【黙示録・黒の断章】 第一詩節

■シリーズシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:03月18日〜03月23日

リプレイ公開日:2009年03月26日

●オープニング

 その少年の心には人間に対する憎悪しかなかった。目の前で親を惨殺された。それも同じ村人の手により。少年はひとつの結論に達する。親が死んだのはデビルの策略した陥穽に嵌るほど愚かで弱かったためだと。この世界は極めて単純にできている事を少年は悟った。力が無い者は力を持つ者の餌に過ぎない。

 少年を導く者がいた。エリンの名を持つネルガルである。周到で狡猾な罠を労するエリンは、戦いを忌避するデビルであったが知恵で他の存在を圧倒していた。エリンの手に掛かり堕ちた村の数は知れない。しかし策がなったと油断するあまり足元をただの人間に掬われてしまった。なんと言う恥さらしな師だと少年は思った。
 その上エリンを滅ぼしたただの人間には自分と同郷のクリルが関わっている事に少年はより不快感を募らせた。いつの日か復讐を果そうとエリンの上司であるカークリノラースに付き従いその手足となって尽くし続けた。

「これで100体目になるな、ユーリー」
 しわがれた声が少年の名を呼ぶ。いや。少年は既に少年ではなくなっていた。ユーリーはただその存在の前に跪く。手には血を滴らせる心の臓が握り締められており、ユーリーの足元には司教姿の男が倒れていた。
「汝にデビノマニとしての洗礼をあたえよう。汝の魂の全てを我に捧げよ」
 鳩の翼を大きく広げ、紅眼が輝く。ユーリーの胸に触れた手が白い塊をその体の奥から抜き去って行く。激しい痛みがユーリーを襲うが、ユーリーは寧ろそれを悦びとして受け止めた。
『忌まわしい人間の生を終え、我はデビノマニとして転生する』
 全ての魂は女の姿を持つデビルに吸い取られ、ユーリーは絶命をする。それから暫くの後、ゆっくりと体を起こすユーリー。しかし呼吸の仕方すら彼は失念していた。
「転生は終わった。今日より汝は我、ハルファスを崇めるデビノマニとなる」
 胸には二重の丸に幾何学的な図形とHALPHASの文字が火傷の痕のように刻み込まれている。
「この世に諍いを。血で血を洗う戦乱を。人がこの世に生を受けた事を呪う世界となることを」
 ユーリーはハルファスの前で誓約を立てる。
「お前は我を師とする者の中でも、もっとも優秀かも知れぬな。百年前に我の教えを受けた人間は智に傾き圭角も強すぎた。あれでは我の教えを理解するのに百年掛かるだろう」
 もっとも、最早生きていない人間の話をしても詮無き事とハルファスはそれ以上の話を止めてしまった。

 この日、一体のデビノマニが誕生した。戦いを忌避するネルガルに導かれ、諍いの種を蒔くカークリノラースにより悪魔崇拝者として活動し、天と親から貰った人としての生をハルファスに捧げての転生したそれは、既に人ではない。

 そして今日、モレクが地面に膝を着いた日。ハルファスはユーリーに別れを告げた。モレクに対する慕情だけは捨て切れなかったデビルの中の戦略家は、その醜態を赤裸々に見せた。愛する事がどれほど無様で愚かであるかを見よとも言った。
 わが師は、宣言どおり無様であった。人間の囲いに行く手を阻まれモレクを救うと言う目的を達する事はできなかった。
 無様ではあったが、ユーリーは別れに際して不覚にも涙を流した。エリンを失った時も泣いたように思える。欲望の全てを解放させたエリンに思慕の念が無い訳ではなかった。だがハルファスに別の道を行けと示唆された時、敬愛の心がデビルの心を持つ自分に残っている事に驚愕した。しかし人の情はその涙と共に消滅する。
 今より我は人の世を血に染める災厄になると誓いを立てる。


