【猜疑の侯爵】悪意と殺意
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■シリーズシナリオ
担当:冬斗
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月07日〜12月14日
リプレイ公開日:2009年12月16日
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●オープニング
今でも夢に見る風景。
未だに夢に見る光景。
父と母は優しかった。
家は裕福な方だったと思うし、家人達も好きだった。
自分が女で妹だったからもあるだろう。辛いことや厳しいことは兄が請け負ってくれた。
兄は私と話すのが好きで私が笑うのが好きで私は兄の作る詩を聞かせてもらうのが大好きだった。
ある朝、床が血に濡れていた。
父が、母が、家人達がいた。兄はいなかった。
いた人間はもう喋らなくなっていた。
離れの祠が開いていた。
魔物を封じた開かずの祠。
私だけが無事だった。
今でも夢に見る風景。
未だに夢に見る光景。
冒険者ギルドにはある貴族の派閥から圧力がかかっていた。
『カオスの魔物との繋がりの疑いがある』というのが理由らしい。
「やはり前回ギルドの関わりを明かしてしまったのは拙かったですか‥‥」
カオスの魔物の手から貴族を守る依頼。
対象の貴族は冒険者に頼れぬ立場で、故に隠密裏に護衛を行う必要があった。
しかし、より確実に護衛を成功させる為に冒険者達は自らの任務を貴族に明かした。
結果、護衛は成功となったがギルドの利権を掠め取ろうとする貴族達に隙を与える事となった。
曰く『この襲撃事件は冒険者ギルドの狂言である』。
フォスター卿をカオスの魔物と協力して襲うが失敗、冒険者達は魔物を追い払う演技をしてその場を誤魔化そうと画策した、と。
「滅茶苦茶な‥‥彼等とカオスの魔物が協力状態にあったならフォスター卿は生きていません」
「そのフォスター卿がそう言っているのだ。貴族の明確な証言があると流石に旗色が悪い。難癖だとしてもな」
前回の依頼人であるディレオ・カーターはギルド側の人間という訳ではない。身を危うくしてまでギルドの弁護は出来ないという姿勢だ。
尤も、依頼料を出し、背景の下調べをするだけでも充分過ぎる程の肩入れではあるが。
「恩を仇で返された気分ですね‥‥」
冒険者側からしてみたら命を救ったフォスターに売られた気分だ。いや、実際売られたも同然か。
「貴族にとって地位や名誉は時に命より重要だ。責めるなとは言わんが想定の範囲だよ」
こともなげに言うディレオ。年はまだ20代の筈だが、その言葉には経験を感じさせる。
「それに、だ。収穫もある。向こうが無理矢理ギルドに罪を着せようと動いてくれたお蔭で背後関係を大分洗う事が出来た」
それもまた、こともなげに。
「――もう引いた方がいいんじゃないか?」
赤毛の騎士が呟く。
「財務官を殺した時点でギルドの動きを大分抑えることは出来た。これ以上の深入りは契約主の身の保障が出来ない。我々との関係が発覚すれば彼とてただじゃ済まないよ?」
「おいおい、それを指示するのは契約主サマだぜ? 俺らが心配してやることじゃねえ」
黒髪の元冒険者、ジェラード・オルコック。フォスター卿暗殺に失敗した彼だが、そこに引け目を感じている様子はない。
続く声は地の底から響く様。実際に『それ』は地の底に棲まうものだった。
「人間デアレバココデ引ク事モアロウ」
当然『それ』は人間ではない。――どころか人型ですらない。巨大な星の記号を思わせる姿をしていた。魔法陣などに用いるそれのように。
「我等ト人間ノ最タル違イハ何カ?」
質問は赤毛の騎士に。
「――力、か?」
「先ノ戦イ我等ガ盟主デスラ人間ノ前ニ屈辱ヲ喫シタ。我ハソレヲ侮ラン」
しかしその言葉に憂いはない。敗れた結果を受け入れながらも戦うのは皇帝復活を望む故か。
「なら悪意」
「御前達ガソノ口デホザクカ。天界デ呼バレル『悪魔』トハマサシク人間ノ事ニ相違ナイ。我ガ名ニオイテ保障シヨウ」
実に悦しそうな声だった。現にここにいる二人の人間はその手を血に染めている。それを嘲るように。
