食人伝承〜そして再び悪夢
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月30日〜08月05日
リプレイ公開日:2005年08月08日
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●オープニング
恐れ。
そして悲しみ。
部屋の隅で、二人の小さな子供を抱えて震える母親は、その男から目をそらす事も出来ずに居た。
男はゆっくりと部屋を歩き回り、何かを探すように物をひっくり返した後、深く息をついて剣を肩に担ぎ上げた。
「‥‥またハズレか‥‥」
すう、と男が視線を母親に向ける。ぎゅっと母親が子供を抱え込んだ。
これは‥‥コレは‥‥。
母親が何かを呟く。すると、男はにやりと笑った。
「どっちがいい?」
母親が答えずに居ると、男は眉を寄せた。
「どっちって聞いてんだ。‥‥その赤ん坊と餓鬼、どっちにする?」
「‥‥あ‥‥っ」
「早くしろ! じゃねえと、どっちもぶっ殺ししまうぞ」
どっちにするか‥‥どちらを殺すか。そんな決断、出来るはずがない。母親は頭を振った。
「あ‥‥こ、殺すなら‥‥私を‥‥」
「お前みたいな成長しきった女喰って、何が面白いってんだ。‥‥おい女、お前は“いつ”だった」
男の言葉に、母親はびくりと体を震わせた。
自分は‥‥自分は五年前。
「私‥‥私が‥‥」
「もういい。だから、どっちにするっていってんだ!」
男は叫ぶと、つかつかと歩み寄った。男につかみかかって抵抗する母親から、まだ母親の乳が必要な程の赤ん坊を掴み上げる。
「じゃ、こいつにしとくぜ」
「止め‥‥止めて!」
「止めない。‥‥それじゃ、パーティーといこうか」
まだ分かんねえようだから。
お前達は、まだ分かってねえ。俺には逆らえないって事を。“知って”るはずなのに、まだ分からねえのか。
「俺の名前は、ランズ・シシリー。覚えておけ、新しいお前達のご主人様だ」
シシリーはどっかりと椅子に腰掛けると、子供をテーブルに載せた。
さて‥‥それじゃあ、新らしいご主人様に‥‥料理を作ってもらおうか。
お前の手で!
街道からしばらく東に奥入った静かな街、アンジェコート。
窓辺のベンチに腰掛け、彼は白い手でさらりと髪をかきあげた。金色の、糸のような美しい髪が肩を流れる。
レイモンド様、と一人の騎士が名前を呼んで書類を手渡す。シャンティイ領主レイモンドはそれを受け取ると、目を通した。
「‥‥アンジェコートでの事件の報告書ですね」
レイモンドは、呟くと深くため息をついた。
「今のところ、殺害されたのは現在身元不明二人の男二名、それから街道沿いにうち捨てられていた、赤ん坊の骨‥‥ですか」
「赤ん坊の骨は、火が通っていました。何かに食い散らかされたような‥‥」
騎士の話を聞いて、レイモンドは眉を寄せて悲しみを表した。
「この村の子供という可能性はあるのですか?」
「はい。発見場所も近いですし、間違いないと思います。‥‥ただ」
騎士が口を濁らせる。
その村は、静寂に包まれていた。騎士の問いかけにも、曖昧な言葉しか発さない。何かに怯えている様子はあるが、口を開こうとはしなかった。
何か様子がおかしい。
「先のシャンティイ会談での調査書によりますと、犯人はクレルモンで逃した、ランズ・シシリーである可能性が高いのではないかと言われております」
シシリーは、その行動の隠密性と高い戦闘能力により、あっという間に冒険者達を叩き伏せて逃走した。現在は悪魔崇拝団体フゥの樹に深く関わって活動していると思われる。
レイモンドは、静かに目を閉じた。
「シシリーを追っていたのは、セレスティンでしたね。‥‥彼女も領主候補でなければ、この件に出向きたかったでしょうに」
「セレスティン様は、お父上が崩御なされて‥‥」
「放っておくわけにもいきません。‥‥リィ、いますか?」
レイモンドが声をかけると、一人のシフールがふわりと舞い降りた。
「はい〜、レイモンド様ご用ですか」
「パリまで行ってください。事件の調査を依頼しましょう。‥‥この“鬼”、放っておけば、後々困った事になりそうですからね」
