【猜疑の侯爵】幸せを願って

■シリーズシナリオ


担当:冬斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 47 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月30日

リプレイ公開日:2010年05月02日

●オープニング

「デカラビア討伐隊が正式に決定される。ゴーレム部隊が編成される予定だ。
 歩兵部隊もある。奴を追う者は参加して欲しい」
 ディレオ・カーターが告げる。
 指揮は自分ではないけれど、
 いや、既に前の依頼でも言っている。これは冒険者達の問題だ、と。
「冒険者に戦果を委ねる――か。それこそこの国には相応しいのかもしれないな」


「国が本気で動き出すようですぜ」
 国が冒険者を支援した時の力がどれほどかジェラードは知っている。
 だがそれでも彼の瞳に怖れはない。
 崇拝に殉じる彼は怖れない。
「我ガ存在ハ猜疑ト不信。勝ツダケデハナイ。人間ヲ悪意ニ陥レテコソ我ガ勝利」
『それ』の下に集まっているのはジェラードだけではない。
 鎧騎士。そして彼等の騎乗するゴーレム。
 全て主の名の下にジェラードの手回しによるものだ。

「人間をやめない、とか言ってたっけな、あいつら――」
 幾度と戦った冒険者達の顔が脳裏によぎる。
「悪いがオレはそれをやめる為にこの道を選んだ」
 冒険者であった彼は人の弱さと限界を知った。故に憧れた。純粋な強さ、迷わぬ悪意に。
 それを弱さという者もいるだろう。
「全ては結果さ。オレらが勝つか、テメエらが勝つか。証明しようぜ」



 エインズワース家は貴族としては中の下くらいの家柄だった。
 両親に兄一人と妹一人、決して多いとは言えない家族。
 その妹がより高貴な家柄の貴族に見初められたのは喜ぶべき事柄。
 ――その筈だった。

 兄は知っていた。
 妹の婚約相手の人間というものを。
 人の愛は様々な形があり、幸せもまた同様。
 しかしこのまま嫁いだ妹が『幸せ』と呼べる環境にいられると彼には思えなかった。
 反対はした。
 だが両親は彼の持っていた不安を知らない。相手の人柄を理解はしていなかった。
 それに仮に理解していたとしても、家柄として上の相手の求婚を断る礼儀を貴族社会は持ち合わせてはいない。
 妹は心無い貴族の慰み物として飼われる運命になるだろう。

『ならば殺してしまえばいい』

 魔が囁いた。

 殺す? 誰を?
 婚約相手を?
 まさか。そんな事をすれば原因は明らか。
 罪は自分だけでなく妹にも及び、彼女は兄の十字架を共に背負い、闇の未来を生きるだろう。それはあの男に嫁ぐ未来とさして変わらない。

『惚けるな。アデル・エインズワース。わかっている筈だ。殺すべきを。お前の妹を縛っている鎖を』

 両親は悪くない。
 悪いのは家だ。
 エインズワース家、それがなければ妹は自由になれる。

 ――魔が囁いた。


 もうアデルを唆す『隻眼』はいない。
 だが十字架は既に消えはしない。
 真実は墓まで持っていかなければならない。

 最後にけじめをつけよう。
 猜疑の侯爵。
 奴を倒す。

 全ては妹の為に、
 彼は最後の戦いに身を投じた。

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1968 限間 時雨(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb8642 セイル・ファースト(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●戦乙女達
「三人は行ったわね。まず一つ、私達の勝ちだ、ジェラード・オルコック」
 高らかに限間時雨(ea1968)。
「‥‥ゴーレムが止められたのは予想外だったな」
「ステラはあれで散々鍛えられてきた。仲間もいる。負けはしないさ」
 たった二機で出撃したゴーレム隊は敵ゴーレムを食い止めている。
「――そして、ここからもう一つ、勝ちを頂きます」
 極限にまで鍛え上げた名剣を抜くサクラ・フリューゲル(eb8317)。
 美しく光る細身の直刀は彼女にこそ相応しい。
 盾は捨て、片手にはホーリーライト。敵の方が闇に慣れていると判断しての策だろう。
「二対一だけど、容赦はしないわ。悪く思わないでね」
 時雨も愛刀の村雨丸を抜く。ジェラードの前では見せた事のない、とっておきだ。
 ジェラードは、
 晒う。
「何がおかしい?」
「いや、確かに冒険者たるもの、ジョークの一つも言えなきゃな。依頼人だろうが、敵だろうが。
 ――ただ、今一つだ。ネタとしちゃ露骨過ぎる」
「笑わせるつもりはないけれど?」
「オレはお前らを見くびらねえよ。お前らは優れた冒険者だ。

