【将来設計】掃除と洗濯

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月01日〜10月08日

リプレイ公開日:2007年10月11日

●オープニング

 この日、冒険者ギルドを訪ねてきた依頼人達は、良く似た顔立ちの五人の男女だった。年齢からして兄弟姉妹だろう。エルフで、一番上と思しき女性が百歳くらい、一番若そうな男性が七十歳くらい。
 ギルドの受付が目に留めたのは、五人が揃って身なりが良いのだが、全員服装にそれぞれ特徴があることだった。
「私はヴィクトリア・ハーグリーと申しますの。こちらは弟妹ですわ」
「エリザベスです」
「リチャードといいます。お見知りおきを」
「ジェーンよ」
「チャールズ」
 ヴィクトリアは襟も高いし、袖は手の甲まで隠れる、足の爪先も見えないスカート丈の良家の奥方風の生地と仕立てが良いが華美ではないドレス。
 エリザベスは襟こそ高いものの、袖は手首できっちりと締めてあり、スカートもくるぶしまでで、何度も洗濯した様子の丈夫な生地の簡素なドレス。
 リチャードはこの中で最も華美で、華やかかつひらひらとした飾りの多い、色も青系の濃淡の差がある布地を重ねて作った夜会にも着られそうな上下。
 ジェーンはかなり体の線が見える、ただし生地は厚めの上着と足にぴったりと仕立てたズボンを穿き、腰には膝丈の上着と同色の生地をスカート風にした乗馬服風。
 チャールズは分かりやすく乗馬用の服装だが、服地や靴の革が見るからに上等で、当人のために腕の良い職人が仕立てたと一目で分かる上下。
 全員、装身具の類を程度の差はあれ着けていて、これがまた品物が良さそうだ。明らかに金を持っている。
 そして、冒険者ギルドに来る人々にしては、まったく困った様子がなかった。金銭面でも、私生活面でも。
 この受付の係員は知らなかったが、ハーグリー家の兄弟姉妹は教師として知る人ぞ知る存在なのだという。

 長女のヴィクトリアは語学の達人で、各国語をこなす上に大変な達筆であるらしい。月道の開通で他国との交渉が今までにまして必要になった富裕な商人などに、語学と読み書きを教えている。他に商売関係の書類を作るのも得意だそうだ。
 次女のエリザベスは芸術系の才能に恵まれていて、西洋各国の文化・芸術について教えると共に、肖像画家としてもそれなりの実績を持っている。希望があれば、そうした技術も教えるし、肖像画以外も描いてくれる。
 長男のリチャードは吟遊詩人でもあり、音楽とダンスを教えている。こちらは貴族の子息、令嬢などにも教授できる腕前で、富裕な商人や貴族の気取らない宴などでも歌や演奏を披露しているそうだ。見栄えがよい割にまったく浮名を流さないので安心だから、どこでも歓迎されるらしい。
 三女のジェーンは、大変に厳しい礼儀作法の教師である。多くは身分違い、町娘が富裕な商家に嫁入る、商家の娘が貴族に嫁ぐなどで、礼儀作法が違う世界に飛び込まねばならない時に手助けする。たまに富裕商人のぼんくら息子を鍛えなおすらしいが、この仕事は内密なのか噂だけだ。
 次男のチャールズは、動物の教育を行なう。猟犬や乗馬用の馬をしつけたり、世話したりするのが仕事の中心だ。付随して乗馬方法を教えたり、飼育している動物の世話を請け負ったりもする。鳥類やモンスターも守備範囲のようだ。
 この五人、いずれも熱心な後見人がついており、普段の生活は後見人宅に部屋を貰っている。客分扱いなので、使用人ながらも他の使用人とは別格の扱いだ。報酬も、後見人から大枚支払われている上に、他の仕事先からも貰い受ける分があるので、きっとすごいことになっているだろう。

