●リプレイ本文
今回初めてゴーレム工房内に呼ばれた十人の冒険者は、ゴーレムを個人所有していても通常は入室できない区画に招き入れられた。信者福袋(eb4064)についてきたオルステッドが入口で追い返され、身分確認の厳しさが窺える。ちなみに彼らはナージ・プロメとユージス・ササイの二人が迎えに来ている。
でも風信器開発室に通されてみたら、良くある工房の風情に、ミーティア・サラト(ec5004)は俄然やる気になっている。これなら自分の慣れた場所だと思ったのだろう。そう思うのは、多分に開発室の中が食事作りの真っ最中だったのにも拠る。おかげでカルナック・イクス(ea0144)も落ち着かない。
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)と岬沙羅(eb4399)は、部屋に風信器が置いてあるのを見付けて、触りたくてうずうずし始めた。でも椅子を勧められて、風信器が見えるところに座を占める。
対照的に入口近くに座ったのはラマーデ・エムイ(ec1984)とギエーリ・タンデ(ec4600)の二人。こちらは人型ゴーレムの作成状況に興味があり、気配だけでもと探っている感じだ。
篠原美加(eb4179)はミーティアと一緒に、室内の様子が良く見える場所に。セレス・ブリッジ(ea4471)と越野春陽(eb4578)は、空いた場所になった。カルナックは暖炉に近い席で、料理の下ごしらえに少しだけ参加。
場の上席にはナージが座っているのだが、皆の視線があちこち向いているので、ユージスが机を叩いて注目を集めた。
「ええとぉ、ゴーレムニスト、あ、信者さんは文官ね、課題達成おめでとう〜」
今回のご用はそれと、ナージは突然に言い始める。今回の報酬の金貨一枚も合わせて手渡しだ。
「正式なゴーレムニストの任命式というのは、オーブル師から? それともナージ師から行われるのでしょうか?」
「今ので、終わりよ? あ、書類はこれから作るからぁ、一人ずつぅ協力してね」
長時間は黙っていられないギエーリが、ゴーレムニストになれると察して感慨に浸るより先に尋ねたのだが、ナージはけろりとそう言い放った。
ゴーレム工房での第一歩は、なんだか流れて過ぎていってしまった。
ゴーレムニストになれる者は一握りなのだが、それを儀式的に褒め称えてくれるものでもないらしい。
「ご馳走でお祝い出来るようにぃ、材料は用意したのよぉ」
言われて、全員の視線はカルナックに向かった。もちろん、彼も期待は裏切らない。でも、ナージに料理を教えようとしたら逃げられている。
さて、ゴーレムニストや文官と認められても、いきなり仕事はない。まずは当人確認のために細かい事柄、生まれた場所だの家族の名前だの、その他諸々の本人以外はよほど親しくないと知らないことを含めて尋ねられた。
これは一人ずつ個別に行われたから、後はあちこち見学という名の引き回しにあっていた。さすがにゴーレムニストになった後までナージとユージス二人では指導出来ないので、希望の配置の先達に顔を繋いで、後は弟子入りするのだろう。
「それって、呼ばれた時以外もここでお仕事できるってこと?」
「冒険者の仕事優先でもいいことにはなっているが、毎日修行したいなら、まず師匠を見付けないと」
冒険者は他にも仕事を持つ者もいるし、あちこち巡ることで新たな知識を仕入れても来るから、工房に詰める以外の選択肢も用意されている。特別扱いだが長期間魔法の腕が伸びなかったり、呼び出しに延々と応じなければ、立場が危うくなるだろう。
反面、当人が希望した配置で受け入れてもらえば、日々工房で働いてもよい。ラマーデは今からでも何か出来ないかと跳ね歩いているが、今は仕事よりもユージスに心得を説かれる毎日だ。
それでも黄金製人型ゴーレムを作りたい彼女は、人型ゴーレムの製作現場で幾つかの種類のゴーレムの関節の稼動域を比べたりと忙しい。ただ、
「やっぱり白馬の王子様みたいにかっこよくしたいもの」
という意見は、現場の人々から『黄金製が出来るなら乗る人がはなから決まるから、その人に合わせないと』と返されて、考え込んでいる。
人型ゴーレムは、ラマーデの他にギエーリとミーティアも見学希望していたが、
「やはり騎士道の王道、新たな時代の英雄たる主人公にふさわしき機体といえば」
ギエーリはいつものように延々と語り始めて、うるさいからとつまみ出される寸前で口を噤んだ。ゴーレムへの魔法付与を見学したかったら、精神集中を妨げることは厳禁だ。
それでも口を開きたくてたまらないらしく、何が見ると手が動いたり、人が動くと一緒の方向に体が傾いたりと、黙っていてもわさわさしている。
対してミーティアは、実際のゴーレム鎧の重量などを確かめている。そこから、鍛冶師の目でどう動くのかを考えている風情。他にも金属素体、木製素体と見比べたいと言っていたが、
