紅血の一族3〜道の行く先
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■シリーズシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月27日〜12月02日
リプレイ公開日:2005年12月04日
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●オープニング
余り嬉しくない状況である。
そもそも村を出たはずのアッシュの家には、人、人、人。ただでさえ、所狭しと怪しげな物品が陳列してあるというのに、更に家の密度は増している。
入りきらない人達は、庭に座って話を聞いていた。
むっつりした顔で、少女が周囲を見まわす。銀色の髪をかきあげ、少女は腰に手をやってアッシュを睨んだ。
サーファはいつも、こんな顔をしている。
アッシュはため息をついた。
「‥‥私は二度と村に入れないんじゃなかったか?」
「あんた、まだそんな事言ってるの? 村の皆が困ってるんでしょう!」
怒鳴り声が、室内に響く。皆の視線は、サーファに釘付けだ。
肩をすくめ、アッシュは困ったように眉を寄せる。
「森も焼かれた‥‥カルーナはまだ森をうろうろしてる!」
「大麻を持ってフゥの樹に荷担しているそうだな‥‥そのせいで、あちこちに被害が出ている。大麻は我々の責任だ」
「‥‥あれは森を守る為のものよ。そもそもカルーナが持ち出すなんて、考えていなかった」
「それは言い訳だね。管理が出来ていない証拠だ」
ぴしゃりとアッシュが言う。
だまりこんだサーファ。村人の一人が、見かねて口を開いた。
「アッシュ、もはやお主がレイモンドと手を組んだ事は何も言うまい。わしらは身の振りを考えねばならん‥‥その為には、外の世界に通じたお主の力が必要だ」
「‥‥わかった」
アッシュは不愉快そうに、デスクに視線を落とした。
地図をデスクに広げる。
「霧の大半は、元々あの森に発生しているものだ。足りないのは大麻成分。まずは、あの森を再生させる事だ‥‥幸い、全てが焼き尽くされた訳ではないようだ。大麻の足りない分は、調達しよう」
「どうやって?」
「リアンコートの貧民街で、フゥの樹が大麻の栽培を行っている形跡がある。うまくすれば、手にはいるだろう。元通りになるまでは長い時間がかかるが、やむを得ない」
今までは幻覚が起こる恐ろしい森だからと、皆立ち入らなかった。
それが無き今、村は無防備だ。不安げな表情の村人達を、サーファが見まわす。
「どうしたの、みんな。あの森しか帰る所なんて無いのよ!」
「‥‥この森に住む事は出来ないのか、アッシュ」
ぽつり、と一人が言った。一人、二人と同意する。
「そうだ。あの巫女の村も、巫女の守り手に困っているようじゃないか。だったら、我らが森に住んで守ればいい」
「何を言ってるの! 何の為に、私たちが森に籠もったと思っているの!」
ヒトとは共存出来ない。
バンパイアと我らは、ほんのわずかな違いしか持たぬ。死か生か。
故に、ヒトとは共存出来ない。ヒトを傷つけぬ為の、そして我らが犠牲無く生きる為の手段だ。
だが、接触しなければ住めるのではないか?
現に、森には狼の群や精霊達が住んでいるではないか。ヒトは上手く、彼らと共存している。
アッシュは深く息を吐いた。
「‥‥分かった、その件について考えよう。しかし、カルーアは捕まえねばならない。サーファ、彼はどうしている?」
「ジェットは村近くまで行ったわ。でもカルーアは、森に居るわね‥‥どうやらあの巫女、家出したらしいの。ジェットはカルーアの指示で、その巫女を追っているわ。生け贄とか言ってる‥‥何の生け贄だと思う?」
「‥‥嫌〜な予感がするな」
椅子に背をもたれると、アッシュは目を閉じた。
「まず、一つ。我々がせねばならないのは、カルーアを捕まえる事だ。ジェットは巫女を守っている連中に任せればいい‥‥あちらに接近しすぎると、こちらの事情も漏れるかもしれないからね」
そして。
「あの巫女を確保するのは、あちらの仕事」
どう転ぶか‥‥あとは、彼ら次第だ。
アッシュはふ、と笑った。
●リプレイ本文
白い月の光が、ブロンドヘアを青ざめた色へと映し出す。
静かに、息を殺して周囲の様子を伺う。冷たい湖面のような瞳は、彼の横で森の奥を見つめていた。
すう、と彼女が指さす。森の奥、暗い静寂の地に、何かの気配を感じ取っているようだった。
