【帰郷】その遺跡に眠る謎

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月19日〜11月27日

リプレイ公開日:2009年11月27日

●オープニング

 ●それは彼女が抱えた秘密

 モニカ・クレーシェルは思案していた。
 戴冠式の後に行なわれた大広間での祝宴の席に地球出身の人物を見た彼女は、更には彼が探偵だと聞き、声を掛けずにはいられなくなった。
 探偵といえば調査事のプロ。
 もしかすると、‥‥そう期待せずにはいられなかったからだ。
 だからモニカは王を探した。
 どうしても、今、話がしたくて。


「陛下」
 フェリオールの背に声を掛ければ、彼はゆっくりと振り返り、薄く笑む。
「まだ休んでいなかったのか」
 その問い掛けに、それは此方の台詞だと思いつつも素直に頷き返す。
「はい。‥‥少し、ウィルからの来訪者と話をしていました」
「ウィルの? 冒険者達ではなく、か」
「‥‥はい」
 主の言葉にモニカはほんの少し迷った後で、しかし彼の目を真っ直ぐに見返した。
「しばらく、御傍を離れてもよろしいですか」
「‥‥と、言うと?」
 静かな聞き返しに、モニカも声を潜めて応じる。
 それは誰にも聞かれないように、気付かれないようにという警戒心も含めて、だ。
「今日の来賓の中に地球出身の探偵だという者がおりました」
「探偵?」
「その彼に‥‥あの遺跡を、調べてもらおうと思うのです」
「――」
 フェリオールの目が僅かに瞠られる。モニカの言わんとしている事がすぐに察せられたからだ。だから彼は吐息を一つ。
「‥‥そうか‥‥。とうとうあれを暴くか」
「頃合だと判断しました」
「確かにな‥‥」
 低い呟きと共に顔を逸らしたフェリオールはしばらく沈黙していたが、頬を撫でる風が僅かに冷気を帯びた頃、闇を射抜いていた視線をを彼女に戻し、問う。
「‥‥もしあの遺跡の謎が解明されたとして、おまえはどうする」
「どう、とは‥‥」
 聞き返す。だが、決して逸らされない王の瞳が訴えるのは。
「‥‥っ」

 ――おまえは、どうする‥‥?

「陛下!!」
「っ」
 不意に二人の間に割って入った豪気な声。
「と‥‥モニカ様もご一緒か!」
 モニカの姿も認めて慌てて敬礼するのはドワーフの騎士団長ガラ・ティスホムだ。
「いやしかしお二人が揃われているのは好都合――」
 そうして話題の軸がずれていくことを、モニカは心の奥底で、安堵していた。




 ●遺跡に眠る謎

 その遺跡はリグリーンから北東に約五十キロ先の、リハン領と隣接する山岳地帯の麓。奥深い森の中にある。周囲には人気どころかモンスターの類すら姿を見せず、鬱蒼と生い茂る緑の葉も所々では陽精霊の恵を遮り、昼間だと言うのに明かりが必要なまでの暗さを保持している。
「そりゃ謎の遺跡っつーぐらいだから簡単に行ける場所にはないだろうと思ったが‥‥」
 モニカに連れられ、たった二人で問題の場所まで森の中を歩き続ける日向は些か疲労気味。
 もう少し体を鍛えておくべきだったと後悔しても遅かった。
「‥‥平気か」
「心配無用だ‥‥が、これって道に迷ってるわけじゃないよな?」
「その心配はない」
 先ほどから似たような景色ばかり続き、一向に目的地が見えて来ないから不安になる日向だったが、モニカの方は至って冷静。
「もう少しだ」
 そう告げ、二人、黙々と歩き続けた。
 それから更に一時間ほど歩いた頃、急に道が広くなる。
「‥‥?」
 頭上には空が見えるようになり、相変わらず回りは草木だらけだったがランタンは不要の明るさ。
「そろそろか?」
「ああ」
 日向の問い掛けにモニカは頷き、前方を指差す。
「‥‥あそこだ」
 そうして彼らの視界に聳え立つ岩壁の、大樹の幹に覆い隠されそうになっている其処は‥‥洞窟、だろうか。
「‥‥あれがあんたの言う遺跡か?」
「見れば判る‥‥だが、その前に‥‥」
 モニカは入り口から少し離れた岩壁の表面を注意深く探り始めた。そして何かを発見したような動作を見せると、その下――生い茂った草むらの中に手を突っ込む。
「おい?」
「‥‥これだ」
 どうしたのかと問い掛ける日向に差し出されたのは、薄い石の板‥‥いや、石碑。
 書かれている文字は。
「日本語‥‥?」
 日向は目を見開き、それを読む。
 読み進めるうちに手が震えた。

