食人伝承2〜死守せよ!
|
■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 1 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月01日〜09月07日
リプレイ公開日:2005年09月09日
|
●オープニング
彼は、いつも以上に苛ついている様子だった。
眉間に皺を寄せ、部屋を歩き回っている。少女は、壁に自分の体を押しつけるようにして縮こまり、彼を睨み付けていた。
今自分が声を出せば、気持ちがくじけてしまいそうだった。
「口の堅い女だぜ‥‥黙ってるって事ぁ、お前は知ってるんだな? ‥‥アレが何か」
「‥‥知りません」
かろうじてかすれた声で言うと、男は‥‥シシリーはテーブルを蹴った。びくっ、と肩が震える。
「誰だ? お前の次は誰なんだ! ‥‥こんな風になりたいのか、ああん?」
シシリーの蹴ったテーブルの上には、肉片が散らかっていた。拍子で、血の付いた鉈がからりと床に落ちる。
お父さん‥‥お母さん。
少女は、物言わぬ躯と化した両親から目を離そうと、瞼を閉じた。
シシリーが歩き回る足音が耳に入る。
「‥‥あなたは‥‥あなたはケムダーじゃないもの」
「おんなじだ」
「違うわ。‥‥だって、ケムダーは‥‥を‥‥たんだもの! ケムダーは完全なる‥‥」
「やっぱり見たんじゃねえか。‥‥お前は見ちまったんだな?」
シシリーに責められ、少女は黙り込んだ。
ふ、と瞼を細く明けると、目の前にシシリーの顔があった。
逃げようとしたが、後ろは壁だ。
駄目だ‥‥ここで負けたら‥‥。
「あれは渡せない。‥‥あれはあなたには渡せない」
にやり、とシシリーは唇を歪めて嗤った。
少女は、体を竦めて息を殺す。
シシリーは、手を腰にやって少女を見下ろした。
「‥‥イイな、その心意気はスバラシイぜ。‥‥一人目はお前だ」
「ひとり‥‥目?」
闇を真っ直ぐ見つめる、その瞳。
「イケニエだ」
心底楽しそうにシシリーは高笑いをすると、少女の服を掴んだ。恐怖に声が出ない。
な‥‥に?
シシリーに床に引き倒され、ようやく少女の口から叫び声が出た。
闇が見える。壁の所に‥‥黒い黒い闇が見える。
静かで冷たい瞳で、じっとシシリーとわたしの様子を見ている。
あれは‥‥ああ、あれは‥‥!
その日、一人の少女が村から姿を消した。
ギルド員は、依頼に出かける冒険者達に、思い出したように声をかけた。
「ちょいと待ってくれ」
ギルド員はぎゅっと手を握ると、何故かパンを一人ずつ渡した。
「まあ、餞別って事で。頑張れよ」
手をひらひらと振り、彼らを送り出す。
やがて見えなくなると、ギルドの奥へと引っ込んだ。仲間のギルド員が、ちらりとこちらを見る。
「‥‥気づくかしら?」
「食べたら気づくだろうさ」
中に紙切れが入っているんだから。
ギルド員はそう言うと、窓から外を覗いた。
丁度先日の話だ。
一人の男がやってきた。彼は、旅の商人だと言っていた。商人はギルドの依頼を一通り見ると、ギルド員に小声で話しかけてきた。
アンジュコートの依頼が出たら、これを彼らに渡してくれ、と。
誰にも分からず、こっそりと。
くれぐれも、ギルドの依頼と一緒に張り出す事のないように。
君たちがパンを開くと、そのうちの一つに紙片が入っている事だろう。
それが、アンジュコートの人たちの依頼だ。
中には、ほんの一握りだけど‥‥シシリーに反抗しなければならない、と思っている人達も居るんだ。
アンジュコートの一人の青年から、旅の商人へ。それからまた、商人の仲間に。
その手紙が、ギルドに持ち込まれた。
「アンジュコートに住んでいる、ネイという女の人を、護ってほしい。近いうちに、必ずケムダーは来るはずだ。ただし、気づかれないように‥‥彼女にも、ケムダーにも」
ケムダーというのが、シシリーの事らしい。
幼い頃に親を亡くした彼女は、祖母とともに村に一人で住んでいた。
何故彼女が狙われるのか、何故それを依頼してきた男は知っているのか。
分からない事ばかりだが‥‥数日中に、必ず‥‥奴は来る。
●リプレイ本文
■食人伝承2〜死守せよ!