何より、領民を虐殺されるのはいただけませんから。それにこの村は‥‥。
そう呟くと、ペンを手にとった。
●リプレイ本文
記憶に残っている。
奴の笑い顔だけは、絶対に忘れる事は無い‥‥。
今回の依頼を見て、奴の事を思い出したのは自分だけでは無かった。エグゼ・クエーサー(ea7191)は、仲間の顔の中に、かつて戦った仲間がいるのを見た。
ナイフ一本で戦う事になったジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)。そして倒れていた自分達を回収してくれたベイン・ヴァル(ea1987)と姚天羅(ea7210)だ。
残る二人のうち一人は、先に出立したのは確認していた。もう一人は、この中で唯一の女性であり、今居る中では一番年長‥‥。
「何か言いたい事があるか?」
笑顔で彼女‥‥アリス・コルレオーネ(ea4792)が言った。エグゼは首を横に振る。
きっとうん、とは言えない。
それに、笑う気分にもなれなかった。エグゼは俯くと、すまない、と一言言った。アリスがちらりと視線を向ける。
「何故だ」
「‥‥これは復讐だからだ」
エグゼが答えた。ジラも‥‥そしてエグゼも姚達も。
シシリーに対する、あの時の借りを返すためにこの依頼を受けていた。
「そんな事は承知だ。‥‥こちらこそ、邪魔をしてすまないな」
「邪魔などという事はない。俺こそ、あの場に居た所で何も出来なかった」
姚は、背を向けたままアリスに言う。シシリーの依頼を最初に受けた時点で、姚は剣の腕に全く自信が無かった。
結果としてシシリーと戦う事は無かったが、今回もそうであるとは限らないし、逃げるつもりも無い。
「シシリーには、やはり八人で当たらなければ勝てない。‥‥そういう事だ」
こくり、と姚の言葉にエグゼが頷いた。
「それにしても、二人居ないな‥‥大丈夫か?」
エグゼが眉を寄せ、ベインに聞く。ベインはさあ、と答えた。
「一応顔は見た。二人とも、隠密性の高い行動には慣れているようだったから、単独行動を望んだのだろう」
「だからといって安心が出来んな‥‥まったく全然」
姚がぽつりと言うと、エグゼも深く頷いた。ちらりと顔を上げると、馬車の手配をしていたジラが、戻って来るのが見えた。
仲間から離れて、その動きを観察していたうちの一人。クオン・レイウイング(ea0714)は、自分と同じように仲間を付けている者が居る事は知っていた。
依頼を受けたのが八人で、その時顔を合わせている。
クオンはまだ十九才だが、弓を使う事を得意とする為、仲間からやや離れて行動する事が多い。
シシリーの人相については、エグゼやジラから聞いていた。以前シシリーに関するクレルモンの依頼を受けた四人のうち、直接出くわして剣を交えたのはエグゼとジラだけであるらしい。
「俺はベインとともに、シシリーが雇ったという傭兵について調べていた。セレスを城に送っている仲間と別れて、二手四人になった時‥‥シシリーは狙ってきた」
馬車に揺られながら、姚がアリス達に話した。
最低でも、俺やジラと互角に戦うだけの実力がある‥‥エグゼは低い声でそう話した。
クオンと同じく別行動をしているはずの荒巻源内(ea7363)は、シシリーの存在に全く皆が気づかなかった事からも、隠密行動が得意である事を指摘していた。
‥‥本当に人間なのだろうか。
クオンは疑問に思ったが、彼に通常の武器が通じた事はエグゼ達が確認している。
クオンは足を止めると、街道に視線を落とした。
報告書では、この辺りで骨が発見されたとあった。既に骨は回収された後で、影も形も残ってない。
何か残って無いか‥‥クオンは街道沿いに視線を落とすが、やはりそれらしいものは何も無かった。
ここは人通りの多い街道だ。何か残っていたとしても、もう無くなっているであろう。
クオンは弓を担ぎなおすと、仲間の後を追って歩き出した。
一方その頃、ベインは一人ジラ達の馬車から離れ、クレイユに向かっていた。
クレイユはかつて、ベインが領主代理であるコール・マッシュの依頼によりロンドと呼ばれる死霊を迎え撃った街である。
あれからロンドに占拠されていた城には、コールや祖母のマリアが住んでいた。