ざざ、と草をかき分ける音に少し腕を動かしたが、彼女は反応なく奥を見据えている。
「ただの獣だ」
サーファはそう言うと、ゆっくりとふり返った。
風が彼女の髪を浚う。
「銀ちゃんや。‥‥メイの友達らしいで」
「どうでもいい」
遊士璃陰(ea4813)の言葉に、サーファは冷たく返した。
銀ちゃんもメイの事を探しているのか‥‥それとも、自分たちを助けてくれているのだろうか。無言で歩き出したサーファの後に続きながら、璃陰は彼らの消えた方向に視線をやった。
これより半日前。
アッシュの家にて集合した彼らは、神妙な面もちで話し合いを続けていた。
此度の依頼において、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)、オレノウ・タオキケー(ea4251)、マリー・アマリリス(ea4526)の三名は初参戦である。
改めてバンパネーラという種族について聞かされた三名は、驚きを隠せない様子。
「バンパネーラという種が居るとは、初めて聞きました。そのように、バンパイアと酷似した種族が居るのですね‥‥」
マリーはフランシア・ド・フルール(ea3047)から話を聞き、そう声を漏らした。フランシアとはここ最近顔を合わせる事がよくあるが、いつも冷静で賢明な人物である。
「もしここに残りたいと言うのであれば、アッシュ殿が村人に話したようにバンパイアとして住むのがよかろう。メイの村も守る事が出来るゆえ、双方に利がある」
まずフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)が、アッシュにそう話した。バンパネーラの件にしろ、カルーナの処遇にしろ、難しい問題だ。フォルはため息をつくと、目を閉じて思案した。
残る方がいいのか、戻る方がいいのか、彼らの間でも意見は分かれていた。
「事情はよく知らないけれど‥‥戻る方が争い事が少なく済むんじゃないかしら?」
「残るならば、何らか策を練らねばならんだろうな。アッシュ殿が話したという、バンパイアの盟約の件を利用するとよかろう」
ガブリエルの意見に、フォルが付け加えるように言った。
フォルは巫女というものについてよく知らないが、あの村にそう呼ばれるものが居るという事だけは分かっている。
恐らく、巫女が何たるか知っているのは、ガブリエルや璃陰といったごく親しい家族が彼女の依頼に関わっている者だけであろう。
フランシアはカルーナ捕縛に向かう前、アッシュに巫女について聞いていた。
「巫女たる者が鍵を握っているのであれば、本人に納得していただくのが第一ではありませんか? 彼女がよしとすれば、バンパネーラの者達が森に住む事も出来ましょう」
一体、巫女とバンパネーラには‥‥そもそもどんな盟約がかわされたのか。
フランシアの質問に、アッシュは考えるように黙り込んだ。ガブリエルが二人の様子を見て、口を開く。
「出来るだけ静かに暮らせる方がよくないかしら? ‥‥その、巫女っていう自覚があるかどうかもわからないでしょう?」
分かって無いだろうが、とアッシュが呟いた。頭を掻いて、ため息をつく。
「恩義。‥‥バンパネーラは昔悪魔団体で暗躍していたんだが、巫女の助けがあってヒトの影で生きるようになった。その時の恩があってね」
舌打ちし、璃陰がサーファを後ろにかばう。
「‥‥しゃあない、仲間の所まで引きつけながら逃げよか。サーファはんは皆を呼んで来てくれへんか、俺はここに残る」
「馬鹿な、私が残る方がいい」
「弓使いのあんたが残って、どないすんの!」
声をあげた璃陰に驚き、サーファは後ろから迫る影を気にしながら、矢を放った。
きいん、と金属音が響く。夜闇に一瞬、璃陰とカルーナの顔が映った。返す刃をカルーナに向けるが、皮一枚でカルーナが避け、交差するように剣を突いた。
肩を細い剣が抉り、引き抜かれる。
体勢を崩した璃陰から素早く離れると、カルーナは身を転じた。
「まて、カルーナっ!」
聞こえぬかのようにカルーナが、森の奥に駆ける。しかしその前方を、数個の新たな影が塞いだ。
四肢をしっかり地につけ、こちらにうなり声をあげる大きな影。
「銀ちゃん‥‥」
璃陰は呟くと、木を背にしてずるりと座り込んだ。
狼が次々と飛びかかるが、カルーナは剣で彼らを振り払い、草むらに鮮血を散らせる。立ち上がろうと刀を握りしめた璃陰の横を、サーファが走り抜ける。
そしてもう一人‥‥二人。
「退け!」
