駄犬通りの事件簿〜穴が掘られました〜

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 12 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月10日〜05月18日

リプレイ公開日:2005年05月18日

●オープニング

 それはまるで、季節外れの暴風雨のようだった。そうでなければ、エルフの姿をした災厄だ。
「まあ、いやだっ。ほらほらばあや、むさくるしい人々が悪事の相談でもしているようよ。あぁら、こっちにはシフールがいっぱい。ちっちっちっ」
「うちのシフール達は通訳で、犬猫じゃない。冷やかしなら帰れ」
「まあ‥‥魔よけの置物のようなドワーフは、誰かしら? 誰でもいいけれど、ここの窓際、砂埃が積もっているのよ。掃除しなさいな。ほらほらシフールさん、こちらにいらっしゃぁい」
 ひらひらと手を振ってシフール通訳達をびびらせているのは、エルフの美女だった。美女といって遜色のない容姿に、上品で染めの難しそうな色合いの服を身に付け、首飾りもいいものをしている。
 ただ、言動が奇矯で、失礼で、騒がしいだけだ。それだけで十分迷惑だが。
「オリンピア様、奥方様、人様に物を頼む際にはいつものようなお振る舞いはなりませんと、あれほど申し上げましたのに」
 『ばあや』と呼ばれた、こちらもしわは深いが上品なエルフの女性が、奇矯なエルフに声を掛けるが聞いちゃいない。聞いていた冒険者ギルドに居合わせた人々が耳を疑ったのは『奥方様』の一言だ。
「あの人、結婚してるんだぁ」
 シフール通訳の一人が呟いた言葉に、周囲がまったくだと頷いた時。
「あら?」
 すてんと、オリンピアが転んだ。転んでから不思議そうに声を上げ、そのまま横になっている。打ち所でも悪かったかと、一応受け付けのドワーフが様子を見に行って‥‥
「ここの床の木材、なかなかいい品物ですわ。厚みも十分で、これならジャイアントが百人乗っても壊れませんわ」
 いっそ頭を打ち付けて、少しは奇矯さが減じればよかったのにと思わされた。オリンピアはよほど床の木材が気に入ったようで、ぺたぺたと触っているのでそのまま放置する。
 と、この間にばあやが受付の前に立っていた。主を助ける気はないようだ。つまりは、あの状態では動かないと知っているのだろう。
「あんたは話が分かりそうだから言うが、ここは冒険者ギルドでな、物見遊山に来る場所じゃあないんだが」
「ええ、それは重々承知しております。本日は当家の庭のぶどうを盗もうとする輩を捕まえて欲しいと、お願いにあがったんです。ああ、ぶどうと言いましても、庭の置物なんでございますが」
 ばあやが言うには、オリンピアの家はドレスタットから一日離れた街にある。彼女は竪琴を作ったり、調整したりする職人で、歳の離れた夫はぶどうの畑を持ち、ワインを作って売っているそうだ。
 夫がそんな仕事だからというのではないが、庭に大きな房の垂れたぶどうの木を模した飾りを本物のように置いてあるという。ワイン好きのオリンピアが、『一年中ぶどうを見られると思って結婚したのにっ』と嫁入りの際に口走ったので、夫が贈ったのだそうだ。
「先日、その飾りの根元にこのくらいの穴がぽっかりと。色はともかく、形は本物のような飾りですから、誰かが盗み出そうとしているに違いないとオリンピア様が決め付けられて‥‥犬の仕業だと思うのですが、なにしろ一度言い出したら気が済むまで騒ぎたい方でして」
「子供じゃあるまいし」
「皆様、そうおっしゃいます。ですが、こちらの冒険者ギルドでは」
「そう! 冒険者ギルドよ! 我が家のぶとうを守ってくれるのは、ここしかないわ! それでばあや、誰が来てくれるのかしら? ああ、犬の嫌いな人はお断りよ。出来れば詩人心をくすぐるような美形かいいわ。まあ、うちの旦那様より上なのはいないでしょうけど。うふふっ」
 空気に色がつくものなら、真っ白になっただろう周囲の反応も目に入らない様子で、オリンピアは『る〜るるる〜』と歌いだした。ものすごく調子っぱずれで、音程もめちゃくちゃだ。あれで楽器作りするのかと、誰かが口にしたが‥‥ばあやは言った。
「オリンピア様は、街の楽器職人のギルドと、吟遊詩人ギルドにも籍がございます。本気で歌うのは、せいぜい四年に一度ですが」
 話はずれたが、ぶどうの飾りの下に掘られていたのは、人やエルフの子供の頭ほどの穴だった。飾りを抜いて持ち去るには少し離れているし、オリンピアが無類の犬好きで餌を与えまくるので、昔は街中に散っていた野良犬が家の前の通りに集結している現在、そのうちの一頭が掘ったに違いないと彼女以外は思ったのだが‥‥肝心のオリンピアが納得しない。
 犯人を捕まえろと息巻いて、ここまで来てしまったのだ。ちゃんとお金は用意してきたが。
「まあ、穴を掘ったもんを見付けて、彼女の気が済むように取り計らってやれればいいんだな。それだと、あんまり駆け出しって言うのも、経験で問題が‥‥」
「人選はお任せしますので、どうかよしなに。あ、オリンピア様、どちらに行かれますっ」
「ん〜、せっかくだから、パリまで足を伸ばしてみたいかしら。でもぶどうが盗まれたら大変だし、困ったわ」
 どこかに隠していたらしい焼き菓子を齧りながら、オリンピアは今にもギルドの建物から出て行きそうだ。ばあやは慌ててその腕を掴むと、受付にきちんと金を渡したか確認して、会釈を寄越す。後はよきに計らってくれということだろうが、重要なことが一点抜けていた。街の名前は分かったが、どこにオリンピアの家があるのか聞いていない。
 すると、ばあやは言った。
「駄犬通りのぶどう屋敷といえば、誰でもわかります。ではお願いしましたから。オリンピア様、お仕事がたまっておりますから、このまま帰りますよ。お分かりですか、予約が七つたまっておりますからね」
「でも、まだ七つだし」
「信用第一と、旦那様もおっしゃられておりましょう! 十ためたら、ばあやは修道院に入らせていただきます! ギルドマスターとも、八つはためないとお約束なさったのは先月のことではありませんかっ」
「でもぉ」
「おうちで、わんこも待っておりますっ」
「あ、帰らなきゃ〜」
 こうして、季節外れのエルフ型暴風雨は帰っていった。

