紅血の一族〜霧、晴れる
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:9〜15lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 95 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月23日〜09月29日
リプレイ公開日:2005年10月05日
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●オープニング
一ヶ月前に起こった、ある戦い‥‥。
遠い昔から、濃い霧が発生していた森、霧の森が焼けた。悪魔の襲撃により森は焼かれ、その日以来森の霧は次第に薄まり始めたという。
何が起こったのか、誰にも分からない。
その森の奥では大麻が生息していたとか、森に悪魔が住んでいたとか、様々な噂が流れていた。
一つ‥‥周辺の市民が気にしているのは、悪魔がそこに出没した事でも、霧が薄まっている事でもない。
そこから、何者かが出てきた‥‥目撃者が何人も居り、人々はそれを森に住む恐ろしい悪魔だと‥‥信じた。
珍しく森から出てきたアッシュは、レイモンドの元を訪れていた。部屋は人払いされ、室内にはアッシュとレイモンドしか居ない。
アッシュは、少し困ったような顔をしていた。レイモンドも、静かに目を閉じて考え込んでいる。
先に口を開いたのは、レイモンドだった。
「‥‥困りましたね」
アッシュは顔を上げると、真剣な表情で腰に手をやった。
「本当に困りました。‥‥あの森から出てきたモノ達がどこに行ったのか、調べねばなりません」
「そうですね。早急に確保しなければ、大変な事になります。霧も薄まっているのだとか」
レイモンドが聞くと、アッシュは頷いた。
「私がこの間確認に向かいましたが、以前よりは確実に薄まっています」
アッシュはため息をつくと、もう一度“困りましたね”と呟いた。
二人がそうして顔をつきあわせていると、ドアを誰かがノックする音が聞こえた。室内に入ってきたのは、若い騎士である。最近、メテオールに登用された者だった。
「レイモンド様、メテオールに気になる情報が入りました」
「‥‥何ですか?」
レイモンドは、視線をそちらに向けずに聞いた。
「あの霧の森周辺住民が‥‥森の近辺に‥‥」
「何ですって?」
彼の言葉を聞いて、レイモンドが顔を上げた。アッシュもじっと彼を見つめる。
「何だと言いました、詳しく話しなさい」
「ええ‥‥森の周辺にバンパイアが出没すると、周辺の村人が報告に参りました。それも何人もです。デジェル様は、メテオールの出動をレイモンド様にお伺いしろ、と申されましたので」
バンパイア‥‥。
レイモンドは、首を振った。それからちらりとアッシュを見る。アッシュは、険しい表情で物思いにふけっていた。
すう、とレイモンドは視線を騎士に向けた。
「その件はギルドに調査依頼を出します。メテオールは、領内の警戒に当たってください」
「はい」
騎士は一礼すると、部屋を退出した。
アッシュは首を振ると、大きくため息をついた。
「‥‥何が起こったというのです」
「調査してみなければ、何もわかりません。よもやフゥの樹と‥‥」
「なんて事でしょう‥‥」
ぐったりと椅子に座り込んだアッシュの肩に、そっとレイモンドが手をやって撫でた。
●リプレイ本文
「霧の森って、晴れたのはいつの話なのかしら」
ヒスイ・レイヤード(ea1872)が首を傾げて、言った。
彼らは報告書に目を通していないが、イルニアス・エルトファーム(ea1625)は先の霧の森での火事に立ち会っている。悪魔崇拝団体フゥの樹の作戦で、霧の森に火が放たれてモンスターが現れたのである。
「火事の時、森から出てくる人影を見たという話が流れていた。森の状況も気になる、俺は森に向かわせてもらうが」
イルニアスが答えると、 フランシア・ド・フルール(ea3047)が小さく頷いた。
「では、私はバンパイアの情報について調べましょう」
フランシアとフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)、ヒスイ、そして護衛として源真霧矢(ea3674)が村を回って情報を集める事となった。残る、イルニアス、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)、遊士璃陰(ea4813)が森に向かう事となった。
