【帰郷】月の精霊が繋ぐもの
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月10日〜01月15日
リプレイ公開日:2010年01月19日
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●オープニング
● 独白
俺にとっての君がどんなに大切な存在だったのか、君は知らない。
だが、それで良いと思うんだ。
俺は俺の果たすべき役目を果たしただけ。世界が『正しく』動くために必要なことなら‥‥いや、違う。君が『幸せ』になるために必要なことなら、それが俺にとっての正しい選択だったってことなんだ。
だから、モニカ。
俺は君の前から姿を消すけれど、決して悲しんではいけないよ。この世界が君を必要とし、君を幸せに導くなら、俺は俺の幸せを見つけに新たな旅に出るだけさ。
大丈夫。
世界は違えど、俺達が一緒に過ごした時間、得た絆。思い出と言う名の記憶がある限り、俺達は――だ。
● そして迎えた新年
「――‥‥、‥‥殿」
どこか遠くから声がして、滝日向(ez1155)は暗闇に沈む視界に目を凝らす。
誰だ。
何を言っている。
「‥‥殿‥‥起きてください、日向殿」
自分の名を呼んでいる、と気付くと同時にふわりと頬に触れた柔らかな感触は、長い髪。起きて下さいと言われるからには自分は寝ていたのか。
(「‥‥敬語‥‥?」)
妙だな、と思う。
寝ている自分の傍に居てくれる相手など非常に限られている。その誰もが自分相手に敬語を使うとは思えない。しかも、頬に触れる髪が。
「‥‥?」
手を伸ばし、触れる髪に指を絡めれば長く艶やかな手触りに緩やかな曲線。そうなると思い浮かぶ面影はたった一人で、日向はまだ半分寝惚けながらも口元を緩ませた。
「何だ‥‥どうし、た――」
そうして髪を引き寄せ、近付く二人。と、今度は明らかな違和感を覚えて目を開けた日向は、真正面に浮かぶ青い瞳と遭遇してハッとする。
「なっ‥‥!?」
誰だ、と思うより早く身を引いた瞬間に、重力が彼を後方に転がした。
「痛っ! なっ‥‥」
派手な音を立てて日向を落とし転がったのは木製の椅子。その拍子に彼の手元から滑り落ちた固形物がゴンッとその頭上を直撃。
「〜〜〜っ」
寝起き早々のあんまりな痛みに涙まで浮かべながら顔を上げた日向は、ようやく覚醒した頭で辺りを見渡した。
此処はウィルの王宮図書館。
日向は椅子に座ったまま卓に突っ伏して寝てしまっていたらしく、そんな彼を起こしに来たのは。
「あんたかよ‥‥」
がっくりと肩を落とす日向の態度は、心配して起こしてくれた相手にしてみれば随分と失礼なものだったのに、当の本人エリスン・グラッドリー(ez0144)は素直に「失礼しました」と謝る。
「せっかくお休みになられていたのに、起こしてしまいましたね」なんてかえって恐縮されてしまっては、日向の良心も痛もうというもの。
「いや、すまん。悪いのは俺だよな‥‥どれくらい寝てた? もう閉館時間か?」
「いえ」
自分も本を読み出せば時間を忘れて読み耽り、気付けば朝だったなんて事も少なくない。今日もその流れでこの時間だったため、閉館時間については気にしなくてよかったのだけれど。
「ただ、新年を迎えてしまいましたので、せめてそのお知らせをと」
「‥‥は?」
日向は思わず聞き返し、エリスンはマイペースに微笑む。
「新年ですよ、精霊歴一〇四五年の始まりです」
例のリグの遺跡で解読出来なかった文字を図書館で調べるようになってそろそろ一月。今日も今日とてその作業に追われていたのだが、まさか新年の幕開けにすら気付かずに寝入ってしまっていたとは。
「‥‥まぁ、別に除夜の鐘が聴こえるわけでもなけりゃ、年越し蕎麦が出るわけでもないが‥‥」
いくら温暖な気候とはいえ辺りを吹き抜ける冷たい風に、日向は上着の襟に首を縮める。何というか淋しい年越しになってしまったものだ。
「これで収穫でもありゃ、まだ、な‥‥」
無造作にポケットに突っ込んである羊皮紙の束を手に息を吐く。
あの日、言語能力に長けた仲間の助けもあって解読出来た遺跡の碑文、そのほとんどが自分の故郷で言うところのギリシャ神話や御伽噺のような絵空事ばかり。こうして現地では解読出来なかった部分を古くからの資料を元に調べてみても信憑性の欠ける内容ばかりだ。
一般には非公開の資料を紐解く事が出来ればまた違った答えも得られるかもしれないが、遺跡の情報そのものがなるべく表沙汰に出来ない以上は申請もし難い。