『急にこんな世界に飛ばされてヤケにもなったが、今の俺は此処に来られた事を幸せに思う。
 俺は生まれ変われた。
 俺は、やれる。
 後に続け。
 あっちの世界でおまえ達の帰りを待っている。
 高遠雅也』

 確かにそう書かれていた。
「‥‥っ、おい! この高遠雅也って誰だ!?」
「‥‥やはりそう書いてあるのだな」
「は?」
「私は日本語は読めない。しかし、雅也が自分の名だと見せてくれた字面が似ていたので‥‥もしかしてと思っていたんだ」
 モニカは瞳を伏せて語る。
 日向には意味が判らない。
「‥‥あんたは何を知っている‥‥?」
「‥‥此方へ」
 動揺する日向を、モニカは洞窟の奥へ促した。
 ランタンを持つ手を前に、ぬかるんだ足元に注意しながら、奥へ。
「これは‥‥」
 奥へ行くにつれて洞窟の壁に何語とも判断しかねる言語が無造作に、無限に、書き連ねられていた。
「‥‥セトタ語‥‥とも違うのか‥‥」
「精霊碑文も中にはあるらしいが、私にはどれが何語かまでは判らない」
 いつしか壁には絵まで見られるようになる。が、絵にしても意味不明なものが多く、日向の知識では精霊達の姿を描いたものなのかもしれないぐらいの判断しかつけられない。エレメンタラーフェアリーや、近頃は頻繁に見かけるフィディエル、ジニール。
 シェルドラゴン。
 ‥‥アルテイラ、そして。
「‥‥!!」
 その絵に、日向は息を呑んだ。
 モニカはランタンの明かりを持ち上げ、それの中央を照らす。
「これは‥‥何だ‥‥?」
 仄かな明かりに照らされた壁の絵は、一言で表現するならば荘厳。
 これまでに見たこともない雄大な姿。
 白い羽毛に覆われた、まるで天使のような翼を三対持つ、竜は。
「ドラゴンオブレインボウ‥‥伝説上の、竜の長だ」
「‥‥っ」
 モニカの冷静な声音とは対照的に、日向の身体は震えた。
 恐怖ではない。だが――。
「‥‥この遺跡は、何なんだ‥‥っ、此処は一体‥‥っ!!」
「それを調べて欲しい」
「!?」
 淡々と語られる言葉に日向は目を剥く。
 何故自分にと喉まで出掛けた言葉は、しかし、モニカの真剣な眼差しに止められる。
「‥‥モニカ、あんたも、どういう‥‥」
「‥‥私は地球の出身だ」
「――!」
「雅也は友人だった」
 あの石碑に書かれた名前の、人物もまた、地球の。
「だが、雅也は何の前触れもなく忽然と姿を消してしまい‥‥行方不明になってしまった」
「行方不明‥‥?」
「何処にいるかは誰も知らない。だが、‥‥雅也を探していて、此処に辿り着いた」
「‥‥こんな場所に‥‥」
 何語かも判らない言語と、絵が縦横無尽に書き連ねられた洞窟。
 いつ、何のために作られたのかなど想像のしようもない。
「これを調べろってか‥‥」
「無論、おまえ一人でとは言わない。協力者を募ってくれても構わないが‥‥出来る限り口外しないと約束出来る者達であって欲しい‥‥」
「それは‥‥まぁ、募ってみなきゃ判らんが‥‥」
 日向は来た道を振り返り、先刻と同じようにゆっくりと壁の文字を、絵を、目で追う。
 綴られた文字は一種類や二種類ではない。
 ましてやこの量だ。
 協力者を募ったところでで途方も無い話になりそうだったが、‥‥彼はこの任務を引き受けた。