「お前はどうするつもりだ」
イルニアスが、セシリア・カータ(ea1643)を一瞥する。
彼女は調査に赴くとは話していたが、誰と共に何をするかまでは決めて居なかった。とりあえず調査。としか考えていなかったセリシアにため息をつく、イルニアス。
マリウスはにこりと笑みを浮かべて、手を差し出した。
「それでは、我々と行きましょう。戦力は欲しい所ですし」
バンパイア‥‥それは、人々に噛みつき、仲間を増やしていく闇の眷属。
フランシアが語るには、噛まれた者は一週間の間高熱を発し、その後バンパイアと化すという。
フォルとヒスイは、ひとまずバンパイアと遭遇したという被害者を探し、話を聞く事にした。霧の森周辺ではそうした遭遇事件がいくつも発生していたが、騎士団に報告が入った件をいくつか当たっていくうち、バンパイアと最近会ったという者を探す事が出来た。
霧の森からさほど離れていない村の、青年である。
ヒスイが見た所、青年は元気そうである。フランシアが語るように高熱を発している様子は無かった。
「お主か、バンパイアに噛まれたというのは」
フォルが聞くと、青年は頷いて服の襟元をはだけた。
彼の首筋には、確かに獣の牙のようなあとが付いている。ヒスイはそれを確認し、眉を寄せた。
「これが、噛まれた痕なの? 何人くらいで襲ってきたのかしら」
「全部で五人ばかり居た。噛んだのは、そのうちの一人だ。目が真っ赤に光っていて、牙をむいて襲いかかってきた‥‥噛まれたと思ったら目の前が真っ暗になって‥‥気づいたら、倒れてたんだ」
青年は、森の横を通って村に戻る途中だった。その後、通りがかった者に助けられ、村に運び込まれたという。
バンパイアに噛まれた者をバンパイア化から防ぐのは、非常に難しい。通常、噛まれた者を完全に焼いてしまう。
青年もまた、騎士団の介入が無ければ殺されて焼かれる事になっていたという。
実際、何人かは騎士団がやってきて連れて行く前に、殺されて焼却されたという。彼もまた、メテオールが連れて行き、シャンティイで治癒されるという。
「そうか‥‥白の教会で治癒を受けるというなら、ひとまず安心じゃな。‥‥バンパイア化を防ぐには、教会に連れて行って治癒を受けるのが一番じゃ‥‥何故そうしない?」
教会に行く前に、殺されてしまう‥‥フォルは悲しそうに顔を歪めた。
だが、教会でそうした治癒を受けるにも金が必要だ。また、バンパイアに関する正しい知識が村人のあいだにも伝わっていなかった。
人々は、疑心暗鬼にとらわれている。
彼の話を聞いた後、フォルは村長へと面会を申し出た。まずは、現状の被害状況について聞かねばならない。村長から聞いたのは、やはり被害者に対する非道な処理の話だった。
現在被害を受けたのは、周辺の村も合わせておよそ五名。うち三名は焼却された。
彼も含めて二名は、メテオールが連れて行く事になっている。おそらく、犠牲者はそれだけではなく‥‥バンパイアの風評が広がる事を恐れて殺された者も、居るであろう。
「まだバンパイアだと決まった訳ではあるまい。何故、パンパイアだと思うのじゃ」
フォルが聞くと、村長や村人が声を荒げた。
「赤い目‥‥それに、牙で噛みつき、精気を奪う。このどこがバンパイアじゃないと言うんだ!」
「そうだ、それに、聞いた話じゃ、水たまりに姿が映らなかったと聞く。間違いない!」
フォルとヒスイは、目を合わせてため息をついた。
彼女達からしても、この話の主はバンパイアだとしか思えなかった。それにしても、何故パンパイアがこんな所に出没しているのだろう。
ヒスイが、帰り際にフォルに話した。
何の目的があるのかは、フォルにも分からない。だが、ヒスイが言うように、何かの目的があるのかもしれない。
一人は、狩人だった。火事の後、霧の森の様子を見ていった帰りに襲われた。二人目は、森の近くを通りがかった商人だった。3人目は、子供‥‥霧の森に入り込んでしまった。四人目は、街道警備をしていた者。五人目が、フォルとヒスイが会った青年である。
青ざめた月明かりの下、静かに歩き続ける。黒い影の後を、霧矢は黙って付いて歩いていた。
「何れも、霧の森の周辺で起こっています」
「森に入ろうとするのを、止めよう思うてるようにも見えるな」
霧矢が聞いた話を思いかえしながら、フランシアに話した。
時間帯は夜であるから、森で何かをしているとも考えられる。
