黒き死天使〜死と再生

■シリーズシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 47 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月13日〜11月21日

リプレイ公開日:2005年11月21日

●オープニング

 はあ‥‥はあ‥‥はあ。
 荒い息を吐く声が聞こえる。これは‥‥俺の‥‥?
 薄暗い闇の向こうに、石壁が見える。壁沿いに並べられた、豪華な石柩。ここがどこだか、俺には分からない。
 いつ‥‥どうやってここに来た?
 いや、そうじゃない。俺は‥‥誰だ?
 ぼんやりと闇の向こうに、影が見えた。
 透き通ってみえる‥‥影。
 銀色の短く刈られた髪。目は獣のように鋭く、熱く輝いていた。足音は、まるで猫か何かのように、全く聞こえて来ない。
 わずかに、彼が鞘から抜いた剣の音がカチリ、と聞こえた。
「‥‥目を覚ましたか、メテオールの狼“ルー”」
 誰だろう。彼の視線の先に‥‥俺の目の前に、もう一人男がいた。両手を後ろで鎖につながれ、足は布で完全に拘束されている。
 口は轡をされており、唸るような声しか漏れてこなかった。
 嬉しそうに、銀髪の男が嗤う。
「死んでなくて残念だったな。お前はついさっき、神父が回復させたんだぜ」
「‥‥うう‥‥っ」
「俺が誰か知りたいか? ‥‥聞いた事くらいあんだろ。ランズ・シシリーだ」
 シシリー。
 目の前の男は、身を乗り出そうとした。ルー?
 ルーというのは俺の事じゃないのか。そろりと立ち上がってその男を横から見ると、確かに俺だった。
 シシリーは俺に剣を突きつけて、見据えた。
「今日から、俺がお前の教育係だ。お前を、悪魔に忠実なケモノに教育しろ、ってご命令なんでなあ‥‥俺、ご指名で」
 シシリーの剣が轡を刺すと、轡は床に転がった。
 けたたましく叫ぶ、俺。
「ふざけるな、シシリー! 俺は死んでも悪魔には魂を売らない!」
「‥‥と、そう言うと思ったぜ。そういう時の為に、うってつけのものを持ってる。こいつさ」
 シシリーは、枯れ草を出してみせた。
「それは‥‥!」
「可愛いルー、幸いな事に俺は男を犯して喜ぶ趣味は無い。‥‥切り刻むなら別だがな! 最悪の痛みと最悪の快楽‥‥お前は何日もつか、楽しみだぜ」
 俺は決して悪魔には屈しない。
 強い口調で、俺がシシリーに叫んだ。
 ‥‥そしてふい、と俺とシシリーが消える。弾かれたように俺は駆け出し、走った。通路をまっすぐ進み、階段を駆け上がる。しかしそこにあった両開きの扉は、しっかりと向こう側から閉じられていた。
 押しても引いても、びくともしない。
「ここを開けろ! ‥‥あいつが‥‥シシリーが居る!」
「‥‥そこにゃ、誰もいない。フェール、もうしばらくそこに一人で居るんだ」
 低い男の声が、扉の向こうから聞こえた。
 あいつは狂ってる。俺を滅多切りにして再生させ、痛みで歯を食いしばる俺を大麻で誘惑した。
 神父は、だまってそれを見ていた。あの深い深い闇の目‥‥。
 シシリーと神父‥‥俺からすべてを奪った‥‥。
 全てを‥‥? なにをだ。
 記憶? 誇り? 地位、名誉? 意志の力?
 ‥‥なにを?