「‥‥寿命」
「惜シイナ。確カニソレガ要素ノ一ツダ。寿命カラ来ル視点ノ違イ」
無限の寿命を誇る訳でもなく。
「保身。
悪人ハ己ノ欲ノ為ニ悪ヲ行ウ。我等ハ違ウ。
『ソウ生マレテキタ』
悪ソノモノガ理由ダ。我等ニトッテハ息ヲ吸ウノト同ジ理屈ヨ。
古来ヨリ我等トノ交渉ハ忌ミ嫌ワレテキタ。何故カ? 妥協ガナイカラダ。正気ノ人間ニトッテ我等トノ利害ノ一致ハ有リ得ン」
『やりたいからやる。だから引かない』
『それ』はそう言っているのだ。知恵と鍛治を司る悪魔ムルキベルの配下にして猜疑の侯爵と呼ばれる『それ』はただ子供のように『それが楽しい』と言っている。
「――狂っている」
「我等カラスレバシタクモナイ悪ニ手ヲ染メル御前達ノ方ガヨホド狂ッテイルト思ウガ――
――シカシ、ダカラコソ貴様等ハ素晴ラシイ。我々ヲ超エル『悪魔』ダヨ」
『それ』は人間を愛していた。玩具を愛でる様に、愛していた。
「オスカー・エルウッド卿。営利関係と立場から考えても彼が黒幕である可能性は高い。少なくとも近辺を探せば必ずカオスの影はある筈だ」
そう言ってディレオはエルウッドの調査を依頼する。
「カオスとの関与を見つけたとして、どうします?」
「証拠を見つけてくれればいい。場合によっては捕縛も認めよう。ただし関係がはっきりした場合のみだ」
証拠もなしに下手につつけば立場が悪くなるのは冒険者の方だ。
「くれぐれも慎重に。向こうに口実を与える事のないようにな」
「『隻眼』ヲ連レテ行ケ」
目的地へ赴こうとする二人の男に猜疑の侯爵はそう告げる。
怪訝な顔をするのは赤毛の騎士。
「‥‥冒険者の中にはカオスの力に反応するアイテムを持つ者もいるらしい。見つかるぞ」
「ソノ通リダ。ダカラ慎重ニナ」
「――?」
わからない。何故見つかる危険を増やすのか。
確かにこの魔物の強さは頼りあるものではあるが――戦う事が前提ではない筈だ。
「――なるほど、上手くいけば面白え事になりそうですね」
猜疑の侯爵の考えに合点がいったのはジェラード。
「そういう事だ。――宜しく頼むぞ、『我が主』」
鷹の翼を持った隻眼の魔犬は赤毛の騎士に向かい皮肉げに口元を歪め――。
●リプレイ本文
●情報不足
ルスト・リカルム(eb4750)は酒場で貴族オスカー・エルウッドの身辺情報を調べている。
結果は芳しくはない。
酒場には商人、旅人等、冒険者ギルドと関わりの深い種類の人間が多い。それらと対極の関係にあるエルウッドの情報は掴み辛い。
「――ギルドの方も情報は少ないみたいだしなあ‥‥」
「冒険者ギルドに圧力かけるっていうから結構有名かと思ったんだけど‥‥」
限間時雨(ea1968)の方も空振りだったようだ。
正確には圧力をかけているのはエルウッドをはじめとした一部の派閥である。
彼等を一言で表すなら『伝統ある名家』。
ただし、現在は多少の衰退を余儀なくされていた。
「冒険者の影響力がここではジ・アース以上みたいね」
それはつまりギルドと関わるかが権力的にも財力的にも大きなアドバンテージとなるということ。
「ジ・アースなら教会を当たるんだけど‥‥この国、クレリックは疲れるわ‥‥」
思わず溜息をつくルスト。こういう時に教会を頼れないのは少しきつい。
「にしても――『猜疑の侯爵』――か」
ルストと情報代の酒を飲みながら時雨はフルーレから聞いた『その名』を呟く。
フォスターの一件、フルーレがジェラードから聞き出した名。
その正体は神職にあるルストが行き着いた。
『猜疑の侯爵・デカラビア』。
先の地獄での戦いにおいて冒険者達を苦しめた機工の支配者ムルキベルの配下。
30の軍団を率いる地獄の侯爵。戦わずして相手を屈服させる事を好む。
れっきとした悪魔――デビルであった。
「ジェラードが組んでいたのはカオスの魔物なのよね‥‥確かに地獄においては利害は一致していたみたいだったけれど、元々違うものの筈なのに‥‥」
「――あの山羊角もその名前言ってたぜ」
セイル・ファースト(eb8642)は倉城響(ea1466)、ステラの二人と別行動。
ルストの話を聞き、思い出した。ジェラードの背任を突き止めた時、彼を逃がした山羊角のカオスの魔物が死の間際にその名を呟いたことを。