「あの森は、フゥの樹が大麻を採取していた森でもあります。バンパイアとフゥの樹が関係しているとも、取れます‥‥何れにしても、あの悪魔達と無関係では無いでしょう」
二人は話ながら、情報にあった時間、街道を歩く。こうして歩いていると、彼らが姿を現すかもしれないという算段だ。霧矢はフランシアだけを行かせる事に不安があった為、こうして付き添っている。
しかし、何が現れるかわからへんのに、この姉さんは恐いもんナシやな。悪魔の神父や高位のバンパイアやったら、うち等二人なんか瞬殺やで。
霧矢は心中、そう苦笑したのだった。
フランシアが足を止める。
霧が発生していた森は、すっかりその覆いを消している。微かに奥の方が白い気がするが、以前ほどではない。霧矢は、フランシアが見た方へと視線を向ける。
「来おったようやな」
影が、現れる。それは地を這うように疾駆し、こちらに向かってくる。瞬間、フランシアが結界を展開していた。
二人を、結界が包み込む。
影が、月明かりの元あらわになった。
深紅の目、そして牙‥‥。フランシアは手元の鏡に目を向ける。そこに、その男の姿は無かった。二人、三人は現れる。何人かは目も赤くなく、姿も映っていた。
「くっ‥‥破られるで!」
結界は彼らによってあっさりとうち砕かれ、影は襲いかかった。
二人が意識を取り戻したのは、それからしばらくしてからの事‥‥。目を覚ました霧矢の視界には、アッシュとマリウスが映っていた。
顔を横に向けると、璃陰がフランシアを抱えあげているのが見える。
そっと手をやると、首筋に牙のあとが残されていた。アッシュが霧矢とフランシアへ、視線を向ける。いつもの笑みは、彼には無かった。
「無茶をしますね。もしあれがバンパイアだったら、あなた達はどうなっていたと思うのですか」
月明かりに照らされたアッシュの目が、微かに赤くなった‥‥気がした。
いまだ、森の中には焼けた臭いが漂っていた。
黒ずんだ炭と化した樹木、焼けこげた地面。イルニアスを先頭にして、璃陰、アッシュ、そして最後尾にマリウスとセシリアという順で歩いていく。
セシリアは森にも詳しくなく、霧の森に来た事も無い。
「そうですか、元々霧が発生していたのですか」
「元は、この森に生息しとった大麻が原因や、って言われててん。森の奥に大麻が群生しといてな、それが霧の原因やないか、とか森に悪魔が住んどるちゅうて噂があったんや。実際、この森じゃ幻覚作用があるしな」
璃陰が答えた。アッシュは黙って周囲に目を向けている。マリウスはその話を聞きながら、焼けた森の奥へと視線を走らせる。
「森の奥から何者かが現れたのか、火災の起きた頃‥‥とすれば、森に居たという悪魔もバンパイアだったのでしょうか」
「‥‥今まで、この森でパンパイアの被害が出た事はありません」
静かな口調で、アッシュが言う。璃陰は、いつもと様子の違うアッシュの様子を心配するかのように、少し沈んだ表情で彼を見た。
璃陰が、アッシュの横に並ぶ。
「なあアッシュはん‥‥。そもそも、この森て‥‥何の為に存在してたんやろね。晴れない霧、大麻、彷徨う者‥‥何でこないな事になったんやろ」
アッシュは答えなかった。マリウスとイルニアスが、表情を曇らせる。足を止め、マリウスは口を開いた。
「人が立ち入った形跡がありますね」
「ああ‥‥しかも、火事が起きる前だ」
イルニアスは、地面を見下ろす。明らかに、踏みならされたあとが見られる。細く分かりにくいが、人が歩いた道‥‥もしくは獣道と思われる跡が残っていた。しかしその更に向こうは、未だ霧が残っているのか白く濁っていて、見えない。
アッシュが無言で、前に進み出る。
「この道からは、奥に進めませんよ。これは大麻を採取する為に、フゥの樹が付けた道でしょう。“我々が作った道ではない”」
「アッシュ、きみはやはり‥‥」
イルニアスが表情を歪める。アッシュが顔を上げた。
と、セシリアが事の剣に手を差し向ける。
「誰か来ます!」
霧の間を縫うように、人影が接近する。アッシュを後ろに庇い、璃陰も刀を抜いた。
互いに背を内側に向けて、イルニアス、マリウス、セシリアと璃陰が武器を取る。
「‥‥六人ですか。私とセシリアが二人ずつ片づければ、一人一体という計算ですね」
「了解しました」
セシリアがあっさりと答える。
顔を隠した男達のうち四人は剣を持ち、残り二人は武器を手にしていない。男が炎を放つと、それが合図のようにイルニアスが飛び込んだ。
璃陰はアッシュを気にしてか、彼の側を離れない。