 それは、彼の探偵としての性だったのかもしれない――。
 

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文


 依頼を受けた冒険者達が集合したその場所で、真っ先に声を荒げたのは日向だった。
「アリシアっ、そのデカイ鳥は置いていけよ!?」
「でかい鳥‥‥」
 アリシア・ルクレチア(ea5513)が同伴したイーグルドラゴンパピーをそんな風に呼ぶ彼に目を瞬かせたアルジャン・クロウリィ(eb5814)だったが、まぁ、そう呼べない事もない。
「日向さん、あの子はイーグルドラゴンパピーって言って‥‥」
 生物の知識に長けたレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)が説明しようとするが、その間にも足を踏み鳴らし、辺りに地響きを起こす『デカイ鳥』。日向は頭を抱える。
「遺跡を破壊されたら事だし、何より出来るだけ内密に調べろって言われてるんだ、そんな目立つ奴は連れて行けない」
「まあ‥‥」
 アリシアは残念そうに呟く。
「仕方ありませんわね。家で待っていてくれるかしら」
 そう声を掛けるも不遜な顔付きで彼女を見下ろしたイーグルドラゴンパピーは鼻息一つ。言う事を聞く気もないらしい。ずきずきと痛む日向のこめかみ。
「‥‥アリシア。待っているから家まで連れて帰ってくれ‥‥」
 単独で帰して他所で問題を起こされても困る。そんな心配をするくらいなら出発時刻を遅らせようというわけだ。不服そうな態度ながらもアリシアと冒険者街に向かう巨大な姿を見送りながら短い息を吐く日向に水を差し出した華岡紅子(eb4412)は苦笑交じり。
「珍しく気が立っているみたいね‥‥。地球との道が繋がるかもしれないなんて聞けば、さすがに平常心ではいられないかしら」
「‥‥そりゃあ、な」
 図星を突かれて決まりの悪い表情をする彼に、しかし紅子も気持ちは判ると微笑む。それは二人と同じ地球出身の加藤瑠璃(eb4288)も同じ。故郷に戻れるかもしれないという現状で、落ち着いていられる方が不思議だ。
 表情の硬い友人達を順に見遣っていた視線を最後に足元に向けたレイン。その様子が些か妙な事に気付いたアルジャンは囁くような小声で呼び掛けた。
「どうした?」
 その周りでは、今回の遺跡が精霊にも関するものかもしれないと聞いて同伴した川姫、木霊、月人の娘達も心配そうにレインを見上げている。
「この依頼を受けたくなくなったかい?」
 落ち込んだ風のレインにそう問い掛ければ、彼女は弾かれたように顔を上げて首を振る。
「いえっ、言語知識は人並み以上にあると思うので、日向さんのお手伝いしたいと思いますっ」
 こちらも小声ながらはっきりと伝えるレインは、しかし、語尾に行くにつれてやはり哀しげな表情で俯く。
「ただ‥‥もしその遺跡が本当にアトランティスと地球を繋ぐものだとしたら‥‥日向さんや紅子さん、瑠璃さんは、居なくなられてしまうのでしょうか‥‥だとしたら、淋しい‥‥です」
「レイン‥‥」
「ぁ、でもっ」
 アルジャンの声に痛みを感じたレインは慌てて言葉を繋ぐ。
「せっかく帰れるんですから、その時には笑顔で見送らないとですよね‥‥、っ‥‥なんて、気が早いです、けど‥‥」
「‥‥まったく」
 瞳を潤ませる妻に、アルジャンは小さく笑い、その細い肩を抱く。
「仮にそんな日が来たとしたら、その時には、日向達もレインと同じ気持ちだよ」
 だから大丈夫。
 何がとは、言えなくても。
「シルバーさんはリグの方も気になるんじゃないの?」
 此方は純粋に遺跡調査を目的としているシルバー・ストーム(ea3651)にティアイエル・エルトファーム(ea0324)――ティオが声を掛ける。
 リグのモニカ・クレーシェルから滝日向を経由して自分達に伝わった依頼内容という事にまず興味を持ち、久々の冒険に出る事を決めたティオの表情はとても前向きで、そんな彼女を一瞥したシルバーは静かに頷く。
「確かにあちらの亡霊の噂も気になりますが、あちらには頼りになる方達もいますし大丈夫でしょう」
 ならば自分は彼らを信じ、精霊碑文も使われているという遺跡を調べる。それが役目だと思った。
「頑張ろうねっ」
 元気な仲間には視線で応じ、彼らはアリシアの帰りを待ち、シップに乗り込んだ。一路、リグの森にひっそりと息づく謎の遺跡へと――。