誰もが、ネイという少女に目が向いていた頃。
シシリーの襲撃に気を取られていた頃。
彼は、ひっそりと‥‥ある家を訪れていた。それは、彼が数日前に浚っていった少女の家であった。
何故シシリーが少女を殺さず、浚ったのか。
何の目的があったのか。
シシリーは、家の中を静かに見まわした。
何故‥‥その疑問の一端が、この家には残されていたのである。シシリーは部屋の真ん中に立つと、持ってきた油をまいた。
放った薪についた火が、油で一気に燃え広がる。
「やれやれ、現場は百回戻って見るもんだっつーのに。せっかく俺が残しておいてやっても見ないんじゃ、つまんねえな」
彼の真意に迫る鍵が消え去った事は‥‥もう彼以外に誰も知らない。
シシリーは油壺を投げ、家から足を踏み出すと視線を上げた。
「シ‥‥シシリー‥‥っ」
つ、と汗が頬を伝う。手を素早く、帯にさした刀に向ける。黒い髪を揺らして後ずさりをした。
シシリーは、にやりと笑った。
「おや‥‥こんな夜中にこんにちは」
「わざわざ‥‥ご挨拶頂くとはな」
姚天羅(ea7210)は、刀を抜きはなった。
姚とて、一人にならないように気を付けていたつもりである。しかし、基本的に今回は単独行動であった‥‥つまり、姚の周囲に頼れる仲間はいないのである。
それが昼であれ、夜であれ。
彼が単独でシシリーと相対してしまった事に、代わりはない。
暗闇に、赤々と炎が立ち上っていた。瞬間、シシリーが飛び込んでいた。
その一閃は姚の刀ではとても間に合わず、かすめる事もなく切り裂いた。剣が体を抉り、肉を割いて血を絞り出す。
「は‥‥ぐっ‥‥」
姚はかろうじて刀をシシリーにたたき付けたが、彼はするりとそれをかわした。代わりに、再び剣を姚に向ける。
こうあっては、赤子が大人に嬲られるも同じ。
為す術もなく地面に伏す姚の顔を、シシリーがゆっくりと見下ろした。
「ご苦労さんだねえ、一人でこんな所を彷徨くとは。でも残念だったな、俺からのメッセージは、たった今燃えちまったよ」
シシリーはそう言うと、姚の顔の血を拭って口付けた。彼に口の中を犯される感触を感じ、姚が眉を寄せた。
シシリーが顔を離し、口元を手で押さえる。
「‥‥面白くねえ、やっぱ男なんざ襲ってもちっとも面白くねえ」
「それは‥‥よかった。俺も‥‥御免被る」
姚は呟くと、意識を失った。
街道警備隊が到着したのは、翌朝の事だった。
戻ってこない姚を、クオン・レイウイング(ea0714)やベイン・ヴァル(ea1987)達見張っているメンバーは心配していた。作戦上深夜徘徊していた割波戸黒兵衛(ea4778)が姚の体を発見したのは、火がすっかり家に回りきった後であった。
炎は、この村のどこからでも‥‥はっきり見えていたから。
いつになく真剣な表情でデスクに向かっているレイモンドの元、騎士がドアを叩いて室内に入って来た。
「‥‥彼の様子は、どうでしたか?」
レイモンドは、顔を上げずに聞いた。
「はい、何とか蘇生に成功しました。全力を上げて治癒を行い、明日にもパリに輸送します」
「そうですか」
姚は発見された時、既に息は無かった。だが意識を取り戻したのは、喜ぶべき事だ。ひとまずレイモンドはほっと息をついた。
今回、ネイという少女を護衛するにあたって、どのように各自が動くか、念入りに打ち合わせていた。
ネイという少女に全く知られず、シシリーから守り抜くのは難しい。
