ゴーレム兵装、新規開発計画 〜鉄の船
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■シリーズシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月02日〜03月09日
リプレイ公開日:2009年03月13日
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●オープニング
用意された船は、子供一人が乗るのもやっとという大きさだった。形以外は、ほとんど船としての用を為していない。
挙げ句に、浮かべた途端に停滞なく沈んだ。
メイディアのゴーレム工房のゴーレムニスト・エリカのこめかみに青筋が浮かんでも、この結果では誰も驚かない。
「どうして浮かばないのよ!」
この八つ当たりに、平然と鍛冶師と船大工が答えた。
「天界の鉄は、この鉄と実は違うものなんだ」
「天界の船は、きっと形が全然違うのさ」
そんなことがあれば、数いる天界人の誰か一人くらいは指摘しただろうから、もちろんそんなことはない。多少の差はあれど、基本はさほど変わらないだろう。
後の違いは技術だが、こればかりはどう違うのか、さっぱり分からない。工房でも大分色々試したが、いまだ鉄製の船を浮かべることには成功しなかった。
「こんなあっさり沈むんじゃ、魔法付与しても浮かばないわよ。やっぱり冒険者ギルドかしら」
全員が溜息をついたのは、依頼を出すには費用がかかるからだ。
ゴーレム工房の一部では、現在ゴーレム用武装の開発中だ。
ブラン製の武器は費用面で断念したが、ブランと鉄の合金の剣は作成されたものから前線に送られている。
合わせて魔力付与効果があるレミエラの供給が得られて、各種武器に装着されている。こちらも魔力付与効果があるレミエラは、その作成作業で百五十回から二百回に一度しか出来ないらしく、職人も限られるので、ブラン合金ほどではないが結構高価である。
それでも、カオスの魔物という脅威があるので、工房では日夜魔力を持つ武器の作成に携わっていた。
合わせて、フロートシップ、ゴーレムシップの甲板壁に弓、魔法の射手のための細工を施したり、新型船の図面を引いたりも行われている。
ゴーレム用の『かんじき』なる名前の道具は、何度か試作が繰り返されて、そこそこ効果があるものが出来たと思われるのだが、実際の戦闘の複雑な動きに対応できるかは未知数。
そして、エリカが最も力を入れている鉄製ゴーレムシップの造船は、失敗続きだ。
なにしろ浮かばないのである。
「冒険者に浮かべてもらいましょ」
武装開発の最初の関門は、人型ゴーレム輸送に特化したゴーレムシップを作成するために、鉄製の小型船を作って浮かべることとなった。
・依頼内容
メイディア・ゴーレム工房にて、鉄製超小型ゴーレムシップ作成を行う。
ゴーレム魔法付与以前に、少しでも浮かぶことが目標。
それ以外の武装開発は、すでに手をつけているものの改良は可能。
新規開発計画の提示は出来ますが、実現するかどうかは提示の仕方と内容による。
・注意事項
飼い主の指示に従わないペットの同行禁止。
参加者本人も、工房内を勝手に歩き回らない。
単なる雑用やレミエラ装着のみの人員は今回不要。
工房内のゴーレムニスト達も多忙のため、エリカ以外は呼んでも来てくれるとは限らない。来ても短時間のみ。
・追加報酬
上記注意事項が守られ、ゴーレムシップ用素体を浮かべられた場合、エリカからプレゼントあり。
●リプレイ本文
冒険者ギルドで依頼を受けたゴーレムニストの三人がゴーレム工房に出向いて、最初に聞いたエリカの台詞はこれだった。
「もう壊しやがったのねーっ!」
別に彼らに向けられた言葉ではないが、林檎と一緒に飛んでくれば尋常ではない。林檎はたまたま門見雨霧(eb4637)が顔面直前で受け止めたからいいが、他の二人だったら痛い思いをしていたかもしれない。
でも彼らが驚いたり、納得したのは、エリカの周りの人々が驚く様子もなく、仕事をしていたことだ。エリカとは初対面のレン・コンスタンツェ(eb2928)と布津香哉(eb8378)が一度依頼で一緒になっている門見を見て、門見はエリカの護衛と言う名のお守り役プロコピウス・アステールを見た。
「単なる八つ当たりだから、気にしなくていい」