 その頃。地獄への遠征から帰ってこの方、夜遅くまでお祭りの計画を立てていたクリル・ミツ・グストフ(ez1200)は、テントの中で仮眠を取っていた。

「クリル、宣託します」
 夢の中にかつて現れた天使が再び飛来してくる。
「キエフより南に向かう事2日ほど。小さな村があるのですが、あなたくらいの子供がデビルの手により命を奪われつつあります」
 クリルは夢の中で頷き、些細な事でも聞き逃さないように身構える。これは夢であっても宣託は事実なのだ。
「正体は判っています。インキュバスとサキュバスです。それらが年端のいかない子供たちを誘惑し体に憑依して命を削っています」
 夢の中でクリルは即答をする。クリルが率いる武装隊商は、デビルと戦うためにある武装隊商である。
「インキュバス、サキュバスに憑依されると人はこん睡状態になり、幸せな夢の世界に捕らわれてしまいます。そして一週間後に死亡します。憑依されてすでに2日経ちました。移動日を加味すると猶予は3日になります」
 クリルは心の中に今の話を刻み込む。
「但し、憑依しているインキュバス、サキュバス以外にもデビルがいる可能性は高いです。退治されるのを妨害してくる可能性があります」
 薄っすらとクリルは夢から覚めつつあった。目の前で神々しく立っている天使の姿はおぼろげになっていく。
「あなたには辛い役目を与えて申し訳なく思っています」
 夢から覚めた時、遠くで声がしたような気がした。が、クリルは首を振って顔を洗うとキエフに向けて親書を乗せた早馬を送る。それを見送った後、南の村へと向けて出立した。

●今回の参加者

 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0744 カグラ・シンヨウ(23歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5299 エレイン・ラ・ファイエット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec0128 マグナス・ダイモス(29歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

壬生 桜耶(ea0517)/ 壬生 天矢(ea0841)/ 田原 右之助(ea6144)/ クル・リリン(ea8121)/ 若宮 天鐘(eb2156)/ 木下 茜(eb5817)/ ロプト・フヴェズルング(ec1546

●リプレイ本文

●出発
 駿馬や軍馬に騎乗し、あるいはセブンリーグブーツによって冒険者は街道を進んで行く。空気には木の芽の匂いが混じり、雪が溶けて流れる水の音が聞こえて来る。長かった冬は終わりを告げようとしていた。
「きっとあの村だよね」
 ティアラ・フォーリスト(ea7222)が駿馬・クッキーの鞍上で声をあげる。
「恐らく、そうでしょうね」
 セブンリーグブーツで駿馬と並走している陽小明(ec3096)が同意する。小明の目に既知の顔ぶれが映る。大きくなったものだと改めて小明は思いながら、女性騎士に声をかける。
「アクアさん、クリルが手を振っていますよ」
 アクアと呼びかけられたアクエリア・ルティス(eb7789)は、爪先立ちしてその方向を見る。村があるまでは判るがさすがに人までは判別できない。
「大きくなったのですね」
 しみじみと語る小明に、先日そのクリル・ミツ・グストフ(ez1200)にあったばかりのアクアはふふん、と微笑を漏らす。
「ほんとに、大きくなったわよ」
 小明とアクアがクリルと初めて出会ったあの日から半年が過ぎた。いつも共にあった女性の影でおずおずと挨拶をしていた少年は、既に立派な青年へとその姿、それ以上に心を成長させていた。それだけの経験を経たのである。そして‥‥
「天使様の託宣‥‥。これは何か大きな計画の一部なのかな‥‥」
 クレリックのカグラ・シンヨウ(eb0744)が呟く。神託、天使による啓示。クリルは夢の中でそれを受ける。まさかと思いながらクリルが授かった神託に従い啓示された場所に向かうと神託通りの事象が起こる事が続き、神に関心がない冒険者であってもギルドに提示された依頼を嘲笑する事はなくなった。ましてや、神に通じているカグラにはおろそかにはできない依頼内容であった。
 しかし、小明にとっては内心、複雑な心境である。できればクリルにはこれ以上苦しむ事はあって欲しくない。彼はあの年齢を思えばあまりに酷すぎる地獄を見てしまった。しかし、何故か彼の前には天使、精霊が姿を現す。デビルにさえ折られる事がなかった彼の信仰心、あるいはその根幹となる仁愛の情が天や精霊と会話する素養となっているのか。だが、それはあまりに酷すぎる話だとも思う。何故なら彼の村はその信仰心と仁愛に満ちた村であったからこそデビルに破壊された村であったから。そう、クリルのような少年が神の側に付かれるのを忌避したデビルが先手を打って村ごと破壊した。そう考えれば全てに合点が行くのだ。
「しかも、デビルの側に付かせる事ができる」
 実際、それは上手く行ったのだろう。神と精霊の側にいるのがクリルとすれば、デビルの側に回ったのが‥‥。