腰のレイピアを抜き放ち、イルニアス・エルトファーム(ea1625)がサーファに向かって叫んだ。足を止めたサーファを越、イルニアスとフォルがカルーナに剣を繰り出す。
「なんや、もう怪我してもうたんか」
璃陰の怪我を見て、源真霧矢(ea3674)が笑いながら通り過ぎた。
フランシアは璃陰の横に立ち止まると即座に結界を張り、マリーは膝をついて璃陰の怪我の様子を見る。
「璃陰さん、大丈夫ですよ」
優しくマリーが声をかけ、璃陰の傷に手をかざした。
「マリーはん、銀ちゃんも‥‥頼むわ」
璃陰が血のついた頬を引きつらせると、マリーは笑顔で頷いた。
バンパイアとして、ここに残る。
その意見に、璃陰が口を開いた。
「せやけど‥‥サーファはん達が人と接触せずに生きなあかんのやったら、森に戻る方がええと思う」
それしか方法がないというなら‥‥。ガブリエルは、小首を傾げて細い眉を寄せる。
「確かに、霧の森に戻る方が争いごとは少なくて済むわね。ヒトと住むには長い時間と努力が必要になりそうだもの‥‥それが出来るならいいかもね」
亜種族同士の争い。イルニアスは復興戦争など過去の戦争を思いかえし、苦悶の表情をうかべた。エルフのイルニアスやガブリエル。そしてハーフエルフ、パラ‥‥種族間抗争は、彼らにとっても他人事ではない。
「また何時、カルーナ達のように出ていく者が現れるとも限らない。いずれ知られるならば、長い時間をかけて人と信頼関係を気づくべきではないか?」
「まさしく‥‥ヒトと共存不可能と決めつけては、ただ停滞するのみ。如何なる立場の者であれ、自らの役割を見出し己が意志で守る努力を為すことは、神の新王国への道に他なりませぬ」
フランシアもそうアッシュへと強い口調で話した。
緩やかに弦を撫でながら、オレノウが声を発する。
「まあ‥‥結局、巫女の森で暮らすというなら、堂々と人目を気にせず住めるがバンパネーラとして生きるのを捨てなければならず、霧の森に戻るならば隔絶された世界でバンパネーラとして生きる事ができる。そのどちらを選択するか、という事でしょう」
アッシュは目を伏せ、じっと考え込んでいた。
やがて視線をあげる。鋭く静かな視線だった。
「我々が世に出るには、常に危険が伴う。共存出来ないと考えるのには、バンパイアとの区別が出来ない事にあるとは話したな。結局の所、人間と仲良くなる事は、バンパイアに対する警戒をも薄めてしまう事になるのだ。バンパイアをバンパネーラと容易に区別出来ない以上、やはりヒトと関わるべきではない。この問題が解決出来ないのであれば、やはり霧の森に戻った方がいいだろう」
パンパイアがもしバンパネーラと偽ってヒトの世界に入り込んだら‥‥その時、バンパイアを区別出来ない人々にとっては、防ぐ手段などない。バンパイアに理解のある村は、容易に入り込めるバンパイアの格好の餌食でしかないだろう。
「逆もまたしかり‥‥ヒトの世界に出たバンパネーラが、それと知らずに人々に殺される事もあるかもしれません」
マリーは悲しげに、言った。
我々の選択肢は、ヒトと偽って生きるか、バンパイアと偽って生きるか‥‥。
小さな歌声が流れる。弦の音色とともに、それは次第に大きくなった。フォルがオレノウを睨み付ける。
「なんじゃ、話し合いの最中じゃ」
「みんなそうしかめっ面しないで。吟遊詩人が二人も居るというのに、まるで人が死んだみたいな雰囲気じゃないですか」
吟遊詩人と名指しされたガブリエルは、フォルを見る。彼女はふ、と薄く笑って返す。
そして流れる、音色。
フランシアが瞬時に張った結界が、マリーやガブリエルを包み込む。
イルニアスがレイピアを突くと、カルーナは剣でそれを受け止め、逆に剣を繰り出してきた。立て続けに璃陰が刀を切り下ろすが、厚いグローブが阻んだのか動きがゆるむ気配はない。
からり、とイルニアスの左手からナイフがこぼれ落ちた。傷を庇いながらも、ナイフに構わずイルニアスがレイピアを握る。
「くっ‥‥速いっ」
「‥‥なあに、十個手がある訳やないわ!!」
フォルがカルーナの行く手を防ぐ、その合間を縫って正宗を振り下ろした。
カルーナの剣が、かろうじてそれを受け止める。
「休んだらあかん!」
霧矢の声が響き、手数を埋めるようにイルニアスと璃陰はカルーナに刃を向けた。
結界の中で、木の根に越を卸したオレノウが楽を奏でる。眠りを誘う術は、効果を発揮する様子がない。
「いけませんね‥‥魔法に対する抵抗も強い‥‥ですか」
