●リプレイ本文
今回は依頼人側の都合で人数が増加していたが、その内訳がマリオーネ・カォ(ea4335)の友人、源真結夏(ea7171)がとんでもない量の酒の配送を頼んだ知人、ブノワ・ブーランジェ(ea6505)の姉と姪、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)の心の星、残る一人がパラのバードという状態だった。ある意味、まったく目新しくない。
「皆さん、家族で旅行みたい」
リズ・シュプリメン(ea2600)がそう口にしたので、荒巻美影(ea1747)が目を丸くしている。これがサラサ・フローライト(ea3026)の言ったことなら頷くのだが、義父のツヴァイン・シュプリメン(ea2601)と一緒に依頼を受けているリズが言うと、なにやら不思議なものだ。
そしてこの総勢十四人は、ヴィルヘルムの『何しに来たんだ』という言葉に迎えられたのである。それはもう、仕事以外にあるはずもない。普通は。
開拓地に着いた早々、衝撃的かもしれない事実を知ったブノワに、ツヴァインはこう言った。
「貴殿は、よほど聖母に目を掛けられているのだろうな。父のほうかもしれないが」
姉とヴィルヘルムが幼馴染みだったことを『試練だな』と告げられたのだが、当人もまったく否定できない。ついでに姉と義兄が双子でも驚かないと思っていたのだが、それよりなにより。
「ツヴァインさんが大変真剣なので、そちらに驚きましたよ」
どうせだから、定期的に開拓地に滞在して魔法の指南をする。そう申し出たツヴァインは、更にヴィルヘルムに『信仰は強制するものではない。そこを履き違えるな』と意見もしていたのだ。リズもあまりに厳しい声色にあらと言う顔をしたのだが、やがて。
「お義父さん、教育となるととても厳しいのです」
と、納得していた。彼女も形だけでも信仰しろというのには、やはり賛成いたしかねるのだろう。これは基本的に、冒険者に多少の差はあれ共通するところでもある。
しかし。
「そりゃ、施政者にはあちらなりの打算も願望もあるさ。ああやって素直に打ち明けてくれるだけ、有り難いと思うよ」
「お前、自分の仕事はちゃんと弁えているのか?」
ヴィルヘルムの全然気にしない態度に、ツヴァインはきりきりと突っ込んでいた。言えば言っただけ何か返ってくるので、ある意味嬉しそうではある。絶対に本人は認めないだろうけれど。
「白の教義は助け合い、献身、慈愛ですから、あの方々には根気よく話せば理解してもらえると思います。問題は、祈りはどういうことかの説明ですよね」
そしてリズは、生真面目にどう教義を説くかを考えている。
ところが、別にジーザス教徒ではないけれど、問われて勝手に答えている者もいる。
「聖夜祭って言うのは、『一年間よく働きました。来年も頑張りましょう』って労わりあう日なの。何でこの日かって言うと、神様の息子が皆にやってはいけないことを教えるために、わざわざ地上にやってきた日だから‥‥だったかな?」
一生懸命働いた後の食事はおいしいと、これは誰でも納得できる理屈を挙げていた結夏だが、ジーザス教の教義はこれまで興味もなかったのでうろ覚えだ。それでも頼られると応えずにはいられないので、絶対間違いないことを説明していたつもりが、だんだん怪しくなってくる。
とりあえず最後に『この日はお祝い事をするのがお仕事なの』と締めくくって、そこのところは開拓地の住人を納得させていた。傍らで見ていた美影は。
「神は心の中にあって、今していることが正しいことかどうかを問うてくる存在ですわ」
『万物に霊魂が宿っている』と言う東方の考え方は、ノルマン人にも怪訝な顔をされるのが分かりきっているから、見えないけれど側にいるという物言いをしている。これなら信仰の違いは目立たないし、なにより嘘ではない。彼女は常にそう思っているからだ。
