黒き死天使〜嵐の前触れ

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:09月11日〜09月17日

リプレイ公開日:2005年09月20日

●オープニング

 シャンティイから遠く北東に位置する、未開の地。アブリテはそこの端にある。
 未開であるには、それなりの理由がある。一つは、低い森が続いており、開拓しにくい地形だという事。
 二つめ。そこが、この周辺に伝わる伝承でいう所の、聖域だという事。聖域‥‥悪魔が封じられているとされる土地だ。人はその為、この地域には足を踏み入れなかった。
 わざわざ集まって来るのは、アブリテの人のように、何らかの理由があって故郷を出たり追われたり、住む場所を求めて来たりした人たちばかりだ。
 アブリテの路上にぽつりぽつりと並ぶ市場の端に、俺は腰を下ろして眺めていた。
 破れそうな薄汚れた外套と服。髪はすっかり土埃で汚れ、綺麗なのは体で抱え込んでいる“剣”だけだった。
 視線の先に、一人の男が立っていた。
 猫のような柔らかそうな金色の髪、青い瞳でぼんやりと市場を眺めていた。
 彼が見ているのは、剣帯のようだ。ゆっくりと俺は立ち上がると、そいつの横に立つ。
 俺が立っても、彼は気づかないようだった。
 じっと見つめていると、ふいと彼は視線を上げた。
「‥‥何か‥‥」
「いや‥‥知り合いに似てたんでな。あんた、名前は」
 俺が名前を聞くと、彼はすこしの間口を閉ざした。何を考える事がある、お前の名前は‥‥。
「俺‥‥の名前。ルーだ」
「ルー‥‥狼‥‥か」
 ぎゅっと剣の柄を握る。
 何も‥‥ない。彼の表情からは、何も感じられなかった。
 白‥‥全て、消えたかのように。
 消える‥‥いや、消えるなんて事あるはずない。あいつの中には、まだあるはずだ。ただ、その記憶が奥底に封じられて‥‥表面だけ真っ白にされちまったんだ。
 お前の中には、まだあるはずだ。
 ルー“狼”としての、使徒の誇りが!
 フェール・クラーク!
「‥‥」
 彼が、突然ふり返った。通りの向こうに、誰かが立っている。
 真っ白い服の上から、輝く白銀の鎧をつけている。日の光に映える、金色の髪。
「ルー、そろそろ戻れ。打ち合わせの時間だよ」
「はい‥‥ラッシャ隊長」
 ゆるりと、フェールは身を翻した。ラッシャと呼ばれた男が、じっとこちらを見ている。
 あいつか‥‥ここ最近この辺の女を騒がせている聖騎士ってのは。
 俺の頭の中を見透かしたかのように、奴が笑いかけた。俺も、笑顔を作ってみせて、軽く手をあげる。
 見え透いた、挨拶だ。
 奴も気づいて。俺も気づいてる。
「‥‥冗談じゃねえ。そいつは、まだお前達に汚させる訳にゃ、いかねぇんだよ」

 アルジャンエール。ラッシャという男の所属する部隊の名前だ。
「アルジャンエールは現在、アブリテのやや奥に野営しているようです。どうやら黒派の独立した騎士隊らしいですね。どこの、っていうのは不明ですけど‥‥とにかくメンバーが皆、美形ぞろいでね‥‥そのせいで、周辺の町の女が騒いでますよ」
 ガスパーはそう話すと、地図を差した。
 アブリテのやや奥を、指さす。
「ここに、古い砦跡があるらしいんです。ずいぶん長い間使われていないらしいんですけど、奴らはそこを調査に来ているらしいですよ」
「あの地は今まで、人が立ち入りませんでしたからね。何せ、オーク達の巣があるものですから‥‥それに、聖地すなわち終焉の地でもある‥‥伝承を信じる人々にとっては、呪われた地という訳ですよ」
 レイモンドが、地図を見ながら口を開いた。彼の横では、まるで置物の鎧のように、堅く体を直立させたまま、メテオール隊長デジェル・マッシュが立っている。
「‥‥何があるんですか、あの砦には」
 ガスパーが聞くと、レイモンドはすう、と瞼を閉じた。
「恐らく記録です。伝承にある聖女に関する‥‥うまくすれば、正本があるかも‥‥という所ですね。そして、私の知りたい事も分かるかもしれない」
「なんです、そりゃあ? ‥‥嫌な事ですか?」
「まあ‥‥そうですね」
 そう聞くと、ガスパーは首を振った。
「で、どうしようってんですか」
「彼らは、砦を確保する為にオークとフゥの樹の兵を集めています。‥‥しかし彼らも、パリでの戦いがあった後の話‥‥今すぐ兵を集結させる訳にいかないはず。来月‥‥ですね。我々も、それまでにはメテオールを増強し、各地の騎士隊に命令を出せるでしょう」
「戦いですか? ‥‥嫌だね、人殺しイベントってのは」
「‥‥いい加減にしておけ、ガスパー」
 低い声で、デジェルが言った。
 ガスパーは、肩をすくめる。
「ガスパー‥‥あなたの希望も、かなえられるかもしれませんよ」
 砦での決戦となれば、フェールを奪還出来るかもしれない。
 レイモンドの目は、そう言っていた。
 つ、とガスパーの首筋に汗が伝う。
「何をさせようって言うんですか。俺は今、デジェルん家に仕える身なんですがねえ」
「クレイユは山間地だ。あの拠点から攻め込むには、シャンティイかリアンコートを越えねばならん。制圧するだけムダだ。お前は急遽、人を集めて砦の調査に回れ」
「はいよ。‥‥嫌な仕事だねえ」
 人殺しイベントの斥候ですか。
 ガスパーが小さな声で言うと、デジェルが睨んできた。