そこで、まず荒巻源内(ea7363)が同じ年頃の少女を誘拐し、ネイも浚ってくる事にした。あらかじめベインが馬車を用意し、村はずれに置いておく。荒巻は、その馬車に浚った少女達を監禁し、一緒に浚っていくのである。
むろん、馬車など村はずれに置いておけば目立つ。
クオンは馬車を見張り、ベインは馬車を回収する手はずになっている。
「これは、騙し合いじゃな」
黒兵衛は、作戦を聞いてそう言った。
シシリーが馬車にやって来るか来ないか、逃げ切れるかどうか。
姚は、シシリーを引きつける為に街を動き回り、アリス・コルレオーネ(ea4792)とエグゼ・クエーサー(ea7191)、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は変わらず情報収集に勤める事にしている。
姚が襲われたのは、ネイを拉致する当日の事だった。
その前日、エグゼとアリス、ジラは再び村を表から堂々と訪れていた。以前と同様に、アリスは薬の調合をして回っているようだ。
エグゼは、ピリピリした様子で、アリスの側に立っている。
しかし彼女は、慌てる様子も緊張した表情も見せていない。患者の話を聞きながら、一人一人に薬を調合してやる。
「流行り病には気を付けねばな。‥‥子供には、体力の付くものを食べさせてやれ」
アリスは柔らかな口調でそう母親に言うと、薬を子供に持たせてやった。
子供は無邪気な様子で、薬を持って駆け出す。
「ありがとうございます」
「いや‥‥路銀が尽きては旅も出来ぬ。‥‥そういえば、神隠しのような事件が起こったそうだな。街道警備の者が言うておったぞ」
アリスがそれとなしにそう聞くと、母親が凍り付いたように動きを止めた。ちらりと、エグゼが彼女を見る。アリスは薬箱を仕舞う手を休めず、話を続けた。
「原因が分からんのでは、村の者も心配だろう? 何か心当たりは無いのか」
「‥‥いえ、全て街道警備の方にお任せしていますし」
「そうなのか? 彼らは、村の者が断ったと言っていたが」
アリスがそう言うと、彼女は黙って会釈をして去っていった。
人が去るとアリスは宿の扉をぱたんと締め、窓際へ戻った。窓も閉じ、エグゼをちらりと見る。
「人の口は堅いな。‥‥しかし、何か思い当たる事はあるのだろうな」
「‥‥アリスくん、今回はあのネイという少女を守る事だ。他の事や者にはなるべく関わらない方がいい」
エグゼが言った。アリスは首を少しかしげる。
「何故だ」
「君の魔法が、シシリーと戦う上で必要だ。君を失うと、シシリーに勝つ事が難しくなるだろう」
堅い口調のエグゼに、アリスは首を振って言った。
「思い詰めるな、エグゼ。悪意は心を乱し、身体の動きを阻害する。それでは勝てる敵にも負けるぞ?」
「俺はもう‥‥」
「分かって居る。だが、怒りは糧にはならんぞ。ただ平常心を狂わせるだけだ」
それでも怒りは‥‥抑えられない。
強く強く、燃え上がるばかりだった。
アリス達とともに村に入ったジラは、教会に向かっていた。
この教会には牧師が居ない。何度か教会を訪れ、ジラは教会の世話をしている人物に会う事が出来た。ジラが教会の前に立っている女性を見つけたのは、偶然にも黒兵衛が話しかけている時であった。
ちらりと黒兵衛がこちらを見て、しらん顔で会釈をした。
「‥‥この教会の世話をしているのは、あなたですか?」
ジラが、黒兵衛と話していた老女に聞く。
「いや、私は教会の掃除や片づけをしているだけです。教会の者ではありません」
老女は、ジラにっけない口調で言った。
黒兵衛が話しかけている‥‥という事は、彼女がネイの祖母なのか?