 ガスパーは、いつになく深刻な表情でレイモンドを見ていた。
 フェールを連れ帰ってから1ヶ月。シャンティイ大聖堂に監禁していたフェールは、幻覚を見るようになった。大麻への依存、そして大麻の効果が無いのにもかかわらず、時折思い出したように幻や幻聴にとらわれた。
 自分をしっかり持て、フェール!
 ガスパーの叫びもむなしく、フェールは神官の一人を殴って部屋を逃走。ガスパーやメテオールの手より、地下墓地になんとか閉じこめた。
「‥‥卿。これ以上迷惑になれません。俺がクレイユに連れて行ってずっと‥‥」
「馬鹿な事を言わないでください」
 レイモンドが、すう、とガスパーを睨んだ。
「今回のフェールの処分は、私に一任されています。あなたに勝手に連れて行かれては、その方が迷惑ですね。‥‥第一、中途半端な結果で満足するなら、最初から私は依頼なんて出しませんでした。最初に言ったはずですよ、私は処分した方がいいと思っている、と」
「‥‥それは‥‥」
 ガスパーが口ごもると、レイモンドは視線をデスクに落とした。
 ゆっくりと肘を付いて、ため息をつく。ガスパーの横で聞いていたメテオール“騎士団”騎士隊長デジェル・マッシュが、口を開いた。
「ガスパー、ロイから伝言だ。もし正気を取り戻す事が出来たら、俺が引き取る、と」
 ロイは今、傭兵隊を編成してクレルモン戦に赴いているはずだ。シャンティイ周辺の悪魔崇拝団体との戦いに際して不足気味な、兵=騎士を補うべく組織された。
 また、ロイはフェールの父でありガスパーの義父でもある、レイウッド・クラークの戦友でもある。
 レイモンドは、窓辺に座っているシフールの少女を見やった。
「‥‥ガスパー、フェールを変える事が出来たのは、ギルドの者に関わらせたから‥‥そう思うのです。だったら、今回も彼らに任せてみませんか?」
 もしそれで駄目なら‥‥。
 レイモンドは、デジェルと視線を合わせる。デジェルはガスパーを見た。
 その時は、俺が‥‥俺がフェールを殺します。
 ガスパーは、かすれるような声で呟いた。

●今回の参加者

 ea1241 ムーンリーズ・ノインレーヴェ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7866 セルミィ・オーウェル(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea8247 ショウゴ・クレナイ(33歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)

●サポート参加者

セルフィー・アレグレット(ea0943)/ グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)/ 遊士 璃陰(ea4813

●リプレイ本文

 風に乗って、臭いが流れ込んで行く。
 異質な臭いに敏感なのか、暗い地下室の奥に身を潜めていた影が反応する。ぴくりと肩を動かし、顔をあげる。
 ふ、とその姿が消えた。
 小さな影は、突然伸びてきた手に驚き、奥へと飛び退いた。狭い通風口の中を、はい上がっていく。ちらりと後ろをふり返ると、冷たい氷のような目でこちらを見ていた。
「‥‥あのっ‥‥」
 通風口の入り口に置いた香炉は、まだ彼の手に届かないようだ。ほっと息をついて、座り込む。
 なんて冷たい目だろう。
 錯乱するって、どんな状態なんだろう。
 頭の中が疑問だらけかしら、真っ暗な中で脅かされている感じかしら。
 でも‥‥。なんて悲しい顔なんだろう。
 ちょこん、と座ったままセルミィ・オーウェル(ea7866)は彼の様子をじっと見ていた。