●今回の参加者

 ea1241 ムーンリーズ・ノインレーヴェ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea4470 アルル・ベルティーノ(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5796 キサラ・ブレンファード(32歳・♀・ナイト・人間・エジプト)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea8247 ショウゴ・クレナイ(33歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)

●サポート参加者

月詠 源九朗(ea0521)/ ライント・レオサイド(ea3905)/ フィアー・ロンド(ea6099)/ アルフレッド・アルビオン(ea8583)/ ウォルター・バイエルライン(ea9344)/ ユスティーナ・シェイキィ(eb1380

●リプレイ本文

 出発前、マリー・アマリリス(ea4526)は皆に言った。
 マリーはガスパーやフェールとも依頼で何度も出会っており、このアブリテにも来た事があった。
「この街は、一見して部外者にも愛想良く見えるのですけれど、とても猜疑心が強く心を開きにくい人たちばかりです。フゥの樹の力も強い地域ですし‥‥街の中での行動には、気を付けてくださいね」
 ヘタをすれば、フゥの樹に報告されてしまうかもしれない。マリーは、それを気にしていた。

 皆と一旦分かれた後、ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)は一人、アルジャンエールの事を聞き出す為に、この地を訪れている女性達に酒場で接触していた。
「マドモアゼル、少し時間を頂けますか?」
 笑顔でムーンリーズは話しかけると、彼女達にアルジャンエールの話を切りだした。興味のある話題で彼女たちの気を引き、話の環に入り込む。
「アルジャンエールは美形揃いだそうですね」
 ムーンリーズが聞くと、彼女達はうっとりとした顔で頷いた。
「そうよ、みんなとっても美しくて強いの」
「ほう‥‥その方々、私より美形ですか」
「ええ」
 と、きっぱり言い切られるムーンリーズ。
 彼女たちの話を聞くだけでは、メンバーの数などを想定する事は出来なかったが、隊員は今日も買い出しに来るらしいと聞き、ムーンリーズは酒場で待つ事にした。
 この酒場には、酒などを仕入れに来るのだという。この量をどれだけで処理するか分からないが、数十人は居るのは確かだ。
 夕刻になって、二人ほど、白金の鎧を身につけた男が入ってきた。どうやら、彼らがそうであるらしい。確かに、噂通りである。
 ムーンリーズがすう、と前にでると、男が見返した。
「‥‥何か?」
「私は“雷神の左腕”ムーンリーズと申します。ご存知ですか?」
 騎士はしばらく考え込んで、ギルドで有名な方ですね、と答えた。ムーンリーズはギルドにも絵師の元にもよく出入りしているので、知名度はある。
「かねてより噂を聞き、ぜひ貴方方と共に戦う事をお許し頂ければ、と思いましてね」
 騎士は二人顔を見合わせると、静かに見返した。
「あなたは、礼儀作法はいかほど学びましたか? ‥‥黒派の知識はいかがですか」
 彼女達に紹介してもらい手助けしてもらえれば、と思っていたムーンリーズだったが、彼らに憧れているだけの彼女達では、何の手助けにもならなかった。
 彼らは、まずは美貌、それから礼儀作法、宗教知識、騎士として(貴族として)の一通りの心得を必要とされる。飛び抜けて美形である訳でもなく、騎士の心得も貴族としての礼儀も備わっていない。
 ムーンリーズはため息を一つつくと、酒場を後にした。

