駄犬通りの事件簿〜マント留めどこですか〜

■シリーズシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:06月15日〜06月23日

リプレイ公開日:2005年06月20日

●オープニング

 この依頼人は、根は悪い人ではないのだろう。言うことは、結構慈愛に満ち溢れている。
「とっても大切なマント留めなのよ。でも、どうしても欲しいなら考えてもいいかしら。だけどね、もしも悪事の片棒を担がされているんだとしたら、いたいけな子供は助けられるべきじゃなあい?」
 ただ‥‥あまりにも変なだけで。なにしろ、話しながら、くるくる回っているのだから。
「つーまーりー、今回は失せモノ探しがご要望で、もしかするとそれは最近庭に来ていた、シフールの子供が持って行ったかもしれない、と。そして、その子供は家や家族のことには口をつぐんでいたから、あまりよくないことに手を染めていて、救い出すべき存在かもしれない訳ですね」
「そうなのよ〜」
 くるくる、くるくる、何が楽しいのか回り続けているのは、ドレスタットから徒歩一日の街の楽器職人オリンピアだ。歳の離れた夫は手広くぶどう農園とワイン作りを手がけており、彼女は働かなくても十分豊かに暮らせるのだが、竪琴を作らずにはいられないし、また才能もあるようだ。
 その豊かな才能も差し引きしたら借財になる程度に、変人振りが目立つ。でも、依頼人。
「では、そのマント留めを最後に見たのはいつで、おうちのどこですか? あと、マント留めの形や色、大きさも教えてください。って、ちょっと、どこに行くんですかっ」
 くるくる回っていて足がふらつくのか、それとも単に気分の問題か、オリンピアはふらふらと出入り口に向かっていた。それを背後からひしっと両腕を掴んで留めたのは、付き添いのばあやである。こちらは上品な面持ちの、立ち居振る舞いも良家の使用人らしい、落ち着いた物腰の女性なのだが‥‥主が『あれ』なのである。
「オリンピア様、お話は終わっておりませんよ。まさかまた、いつものように」
「えへっ。この間使った後、どこにやったか覚えてないの。でも捜したけど見つからなくて、それ以来あの子も来てないんだから、きっと関係があるわよね?」
 冒険者ギルドの係員は、黙った。ばあやは肩を震わせて俯いている。オリンピアだけが、『えへへっ』と子供のように笑っていた。
 だが、しかし。
「それは、オリンピア様が失くされたのであって、勝手に他人が盗んだなどというのは大変罪深いことですよっ。そもそもあれほど、使ったものは元の位置に戻してくださいませと、ばあやが口を酸っぱくして言ってますのに、オリンピア様はぁ」
 ばあやは、今にも泣きそうである。
「じゃあ、マント留めと一緒に、あの子も捜してもらいましょう。この間なんか、服が繕えなくて葉っぱを上着代わりにしてたのよ。お詫びに服を贈るわ。あら素敵。あの子、可愛い顔してるのよ。服、いっぱい買って行きましょうね。何でも似合うわよ」
 ばあやは、泣いている。
「オリンピア様、ご自分に都合が悪いことをすぐに忘れるのもいけませんと、ばあやが何十年お聞かせしているとお思いですか。今度こんなひどいことをしたら、ばあやは修道院に入ります」
「えーっ、いやぁん」
 係員の心中が、『とっとと帰れ』になった頃合に、主従のやり取りは転機を迎えたらしい。二人にしか分からないような具合で、それぞれに気が済んだようだ。でも依頼の手続きをするのはばあやである。オリンピアはまたくるくると‥‥
「では、失せもののマント留めと、最近庭に出入りしていた見慣れないシフールの女の子を捜す依頼ですね。他に条件はありますか?」
「わんこの世話」
 やはり左右に揺れて歩き回りながら、オリンピアが即答した。彼女の家は、駄犬通りのぶどう屋敷の名で街中の住人が知っているような、自堕落わんこの園なのである。最近、ちょっとだけしつけが厳しくなったらしい。あくまでちょっと。
 そうして、わがままエルフ奥様の、突拍子もない依頼再び、なのだった。


