【ゴーレム工房】実習
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■シリーズシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月25日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年09月05日
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●オープニング
ウィルゴーレム工房の『風信器開発室』では、ほとんど全員が揃って青い顔をしていた。
「誰か、ナージさん呼んで来い」
「勝手に触ったのがばれたら怒られる〜」
「ユージスに怒られるのと、どっちがましか考えて、あんた走りなさいよ!」
ぴーきゃー、わーひーと騒いでいる彼らの中心には、風信器が一台。普通のものと違うのは、金属製であることと、模様に精霊碑文が刻まれていること。ゴーレムニスト志望の冒険者達の発案で、精霊碑文を模様に入れて風信器を作成したのだ。鉄板に碑文を刻む者が精霊碑文など初めて見たものだから時間が掛かり、先程納品されたところだ。
責任者のナージも、その助手のユージスも不在だったのに、残っていた人々は待ちかねていたものだから、勝手に梱包を解いて、眺めていたのだ。
その結果、青くなって慌てふためいている。
「早くナージさん呼んできて〜!」
どたばたと風信器を元の位置に戻したり、梱包をし直してみたりしながら、ようやく一人が部屋から出ようとしたら、助手のユージスが戻ってきた。すごい顔付きで走ろうとしていた仲間を見て、怪訝な顔になり、風信器が届いてるのに気付いて、真剣な表情に変わった。何か問題が発生したのかと考えて不思議はないところだ。
「どうした?」
「なんでもないです。ナージさんに連絡が」
「お前が敬語を使うのは、隠し事がある時だ。白状しろ」
襟を掴んで揺すられたパラの少年は、ぎゃーびーぶーと意味不明の悲鳴を上げた。それでも白状しないので、ユージスは少年を小脇に抱えて尻を叩いている。そこまで子供ではないのだが、扱いは幼児に対するそれだ。
「俺は止めようって言ったのにー」
「まさかと思うが、風信器を開けたのか?」
新型機開発は費用も時間も掛かる上、工房上層部への報告も多岐に渡る。万が一にも、作った品物に問題があれば、その責任所在も追及される。納品された素体に傷でもつけたら、大変な叱責を受けるから、風信器開発室ではゴーレムニストの二人がいないところで素体に触ってはいけない決まりがあるのだ。
今回、待ちかねていたとはいえそれを破ったので、彼らはユージスの追及をかわさなければならないのだが、とっくに失敗していた。勝手に開けるとは何事かと、お説教である。
更に、素体に水を掛けたのが判明して、また延々と叱られていた。水を掛けたから何か起きるわけではないが、不注意が過ぎるとごもっともな内容である。ナージだと、謝り倒せば許してくれるので、皆は必死にまずナージに謝ろうと探そうとしていたわけだ。怖いユージスより、ナージのほうがなぜだか立場が強いのである。
叱られた人々は、三時間後にげっそりとした様子でそれぞれの仕事に戻っていった。本日はいつもと同じ時間には帰れない。
その頃のナージはといえば、工房ゴーレムニストの一部と話し込んでいた。もちろん彼女が大好きな工房長オーブルもいる。
「そもそも冒険者にはゴーレムを所有している者もいるのに、わざわざ貸与する必要がありますかな」
「でぇもぉ」
「物ははっきり言いたまえ」
「天界人様ですわぁよ? 持ってない人も使えるようにしておいたらぁ、何かの時に助けてくれますわよぉ。フロートシップもぉ貸与したんですものぅ。ゴーレムもないとねえ」
「しかしあのフロートシップは」
延々と話し合われているのは、長らく議題とされていたゴーレム工房と国と冒険者ギルド間のゴーレム等貸与の件だ。中にはいっそ維持費も全部負担させる条件で、数機を売ってみたらどうかとの意見もあったが、これには強硬に反対する勢力があって今のところ実現しそうにない。会計担当文官の何割かは、『維持費が国庫以外からも入るならいいのでは』と考えているようだが、声高に主張する者はいなかった。
それでも冒険者ギルドからの要請も続き、実際に搭乗出来る天界人は冒険者登録をしているものがほとんどである事から、現在は『どのゴーレム機器をどれだけ貸与するか』に話は移行していた。相変わらず、そこでもめているのだが。
