その」
 カレンが口ごもると、ロイがふ、と苦笑した。
「緊張するな。フェールの件は仕方ない」
「は、はい」
 カレンが頷くと、レイモンドは話を続けた。
「‥‥カレン、あなたには彼らに付いて‥‥ある任務を行ってもらいます。この絞首刑の監視でもありますが‥‥ここに、おそらくある男が現れます。ヒスの死亡を確認する為です。‥‥その男を殺す事が、あなた達の任務です」
「え? あ、私‥‥人を‥‥」
「心配ありません、殺すのは彼ら‥‥デジェルとロイの仕事です。あなたはフォローをするだけでいいのですよ」
「‥‥俺達だけでは、回復役が心許ないのでな」
 ロイが言うと、デジェルがふ、と唇の端をつり上げた。
「貴公はどうだか知らぬが、俺は貴公と二人で十分だと踏んでいるがな。‥‥それに、これは子供ではないか。ラスカならまだしも‥‥」
「‥‥でも‥‥わたっ‥‥私、人を殺す事‥‥」
 カレンが黙って俯くと、レイモンドはため息をついた。
「仕方ありませんね‥‥。では、ラスカに至急連絡を取ってください」
 パリに戻ったばかりでしょうが‥‥。

 レイモンドの部屋から退出した後も、カレンは何だか胸騒ぎがして仕方なかった。
 領主様は、一体誰を殺そうとしたのだろうか。
 ロイという、フェールの親友と‥‥そして、デジェルという領主。おそらく、レイモンドが最も信用し、最も腕を買っている男達だ。
 カレンは駆け出すと、シャンティイ騎士団の一人を捕まえた。カレンの剣幕に驚いた男が話した事‥‥。
 すぐさまカレンは馬を飛ばし、ギルドに駆け込んだ。
「お願い、急いでるの! 人を集めて‥‥早くしないと‥‥」

「ラスカが到着次第、すぐにフェールの捜索にかかってください。絞首刑は二日後‥‥それまでにフェールは現れます。必ず仕留めなさい」
 レイモンドの言葉に、ロイとデジェルが頷いた。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フレイハルト・ウィンダム(ea4668

●リプレイ本文

 ラスカ護衛班より先立つ事数刻。打ち合わせを済ませると、各自行動に走った。
 今回の任務は、ラスカがシャンティイに到着し、ロイとデジェルの二人と合流‥‥フェール・クラークを暗殺してしまったら失敗となる。
 幸い、この中でアレクシアス・フェザント(ea1565)以外の七名はフェールの顔を確認している。フェールの容姿についてある程度聞くと、アレクシアスが中心となって作戦の手分けをした。
 マリー・アマリリス(ea4526)は高速馬車の手配を、それ以外にセブンリーグブーツを持っている者は先行してシャンティイに向かい、アレクシアスと本多風露(ea8650)の二人はマリー達と離れてラスカ班の動きを見張っていた。
 アレクシアスと風露がラスカ班の足止めをする間、マリー達がシャンティイに向かう。そこでフェールを探し、アレクシアスは途中で風露に任せると、シャンティイの町はずれで待機しているウリエル・セグンド(ea1662)とカレンとともに、撤退ルートの確保する手はずだ。
 足音を消した風露とアレクシアスは、ラスカ班の馬車を確認すると、その後を追った。アレクシアスは馬で、風露はブーツで。
 馬を休憩させている彼らの様子を探ってきた風露は、アレクシアスと合流すると彼らの様子を話した。
「彼らは多頭引きの馬車を確保したようです。しかし休憩はほとんど取らず、急がせています。高速馬車で出発したカレンさん達とは、それほど差がないようですね」
「少しの時間でもいい、時間稼ぎをするんだ」
 アレクシアスが言うと、風露はすうっと目を細めた。
「そうですね‥‥夜。あの様子では、明日にも疲れが馬に出るでしょう。今夜のうちに寝かせないようにすれば、人間は耐えられても馬は耐えられません」
「向こうには、ウリエルの仲間がいる。向こうからも遅延工作を行うらしい‥‥気を付けろ」
 こくりと頷くと、風露はアレクシアスの元を離れた。

