●リプレイ本文
今回のハーグリー家からの依頼には、前回とまったく同じ六名が集まった。仕事の内容は荷物運び。ただし、高級家具だ。
ここでちょっと注意を要する引越しの手伝いかと思ってはいけない。
「ある意味、話を聞くのが一番の仕事なのでしょうね」
ウォルター・ガーラント(ec1051)が口にした通りだ。相手はどう依頼内容を聞いても、自慢話をしたいのだろう。雇用主から世話係を複数つけられている厚遇振りで、わざわざ赤の他人に話したいのだから、これは気合を入れて聞かなくてはならない。
もちろんその前に荷物が目的地にちゃんと到着しないといけないわけで。
「念のため物盗りの可能性も考慮して、馬車と皆がどの位置にいるかを決めておいたほうが良かろう」
セシェラム・マーガッヅ(eb2782)が言うように、念のための武装はして集まった一同は、用意されていた馬車の中を覗いて‥‥人により落胆した。家具を梱包するために、それぞれ毛布を持ち寄ったのだが、すでに家具はかなり厳重に梱包されていたのだ。
「ネズミーはいらなかったね」
ジリヤ・フロロヴァ(ec3063)が口にして、見送りに来ていたチャールズに着て行けとからかわれている。確かに依頼の中では短時間の移動だが、防寒服がなければ肌寒いかもしれない。そろそろそういう季節だ。
それはさておき、せっかく持ち寄った毛布である。
「この辺りは隙間がございますから、詰め物をしたほうが良さそうですわ」
「揺れたときの用心に、ここももう一枚包んでおこうか」
コンスタンツェ・フォン・ヴィルケ(ec1983)とカグラ・シンヨウ(eb0744)が馬車の中で這うようにして隙間を見付け始めたので、もう一台はウォルターとジリヤが担当した。セシェラムはなれていない御者役を引き受けたので、アルトリーゼ・アルスター(ec0700)とチャールズから手解きを受けている。
ところで、荷物の中にはどう見ても家具ではない箱と籠が詰まれていて、どう嗅いでも野菜や果物の匂いがする。
「肉と魚はこれから取りに行くのだけれど、馬車の中のものに臭いがつくのは困るからね。誰か持ってくれないか?」
途端に目がキラキラし始めたアルトリーゼが、
「私の馬でよければ、積んでください。今からわざわざ取りに行くということは‥‥そのぅ、期待しても宜しいのでしょうか」
迷わず申し出て、ついでに質問したことには誰も驚かなかった。カグラとセシェラムが、また腕の振るい甲斐があると思っただけだ。
美味しいものが食べられることに関しては、誰も文句などない。
時間に急かされる道のりではないので、一同は荷物の安全を最優先でゆっくりと馬車を進ませた。何人かが連れてきた馬や驢馬は、ウォルターが手綱を連ねて引いている。こちらに食料は全部移したので、他の人々は馬車に乗っていた。リチャードは自分の馬だ。
アザラシ皮の防寒着に身を包んだウォルターと、何の毛皮だか豪勢な上着のリチャードに、御者台のもーもーお父さんセシェラムはまあ寒くない。馬車の中に乗っているカグラ、ジリヤ、コンスタンツェも寒さは感じない。
一人、風に吹かれているにも関わらず防寒着がなく、でも到着後に食べられるご馳走のことで幸せいっぱいのアルトリーゼはご機嫌麗しく、寒さを感じていなかった。
それでも、何事もなく目的の屋敷に到着し、しっかり暖炉で炎が燃えているところに迎えられると、全員がほっとした。ジリヤとセシェラムは掃除から始めるものかと心配していたのだが、床には埃一つ落ちていない。
「どなたか雇い入れられましたか?」
アルトリーゼが相変わらずわくわくどきどきの顔付きで尋ねている。リチャードの説明では、同業者の人間の老夫婦に留守居を頼んであるという。どちらも六十を一つ二つ超えたくらいで、どう考えても力仕事は難しい。
ついでに高価な家具がある森の中の一軒家を守るには心許ないとセシェラムは心配したが、自分達と入れ替わりで若い男性も三人ほど住み込むと聞いて安堵した。
「念のため、ウィザードに侵入防止の罠を仕掛けてもらう予定はあるのだけど‥‥魔法の種類が風か炎かはまだ分からなくてね」
リチャードの幾分怖い台詞は、全員が右から左に聞き流した。なんたらトラップまで必要なら、街中に住めばいいのにと思わなくもない。
それはともかくとして、まずは荷物を運び込んでしまおう。
前回も分かっていたが、コンスタンツェは感動屋さんだ。放っておくと際限なく自分が感動したものに付いて語るので、誰かが止めなくてはならない。
だが今回に限り、彼女をリチャードにつけておけば、皆が仕事をしている最中は静かなことが判明した。荷物が少ないわけではないが、リチャードはよほど気になると見えて運んでいる後を付け回していたのだ。
「こんな風に毛布や布を使って運ぶとは知りませんでしたわ。またの機会に活用できるように、良く憶えておかなくては」