 瑠璃が遺跡上空にシップを停船させ、そこから魔法の絨毯で地上に下りられないかと提案したが、そこはシルバーの懸念の通り、目立つ事はしたくないと言うリグ側の心情により、当初の予定通りに現地から若干離れた平地に船を止め、その後は徒歩、またはそれこそ魔法の絨毯で現地まで行く事になった。
 ティオはシップの船内を興味深そうに眺めて歩き、瑠璃はなるべく窓に近い位置に立って遺跡内部を撮影するための携帯電話をソーラー充電器で充電中。シルバーは船内で交わされる会話に耳を澄ませていた。
「もう一つの天界‥‥確か、地球と言いましたか‥‥」
 アリシアは記憶を辿るように言葉を選びながら言う。
「聞いた話を統合すれば、ジ・アースより千年くらい先に進んでいて、精霊や魔法といったモノが全く存在しないとか‥‥研究的な興味は尽きませんし、ましてや帰れるかもしれないというのは天界人の皆さんにとっては朗報ではないかしら」
「確かに帰りたい人には朗報だけれど‥‥」
 アリシアの言葉に難色を示したのは、その地球人である紅子。
「もし本当に繋がるのだとしたら、‥‥危険だわ」
「危険、ですか」
 その単語に不思議そうな顔をして見せるアリシア。
「かつてジ・アースとアトランティスの通行が可能になった時も危険を心配する声があったものの、結局はこうして何事もなく過ごしていますし、今度も恐れるほどではないかと思いますが‥‥」
「ジ・アースとアトランティスならともかく、地球は何もかも違い過ぎるわ」
「同感」
 紅子に続くのは、やはり地球出身の瑠璃。
「ジ・アースの人達は竜や精霊の存在を事実として知っているけれど、地球人にとってはゲームや漫画の世界だけの空想物だもの」
 ただそれだけの違いが、何よりも大きな隔たりになる。
「‥‥そういった危険は、アトランティスで生まれ育った僕達には想像がし難いが」
 些か固くなりつつあった雰囲気を緩和させるように口を挟んだアルジャンは、その視線を少し離れた場所に佇むモニカへ移した。
「一先ず、僕は『高遠雅也』について話を聞きたいかな」
 アルジャンの言葉に目を細めたモニカを、紅子も見遣り、‥‥不意に苦笑う。
「モニカさんが地球出身、とはね‥‥」
 それは、決して珍しい事ではない。天界人を重用している王は少なくないし、モニカもその中の一人だったというだけだ。ただ、これまでずっと隠されていただけに驚きが大きくて。
 更には今回の遺跡だ。
「高遠さんが残した石碑に書かれていたって言う『あっちの世界』って‥‥やっぱり地球よね?」
「恐らく」
 紅子の言葉にモニカは短く応じる。
「その高遠さんってモニカさんの知り合いなの? それじゃあ遺跡に書かれた文字もそんなに古くはないのかな?」
 小首を傾げて話に入ったティオに苦笑を零したのは日向。
「違うぞ、ティオ。高遠が書いたのはあくまで石碑だけだ。遺跡については誰が何のために作ったのかさっぱり判らん」
「その調査が、今回の目的‥‥なんですね」
 緊張した面持ちのレインに、一同は各々の表情で応えた。
「しかし解せない事が一つ‥‥例えばその遺跡がアトランティスと天界を繋ぐ道の一つだったとして、その遺跡に書かれた膨大な文字を高遠雅也は一人で解読し切ったと言うのだろうか」
「‥‥あれを一人で解読するってのは、相当の言語学者でもなけりゃ無理だと思うぞ」
 実際に遺跡を見た日向がアルジャンの疑問に応じ、だったらと言葉を繋ぐのは紅子。
「高遠さんはどんな人だったの?」
 この世界ではどんな職に就いていたのか、どのような技能を持っていたのか。そして、此処に来てから消息を絶つまでの間に何をしていたのか。
 冒険者達から上がるそれらの質問に、モニカはしばし思案した後で答え始めた。
 高遠雅也。
 彼は、自分の師だったと――。