「それじゃあ、別の手でいくわ」
すう、とガブリエルが手をあげる。
月が落とす影に意識を集中する。瞬間、カルーナの動きが止まった。
イルニアスのレイピアが、ぴたりと動きを止めたカルーナの肩を貫通した。
後ろ手に縛られたまま、カルーナはむっつりとした顔でサーファを見上げていた。
サーファだけでない、バンパネーラの村人達は睨むようにカルーナを見下ろしている。マリーは彼女達の視線は気にせず、カルーナの傷の手当てをしてやった。
ふり返り、アッシュとサーファを見る。
「これでいいです。意志力は低下していると思いますから、十分気を付けてあげてください」
「‥‥カルーナっ」
サーファが拳を振り上げようとしたが、その手をフォルが掴んだ。
ふるふると首を振り、手を押し返す。
「こ奴の処分は、レイモンド卿に一任すべきじゃ。あくまでもフゥの樹の一員として捕まえたのじゃ‥‥依頼したのは卿である以上、わし等は卿に引き渡すぞ」
サーファが納得いかない様子で背を向けると、フォルは息をついてアッシュやマリー達と顔を見合わせた。
腰に手をやり、さて、と話を切り出す。
「それで、そなた達はどうするのじゃ」
「そうですね‥‥霧の森に戻します。璃陰も言っていましたが、迷いの森の術で誤魔化す事も出来ますし‥‥まあ寝ずの番が必要になりますが」
「何故悪魔に下る事を良しとしない」
ぽつ、とカルーナが言った。皆の視線が彼に集中する。
「我らは闇に生きればよい。どの道、人を傷つけずには生きていけないのだ」
それは、人の力を吸わねば生きていけないという意味ではない。
彼らのその姿が闇の眷属に似ているがゆえ‥‥闇の眷属が存在しつづける以上、ヒトと安穏と共存していく事は出来ない。
サーファは、ちらりとカルーナをふり返った。
「‥‥その通りだ。バンパイアと我らは切っても切り離せぬ存在、それでもまだ自分たちは帰る森がある。それでいいじゃないか」
流浪の旅をする事なく、あの森を守ってくれるヒト達が居る。
そして助けてくれた、人々がここにも居る。
「その調子ですよ、サーファさん。やはり、あなたにはしかめっ面は似合いません」
ふわ、とオレノウがサーファの頬に手をやりつつ言った。
瞬時にサーファが身を引く。オレノウは苦笑して手を引っ込めた。
「安易に触るな、貴様!」
「やれやれ、またツンツンですか。せめて笑って行ってください、サーファさん。あなたの笑顔が見たい」
「‥‥また今度だ」
帰ろうか‥‥皆、とサーファが小さな声でいった。
森を復興させる為、アッシュの家に滞在していた人々は去っていった。
朝焼けの霧の中、彼らの姿をマリーが見送っていた。
「‥‥行ってしまいましたね。アッシュさん」
彼らが新しい生活に戻る事、それは喜ばしい。しかし再び霧の森を創り出すと、大麻をまた利用されないかとマリーは不安を抱いていた。
「常にその心配はあるが、既に大麻は世に出てしまっている。それに、これと同じものではないが、東の国には同様の作用を持つ植物がある。遅かれ早かれ‥‥」
「大麻は悪魔の誘惑を持てど、誘惑に負ける心はヒトのものです」
フランシアが言うと、マリーは黙って少しだけ頷いた。
結局、隠れ生きる道に戻ったか。
少し離れた所に座っていたガブリエルの横に立つと、イルニアスがそう言った。ふ、とガブリエルが見上げる。
「この森に住ませるのも、確かに酷だわね」
「彼らがバンパイアという影から解放されねば、光の元に出る事は叶わないというのか」
「‥‥いいえ」
彼女が心配するのは、あの巫女。
小さな巫女の事だった。璃陰が心配していたように‥‥あの少女に全てを背負わせるのは、あまりに幼すぎる。
「次はわい等、リアンコートに向かうんや」
璃陰がアッシュに話すと、霧矢はフランシアの方もちらりと視線を送った。
「銀狐に総攻撃かけるらしいて連絡あったんや。フランシアや璃陰と一緒にな」
「すまないね。しかし銀狐というのが、例の暗殺者ですか」
「まぁ大麻も焼かれんよう、銀狐も倒すよう努力するわ。な?」
璃陰の肩を霧矢が叩くと、彼は軽く咳き込んだ。
「それと、大麻の中毒症状改善について聞きたい。あれで困っとるモン、結構居らはるようやし」
はっとして顔をあげる璃陰。
「そうや‥‥アッシュさん、どうにかならへんかな。その〜‥‥まぁ、フェールだけやのうて、色々居るやろ、困っとるひと」
「そうですね‥‥誰かレイモンドの元に行くように説得してみましょう」
もちろん、ひととして。
(担当:立川司郎)