あちこちと調整して作った武器が、早くも壊れたと報告があって怒っているのだ。エリカのこういう態度はいつものことで、周りは慣れている。当人も『いくら使ったと思ってんのよ』と叫んでから、けろりとした顔で三人を振り返った。
「ユリディスの弟子と、僕僕君の教え子ね。そこの小娘はなんなの?」
小娘呼ばわりされたのは、布津の連れていたフィディエルのルゥチェーイだった。勝手な行動は取らなくても、これから作業に使う部屋以外に連れて歩かないようにと言いつけられる。理由は『さらわれても知らないわよ』だった。誰にとは言わないが、そういうことをしそうな誰かには布津も心当たりがあるだろう。
よって、あまり細かいことは追求しないのが皆のためだが、ついでなので布津は依頼の注意事項になっていた『勝手に歩き回らない』について尋ねた。三人とも工房と縁のあるゴーレムニストだが、制限があるものかどうか。
「ダメだと言われりゃ従うけど」
でも作業用の部屋しか入れないのではつまらない。レンや門見なら恩師のユリディスにも挨拶したいし、三人とも作業で関わる人々に顔を売る時間も欲しい。これはエリカが先頭に立って、工房内を一巡りしながら説明してくれた。一巡りといえば簡単だが、広いところなので歩く時間は結構掛かる。
結局のところ、工房内にも立ち入りに特別許可がいる区域やゴーレムニストや鍛冶師などの特定個人が占有している部屋、性別ごと、または職種ごとの更衣室だか休憩室のような、気ままに出入りできない部屋が幾つかあるという説明だ。エリカも一部屋占有していて、先程癇癪を起こしていたのがそこである。
ちなみに、今回の依頼で使用するのはその部屋と、後は鍛冶師や船大工達がいる区域である。鍛冶部屋も一つ押さえてあるそうだ。
「面白い靴を履いている方ですね」
案内の途中、レンが踵がものすごく高いエリカの靴を見て言った。カツカツと派手に音がするので、自分の居場所を知らせて歩いているようだ。
それに対して、天界人の男性二人は、
「ピンヒールだよねぇ」
「十センチはあるぞ」
と囁き交わしている。見た目だけで癖がある御仁だと分かるのは、仕事の時には便利なものだろうか。
さて、一通り工房内の案内が終わったところで、さっそく鉄の船を浮かばせる算段に入るのだが、冒険者兼ゴーレムニストの三人の意見はすでに大体まとまっていた。
まず三人が確認したのは、鉄製小船がどういう風に沈んだか、だ。
「ゴーレム生成を掛けた際に隙間が出来て浸水するなら」
「掛けてないわよ。素体の状態で浮かばせたいの」
のんびり人の意見を聞く性格ではない相手なので、布津の問い掛けは途中で遮られたが、魔力付与前の小船の状態で沈むのは判明した。傾くより先に、船尾のほうから沈んでいくそうだ。
となれば、原因はおそらく一つ。
「船の自重が浮力と合ってないんじゃないか」
門見が言い、他の二人が頷く。場には三人とエリカの他、鍛冶師や船大工がいたが、半数くらいは何のことだろうという顔をしている。他の半数からも意見が出ないところを見ると、あまり伝わっていない気配だ。
「えーっと、パーティ料理を小さな鍋に凝縮すれば味が濃すぎるのと同じで、木造船と同じ形では鉄製の船は浮かばないんだと思いますよ」
当初は船大工の意見を入れていなかったのかと思っていたレンだが、実際は木造船と同じ寸法になるように鍛冶師と船大工が喧嘩しながら作ったと聞いて、大きさと鉄板の厚みの釣り合いが取れていないのだと考え直した。今度は喩えが入ったので、全員が『そういうことか』と頷いている。
「船でも、材質によって浮かびやすい形が違うってことね。それだと、速度が出やすい形も変わるのかしら?」
実際の設計や浮力云々について正確な理解度合いは多少不安があるが、沈まないようにするには形の変更が必要だと納得してくれたようなので、三人とも一安心だ。でも、すぐに『じゃあ、どんな形なら浮かぶんだ』と続けられると、いささか困る。
「全長全幅全高のどれかを拡大して、広さの単位辺りに受ける重さを減らすべきだと思うから」
「だから、高くすればいいのか、横幅を広げるのか、長ければいいのか、どれだ」
たまにせっかちなのが混じっていて、レンに詰め寄ったりする。布津が『そこは鉄板の厚みと関係するから、何度か実験しないと』と言えば、『軍船なのに薄すぎる鉄板など使えるか』と返ってくる。
まずは失敗した小船をよく調べて、それから次の手を考えようとまとまるまでにしばらく掛かる。