 冒険者の到着に村人は驚きを隠せなかった。年若い隊長が率いる隊商が村に到着したかと思えば開口一番に「すぐ冒険者の皆さんが来ますから」と言われた。何かの冗談にしか思えず、大人をからかうものではないと怒っている所に本当に冒険者が来た、という事になる。
「冒険者が来る、という事は例の‥‥。ミロンとアンナは、やはり‥‥」
 ざわざわと村人の中で動揺が走る。
「あー、いやいや、待ってね。『何か』あったのならまず状況を知りたいの。あ、私はセラフィマって言います」
 セラフィマ・レオーノフ(eb2554)が話を先に進める。「そこにいる少年が神託を受けた。それで冒険者の派遣を要請した。相手はインキュバスにサキュバスだ」なんて話はどうやっても説明ができない。信じられないのは無理もないし、逆に信じて貰えた場合でも村人を怯えさせるだけだろう。ここはたまたま通りかかった事にした方が何かと都合が良い。
 早速、眠りから覚めないミロン、そしてアンナの家を訪ねる。ミロンには母が、アンナには父がいないことを知った。
「我々が必ず二人を助けると誓う。お二人にはどうか信じて待っていて欲しい。できれば両名が目を覚ました時の食事として暖かいスープなど作って貰えれば」
 二人の親へエレイン・ラ・ファイエット(eb5299)が説得を行った。エレインの瞳の中に誠意を見て取ったのか。
「大丈夫、私達がきっと助ける。だから信じて、祈って欲しい」
 カグラの説得も手伝って二人の親は冒険者に自分の子供を託す事を承諾する。ミロンもアンナもむしろ穏やかな顔を見せて寝ているのだが、日を追うに連れ次第に生気が失われて行くのを親は誰よりも知っていた。太かったミロンの腕は痩せ細り、美しかったアンナの髪は白髪が混じっている。
 地面に涙を落す親の姿を見て、おおよその事情を察したエレインは再度「必ず助ける」と誓い空飛ぶ絨毯を取り出す。
 アンナをそっと抱きかかえて来たセラフィマが村人にどこか使わせて貰えないかを尋ねてみる。交渉なら俺が、とマグナス・ダイモス(ec0128)が村の顔役らしき人物たちと話を重ねる。多少荒事になることも予想される。ふたりと村人に危害が及ばないような場所を聞いた。教会の裏なら広く、空気も清浄であると聞き、早速移動を開始する。村人の目からふたりを隠すために、クリルも馬車を移動させた。憑依したデビルを抜き出す光景を見られるのは辛いだろうという判断だった。