「こんなに一度に家具を入れるところは見たことがなかったから、今度サロンで話してみましょうか」
それはいいですわなどとコンスタンツェが頷いているが、大抵の人は首を捻っている。上流階級に引越し話を聞かせて何が楽しいかと、普通は迷うだろう。コンスタンツェはまったく迷わず、運ばれる家具の梱包を解いてはあれもこれも褒めちぎっている。どこまでも本気で、良くもまあ言葉が次々出てくるものだと思わせる興奮ぶりだ。
おかげで、リチャードは荷物の搬入の間はたいして邪魔にもならずにいた。もちろんこれで、コンスタンツェ以外は『ものすごく熱を入れて作って自慢したいんだ』と実感している。
ところが翌日、リチャードはどうしても向けられない仕事があるとキエフに帰ってしまった。細かい家具の配置がまだだし、梱包も解いていないものが多い。どうするのかと思えば、しばらくするとチャールズがやってきた。こちらも顔が輝いている。
「おお、来たか。待ち焦がれてたんだ」
これは冒険者に対する言葉ではなくて、家具に対して。冒険者を振り返ったときには、前回同様のちょっと厳しそうな態度を取り戻していたが‥‥『この人達って』と思われても仕方ない。
配置はそれぞれ本人達が来て指図するが、その前に梱包を解き、綺麗に磨いておくように言われて、冒険者六名は一人ずつの家具と運び込んだ時の埃を掃除するのに散ったが、チャールズの部屋の担当になったのはセシェラムだった。もちろんチャールズは口を出すだけなので、せっせと梱包を解き、配置を考えている間に部屋を磨き、決まれば家具を移動させて、綺麗に拭きあげる。
はっきりいって、セシェラムにはまったく辛くも大変でもないことだった。なにしろ家事は得意中の得意だ。その方面で十分に食べていける。でも普段は屋台営業。食べることでは、今回の皆の希望の星だった。
だがしかし、そんな彼でも対応が大変だったのが。
「この位置だと、こちらの二つがちぐはぐな様子に見えるが」
「確かに。よし、変更しよう」
チャールズは、家具の配置を迷いに迷っていたのだ。頭の中で迷っていればいいのだが、一々セシェラムに直させるのだから力仕事続きである。
そんな中でもセシェラムがたいして疲れずに仕事を進めていけたのは、
「牛が好きでこれを着ているわけではない。耳を隠すのに着ているうちに定着してしまったんだ。生まれはノルマンなのでな」
動物関係の話になると、二人共に盛り上がって手元にお留守になるからだ。どちらも会話に熱中してのことだから、そのままなし崩し的に休憩になっても不満がない。
先日捕獲したミニとミキは、現在『起立、礼、座る』が出来るようになったと言う。何をどうやったら、そんなことまで教え込めるのか、それで延々と語り合っていた二人だった。でも夕飯に手は抜かないところが、セシェラムのすごいところ。
三日目はヴィクトリアがやってきた。リチャードが同行して、この日は使用人は着いて来ていない。ここの使用人が一番冒険者に当たりがきついので、皆ほっと一息だ。
ヴィクトリアの荷物は小型の家具ばかりなので、配置はあっという間に済んだ。それで品物を磨くことになるのだが、これがなかなかの問題となる。なにしろ複雑な透かし彫りも大量にある繊細な細工物だ。家事の心得があっても、手が大きいと扱いづらいものが幾つか。
おかげで細かいところにも手が届くジリヤが掃除担当である。他の人達は、思いのほか汚れていた屋内の掃除と、大量の食事の仕込みに取り掛かっている。
「美術品のことは齧ったくらいしか分からないけど、これは分からなくてもすごいよね。一流の職人さんって、こんなことも出来るんだ」
昨日、皆で感心したのだがヴィクトリアの持ち物は弟妹に比べて格段に手が込んでいる。ジリヤは他の皆がどのくらい感心していたのかを交えつつ、自分がいかに驚いたかをしばらく説明していた。一応手は柔らかい布で、戸棚のふちを磨いている。彫刻部分に指先をそっと嵌めて、ゆっくりゆっくり磨く方法だ。
当然ヴィクトリアもまったく手伝わないが、家具の扱い方は小まめに教えてくれた。それがまた凝った品物の話になるので、ジリヤが質問攻めにしている。あまりに楽しそうなので、怒らないでいてくれるようだ。ちゃんと働いているし。
その話の弾みで、ジャパンの友人に『浴衣で夕涼み』なる夏の過ごし方を教えてもらった話をしたところ、細かいことまで説明させられた。どうやら仕事でジャパン人と取引が出来たようで、色々知りたいようだ。このため、この日の昼過ぎからは知識がある者が集められてジャパン講座になっている。
これが良かったのか、ヴィクトリアは翌日に蜂蜜を届けてくれた。さっそく棒を突っ込んで、一すくい持って逃げた中にはジリヤも入っている。