『失せもののぶどうの房を模した木製のマント留めと、依頼人宅近辺にいると思われるシフールの少女を捜すこと。
 マント留めは依頼人がどこかでなくしたものと思われるが、場所はまったく不明。自宅敷地内であることだけは間違いない。
 シフール少女の名前は不明。着るものに事欠いて、葉っぱを被って現れたと依頼人は言うが、その日は大変に暑い日だったと家人の弁あり。常に緑色の服を着ているらしい』

●今回の参加者

 ea0926 紅 天華(20歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea1931 メルヴィン・カーム(28歳・♂・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea2262 アイネイス・フルーレ(22歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3668 アンジェリカ・シュエット(15歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6153 ジョン・ストライカー(35歳・♂・ナイト・シフール・イギリス王国)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス(40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ガイ・マードゥリック(ea6085)/ ノラ・ルイード(ea6087)/ ヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)/ ララ・フェンネル(ea7542)/ 龍 範真(ea7903

●リプレイ本文

●幸先はよくないかもしれない
 依頼人オリンピアは、依頼を出してからドレスタットで買い物三昧をしていたらしい。久し振りに顔を合わせた紅天華(ea0926)とアンジェリカ・シュエット(ea3668)に自慢しているのは小さな服だ。
「仕事はよいのかのう」
「あんまりよろしくないようね」
 背後でため息ばかりついているばあやエリザベートを見れば、その苦労が分かろう。
 そこに、ジョン・ストライカー(ea6153)が同族を四人も引き連れて現れたのだ。
「リトル・ドラゴン! 龍海皇!」「大盗賊! 僕様ノラ!」「ソロモンの歌姫 ララ!」「サブガイ登場!」「ヨークの死神ジョン!」
 オリンピアの周りをくるくる回りながら名乗りを上げているが、アンジェリカと天華が驚いたことに彼女はじっと立っていた。絶対一緒に回ると思ったのに。
「Sチーム 特選隊!!」
「えいっ」
 揃ってポーズを決めたシフール五人に対して、手にしていた布で打ちかかったのである。
 無責任にジョン達の見事な連携とオリンピアの技に拍手を贈ったブノワ・ブーランジェ(ea6505)と和紗彼方(ea3892)と、初めて見る依頼人の姿にきょとんとしているアイネイス・フルーレ(ea2262)の前で、不意打ちを食らったジョンを握ったオリンピアはばあやに切々と反省を促されている。しかしジョンの羽を弄りながらだから、まったく反省の色はない。ないどころか。
「よいかな。悪気がなかろうと、他人に危害を加えるなど恥ずべき行為であるぞ」
 ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)まで説教に加わった。目の前でシフールの羽をべリッとやられたら、それは彼でなくても怒るだろう。ジョンの仲間四人はただならぬ気配でいたが、ブノワが魔法治療してくれたのと、オリンピアがしおしおと謝ったのと、多分強がりで『問題ない』と言ったジョンの顔を立ててか、それとも振舞われたワインに気を良くしたか、すいすいと帰っていった。
 でも、まだ『おうちに帰る』とはいかなかったようで。
「この調子では、出発は明日だね」
 彼方の友人ヴァルフェルが、オリンピアの持っていたのに似せて、マント留めを作り出した手際を横から眺めつつ、メルヴィン・カーム(ea1931)は呟いた。彼の都合でいえば、他人の技を盗める機会なので、ぜひとも明日出発にして欲しいところである。
 結局、ドレスタットを彼らが出たのは、当初の予定から半日以上遅れてのことだった。