『ぶどう型の置物盗難未遂事件の調査。
 依頼人宅のぶどうの木の置物(実物大)を盗もうとしている者がいるかどうかを調査すること。
 ただし依頼人宅には複数の犬が入り込んでおり、家人はそのいずれかの仕業ではないかと話している。
 最大の仕事は、依頼人の気が済むように万事を取り計らうこと』

●今回の参加者

 ea0033 アルノー・アップルガース(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea1931 メルヴィン・カーム(28歳・♂・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea3668 アンジェリカ・シュエット(15歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6153 ジョン・ストライカー(35歳・♂・ナイト・シフール・イギリス王国)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ルイーゼ・コゥ(ea7929)/ クリステ・デラ・クルス(ea8572

●リプレイ本文

●穴は埋められていた
 オリンピアなるエルフからの依頼を受けた冒険者八名が、駄犬通りのぶどう屋敷に辿り付いた時。『事件現場』のはずのぶどうの置物近くの穴は埋められていた。
 理由がすごい。ある意味納得な理由ではあるが。
「オリンピア様が周りをうろうろしては、転んでしまうものですから」
 仕事が嫌になると庭に出ては、気に入りの置物の周囲を巡る癖が依頼人にはあったらしい。そして、散々転んだのだろう。ばあやことエリザベートの顔付きは、苦渋に満ちていた。
 ところが、せっかくの『証拠』が確認できなかったにもかかわらず、冒険者一行の半数の表情は明るい。比喩でもなんでもなく、ごく当然のように犬が庭のあちこちで転がっているのだ。エルフのアンジェリカ・シュエット(ea3668)も紅天華(ea0926)も、すでに子犬を一匹ずつ抱き上げている。二人と同じく女性で、こちらは人間の和紗彼方(ea3892)は寄ってきた大型犬を撫でていた。やはり人間男性のメルヴィン・カーム(ea1931)は、犬にじゃれつかれて大変に嬉しそうだ。
 では残りの半数が暗く今後のことを話していたかといえば、そんなことはない。シフールナイトのジョン・ストライカー(ea6153)は、真下で尻尾フリフリ自分を見上げている大型犬を見て近寄るのは諦めていたが、話しかけるように鳴き声を真似ていた。これまたナイトのアルノー・アップルガース(ea0033)とヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)も、穴の位置は木の札を打ち込んで分かるし、穴の様子も埋めなおした誰かに聞けばよかろうと考えているから、落胆はしていない。
 ただ、ここに来る道中からいささか心ここにあらずだったブノワ・ブーランジェ(ea6505)だけは、エリザベートに何か尋ねようとした途端に大型犬に飛びつかれ、よろけて膝を着いた。挙げ句に背中に乗りかかられている彼を、仲間の何人かは『うらやましい』と眺めていたのである。
 そんなこんなで、穴の大きさは人間のアルノーやブノワ、メルヴィンが両手の親指と人差し指で作る輪の二倍程度。深さは一番深いところが親指と人差し指を広げたくらいだが、スープ用の器のように掘り返されていた。土は周辺に撒き散らしてあって、なにやら爪の跡なのか、それともオリンピアが穴を発見した当初にほじくり返していた棒の跡なのか判断がつかない引っかき跡が残っていたそうだ。
 ちなみにオリンピアが穴をほじくっていたのは、中に何か埋まっていないか捜していたとのこと。何もなかったので、これは泥棒に違いないと決め付けたらしい。
「これから埋めるところだったとは、考えなかったみたいだね」
 彼方の言葉に、一番深く頷いたのはエリザベートだった‥‥