四日目はエリザベスがやってきた。こちらは使用人に送られて、そちらを返している。また夕方前に迎えに来るように言いつけているので、主担当に当たったアルトリーゼが問いかけた。今回はハーグリー家の誰も使用人を連れてこないのだ。
「こちらには私どもの使用人がいますからね」
主が別の使用人を連れてくると、お互いに気疲れするし、エリザベス達も両方に配慮が必要になる。細かいところまで考えているものだと感想を抱きつつ、アルトリーゼは心密かに残念がっていた。なにしろ彼女の連れていた使用人の持っていたお菓子の美味しかったこと。今思い出してもうっとり出来るくらいだ。別にここでの食事に何の不満もないが、はっきり言って満足しかないが、美味しかったものの思い出は強烈なのである。
そんな訳でうっとりとお菓子のことを思い出し、時々階下から漂ってくる美味しそうな匂いにも反応しつつ、エリザベスの家具をきゅっきゅと磨いていたアルトリーゼは、あまり話しかけられないのでけっこうどっぷりと食べ物妄想の中に沈んでいた。
途中からはイギリスの話を求められたので、あれこれと思い出しつつ話し込んでいたのだが‥‥実は、
「あなたは食べることになると、本当に幸せそうな顔をするわね」
妄想に走っていたときと、イギリス名物料理の話で盛り上がっていたときの顔をデッサンされていたとは、言われるまで気付かなかった。
この日はまたリチャードも来ていて、ウォルター相手に四方山話に花を咲かせていた。多分初めて冒険者として受けた依頼で何があったのかを話したが、割と良くあるモンスター退治の話はそれほど興が乗らなかったようだ。王城での話はしがらみがあるのでと人に言うつもりはないようだが、ちゃっかりと根掘り葉掘り聞いている。貴族が関わる話も同様だ。双子のシフールの話では、双子の破天荒振りがなかなか伝わらず時間を費やして、それから。
「別に大事はない。ちょっと依頼の話をしたら、笑わずにいられないようだ」
何をどうして、普段かなり上品にしているリチャードをこれほど笑い転げさせているのだろうかと皆が不思議そうに部屋を覗きに来た話は、ウォルターが選んだとっておきだった。
ものすごく変わった性癖のオークを相手に、仲間の囮行為なる尊い犠牲を払いつつ、オークどもを一掃した話。そう言えばそれだけだが、もちろん内容はそれだけではない。そんな生ぬるいものではなかったと、当時囮をさせられた面々は言うだろう。
だが囮ではなかったウォルターが冷静に語ると、事実がそのものとして伝わる。それだけで面白おかしい。リチャードもモンスターの外見知識があるのか、笑いの発作に襲われていた。
でも流石に、何事かとエリザベスに尋ねられても彼らは仲良く言葉を濁したのだが。
依頼の最後の日は、ようやくといった様子でジェーンがやってきた。家具を磨くのもほとんど終わっていたので、後は指定の場所に設置するだけだが、彼女はなぜかもう一つ物入れを抱えてきていて、中には小物がぎっちりと詰まっていた。この梱包を解いて、戸棚の上に飾らなくてはならない。
小物は珍妙なのから繊細なもの、中には手作りと思しきものまで色々とあるが、その中に土をこねて作った動物の置物があったので、カグラが自分の荷物から素焼きの埴輪を取り出してきた。
いや、最初はカグラが以前にドレスタットで巨大埴輪が大行進を始めた、実はアンデッド退治の話をしていたのだが、埴輪とはなんぞやという事になって、現物を荷物から出して来たのである。モンスターにも埴輪はいるが、流石にカグラの出したものはただの置物だ。
「私の棲家には、本当に動くゴーレムな埴輪もいるんだよ。もう少しハニー君が言うことを聞くようになったら、つれてきてもいい?」
ハニー君って何と思った人もいるが、『埴輪だからハニー君』と返されるのは確定なので、尋ねはしなかった。音を取ったのか、イギリス語辺りの意味か、その両方かも、あえて問い質す必要はない。
カグラは淡々と語るのだが、内容は結構すごいよなーと皆が思っていたら、素焼きの埴輪を持ち上げたジェーンが戸棚のところに置いている。数歩下がって、言った台詞が。
「あら馴染んでる。おまえ、もううちの子だからね」
この時、普段はあまり表情が動かないカグラがくわっと目を剥いて、埴輪を取り返していたのを見た人達は‥‥錯覚だと思うことにしたようだ。
その後の、虎視眈々と埴輪を狙うジェーンと、それでもハニー君の自慢を止めないカグラの冷たい争いは、皆から放置された。
帰り道でも。
「ハニー君はねー」
「あらそう言えば、私のいた修道院のお話をしそびれましたわ」
「あんなに話していたのに、まだ忘れた事がありましたか」
「僕も皆の話を全部聞きたかったな」
「はあ、明日からまた普通のご飯‥‥」
「屋台に来るときは先に連絡してくれ。仕込の都合がある」
「あら、屋台をしているの」
皆、好き勝手なことを喋っていた。五日間で、随分とおしゃべりになったかもしれない。