ナージがこの席にいるのは、風信器作成の専門家ゆえのこと。ゴーレムに対する発言力はないのだが、冒険者と直接相対した事があるゴーレムニストは少ないためにオーブルから意見を求められたので、意気揚々と言いたい放題しているところだった。
「天界人様はぁ、皆天界からいらしたんですわよぉ。皆様が使えないとねぇ」
こういう席で子供のようにいやいやする者は彼女だけだが、今回は言っていることが一応正論なので、冒険者の台頭が気に食わない人々も面と向かって反論しにくい。
挙げ句に。
「ランからグリフィンへの支援要請が入った」
「またですか」
「あちらの女王陛下からのご依頼だ。断れるかね? ウィルはゴーレムの頂点を極める国だ。他国からの要請がこの先増えることもあるかもしれない。それを考慮すれば、国内のゴーレム稼動で度々手続きに時間を取られるのは好ましくないな」
オーブルがこう言うものだから、話は具体数を決めることを急ぐ方向になったのだが、一度話したくらいではまとまらない。また日を改めて話し合うことになった。
「あらぁ、風信器の魔力付与が待ってるわぁ」
次の話し合いにはその結果も持ってきますねと浮かれたナージが、物好きな仲間と占拠している風信器開発室に戻っていくのを見た人々は『工房長も妙なのに気に入られて』といつものように思っていた。
そうしてナージは、皆が叱られてげっそりとしているところに帰り着き、ユージスと二人で風信器作成に取り掛かったのである。
翌々日。
「通話が、とってもいい音の気がしますのよ」
零れんばかりに目を見開いた状態で、走れないから早足でやってきたナージが、オーブルにそう報告していた。言葉遣いがいつもと違うのは、多分興奮しているからだ。
確かに、新開発の風信器は音が綺麗に聞こえて、周辺に雑音があってもよく聞き取れる優れものに仕上がっていた。継続しての研究費用が出て、ナージは大喜びのはずだが‥‥
「それと、こちらはゴーレムの使用許可だ」
ゴーレムニスト養成のための、ゴーレムなどの使用許可も貰って、あたふたしている。
そうして冒険者ギルドに、ゴーレムニストと文官養成の講義出席者への集合日時が依頼として掲示された。
今回は責任者のナージではなく、助手のユージスを中心として、ゴーレムやグライダー、チャリオットを実際に使える者は稼動させ、使えない者は同乗させてもらうなどすること。フロートシップとゴーレムシップは、実際に移動するものに乗り込むことになる。
ゴーレム機器全般の実習だった。
●リプレイ本文
「いぃやあぁ〜っ」
耳を覆いたくても出来ない上に、背後の人がずるりと風に飛ばされそうになった。手を離しても飛ばされることはないように、ぎっちりと腰の辺りを布でぐるぐる巻きに繋がされていたが、本当に手が離れたら姿勢制御が難しい。
不幸中の幸いは、ゴーレムグライダーが離陸したばかりで、十秒経たないうちに地上に戻れたことだろう。それでも越野春陽(eb4578)は顔面蒼白、皆が止めるのに同乗したナージ・プロメは虚脱していた。
「あれほど、何があっても手を離したら駄目と言ったでしょ!」
まさか離陸して数秒で手が離れるとは思わず、耳元で脳天に一撃食らわせるような悲鳴を聞かされて、春陽の言葉もきつい。けれども意識がどこかさ迷っているナージはあまり反応しなかった。
「今、ガクンと機体が揺れたろう? 上空でああなると、戻って来れない可能性があるから、全員気をつけるように」
あまり取り乱さない春陽のお怒りに触れて、ちょっと緊張気味の九人に対して、ユージス・ササイは生真面目に言い聞かせている。
ゴーレムニスト養成の詰め、ゴーレム機器実地体験はこんな風に始まった。
グライダー操縦は、十人の中では春陽だけしか出来ず、ユージスも心得がないので、鎧騎士が数名協力してくれた。とは言え、
「風信器以外のゴーレム機器に触るのは、今回が初めてだわ」
と、材質を熱心に観察しているミーティア・サラト(ec5004)や、
「私も初めてなのですよ。いやあ、見習い以前の身としては先達に導かれるのか当然とは言え、鎧騎士様のお手を煩わせるなど」
相変わらず多弁に、楽しみだし頑張らねばと表現しているらしいギエーリ・タンデ(ec4600)の様子には、『ゴーレムニストの卵』とは違う何かを鎧騎士達も感じているようだ。
かえって、カルナック・イクス(ea0144)がグライダーは木製だとミーティアが零したのを耳にして、
「木の塊でも、空を飛ぶなんてなぁ」