 高遠雅也は三十代の男で、地球では合気道の師範代をしていたという。モニカよりも先にアトランティスに来ていた彼は、右も左も判らぬ世界で最初は相当やさぐれていたと後にモニカに語る。そんな彼が立ち直ったのは、モニカに出会った後。彼女に合気道を教えるようになってからだ。
「あの頃の私は、気は強いが腕が立つというわけではなく‥‥そのままではこれからが危険だと雅也に言われ、護身術として合気道を習うようになった」
 船を降り、遺跡までの道すがらモニカは冒険者達に過去を語る。
「雅也は私の筋が良いと、ますます指導に熱が入り‥‥」
 モニカもまた自分の腕が上達していく事が楽しくて仕方が無く、夢中で修行を続けた。突如として異世界に飛ばされたことで生じた不安や、恐れが、やる気を促したのも確かだろう。雑念を捨て、地球人同士、故郷を懐かしみながら武術に勤しむ事は彼らにとっての安らぎでもあったからだ。
 そんな折、美しい娘が細腕一本で大の男を投げ飛ばすという噂がリグの先王グシタの耳に入り、楽しい事が好きだった先王はモニカと雅也を城に招きこれを実演させた。武器を持つリグの騎士達を悉く素手で投げ飛ばす二人を先王はいたく気に入り、臣として召抱える事を決定したのである。これから向かう遺跡をモニカが知ったのも、その時。リグの先王は『地球に帰る道があるかもしれない』という言葉で二人を引き止めたかったのかもしれず、実際、二人はリグに留まる事を決めたのだ。
 その後、剣の修行にも励むようになったモニカはそちらでも類稀なる才能を開花させ、正騎士の地位にまで上り詰め、‥‥今日に至る。
「雅也がいなくなったのは私が正式に正騎士となる事が決まった夜だ」
「モニカさんが自分の手から離れてしまうのが淋しかったのかな」
 ティオの言葉に、モニカは「判らない」と首を振る。
 ただ、彼とはそれきりだという言葉で話を終えた。
 冒険者達は考える。
 話を聞く限り、高遠雅也に古代文字や、それに類する言語を解読出来たとは思えず、ならば遺跡の解読のみが彼の残した石碑に書かれた言葉の意味を紐解く事には繋がらないような気がしてくる。
「遺跡には、ドラゴンオブレインボーの絵も描かれていたと言ったな」
「ああ」
 アルジャンの言葉に日向は頷き、ティオの耳が竜の名にピクッと動く。
「竜の長縁の遺跡と聞けばとんでもない物になるが‥‥果たして其処に地球とを繋ぐ特別製の月道が開かれたりするのだろうか‥‥」
 可能性の話に、モニカはやはり首を振る。仮に月道が開いたとして、雅也はどのようにしてそれを知ったのか‥‥モニカが突き止めたいのはそこだ。
「っと‥‥」
「大丈夫か?」
 躓きそうになったレインに手を貸すアルジャンは木霊に頼んで道に縦横無尽に広がる蔦に避けてもらい、横倒しになった丸太を前にして、シルバーや日向は女性陣に手を貸す。
「‥‥随分と暗くなってきたわね」
 もう冬になるというのに陽精霊の恵を遠ざける木枝の厚さを、瑠璃は硬い表情で見上げていた。
 地上を歩くにしても魔法の絨毯で移動したら楽ではないだろうかと考えたが、如何せん森の木々に挟まれた細い道だ。空からでは洞窟に辿り着けないかもしれないというモニカの懸念もあり、結局は徒歩での移動。人並み以上の体力を持つ冒険者達もそろそろ息が切れ始めた頃になって、ようやく其処が見えてくる。
「あれだ」
 無意識に早まる歩調。
 彼らは洞窟へ足を踏み入れた。