ちなみに、この中ではもっとも船に通じている門見が、『船の高さを高くするのが、浮力を大きくするには効果的』と天界・地球の常識を説明した。ただこれに対しては、エリカが『浅瀬に引っかかるようでは使い道がないわ』と実用性も考慮した設計を求めている。なかなか難しそうだと、三人と共に鍛冶師や船大工も気持ちを引き締めていた。
さて、まずは実物を見ることにして、感想は大きく二つに分かれた。
「魔法を使わずにここまで繋げられるなんて、流石はゴーレム工房ですね」
天界人の一言で括られても、アトランティスと社会体制から文化まで似ているジ・アース出身のレンは、船の出来に文句はない。鉄板を繋いだ技術を知りたそうな素振りもあったが、それは秘密のようでしつこく尋ねはしない。
布津と門見の地球出身組は、心中『この厚みでこの形は浮かぶわけがない』と納得している。人力でも容易に曲がるような薄さの金属板を知っている二人にしたら、分厚いことこの上ない造りの船だったからだ。
けれども実際に作業するのは後方の鍛冶師と船大工で、量産するとしたら彼らが出来るものでなくてはならないし、軍船という用途も考慮して設計しなくてはならない。
「ヒートハンドを使える魔法使いはいるのか? 色々な厚みで船を造って試してみたいし、接合を魔法にしたら重さが減るかも知れない」
船の武装に関係する部分は、後付で厚みのある鉄板を使うかもしれないが、まずは浮かばせることが大事だから、布津が鍛冶師達の自尊心を傷付けないようにしつつ、魔法の使用を進言する。最近ブラン合金の剣も作った工房のこと、ウィザードもいるし、鍛冶師も魔法の使用に抵抗はない。ともかくやってみなくてはならんと、練習を兼ねて鉄板をより薄くするのと、ヒートハンドでの溶接や鉄工の方法を学ぶことになった。
よって、その間に門見は設計図を引けと言われたのだが、
「鉄板の厚みによるけど、船のサイズと自重、船のサイズと必要になる浮力と、まずそのグラフを作成するから」
物理学の考え方だけど、出来上がったグラフに数値などを当てはめれば、船の設計が容易になるはずだと、まずは設計図を引く前の準備段階を説明して、エリカに馬鹿高い靴のかかとで殴られそうになった。
「何言ってるのか、全然わかんないわよっ!」
流石に門見が殴られる前にアステールが止めてくれたが、エリカの表情は怖いままだ。とりあえず靴を履き直して、門見にこう言った。
「天界人の知識が、あたしらに通じると思うなよ」
「まあまあ、見てみればきっと分かるから。書くのは面倒だけど、それを利用するのは方法さえ知っていれば、そんなに難しくないよ」
読み書きは苦手だよと言う鍛冶師や船大工もいる中、布津がエリカを取り成しておく。自分達が常に工房にいるわけではないから、実際はどれだけ難しいと感じても必死で覚えてもらわねばならないが、この反応には彼も門見も覚えがある。
地球にいた頃、周りによくいた。『理系科目は全然分からない』と聞くことすら嫌がる人々が。まさにあれだ。言葉に馴染みもない分、余計に警戒されている気もする。
仕方がないので、門見はレンを助手にグラフ作成に入った。レンが分かれば、他の人々も分かるだろう。全員が分からなくても、数名が使いこなせれば作業をするのには十分だ。見たこともないものに対する警戒心さえなければ、きっと大丈夫。
その間は、布津が鉄板を薄く、大きく、そしてきっちり溶接する練習に加わっていた。いきなり大型船を作る予定はないが、いつまでもボートの大きさの小船では話にならない。エリカの希望はゴーレムを運べるか、精霊砲を積めること。
「なんでゴーレムだけ?」
「ドラグーンでもいいわよ。敵の船より早く動ければ、それだけ有利な場所に戦力を運べるでしょ。敵の攻撃も当たりにくいしね」
ユリディスの製作中の機体も、敵の攻撃に当たらないことが重要案件だろうと言われれば、その開発にも関与している布津は頷くしかない。エリカはゴーレムシップは小型船ほど速度が速いことに着目して、目的を絞った運用で攻撃効果を上げることを目指している。
ならばと布津が提案したのが、精霊砲の運用について。小型船では難しいが、片側に三門並べて同時に、または続けて発射することで、効果が高まるのではないかと考えたのだ。
エリカはしばらく悩んでいたが、
「まず小型の精霊砲でも、ゴーレムより重いわ。大型精霊砲がどのシップにも大抵一門しか付かないのは、大きさと重さのせいね。だから三門積むなら、船にもよるけど精霊砲は小型か中型。でもそれだとゴーレムが乗る余地はないかもね」