などと、今ひとつ不審気な方が共感しやすいらしい。おそらくは、似たようなことを感じた経験があるのだろう。
「空を飛ぶなんて素敵よね。竜みたい」
「夜だったら、空の星が綺麗に近くで見えるのでしょうね」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)とセレス・ブリッジ(ea4471)の会話は、微笑ましいものと受け取られている。もちろん、不用意に操縦者から体を離さないようにと重々注意もされたのだが。
これはなにしろ、春陽がひどい目にあっているので仕方ない。ナージが体にくくりつけて持っていた携帯型風信器の片割れで、熱心に様子を聞いていた岬沙羅(eb4399)とラマーデ・エムイ(ec1984)は、まだ耳を押さえている。予想外のところで絶叫を聞かされたので、片耳が良く聞こえないところだ。
「音質、音量も大事ですが、一定以上の音は再現しない制限があってもいいのかもしれませんね」
「天界には、そういうのもあるの〜?」
まだ、少しばかり覇気がない。話している内容はいいのだが、声に張りがなかった。
「あるわよ。受ける側が聞き取りやすいように、音量調節したり、小声でも聞こえるように音を拾うなんて機能が付いてるのが‥‥結構当たり前だったんだけど」
篠原美加(eb4179)は風信器から少し離れていたものだから、元気が減少気味の二人の背中を叩いて励ましている。ちなみに彼女が言っていることは、今回記録係のダーニャが書きとめていた。
そんなこんなしている間に、信者福袋(eb4064)はといえば。
「私、信者と申します。この度は色々とお手を煩わせてしまいまして」
如才なく、鎧騎士達に挨拶して回っていた。こういう挨拶の仕方は馴染みがない騎士達も、天界人だと聞けば礼儀正しく聞いてくれる。
でも、最初のナージの印象が余程強かったのか、全員が乗る前にしつこいくらいに注意事項を聞かされて、基本的に同性の鎧騎士に操縦してもらう。
「なるほど。これが女性だったら掴めないな」
地球から天界人達は、『時速六十キロくらい? もっと?』などと話し込んでいるが、十二分に加減した速度でもうっかりすると首が横か後方を向いて正面に回らなくなる。初搭乗ならとにかくしっかり掴まっておけと言われた意味を実感したカルナックはそう零して、あまり楽しそうではなかった。足元が不確かな状態では下の景色を楽しむゆとりはないし、揺れ方だって馴染んだ馬とはまったく違う。
「でも、姿勢はちゃんと合わせて変えてくれて、自分は楽をさせてもらったみたいだ」
鎧騎士は、彼の同乗態度をそう評している。馬であれば、初対面でも大抵乗りこなす技能の持ち主だから、旋回で鎧騎士の姿勢が傾いたら合わせて動けてはいたようだ。
そういう技能はないのに、空を飛んでいることに興奮して片手を離し、伸び上がろうとしたラマーデとティアイエルは、早々と地上付近に降りてこられてしまい、上空の景色を楽しめなかったとフロートシップに期待を繋いでいる。
やはり早いうちに戻ってきたミーティアはグライダーの形が機体ごとに異なっているのに気付いて、沙羅、美加と一緒になって、細かい違いがどういうものかを調べ始めていた。春陽によれば、翼の形状の差で速度が少し違ったり、旋回での小回りの利き方が違ってくるのだが‥‥それとても、乗っている者の資質によるところが大きい。
なぜかセレスとギエーリは『夜間飛行はどんな具合か』と話し込んでいるのだが、乗る者の視力に頼った飛行なので、今回の実地では夜間飛行は入らないと聞いて残念そうだ。
反応は人により様々で、一部は飛んでいた時の緊張を雑談に紛らわせていたらしい。ちなみにナージは『もう二度と乗らない』と言い置いて、風信器開発室に逃げ帰っている。故に色々な説明は、今回はユージスの担当だ。
「戦闘がある場合には、春陽以外の皆が乗った位置は弓手か、ウィザードが乗る。一人乗りなら、砲丸を落としたりするのが主な攻撃方法だな。墜落したら、大抵は死亡する」
地球から来た天界人は、空を飛ぶことに対してと、空飛ぶものそのものに慣れているのでグライダーに乗っても戸惑いが少ないのではないかと、これはユージス個人の意見である。
どうやら今回は、この調子で進むようだ。
そんなわけで、相変わらずゴーレム工房の前を素通りして、港に連れて行かれた。待っていたのはゴーレムシップ。帆船としても小型で、作られてからもそれなりに経っているようだが、川の流れを気にせず進める優れものに変わりはない。