なにはともあれ、彼女達は聖誕日に屋外で煮炊きが出来るようにかまどを作り、大鍋がちゃんと置けるか試しているところだった。依頼に出かけて野営するときの気分で石を積んでいると、歳のいった住人がやってきて、積み方を直してくれる。外と交易がない分、何でも周囲で取れたものから作り出していた彼らは案外と器用だ。さすがに専門の職人はだしのヘラクレイオスなどにはかなわないが、今回は一晩使えればいいのだから、これで問題はない。
「助かりました。どうもありがとう」
「こちらが終わりましたら、お手伝いに参ります」
結夏が常よりは丁寧な言葉遣いで礼を言い、美影も上品に頭を下げた。物腰柔らかに応対されれば相手も嬉しいようで、言葉はたどたどしいがにこにこしながら、余った石を持って家屋の建築現場に戻っていく。日頃は気風がいい結夏が、美影に負けないくらいに柔和に振舞うのは、目上に不敬を働かないように言うならまず自分がと言うわけだ。発音は、美影に、言い回しはリズに随分と直されたが。
「私はミサには出ませんので、当日は準備にかかりきりになると思いますけれど、結夏さんはどうです?」
「ミサはちょっと覗いてみるだけ。でも結婚式の手伝いは約束しちゃった」
「これが屋内でしたら、飾り付けもするところですけれど」
まったくだと頷きあっている彼女達は、もうじき結婚式があるのだと決め付けている。
その頃、聖誕日の料理の段取りを相談するために集まった女性達に、サラサは準備してきた魚の干物や魚拓を示していた。自分一人の知恵では足りないと、出かけてくる前に友人から色々教授してもらったのだ。今回は山羊もいるのでチーズの作り方も教えたいところだが、まずはこれから調理する干物が先。
「森と同じように、水の中にも生き物がいる。水が多いところで暮らす者のための、神の恵みと言えるかな」
開拓地には川が通っているが、それほど深くないためか魚の姿は見えない。もう少しブレダ寄りに戻ると川幅も広がるというので、いずれはそこで魚を取ることもあるだろう。おそらくは春先のことだが、何年も先のことではないので、サラサは魔法で魚を教えるのは止めておいた。
そもそも、ここに来るまで川も満足に見たことがなかった住人には、海といってもなかなか伝わるものではないのだ。
今大事なのは、もって来た食材をどうしたらおいしく食べることが出来るのかを説明すること。これには協力者が多数いるので、困ることはまったくなかった。だいたい集まった女性達も、料理は日常のこととしてやっている。
彼女の前には、初めて見る食材を前に、それが食べ物なのかどうかもよく分からないでいる女性達がたくさんいた。彼女達と共に祝祭の準備を整えるのは、非常な遣り甲斐がありそうだ。
これまでは、様々な道具の手入れも数が多いだけに通り一遍のことしか出来なかったが、自分よりよほど腕の立つ心の星に同行願えたおかげで、ヘラクレイオスは傷んだ道具を念入りに修繕することが出来た。斧の刃を研ぐだけではなく、柄と刃の角度を整えたり、そういう細かいことが出来たのだ。
そして現在、山羊と鶏を入れるための小屋を作っていた。木材建築はほとんど心得がないので、それこそ柱を立てる手伝いなどなのだが。
「やはり木の扱いはうまいのう。よい道具を使えば、尚更よい仕事ができよう」
切れ味が良すぎる刃物に、危うく怪我人が出そうなことが一度あったが、褒められた住人達は骨身を惜しまずよく働いた。働きすぎるほどに働いた。なにしろ休憩も満足に取らず、疲れ果てるまで作業を続けるのだ。何かときちんと分けたがることも合わせて、融通が利かない。
勤勉は美徳としても、家事仕事を覚えたいといった者ももちろん同様なのでは、彼も困ってしまう。非常に集中して行う鍛冶は、もちろん休む暇なく炉に付き添うこともあるが、まずは集中力が大事だ。それを維持するには、やはり自分の調子をきちんと見極められるようでなければならない。