多少の戦闘員は乗せられるが、アトランティスでの海戦における相手戦への突撃、戦闘員の乗船による戦いや船の拿捕、破壊などには参加しない、陸戦の射撃専門兵のようになる。
「あと、効果を上げたり、範囲を広げるなら、三つ撃つより大型の精霊砲に頼るのが一番よ。連打だと‥‥うまく打てば相手の反撃を受けないで済むかしら。でもあれって、一分待たないと次が撃てないわよね」
三門連続で撃って、次の砲撃まで一分待っている間に反撃されると目も当てられない。かといって、二十秒毎に一発では、やっぱり反撃されるだろう。単なる打ち合いと変わらない。砲門数が多いだけ有利かもしれないが、船足が遅くなる危険性と、他の武力搭載が限られる難点にはやや見合わない。
「今更精霊砲の新規開発する時間なんてないから、運用方法よね。港攻めなら、今の案は使えると思うわ。でも艦隊戦やドラグーン相手だと、弾幕が張れないと意味がないでしょ」
別に弾幕を張ろうといった覚えはないが、布津の提案はエリカのやる気に火をつけたようだ。そもそも鉄製小船の素体が出来ないと、彼女はやることがないので、普段のゴーレムニスト業務をせっせとこなし、夕方には毎日違うダーリンが迎えに来て帰っていく生活をしているらしい。考える時間はたっぷりあるのだろう。
それ以上煽っても今の段階では言うことがないので、布津は『鉄の船は浮かばないのではないか』と未だ疑心暗鬼の人々に天界知識の広報を行うことにした。作り方でちゃんと浮く、それを実現するには腕のいい鍛冶師と船大工と火のウィザードの協力が必要だ。困難だが嘘ではないから、布津の口は良く回る。
反対に歯を食いしばるようにグラフを描いていた門見は、レンの協力を得て、ようやく工房の何人かにグラフの見方を教えることに成功した。実際、工房に勤めていても読み書きが出来ない者もいるから、各部署の中心人物が全員理解したわけではない。ともかく見所がありそうな人と、仕事の流れをきちんと把握しているアステールに説明を繰り返して、なんとかかんとか使えるところまで持っていった感じだ。当然彼らはこのグラフの描き方も分からないし、教えた以外の見方も出来ないが、まあ一連の作業の進行にはなんとかなるだろう。エリカも途中でやってきて、説明を素早く飲み込んだのには驚かされたが。
「エリカさんの場合、理解はしていても、この結果は気に入らないって蹴飛ばしそうなのが心配」
茶化したら、エリカは門見の大事な煙草を奪って自分が吸おうとしたので一悶着。ライターの使い方もよく知っていて、白衣を焦がされそうになったり大変だ。彼氏の中に天界人がいるというのは事実だろう。
どうせなら物理に強い彼氏だったら協力してもらえたのにとは、流石に思っても言わなかった。大型船を作るのなら、水中に入る船首部分は半円形にすると、推進力が下がりにくく速度アップがしやすいと、あまり難しい言葉は使わずに提案書を書いて渡しておいた。直接言うのを避けたのは、報復が怖いからだ。エリカはいらんことまでよく承知していて、目の前で羅列してくれたりするし。
でも、どういうものかを図面にして行けとは伝言が回ってきた。
こんな門見に協力していたレンは、その後はアステールとの相談に入っている。鉄製ゴーレムシップの計画責任者はエリカだが、ゴーレムシップの仕事と平行。他の人々もそれぞれの仕事の合間の作業で、全体の流れを調整したりしているのはアステールだったから、それが容易になって誰でも見れば分かる一覧を作るのは大切だと考えてのこと。
最初は計画の進行具合を計画立案、実験、実用と分け、それぞれに計画名を付けた上で動員可能な関係者や使用魔法の一覧を作ればよかろうと思っていたが、話を聞いていると『手が空いた時に、空いた連中が集まって、素体を作っている状態』だと判明した。この連絡が入れ違って、時間を無駄にしたこともあるらしい。
「毎朝、それぞれの仕事の予定を書き込んで、予定が調整出来るなら、確実に作業時間を確保出来るようにしたらどうでしょう」
実験に行く前に素体が出来上がらないといけないので、毎日の時間作りが大切だ。鍛冶師も船大工も仕事の進み具合の都合があろうが、偶然の産物で時間が確保できるなんて考えは捨てて、自分達で作ってもらわねばならない。
鉄製の船を浮かべようと一生懸命な人々のために、レンはテーブル上に木版や名前入りの積み木等を用意して、創意工夫を凝らしたが、ここにはアレがいた。
「クロ、お願い、乗らないで」
三人が依頼の最後に作ったのは、エリカの飼い猫にひっくり返されない壁掛け式の予定表作りだったりする。