 いつになく、人が多い街‥‥。
 以前マリーが来た時、この街はとても居心地の悪い街であった。表面的に愛想は良くても、人を全く信用しない。そして揉め事には関与しない。
 ローブを深くかぶって姿を隠したマリーは、薄汚れた剣士の格好をしたガスパーのやや後ろを歩いていた。整った格好をしているのは、ショウゴ・クレナイ(ea8247)だけである。
 ショウゴは黒派の神聖騎士である上、少し中性的な顔立ちだ。どうかすれば、アルジャンエールに憧れて来た騎士、でも通るだろう。
 ちら、とマリーとガスパーが顔を上げる。
 酒場から酒を運び出す指示を出している騎士から離れ、ふらりと街を歩き出した青年が居た。
 剣士姿だが、騎士には見えない。
 金色の髪は、少し長く額を覆っている。腰から剣を下げ、黒い服を身につけていた。
 どこかぼんやりとした表情であった。
「今は、隊長のラッシャという人の護衛をしているようですね。街で何をしているんでしょうか」
「フゥの樹との連絡役‥‥て所か」
 ガスパーが呟くと、マリーがあ、と声をあげた。
 フェールはふらりと裏通りに入っていく。ガスパーは手を挙げて制すと、そのままそこで様子をうかがった。
 後から一人、見知らぬ男が裏通りに入った。
 しばらくして、フェールはふらりと出てきた。ぼう、としている。フェールの横を振り抜けて男が出てきて、人混みに紛れたのを確認すると、三人はフェールの前に立った。
「な‥‥にか‥‥用か」
 フェールが聞く。ガスパーは険しい表情を浮かべたが、無理に笑った。
「いや。顔色が悪いが、どうかしたのか」
 フェールが、自分に触れているマリーを見下ろす。
 アンチドート‥‥これで、体内の毒が除かれるはず。ただし、除くのは大麻のみ。精神的依存は取り除けない。
「これでいいと思います」
 マリーはか細い声で言うと、視線をそらした。じっと見ているフェールに、ショウゴが声をかける。
「僕はアルジャンエールに憧れて来たんだ。‥‥君も?」
「あ‥‥。そ、そう‥‥だと思う」
 すう、ガスパーが剣の柄を握って、わざと見せるようにする。そこに光る、狼の紋章。フェールの目が見開かれた。
「‥‥それは‥‥なっ?」
「思い出してください‥‥狼“ルー”としての誇りを。あなたの大切な人の事を」
 マリーが、じっとフェールの目を見つめて問いかけた。ガスパーの剣に手をやろうとしたフェールの手を、ショウゴが掴む。
 するとフェールは眉を寄せて表情をゆがめると、背を向けた。
 ふらり、とふらりと歩いていく。その様子を、黙って見送った。

 カシェ伝承−一人の領主が、天使から遣わされた使徒とともに悪魔を打ち倒すまでの物語だ。悪魔が封印されたといわれる地は、聖地として人が立ち入る事もなく、未開の地として人の臭いから遠ざかっていた。
 フランシア・ド・フルール(ea3047)は野営地を歩きながら、前を歩いている青年に声を掛けた。
「あなた方は、聖地内の砦を調査されているとお聞きしましたが?」
 青年は、足を止めてふい、と振り返った。
「ええ。オーク達の群れのせいで、砦に近づく事が出来ずに居ますがね。しかしそれも数日の事‥‥群れは順次、隊を派遣して片付けていきますよ」
 隊長ラッシャは微笑して答えた。
 肉体の美など何の意味もないと考えるフランシアですら、彼には若干の好感を抱かずにはいられない。言葉遣い、そして剣の腕、知識。どれを取っても素晴らしい。
 ‥‥悪魔の仲間でなければ、だが。
 宿営地は、木でテントを組んで頑丈に作り上げてあった。最初から長期滞在する予定であったのだろう。
 規模は五十人から六十人。しかし、一人一人剣や魔法の腕は人並み以上だ。
 これが、アルジャンエールの一部。
 彼の話を聞くと、組織を統括している者が他に居る事、その下に部隊の隊長としてラッシャが居ると分かった。フランシアが、以前この街にアディシェスという神父がいた事(むろんこれは、マリーから聞いた話なのだが)を話すと、アディシェスが統括である事も話してくれた。
 では、イングリートが統括であるという事なのか‥‥。
 いずれにしても、ただの巡回僧である自分に話すという事は、ここまでは話しても差し支えない情報という意味ではないだろうか。
 フランシアが宿営地を去ろうとした時、オーク退治に向かっていた隊が帰還してきた。