小さく黒兵衛が頷く。やがて、黒兵衛は祖母に礼を言うと、立ち去った。その様子を見送り、ジラが改めて老女に話しかけた。
「この教会には、何故牧師が居ないのですか? 何か他に崇拝している神がいらっしゃるとでも‥‥?」
ジラは老女にそう聞くと、黒派の騎士である事や、神の教えについて説いた。老女はジラの話を聞いては居るようだが、信仰に興味があるように見えない。
「悪魔が徘徊する世、牧師が居ないのは不安でしょう。派遣されるよう、俺も頼んでみます」
「いや‥‥いいんです、牧師はもう‥‥」
もう? もう、居る‥‥と言いたげに彼女は口を閉ざした。
運命の夜がおとずれた。
荒巻は馬車を確認すると、動き出した。まずは、あらかじめ確認しておいたネイという女性。19才になる彼女は、村に祖母と住んでいる。
祖母は離れ屋に、彼女は両親が残した家に住んでいる。
まずは、荒間ははネイと同じ年頃の女性の家に押し入った。窓から侵入し、女性に当て身をくらわせて抱えた。
多少、見られてもかまわない。顔は隠していた。
いやむしろ、誘拐されたと思わせる事が目的である。まずは一人、馬車に運び込んだ。
そして二人‥‥荒巻は馬車に誘拐した女性を運び込んで出てきた時、うっすらとした灯りに気づいた。
この暗闇の中、何か‥‥灯りが立ち上っている。
荒巻の様子に気づいたベインとクオンも、そちらを向く。クオンは荒巻の方を見ると、手を村の方へと向けた。こくりとうなずき、荒巻が村に向かう。
代わりに、黒兵衛がその火の方へと向かっていた。
先ほどから、姚の姿を見かけない‥‥それが無性に気になっていた。作戦上、姚はシシリーの気を引く役目を負っていた。
立ち上がる炎‥‥その火の側には、切り刻まれた体の姚が倒れていた。
「姚、しっかりするんじゃ!」
黒兵衛は姚を抱え起こすと、周囲を見まわした。シシリーの気配は感じられない。そっと体を置くと、黒兵衛は闇夜を駆けた。
「‥‥何だと、本当か」
思わず声を上げたアリスの方を、ジラとエグゼが見る。アリスは二人の方を、厳しい表情でふり返った。
開け放たれた窓の向こうで、炎が上がっている。
「‥‥いいか、ここから一歩も出るなよ」
「何が起こった」
ジラが、低い声で聞く。アリスは一息ついて、口を開いた。
「黒兵衛が、姚の遺体を発見した」
弾かれたようにエグゼがドアノブを手にした。
しかし、そのままドアを開け放つ事もなく、俯いたまま‥‥。エグゼの手は、震えていた。
壁に背を預け、ジラは剣を掴んでいる。強く握りしめた手は、白く冷たくなっていた。
弓を持ち、じっと潜伏を続けていたクオンは闇の中に視線をこらしていた。
夜目がそれほど利く方ではないクオンには、この暗闇の中誰かが歩いてきても、あまり見えない。自分の足音は消すことが出来ても、この闇は逆にクオンの弓の精度も若干落としていた。
荒巻が、ネイを馬車に積み込むのだけは見えた。
中をのぞき込み、荒巻は静かに声を発した。
「大人しくしていてくれ。事情は話せないが、危害を加えるつもりはない」
ロープで縛られている女性達は、怯えた様子でこちらを見ていた。見張っていたベインが駆け寄ってくる。
中をちらりと見ると、荒巻に声を掛けた。
「行くぞ、シシリーが気になる。何かあったら、俺が残る」
「馬車の扱いは、お前にしか出来ないのを忘れたか」
荒巻が馬車を扱えない以上、ベインしかこの場で馬に乗れる者は居ない。舌打ちし、ベインは御者台に飛び乗った。
馬を走らせようとしたベインの視界に、何かが映る。
月が雲間から現れ‥‥赤々と輝く空が、影を作り出す。
「どこに行くんだ?」
「走れ!」
荒巻が叫ぶ。ベインは、そのまま馬を走らせた。
剣をシシリーが抜いたのが見えるが、構わず駆け抜ける。遙か後ろから一矢が飛び、シシリーの肩を貫いた。