「状況から考えて、ジェラードがつるんでるのがデカラビアって可能性は高いな」
「契約しちゃってるんでしょうか?」
「――だとしてもデビノマニってのはないな。俺が最後に会った時は石の中の蝶は反応しなかった。尤も、その後でデビノマニになったって可能性は否定できないが‥‥」
響の懸念にそう答えるが、セイル自身それもないと思っていた。ジェラードが石の中の蝶を警戒しないとも思えない。
(「つっても実は今回誰も持ってねえんだよなあ‥‥」)
「エルウッド卿の情報はいまいちでしたね」
「まあな、知ってる奴はほんの一部だ」
月道が完全に開いてから、セイルはメイディアにおいてもかなり名を馳せてきた。
名が売れるということは情報網が広がるということだ。
だがその情報網でもわかったことはエルウッドがギルドに圧力をかけてきてる一派の一人だということ。
「それとその派閥の主力――つまりギルドの利権を奪えば得をする人間だってことか。けどそんなの――」
そんな事はディレオの調査でもわかっている。だから依頼されたのだ。
「――鉱山持ってるってのがちょっと気になりますね」
「え?」
こくこくと上品に酒を飲みながら響が口にした。
「あ、いえ、ルストさんによると、デカラビアは植物と鉱物に造詣が深く、人間に知識を授けるとか――こじつけですかね?」
「‥‥いや、悪くない」
「良かったです。後は直接身辺調査がいいですね」
「そうだな、それとステラ」
「あ、はい」
考え事をしていたらしい。話題から外れていたステラに呼びかける。
「こないだサクラに話したっていう隻眼のカオスについて聞かせて貰えるか?」
●包囲網
時雨はエルウッドの屋敷を直接見張っていた。
メイディアに馴れていない彼女だが、熟練の冒険者であれば異国での立ち回りも身についている。
(「汗、まともに流せないのがきついけど‥‥」)
冬場で良かったと自分を慰める時雨。
一人にならないようにルストも護衛役として来ているが、見張り役は気配を消せる時雨が受け持っている。
(「でも、収穫はあったわ」)
調べた限りエルウッドはあまり商売をする人間ではない。自領の収益で賄っていくタイプだ。
なのに二日程見張っただけでも人の出入りがかなり激しい。
「まるで大きな動きに備えて手回しをしているみたい」
「デカラビアの事を知っているって事ね」
ギルドへの圧力は彼等派閥の総意だが、カオス達と手を組んでいる事を知っているのはおそらく黒幕だけだろう。
知れれば身の破滅だ。仲間内だとしても弱味に繋がる。
「ここまで大胆に動けるっていう事はその可能が高いわ。つまりは黒幕だっていう事。
本人が契約しているのか、契約している人間を使っているのか‥‥どちらにしても相当近い事に間違いないわね」
休憩がてらにルストのクッキーをつまみながら真実に近付く時雨達。
「鷹の翼を持った隻眼の犬‥‥か」
「グリフォンみたいな感じですかね」
フルーレの話によるとそれにそっくりの魔物がジェラードを助けにきたらしい。
「隻眼の犬っていうのは聞いたことないですね」
「もしかしたら隻眼は考えない方がいいのかもな」
カオスの魔物とジ・アースに棲むデビルにはいくつかの共通点があるという。
最たるものが姿形だ。
だからデビルの知識はそのままカオスの魔物を調べる上でも役に立つ。
とはいえ、セイルも響も魔物の知識が豊富という訳ではない。
「デカラビアの事がわからないならそっちから攻められるかと思ったんですけどね」
「わかってるのはステラの兄貴を操ったっていう事か‥‥」
ステラの実家の魔物を封じた祠が空き、兄が消えて、他の人間達は殺されていた。
皆、斬り殺されていた。
魔物の姿は祠に記されていた。犬の姿で武器は持っていない。
「兄は優しい人でした‥‥あんなこと出来る人じゃ‥‥」
「わかってますよ。きっとカオスの魔物に操られてるだけです」
慰めにもならなかったとしても、響はそう言ってやることにした。
「操られてる‥‥」
「どうしました? セイルさん」
「嫌な予感がする。時雨達と一度合流しよう」
●殺人教唆
「どう? 時雨さん」
「――かなり怪しいわ。動向が不自然過ぎる」
先程は冒険者ギルドに縁の深い商人まで招いていた。抱き込むように。
