鋼鉄のアルカンシェル〜子供達の国
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 79 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月02日〜08月08日
リプレイ公開日:2005年08月10日
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●オープニング
両脇にそびえる、石造りの建物の隙間。上空に、切り取られたような闇が広がっていた。四角い闇の空間にひっそりと収まった月は、彼らの足下に影を落としていた。
「‥‥あんた達と敵対するつもりは、無かったんだけどねぇ」
つややかな女性の声が、闇に響く。
彼女は腰に手をやると、真っ赤な髪をかき上げた。彼女の声を聞きながら、男は彼女の背後に視線をやる。そこには、先ほどからずっと無言で、一人の少年が立っていた。
男と同じく銀色の髪。そして神に祝福されたが如き美貌。
敵対‥‥ね。
男はそう呟くと、月を見上げた。すう、と唇の端をつり上げる。
「何を仰いますやら。盗賊はいつだって敵でしたよ‥‥リィゼ」
リィゼはくすりと笑った。アッシュは、銀の髪を無造作に掻きながらため息をつく。そしてまた、少年を見やった。
「セヴィオール‥‥あなたにとっては悪魔も神も同じなのですね」
静かにセヴィオールは視線を落とす。それからゆっくりとアッシュに背を向けた。
先の報告書を読みながら、シャンティィ卿レイモンドは端正な眉に皺を寄せた。
アッシュ、そしてその横に立ったデジェル・マッシュはレイモンドの言葉を待っている。
レイモンドは、報告書をテーブルに置くと顔を上げた。
「‥‥鉄の爪‥‥確か、大規模な盗賊団でしたね。アッシュ、彼らの総戦力は把握していますか?」
「私もはっきりとは‥‥総司令のセヴィオールの下に十指隊と呼ばれるチームが存在する事しか。リィゼはそのうちの一人ですね」
アッシュに続き、デジェルが口を開く。
「リアンコートの貧民街に、元鉄の爪の隊員が居ると聞いた事があります。彼は貧民街で優秀な少年を鉄の爪に勧誘したり、貧民街の少年チームを利用したりする役目を担っていました」
「ああ‥‥えっと」
アッシュが額に目をやって考え込む。
「確か‥‥左腕を失って、鉄の爪を引退した男ですね。リアンコートにまだ居たのですか」
「とある少年チームの後見人をしていると聞いた」
「では‥‥彼に接触して、鉄の爪について聞き出してください」
レイモンドが、とん、とテーブルで書類を揃えながらアッシュを見つめた。
いいですよ‥‥とアッシュが答える。
レイモンドは、続けて言った。
「鉄の爪の戦力‥‥そして、現在どのような形でフゥの樹に参入しているのか。‥‥それと大麻が現在どれ位、どのように広まっているのか‥‥その生産販売ルートの解明ですね」
二人は膝をついて礼をし‥‥アッシュは顔を上げてすうっと笑った。
●リプレイ本文
赤い髪をした女は、何も言わずに彼女に封書を差し出した。
中身は見ていないのか、開封された様子はない。いや、どの道中身を見た所で、彼女は書かれてある字が読めない為、理解出来ないのであるが。
フランシア・ド・フルール(ea3047)は、封書をキサラ・ブレンファード(ea5796)から受け取ると、開封して目を通した。
差出人は、彼女が知る人物であった。同じくリアンコートで活動をしていたはずの‥‥。
「何か、ええ事書いてはりました?」
久しぶりに下ろした髪を鬱陶しそうにかき上げながら、軽快な声で源真霧矢(ea3674)が聞いた。その格好は、とても小綺麗とは言い難い。いつもの和装からうってかわって、洋装をしている。
「あまり芳しくありません」
手紙を仕舞いながら、フランシアは書かれてあった中身を簡単に説明した。彼女から送られた手紙には、このクレルモンに関する黒教会の情報が書かれていたのである。