●まずは古ワイン‥‥寸前
 馬車と馬とを使って、半日あまりでぶどう屋敷に辿り着いた一行は、夕食の席で情報交換に勤しんだ。今回の最大の問題は、シフールの女の子をどう捜すかだ。マント留めについては、誰もが探せばどこかにあるだろうと思っている。
「最後にばあやさんがマント留めを見たのは、オリンピアさんがお連れ合いと一緒にぶどう農園を見回った日だそうです。部屋に入られたときにはあったそうなので、お部屋のいずれかでしょうね」
「聞いたところでは、オリンピア殿は物を置くと、その上に手近にある布や別のものを被せる癖があるようだのぅ」
「そういう人の部屋って、片付いてるのかな‥‥」
 ブノワと天華の報告に、彼方が一瞬遠くを見つめる表情になった。女性の部屋なので、捜すのは彼方や他の女性陣なのだ。
 なお、メルヴィンが聞いたところでは、オリンピアの夫に雇われているシフールは実に七家族四十人ほどいるそうだ。子供も少なくはないが、捜す相手はそのシフール達も面識のない相手らしい。
「そうは言っても、この近辺だけでシフールの女の子なんて何人いることやら。緑の服に、日よけの葉っぱとは言われてもね」
 しみじみもメルヴィンが口にしたところで、アンジェリカがやや自信なさそうに口を挟んだ。
「本当に葉っぱの服だとしたら、それはシェリーキャンではないかしら?」
「そうかもしれませんわ。以前にシフールをエレメンタラーフェアリーと偽って密売していた事件がありましたでしょう? 知らない方なら見間違えるかもしれません」
「俺達の言葉で話しかければ、すぐにわかるんだがな」
 アイネイスに同意され、ジョンに判別方法も教えてもらって自信が出たのか、アンジェリカがなにやら言おうと口を開きかけたが、それを遮る声が二つ。
「シェリーキャンですかっ」
「素晴らしいっ。貴腐ワインじゃな!」
 将来はぶどう園を作ってワイン作りをしたいと思っていそうなブノワと、『酒は命の源じゃよ』が口癖のヘラクレイオスは、冒険者ではなく酒好きの知識として名前を知っていたようだ。その勢いに、気付けにワインを飲んだ者が複数。ちなみに期待していたワインは、やや酸味が強くておいしいとは言いがたい。
 なお給仕をしていた使用人によると、これまでは滅多に見られなかった貴腐ぶどうが、昨年の収穫時にはワインを三樽も仕込めるほどにあったそうである。そして。
「すみません。今日のワインは一番不出来なものでして。お仕事が一つ済んだら、順にいいものをお出しするようにと」
 そう、いつもの勢いでわがままを言われたそうだ。
「貴腐ワイン‥‥」
 うっとりした呟きが誰のものだったか、聞かないことにしたほうが当人の名誉のためであろう。