 一方、先に高速馬車で出たマリー達は、到着時間を気にしながら荷台で揺られていた。
 心配そうに内路居ているカレンに気づき、サーラ・カトレア(ea4078)いつもと変わる事のない落ち着いた様子で、カードを出して広げた。
「カレンさん、カード占いはいかがですか?」
「カード?」
 カレンがきょとんとしていると、サーラは床にカードを広げはじめた。柔らかい笑みをうかべ、白い指先がカードを切って並べ始める。
「せめて、フェールさんがどう動くか‥‥そして私たちの未来、占って差し上げましょう」
 サーラの占いに、カレンとマリーが興味津々でのぞき込む。
「未来‥‥過去‥‥現在。そして、鍵となるカード」
 サーラは一枚ずつ開いていく。その表情が、一瞬引き締まる。蒼い目が、カードを見つめた。
「そうですね‥‥争乱の色と‥‥何かの障害がある」
「フェールさんは、どこに居るんでしょうか?」
 マリーが聞くと、サーラが首を振った。
「彼は隠されていて‥‥おそらく人混みに紛れているのでしょう、見つける事は困難です」
「そうですか」
 カレンは、少し悲しそうに目を伏せた。サーラがあっ、と声をあげてカレンの肩に手をやる。
「でも‥‥皆さんで探せば、きっと見つかりますよ」
「そうですよね」
 カレンは顔を上げると、外にふいと視線を向けた。
 日が暮れていく。そろそろ、馬車を乗り換える為の停車場に到着するはずだ。ウリエルと源真霧矢(ea3674)は馬で、そしてユーディクス・ディエクエス(ea4822)はセブンリーグブーツで先行している。
 夜を迎える頃、アレクシアスと風露には異変が起こっていた。
 野営の準備をしているラスカの班の者が鳴子を設置しているのに気づき、風露が鳴子を意図的に鳴らす事によって彼らの睡眠を妨げようとしていた時だ。
 アレクシアスも風露も何もしていないのに、鳴子は鳴った。
「‥‥風露、見かけたか?」
 アレクシアスが聞いた。しかし風露も何も見ていない。
 姿は見えないが、誰かが自分たちと同じように尾行しているようだ。誰かは分からないが、これは好都合だ。ラスカが襲撃される様子もない。
 やがて明け方。風露とアレクシアスがそろそろ眠さを我慢出来なくなった頃、ラスカの側に居た女性が起き出してきた。相手の馬車に動きがあった事に気づいた風露はすぐにアレクシアスを起こした。
 ろくに寝ていないだろうに、もう出発するようだ。
 風露は眠気の残る頭を振ると、アレクシアスを急かした。
「シャンティイまではあともう少しです。私が残りましょう」
「では俺は先に行く。気を付けろ、尾行しているのはフゥの樹かもしれん」
「そちらもお気を付けて」
 風露はアレクシアスと分かれると、再び尾行を開始した。

 シャンティイは、ヒスの公開処刑が行われる為、その見物客でごったがえしていた。ヒスはクレルモンで人を次々に殺した殺人鬼‥‥当然クレルモンからの見物客も多かった。
「どうやってフェールさんを探しますか?」
 サーラが聞くと、ウリエルが口を開いた。
「仲間が‥‥ガスパーさんと連絡を付けてる。だから‥‥俺は先に行って、アレクシアスさんを‥‥待つ」
「それでは私は、ウリエルさんと行きます。後はお願いします!」
 カレンがにっこりと笑って、大きな声で言った。カレンとウリエルは馬を連れると、一旦霧矢達と分かれた。
「そうやな、こっちは処刑場の門番やら馬車について聞き込みする事にするわ」
「では、私は宿屋や貧民街の聞き込みを‥‥」
 マリーが答える。
 とはいえ、ここの貧民街はえらく場所が遠い。
「俺、通りの外れの裏街にまわってみようと思うんだけど、マリーさんも行く?」
「はい、お願いします」
 マリーとユーディは宿屋の聞き込み、霧矢は門番への聞き込みにまわった。
 特にどこでどう調べるという事は考えていなかったサーラは、ちょっと困ったように霧矢を捕まえた。
「私はどこで探せばいいのでしょう?」
「うん‥‥まあ、適当に頼むわ」
 じゃ、と霧矢は手を上げて挨拶をすると、足早に去っていった。
 サーラを置いて調査に向かった霧矢は、まず処刑場の門番に馬車について聞いてみた。フェールはおそらく馬車で移動している。
 そしてその馬車は、他の馬車とは違って異質な目立つ‥‥であろうという皆の考えである。
「金色の髪のなあ、若い兄ちゃんや。顔色悪うて、見張りが付いとるはずなんやけど」
「さあ‥‥人が多いからなぁ」
 考え込む門番に霧矢が不審者の警戒やと言うと、門番は仲間にも声をかけてくれた。
「馬車って、普通はどの辺りに居るのん?」
「そうだなあ、停車場に居るんじゃないか? それ以外は‥‥まあ、お偉いサンは特別席で見ているか、町中まで自家用の馬車を宿まで乗り付けているけど。犯罪者の事なら、騎士に聞いてみたらどうだ?」
 それが出来れば、そうしているのだが‥‥。霧矢は門番からメテオールの騎士が警備をしている場所を聞き出すと、とにかく向かってみる事にした。