そしてこちらも、初めて乗る者がほとんどだ。とりあえず甲板に立って、左右を見回している辺りは全員が同じ。
ただしラマーデと春陽はこうした帆船にも詳しいので、他の人々が見ての感想である『あんまり見た目は変わらない』とは違うことを感じていた。基本設計は同じなのだが、後から補修されたところが幾つか見えるのだ。
「この船縁が、他の河川航行の船に比べて二十センチくらい高いように思うけど」
「高いよね。その割に帆の造りは変わらないみたい」
最近のゴーレムシップだとどうなっているだろうかと、そういうことも気にしている。けれども一番の興味はやはりゴーレム機関なので、どこに水流制御の装置がどこにあるのか。いつ見学できるのかだったが、
「なぁんで? ゴーレムシップなのに、出発はあんな小さい船に引っ張ってもらうの?」
「はしけって言うんだっけ? なんか意外」
ティアイエルと美加が、高い船縁から身を乗り出して水面を眺めている。港からの出発が、小さい船に先導されてだったので予想外のことにひどく驚いているようだ。ラマーデも加わったので、ミーティアが転げ落ちないようにと背後から三人に注意を促しているが‥‥
「聞こえていませんねぇ。確かに意外といえば意外ですけれど」
「いやいや、この船の数を御覧なさい。いかにゴーレムシップがその速度を誇るとはいえ、この港で突然に速度を上げては、他の船を巻き込みかねないではありませんか」
相変わらず朗々と話すギエーリがもっともなことを口にして、それが聞こえた者は納得した。なんとなく拍子抜けだったと思っている者も少なくはないが、ゴーレムシップの性能はそれが存分に発揮されるところで見せてもらえばいいのだ。
「今のうちに船内の様子を見せてもらえると助かるな。仕事も手伝うように言われているが、俺は料理が得意だ」
カルナックが遠慮なく希望を述べたので、それぞれ見たいところを順に宣言する。おおむねゴーレム機関に集中したが、最後の信者はにっこりと笑ってこう言った。
「では、甲板のモップ掛けから」
「素人は危ないから、積んである品物の箱でも数えてくれ」
見学は航行が落ち着いてからとなり、まずは甲板で船員の働きでも眺めているようにと船長に言い渡された一行は、『絶対に帆桁の下に入らない』を約束させられた。甲板上では何が事故に繋がるか分からないので、おとなしくしていろと命じられたわけだ。
「まあ、確かに船は素人ですものね」
「技術の最先端の船も、初動は人力だなんて‥‥」
セレスはまったく気にした様子もなく、指示された場所に座って様子を眺めている。同様のことをしていても、沙羅は帆船の自然力と人力による作業がまだるっこしく感じられるようだ。そんな二人を横に、信者は『現物を知らないと物作りは出来ません』となにやらメモしている。
しばらくして、船内案内をしてもらい、その際に一泊するので使う船室も教えてもらったが、こういう出来事には実は慣れていないミーティアが珍しく切なそうな顔になった。
「ここに四人ですか」
女性が八名いるものだから、二部屋貰っても一部屋に四人。ベッドというより、箱が積んである風情の船室に詰め込まれるのは予想外で、他の女性陣も楽しそうではない。それでもやはり同人数で一部屋の男性部屋のほうが狭いので、文句は言わない。
「客船じゃないから仕方ない」
諦め気味の一言は、誰の発言だったか。
なお、厨房はこうした船の常で極端に狭いうえに道具も限られていて、カルナックが髪の毛をかきむしったと誰かの目撃証言があったが、ともかく料理担当を手伝っていた。指導していたかもしれない。
それとさておき。
「この船は貨物輸送が主だけど、ゴーレムシップも作ったのが最近になると色々目的別に船倉の区分けが違ったり、客室があったりするらしいな。いい船室があるのは、各分国のお抱え船がほとんどで、特使なんかが乗るとき用だとさ」
仕事の合間にカルナックは、そんな話も仕入れてきた。後の船長の説明によれば、初期のゴーレムシップ、フロートシップは元来あった船にゴーレム機関を取り付けたものばかりだが、徐々にそうした機関に合わせて全体の作りも変わって来ている。ゴーレム輸送目的とそれ以外では、また内部の作りも違う。おかげで船大工もフロートシップとゴーレムシップで腕が立つのは別人となったりして養成が進まず、大量生産は難しい。それでなくても、普通の船より作る時間と費用が掛かるので、ゴーレムシップが海の主役になる日は遠そうだ。
「ユージスせんせー、ゴーレムレシップを作るのって何日かかるの?」