●見張ったり、聞き込みしたり、色々したりされたり
 犬の数は、困ったことに二十頭以上いた。数がはっきりしないのは、餌をもらいに気ままに出入りする犬が三、四匹いるのと、子犬の数が不明だからだ。同じような子犬が、庭の片隅にある納屋に出入りしているので数えにくいったらなかった。
「馬に吠え付かれずに済むのはいいが、ここまで無用心だとは思わなかったのう」
 ヘラクレイオスが立派な髭をしごきながら、同族の庭師に言う。庭師といっても、なにしろお犬様天国になっている敷地のこと、数本植わっているぶどうの木を世話するのだけがそれらしい仕事だ。後は犬の世話と、庭掃除に忙しい。
 この庭師によると、木と鉄で作られたぶどうの置物は、実はこれが三代目だそうだ。初代は主夫婦が結婚した七十五年前に作られ、以降は傷みがひどくなると交換して三代目。それでも十五年も前に作ったもので、据え付けたのはこの庭師である。土台は埋めてあって見えないが、結構な重さの石を使ってあるので、仮に掘り出しても持ち出すのは相当大変だろうとの話もあった。ドワーフ二人がかりで運んだと言うのだから、それは確かに重かったのだろう。

 ところでヘラクレオスが庭師と話しこんでいる間、女性三人はその置物の見える部屋でオリンピアから穴を見つけた当時の事を聞いていた。ついでに見張りも出来るはずだったが、オリンピアにはそんなことは通じない。
「四十五? それは今の私より年下の頃合いか」
「お若すぎることはないけれど、少し早いかしら?」
「あの頃の旦那様はとっても素敵だったのよ〜」
 延々とのろけ話を、しかしながら上手に続けるオリンピアに、天華とアンジェリカは感心している。エルフ同士は話が通じやすいからだが、その横では人間二十一歳の彼方が算術で苦しんでいた。エルフと人間の年齢実感には、ざっと三倍の差があると彼方も知ってはいるが‥‥『十五で結婚して、今が四十で、子供が五人で上から二十四と二十三と二十一と二十一と十九。でも長女と三男は年子で双子ではない』などとやっていると、話題についていけないのだ。
 彼女達がようやっと尋ねられたのは、穴の位置が結構離れているように見えて、土台の石を掘り起こすのにちょうどよい位置だったことと、その前日辺りにオリンピアが思い立って置物のぶどう房に色を塗っていたことだ。ぶどう房はほとんど鉄製なので、すでに色ははげているが。
「あの日は本物に見えたもの。きっと珍しいぶどうだと思って盗みに入ったのよ!」
 と、握り拳付きでオリンピアは語ってくれた。それにしたって、近付けば作り物だと分かりそうなものだが、そういう理屈の通じる相手ではない。
「なんか、ワーッと騒いで、ワーと事件らしくまとめたら納得していただける気がするわ」
「うむ。知れば知るほどよく似ている我が従姉妹殿も、そういう性質だ」
 エルフ娘達の納得具合に、彼方は一応言っておいた。
「犯人がいるのかどうかだけは確認しないと、エリザベートさんが泣いちゃうよ」
 そう。ばあやはこんな騒ぎはもうたくさんだと思っていることだろう。