彼女が調べた所、以前に領主が殺されて夫人が捕まった後、レイモンドの処置によりこの地の騎士や管理職にある者は一新されていた。黒教会は、フゥの樹の手が掛かった領主とも懇意にしていた組織‥‥この時期に、レイモンドによりほとんどの者は入れ替えられていたのである。
「それで、鉄の爪について何か判明した事はありますか?」
フランシアが源真に聞いた。
「ああ、アッシュの兄ちゃんに聞いて来た。でも、兄ちゃんもあんまり知らんらしいな。一人はリィゼっちゅう赤い髪の女や。総司令をセヴィオールっちゅうて、銀色の髪をした少年らしい。無口で相当美形やから、美形で銀髪の少年やったら疑うたらええんやと」
いい加減な話だが、他に特徴を言いようが無いので仕方無い。
この地の黒教会の活動は、領主による悪事が露見した後、一度レイモンドにより全て撤去されてしまっている。黒教会だけを責めるのではないが、フゥの樹に関する部分を全て一新していった結果、住民が黒教会を必要としなくなった。
ただし、貧民街はレイモンドも手を付けていない。
まずはフランシアは、この地にある白教会を訪ねる事にした。この教会は町中にあり、古くからここに存在している。フゥの樹の介入により一時衰退していたが、ひっそりと活動を続けていた。
フランシアは司祭に一礼すると、教会内を見まわした。
「黒教会があると聞いて参りましたが、ここにはあなた方しか居られないのでしょうか」
「ええ‥‥以前はあったのですが」
と、司祭は簡単に領主の話をした。黒の教えを利用するとは、主を恐れぬ愚行‥‥。フランシアがそう呟くと、司祭は頷いた。黒と白の教えの差はあるが、教えを利用する事に対する悲しみは、同様だ。
「レイモンド様が、一刻も早く悪魔を駆逐してくださる事を、神に祈りましょう」
フランシアは、あえてその言葉には黙っておいた。ここで答えれば、黒と白の教えについて延々と問答しあわなければならなくなるからだ。
フランシアはその後、クレルモンのカシム助役やフゥの樹が流用している大麻についてもについても聞いたが、ここの者は知らない様子だった。これについてはそもそもフランシアの仕事ではない為、ある程度成果が出ずとも仕方ない。
市民は白の信仰を求めている様子が、教会内に居ると分かる。
しかし、貧民街に足を踏み入れたフランシアはその差を感じ取っていた。
ここに居る者達は、神の教えを信じて居ないのである。貧しいが故に、争いが起こる。そして、追われて流れ着く者。死に場所を探す者。
神が何をしてくれるのか?
何故神を信仰しなければならないのか。彼らは問いかけ、フランシアの説法を鼻で笑って通り過ぎる。いずれにしても、3日の滞在期間では彼らにとけ込む事は出来なかった。
貧民街に存在する、大きな少年組織。そのうちの一つが、アルカンシェルと呼ばれるチームだった。サーシャ・ムーンライト(eb1502)がそれを知ったのは、貧民街の道の端でうずくまっている人達や、死んだように動かない人々。
何かに追われるように駆けていく人々。彼らの口の端々から、その言葉が聞こえてきたからであった。
それだけではない。
薄汚れた服装で歩く彼女、どう隠そうとしてもその耳は髪だけで隠せるものではない。他の仲間達はフードや帽子で隠している程のもの‥‥人より長い耳は、とても髪で紛れるものではなかった。
人でもエルフでもない存在‥‥。
それ自体に警戒しているのではない。彼女が、チームの人間ではないかと思われているのだ。
サーシャは格好こそ薄汚れた格好をして来たが、元々肌は美しく髪は細く柔らかで、顔立ちも上品だ。よほど巧く擬装しないかぎり、その素性を隠せるものではなかった。
緊張した面もちで、彼女は立ちすくんだ。
するとそのとき、誰かにぶつかった。
「ごめんな‥‥あっ」
ごめんなさい、と言おうとしてサーシャは口を閉ざした。いつもの口調は、よくない。
だが‥‥。ぶつかった少年は、目がうつろだった。彼女の言葉を聞いて無いのか?
「な‥‥何だ、お前は!」
サーシャが荒々しく言うと、少年はようやく顔を上げた。何だ‥‥これは?