 その五人の依頼とは。
「この間、ヴィクトリア姉さんのコネで、郊外に一軒屋敷を買ったんだ」
 チャールズは、言葉遣いが気取らないというか、ざっくばらんに過ぎる。雰囲気もなんとなく偉そう。足など組んで座っている。
「かーなーり、ぼろいけど、広さはまあまあよね。二階建てで、全部で十二部屋?」
 ジェーンはあからさまに偉そうだ。無邪気っぽいと言えば言えるが、よくこれで良家の教師が勤まるものである。何故か手に乗馬鞭。
「二人とも、人様に仕事を依頼するのだから、もう少し謙虚に振る舞いなさい」
 リチャードは笑顔でさっくりと、弟妹を叱っている。こういう人が、案外怖いものだ。
「古い家で、しばらく人が住んでいませんでしたので、先日からあちこち手直しをさせておりました。先週、それがようやく終わったのですが、大工さん達に掃除までさせるわけにはいきませんでしょう」
 エリザベスが本題に入ってくれたが、手直しが済んで、掃除をさせるだけなら冒険者ギルドに来る必要はない。この人も、なんだか楽しそうにニコニコしているが‥‥一癖くらいはありそうだ。
「こちらには、短期‥‥一週間ほど、私共の屋敷の掃除をしてくれる人を集めていただきたいのですわ。いずれ正式に使用人を雇うとして、今回はじっくり人を選ぶ時間がないので短期雇いで掃除だけしてもらえますかしら」
 ヴィクトリアが述べた依頼内容は、それほど難しいものでもない。わざわざ冒険者ギルドに依頼しなくても、そうした短期雇いなら本人達のコネで幾らでも手配出来そうなものだが‥‥
「あとさ、でかいネズミを捕まえてあるんで、それを洗ってくれ。噛まれると指くらい食いちぎられるし、熱病に掛かることがあるから、力がある奴が一人は欲しいな。あ、ネズミは二匹な」
 チャールズが追加した内容が、冒険者ギルドに来た理由であるようだ。でかいネズミとは、ジャイアントラットのことに違いない。
「他にも出てくるようでしたら、それは退治してくださいな」
 つまり、この五人が買い求めた屋敷にはジャイアントラットが出没していて、捕らえた二匹はチャールズが飼うのだが、汚いので良く洗ってほしい。それこそ、口の中までしっかりと。
 そして相手がネズミである以上、他にもいる可能性が高いので、そちらはさくさくと退治。
 後はひたすらに掃除をしてくれれば、それでいいようだ。
「今後も家具の手配など考えておりますけれど、今回良い方が来ていただければ、引き続いてお願いするかもしれませんわ。そういう短期のお仕事を断続的にお願いすることもできるのですわよね?」
 もちろん出来るが、この五人は普段選りすぐりの使用人達に囲まれて生活している。短期でも雇った相手に対しては厳しいだろうと、受付はこの依頼の希望者には注意を促すことにした。