 そして、その頃の近くの通り。おそらくはオリンピアから餌をもらっているだろう、福福しい犬を前にしてジョンは聞き込みをしていた。
 わうわうわう
「くびくびくぷぷー」
 やがて。
「収穫だ。隣の通りの酒場は、最近舅と嫁の問題に悩んでいるらしい」
 ちなみに彼は、オーラテレパスなど使えない。そしてそんなこととは露知らぬエリザベートが返した。
「ああ、それは二本向こうの通りの店のことですよ。舅がけちすぎるのか、嫁の贅沢が過ぎるのかは存じませんが」
 何か通じ合うものがあったのだろうか‥‥

 そんな中、『わんこ悪戯説』の確認と見張りとその他諸々をこなしていた人間男性陣は危機的な状況に陥っていた。
 メルヴィンが屋根の上からテレスコープで不審者発見に努めている間に、かけておいたはしごは大型犬が倒してしまった。幾らなんでも、屋根の上から飛び降りるのはためらうし、この庭には屋根に枝が届く木がないので伝って降りる方策も取れない。後は誰かにはしごを掛けなおしてもらうしかないが。
「だから、一度離れてくれなきゃ、餌はもうないんだよ」
「普段肉を食べているとは思えない反応ですね。巻き込んで申し訳ありません」
 たちの悪いごろつきよろしく、『ごはん』と主張しながら周囲を取り囲んでいる犬達と魔法と言葉で語り合っているアルノーと、ものすごく臭う保存食を持ち込んだせいで、度重なる犬の体当たりに耐えているブノワがいた。
「シフール子供? あの大きさは子供だな、一、シフール大人一、犬二、人間の男三、ドワーフの男二、うーん、パラ? それとも人間の子供? それが四。あ、子供だ。全員特に怪しくなーい」
 メルヴィンは降りられないので、見張りを続けている。そんな彼を不思議そうに眺める近所の子供達に手を振ったり振り返されたりしながら、誰かがはしごをかけてくれるのを待っていた。
 この間も、アルノーとブノワは延々と犬の包囲網の中で立ち尽くしていたのだが‥‥それに気付いたヘラクレイオスがはしごを掛けなおし、ついでに夕方の餌やりも始めてくれたので、三人揃っての無事救出となったのである。
 この長い時間の間、アルノーは片端から『穴掘った?』と犬に聞いて回ったのだが、『ごはん埋める』としか返ってこなかった。もちろん問題の穴は、庭師が見ても何も埋まっていないことは明白だったそうだ。
 とりあえず、『事件』が起きた夜に見張りをして、『犯人』が現れるかを確認しなくてはならないだろう。

●夜の見張りは騒々しい
 日中は、あれだけ騒いでいたためか怪しいものなど影すらも確認できなかった。犬も日頃はしょっちゅう穴掘りをしているようだが、遊び相手がいたので悪戯はもっぱらそちらに集中していた。女性陣とジョンを除いた、残り半数にだ。
 夕食後、ようやくオリンピアが『仕事しなきゃ』と奥に引っ込んだので、八人は順番を決めてぶどうの置物を見張ることにした。家の中にと庭とに分かれて、もちろん灯火も落として見張りに専念していたのであるが‥‥
「誰かが盗品でも隠したのかと思いましたが、この近隣ではそんな話もなかったのですよ。しかも、時々骨を与えていると言いますから」
 ブノワが夕方に街の自警団と、屋敷の料理人から聞いてきた話を披露していたので、天華もヘラクレイオスも思った。
「やっぱり犬ではないのか?」
「犬になってしまいそうじゃのう」
 そして、ジョンは胸を張る。
「俺が見張っている限り、この庭には手出しなどさせないぜ」
 それでは犯人の目星もつかないことになってしまうのだが‥‥夜半過ぎ、庭にいた天華とヘラクレイオスは、ぽくぽくと言う足音に気付いた。同じ頃、屋内のブノワとジョンは屋敷の外を巡る灯りに気付き、二つ部屋を移動して目立たないように開け放しておいた窓から外に飛び出している。
「差し入れ持ってきましたわよ〜」
 やってきたのは、見張りの意味を理解していないオリンピアだった。