これはなかなか骨の折れる仕事だと、ヘラクレイオスは先のことを考えていた。
そうして、マリオーネは。
「なるほど、劇を見たことがないんだね。そうだよね、だって旅芸人も行かないんだから」
受胎告知などの聖誕劇をやることになったが、基本的なことがさっぱり分からない子供達を前に頭を抱えていた。劇を見たことがなく、ジーザス教も知らない子供達が短いとはいえ、演じてみようというのだ。
しかも、発案者がナイトの少女、協力者がバードだがのんびりした感じのパラ、サラサは忙しいので当日の演奏のみでは、先行きが危ぶまれる。失敗したからといって笑う人はどこにもいないのだが‥‥
「俺が芸人として許せない」
固く拳を握り締め、マリオーネは今まで自分が見たことのある劇を必死に思い出した。幸い色々な声色を真似るのは得意だから、『他人を演じる』というのは説明できるはずだ。少なくとも、今開拓地にいる中では、こうした芸事には自分か確実に通じている方のはず。
何か形の残るものを作ったり、力仕事をしたりは全然出来ないけれど、今目の前の子供達は、彼が教えてくれるのを待っている。
やがて、聖誕日はあっという間にやってきた。
普通であれば前日から夜を徹して行われることも珍しくないミサは、白の信徒の冒険者のほかはアンリエットとヴィルヘルムの二人しか出席しないので、当日の午前中だけ予定されていた。場所は寒風吹き通る教会建設予定地である。
この日は仕事をしない日なので、礼拝堂になる予定の場所の周りには、住人が集っている。神はとても高いところにいて、忙しいので直接姿を見ることは叶わないとブノワとリズに教えられた彼らだが、神に祈りをどうやって届けるのかと興味津々覗いているのだ。
その中にはミサには参加しない黒の信徒と、ジャパン人が混じっている。挙げ句に風上に『自分達が寒いから』と余った天幕で風除けを作っていた。おかげで幾らか風が避けられている。
ちなみにマリオーネは、一応ミサの出席者だ。なにしろ開拓地唯一の同族に誘われたので。そして。
「いい声だと思わない? マグダレン」
と、隣に囁いて、静かにと身振りで止められている。でも頭の中では、聖書を読んでいるヴィルヘルムの発声を『絶対にこの場でどう響くか計算しているに違いない』と思っていた。彼はシフールらしく、信仰心より自分の興味だ。
一方で、誰が合図するわけでもないのに一斉に祈りの聖句を唱和する一同の姿に、結夏も感嘆していた。ヘラクレイオスに黒の教会でも同様かと尋ねて、頷かれている。
「おじさままで、声が違うわ。人数が倍いるように聞こえるわね」
聖職者達は言うに及ばず、またバードのサラサも、ツヴァインまでもが朗々とした声で唱和する聖句は、確かに十人余りが発しているとは思えない。大きな教会であれば人数も増え、周囲にも素晴らしく響き渡るだろう。しかも声だけでなく、動きもほぼ揃っているのだから、エルフの住人は不思議なものを見る感嘆の目付きだ。
「仲が、いい」
「それはまた、少し言い方が違うのじゃがなぁ」
この日、こういう時には唱えるべき聖句があり、皆は身に染み付いたそれを口にしているだけだ。常日頃から信仰に身を捧げずとも、彼らにはもはや生活の一部となっている。その下地の上に共同体が作られている地域が多いわけだが、だからといって仲がよいと言うのはちょっと違う。確かに同じ信仰の下地がないよりは仲良くなりやすいかもしれないが、それは結局個人の心の持ちようだ。
などと説明するにはふさわしい場ではないので、ヘラクレイオスは後で聖職者達に聞いてみるように促した。結夏まで頷いているのには、少々苦笑い。
ちなみに彼自身は、後で自身の神へと祈るつもりである。いつどこにいようとも、神への祈りが届かないことはないだろう。