「アル‥‥カンシェル‥‥」
そう呟くと、少年は懐から恐るべき速さでナイフを抜いた。
とっさの事にサーシャは対応出来ず、まともにナイフが右脇腹を切り裂く。サーシャの顔は、青ざめていた。
ふ、と遊士璃陰(ea4813)が顔を上げる。リア・アースグリム(ea3062)は、そちらへと視線を向けて聞いた。
「どうかしましたか?」
「いや‥‥何や騒動が起こったようや」
と、璃陰が軽く顎を動かした。少年達が、慌ただしく走っていく。リアはじっと彼らの様子を見ていたが、急に駆けだした。
「は? ‥‥あ、ちょっ待てっ!」
璃陰も続けて、駆けた。
少年達の向かう先で、怒号が聞こえる。角を曲がると、そこで何が起こっているのか‥‥彼女達の目に、映った。
「アルカンシェル‥‥俺達のテリトリーに仲間を差し向けるとは、いい度胸じゃねーか!」
「仲間だと? はん、そりゃこっちの台詞だぜ」
詰まらない言いがかりと喧嘩だ。だが、たちが悪いのは、それにナイフと魔法が関わってくる事だ。
璃陰の前に立ったリアが、その中心部を指した。
「見てください、璃陰」
暴れているうちの一人は、どうやら相手側のチームの男のようだ。しかしその様子がおかしい。足元は千鳥足、目つきはぼうっとしている。手に持ったナイフを、やたら滅多と振り回しながら、何か叫んでいた。
彼から斬りつけられて、アルカンシェルに庇われているのはサーシャだった。
相手側の少年が、炎の魔法を放つ。近くでそれが炸裂し、少年達が巻き込まれた。こうなればもう、収拾がつかない。
「少年の抗争に魔法と武器を持ち込むとは‥‥っ」
リアはたまらず、駆けだした。魔法を避けながら、前に走り出す。ナイフを取り出すと、サーシャを庇っている少年の前に立った。
ふわりと舞ったマントの中は、踊り子の露出の激しい衣装だった。
「どいて、ここは私が引き受ける!」
彼らを放っておく事は、どうしても出来ない。璃陰が行かなかったとしても、自分一人でも行っただろう。
その時、リアのやや後ろに居た璃陰は、アルカンシェルの最後部で彼らを指揮している少年の姿に気づいた。年は十八頃だろうか。
赤茶色の髪、顔は土埃で汚れていた。
しかし、目つきは鋭い。
「‥‥なるほど、サーシャが助けられたんは、そういう事かいな」
璃陰はにやりと笑うと、リアの助太刀に向かった。
何だかんだと璃陰が叫んでいるのが見える。
上空をひらひらと飛びながら、セルミィ・オーウェル(ea7866)はその様子を見つめていた。
ここまで来るのに、散々だった。
シフール通訳の用事で来た、と言うまでもなく‥‥シフールだからあまり目の敵にされずに済んだのはいいが、うっかりアルカンシェルのテリトリーに入ってしまったらしく、弓で射殺される所だった。
這々の体で逃げ出した所で、あの抗争だ。うっかり魔法や弓の流れ弾を受けてしまう所だった。
しかし璃陰達も、騒ぎがようやく収まって双方撤退したのはいいが、結局璃陰達は彼らについて行く事は出来なかったようだ。
ただし、サーシャはたすけられた。傷を負っていた為、しばらく手当を受ける事になったようだ。一方‥‥相手のチームには、カルゼ・アルジス(ea3856)が付いて行っていた。
彼らについて歩くカルゼの姿を確認すると、セルミィは再び戻って来た。
アルカンシェルのリーダー‥‥彼もまた、サーシャと同じ。ハーフエルフだったのである。同情か、それとも興味なのか分からない。
セルミィはアルカンシェルと分かれたリア達を見つけると、ひらりと舞い降りた。
「リア様、璃陰様。ご無事でしたか?」
「ええ‥‥そちらこそ」
リアはセルミィの無事を確認すると、微笑して言った。リアも璃陰も、それほど怪我をして居ないようである。ほっと息をつくと、セルミィはあっと声をあげた。
「そういえば、カルゼ様はあちらに付いていかれました。えと‥‥何か源真様と示し合わせておいでだったのですか?」
「さぁ‥‥源真の兄ちゃんがそう言うなら、そうなんちゃうか?」
璃陰は肩をすくめた。
彼らに付いていく事は出来なかったが‥‥。リアが、彼らの去った方向を見つめて、口を開いた。
「彼らは、まだフゥの樹に侵されていない‥‥ようですね」
彼の目には、まだ光がある。
一人、メトロの組織に紛れ込んだのはカルゼだった。
あの抗争のドタバタで紛れ込んだのはいいが、彼らの領地に戻るとすぐに見つかってしまった。
あわてて、カルゼが弁解しようとしたが、すぐに締め上げられてしまった。
「あいたた‥‥俺、なんでこんな目にあわなきゃならないの?」
眉を寄せて、カルゼは怒鳴る。少年は腰に手をやって、怒鳴り返した。
「煩せえ、どこから来やがった。アルカンシェルか、それとも‥‥あの銀狐か!」
銀狐? なにそれ。
カルゼはきょとんとして聞き返すと、口を開いた。
「俺、カルって言うんだ。よろしく」
「よろしくされる覚えはねぇ!」
更に怒鳴り返すと、少年は首をかしげた。
カルゼは、一人で喋り続ける。母親が死んでいる事、父に殴られた事(カルゼの頬には、くっきりと痣が‥‥)、大人なんて信じられない。
でもここ、大人の人が後見人なんでしょ?
それって信用出来るの?