『二対一だから勝てる気でいる』なんて思っちゃいねえさ」

 怒りも嘲りもなく、事実を告げるのですらなく、当たり前の世間話のように。
「‥‥デカラビアを倒さなきゃお前らの勝ちはない。その作戦は正しい。
 ――只一つの問題を除いてな」
 時雨の刃を槍でいなす。
 サクラの斬撃には身を翻し、
 すれ違い、腹部に膝を叩き込む。
「‥‥か‥‥っ‥‥!」
「――どうやっても勝てない戦力差だ」
 倒れるサクラを踏み抜こうとする一撃を、彼女は転がり避ける。
 二撃目を斬りかかる時雨を、今度は槍で迎撃。外套を下の忍装束ごとざっくりと切り裂く。逆袈裟の一撃。肉に達しなかっただけ幸運だ。
 弧を描く槍は流れる動作で、起き上がったサクラへ。
 剣で受けるサクラ。
 剣では負けていない。競り負けたのは単純な膂力。
「あ‥‥っ‥‥!」
 潰されそうなサクラ。潰さんとする槍の使い手を――紫電の一撃が襲う。

「――――」
 刹那の瞬間だった。
 サクラのホーリーライトの狙いは視界の確保ではない。
 ジェラードの注意を光に引き付ける為。
 背後、闇の中から奔ったフォーレ・ネーヴ(eb2093)の縄ひょう。
 鍛え抜かれた刃と腕は人間の身体を軽く貫く威力を持つ。

 それを躱された。
「‥‥っ!」
「『同じ手が二度通用すると思ったか』とは言わねえよ、フォーレ・ネーヴ。
 万に一つの奇跡に賭け、持てる全てを出し尽くすお前らを嘲りはしねえ」

「‥‥気に喰わないね」
 時雨だった。
「アンタ、私達が勝てっこないって決め付けてる。嘗めてる」
「嘗めてねえさ。お前らが実力差を知って尚挑んで来ている覚悟は――」

「それが嘗めてるって言ってるんだ!!」

 時雨の言葉には本気の怒気。それをジェラードも感じた。
「今のは中々面白えジョークだったぜ。いいだろう、なら剣で語れ」
 三対一。微塵の揺るぎも無くジェラードは構え、
 本気で倒す為、三人は刃を――。

●猜疑の公爵
「決着をつけましょう。デカラビア」
 倉城響(ea1466)とセイル・ファースト(eb8642)は猜疑の公爵に挑む。
「支援するわ。思う存分やっちゃいなさい」
 後方にはルスト・リカルム(eb4750)。
「僅カ三人デ我ヲ討トウトイウカ‥‥」
 眼前には巨大な星型の異形。黒い五芒星の中央、緑色の眼が三人を睨めつけて――。
「負け惜しみも一苦労だな、公爵さんよ」
「負ケ? 人間三匹ヲ相手スルダケノ何ガ負ケカ」
 セイルの挑発に、悪魔は確かに反応していた。
「アデルから聞いたぜ? テメエは戦わずして相手を屈服させる事を至上とする。
 悪魔ってのも大変だ。存在理由は裏切れねえ。
 今、こうして俺らと戦わなくちゃいけねえ。それだけでもうお前は負けてんだ」
 デカラビアは眼を僅かに細める。
 静かな怒り。それは肯定。

「――ナラバ、汝(ウヌ)等ヘノ情ケガ万ニ一ツモ有リ得ヌ事モ承知ダナ?」
「それなんだけどよ、いや、本当に申し訳ねえと思ってるぜ」
 響とセイル、世界に僅かしかない名刀・獅子王を二振り揃えて大悪魔を尊大に見下ろす。