「大きさによる。この船だと六十日。魔力付与が順調にいった場合だから、実際はもう少し完成見込みまでに余裕を見た日数で納期を決めるかな」
もちろんこれはウィルのゴーレム工房のように、人手と資材が潤沢にあり、作業が滞ることがない場所で作ったらの話だ。ラマーデと春陽の知識を寄せ集めて計算したところ、突貫で同じタイプの船を造るより三割から四割増しの日数が掛かっていた。
この二人はそうした計算も出来るし、船の構造のみならず船舶の操り方にも詳しかったので、海洋に出てからの操船を春陽がやらせてもらえることになった。船首をほぼ正反対に向ける動作を任されている。普通に操船して戻ろうとすると風の具合も見ながらの作業だが、こうした急旋回が出来るのもゴーレムシップならではだ。
「やっぱりゴーレム操縦が出来ないと駄目なのね‥‥」
ティアイエルが切なそうな目で操舵室の春陽を見ていたが、実際はそれに合わせて通常の船を操る技能も必要になる。だから船長は、あまたの帆船で近海を移動し、海戦も体験したような熟練者だ。操舵手も、当然それなりの経歴の持ち主である。
「なるほどなるほど。ゴーレムシップを操るお方は海原で活躍する鎧騎士様であるものの、全体の運行は船員が不可欠。それらを取りまとめる技量も備わっていなくては、ゴーレムシップやフロートシップの舵取りは出来ないということですな」
ギエーリが語るとやたら大袈裟だが。まあその通り。春陽は本職に助言を受けつつ操っていたが、あまり素早い方向転換とはいかなかった様だ。それでも風任せに比べたら段違いだけれど。
「こういう扱いが出来るのは、俺とは違う天界人と鎧騎士とゴーレムニストだけでいいんでしたっけ? 俺達も専門で訓練したら、動かせるのかな?」
甲板上で急速方向転換の体験をしていたカルナックが、入港してからユージスに尋ねた。これはジ・アース出身者も、アトランティス出身者も気になるところだ。
「まれに鎧騎士に叙任される例があるから、資質の問題だろうな。実際は、工房ではゴーレムニストが自分で色々操縦する必要はないから、訓練に精を出すことはないぞ」
新型機を開発する際は特に、事前に鎧騎士の派遣を受けて乗り込んでもらう。シップ類なら船員も合わせて呼ぶ。だからゴーレムニストは自分が動かす必要などない。
「じゃあ、なんでゴーレムニストになる人は体験するの? ユージスせんせもやったんでしょ?」
「今回初めて、実験的に。理由は信者が言っていた通りだ」
甲板で、方向転換時の水流板の動きを見ようと身を乗り出していて、転げ落ちそうになったラマーデ、ギエーリ、沙羅、美加などが、恨みがましい目付きになったのは気のせいではないだろう。確かに船縁が高いのは、こうした高速行動の時の事故を防ぐ目的もあるからだと知れたが、そんな実体験は一言注意しておいてくれれば避けられたはずなのだ。
フロートシップでは、もっとゴーレム機器らしいところを目撃してやると、海面下の動きはさっぱり観察できなかった一団は考えている。
下ろされた港町でまた一泊して、翌朝町の人々も見物に出てきた中、一行のために停泊してくれたフロートシップに乗り込んだ。これは気分がよい体験だ。それでなくとも内陸部のウィルの街では、冒険者にはフロートシップのほうが御馴染みであろう。
ただし、移動速度も速いのでさっさと始まった船内案内で、ゴーレムシップで色々と知識を蓄えたぞと思っていた者はさっそく挫折している。通常の大型船舶とは、船の形も異なるが、船内の作りも色々と違っていて分かりにくいからだ。
かえって知らないほうが気楽なもので、カルナックやセレスは天候がよいから揺れなくていいとのんびりしている。推進機関はやはり直接目にしにくい場所にあるので、ミーティアは材質を操舵の鎧騎士に尋ねていた。船体と同じ木製なら、ゴーレム生成の魔法が使えるようになったばかりのゴーレムニストで腕前が駆け出しに属していても、魔力付与が出来る。そのあたりが気になるようだ。
だがしかし。
「一気に魔法が習熟するのもいるが、そのあたりの加減がきちんと判明するまでは、大抵風信器なんかの小型の品物から魔力付与だ。下積み生活は一足飛びでは終えられないぞ」
「それは納得」
「ええ、本当に」
美加とミーティアは頷いたが、納得しきれない者もいるようだ。それでも今のところゴーレムニストになれないとか、工房に入れないと言われた者もなく、こうして色々と見学出来るのだから、後ろ向きになってはいけない。