彼らにとっては当たり前のことを、住人達は相変わらず不思議そうに見守っている。
それでも、賛美歌を聞いているときには、穏やかな表情をしていた。
この間、ジーザス教の信徒ではなく、ミサにも興味がない美影は宴会用の料理に参加していた。華やかな料理が作れるわけではなのだが、そもそも異国人の彼女が作るものはノルマンでは物珍しい。更に限られた食材しか使ったことがない住人達には、ごく普通の料理であっても華やかに感じるものが多かった。有り難いことに、大人数用の皿などを作ってもらえたので盛り付けも色々と楽しめる。
この一月、食堂店員としての腕の振るいどころがなかった美影だが、本日は思う存分その経験が活かせている。ただし。
「天幕を張っておいたほうが良かったですかしら。でもねぇ」
強風ではないが無風でもない日に、屋外で大量の料理をするのは火の扱いが大変だ。万一のことがあっても魔法で癒してもらえるとはいえ、火傷は誰もしたくない。かといって風除けに天幕を張れば、今度は煙い。困ったものだとやっていると、ミサの見物を終えた男性陣が戻ってきて、かまどの周囲に屋根を葺くための板で囲いをし始めた。
「あら、それを使ってしまってよかったのでしょうか」
倒れて焼け焦げが出来なければいいのだからと返されて、美影はヘラクレイオス達に確認をしてもらうことにした。さすがに倒れてきたら恐ろしい。
幸い、ちょっとの手間で問題はなくなったけれど。
当人達が結婚式を挙げるのを納得したかはさておいて、リズは心中穏やかではなかった。清貧であるべき聖職者が美しい衣装をまとうのに反対だとか、おかげでミサの時間が短かったとか考えているわけではない。
単に、花嫁のアンリエットの代父役をツヴァインが務めるのが気に入らないのだ。ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ。
「あらまあ、きれいねぇ」
「こちらの結婚式を見るのは滅多にありませんものね」
「仕事でなら、よく招かれるが」
花嫁の介添えを担っていた結夏はしっかり化粧をして、髪型も服装もいつもよりうんと華やかにしている。サラサはあまり変わった風ではないが、楽士だけあってこうした席に慣れており堂々としたものだ。美影もちょっと紅を挿して、料理をしていたときとは印象が違う。
サラサとは違う意味で結婚式慣れしているリズだったが、今はよろよろと足がもつれながら、ほとんどツヴァインに抱えられるようにして歩いている花嫁の姿に、どうしても落ち着かなかった。まだ四十六歳、多感な年頃ではある。
しかし、そんな様子には誰も気付かず、マリオーネは先程から衣装の出来栄えを褒めちぎって、ヘラクレイオスにたしなめられている。衣装だけ褒めては、確かに釣り合いが取れぬというものだ。
そんなヘラクレイオスも友人ブノワの晴れの席だと、騎士の盛装だった。特にこの日に婚姻を祝えるとは喜ばしいと、手土産に存分に腕を振るった大きなレリーフを作り上げており、それは彼の心の星が作った枠にはめられて飾られている。そのまま教会の壁にでもはめ込まれそうな勢いだが、ヘラクレイオスはブノワ達がよければと鷹揚に構えていた。
その上機嫌の理由に、もちろん大量にして、多種多様な酒があったのは誰もが認めるところだ。当人だけは『酒は二の次だ』と口にしてはいたが。
「‥‥そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを約束しますか」
何の難しいことがあるわけではないので、式は婚姻の誓いを述べるところまで進んでいた。神父の説法が非常に短かったので、皆が思っていたより短時間だ。
けれども、この言葉だけはすでに三回繰り返されている。皆が見る限り、アンリエットが緊張のあまりか硬直していた。ここで素直にはいと言えばいいのだが、ブノワが声を掛けても反応が鈍いので、とうとう。