 ガスパー・クラーク。フェールの義兄である。フェールとは従兄弟にあたるが、幼い頃に父親が死んだ為、父の弟であるフェールの家に引き取られた。
 フェールの父も、そしてガスパーの父もまた狼“ルー”の血筋である。
 ガスパーは誰よりも、死について敏感だ。その宿命から逃れる為、長い逃避行に出ていた。ウリエル・セグンド(ea1662)は、彼のその動向を端で見ていた一人である。
 彼からその事を聞き、改めてムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)とショウゴ・クレナイ(ea8247)は、ガスパーが人殺しという言葉に過剰反応した理由を知ったのであった。そう、戦争であろうと何であろうと、彼にとって死は死。
 なるほど、あれは彼に他人が言ってはならない言葉だったのですか。ムーンリーズは深く頷いた。
 普段の彼は、至極温厚な人間である。
 シャンティイ大聖堂で、ガスパーは聖母像を見上げつつ椅子に腰掛けた。
「地方料理や、植物などについてお聞きしたいと思いまして。‥‥祖国を思い出す事で、彼の心境に変化があるかもしれません」
 ムーンリーズやショウゴは、フェールの事はほとんど知らない。ウリエルも、最後の依頼ですれ違いに会った程度だ。彼等は自分に出来る事、彼に正気を取り戻してもらう為の手助けをしようとしていた。
「わずかな縁があったのですから、最後まで彼の助力をさせて頂く事は出来ないのでしょうか。‥‥彼に思いのある人もいるのは分かっていますが」
 と、ムーンリーズは微笑した。
「そうか。でもウチは実はもう、フェールや俺が住んでた頃の家じゃないんだ」
 ガスパーとフェール、そしてフェールの父レイウッド、母と暮らした家は、現在母が住んでいる家とは違う。
 これは、レイウッドの死後母が再婚したからであった。その為母は現在、城内にある敷地に文官である義父とともに住んでいる。
「料理ってんなら、メテオールの賄いの方がいいんじゃないか? なんせウチは裕福だったもんだから料理人があちこちの地方料理作ってたし、騎士団に居た期間の方が長いからな。メテオールの練兵カルヴァンにスープ作らせりゃいい。あのおっさんの料理は、メテオールの名物だ」
 ‥‥まぁ、死ぬほどマズイがな。
 遠い目をして、ガスパーは呟いた。
「じゃあ‥‥昔、思い出すものとか‥‥名前の由来とか‥‥」
「そいつは、これしか無いだろう」
 ガスパーは腰に下げていた剣を差し出した。これは、狼の紋章が入った剣。ルーの血統の証だ。
「フェールってのは、鉄って意味さ。鉱石のままじゃ何の役にもたたないが、手を掛けてやりゃあ鍋にでも‥‥剣にでもなる。義父が付けたって聞いたな」
「‥‥お父さんがつけた‥‥そうか。いいな‥‥」
 ウリエルはちょっとうつむき加減で、言った。ちら、とガスパーが彼の様子を見る。
「そうは言っても、義父が死んだ時フェールは3つだった。ほとんど何も覚えちゃいない。俺は6つだったから覚えてるがね」
「大切な人を失うのは‥‥辛いですね。あなたの気持ちは、僕は分かる」
 死を恐れる、ガスパーの気持ち。ショウゴもまた、姉を亡くしていた。
 もし‥‥もしその時がきたら、私が。
 ムーンリーズが言うと、ふるふるとガスパーが首を振った。

 ‥‥嫌っ、ちょっ、近寄らないで!
 その柔らかそうな胸元にセルミィを抱え込んだマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)は、二人して悲鳴をあげながら部屋の端に避難した。
 こんなもの、ムーンリーズだって持っていたくない。黙って彼がショウゴを見ると、ショウゴは剣を手に抱えて苦笑していた。やむなく、ウリエルに差し出す。
 ウリエルは何も言い返す事なく、鍋を受け取った。
 ムーンリーズは、本当なら女性に料理を作ってくれるように頼むはずだったのに、三人で山中を歩き回ってシャンティイならではの食材を探したあげく、カルヴァンにあれこれ構わず鍋にぶち込まれた。
 できあがったのは、恐ろしい臭いの発するスープ‥‥いやスープと呼ぶのもおこがましい。
 気力! 精力! 体力一杯スープ!(ポーズ付き)らしい。
「‥‥パリ出立前にエグゼと会えなかったから、料理といえばこれしか無いのが不幸だね」
 フレイハルト・ウィンダム(ea4668)は鍋から距離を取りながら言った。ウリエルが平気で口にしていたから、実は旨いのかもしれないとムーンリーズも口にしてみたが、とても食えたもんじゃない。
 騎士団の者は、男であろうと女だろうと一度は飲まされる聞き、ムーンリーズは思わず“あなたって酷い人ですね”と言った。これを女性も飲んでいるなんて、酷い拷問だ。
 そしてマリとユーディクス・ディエクエス(ea4822)は、レイモンド卿の元を訪れていた。フェールがフゥの樹の手に落ちるきっかけとなった依頼で、フェールが卿へ渡すようにと皆に預けた手紙である。
 しかし、実はこの手紙。その後ガスパーに渡されていた。結局マリとユーディも、ガスパーを訪ねたのだった。
「そういえばこの手紙、フェールが死んだって聞いた後でガスパーに読ませる為に、持っていったのよね」
 逃げてたガスパーに渡そうと思って、とマリが手紙を出してみせた。
 その他、ユーディは璃陰から言葉を預かり(それ以外にも何か預かっていたようだが、ユーディは真っ赤な顔で抱えこんだまま、頑としてそれを見せようとはしなかった)、フールは妹からフェールについてあれこれと聞いて来た。
 また、フールはエグゼからシチューを受け取って来るはずだったのだが、結局出発前に会えなかった為に受け取る事が出来なかった。