「形が不思議よね。もっとこう流線型‥‥いるかのような形のほうが、速度が出ると思うのだけれど」
「そんな変な形の船を誰が造って、操るんだ?」
春陽は既存技術に、信者が言う『時代にそぐわない超兵器』の技術が組み合わされていることから来る無駄ではないかと思い、天界・地球人はおおむねそれを理解したけれど、同じ天界人と呼ばれていてもジ・アース人は何のことやらと思ってしまう。
「実際に模型で作ってみたりしたら‥‥」
「それは精霊碑文のこともあるし、楽しみに待つかな」
「分かりやすく説明してくれないと駄目だけれどね」
ユージスやダーニャは風信器のことで彼らの考えに一目置いてくれているようなので、他にも気付いたことがあれば実現するための助力は仰げるかもしれないが、それにはまずきちんとした提案の形にすることが重要そうだ。
その傍らでは、竜が翼を広げた形をもとに新型フロートシップの夢も広げていたティアイエルが、『地球では風を捉える設備以外の突起物は少ないほうがいい』と聞かされて衝撃を受けていたりするが。
なお、フロートシップも浮き上がる時は鎧騎士が全て制御して空に向かうが、ある程度上空まで来ると今度は気流に乗っての帆走も使用する。よって帆船同様に船員がいて、彼らが帆を広げたり、畳んだり、通常の帆船が航行するのと同じ作業に従事する。こちらは鎧騎士ではなく、あくまでも船員だ。
また風がよければ、ただ精霊力だけで進むより少しばかり早く動ける。代わりに風を無視した動きは難しくなるから、目的地や戦闘の有無で帆走を避けることもあるそうだ。こちらも向かい風だろうが無風だろうが進めることが強みだが、なにしろ海面のように支えるものがない空中のこと。悪天候での航行は避けるのが常識である。
仕事をするようにと言われていたので、ティアイエルとラマーデ、ミーティア、ギエーリが交代での物見を志願したが、船室の外に付いているはしごで上の階に昇って行きなさいと指示されたら、風にあおられて時間が掛かってしまった。時に風が渦巻くので、吹き飛ばされないように注意も必要だ。
「こんな危ない乗り物だとは‥‥」
「これでも、前に比べたら安全にはなったのだがね。こんな仕事をするゴーレムニスト殿は滅多にいないから、また色々変更が加わった新しい船が出来るのだろうな」
海洋航行での経験と知識で空を飛ばすが、遠距離で戦場への航行で時間との戦いとなると、甲板上を始め船内外での危険はいや増してくる。風を切って進むから、船縁は高くしてあるものの、飛び立ったグライダーが滑空して戻ってくることと、魔法使いが船上から魔法を使うことを考慮したら、ただひたすらに高くするわけにはいかない。
「普通の船員さんと鎧騎士さんのほかに、フロートシップの仕事って何があるのかしら?」
「精霊砲の射手かな。普通は他の仕事と兼任するが、戦争ならば専門で目がいい者が乗るね‥‥料理人は当番制だよ」
ティアイエルが何か出来ることをしようと問い掛けたら、船長は苦笑気味に教えてくれた。最後のところはカルナックに対してだ。
ちなみに精霊砲は下手に上空で放つと地上で騒ぎになるので、今回は試射はなかった。見学目的では使用許可が出なかったようだ。
フロートシップはのんびりする暇もなく、ウィルのゴーレム工房に降り、その翌日にはまたどこかに出発して行った。
「どこに行くのか、教えてもらえませんでしたよ」
ギエーリがどんなところに行くのか知りたかったのにとぼやいたが、考えてみればゴーレムシップもフロートシップも船長達は航行の正確な目的は教えてくれなかった。相手が誰であろうと、目的が違う相手にはそうしたことは漏らさないものなのだろう。
さて、ウィルに戻ってきたらいよいよ人型ゴーレムかと思いきや。
「乗せて回るだけだな? 何か変なことをしろとは言わないな?」
チャリオットに乗せてもらう体験をしようと、工房から少し離れた場所でチャリオットの搭乗訓練をしている鎧騎士達に合流させてもらった。この時になって、記録係に徹していたダーニャが『しつこいから嫌だ』と工房の仕事に戻ってしまったのだが、理由は合流した途端に判明した。
「乗る機会がないよりは経験は大事だがな、ゴーレムってのは」
協力してくれる鎧騎士は三名ほどいたが、揃って念押ししてきたのは『チャリオットを本来の目的以外には使わない』だ。何を『本来の』と言うかは線引きが微妙なところだが、畑仕事や家畜の運搬は違うと言いたいらしい。そして、はっきりしない線引きで言う割にしつこい。
「ゴーレムは騎士様方の鎧であり馬であるわけですからな。それはもちろん適材適所というわけで」