「この報告だけでかなり有益にはなるかもね」
ディレオとて魔物との直接的な関与の証拠が易々と見つかるとは思っていまい。
上手くいけばこの調査結果でエルウッドを追い詰められるかもしれない。
「呑気にもしてられないのよね‥‥冒険者の立場もあるし――」
(『そう、ヤツのせいでお前達冒険者は苦境に立たされている』)
「――え?」
(『魔物ではない、ニンゲンの手で、だ。人間の平和の為に戦うお前達が人間の為に窮地に陥っている』)
声が、響く。
(『どこまで愚かなのだ。金か? 権力か? 全人類の危機なのだ。その中には当然ヤツも含まれている。
ヤツも含めてお前達は命懸けで守っているのに――そんなお前達をカネの為に売ろうというのか――』)
彼女の心に同調するように、黒く、甘く。
(『救い難い。一握りの欲望の為に、たった一人の背信の為に、何人の罪無き同胞が血に濡れるのか。そこまでして救う価値があるのか』)
思わなかった訳ではない。思わない人間などいない。
(『ならば答えは一つだ。考えろ。そいつが一番の武器だ。
――ヤツさえ死ねば全ては無事に終わる』)
「――時雨――さん?」
時雨が柄しかない剣を握る。
魔力は光の刃となり時雨の剣となる。
彼女の視線の先、屋敷の門前には商人を見送るエルウッド。
不自然な程タイミング良く。
駆け出した。
後ろのルストには彼女を止める手段はない。
少しの護衛しかつけていない商人とエルウッドには彼女を防ぐ方法がない。
瞬く間の出来事だった。
●隻眼
罪を唆す者。
アトランティスにおいてはそう呼ばれている。
ジ・アースにおいてはカークリノラースという似た姿のデビルがいるという。
鷹の翼を持つ犬の姿をしたこの魔物は呼び名の通り、罪を唆す。
具体的には殺人を犯させる。
その言魂は抗い難いものほど強い。
例えば――嫌悪を抱く相手ならば文字通り『唆す』だけで殺させる事も出来よう――。
「ルストさん!」
セイルのペガサスの背から響が叫ぶ。
ルストは助けを求めるように三人を見た。
「時雨さんが‥‥」
「――遅かったか‥‥!」
セイルは直感した。
やられた、と。
「――そこッ!!」
僅かな気配を感じた響はペガサスから駆け下り、愛刀を虚空に向かって一閃。
微かな手応え。かすり傷を負った魔物が姿を現す。
「――あなたは!!」
その姿はフルーレに聞かされたそれと同じもので、
ステラの家の祠に記されていたそれと同じものだった。
「ひ‥‥」
その声に響は商人に気付く。
前の依頼ではカオスの魔物を目撃された事から冒険者は疑いをかけられたと聞く。
だから迷いが生じるのは当然のこと。
「逃げてください、早く!」
なのに響は躊躇わず叫んだ。
安全圏に、しかし自分達の目の届かないところに彼等を逃がした。
「それでいい。俺達はこいつらとは違うからな」
ステラを愛馬・ブリジットに任せ、セイルも前に。
「やってくれたな。てめえは逃がさねえぜ」
セイルの刀は響と同じく獅子王。
世界にも僅かしかない名刀を使う二人の剣士を前に、魔物は嘲笑する。
「――数手遅かったな。我等の勝ちだ。最早言い訳は利かんぞ。手を下したのは貴様等なのだからな」
表情を歪める響とセイル。確かにここで魔物を倒したところで――、
「ルスト! リカバーを! お願い!」
我に返った時雨がルストに叫ぶ。
「時雨さん!?」
「早く! まだ生きてる!」
「!?」
驚愕は隻眼の魔物。
時雨の技量で殺せない相手ではない。確実に息の根を止められる筈だった。
「本当、生きてるわ! ここは私に任せて!」
瀕死のエルウッドにルストはリカバーをかけ、
「‥‥馬鹿な」
隻眼の驚きも無理はない。
時雨は確かに言魂に操られていた。
隻眼は殺意を煽る。それはつまり時雨には意識があったということ。
彼女はギリギリのところで殺意を抑え、急所を外したのだ。
ほんの僅か。だが、それは並の意志で出来るものではない。
「‥‥よくもやってくれたわね。あんたに対して抑える殺意はないわよ」
●連携
三対一になった隻眼に救援はすぐに駆けつけた。
策が終わるまで待機していたが、もうその必要もないのだろう。
数は二人。共に人間の姿をしていた。