アッシュは、視線を真っ直ぐ、一番向こうに居る男を見据えていた。すると彼の方が、アッシュに気づいて目を見張った。
「お前は‥‥!」
彼の表情が険しく。目がかあっ、と赤く光った。
セシリアと剣を交えていた男、そしてイルニアスと対峙していた男の目が次々、赤く変化していく。マリウスは、自分と戦っていた男を含めて残りの三人の目が変化しない事を確認すると、声を発した。
「気を付けてください、その者は‥‥っ!」
セシリアの剣を深々と見に受けながら、男はセシリアの肩を掴んだ。剣が抜き放たれると同時に、傷が治癒していく。
赤い‥‥目が、セシリアに迫った。口元から覗く、牙がセシリアを捕らえる。
だが、牙がセシリアに刺さる事はなかった。男の腕を、アッシュがしっかりと掴んでいる。アッシュの目が、煌々と赤く光った。
ぎりぎりとアッシュが手を強く握り、締め付ける。
「あなたと私、どちらの力が強いか‥‥今ここで試してみますか?」
そう強い口調で話すアッシュの口元に、牙が覗く。
「は‥‥離せっ!」
男が悲鳴のような声を上げると、アッシュはぱっと手を離した。そっと目を伏せ、一歩後ろに下がる。
目を開いたアッシュの目は赤みを消し、牙も無くなっていた。男はアッシュに捕まれていた腕を、痛そうに撫でている。
「くっ‥‥人などに従属したお前に、俺達を責める権利は‥‥!」
そこまで口にした時、男とアッシュのあいだに矢が刺さった。男が顔を、矢が飛んだ方向へと向ける。薄い霧の中、一人の少女が立っていた。
少女を見て、男が眉を寄せる。
「‥‥行くぞ!」
男は仲間に合図を出すと、赤い森の奥へと駆けだした。追いかけようとするマリウスを、アッシュが制止する。
男が霧の中に姿を消すと、少女の姿も既にそこになかった。
アッシュはフランシアと霧矢の意識が回復すると、部屋に皆を集めてひとまず報告を聞いた。
「彼らは十人以上存在し、五人前後で行動しているようです。うち何人かはバンパイアではないと思われます」
フランシアが報告すると、霧矢は首筋に手をやりながら、起きあがった。
「せやけど、悪魔やなかった。まぁ、フゥの樹かもしれへんが」
「そのフゥの樹って、悪魔崇拝団体なんでしょう? だったら、バンパイアが悪魔の仲間って事なのかしら」
ヒスイが聞くと、マリウスがフランシアの方へ、視線を向けた。
「しかし、話に聞くバンパイアは、恐ろしい種族であったと思いますが‥‥この森では、過去バンパイアによる被害は報告されていません」
「アッシュはん‥‥」
璃陰がアッシュに声を掛けると、アッシュは手を組んだまま窓枠に背を預けた。
マリウス、セシリア、イルニアス。そして璃陰。彼らは、アッシュの変化をこの目で見ている。四人は顔を見合わせると、イルニアスがアッシュへと語りかけた。
「あの森で起こった事の説明、聞かせてもらおうか」
「‥‥あれはバンパイアではありませんよ。もともとあの森に隠れ住んでいた‥‥バンパネーラという種族です」
バンパネーラ?
マリウスが小さく口にする。何か知っているかとマリウスがフォルを見るが、フォルも知らない様子である。
「知っておるか、フランシア?」
「いいえ‥‥似た種が居るらしいという伝承は少しだけ耳にしましたが」
ムリも無い。アッシュは苦笑した。
「バンパネーラとは、とても希少な種です。はるか昔から、バンパイアと間違われ、追われて来ましたから‥‥人とは関わらずに生きてきました」
「何故、それを最初に言わなかった」
イルニアスが聞くと、アッシュが眉を寄せた。目が赤く、変わる。
「アレがバンパイアでは無いと言って、誰が信じますか? 鏡にも映らず、人に噛みつき力を奪う‥‥あなた方は、バンパイアと我々の見分けが付きますか?」
すう、とアッシュの目が元通り‥‥青く変わり、牙が消えた。
「あの森の事が知られれば、また人がやって来て皆殺しにされる‥‥我々の祖先はそんな事の繰り返しでしたからね、レイモンドと相談して、森の事はメテオールにも内緒にしてあるのです」
ギルドの報告書に伏せる事はもちろん、あなた方も他言すると、口封じをさせて頂きますよ。
アッシュは赤い視線を、こちらに向けた。
ともかく。
アッシュは、言葉を続けた。
「あの森には、以前から我々の仲間が住んでいました。しかし、随分前に私は村を出ていましてね。あの後で何が起こったのは、私にも把握出来ません」
フゥの樹の仲間となってしまったのか、そして村の者はどこに向かっていったのか‥‥。アッシュは、少し精気を失った瞳で、窓から外を見下ろした。
(担当:立川司郎)