●マント留め、ありました
 翌日、朝早くから庭には木槌の音が響いていた。探し人が子犬に追われたことでもあって、寄り付けなくなっているのかもしれないとアンジェリカが意見したので、囲いを作っているのだ。作業は庭師や他の使用人が請け負ってくれたので、アンジェリカが子犬を捕まえては急ごしらえの柵の中に入れている。
 アンジェリカは広い庭で子犬を追って走り回っているが一匹捕まえるのにものすごく時間が掛かるのは、子犬の逃げ方がうまいからだろう。けっして彼女が追いかけるのを楽しんでいるわけではない、はずだ。
 この頃、大人の犬はどうしているかといえば、アイネイスに丁寧に毛並みを梳られていた。中には毛が長いのもいて、引っ張られると逃げようとするのだが、テレパシーでなだめられては綺麗にしてもらっている。
 アイネイスも遊んでいるわけではなくて、犬の毛にマント留めが絡んでいないか確かめているのだ。明らかに絡むほどの長さがない犬の毛も梳いてやるのは、色々情報も聞きたいから。別に楽しんではいない、きっと。
 二十何匹を一人で相手をするのは大変なので、天華も犬の世話をしている。こちらは自分のわんこも交えて、みんな水洗い中だ。先程嫌がって逃げる犬に引きずられて、庭師に助けられたりしていたが。もちろん合間に、犬の毛並みにマント留めが引っかかっていないか確かめている。
 ただ、その後になって、庭のぶどうの木の下で揃って昼寝をしているのは‥‥『わんこの世話』と言われたことを忠実に守っているからだろう。
 三人のおかげで、犬の嫌疑は一応晴らされたのである。駄犬通りなどと言われるだけあって、情報収集には何の役にも立たなかったが。
 そして、同じ頃の彼方は数々の戦利品を手中にしていた。金貨銀貨の類はいうに及ばず、レース飾りのついたハンカチに銀のネックレス、何のメモだから分からない羊皮紙に刺繍糸の束、ちょっとなんだか分からない細々した道具など、数えるのも大変な品々だ。全部オリンピアの私室や衣裳部屋や寝室から出てきたものである。事前に聞いた話の通り、何かの物陰に隠して、そのまま忘れていた様子だった。
 最後に、私室の窓枠のすぐ外で、ジョンがわんこにまたがって走らせているのを見た彼方は、泣きたい気分になったらしい。
 ジョンは『行け一号!』と言いながら、屋敷の周辺で捜索を行っていたが‥‥自分が物珍しげに子供達に追い回される羽目に陥っていた。
 ところで、相手がシェリーキャンならぶどう畑にいるかもしれないと、メルヴィンとブノワはぶどう農園に出向いていた。メルヴィンは探し人の目撃者だし、テレスコープで広い場所での捜索に向いている。ブノワはぶどうに詳しいのでシェリーキャンかシフールの判別に役立つかもしれないと、この二人が来たわけだが。
 ぶどう農園は広かった。働いているのがエルフにドワーフ、人間とシフールで今の時期でも八十六人だそうだ。他にワイン作りでパラとジャイアントも含めて、更に三十五人が働いている。ブノワはその説明に聞き入って、問題の女の子探しをしているのか怪しいところだったが‥‥
「この一列、転々とそういう葉っぱがあるかな?」
「病気ではなさそうですが、これは腐っていますよ」
 まだ小さなぶどうの房にかかる葉の何枚もが、不自然に枯れているのを見付け出した。メルヴィンがテレスコープと、その後はセブンリーグブーツで農園を一巡りしたところ、一番生育のよいぶどうの木の列に集中して異常があるのが確認された。
 そして夕刻。延々と敷地内の生垣を探って歩いていたヘラクレイオスも、葉が傷んでいる木いちごの木を見つけた。一箇所だけ丸く葉がないので、病気だろうかと覗き込んでみたところ、あったのである。とげのある枝の合間に挟まって、ぶどうの房の形をしたものが。
 どうしてはまりこんだかは分からないが、庭師に許可を貰って枝を何本か伐ってからでないと、マント留めは取り出せなかった。とはいえ、それが探し物に間違いはなく‥‥
 この日の夕食のワインは、昨日とは比べ物にならないほどおいしかった。

●ところで女の子は?
 夕食のワインはワインで満喫した彼らだが、どうもオリンピアの『盗まれたかも』があながち勘違いでもなさそうだと気付いていた。
 一つには、マント留めが見付かったのがオリンピアは『とげが痛い』と近寄らない木いちごの生垣だったこと。誰かがあそこまで運んだのだ。
 それに、マント留めの周囲の葉が傷んでいたのは、ぶどう農園と同じ状態だった。こちらは枝まで腐っていたが、それも最低限。
「なんたって、オリンピアさんは他人に悪戯して喜ぶ性格じゃないでしょ」
「そのつもりがなくとも、他人を巻き込んで騒ぐのは大姐と同じだがのう」
「でも悪戯しようにも、こういう方法は難しいわよね?」
「それこそシェリーキャンならば、可能ではないかと思いますが」
 女性陣が口々に思ったことを並べつつ、ランタンで照らされた木いちごの生垣を眺めていた。揃ってしゃがんだり、前かがみになって問題の箇所を覗いている。男性陣はその背後で、やはり似たようなことを言って話し込んでいる。
 ただ、ジョンだけは生垣の上に回って下を見下ろして、ランタンを持っているメルヴィンに近寄ってくるよう合図する。明るくなったところでブノワにも同じ位置から覗いてみろと示した。
「どうだ。ここから落ちたら、すっぽりはまるだろう」
 ブノワや背伸びしたメルヴィン、彼方、天華も同じところから下を見ると、マント留めを引っ掛けていた枝が葉の向こうに見えた。
 これは確実にシフールの女の子か、シェリーキャンを見付けて、実際のところを確認しないとなるまいと、八人の意見が一致する。だが探す方法となると、近隣を探し回るしか手立てがない。
 一致しているのは、『乱暴な手段に訴えるのはやめよう』という方向性もである。元来他者をむやみに攻撃する性質でない者や、オリンピアの再会したい気持ちを汲んだ者もあるが、なんと言っても。
「本物のシェリーキャンならば、この上もなくこの家に利になろうて」
 そして貴方の幸せにも繋がるんですよねと、皆が思ったくらいに、相手は魅力的なのだ。オリンピアほどではないがぽわわんなアイネイスも思ったのだから、ヘラクレイオスが余程嬉しそうな顔をしていたのだろう。
 とりあえず明日になったら、またぶどう農園と庭の見回りから始めようかと皆で納得し、屋内に戻った途端。
「いやーっ、うそよーっ」
 こんな悲鳴が聞こえたのだった。
 その声が緑の服の少女のものだとメルヴィンは覚えていた。