「嫌がってるか?」
と、相変わらず見物を決め込んでいる住人達に言われてしまっている。さすがにこのときばかりは、呆れてみていたツヴァインも含めて、冒険者が揃って否定したのだが。
ただし。
ヴィルヘルムになにやら指示されたらしいブノワが、不承不承と言う感じでアンリエットの背中を軽く叩いた。それでようやく正気付いた彼女が、列席者にはまったく聞こえない声で返事をしたようで‥‥
宴会の理由が成立したのである。
エルフの住人達が住んでいた村では、結婚はもちろん皆で祝うものだったが、新郎新婦はほとんど人目に触れることはなかったらしい。両者の家族が結婚する二人を新居にそれぞれ送り届けて、扉を閉めたら婚姻成立。残った人々は、一晩掛けて宴会をしたらしい。
「それは、聞いたことがない習慣だな。どうだ?」
「初めて聞いたよ。華国やジャパンにはあるかな?」
後で聞いてみようと話しているのは、サラサとマリオーネだ。彼女と彼は、先程まで子供達が中心で行った聖誕日の劇の楽士と役者を務めていた。サラサはこれまでに身に付けた聖夜祭向けの音楽に、子供達が台詞に詰まれば聖書の語りを入れ、話の筋を分かりやすく説明する。御子役だったマリオーネは、おくるみの中から演技指導をつけていたので、さすがに疲れていた。
しかし、各地を渡り歩き、行く先々の人を楽しませることを仕事にしている二人は、この機に聞けた珍しい習慣を吟味するのに忙しかった。二人が身を乗り出して聞いていたので、聞かせた老人もなにやら楽しんでいる。特に同族のサラサが孫にでも思えるのか、焼いた肉をほぐして寄越してくれたりしていた。彼女とて七十一歳、そうまでしてもらわずともいいのだが、好意は好意として受け止めることは大事である。
その後、酔っ払った住人が集まってきたときには、マリオーネはさりげなく友人が作ってくれた好物のところに逃げ出していた。酔っ払って羽を引っ張る人がいたら大変なのだ。
そして別のところでは、ツヴァインがリズと久し振りの親子の団欒を楽しんでいた。種族の違いよりなにより、しつけや教育の事柄にツヴァインは性格から、リズは仕事から口を挟まずにいられないので、団欒を楽しむ印象は彼らには薄い。
けれどもリズは先程の不機嫌を振り払うためにもツヴァインの隣を動かず、義父も彼女の行動をとがめだてしなかった。こういう席は無礼講とも決まっている。仕事はさておいて、のんびり食事くらいは彼らもするのである。
ただし、ツヴァインが美影に取り分けてもらった具だくさんのスープをふうふう吹いている義理の娘が結婚するときはどういう態度なんだろうかと考えているのを知ったら、この場の冒険者の大半は多少の差はあれ驚いたかもしれない。花嫁の代父に名乗りを上げたときも、けっこう驚かれたのだが。
「お義父さん、さっきの代父役は素敵でしたよ。でもどうして急に?」
「一応同じ人間のほうが良かろうと思ったからな。お前のときは、もちろん私がするが‥‥幸せになって来いと言ったくらいで腰は抜かすなよ」
その前に相手がいないと実現しない話なのだが、リズは大真面目に頷いた。しかし聖職者であり、そうした男女間の心の機微には見るからに疎そうな義理の娘が、そうそうすぐに結婚するとはツヴァインも思っていない。これから二十年くらいの間、自分が元気なうちに誰か連れてきたらとちらりと考えたくらいだ。
リズはすっかり上機嫌で、彼のためにパンをちぎっている。
日頃手伝う店とはまったく趣が異なる上に、冬だというのに屋外、テーブルも椅子もなく、三々五々に人が円座になっている合間を巡りながら、美影はこれでけっこう楽しんでいた。酒は飲みつけない住人達なので、あまり酒は配らない。代わりに体が冷えないように食べ物や暖まる飲み物はどこの場にも欠かさないように目配りをする。