●今回の参加者

 eb0744 カグラ・シンヨウ(23歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2782 セシェラム・マーガッヅ(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec0700 アルトリーゼ・アルスター(22歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec1051 ウォルター・ガーラント(34歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ec1983 コンスタンツェ・フォン・ヴィルケ(24歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ec3063 ジリヤ・フロロヴァ(14歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 依頼初日、早朝にキエフを出て昼前に教えられていた屋敷に辿り着いた冒険者六名は、大体同時刻に集まってきていた依頼人五人と対面した。ちなみに依頼人達は、全員が一人から三人の侍女ないし従者を連れている。いずれも屋敷の中に入るつもりはまったくないようで、庭先に敷物を広げていた。
 使用人はさておき、双方全員が揃ったところで自己紹介を兼ねた挨拶となったのだが。
 一見すると最年少のジリヤ・フロロヴァ(ec3063)、途中で一度言葉に詰まったが、元気に挨拶を終えた。性別をしっかりと確認されたが、これは良くあることなので気にしない。真っ白なジャイアントラットは珍しいので興味があると漏らして、少しばかりチャールズと会話になったが、その際にモンスターに関する知識があることは認めてもらい、子供を寄越したとの苦情はなさそうだと安堵している。
 二番手に指名されたアルトリーゼ・アルスター(ec0700)は、イギリスの出身だと言ったところで、依頼人の年長三人に懐かしげな顔をされた。名前で大体予想していたが、ハーグリー家の人々は大元がイギリスの出身なのだろう。でも親近感を覚えるには、ちょっと厳しそうな雰囲気を漂わせていた。
 次に指名されたカグラ・シンヨウ(eb0744)、少しばかり言葉選びに迷ったものの、こちらも無難に挨拶を終えている。態度で他国生まれと察せられたが、細かいことは尋ねられずに済んでそのことでも一安心だ。あからさまに安堵した様子も、愛想よい様子も見せなかったが。
 その次がコンスタンツェ・フォン・ヴィルケ(ec1983)で、この頃になると外見の若い順かと全員が察したのだが。
 まさか、この展開は予想だにしなかった。
 小一時間後、痺れを切らしたというより、依頼人達が普通の態度で口を挟みきれなかったウォルター・ガーラント(ec1051)とセシェラム・マーガッヅ(eb2782)が、聖書の白教義の解釈を滔々と語り続けているコンスタンツェに身振りで口を閉じるように知らせた。依頼人達はイギリス出身で白の信徒かも知れないが、別に教義解釈を聞きに来たのではない。流石にこれほど語られると、後が怖い。
 ジリヤが『これで怒られたら嫌だな』と思っていたり、アルトリーゼが心密かに『おなかすいた』と悲しんでいたり、カグラが『両隣の二人が困っているらしい』と悩んでいたりするのだが、それは彼女達が並んでいるからだ。セシェラムとウォルターがコンスタンツェを止める羽目になったのは、自分達の挨拶がまだだからではなく、単にその両隣が彼らだったからだ。
 そうして、依頼人の中でも皆が一目おいている様子のヴィクトリアが一言。
「そこまで。流石に挨拶としては長すぎますものね。ねえ、エリザベス」
 制止の声を上げたので、つい語りに熱が入ったコンスタンツェも我に返ったようだ。ただし、エリザベスに離れた場所に連れて行かれて、延々と挨拶の仕方を講釈されている。
 続いたウォルターとセシェラムの挨拶が短かったのは、そういう光景が横で展開していたからと‥‥食事の用意が整ったからだ。ちゃんとここまで同行して、食事もきちんと屋外で食べやすいものを準備してくれ、ここでも温かい物が食べられるようにと心配りもよくやってくれる使用人が付けられていて、どうして冒険者ギルドを訪ねたのかと思わなくもなかったが。
「皆様は、こちらでどうぞ」
 和気藹々と食事をしている依頼人達とは別に食事を整えられて、使用人達の自慢話攻勢にさらされることになった冒険者四人は、食べたものがどこに入ったのかと思うような時間を味わったついでに‥‥
「なんて仲のよろしいご姉弟に、素晴らしいお付きの方々でしょう。これからのお仕事がとても楽しみですわ」
 コンスタンツェは、何を聞いても食べても感動している。
「毎日こんなご飯が食べられると、元気が出ますね」
 アルトリーゼはお代わりを貰う間に、満面の笑みを辺りに振り撒いていた。
 二人とも、聞いたり見たりする側の気分は考慮していない。
 四人の中に、先が思いやられると思った者がいたかどうか。