「その辺に放っておけ」
少年が言うと、カルゼはまた叫びだした。
「ええ、それって酷くない? 俺、帰る所ないのに! ていうか、お腹もすいてるのに。‥‥あ、俺弓は少しだけ得意だよ。え、あの程度じゃダメなの? だったら練習するよ」
喋り続けながら‥‥カルゼは彼ら、メトロの拠点内にパン一つと共に放り出された。
少年は、カルゼを弟を見るように、困惑の表情で見下ろしている。
「邪魔しやがったら、ゆるさねぇぞ。ここにゃもう近づくなよ」
黒い髪‥‥そして長身痩躯。おそらく、彼がメトロのリーダーだ。
ふい、とカルゼが視線を横に向ける。誰かが、板に乗せて何かを運んできた。無造作に布がかけられているが‥‥おそらく遺体だ。
リーダーは、ちっ、と舌打ちをする。
乗せられていたのは、酔っぱらったようにナイフを振っていたメトロの少年だ。
「‥‥アルカンシェルにちがいねぇ! こんな訳のわからねぇ術を使うのは」
悔しそうに、リーダーは物言わぬ遺体を見下ろしていた。
所持金はちょっとだけ、暇があればその辺りをぶらぶらしながら儲け話が無いか聞いてまわる。そして、時折カルゼの事を聞く。
酒場でカルゼを見なかったか、問う。
元々適した性格であった事もあって、源真はあまり怪しまれる事もなく酒場に居座っていた。
しかし所持金はあまりもって居なかったので、すぐに底をついてしまうわけで。
残ってないカップを残念そうに見つめながら、源真はちらりと主人を見上げた。
「なあ、何か儲け話ないかな」
「無い。あんちゃん、金がねえなら、出す酒も無いぜ」
ええ、と源真がぼやいた。掃除をしていた柄の悪い少女が、床を掃きながらどん、と源真にぶつかる。
「ほら、退いた退いた。金を持ってから出直して来な」
追い出されかけた源真が、ドアから出ていこうとした時、すうとドアを向こうから誰かが開けた。
影のような気配が、中に入ってくる。
女は、ちらりと源真を見た。掃除をしていた少女が、源真を突き飛ばす。
「いらっしゃいませぇ」
この態度の違いは何なんだ。源真が眉を寄せる。しかし、女を見かえしてにやりと笑った。
「‥‥いい女だね。‥‥‥‥一杯奢ってくれない?」
「失せろ」
キサラは金を、酒一杯分カウンターに放ると、主人の前に立った。源真はありがたく頂戴して、カウンターに座る事にする。
「少し聞きたい。この辺りにクランツ商会の倉庫があったはずだ」
「クランツ商会? ‥‥おいおい、あんたいつの話してんだ」
ありゃ、もう何ヶ月も前に潰れちまったよ。主人が言った。キサラは、驚いたように眉を寄せ、声を上げてみせる。
「何だと? たった半年居ない間にか」
キサラはため息をつくと、カウンターの前の席についた。
差し出されたカップに、口をつける。きつい酒が、喉に染みる。
「やれやれ、せっかくイギリスの仕事を片づけて来たというのに。‥‥仕事を無くしたわけか」
「悪いが、旨い仕事ってのは無いよ」
主人は、ちらりと源真を見ながら言った。
「他には何か無いか? 腕を買うなら、どこでもいいのだが」
「あんたみたいな年取ったのは、あんまり雇って無いねえ」
「何故だ。そういえば、ここは子供の組織が仕切っているらしいが」
キサラが聞くと、主人は苦笑した。
「ここはすぐ病気が蔓延するもんでねぇ。教会で治癒するにも、病院も金がかかる。だから大人は死ぬか、ここから出ていっちまうのさ。残ってるのは、出て行くに行けない奴らばかりさ」
「だから、子供って訳か」
ぽつりと源真が呟いた。
「アルカンシェル‥‥だっけか。奴らにゃ、鉄の爪の男が付いていたはずだが」
そして、メトロ。こちらが、彼らと敵対している組織だ。
「最近勢力を拡大しているのが‥‥銀狐か?」
銀狐だと?
キサラが聞くと、源真は主人を見た。すると観念したように、ため息を大きくついて主人が口を開いた。
「銀狐。銀色の髪をした女の子がリーダーだって話しだ。すさまじく弓が得意でね、おまけに気配もまったく感じさせねえ。あいつの側には、いつも側近が居るって噂だ」
銀色の髪の‥‥弓を使う少女?
「何でえ、鉄の爪がついている組織なら、簡単につぶせるんじゃねえのか」
源真が聞くと、主人は首を振った。
ゴーシュは、腕を無くしてから‥‥鉄の爪を引退しちまったからな。寂しそうに主人は言った。
(担当:立川司郎)