城で出迎えたのは、意外にも剣を所持した男だった。金色の髪をした‥‥年は三十過ぎだろうか。
ベインを部屋に入れて紅茶とお菓子を出してくれたマリアは、笑いながらベインに答えた。
「何十年ぶりかに来てくれた、クレイユの騎士さんよ。いまの所は一人だけなんだけどね」
マリアは柔らかな笑みを浮かべると、ベインの前の椅子にかけた。
おそらく、フェール・クラークの兄だという男‥‥。だが、飄々としたその態度はどうも好きになれない。
「今日は、こんな田舎町までわざわざ、顔を見に来てくださったの?」
マリアの問いに、ベインが視線を戻した。
「いえ。‥‥実は‥‥」
ベインは男をちらりと見て、話を続けた。ここに一人だけの騎士‥‥という事は、信頼してもいいのだろう。
「アンジュコートという所をご存じですか?」
「おや‥‥アンジュコートって事は、あんたさては卿に頼まれてシシリー探しか?」
騎士、ガスパーがベインに話しかけた。ベインは眉を少し寄せる。隠し事は出来ないようだ。
ベインはため息を小さくついた。
「そうだ」
「よしよし、素直なお利口さんだ」
ガスパーは笑うと、話を続けた。
「アンジュコートってのは、伝承にある使徒にまつわる街だ。ヴォラスって呼ばれてる使徒でな‥‥だが、あの村の連中は昔からあの調子で、卿を含めて他の使徒とも非友好的だ。まぁ、友好的なのが俺達しか居ないとも言えるが。おっと、お前さんの探してるのは使徒関係じゃなくて‥‥殺人鬼だったな」
「だが、無関係では無いかもしれん。‥‥何かアブリデやサン教会のような何かが隠されているとは?」
「さあね、そいつが分かりゃ卿がとっくに回収に向かわせてるんじゃないかねぇ」
ガスパーから話を聞き終わると、ベインは椅子を立った。
あまり長居はしていられない。マリアは少し残念そうに、頬に手をやった。
「あら、残念ね‥‥せっかく来てくださったのに寂しいわ」
「すみません。あなたも身辺にお気を付けて下さい」
ベインの言葉に、マリア様はしょっちゅう一人で出かけてますがねぇ、とガスパーが付け加えた。
アンジュコートは、一見して普通の町である。街道からやや離れては居るが、それほど閉鎖的でもない。
ただ、旅人が通りがかる町ではないだけで。
異国の料理を知りたい、とアンジュコートの人々の家を訪ねた割波戸黒兵衛(ea4778)。黒兵衛は隠密行動に長けた忍びの者だ。
町の人々に語りかけ、その本来の職務を隠す事は造作もない。
ただ、肝心の料理の腕が無いだけで。
全く無いわけでもないのだが、町の奥方や酒場の料理人に比べると劣る。今のピリピリした雰囲気のエグゼあたりに喰わせると、速攻で不味いと言われるであろう。
そもそも、シャンティイやクレルモンなどの城下町ならいざしらず、こんな街道から離れた町に料理人が居るというのもおかしな話で、そのあたりはうまく誤魔化した黒兵衛だったが、結局町の人たちの隙に入るという本来の目的は達成出来ず仕舞いだった。
それで結局、外で洗濯をしている奥方達と会話したりしているうちにジラやアリスが到着してしまった。
うまく情報収集が出来なければ手品師を装うと思っていた荒巻だったが、黒兵衛の様子を見て考えを変えた。
街道から離れた町であっても、たまに手品師の一人や二人来るだろうが、彼が人目を惹いている今現在同じ行動に出るのは、得策ではない。
クオンと同じく仲間との接触を断っていた荒巻であったが、一つ気になる事があった。
この町に居ると思われるシシリーという男。
確かに、荒巻にもそれらしき男が居る‥‥というよりも、気配を消して徘徊している者が居る様子は感じ取れた。
町の者達は、黒兵衛をはじめとして、外が来た者には警戒している。おそらく、アリス達もそのうちに入っているだろう。
この短期間に今の所六人、よそ者が訪れているのであるから、無理もない。
黒兵衛も察しているようだったが、町の者は何かに怯えているようだった。それともう一つ。この町には小さな教会が一つあるが、神父らしき者を見かける事は無かった。
たまに教会を片づけているのか、女や子供が出入りするだけで、首から十字架をさげた、もっともらしい格好の神官が居る気配は無い。
神父は‥‥この町に居ないのか?