「神聖騎士のマロースと申します。よろしくお願いいたします」
 マロース・フィリオネル(ec3138)が村人に会釈する。冒険者を遠巻きに見ていた村人の中にマロースが入り込むと、徐々に男性がマロースの周りを囲んで行き、10分ほどすると何かにつれマロースに協力を申し出る男が多数現れた。
「彼らが回復するまでは家にいてくださいね」
 後で村の内外を案内すると申し出る男達に順々に約束を交わして、マロースは冒険者に合流する。
「ミロンさんとアンナさんの親御さん同士は、恋仲にあるようですね」
 ああ、と冒険者は納得する。エレインが聞いた話でもミロンとアンナは最近互いを男女であると意識し始めたらしい。去年の終わり頃は何かにつけて衝突していたとも聞くことができた。そんな多感な頃に親同士の秘め事を知れば。
「思春期ですわねぇ‥‥。そんな時期につけこむような輩には天誅を与えねば」
 セラフィマは宣告する。ふたりの中に隠れ住んでいる夢魔に対して。
「では早速」
 厳かな雰囲気を醸す教会の中でカグラの巫女装束が大きく揺れる。祝詞を上げながら祈りを捧げ手に取った赤の聖水を振り掛けていく。清浄な空気が張られていく‥‥。
「動きました」
 マロースの唱えたデティクトアンデットが横たわっているミロン、アンナの内部に巣くうデビルの他の、もう一体の魔物を感知した。
「私の方も掴んだぞ」
 少し離れた位置から石の中の蝶が羽ばたくのをエレインは見つめ続けている。ミロン、アンナとは30m離れているからこれは全く別のデビルであることが確定した。だが、姿は見えない。見回せば木の枝に鴉のような鳥が留まっている。
「反応は、あれのようだ」
 できれば全員で取り囲むのが得策であろう。だが万が一目を離した隙にミロンやアンナに何かが起こっては大変である。それ以前に両名とも生命力が相当失われている上、デビルに犯されている心が心配だ。
 目配せを行い一斉に散開する。鴉のようなデビルにはマグナス、小明、エレインが向かい、ミロンとアンナに憑いたデビルにはティアラ、カグラ、セラフィマ、アクア、マロースが付いた。
「引き離します!」
 マロースの両手に神の力が宿る。そっとミロンに触れると背中が折れ曲がるような角度まで曲がると、口の中から黒い霧が吐き出された。マロースが放ったホーリーに撃たれ、霧は、顔らしい部分が焼けただれている。美形と言えば美形「だった」のだろう。女の顔を持つ霧、サッキュバスは焼けてただれた口からは怨嗟の言葉しか吐き出さない。それがより羞悪を増していた。
「醜いのは嫌いなの」
 何かの呪言を唱えようとしていた霧に先んじてティアラが高速で印を結び詠唱を終えるアグラベイションの枷がサッキュバスに掛かる。金の髪に青の瞳をもつ女性がいる。胸の前でレミエラの放つ4つ光点が線を結び輝いている。悪魔に枷をする結界が更に架せられた。
 一方、アンナを診ていたカグラとアクアは思いの外引きはがす事に手こずっていた。カグラの撃つホーリーはアンナの体にダメージを与えたからだ。
「アンナ、応えて。何を見ているの。それは夢よ。覚めなきゃいけない夢」
 アクアがオーラテレパスを使いアンナの心に呼びかける。アンナは現実から逃げだした。そして夢の中でミロンと結ばれる。誰にも邪魔されないふたりだけの時間をアンナは望んでいたのだ。
「どんなに現実が辛くても、怖くても。逃げちゃ駄目なの」
 アクアの呼び掛けが届いたのか。アンナの目から涙が一筋溢れた。認めたくない現実であってもそこには本当のミロンがいる。アンナは知っていたのだ。
「母なる神よ。ご慈悲の力を!」
 カグラの撃つホーリーがアンナの体を優しく包んだ。全ては悪い夢。その記憶も全て溶かしてあげる。カグラの優しい気持ちが降り注ぐ。
「ミロン君とアンナちゃんのハートはデビルの物じゃなぁぁいっ!」
 腕組みしたままのティアラが撃ち出した引きはがされたローリンググラビティが衝突する。波動に飛ばされ大地に落下するインキュバス、サキュバスにセラフィマとアクアの剣戟が交差した。
「これで終わりよ!」
 カグラとマロースのホーリーが、二体のデビルを跡形もなく消し去った。

「それ以上近寄ったらこいつを殺す」
 鴉のようなデビルを追い詰めたマグナス、小明、エレイン。だが、デビルは教会の外が気になって出てきてしまった子どもを捕らえ喉元に爪を当てていた。
「お前らのような冒険者がなぜ来る。見返りも無いのに」
 背中の羽を広げて子どもを連れ去ろうとしているが迂闊に手出しができない。
「せめて一人は連れて帰る。覚えていろ」
 だが、それさえも見切っていた冒険者がいた。小明が手短に言葉を交わす。刹那エレインがウィンドスラッシュをデビルに放った。
「馬鹿な、子どもを殺す気か!」
 デビル、エフィアルテスに攻撃魔法が命中したその瞬間、マグナスが手にしたシャクティが深々と体を貫いていた。マグナスがウィンドスラッシュによって生じたエネルギー目掛けてパラスプリントで跳躍したのである。落下してくるエフィアルテスを小明が蹴り上げて子どもを引き離す。飛翔するマグナスが無事にキャッチした時。全ては終わった。