●大団円はちょっと遠い?
 木いちごの枝を振るって、ジョンに殴りかかってきた悲鳴の主は、彼方に捕まえられた。その瞬間に『ぐえ』と口にしたが彼方だってとっさのことで力加減は出来なかったのだ。そこにシフール共通語であれこれとジョンがまくし立てたがまったく通じなかったので、やはりアイネイスとアンジェリカが言うとおりにシェリーキャンではないかということになった。
 その途端に、ブノワが羽にちょっと触って、感動していたのは皆見なかった振りをした。
 そのシェリーキャンを、翌朝オリンピアに見てもらったら探していた相手なのは確認が取れた。そこから先は、いい勝負だ。
「あんたね、あんたが取ったんでしょ。世界のぶどうは全部ニルのものなのにーっ」
「だから、半分こにしましょうって、あんなに言ってるのー!」
 アイネイスとブノワと彼方が、呆然とやり取りを眺めている。ジョンとアンジェリカは『何を愚かな』と意見の一致をみて、メルヴィンとヘラクレイオスは子供の喧嘩程度のいさかいに倒れそうなエリザベートを支えている。
「素晴らしく子供じみておるな」
 天華のとどめの一言で、エリザベートは本当に倒れてしまった。
 結局、シェリーキャンのニルは以下のことを偉そうに認めた。
「庭のぶどうは重くて運べなかったけど、あのぶどうの飾りは返してちょうだいっ」
 どうやら、前回も一応気のせいではなかったらしい。ジョンより頭一つ小さいシェリーキャンが、どうやって庭の置物を持ち去るつもりだったのかは誰にも分からないが。
「あのさあ、来る前にヴェルフェルが作ってくれた飾り、あれをあげたら?」
 どんどん低俗になっていく争いに、とりあえずの妥協案を示したのは彼方だった。オリンピアが渋々頷いたので、ニルもちょっと満足したようだ。あくまでちょっと。
「飾り一つの所有権を奪い合うのは、聖なる母の教えに背きます。見て幸せに慣れるなら、共に見ればよろしいのですよ」
「あら、ブノワさんは今回恋の悩みと貴腐ワインで弾けているのかと思ったけれど」
 非常に遠慮のないアンジェリカの突っ込みにしばし沈黙したブノワの前で、ぶどう好きのエルフとシェリーキャンはまだ睨み合っている。
 そんな二人と一体を横目に、他の七人はエリザベートが用意してくれた上等なワインを飲むことにした。それから、わんことたわむれるのだ。
「二号と三号と四号にも、色々技を仕込んでやらねばな」
 心配せずとも、まだ日数には余裕がある。

 そして彼らは、帰るまでにワイン樽を十一個ほど空にした。もちろん貴腐ワインも飲んだ。シェリーキャンのこんな台詞を聞きながら。
「ニルが作ったらもっとおいしいんだから。こうなったら、それをわからせてあげる!」
 そしてニルは、『楽器作りも歌作りも、ワインの味見も全部女の勘よ』と叫ぶオリンピアと、日々ぶどうの模様のなにかしらを取り合っている。家中のぶどうを我が物にするまでは、居つくつもりのようだ。

 大団円は、相当遠い。