 昼食後、さっそく仕事と相成ったのだが、アルトリーゼは大変な衝撃を受けていた。
「ごはんなら、私もそれなりには作れるから心配はいらないぞ」
「道具もある。ちゃんと働かなければ、作る時間がなくなるが?」
 使用人達はあくまで依頼人付き、その依頼人達を雇っている方々の家で働いているので、今後の冒険者一同の食事の世話はしないと明言されただけだ。代わりに豪勢な材料をたくさん置いていってくれたのだが、美味しいものが食べられると期待したアルトリーゼは期待を裏切られて元気をなくしている。
「じゃあ、早くお仕事しよ?」
 やはり美味しいものには気を惹かれる、育ち盛り入口のジリヤが励ましている。彼女が言う通りに早く働き始めないと、何を言われるか分からないのも事実だ。依頼人達より、そのお付きの人々のほうが怖い。
 よって、まずは内部の確認をしがてら、埃がひどいところに細かく切って湿らせた藁を撒くことにした。埃が立たない様にというカグラの発案である。なお、玄関扉から入ってみて分かったことは。
「なるほど、修繕工事の後の掃除もあまりしていないんだ」
 ジャイアントラットが出て危険なので、本来はある程度大工達のほうが行なう掃除もほぼ手付かずなのだ。屋敷全体が、大変な埃の積もりようである。カグラが用意した藁では、いささか心許なかった。セシェラムとウォルターも、せっせと藁を刻んでいる。
 これを撒きつつ二手に、セシェラム、コンツタンツェ、ジリヤと、カグラ、ウォルター、アルトリーゼの三人ずつに分かれて、一同は一階と二階に手分けして作業を始めた。それぞれ、ジリヤとウォルターが先頭だ。前者はモンスターに詳しく、後者は足跡の確認などに優れているためである。ジャイアントラットが活動している跡を探し、出入りする箇所を塞ぐ作業のためだったけれど。
「換気のための小窓以外は、きちんと修繕されていました。家屋の外に巣があって、餌を漁りに出入りしていたのでしょう」
 それだけ分かれば、後は屋外に罠を仕掛けて対処しましょうと、ウォルターは落ち着き払って依頼人も含めて皆に説明した。撒き餌で目印とするので、その周辺には近寄らないようにと注意付きだ。仲間や依頼人が罠にかかっては意味がない。
「撒き餌は臭いが強いものがいいようだ。私に任せてくれ、手は抜かずに作ろう」
 料理の腕には自信がある模様のセシェラムが、そこに力点を置かなくてもと言う勢いで宣言している。料理に関しては、何か譲れないものがあるらしい。すでにウォルターと打ち合わせを始めていて、何か口を挟んではいけない雰囲気だ。二人とも、大変に真面目である。
「こんなに掃除のし甲斐があるなんて。実家ではお掃除はわたくしのお仕事ではありませんでしたけれど、修道院では毎日しておりましたの」
 コンスタンツェの言い様は、微妙に不安を掻き立てる。先程家の中を歩き回った折も、落ち着きなくうろちょろして埃を巻き上げていたのだ。窓を開けて換気しようとか、目立つごみは拾っておこうとか、こまごまと動くのだが‥‥行動と結果が噛みあわない。
「家の中に、最近はジャイアントラットは入っていないみたいだから、掃除は落ち着いて出来ると思うんだけど」
 目標は、白いジャイアントラットが走り回ってもまだ真っ白なままに、のジリヤが苦笑していたが、幸いにしてセシェラムの一言でアルトリーゼが復活していた。美味しいものが食べられると分かれば、元気が出るものらしい。
 先に窓を開けると埃が舞うから、速やかに掃き掃除を済ませて、それから拭き掃除は念入りに。そう計画しているカグラは、捕まっている白ジャイアントラットを洗う仕事もあることを思い出した。こちらはコアギュレイトで動けなくして、その隙にぴかぴかにする予定だ。でも、念のために飼い主に尋ねてみる。
「雑食の生き物だから、噛まれると傷が腐るんだろう。ミニとミキ自身が毒を持っているわけじゃないから、解毒剤は効果がないと思うぞ」
 動物性の解毒剤を持参しているものは何人かいたが、生憎とジャイアントラットに噛まれた場合の熱病には効果がないようだ。なお、ミニとミキはラットの名前。雄がミニ、雌がミキ。付けた理由は気分。
「雌雄つがい‥‥?」
 ジリヤが、微妙に顔を引きつらせている。
 ま、ジャイアントラット洗いは他のラットに急襲されないように罠を仕掛けてからということで、この日は罠作りのウォルター以外は掃除に邁進している。
 ウォルターが貸してくれたドモヴォーイの箒が動いているのを目撃したお付きの人が、悲鳴を上げた以外は順調に掃除は進んでいる。でも、ぴかぴかにはまだ遠い。

 二日目。罠は無事に設置されたが、建物内部にジャイアントラットの足跡は見付からず、掃除は続いている。罠の様子は、交代で見張ることになった。
 もちろん掃除をしている時は、一息つく暇すらない。
「おおまかに埃を取ったところで、上から綺麗にしたほうが良さそうだな。さて、梁の上はどうするか」
 セシェラムが屋内全体を見て、部屋の角の天井近くの蜘蛛の巣や、梁の上の埃に目を留めた。どうせやるなら徹底的に、ついでに家具の一つもなく、家中磨ける機会は滅多にないので目に見える範囲は磨き立てたい気分もある。
 問題は、梁の上などの下からでは磨きたてるのが難しい場所をどうするかだ。空を飛べる者がいれば楽なのだが、今回は生憎といない。だからといって。
「では、わたくしが登って磨きましょう。天井が近いですから、少しでも小さいほうがよろしゅうございましょう?」
「いや、私が行きましょう。これで多少は身のこなしに自信がありますから」
 コンスタンツェが両手に掃除道具を握って立候補したが、すかさずウォルターが割り込んだ。レンジャーの男性が名乗りを上げれば、女性陣は譲るものだろう。というより、ローブ姿のコンスタンツェが梁に登るなど、カグラもアルトリーゼも許さない。ジリヤは、小柄というなら自分が行くべきかとちょっとばかり迷ったが、木登りが得意なわけでもないのでウォルターの申し出に安堵していた。
 上の方を掃除するときは、下に埃が舞うので隣の部屋を皆で掃除する。隣なのは、万が一にもウォルターが足でも滑らせたら、すぐさま助けに行かねばならないからだ。梁があるところだけはそうやってまとまって行ない、後はまた二手に分かれて、必ず片方が罠の様子を確認できる部屋にいることにした。
 でも、二日目もジャイアントラットは現われず‥‥
「わざわざセシェラムが作ったご飯が食べられないって言うつもりですかーっ!」
 アルトリーゼが吠えた。
「それはないと思うが‥‥様子が違うからだろうか」
 カグラが見ているのは、明日には洗おうかと皆で計画している白いジャイアントラットだった。本日は飼い主のチャールズが仕事でこちらに来られない為、先延ばしになっている。今後の参考に洗うところは見物したいようだ。
 この日はリチャードとヴィクトリアが仕事の監督に来ていたが、一同の働き振りには不満はなかったらしい。お付きの人々は、一部『板戸の透かし彫りの段差も埃を払わないと』と厳しいことを囁いていた。聞こえよがしなところが、少し怖い。
「僕、子供が来たからだって言われないように頑張るよ」
 雑巾を握り締めて、ジリヤがどきどきしながら決意を新たにしていた。他にも『磨きたててやる』と思った人がいるだろう。