ギエーリがいつもの調子でまくし立て始めたが、『貨物運搬でもいいじゃないか』ではなかったので、鎧騎士達の気分も晴れたようだ。実際には畑仕事に使わせる分国王もいて、それに表立って何か言える者はいないのだが、彼らは大変な抵抗感を感じるのだろう。
チャリオットは音があまりせず、急な方向転換でもしなければ平地では乗り心地も悪くはないが、大抵が兵員輸送に使われる都合上、任務で走り出す時は出せる限りの速度で行く。当然操縦制御もそれなりの腕前が必要になるし、旅客馬車のような快適な座席もないから、時と次第では人が振り落とされかねない代物でもあった。
「このくらいなら、まあ悪くない経験だと」
チャリオットレースで色々見たり体験したりしていると、今回の乗り心地は大変によろしい。けれども初体験だと景色がものすごい勢いで後ろに流れていくのに目を奪われて振り返り、そのまま前後左右を見回しているうちに気分が悪くなった者もいる。
「馬とは違うから、この揺れに慣れて、どんな悪路も行けるようにならないと有事の際には覚束ないからな」
もう少し大型のものが出来れば、操縦者が少なくても必要なところに必要な兵員を運べて心配が減るのだがと、そう言われた事はさすがに全員が聞き落としはしなかった。
そうして。
「色々と考えてみたのですが」
これまで忙しくあちこち連れ回される中でも、なにやらせっせと図面を描いていた沙羅が、人型ゴーレム体験には工房内のこととて顔を出したナージにそれを示した。人型ゴーレムに乗り込むに当たり、防具を強化することで負傷を減らそうと知恵を絞っていたものらしい。
例えば、頭より大きい金属球を被ることで頭蓋を守るとか、厚手の服地の上に薄い小さな木の板を貼り付け鎧状にするとか、ゴーレムマスターを改良するとか、多種多様な発案だ。
他にもゴーレムそのものの防御力を上げるのに、外装甲に精霊碑文を刻んでみる、狙われた箇所に瞬時に動く鎧を作れないかなど。
「ゴーレムにゴーレム以外の魔法付与は出来ないのよぉ。オーラ魔法とかはぁ、使えたらいいのにねぇ」
またゴーレムに精霊碑文は簡単に彫れないし、勝手にやるわけにもいかないので風信器の研究成果で上申することに。防具強化は単純に時間がないので、『そのうちね』と返されてしまった。沙羅の提案を興味深く聞いていた美加も落胆を隠さないが、防具はユージスが準備していると言われてしまう。
「ユージスせんせ、おしゃれしたのね」
「訓練でも新型機に乗せてもらうなら、開発者に対する礼儀として帯剣はする」
「新型機ですか。それは素晴らしい姿でしょう。その雄姿をしっかりと記憶して、同乗出来ないまでも」
「決意表明しながらでいいから、これを全部見身に付けろ。もちろん乗せるからな」
「二人乗りが出来るゴーレムがありましたかね?」
信者が眼鏡を一旦外し、示された兜を付けながら首を傾げた。なにしろジャイアントでは乗れないくらいに制御胞が狭いので、かの種族から鎧騎士は出てこないのだ。信者は操縦可能だが、他人の乗ったゴーレムを殴れと言われても当てる自信はない。
それに耳学問ながら、ゴーレムは鎧騎士が乗って起動した状態でないとその破壊的な力と同時に格段の防御力も発揮出来ないはずだった。記憶違いでしょうかとナージに尋ねたら、良く勉強していると誉められたから間違ってはいないようだ。ならば、起動出来ない者が乗ったゴーレムなど怖くて殴れたものではないのだが‥‥
ナージとダーニャが手伝って、そうした防具に馴染みがない者も一式全部、特に関節保護を目的とする防具をつけ終えた。着けることはほとんどないが、実際に作っているミーティアはラマーデやギエーリ、ティアイエル、セレスよりは身支度が早い。天界・地球人はスポーツ防具のようだと思いながら、色々着けている。
今回の教官役でやってきたのは、全員がパラの鎧騎士だった。男性が一人、女性が二人。三人は一行を眺めて、カルナックとギエーリが『つっかえる』とユージスに指摘していたが、何のことやら。
やがて、案内された工房の一角には、ずんぐりむっくりとしたゴーレムが三機鎮座していた。
「あら、ゴーレムって随分と胴体が丸いんですね。人の鎧を大型化すればいいのかと考えていましたのに」
ミーティアは予想外だと目を丸くし、カルナックとギエーリは意表を突かれた表情になっている。他の者は我が目を疑い、それから口々に言った。
「これ新型? やぁだ、かっこ悪い」
「これ変、絶対に変!」
「動けませんよ、あの胴体」