 一方トール・ウッド(ea1919)も、足踏み状態だった。
 オークの巣を襲撃するのを、見渡せる場所から見物しようと思っていたが‥‥そもそもこの周辺は低い林が続く地域である。小高い丘などは存在せず、木の上に上るしか無い。
 鎧を着て木登りなどした事が無い上、それほど身軽でもないトールでは、樹上に行く事も出来ない。
 結局、林を足音を消して接近していくしかなかった。
 レムリィ・リセルナート(ea6870)やアルル・ベルティーノ(ea4470)もまた、別々に行動した後、結局林の中で騎士達の行動を探っていた。
 レムリィは騎士達を、やや離れた所からオークの巣に向かうまで尾行していた。アルルは、騎士達には構わず砦付近を調べようと林に入っていた。アルルはブレスセンサーで、レムリィは騎士達の感知魔法を警戒して距離を開けていた。
 そのオークの動きに最初に気づいたのは、調べていたアルルである。
 砦周辺に居るオークの多さで、砦に近づく事すら出来なかったアルルは、そうしている間にブレスセンサーでオークの群れが騎士達の後ろに回り込もうと、迂回しているのに気づいた。
 加えて、足音を消して歩く事の出来ないアルルの姿に、オークが気づいたようだ。
 彼らに回り込まれたら、自分の身が危険に晒される。アルルは急いで、その場を林の外へと駆けだした。時折ブレスセンサーでオークの位置を確認し、走り続ける。
 そのころレムリィの目には、騎士隊が何人か、東に向かうのが見えていた。
 砦の見取り図を作りたかったが、この様子では近づける状況に無いようだ。オーク達の動きも慌ただしく、騎士達との総力戦となっていた。
 数人ずつの隊に分かれた騎士隊のうち、三隊が正面からオークを迎え撃ち、二隊が後ろから支援する。それぞれ、騎士達は人並み以上の剣技を持っている。
 オークに囲まれないように騎士同士互いの距離を詰め、素早く片付けていった。
「‥‥売りは、顔だけじゃ無いって事か‥‥」
 レムリィはすう、と顔を空に向けた。
「さて、砦の調査もしておくかな」
 オークの気配を察知する術のないレムリィは、こうしてオークの行動に気づかず砦の方へと向かっていく‥‥。そして、トールはオークの行動が活発化している事にも気づかなかった。
 オークと騎士の戦いが活発化しているのには、理由がある。キサラ・ブレンファード(ea5796)がオーク達を煽るため、何体か巣の近くで殺して回っていたからである。それを知らないレムリィやアルル、トールは、砦やオーク戦の調査に単独で向かった。
 レムリィは途中でオークに遭遇し、逃げ回っているうちに現在地を見失っていた。元々騎士について来ただけのレムリィは、道を見失えば、今自分がどこにいて、どこを向いているのかすら分からない。
 途方に暮れたレムリィは、呆然と立ちつくした。また、トールは若干猟師としての心得を習った事があるという自信からか、周辺の地形の調査もせずに林に入り、回り込んだオークからの撤退中に道を見失っていた。
 そしてただ一人、アルルは何度かオークに襲われて傷を負いながらも、ブレスセンサーを使って群れとの遭遇を回避し続けていた。
 アルルもまた、道を見失っていた。
 そうしているうちに、オークとの戦いやブレスセンサーで力を使い尽くし、本格的に遭難の道が近づいてくる。
 ふ、とアルルが顔をあげる。誰か近づいていた。光が見える。
 立ち上がって逃げようとしたアルルに、聞き慣れた声が聞こえた。
「アルル、あたしだよ!」
「レムリィさん!」
 アルルは思わず駆けだし、手を振っているレムリィに抱きついた。ぎゅっ、とレムリィが抱きしめる。
 後ろには、トールも立っていた。そして、フランシアと‥‥白い鎧の騎士。
「これで全員ですか?」
 フランシアが、レムリィに聞く。くるりと彼女は振り返り、笑顔でうなずいた。
「はい! ありがとうございます」
「それで、弟とやらはいいのか? その青年が弟って訳じゃないだろう?」
 騎士が首をかしげて聞くと、レムリィはあ、と顔を赤くして狼狽の色を見せた。
「‥‥この人は」
「俺は頼まれて、弟を探しに来ていただけだ。その女の事はしらんな」
 トールがすかさず答えると、アルルも口を開いた。
「えっと‥‥義妹です」
 騎士は肩をすくめた。
「では、私はこれで失礼する」
「あなた方に、大いなる父の加護がありますように」
 フランシアが一礼すると、騎士達は宿泊地の方へと戻っていった。
 ‥‥そして。残された三人に、冷たいフランシアの視線が降り注いだのだった。