 しかし。
 翌早朝の、キエフから依頼人達がやってこない払暁の頃合に、一波乱があった。ネズミは夜行性、よって、
「あらまあ、昼間はおいでになれませんでしたのね。それにしても大きいですけれど」
 前半はともかく、後半はコンスタンツェの言うことは相変わらずである。
「ジャイアントラットなんかのネズミは、卵ではなくてお母さんから生まれるんだよ」
 ジリヤが一応訂正を入れているが、耳に届いたかどうかは分からない。
 そして、他の四人は速やかに攻撃に移っていた。カグラは罠にはまったジャイアントラットに、足止めのためのホーリーを打ち込んでいる。相手は五匹だから、全てに対応は出来ないが、後は残りの三人が相対している。
 ウォルターはスローイングダガー、セシェラムは霊斧「カムド」、アルトリーゼはショートソード。いずれもじたばたしているジャイアントラット一匹なら、右往左往されなければ攻撃を仕損じることはあまりない。相手が恐慌状態に陥っているせいか、攻撃も的確だ。この三人が『掃除した部屋には入れたくない』とか『台所にごはんが』とか『あんなに真面目に磨いたし』なんて考えていたとは、さすがにカグラも気付かなかった。
 コンスタンツェとジリヤは、お片付けで出番である。
 そうして。
「へえ、そういう魔法もあるんだ。しかしこいつら、たった二日で随分腹がぼてっとして」
 チャールズと物見遊山気分のジェーンが見守る中、冒険者一同は白いジャイアントラットのミニとミキを洗っていた。日なたを選んで、洗うのはぬるま湯、かなりのいい扱いである。
 ただし噛まれたら大事なので、コンスタンツェが『これも静謐を学ぶためです』とコアギュレイトで硬直させたところに、皮手袋の上に毛糸の手袋をしたウォルターとセシェラムが口をこじ開けて牙をがしがし洗うところから始まっている。カグラとアルトリーゼは鉄の檻を洗い清める担当で、ジリヤとコンスタンツェは毛皮を中心に洗っていた。
 気楽な依頼人達は、椅子まで持ってこさせて見物にいそしみ、楽しそうに注文をつけている。使い古しとはいえ厚手の皮手袋を使い捨てるくらいだから、ジャイアントラット飼育に相当入れ込んでいるようだ。
 がしがし、ばしゃばしゃ、ごしごし。
「もうちょっと白くなるんじゃない?」
「そうだね、ふわふわのさらさらを目指したいし」
 がしがしがし、ばしゃばしゃばしゃ、ごしごしごし。
 チャールズが『縛るなんてもってのほか』と言うので、仕方なく暴れる手足は手分けして押さえつけ、それはもう滅茶苦茶嫌われ、魔法の効果の合間に威嚇されながら、ようやくねずみ洗濯を終えた一同は、ぐったりと疲れていた。ミニとミキもぐったりだが、彼らが近付くと威嚇はする。
 それなのに。
「そうか、お前達は葉っぱものが好きなんだな」
 二匹のジャイアントラットは依頼の最終日にはセシェラムにだけ甘えた声で鳴くようになっていた。
 動物はやはり餌をくれる人になつくんだと、当たり前のことを実感した五人がいる。

 もちろん、家の中は最終日の昼過ぎまで、腕と肩と腰が痛くなるほどに掃いて、拭いて、磨いて、ぴかぴかになっている。