「金属素体を使うのは、人型ゴーレムと精霊砲くらい?」
「精霊砲も素体は木製だ」
予想外の事実に驚いている。人型ゴーレム以外はほとんど木製と聞き、最初は金属鍛冶師の募集がなかったのはそれでかと納得した後、やがて三人で寄り集まってどの魔法を覚えたら一番いいのかと相談を始めた。
似た質問は、ナージに案内されているフロートシップ製作見学組からもあがっていたが‥‥
「作りたいものをね、極めるのよぉ」
さほど参考にはならない。もしくは風信器作成を極めて、工房内での発言力を確保している様を見習うべきか。
けれども、見学の場においては。
「魔法陣って、作るものによって大きさが違うのか? フロートシップだと相当の大きさが必要だろう?」
カルナックが尋ねた魔法陣については、『あれあれ』と現物を指している。あまりに大きくて、現物との対比が良く分からないカルナックやティアイエル、春陽に対して、細かい説明はない。見れば分かるだろうと考えているらしい。
見ても分からないので、当然尋ねる。
「小さい物を作る時はどうするの? あんなに大きい魔法陣は、幾つも準備出来ないわよね?」
「一杯あるわよ?」
「大きさに沿って、使い分けるということかしら」
ティアイエルの質問の返答に春陽が補足を入れて、こくこく頷かれた。基本的に素体が膨張しても収まる大きさのものを用意しているのだと、聞き出すまでに質疑応答三往復。
「この先、フロートシップを自分で製作するとしたらって、尋ねても大丈夫か?」
いずれは似たようなことを考えているティアイエルも、カルナックの質問には興味津々身を乗り出したが、ナージはフロートシップ製作現場にいる人々をゴーレムニスト、船大工、木工職人、帆布作成工房親方などと示して、春陽に目を留めてから言った。
「図面から引くならね、知識が要るのよぅ。もちろん大きい船のことも詳しくないと厳しいわぁ。ゴーレムの勉強もたくさんしてね?」
春陽はすでに設計を学んでいるが、他の二人は違う。挙げ句に大型船舶の知識となれば当然航行に関する多種多様な事柄も範囲に入っているだろう。造船に関わる知識も必要そうだ。道のりが長いことは予想していたが、具体的に示されると眩暈がしそうな話である。
それでも『なんとかしたいなあ』と考えているカルナックとティアイエルの心中を知ってか知らずか、ナージは資材がどこから来るのかなどを説明している。
「そうした作業は、やはり賦役なのですか?」
「場所によりけりねぇ」
春陽は人型ゴーレム制御砲の製作作業はないと聞かされて、資材搬入方法などを尋ねていた。
かと思えば、肝が冷える扱いをされている信者もいる。
「ゴーレムで農作業を嫌がる騎士が多いのは、二種類」
「二種類ですか。騎士の働きではないと言うのは考え付きますが」
ダーニャが先達のこちらは、いきなり書類を確認させられている。最低限この書類くらいは読めねば話にならぬという訳だが、その合間に他の会話もさせられて大変だ。
「元から人の上に立つ家柄だと、そんなことをするのは考えにない。主からの俸禄では足りずに家の庭で畑を作っていたり、継ぐ領地のない騎士が鎧騎士になったら、当然名を上げるためにこそ腕を披露したいでしょう?」
「騎士様が家庭菜園ですか?」
信者があまり想像つかないと頭を捻っていると書類を見ているのかと指で額を小突かれる。それでそちらにも視線を戻し、必死に文字を追う。
「騎士様が全員金持ちで領地があるわけでなく、土地は有限だから貰える者も限られる。ならば、たとえ訓練のためでも、昔と同じ事をしていたら這い上がれない」
主の命があれば話は別だが、下層の騎士が鎧騎士になるのは成り上がる機会を得たことになる。今の王ならば良い働きに見合う報償が期待できるのだから、なんとか腕を認めてもらいたいのだ。
ならば農民が使えるゴーレムを開発することは‥‥と信者が話を振ったのだが、ダーニャは彼の話を一通り聞いてから、質問を投げかけてきた。
「あなたの世界では、もっと便利なものが出来て、世界が大きく変わる中で騎士道は消えて、政治が変わり‥‥戦争の形が変わって、人がたくさん死んだのでしょう? 誰にでも使えるゴーレムを作れば、その道を辿るのではないの? 私はその費用をどこから調達するのかの方が気になるけれど」
「ええ、ナージさんの作られる風信器の値段を見て、私も目が飛び出そうですよ」
「それ、まだ安いほうよ」
見せられていた書類は、この期間中に開発室で動く金銭の記録だった。皆の給金は『働かない雛にやる報酬はない』とダーニャの考える適正金額にされ、残りが風信器素体の費用に回されていた。概算であちこちへの支払額も計算してあり、素体本体より職人への給金がいい金額だ。魔法付与するゴーレムニスト、ナージの給金もさらりと書いてあったが、素敵な金額である。
そして当然、給金の額は人に漏らすなと笑顔で念押しされた。