 そして、身分の高い者が行かないような裏通りにある酒場などを重点的に聞き込みして回っている二人は、やはりよそ者という事もあって手聞き込みに手こずっていた。
 少し異質な雰囲気の馬車を見なかったか、と聞いてみるが、有力な情報は出てこない。
 そういえば‥‥リィゼさんって、どうしているんだろう。
 ふとユーディは、盗賊団鉄の爪のリィゼを思い出した。
「盗賊なのですか?」
 こくり、とユーディが頷く。
 リィゼは、ユーディや兄達が何度か会って依頼を受けた事がある女性だ。燃えるような赤い髪の美人で、やや人目を惹く容姿である。
 ユーディは足を止めると、酒場の方をふり返った。
「リィゼなら、もしかすると何か知ってるかもしれない」
 ユーディは引き返すと、ユーディは酒場の主に、リィゼの容姿と名前を伝えた。すると、やはり場所柄か、表側に面した酒場とは違ってリィゼの名前に反応があった。
 主人は覚えがない様子だったが、客の一人が返事を返してきた。
「そういや、ついさっき外でリィゼを見かけたぜ。でも、あの様子じゃあ声を掛けない方がいいな」
 誰かと手を組んで歩いていたらしい。リィゼがそういう素振りを人前で見せるのは、大抵何らか“仕事”を仕掛けている時だ。
 ユーディは外に飛び出すと、彼から聞いた通りへと向かった。
 刻限が迫っているからか、人が増えている。ユーディはその人混みの中に目を凝らす。
 処刑場に近づいた時、ユーディの目に真っ赤な髪が目に映った。あの、陽光に輝く髪、そしてあの顔は間違いない。ユーディが声を掛けようとした時、後ろから誰かに捕まれた。
 ふり返ったユーディの腕を掴んでいたのは、霧矢だった。
「ユーディ、ラスカはん護衛班がじきに到着するよってすぐに戻ってくれ!」
 まだあれから時間が経っていないというのに‥‥。
 マリーは青ざめた表情で霧矢について走った。
 ユーディ達と同時に、サーラと風露が先に現場についていた。この辺をうろうろしていたサーラに風露が接触したようだ。風露はユーディ達を見つけると、駆け寄った。
「もう時間がありません、急いでください」
「向こうで、それらしい奴見たって騎士がおった。もしかすると、この辺りに居るかもしれへん」
 必ずこの辺りに居るはずだと言う霧矢の情報を信じ、マリーと霧矢、ユーディ達は周辺を見まわした。
 人の流れが激しく、視界に人が次々に入っては消えていく。
 すると、突然その流れがかわった。
 瞬間。ユーディの視界に、何かが映った。あれは‥‥リィゼだ。
 ユーディが声を上げようとすると、どっと人がこちらに押し寄せてきた。向こうで何かがあったようだ。リィゼは、その流れに逆らって騒ぎの中心部に向かっていた。
「あそこや!」
 霧矢が、人をかき分ける。ユーディはマリーに手を捕まれた。
 混乱、悲鳴。
 霧矢がようやくその中心部にたどり着くと、そこで‥‥恐れていた事態が起こっていた。
 剣を持ったフェールと、跪いてじっとしているラスカ。彼女は、護衛についていた冒険者に庇われていたが、フェールの勢いが止まるものではない。
 抜き放たれた刀は、空に鮮血の線を引きながら弧を描いていた。一閃が一人の体を切り裂き、彼の体勢を崩す。後ろに居た少女が、剣を構えるとラスカの前に立った。
「無茶や‥‥!」
 霧矢が、飛び出す。
 ゆらりとフェールが、前に動く。次の一撃は、少女の体を串刺しにしていた。少女は刀を掴み、体を支える。握った手から血が滴って落ちる。
「‥‥く‥‥っ」
「フェール、うち等は敵やない! はよせんと、逃げられへんようになるさかい」
 霧矢の呼びかけにも、フェールは反応が無い。すると、彼の横を誰かが抜けて飛び出した。一人はフェールよりやや年上の男。もう一人は、赤い髪の青年だった。
 ラスカの側に居た男が、ガスパー‥‥と呟いたのが聞こえる。
 出てきたのはガスパーとアレクシアスだけではない。
 突然始まった戦闘を避けて逃げまどう人々の前に進み出たもう一人の人物は、深紅の髪の女性だった。
 腰に手をやり、リィゼがフェールを見る。
 リィゼに構わず、ガスパーは後ろからフェールに真っ直ぐ駆け寄った。フェールの視線がこちらに向いた、と思うと刀は彼の残像を切り裂いていた。
 皮一枚でフェールの一撃を避けたガスパーが、後ろからフェールに組み付く。がっちりと掴んだまま、ガスパーはふ、と苦笑いを浮かべた。
「‥‥いやはやお騒がせしました、うちの愚弟がご迷惑を掛けたようで」
「そうか、ガスパー。あの時の連絡か」
 男が聞くと、ガスパーは顔を顰めた。刀を握り直したフェールの刀が、ガスパーの足に突き刺さっている。リィゼはくすりと笑った。
「‥‥困るねえ、勝手に“うち”の殺人兵器を連れて行かれちゃ」
 うち、といったリィゼに、誰かが声をあげた。
 リィゼがちらりとそちらを見ると、一人の男が引きつった顔でリィゼを見ていた。彼の喉元にナイフが当てられている。後ろに立ったユーディが、厳しい表情でリィゼを睨んでいた。
「リィゼさん、大人しく言う事を聞いてくれ、時間が無いんだ。すぐにもフェールを殺す為に騎士が来る」
 リィゼは、ちらりとラスカの方を見る。
 静かなリィゼに対し、暴れるフェールの目は虚ろだった。
「マリー、デティクトアンデット頼むわ!」
 霧矢に言われ、すぐにマリーが術を掛けた。しかし、術に反応は無い。この近くに悪魔やアンデッドは居ない‥‥つまり、フェールは生身だという証拠だ。
 ぎゅっ、とマリーが胸元を掴む。
「それでは‥‥やはり」
 視線を上げると、マリーは懐から何かを取りだした。それは、枯れ草だった。
 単なる枯れ草。しかし、フェールにとっては違うはず。
「フェールさん‥‥」
 辛そうに、マリーが眉を寄せる。
「お菓子が欲しいですか?」
 フェールの洞穴のような瞳がこちらを向く。ガスパーへの抵抗を止めた。足を一歩、踏み出す。ガスパーが手を離すと、よろりとそちらに向かっていった。ゆっくりと、マリーが後ずさりをする。
 と、刺すような視線でリィゼがふり返った。アレクシアスが、フェールとリィゼの間に立ち、ラスカを見やった。
「‥‥そんな事をしているより、ヒスの死体を確保した方がいい。彼らに持って行かれたら、面倒になる」
 アレクシアスが踵を返すと、リィゼが凛とした声をあげた。
「撤退だ!」
 誰かが、城の方から人をかき分けてこちらに向かうのが見える。
 一人、二人‥‥。
 しかし彼らが到着した頃、既にリィゼもフェールも姿を消していた。