彼女より料理が出来る者は何人かいるが、いわゆる客あしらいは出来ないので、美影は自分が頑張らねばという自負を持っていたのだが。
「座る。座る」
明らかに酔っ払っている男性二人が、彼女の手を取るように無理やり座らせる。あまり絡むと美影におとなしくさせられてしまうのだが、そういうつもりではないらしい。
「きゅーけイ」
発音以前にろれつが怪しくなっている彼らは、美影が座ったのを確認すると、空になった大皿を持って立ち上がった。美影は良く働いたので、今度は食事をする番だと言いたいのだろう。その心遣いは有り難いが、酔っ払いにふらふらされるのは嬉しくない。
「あの、よけていただけませんか?」
ちゃっかり彼女の膝に座り込んだ男の子を説得しないことには、動くわけにはいかないのだけれど。
祭りの理由は理由として役に立てばよいと、式が終わって放心してしまったアンリエットとテントに放り込まれたブノワは、一緒に届けてもらえた食事を並べていた。シェリーキャンリーゼがついていたので、これは素直に喜ぶ。
「アンリエット、食事にしますか?」
テントの中では大きな火は焚けないので、彼は最初にアンリエットに毛布を肩に羽織らせていた。髪はまだ結い上げたままなので首筋が寒かったかなと思い、直してやる。まだアンリエットがぼんやりしているので、思い切って毛布ごと膝に抱えあげてみた。
さすがに気付けになったようで、何かもごもご言っているのが聞こえたが、格別意味があるわけではないらしい。挙げ句に何か言いたいのだろうが、彼の顔を見て言葉に迷っている。これはちょっと、ブノワとしてもいただけなかった。
「普通に名前で呼んでもらえればいいのですが。‥‥僕は、そんなに無理なお願いをしてますか?」
他の冒険者は普通に敬称付きで名前で呼ぶのに、よく考えなくてもブノワは一度も呼ばれたことがない。主の前で添い遂げるのを誓ったのだし、ぜひとも名前を呼んでもらいたいのだが‥‥
「えぇと、あの‥‥」
二人が話し合うことは、やまほど有るようだ。
酔っ払ってもよいが、泥酔するのは許さぬとばかりに、ヘラクレイオスは酒を積み上げた横で皆の様子に目を走らせていた。ただし、最も飲んでいるのは彼自身だ。同族の心の星もご相伴しているが、彼ほどの酒豪ではない。
取りとめのない世間話が途切れて、まだ酔いが回るには早いし、そもそも彼が酔っ払うところなど見たことがある冒険者はいないだろうが、ヘラクレイオスは不意に傍らの女性に詫びを告げた。この二人の間にも、色々とあったのである。
けれども、彼が心の星と定めた女性は悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「客分に迎えられるというのは名誉なことなのでしょう? 胸を張ったらよろしいではありませんか。それに、あなたが勝手なのは今に始まったことではありませんよ。それで離れる心なら、私はこの地を見たいとは思いませんでした」
返す言葉が見付けられないヘラクレイオスの前に、相手は笑みを収めて、こう続けた。
「皇帝陛下に万一のことがあれば、間は私が工房と皆さんをお守りしますから」
教会に出向くことはかなわなかったけれど、彼は自分の祈りが大いなる父の元に届いていると感じた。後はこの素晴らしい言葉に報いるために、また日々精進するだけだ。
自分の好物を用意してもらっていたマリオーネは、当初は元気にしていたのだが、段々と声が小さくなっていた。今日は劇で役に立ったが、彼は自分の特技がこの土地ではあまり実利がないことを知っていたからだ。体が小さくても、目の前の女性のような特技があればよかったのだが、彼は根っからの芸人で。
移住したいとは思っているが、では自分に何が出来るかと考えるときが重い。芸人はやはり、都市にいてこその花形なのである。