「一日に二つも大悪魔様から勝ちを戴けるなんてな。今日はいい日になりそうだ」

 巨大な異形を見上げ――それでも二人は見下ろした。

●消耗戦
 負担は明らかにサクラに。

 三人の本命はフォーレの投擲。
 当てる為には時雨だけでなくサクラも剣戟に参加しなければならない。
 隙を見つけてのホーリーはジェラードに確実に傷を負わせている。
 だが時雨も彼女も無傷では済まない。
 ルストを見送った以上、唯一の回復役も彼女。
「サクラねーちゃん!」
「大丈夫‥‥です‥‥」

 最善の策だが、二つ欠点がある。
 一つは致死傷はどうにもならないということ。
 だが防戦に徹すればフォーレが狙われる。
 フォーレの刃が唯一の希望である以上、当てる為には二人は全力で攻めなければならない。
 そしてもう一つ。
 魔法は無限にかけられない。

「根比べか。ソルフの実は幾つ持ってきた?」
「―――ッ!」
 高名な冒険者の中でも稀なアイテムだ。限りはある。

「ジェラード、人間が嫌いか?」
 それは挑発か。
 言葉は時雨から。

●悪魔を討つもの
 緑の瞳から発する凶々しき光。
 集束して放たれるそれは魔力を帯びた盾で受けても身体まで浸透する。
「‥‥っ、響、気をつけろよ!」
 響は盾を持っていない。防ぐ手段を持たない。
 だが、響は、
「――はっ!」
 闇に近い深緑の光を斬り裂いた。
「やるな」
「どうも。‥‥でも、これは確かにきついですね‥‥」
 ルストの加護を蝕むよう、邪な魔力が身体に染み込む。
 そんな二人を守るべく、聖なる光が包み込んだ。
「次は回復いくわよ!」
 セイルの霊水を飲みながら二人を抱きとめ、高速詠唱。
 出し惜しみはしない。アイテムにより強化された結界はデカラビアの攻撃をも食い止めている。
「安心して怪我なさい。でも即死だけは勘弁ね♪」
 ルストはいたずらっぽく笑い、二人は勇気付けられ、

 ――そこにもう一人、来訪した。

●三重奏
「嫌いだね」

 一切の澱みなく答えるジェラード。
「貴方だって人間です!」
「そうさ。だからそれから離れていく度に、とてもいい気分だ」
 彼も元冒険者。その過程で何があったのかは知る由もない。

「私は人間が好きだよ」
 時雨もまた一切の澱みなく答えた。
「聞いてねえよ」
「私は人間が好きだ」
 繰り返す。
「聞いてねえ。二度も繰り返すな」

「私は人間が大好きだ」

「――――」

 ジェラードに隙が出来たのか、それは当人にすらわからない。
 しかしその瞬間をフォーレは確かに狙った。
(「取った――!」)
 達人を更に超越した腕だからこそ確信する。このタイミングは避けられない。

 ――それを躱す。

(「嘘ッ!?」)
 躱された事は何度もある。
 だが射抜くイメージを裏切られた等、人生で初めてだ。
「フォーレ・ネーヴ!!」
 フォーレは確実に射抜く為に距離を縮めていた。
 槍が届く位に。
 一射を放ち切った無防備な身体を殺意の穂先が向かう。

「ジェラード!」

 サクラだった。
 ホーリーライトにありったけの魔力を込め、ジェラードの眼前にぶつける。
 視界を焼く突然の光にもジェラードは怯まない。
 しかし視界は確実に奪った。
 それを狙っていた。
 秘策の居合い。
 鞘ではない。東洋独特の衣服の余りに刀身を隠し、衣服ごと斬り裂くようジェラードを狙う。
 フォーレの刃を躱し、彼女に刃を向け、あまつさえ視界をも奪われ、
 サクラの技量は達人の中でも抜きん出たものだ。
 どんな超人であろうとこの一閃は躱せない。