その風信器は開発室で作成されている。工房で必要とする数は膨大で、当然ナージとユージス二人で賄えるものではないが、相当数をこなしているようだ。
ゴーレム生成の魔法付与を見たいとセレスが希望し、風信器の機能強化に用いた精霊碑文がなんだったのか知りたい沙羅と、通信距離以外の機能強化を図りたい美加が作成手順の説明を求めるので、全員集めて実際に作成するところを見せてもらった。
でも見るだけなら然程のことはない。魔法陣に素体を置いて、ナージが呪文を唱える。素体にゴーレム生成が掛かったら、魔力が全体に行き渡るのを待って、風信器の魔法を改めて付与。魔力の浸透には木製風信器なら余裕を見て一日、他のものは大きさに比例して日数も増える。
なお、今のところ風信器に彫り込んだ精霊碑文はヴェントリラキュイのみだ。
「音に関係する呪文で効果が出るのでしょうか。他の魔法も試してみないと、一概にそうとも言い切れませんが」
「試すだけでお金出せないって言うし‥‥費用を言うなら、この装飾過多は改善の余地があると思うんだけど」
沙羅とティアイエルが現物を触り、碑文の配置を確かめて、種類以外に配置でも違うかもと悩んでいる横では、同じものを見た美加が春陽や信者に同意を求めている。彼女達の知識では、アンティークと呼ばれる形式の電話機の受話・送話部を装飾満載で上部に配置し、側面と底面にも手の込んだ細工が施されている代物だ。ラマーデが『騎士様が使うのよ』と主張するが、
「せめて、ゴーレムに入れたときに隠れるところは平面でも許されない?」
「鎧騎士が構わなくても、職人が構うぞ。多分細工料が減るから」
ユージスの返答に、『経費は削ろうよ』と考えたのは美加だけではあるまい。
「大型チャリオットの作成と、風信器を色々、どちらも形の変更も含めてやってみたいのですけれど、それは可能ですか? 特にチャリオットは一度に使う精霊力を増やすのか、動力に回さないといけないのか」
「小型を作る時にも、それは大事よね。出来るかしら」
「わからないわぁ」
沙羅もなんとかして実現に漕ぎ着けようと考えたようだが、ナージに任せておいても危ういことは承知している。せめてもと思ったか、申請と報告の書類の書き方を一緒に学ぼうと申し出た。当然この場合、教師役はダーニャで、すでに洗礼を受けている信者が遠い眼をしている。
ティアイエルは制服の支給がないかと尋ねて、少し気分を持ち直したいようだ。基本は私服だが、上に着る白衣は貰えるらしい。オーブルを真似て、ナージも魔法付与の時には着用していた。
「夢の第一歩ですね」
あんまりおっとりしていて、他の面子の勢いからは置いていかれている気配のセレスは、開発室の雑務担当少年少女と仲良くなっているようだ。実は錬金術に長けているセレスが入れば、素体の改良の話が進むのかもしれないが‥‥当人はまだそういったことは考えていない。
全員で将来の展望など出し合ってみたところ、黄金製人型ゴーレム製作やその鎧の改良、ゴーレムそのものの動きの滑らかさの追求と外装からくる敵心理への働きかけ、更には量産化しやすい形の研究があがる。
人型以外ではフロートシップ全般とその小型化、チャリオットの大型化、風信器の通話距離と送受話の精度の研究。
それと『ゴーレム機器の普及のための研究』だ。農作業等への従事のための道具の製作、鎧騎士に限らず使用可能なものへの変更など。合わせて春陽がゴーレムを用いて、通常賦役で行われることが多い道路や橋梁の設営などに従事する工兵部隊の設立はどうかと提案した。鎧騎士では抵抗があるだろうから、従士、見習い騎士の登用も含めての発案である。
これにダーニャは『費用がかさむ』と反対し、ナージは『ゴーレムに乗れたら鎧騎士様よ?』と首を傾げた。当人も鎧騎士のユージスは唯一『日頃使うなら、前例もある橋梁工事はまだいいかな』とは口にしたものの、
「工兵部隊を作ったとして、その食い扶持をどこからどうやって集めるか。それが答えられたら、上申してもいい。他の希望も、最終的には同じだな」
彼は賦役に代え租税を増やすと考えるが、それは多分皆の言う『ゴーレム技術の普及で得られるはずの利益』とは違う。そこにちゃんと折り合いがつけられないと、実現は困難より不可能に近い位置にあるということだ。
これは新型の開発も同様で、『何に役立ち、利益となるか』が説明出来たからこそ、ナージ達も金属製風信器開発の許可をもぎ取れた。
「書類の書き方は教えるけど、中身の吟味は発案者の仕事でしょうね」
ダーニャは信者の肩を叩きながら、皆に笑顔を向けた。その笑顔が優しげでも、『教える』内容と手順が厳しいのは、信者の蒼い顔で分かる。
「課題があるって事は、また集合掛けてくれるって事よね。そうしてくれなきゃ、説明の場がないものっ」
ラマーデが拳を突き上げて要求したのに、ナージが『ちょっと先になるけど』と約束はしてくれた。
それまでには魔法を覚えておけということなのかもしれない。