 フェールを一旦は確保したものの、ガスパーは彼の身柄をリィゼに引き渡した。
 もし自分が連れて行こうとしても、帰り着くまでにリィゼに奪われては元も子もない。それに、レイモンドを説得しなければ、保護する事すら出来ないからだ。
 黙っているガスパー。しかし、カレンはきっとリィゼを見上げて口を開いた。
「フェールさんは必ず連れ戻しますから」
 にぃ、とリィゼが笑う。
 フェールを馬に乗せると、後ろにリィゼが乗って手綱を取った。じいっと見上げるウリエルに、リィゼが笑みを向ける。
「また会ったね、アンジェ(天使)」
「なんで‥‥」
 ウリエルがリィゼを見上げる。
「なんで‥‥リィゼ‥‥居る」
 と視線をそらした先に、騎馬があった。一人の少年の姿が、そこにある。端正な顔立ちをしている。リィゼは、表情を硬くした。
「うちの頭領の命令だ。鉄の爪は、フゥの樹の傘下に入った」
「‥‥フゥの樹‥‥悪魔の組織だ」
「分かっているさ。でもね、人の物を奪い、殺し、犯すあたし達鉄の爪と、フゥの樹‥‥どう違いがあるっていうんだい? あたし達は、何も変わっちゃいないさ」
 鮮やかな手並みで、警備の網を抜けて、シャンティィから‥‥狂った狼が消えた。

(担当:立川司郎)