 ――だからそれを躱せた理由などわかろう筈もない。

 サクラは驚かなかった。
 躱されると思ったからではない。

 驚くより時雨の剣が迅かっただけ。

 霞がかった刃による居合い。
 三重の女剣士達の刃を躱すことはたとえ奇跡が起きようと――。

●星堕とし
「デカラビア!」
 闖入者は赤毛の騎士。
「アデルさん!?」
 間の悪い事にと響は思う。だが責める気は起きない。
 彼の決意を誰が責められよう。

 だがその隙を逃す悪魔ではない。

 周囲を闇が支配する。

「これは‥‥」
「くっ‥‥あああぁぁ!!」
 闇にルストの悲鳴が響く。
 闇から悪意が滲む。周囲全てが牙を剥くかのよう。
「セイル‥‥さん‥‥」
「がっ‥‥!」
 セイルに放たれるコアギュレイト。
 皮肉にもルストにかけたエリベイションが威力を強くした。黄龍の指輪がなければここで脱落していただろう。

「『隻眼』ニ出来ル程度ノ事ナラ我ニモ出来ル」
『隻眼』より更に強力な精神支配。
「‥‥汝等の命如キデハコノ屈辱、釣リ合イハセヌガナ‥‥」
 魔力による屈服は人間で喩えるなら薬物の使用に近い。
 策を至上をするデカラビアからすれば使う事自体が屈辱。
 それでも、大悪魔の魔力は容赦なく場の人間達を蝕んだ。

 ルスト以上に影響をきたしたのは当然ながらアデル。
 一度魔に魅入られた身だ。抵抗力自体も三人と比べれば下回る。
「決着を‥‥つけるんだ‥‥!」
 アデルは抜き放った刃を――黒衣の騎士に。
「ぐっ‥‥アデル‥‥!」
 悪魔に対し比類無き抵抗力を誇るセイルも、仲間二人の攻撃に集中を乱し――いや、集中の問題ではない。
 僅かな邪念。
 斬られて喜ぶ人間はいない。
 微かにでもよぎる負の感情を、闇は格好の餌とする。
「ま‥‥ずい‥‥」
 彼は自分の実力を知っている。
 最悪、三人を皆殺しにすることも――、


「――っぁぁあああッ!!」


 闇が――裂けた。

「響――さん」
「莫迦‥‥ナ‥‥」

「――敵を憎む勿れ」
 獅子王。数え切れぬ魔を斬った名刀は、
「憎むべきは己の内の弱き心――」
 今、魔を統べる程の深き闇を裂き――。

「上出来だ、響」
 穢れた黒の中から、輝く黒が宙を舞う。
 それに向き直るデカラビアを純白の光が貫いた。
「――――!?」
 まるで払われた闇の中から生まれたかのように。
「あなたに出来る程度のことなら――私にも出来るわよ?」
 微笑むルスト。

「オ‥‥ノレェェェェーーーー!!」
 初めて見せる剥き出しの怒り。猜疑の公爵の衣を剥ぎ取り、

「今日はいい日だ。
 ――悪魔を討ち取って、また箔が付く」

 大悪魔に向かい、
 お前の存在など『その程度』でしかないと、
 この上なく冒険者らしく、セイルは笑った。

●その理由
「人間(おまえ)達の勝ちだ‥‥好きにしろ」
 あくまで魔の側の者として、男は敗北を認める。
「いいでしょう。好きにいたします。ジェラード・オルコック」
 ズタズタの身体を鞭打ち、サクラは毅然と男を見据えた。
 男は抵抗しない。勝者を受け入れるのは敗者の義務だ。
 殺されてもいい。生きながら官憲に渡される屈辱も甘んじよう。
 だが、

「生きなさい」

 それだけ。
 サクラの言葉に時雨もフォーレも驚かない。
 ただ彼女らしい、そう思うだけだ。。

「生きて、人間の強さを学びなさい。これは‥‥勝者の言葉です!」

 毅然とした言葉と裏腹に、瞳は僅かに潤んでいた。
 ただそれだけ。
 捕縛すらしない。
 捕らえれば彼は官憲に裁かれる。
 魔に染まり国を脅かした男に死罪以外は有り得ない。
 つまりは見逃すということ。