 こっそりと、風穴を進んでいく。
 日の光が後ろから漏れてくる。それが長い影を創り出していた。セルミィは体中を埃だらけにしながら、下へ下へと歩いた。
 風穴の高さはセルミィの身長よりもやや低い。だからかがみ込むようにして歩かなければならせなかった。
 昨日の夜置いたお香は、もう消えてしまったようだ。
 お香はムーンリーズが渡してくれたものである。麻薬もお香もおなじく、臭いで刺激するものだ。だからきっと沈静効果があるだろうとムーンリーズは言っていた。
 地下室は真っ暗で、埃臭く、棺で一杯だ。出来ればセルミィ一人で様子を見に行くなんて、恐くて嫌だ。
 そろり、と顔を覗かせる。
 と、下から手が伸びた。
「はうっ、やっぱり!!」
 今度はフェールの手が、セルミィのスカートを捕らえた。わたわたとフェールの手を叩く。
「フェール」
 扉の前に、ウリエルとショウゴが立っていた。ショウゴの腰には剣が下がっている。フェールはセルミィから手を離すと、獣のような身のこなしで飛びかかった。
 立ちはだかったウリエルの襟首を掴むと、扉に叩き付ける。
 ‥‥。どこからだろうか?
 微かな女性の歌声が聞こえた。それにあわせて、後ろから小さな少女の声が。
 どこか懐かしい‥‥どこかで聞いた、子守歌。ウリエルの襟首を掴んでいた手が、するりと放れた。
 竪琴から手を離し、部屋に入ったマリは見下ろした。
「‥‥ともかく、ここから出しましょう。こんな暗い所に居ると、気が滅入るもの」
「懐かしい風景を創り出すのがいいでしょう。‥‥マリ、セルミィ。あなた達は幻影は作り出せますか?」
 フールがマリとセルミィに聞くと、二人とも頷いた。
「では、メテオール騎士団の部屋を創り出そう。この中には、城内に入った事のある者も少なくないだろう。騎士の部屋のように見えたらそれでかまわないよ」
「分かったわ。‥‥ウリエル達の話だと、フェールはメテオールの思い出が強いようだから‥‥それがいいかもしれないわね」
 膝をつくと、マリは彼の頬に手をやった。

 ぴくり、と肩が動いた。
 暖かい日の光が差し込んでいる。ゆっくりと顔をあげると、たった今まで自分は木のテーブルに頭を乗せて寝ていた事に気づいた。
「目がさめましたか?」
 ヒルダ“フール”が声を掛けた。扉開けて入ってきたのは、マリー・アマリリス(ea4526)だ。マリーの肩には、セルミィが座っている。
「レイモンド様が、目が覚めたら報告をしてくれ、って仰っていましたよ」
 マリーは彼らにそう言うと、運んできたスープをテーブルに載せた。凄い臭いを放っているが、なぜか‥‥違和感がない。何故だ?
 今は“いつ”なのだ。
「何故あなたはそうやって、一人で走っていこうとするのですか。あなたは何の為に‥‥」
 ヒルダの声は、遠くに聞こえた。
 安全な所‥‥そんなものは無い。夢だ。では今見えているモノが夢ではないと、言い切れるのだろうか。
 あの狂った鬼の刃が体を裂く感触‥‥。
 フェールは頭を抱え込むと、うずくまった。ふい、と幻が消える。周囲を覆っていた壁や天井が消え、広い大聖堂が姿を現した。さあ、と日がフェールを射す。
 立ちつくすユーディの目が見開かれた。フェールの腕に、赤いみみず腫れのようなものが走っていく。みるみるうちに、体を覆う“痣”。
「フェール、ここには悪魔なんて居ない! 神父も‥‥シシリーも居ないのよ!」
 マリが叫ぶ。しかしその腕を振り払い、フェールが立ち上がった。動こうとしたショウゴを制止したのは、フールであった。
 服を掴んだフェールの力は、フールの喉元を締める。しかしヒルダ“妹”の姿をしたフールは、彼を正面からぎゅっと抱きしめた。
 痛いほど締めるフェールの手が、ショウゴの剣に伸びた。
 それでも動かない。フェールが引き抜こうとした剣は、ショウゴの剣の鞘にしっかりと紐で縛り付けられていた。
「‥‥抜ける状態で持っているのは危険ですからね‥‥」
 ショウゴは、フェールの手を掴むと、彼の手を引き離した。
「殺す心構えがあるのに、殺される覚悟は無い‥‥ってのも失礼な話じゃないか‥‥ねえ、ガスパー?」
 フールはしっかりとフェールを抱きしめた。
 あなたに借りがあったものね。マリが呟く。あの日、ウリエルとマリ、マリー、フール。そしてユーディはフェールと会った。彼が身を盾にして任務を全うした‥‥あの日。
 ユーディは手紙を取り出すと、フェールの前に開いた。
「フェールさん‥‥思い出してください」
 何の為に戦うのか、何の為に死ぬのか?
 彼は問うた。何故死地に赴いたのか。あの時フェールは何を思って、死に立ち向かったのか。
 静かにマリは、竪琴を手にする。彼女の歌声に合わせて、セルミィも歌声を奏でた。
 懐かしい、フェールの母が歌っていた子守歌。シャンティイの古い歌だ。
 安らかに眠れば、きっと天使があなたに一つ祝福してくれるだろう、
 安らかに眠れば、きっと妖精があなたに暖かな夢をくれるだろう‥‥
 繰り返し歌いつづけるマリとセルミィ。
「フェールさん、あなたにはまだ戦いが残っています。私たちも‥‥戦っています。あなたの運命と、戦いに来たんです」
 マリーも、フールとフェールを抱えるようにして抱きしめた。
 暖かい‥‥まだ彼は暖かい。
「あなたの心は無明の中で、凍えていたのですね。でも、気付いてください。貴方を思う人、貴方を暖める光を‥‥フェールさん」
 ふ、とショウゴは笑みを浮かべた。悲しそうに笑う。
「フェールさん‥‥ちゃんと見てください。恐怖に怯えたまま、殻に籠もってしまわないでください。まだちゃんと、暖かい仲間や家族が居るじゃないですか」
「あの時、あなたが何故‥‥何の為に戦ったのか! 何故死を決意したのか、思い出してください!」
 短い文面に、その答えはあったはず。
 ユーディの差し出した手紙は、確かにフェール自身が書いたものだった。
 何の為に‥‥。