教会をおとずれたジラも、神父が居ない事に気づいていた。
ジラが教会内に入ると、そこには一人の女性が居た。四十過ぎだろうか。側に一人の子供が居た。女性は、とっさに側に居た子供を抱きすくめた。
「‥‥驚かせてすまない。ここには誰か司祭か牧師は居るのだろうか」
「いいえ‥‥居ません」
女性はそう言うと、子供を離した。母は何事か子供に言うと、子供を外へと出した。その様子を、入り口に居たエグゼが見る。
共に来ていたアリスは、薬の調合をしているようだ。多少薬草の心得があるアリスは、薬の場所を聞きながら薬の調合を町の人々にしていた。
クレリックが居ないからか、何人かアリスに薬の調合を頼みに来る者が居る。彼らと話しつつ、話を聞いていた。
ジラは彼女の護衛、そして黒派の騎士だと女性に話した。
教会は、神父も牧師も居ないが綺麗に手入れがされている。
「あまり信仰は盛んではないのか?」
ジラが聞くと、女性はいえ、と答えた。
「盛んという程には‥‥牧師様はいらっしゃいませんけど」
教会に飾られた十字架等の内装からすると、黒派であるようだ。
女性が出ていくと、ジラはドアにもたれて立っていたエグゼの所に戻ってきた。
「何だか、やけに警戒されているな」
「‥‥よそ者だからか、それとも既に知られているのか。俺たちはシシリーに面が割れているからな」
ジラはすう、と外に歩き出した。
報告書の写しに、窓辺に置いたランタンを使ってアリスが目を通していた。
細い金色の髪は、ランタンの柔らかい光に照らされて薄く光っている。目を細めた彼女は、その眼差しをこちらに向けずに口を開いた。
「‥‥ランズ・シシリー。先日処刑された、ヒス・クリストファとともにクレルモンで殺人事件を起こしていた犯人の一人であり、悪魔崇拝団体フゥの樹の仲間‥‥だな」
「お前さん、依頼書を皆持ってきたのか?」
黒兵衛が声を上げると、アリスが顔を上げた。
「持ってきたのではない、読んだのだ」
アリスは報告書をテーブルに置くと、立ち上がった。
「‥‥本当に人間か。クオンが言っていたな」
クオンはここには居ない。すると、姚がしばらく考え込むようにして、彼女に続いた。
「以前‥‥ヒスは、母親を生き返らせる為にフゥの樹に荷担したと言っていた。だが、シシリーは何の為だ」
「人を殺すのを楽しんでいる‥‥そうじゃないのか」
淡々とした口調、だが力のこもった声でエグゼが答えた。しかし、姚は首をかしげる。
「そうだろうか。‥‥あの遺体、火が通っていた‥‥誰かが食べたような痕跡だ。獣は火を使って食さない。だとすれば」
黙って俯いているエグゼ。黒兵衛がちらりとエグゼを見ると、肩に手をやる。
「依頼書通りの人物なら‥‥やりかねんな。骨を堂々と打ち捨てていくのは、わし等レイモンド卿の手先をおびき出す為だろうて」
「シシリーがここまで残虐な行為を繰り返すのには‥‥何か理由がある気がする。少なくとも、ヒスはそうだった。シシリーも、何か目的があるはずだ」
必要以上に警戒しているのは、エグゼだけではなく‥‥姚も同じであるようだ。姚は自分の言葉を思いかえし、ふ、と苦笑した。
「すまんな、おかしな事を言ったか」
「いや、そうでもないかもしれん」
アリスは依頼書の束に視線をやった。
「ベインの話だと、この町は使徒の伝承のある町。だとすれば、シシリーもまたそういったも目的があるのかもしれん‥‥もっと別の目的であるかもしれないが」
そもそも、人を食う事の理由など、想像出来ない。
アリスは髪をかき上げつつ、笑った。
「それと」
急に厳しい視線になると、アリスは腰に手をやった。
「一人、また殺されたな」
「‥‥すまんな」
黒兵衛がそう言ったのは、黒兵衛が話しかけていた家の子供だったからだ。アリスが聞いた所によると、町外れに放置されていたそうだ。
また、火が通されていた。
「殺されたのは、時間的に昨日の夜だと思われる。シシリーは町に出入りしているのではなく、ここに潜伏していると考えた方がいいだろう」
アリスが言うと、ジラはふいと視線を逸らして窓の外を見た。
「別に、割波戸のせいじゃない。おそらく、俺たちに対する見せしめだ」
「それじゃあ‥‥これからも、俺たちが動けば殺されるっていうのか! くそっ」
エグゼはぎゅっと拳を握りしめた。
「‥‥二人足りねえ」
男が言った。
依頼書には八人とあったんだろ? どうも中途半端だな。
「見かけたよ。気配を殺していたが、あたしにゃお見通しさ。‥‥どうする」
フードを被った女が訪ねる。シシリーは首を捻った。
「まあ、連中も馬鹿じゃないって事だ。相変わらずサポーターが居ないのは、呆れるが。忍んでる二人がクレリックだってんなら別だがな‥‥多分一人は違うな」
「そりゃあ、あんたも同じじゃないか? 四人相手じゃ勝てても、八人ってのはちょいと厳しいんじゃないの。どうする、“アルジャンエール”から誰か寄越すかい」
「おいおい‥‥冗談じゃ無いね、あんな連中の手を借りたか無い。‥‥まぁ、来るのが若い美女で、裸でベッドの中で待っててくれるなら、喜んでお願いするがね」
とシシリーは部屋の隅をちらりと見て、笑った。
呆れて女は肩をすくめると、すう‥‥と気配を消して部屋を去った。
(担当:立川司郎)