「ま、そんな重要な文献を調べるに値する内容とも思えんしな‥‥」
呟き、手に取った資料を再びポケットに戻した。
例えば竜の長と呼ばれるドラゴン・オブ・レインボウは遙か遠く異界の地より救世主を召喚してカオスの魔物との戦に勝利した、という一文があった。その辺りは史実と重なる部分も無いでは無いが、かといって竜の長が絡んだという証はどこにもない。人智を超えた行いはこの世界を支える竜の御業であるという、天界で言うところの神話に近く、他の文章もそんな内容ばかりなのだ。ワルキューレは愛しい男を戦で亡くし戦姫となったが、その闘志は他に悲しい恋人達を増やさないためという切ない内容のものもあれば、シェルドラゴンがあのような姿であるのは水域の派遣を争って喧嘩ばかりしている竜と亀に、竜の長が怒って互いを思いやるよう罰を与えたからだといった教訓めいたものまで様々。これを解読したから地球に帰れたとはとても思えない内容ばかりだ。
中には、歌や踊りが大好きな月の精霊達は、様々な土地の様々な宴を見て回りたくて月道を開いたのだ、なんて嘘くさい話まで。
「‥‥宴、か」
日向はぽつりと呟いた。
賑やかしいのが月の精霊を招き、ひいては月道を開くきっかけになるのなら宴会を開いてみるのも良いのではないかと。
「忘年会もやってないし‥‥新年会のノリでやってみるか」
せっかくだから月の精霊を喜ばせられるよう、作戦を練って。
あの遺跡に何らかの変化を来せるなら。
「‥‥よし」
そうして日向は、前回の調査を手伝ってくれた面々を含め宴の参加者を募集する内容の依頼をギルドに出すのだった。
●リプレイ本文
●
ウィルからリグへ移動する船の中。
「とりあえず月道絡みだが、今回はある意味『普通の』アルテイラを呼べば良いって認識で良いのかね」
いや、セレネやマリンといった馴染みの月精霊が普通でないというわけではなくと誰ともなしに付け加えた陸奥勇人(ea3329)が周囲を見渡し、依頼主となるモニカ・クレーシェル、そして日向を見遣った。モニカの反応は普段以上に薄かったが、日向の方は失笑交じりに肩を竦める。
「そう言うことになるか?」
言い、チラと華岡紅子(eb4412)の様子を伺う。年越しのその瞬間に図書室に篭もっていた日向のマヌケっ振りに些か表情の固かった彼女だが、フィニィ・フォルテン(ea9114)やヴァジェト・バヌー(ec6589)といった音楽のスペシャリストが練習を兼ねて奏でる旋律に心癒された様子。日向の視線に小さな息を一つ吐くと、彼の隣に移動して腰を下ろした。
「‥‥どうにも謎な事ばっかりだが、まぁ、何とかなるさ」
勇人にそう返しながら、ようやく隣に戻って来てくれた紅子の手を握る。悪かった、という思いを込めて。
そんな日向と紅子を視界の端に小さく笑ったアルジャン・クロウリィ(eb5814)は、自分と同じくほっとした様子で笑むレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)を見つめた後で言った。
「月の精霊が司ると言うのは過去・精神・音楽・陰‥‥恋愛事を好むものも、いるらしい。‥‥とすれば、僕らの出番だろうか。なぁ、日向?」
からかうような口調は親愛の証。その胸中には別れも間近であるのかもしれないという一抹の淋しさも確かに存在していたが、そんな空気を一蹴する勢いでティアイエル・エルトファーム(ea0324)が声を上げる。
「調査のためだけど、精霊さん達に会えるのは楽しみっ。宴とか賑やかな場は好きだったりするんだよね♪」
「私も歌う事が大好きですから‥‥リュミィと一緒に、精霊さんのために一生懸命に歌わせて頂きます」
フィニィが告げれば、ヴァジェトも。
「精一杯努めさせて頂きます」
丁寧に頭を下げる彼女に「固くなるなよ」と勇人が微笑った。一方でシルバー・ストーム(ea3651)とアリシア・ルクレチア(ea5513)は今回も引き続き洞窟の調査を進めるつもりでいる。歌や楽器、踊りは得意ではないというのが主な理由だが、調査を進めることで明かされる謎はきっとあるはずだと考えたからだ。冒険者達の様々な思いを乗せながら国境を越える船の行く先は、無言で佇むモニカの視線の先――。
●
現地に到着したなら、まずは準備。茣蓙を敷き、卓を準備し、持ち寄った飲食物を見た目も鮮やかに並べて行く。また、今回ゲストで呼ばれたのは月姫セレネだ。ウィルの分国セレに滞在しているアルテイラは親愛なる者の呼び掛けに応えて此処に姿を現し、今はとても楽しそうに壁に描かれた絵や文字に目を走らせている。