 洞窟の側面に、縦横無尽に広がる数多の文字。
「もっと勉強しておけば良かった‥‥っ」
 セトタ語と、精霊碑文、ジ・アースの言語を少々齧った程度のティオが思わず悔しげな声を出したのも頷けるほど、その量は半端ではなかった。
 シルバーがリヴィールマジックやクレバスセンサーを用いて洞窟内を一通り見て周り、遺跡内に魔力を感じるものや隠し通路など無い事を確認。その後の調査は分担作業だ。
「ティアイエルさん、アリシアさん、レインさんは精霊碑文を扱えるようですし、こちらのスクロールを手分けして使用しましょう」
 シルバーが差し出したのはリードセンテンスの巻物。これがあれば未知の言語も単語一つを読み解く事が出来る。たかが一つ、されど一つ。この洞窟内では貴重な一手だ。
 遺跡の古さ、文字が書かれた時代はいつ頃か。
 そんな事を考えながら、精霊碑文を中心に解読を開始したシルバー。描かれている絵を羊皮紙に写すアリシア。セトタ語に関しては髄一の知識を誇るレインは古代魔法語や、セトタ語以外のアトランティスの言語にも精通しており、自分の知る言語と、それ以外を見定めて仲間に知らせた。
「瑠璃さん、この辺りの言語って判断が付きますか?」
 声を掛けられた瑠璃は魔法の絨毯で洞窟の高い位置に書かれた文字を解読、または不明な言語を携帯電話の写真機能で撮影していたが、レインの呼び掛けに応じて下降する。
「これは‥‥ロシア語、かしら」
「ロシア、ですか?」
「地球に居た頃は航空会社に勤めていたからいろんな文字を見た事があるの。読めるのはほんの少しだけれど、何処の文字かくらいは判断がつくわ」
 問題は、それが地球のロシアなのか、ジ・アースのキエフなのか。
「ロシア語の読める人がいないっていうのも奇妙なものね」
 これだけ多種多様な言語知識の保持者が揃っているのに、と。紅子が自嘲気味な笑みを零した。

 どうしても解読不可なものは瑠璃の撮影やアリシアの拓本、アルジャンの複写によって調査を後日に回し、判読可能なものから読み進める。暗い洞窟を照らす力になる精霊がいれば、絵に描かれた眷属の姿に理由が判らないまでも懐かしさを感じる精霊がいる。
 休みを取る際には、ありきたりの保存食では味気ないからとレインが紅子から習って料理に一手間加え、あと僅かしかないかもしれない友との会話を楽しむ。
 そんなふうにして、最初の調査機関は終了の時を迎えようとしていた。

「妙ですね」
 以前にも月道のある遺跡を調べた経験のあるシルバーは、アルジャンが特に注意していた文字と絵の配置を確認しながら妙な違和感を覚え、他の面々も、各自でメモしていった文字の解読文章を読むにつれて眉間の皺を深くする。
 此処には、本当に地球に繋がる月道があるのだろうか‥‥?
 どうにも不可解な内容を何度も読み返す内、紅子は隣に並ぶ日向に声を掛けた。
「‥‥日向さんは、地球に帰りたい?」
「――なんだ、急に」
「私は、私の居場所は、もう決まっているから、何処へでも大丈夫、‥‥だけれど」
 語尾へ進むにつれて細く、震える紅子の言葉に、日向の表情も硬くなる。地球への帰路は、往路と違い無差別ではないらしく、その意味する所を考えれば、見えてくるのは――。

 冒険者達は拳を握り締めた。
 判読不能だった文書を写した羊皮紙を、その手に抱えて。