「勝者の‥‥言葉か‥‥」
 ジェラードは立ち上がり、槍を拾う。
 その目に戦意はない。
「勝者の言葉なら仕方ねえな」
 二人は少しだけ驚いた。男の目に本気で悪意を感じなかったから。

「どこ行くのさ?」
「てめえらのいねえ所だよ。あばよ、二度と会う事もねえだろう」

 ジェラードが去り、姿が消えたと同時にふらりとサクラが倒れる。
「おっと」
 支えるのはフォーレ。
「お疲れ様、サクラねーちゃん」
「寝てるよ。寝かしといてあげよ」
 サクラをフォーレに任せ、男の去った方角を見つめる時雨。
「時雨ねーちゃん‥‥あいつ、また来るかな?」

「‥‥もう来ないよ、多分‥‥ね」



 彼は強さを求めていた。
 英雄と呼ばれた時もあった。
 人助けも自己犠牲も全ては強くある為。
 人を助けたいと思った事はないし、何かを守りたいと感じた事もない。
 彼は弱いものが嫌いだったから。
 人の弱さを嫌悪した彼は、揺ぎ無い悪魔の存在に惹かれた。
 利用されて踊らされるのならばそれでいい。自分が弱かっただけの話だ。

「だから――情けなんかじゃねえ。弱い奴の言うことなんて負けたって聞かねえ」

 なのに、思った。
『この娘には泣いて欲しくない』と。

「弱い奴は嫌いだ。だから人間は大嫌いだ」
 今でもそれは変わらない。
 変わってないと言い切れる。

「――くくっ、なんだ。なら簡単なコトじゃねえか」

 男は自嘲する。

「あの娘はオレよりも強かった

 ただ、それだけだ」

 そうして崖に辿り着く。
 あの娘にはこれは見せたくなかった。
 そうだ。単純な答えだ。
 大悪魔に魅入られたように、同じように自分はあの娘に、あの三人の娘にそれ以上の強さを感じたのだ。

「あばよ」

 最期の最後まで、『強さ』に心酔し、ジェラード・オルコックは谷底へと――。

●優しい嘘
「今度こそ‥‥会ってくれますね?」
 他人の事情だ。
 なのに響は微塵もそうだとは思っていない。
「話は聞いたわ。でも言わせて。ステラさんを信じてあげて。あなたの妹を。
 時雨さんも言ってたわ。あなたの妹はそんなに弱いのか、って」
 アデルの魂を取り戻し、ルストは治療を施す。もう何も障害はない筈だと。
「弱いさ」
 アデルの声は泣く様。
「強くはなるだろう。一目見て思った。あんなに強い娘だと僕も思わなかった!
 でも駄目だ! 話せばきっと思う! 『私のせいで両親は死んだ』って!
 君らならどうだ!? 堪えられるのか!?」
『‥‥‥‥!』
『堪えてみせる。だから会ってやれ』そう言うつもりだった。
 だけど言えない。アデルの本気が伝わるから。
 優しいから――言えない。

「泥を被る覚悟はあるんですね、アデルさん?」
 沈黙を、響が優しく破る。
「あるさ。あいつの為になら外道の烙印も受けよう」
「なら、卑怯者の烙印も問題ないですよね?」
「卑怯者‥‥?」
「あ‥‥」
 アデルより先に反応したのはルスト。
「お前‥‥しゃあしゃあと言うなあ」
 セイルもだった。

「全部カオス達のせいにしてしまえばいいじゃないですか。証拠は彼等が地獄まで持ち帰りました」

「い、いや‥‥それは‥‥」
「出来ないんですか? 親殺しにはなれても卑怯者にはなれませんか?」
 響の言葉は辛辣で、でもそこにあった優しさをセイルも、ルストも、――アデルにも伝わっていた。

「アデル、お前の言うとおりだ。ステラは強い。だからステラが真実に負けないようになるまで、お前が嘘を突き通せ。
 ただし、そのやり方は逃げることじゃない。わかるな?」

 皆が案じていた。
 ステラの幸せを。
 そこにはアデルが必要であることを。

「‥‥いいのかな‥‥?」

「いいんじゃない?」

「いいでしょう」

「いいに決まってるじゃねえか」