けれども。
「何を弱気にしていらっしゃいますの。サラサ様がいずれは旅に戻るとおっしゃったからには、他所の町を語るのはあなたしかおりませんでしょう!」
ちょっとのつもりが随分と愚痴ってしまい、予想以上に怒られて、彼は驚いた。直後に猛省も開始したが‥‥
「それに、わたくしは教会が出来上がるのをここに住んで見届けるつもりですの。‥‥あら、この音楽」
「うん。ごめんね。今夜は落ち込んでる場合じゃなかったよね」
彼の様子が目に入ったのかどうか、サラサがオカリナで景気のよい曲を奏で始めたのを耳にして、マリオーネは慌しく舞い上がった。が、戻って料理を包むと、目立たない場所に置く。戻ってきてから食べるつもりだ。
シフール二人の賑やかな踊りに、釣られたように年かさの住人達が踊り始めたのを見て、サラサがやれやれと言いたげな表情になったのを誰かが気がついたかどうか。楽士の彼女は、祭りの場で自分が沈んでいる場合ではないことをよく知っている。
だから、奏でられるのはいずれも明るく弾んでしまうような曲ばかりだ。
その一瞬に、多分ものすごい力を出したのは結夏も分かっていた。糸が千切れる音が聞こえたし、なにより唇を拭った手の甲に血が滲んでいる。ただし彼女自身は痛い思いはしていない。
「なにしてんのよっ、言ってることとやってることが違うでしょ!」
「違わない。お前が俺のためなら改宗したいと言うから、俺も気合を入れただけだ」
「その都合のいい聞き違いをする耳はこれかーっ!」
「そう言ってくれたらいいのにと言うのは、つまりそういうことだろう」
結夏に噛み付かれた口元を拭いながら、ヴィルヘルムがすいと身を引いた。皆がいる場所からずいぶんと離れていたから、ほとんど明かりはない。月もやせてきていたので、結夏も完璧に相手を捕らえることは出来なかった。とりあえず、蹴りつけておく。
確かに気になるからと、『俺のために改宗しろと言ってくれても』とからかったが、神父のくせにこうまで直接的な奴だとは思っていなかった。ちょっとは悩んでいた自分が哀れな気がしてきた結夏である。
「ところで、絶対に衿が破けたと思うけど、責任とって繕えよ」
今度の拳はきちんと相手の腹にめりこんでいた。
やがて夜が明けて、開拓地は日常に戻っていった。
「だーかーらー、海っていうのはねぇ」
マリオーネは、海の絵が刺繍された布を片手に、子供達に話している。
「そのうち、一度見に行くか」
サラサはさっぱり魚の本当の姿が分からない住人を前に、いつになるか分からない計画で頭を悩ませていた。
「そこはちょっと違いますよ。いえ、そうではなくて」
「ねえ、また教えに来てくれない? あ、刺した」
美影は、結夏に裁縫を教えているが、泣き付かれて困惑している。一緒に裁縫をしていたエルフの女性陣が教えてあげるよと言ってくれてはいるのだが。
「集中力がある奴が、基本的に魔法には向いているな」
「神様にお祈りするのも、同様です」
どちらも魔法の使い手であるツヴァインとリズは、魔法に興味を持った住人を集めて、とりあえずは基礎の基礎また基礎といった話を始めている。
「ここに工房を建ててよいと言われても‥‥わが友人達の家が先じゃな」
ヘラクレイオスは工房の建築予定地で、地面に見取り図を簡潔に書いている。
「ご自分の家をお忘れですよ。あと、もう一軒追加かなと」
その傍らでは、ブノワが我関せずの顔付きをしている義兄を眺めている。
彼らが見渡している開拓地には、今もまた家屋が建てられ、畑になる場所に鍬を入れてみている住人達がいる。
いまだ名前が決まらぬ開拓地の、その名前を決めようと言われた住人達は、『うちの村でいいのに』と言いながら、冒険者達と話し始めている。
年が明ける頃には、きっと名前が決まることだろう。
彼らが皆で作り上げた、新しいすむ場所の名前が。