「何が詰まってるんですか」
「鈍そう、滅茶苦茶鈍そう」
「あれでは正面に盾は構えられない」
あからさまにおかしいと言い募ったわけだが、鎧騎士の内の二人が他のゴーレムと同じ手順で乗り込んでいくのを目にして口を噤んだ。まさかと思ったけれど、
「鎧騎士の初期教育用に試作した機体だ。起動と歩行くらいしか出来ないが、左右には盾も構えられるから、鎧騎士気分は味わえる」
元々ゴーレムに乗れる信者、美加、沙羅、春陽の四人はデクに乗るように言われた。
「手早く進めよう。右と真ん中に先にミーティア、セレス、次がティアイエル、ラマーデ、どっちが誰でもいいから乗り込め。カルナックとギエーリは左の機体な」
「がぁんばってきてねぇん」
ナージに変な声援で、ダーニャには『怪我をするな』と見送られた十人だったが、そこからはなにか今までの実習とは違っていた。訓練用機体の中はかろうじて二人入れるというか、詰め込めないこともないという具合で、パラの教官でなければ身動きもままならない。挙句に複座で、今回は操縦する前座席が教官なので、後方はその背中に負ぶさるような形だ。特に左の機体と指定されて乗り込んだカルナックは、ユージスとかなり密着しているから狭くて息苦しい。
だが、これでゴーレムを起動したときにどう外が見えるのか、動くと視界はどう変わるか、そうしたことは体験可能だ。本来は鎧騎士になるための修行で、最初の起動のコツを掴むのは大変なので、実際のゴーレム操縦を学ばせるために造ったゴーレムニストがいるそうだ。ユージスはこれに冒険者同士で乗せるつもりでいたが、実際に動かしてみたらあまりに狭かったので諦めたそうである。
ちなみにこの訓練、殴ったり殴られたりが必須で盛り込まれていたが、細かい動きやデータは要しなかった。美加が天界のスポーツの方法で殴るといったのは許可されたが、沙羅が色々データを取るなら姿勢を変えてデータが取れるようにと言ったのは、別の機体でやろうと返される。
基本は、新型機に乗り込んでいる者に対しては、ともかくも地球人達が一撃食らわせること。
「ゴーレムって、素体が何かで防御能力も違うんだろ?」
『核が高いゴーレムほど、精霊力のフィールドも強いと聞きましたねぇ。殴って大丈夫ですか?』
カルナックが尋ねたら、風信器を通して信者が答えてくれた。信者の質問には、ナージが『同じ素体ですものぉ』と割って入る。指示通りに、地球人側は風信器を殴る相手になる機体と繋いで、おもむろに棍棒か拳で殴る。
カルナックは信者に、セレスは沙羅に、ミーティアは春陽に。美加は余ってしまったので、次の回。
うわっとかきゃっとかひゃあとか、色々な息を呑む悲鳴が聞こえて、新型機からはカルナック以外の二人がふらふらしながら降りてきた。横っ腹を殴られるのだが、巨大な武器が迫ってきたり、衝撃がくるのは分かっていても厳しいものだ。何も出来ないので、余計に怖い。
かと思えば、意気揚々と乗り込んだラマーデとティアイエルとギエーリは。
『ギエーリさんが死んじゃったー!』
『勝手に殺さないであげてください』
ティアイエルに美加が当たった以外は、バガンに乗った騎士が盛大に叩いたものだから、物凄まじい悲鳴が上がった。特にギエーリは声の張り上げ方がすごかったので、勝手に死んだことにされている。確かに断末魔じみてはいたが。
「戦闘では珍しいことではないが‥‥こんなすごい悲鳴を聞かされたのは初めてだ」
「あぁあ、この恐怖をどう語れば皆さんにご理解いただけるのか、実体験のように聞き入ってもらえるのか‥‥」
ギエーリは声を振るわせつつ、時々意味不明になることを語り続けている。一大叙事詩を紡ぐための体験としては、今回の『攻撃される』はなかなか強烈過ぎたようだ。
ちなみに地球人に対しては、一撃ではなく寸止めだの突撃体勢だのと色々やってくれて、実戦経験はないか乏しい四人も肝が冷える思いをさせられた。動くなと言われていたが、思わず体を庇う動きが入って思い切り棒で突かれた者もいる。
鎧を見比べてみたいとか、修理の様子を見学したいなどの希望もあったが、半数以上が足腰震えてどうにもならない状態では移動もままならず、そうしたことは次回に行うことにした。
「騎士の戦いの延長というのを理解してもらおうと思っただけなんだが」
こういう経験がなかったんだなと、ユージスは少しきつい実習だったと反省していたらしい。
でも、次回は工房の見学と面接を行って、それが通れば工房の一員として迎えると聞いて、全員元気を取り戻していたが。