 フェール。デジェルが彼の名前を呼ぶと、フェールはゆるりと顔を上げた。ぼんやりとした視線を動かす。デジェルが、そこに立っていた。
 ‥‥幻?
「主のお言葉だ。‥‥“あなたは悪魔の手先として、多くの人を殺めた”」
 しかし、あなたが悪魔の手中に落ちた事も、あなたが自分を見失った事も、決して心身の鍛錬が足りないからだとは思いません。
 だからといって、あなたを騎士として再び登用する事は出来ない。どういう理由があれ、あなたは悪魔の手に落ちた‥‥。
 一つ、あなたに機会を与えましょう。ロイの所で、もう一度剣を取りなさい。あなたは解き放たれた。悪魔からも‥‥狼“ルー”の呪いからも。
 あなたは一度死んだのだから。
 お行きなさい、フェール。
 光が差し込む窓を背にして、誰かがなにか差し出している。目をこらして見ると、どこかで見たひとたちがそこに居た。
「あなたの証、あなたの“絆”。もう手放してはいけない」
 フール“ヒルダ”が差し出した剣を見る。狼の紋章のついた剣は‥‥もう死を告げてはいない。俺の体は‥‥やはりどこかで見たひと“マリー”がしっかりと抱えている。
 どこかから、においが漂ってきた。
 顔を覗かせたショウゴの手には、シャンティイのワイン瓶があった。
「スープもありますよ」
 メテオールの‥‥スープだ。
 あれは最悪だ。
 フェールは呟くと、少しだけ‥‥笑った。

 おかえりなさい。
 肩にすわった、小さな少女が耳元で囁く。

 ぽり、と頭をかきながら、ウリエルはユーディを見つめた。
「‥‥本当に‥‥いい?」
 ウリエルが聞き返す。ユーディは頷いた。彼の意志は、その表情に表れている。
「僕は‥‥いつも劣等感で一杯だった。でも‥‥フェールさんのあの言葉」
 何の為に戦うのか。
「俺は‥‥一人で戦うって決めた」
 パリには兄達が居るけど、オリオンは一人だ。分かっている。
「オリオンは‥‥吐いても泣いても‥‥許してもらえないよ」
「分かってる」
「無理って言ったら‥‥もの凄く怒られるよ」
 こくりと頷くユーディ。
 しばらく考え、ウリエルはすうっと手を差し出した。
 それじゃあ、行こう。フェールを連れて‥‥。

(担当:立川司郎)