 村ではささやかな祝宴が開かれた。クリルがワインを振る舞う。大丈夫なのかと問う小明に塩や資材で元を取りますからとクリルは答える。
 宴を早々に引き上げてミロンとアンナのそれぞれに冒険者が付いた。男は男同士、女は女同士、という事で村人にも相談できなかった事をミロン、アンナは話した。優しい夜は静かに更けていった。

●黒の断章
 翌朝、目を覚ました冒険者は、真剣な表情で立っているクリルを見た。
「それで、村を飛び出した子どもがいる村の数は」
 深手の傷を負っているレンジャーらしき人物が治療を受けている。
「この村を中心にして半径30km圏。数にして20です、総代」
 クリルが顔を上げる。冒険者の姿に気が付き会釈をする。
「何か起こったのですか」
 問いかける小明に、一瞬躊躇したがクリルは口を開く。
「広い範囲で、村から青少年が消えてしまう事件が起こったそうです。行方が判らなくなる前に『神の世界を創る』と言いだした事が共通しているそうです」
 つまり、とクリルは重くなった口を開く。
「敵に、裏をかかれてしまったようです」
 小明は少し目眩を覚えた。冒険者が来る事ができないようにする、その間に村に手を出す。かつてロシアに現れたあのデビルの謀略を模倣したようではないか。
「消えた者はどこに行ったか判るのか」
 マグナスもある事件を思い出す。仮にである。人を兵士として使おうとするデビルが現れたのはつい先日の事である。この村でデビルが現れた以上、デビルが絡んでいるのは最早必然であった。
「倒した、はずだ」
 謀略を用いるネルガル。字をエリン。そして軍略を人に授けたデビル、ハルファス。不戦の悪魔と好戦の悪魔。その2体の戦いをなぞるもう一体が現れたという事か。
「ハルファス? そう言えばこの間村を通りかかった男の子がそんな名前だったわ」
 いつの間にか冒険者の後ろミロンとアンナがいた。互いに手を結びひとつの名を冒険者に告げる。
「ユーリー・ハルファス」
 それが、その少年の名前だと。クリルは荷造りを瞬時に終わらせ負傷した伝令を荷台に乗せ出発しようとしていた。だが、ふと冒険者の顔を見て馬車から降りてくる。一礼をした上で冒険者に申し出る。
「これで依頼は完了です。本来ならばこれで解散なのですが、もし」
 ごくんとクリルは唾をのみ、冒険者に再度頭を下げる。
「もし、お時間があるのでしたら一緒に消えた子どもを追い掛けて貰えないでしょうか。無論帰還されるのも構いません」
 ですが、とクリルは続ける。
「嫌な予感がするんです。ロシア全体を揺るがしかねないような災いが起こるような」

 丘の上でのんびりと村を眺めている青年がいた。じゃれつく猫を抱き寄せる。
「よろしかったのですか、ユーリー様」
 突然猫が話しかけてきた。
「良い。あの村は足止めに置いた布石。邪魔が入らねば我の食事にしようと思った程度だ。一食抜いた所で我の計画は止められぬ」
 その者、ユーリー・ハルファスは懐から書物を取り出すと寝転びながらそれを読みふける。
「怠惰、傲慢、色情、憤怒、貪欲、嫉妬、大食。ロシアは七色に染まり、そしてジ・アースから消滅するんだ。『ハルファス共和国』と言う名はどうだろ。アラストールが怒るかな」
 聞かれた猫は「ネルガルに過ぎない私には判りかねます」とだけ言ってから猫らしくにゃあと鳴いた。
「命が革まるから革命、ね。人間はいつも神の名を使って己の醜態を美化する」
 青年は一瞬だけ激情を見せたが、書を顔に置くと穏やかな春の日差しの中で惰眠を貪り続けた。