 夜が更けても戻って来ない彼らを心配して、マリーは宿の室内をうろうろと歩き回っていた。ガスパーは、ぼんやりと椅子に座っている。
 ドアの所に立っていたキサラが、ふと顔を上げてガスパーを見る。
「ガスパー、一つ言わせて貰う」
「何だ」
 ぼうっとした様子で、ガスパーは答えた。
「戦争と人殺しを混同するな。戦争の方が質が悪いものだ」
「そいつは理由に過ぎない。人殺しってのは、結果だ。違うか? 理由さえ違えば、人殺しじゃなくなると」
 ガスパーが、顔をキサラに向けずに答えた。マリーがぴくりと反応し、心配そうにガスパーを見返した。
「そうは言わない。だがお前の言い方は、どうも気に障る」
 キサラが言い返した。
 きい、とドアを開けてレムリィが顔を覗かせた。その後ろに、フランシアが立っている。
 レムリィ、アルル、そしてトールも共に戻ったのを見て、ふ、とショウゴは微笑した。そしてすぐに、ガスパーへ顔を向ける。
 彼は、いつもと様子が違っていた。
 いつものんびり飄々としているようなガスパーが、口調を荒げていた。
「そいつは、お前が人殺しが嫌だからだ。俺だって嫌だ。戦争だろうと、義勇だろうと、人殺しは人殺しだ。‥‥俺はそんなの、御免だね」
 強い口調でキサラに言った後、ガスパーはドアをばたん、と激しく締めて出て行った。おろおろとドアとキサラの方を見るマリーの横をすり抜け、ショウゴが外に向かう。
 軽く手を上げショウゴが消える。続いて、レムリィも彼の後を追って出て行った。
 ため息をついて、マリーはそっぽを向いているキサラの方へ、ぽつり、と声を出した。
「戦う事‥‥人を傷つける事、悪魔と戦う事‥‥あの人はまだ、それに答えが出ていないのです」

 ぽつん、と宿の外にたたずむガスパーの後ろに、ショウゴとレムリィが静かに立った。
 レムリィがそっと肩に手をやる。
「どうしたの、そんなに怒って‥‥さ」
「フェールさんの事や、あの発言‥‥何か理由があるんですね。報告書からは、その端々しか見えませんでしたが」
 ショウゴが聞くと、ふっとガスパーは、どこか悲しげに笑った。
「どうもこうもねぇさ。‥‥俺達の家系、狼“ルー”の者はなぁ。この剣とルーの名前を受け継ぐと、早死にするのさ。俺の先祖も、みんな‥‥戦いの中で早死にした」
 ガスパーは、狼の紋章の入った剣をちら、と見せた。
「俺は人が死ぬのも、殺すのもまっぴら御免だ。だから逃げてた‥‥んだが、あのマリーやらギルドの奴らに説得されてな。戻ってきた。‥‥でも、多分俺も近いウチに死ぬ」
「何故‥‥そんな事を言うのさ」
 レムリィが言う。
「みんな死んだ‥‥何百年も‥‥そうやって皆死んでいったからさ」
 そう言い残すと、ガスパーはふらりと暗闇の中に消えていった。

 そしてどこかで‥‥。
「ギルドが動いている?」
「はい。隊に入れてくれないか、って来ましたから」
 隊員に言われ、ラッシャはすうっと目を細めた。
「‥‥イングリート様に報告するんだ。それから、来月までに増員を‥‥シャンティイが動いているのかもしれない」

(担当:立川司郎)