一人はジェラード。もう一人は金属鎧に身を固めた騎士姿。
「――恐れいったぜ。9割方成功してたってのによ。『隻眼』の言魂は決まっていた。って事はお嬢ちゃんが中年貴族一人殺せないヘボだったって事かい?」
「だったら光栄ね。試してみる?」
フルーレからジェラードの強さは聞き及んでいたが、時雨は怖れない。
それよりも怒りの方が勝っていた。
「時雨さん、無茶はしないでくださいね」
「わかってるわ」
隙は見せない。エルウッドを殺されれば自分達の負けだ。
「ステラ、ブリジットから離れるな!」
「は、はい!」
頷くもステラは動揺が隠せない。
追い求めていた仇が目の前にいる。それに――。
「今度は逃がさねえぜ、ジェラード!」
「必要ないさ、お前らを殺してゆっくり帰るだけだ」
セイルの獅子王とジェラードの魔槍が交錯する。
「ルストさんに手出しはさせません」
響は騎士姿に対峙。両者共に『隻眼』への警戒を怠らない。
何より時雨がルスト達の前に立ちはだかっている。
「――何故我が言魂を――」
「意地じゃない?」
時雨は短く答えて剣を向けた。不退の意志を瞳に宿して。
ステラが『隻眼』に気を取られ、ルストは治癒に専念し、各々の戦いを見る者はいない。
だから驚くのはジェラードのみだった。
サクラを圧倒し、フルーレ達とも互角以上に渡り合ったジェラード。
その彼が押されている。手数も威力も全てにおいて。
「――テメエ、ここまで強かったのかよ‥‥!」
その笑みに余裕はない。一対一で遅れをとるなど十何年振りだろうか。
魔法アイテムのせいには出来ない。冒険者にとってそんなものは負け惜しみでしかない。
一方の騎士姿も響相手に劣勢。
フェイントを駆使する攻撃の数々は騎士姿にまともな回避を許さない。
そして鍛え抜かれた名刀は浅い斬撃で頑強な金属鎧をバターのように裂いていく。
のんびりとした容姿からは想像もつかない熾烈な剣技。
「のヤロウッ‥‥!」
防御に徹する屈辱をジェラードは受け入れる。ギリギリのところでセイルの攻撃から致命傷を避けていた。
だが、
「――が‥‥ッ!?」
その身体が聖なる光に駆逐される。セイルではない。オーラの光ですらない。
セイルの後方にてエルウッドを守るルストの力。
「ホーリー‥‥だと!?」
意表を突かれた。
護衛対象がいるのなら傷を治した後はホーリーフィールド。それが冒険者達でのセオリーだ。
だから既に治療が終わっている事に気付かなかった。治したならまず周りを固める筈だと。
熟練の冒険者であるジェラードだから気付かなかった。
「『隻眼』!」
騎士姿が初めて声を上げた。
時雨と戦っていた『隻眼』はジェラードを守るべくセイルに向かう。
それが決め手となった。
「――はっ!」
短い気迫と共に放たれた斬撃が『隻眼』を両断する。空中で。
騎士姿の隙を突いた響のソニックブーム。
「響、ナイス!」
時雨は空中の『隻眼』に対し、一度もソニックブームを使わなかった。
だから『隻眼』は空中は安全と錯覚した。
全てはこのタイミングの為に。
「逃げるぞ!」
ジェラードの判断は早かった。プライドもなく撤退を選択した。
こうなると彼の逃げ足は速い。
「ジェラード、てめえの主人に伝えときな!」
●兄
「逃げられちゃいましたね」
「いや、あれでいい。奴等を全滅させてもデカラビアは掴めないからな。」
「‥‥マズいな、私、犯罪者? こいつ証言してくれるかなあ‥‥?」
「ディレオ卿に期待するしかないわね」
「『隻眼』は倒しちまったが、兄貴の事もデカラビアが知ってる筈だ。――ステラ?」
皆がそこでステラの様子がおかしい事に気付く。
震えていた。
「あの声‥‥兄様‥‥!」
「すいません、失敗です。エルウッドは殺せず『隻眼』もやられました」
「構ワヌ。斬ラレタ事実サエアレバ充分ダ。ヤツハ我々ヲ裏切ラン」
「それと冒険者から伝言です」
「ホウ‥‥」
ジェラードはデカラビアを怖れてはいない。心酔しているのだ。始末されても本望だと。
「『人間の方が猜疑が上とか抜かすのはてめえらには悪意しかねえからだ。迷いがなさ過ぎて薄っぺらいんだよ、存在がな』と」
「『シンプル』ダト言ッテ貰イタイモノダナ」
認めながらも愉快そうに侯爵は嘲っていた。