ちら、とふり返ったシシリーめがけ、立て続けに雷が地を這った。
「くっ‥‥この距離じゃ、暗くて見えないか‥‥」
頭を狙ったつもりだったが、シシリーの肩をかすめただけだ。クオンは目を細め、シシリーの影を目で追った。
ゆっくり、シシリーが矢を引き抜く。
月がシシリーを照らしている。クオンが矢をつがえた‥‥その視線の先で、シシリーの姿がふい、と消えた。
遙か遠くで、何かが地を這っている。
「‥‥何だ‥‥消えた? 馬鹿な!」
セブンリーグブーツで、クオンは馬車の方へと駆けだした。
後ろを確認していた荒巻が、荷台の後ろに引き下がってネイの手を掴む。
「ベイン、シシリーが消えた」
「消えただと?」
ベインが聞き返す。しかし馬車の横に何かが迫っているのに気づき、声をあげた。
「荒巻、こっちだ!」
黒い‥‥漆黒の獣が、駆けている。獣は人の服を着たりはしない。腰に短剣を差した獣が、ベインの方へと飛びかかった。
ベインは片手で剣を抜き、斬りつける。馬車がスピードを落とし、荷台が揺さぶられた。
獣が、押さえ込んだベインの喉元に食らいつく。
「来るんだ!」
荒巻はネイを抱え上げると、荷台を飛び出した。獣が頭をもたげる。そこに、ベインの剣が突き刺さった。
「‥‥逃がす訳には‥‥いかん」
よろりと獣が、後ろに後ずさりをする。
体が崩れ、黒い影はシシリーへと変質していった。ベインの目が見開かれる。
「な‥‥貴様‥‥っ」
「ぐ‥‥ちっ、油断したぜ‥‥」
そこにクオンが放った雷が轟き、光の矢は荷台の天井を崩してシシリーとベインを巻き込んだ。直撃を受けたシシリーが、御者台から転がり落ちる。
ベインは首もとを押さえつつ、手綱を取った。
荒巻は、シャンティイまでの道がよく分からないはずだ。追いつかなくては‥‥。
怪我を押さえ、ベインは馬車を走らせた。
到着そうそう倒れて治療を受けているベインのかわりに、荒巻はシャンティイ領主レイモンドと面会していた。彼が拉致した少女達は、彼の騎士達に預けてある。
レイモンドの御前にネイを連れて行くと、ネイは強ばった様子でレイモンドを見上げた。
「あなたがレイモンド様ですか」
「‥‥よく来ましたね。あなたがネイですね」
ネイが、レイモンドに跪くと、ぎゅっと胸元で手を組んだ。
「ああ‥‥主よ。偉大なる王冠の徒‥‥」
「何故シシリーがあなたを狙っているのか‥‥後で、ゆっくり聞かせてもらいましょうか」
レイモンドの言葉を聞いて、ネイは涙をつう、と一筋流した。
姚、そしてベイン。
出た犠牲は大きすぎる。村を出て黒兵衛達と合流したアリスは、事の次第を改めて荒巻から聞いて沈黙した。
「あいつは突然、獣に変化した。‥‥何なんだ一体、人間じゃなかったのか」
クオンが聞く。
いや、確かに人間のはずだと、エグゼが呟いた。
確かに今回ベインの剣は魔法の力を帯びた剣であった‥‥しかし、以前のシシリーには、普通の武器が通用していた。
「それに、まだ何故ネイが狙われたのかも分かっていない。シシリーが何故あんな力を持っていたのかも含めて‥‥この村と奴には、まだ何か隠されている」
「わしが聞いた時は、何も答えなんだ」
黒兵衛が困惑した様子で、ジラに答える。
「直接ケムダーという言葉を出しても、答えないだろう」
「だが、それを話す事で祖母殿とネイ殿は覚悟を決められただろうと思うてな」
ジラは、髪をかき上げながら話しを続けた。
「あの祖母の様子‥‥牧師は恐らく居るんだ。ケムダーというのは、村で崇拝されているもの‥‥そして、シシリーの食人と通じる何かがあるのに違いない」
ヴォラスの伝承と、シシリーとケムダー‥‥。
獣は、血を点々と残して闇夜に消えた。
(担当:立川司郎)