 夜半を大分過ぎてから、今度は庭に彼方とメルヴィン、屋内にアンジェリカとアルノーが交代して見張りに立った。最初はアルノーが外を担当する予定だったのだが、メルヴィンが『慣れてるから』と主張して交代したのだ。メルヴィンが『綺麗な子のわがままなら、いつでも聞いてあげたいし』と思っていたのは内緒である。ばれた日にはアンジェリカとアルノーはさぞかし呆れたことだろう。
 ちなみに、この煩悩に対して彼方はと言えば。
「ボクあっち、キミそっち。じゃっ」
「‥‥、あ、そう。そうだよね」
 と片をつけている。見張り同士がくっついている理由はないから、彼女は何も間違っていない。ちなみにアンジェリカはミミクリーを使う予定なので、アルノーがいる置物が見える部屋とは別室にいた。一声掛けてくれれば、それで飛び出す手はずだが‥‥何事もなく夜が白んできたところに。
「何者っ!」
 アンジェリカが室内に忍び入ってきた者に対して、誰何の声を上げた。アルノーが扉を蹴破る勢いで駆けつけてみれば、またいたのである。
「仕事が終わらないのよぅ」
 愚痴が言いたくてやってきたらしいオリンピアが、アンジェリカに抱きついていた。

 こんな調子で、数日が過ぎていってしまう。

●教育は大事
 依頼期間も今日で終わろうかという、その日。オリンピアがばあやのエリザベートに散々叱られて仕事場に連れ去られた後、冒険者一行は庭が見渡せる部屋で軽食を取っていた。夜間の見張りをしたりするので、食事時間が一定しないのだ。それでも、この時は『犯人が現れなかったときの善後策』を話し合うために、全員が顔を揃えていた。
 と、室内外から声が上がる。
「あっ、お前何してるんだっ」
「きゃー、ぶどうがぁっ」
 室内の声は、ジョンだった。庭から上がったのは、甲高い女の子の声である。
 そして冒険者八人と給仕の使用人、多分庭の少女も見ている前で、子犬が一匹、ぶどうの置物の下を掘り返していたのである。いきなり声を掛けられて、きょとんとした首の傾げっぷりが犬好きにはたまらなく可愛らしい。
 ここで、趣味に身を任せているわけにはいかないのだが。
 とりあえず子犬には穴を掘らせておいて、オリンピアを呼びにやり、現場を確認させる。
「あら、まあ、わんこだわ。どうしてわんこが、この置物が欲しいのかしら?」
「いや、単に遊んでいるのだと思うぞ」
 ヘラクレイオスが渋面で言い返すと、オリンピアはしばらく考えていた。随分時間がたってから、『犯人?』と指したのは子犬である。
 自分の勘違いだとは、思わないようだ。
「犬が置物は盗まないと思うけど、近くを掘らないように囲いでも作ったら?」
「いつもこれだけ犬がいれば、まずネズミも近寄らないけどね」
 彼方とアルノーの言葉がどれほど届いたか。オリンピアは囲いを作る気にはなったらしい。ところで。
「名前は分からないが、さっき外で声を上げた女の子にも礼を言ったほうがいいぞ。なにしろ貴重な協力者だ」
「緑の服かな、シフールですよね。この間も中を覗いてましたよ。生垣に埋まるみたいにして。犬が好きなんじゃないかな」
 ジョンがにやりと笑い、メルヴィンがこんな女の子と説明する。ここの家にはシフールやドワーフもたくさん雇われているが、羽や髭をオリンピアが触りたがるので用がないと屋敷の中には入ってこないためか、オリンピアは知らないと言った。使用人ではないのかもしれない。
 まあ、それはエリザベートに頼むとして、ブノワと天華、アンジェリカの三人掛かりで『犬のしつけ』を懇々と説き聞かせた。餌だけやっても、犬だって幸せにはなれないのである。
 なんにしても、終わってみれば予想通りの、依頼人が一番手の掛かる難物だった依頼となっていた。

●ところで帰り道
 途中の食堂で、勝手に祝杯を上げている仲間達を眺めつつ、天華とアンジェリカはブノワにこんなことを言った。
「節制について説き聞かせねば。ほら、恋の悩みより先だろう」
「そもそもヘラクレイオスさんに、お酒代を奢りで相談を持ちかけるのが誤りでしたわね。先日の依頼のときのこと、ご記憶でしょうに」
 ブノワはこう応えた。
「友人にも言いましたが、結婚云々は関係なくて、自身の修行不足に対する心構えの相談をしたかったんです‥‥」
 同じ聖職者ながらも、二人は助け舟など出さなかった。その横で、残る五人が『めでたい』と言い交わしながら、勝手に祝杯を上げている。
 ブノワ以外は、依頼人から『あれを語れ、これを言え』と言われない食卓を満喫していたのである。ブノワの驕りだし。