『まぁ』
時折鈴のように軽やかな笑いが零れる。そんな彼女の様子を見ていて、紅子は思う。月道とは直接関係が無さそうな遺跡の碑文。
「ひょっとしたら月精霊を楽しませるためのものだったりして?」
「そう、かもしれないな」
紅子の呟きにはアルジャンが考え込む。
「チキュウには考えるよりも感じるといった武術の思想があるらしいし、遺跡の文字にも別の意味があるというわけではなく、ただ精霊や竜を讃えるだけなのやも‥‥」
高遠雅也が地球に帰還していたのだとして、その方法をどのように見出したのか。碑文を解読したからという予測も勿論立てられるが、そうではなく精霊との関りを得て教えてもらったという事も充分に考えられる。それこそ、今こうして自分達がやろうとしている宴のように。
「‥‥ありえますわね」
短い沈黙を経て声を発したアリシアは、遺跡に目を細めて続けた。
「遺跡に書かれた様々な物語と精霊さん達が無関係とは到底思えませんもの。あの碑文は人間達のためじゃなく、精霊さん達のためのものじゃないかしら。だって、思い出してみて下さい」
そうしてアリシアが示すのは遺跡の碑文に夢中になっているセレネ。彼女は長く境界の狭間に封じられていたものの、それ以前は各国を回っていたと言うし、旅の魔法使いマリン・マリンも同様だ。神話、伝承、御伽噺、叙事詩、各国の特色ある話しを楽しそうに聞いている彼女達の表情や、旅癖を見ると一つの仮説が成り立つ。
「月道を繋げて異界へ行く、或いは異界を渡る内に物語が好きになった精霊達のための、この遺跡‥‥」
「その可能性が高いですね」
これまで静かに仲間の話を聞いていたシルバーは、以前にも遺跡の探索は行なった事があるがと前置きした上で、此処は安全すぎると語る。
「罠の一つも存在せず、規則性も法則性もなく、ただ無造作に並べ描かれている絵と文章‥‥何かを隠すにはあまりにも不向きです」
では、何のために?
「それを確かめる為の今回の宴、だろ?」
勇人が言い、同伴した精霊娘の頭を撫でる。
「俺達は俺達で、以前にセレネを呼び戻すための宴を催した。その時の経験から言えばこっちが心の底から楽しんでやらねぇと、精霊に上手い事伝わってくれないぜ?」
難しい顔をしていては徒労に終わってしまう事も充分に有り得る。
「だから気負わずに行こうぜ。悠陽、凪沙、おまえ達も一緒にやろう。歌うのでも踊るのでも良いぜ」
『ぜ♪』
にっこりと微笑む精霊娘達に、レインも表情を綻ばせる。
「フィリアさんも、アリスさん、アルテミシアさんと一緒に、楽しんで下さいね」
夫婦揃って同伴した精霊達は勿論楽しむつもりでいる。
『精霊はとても繊細で敏感なの。だから、微笑って』
川姫の言葉にレインは頷くけれど、次第にその瞳が潤んでくるのは近付く別れをどうしても予感してしまうからだ。
「レイン」
夫、アルジャンに肩を抱き寄せられて何度も頷く。大丈夫、ちゃんと楽しむ。それが大好きな友人達のためになるのなら――。
「準備出来たよー!」
少し離れた場所で演奏するメンバーのための席を設けていたティアイエルが手を振る。リュミィに周囲を照らして貰いながら準備を手伝っていたフィニィも、衣装を着替え終えて踊る準備万端のヴァジェトも、気持ちは一つ。
「では、参りましょうか」
アリシアに促されて移動を始める面々の中、先刻のレインを見つめたまま手を止めているモニカに気付いた紅子は、彼女に歩み寄ると小声で話し掛けた。それはずっと抱いていた疑問でもある。
「出来る限りの協力はするけれど、‥‥貴女はどうしたいの?」
「どう、とは」
「高遠さんの行方が判ればそれで良いのか、それとも地球に繋がる月道が本当にあるのだとして、それをどうにかしたいのか」
聞くともなしに二人の会話が聞こえていたアルジャンも思わず彼女に視線を注ぎ、その返答を待った。‥‥待って、ただ静かに待ち続けて。長かったのか、短かったのかも不明な沈黙の後で届いた言葉は「判らない」だった。
「何をしたいのか、明確なものは判らない。雅也の行方も、知った所でどうしたいかなど‥‥ただ、地球へ繋がる月道が本当に存在するのだとしたら、私はそれを‥‥絶ちたいと思う」
「絶つ、のか」
目を瞠る紅子と、思わず聞き返したアルジャン。モニカは頷く。
「私はあちらに‥‥地球に帰るつもりはない。此処で王に剣を捧げ、国のために生きると誓った。それが民への償いになると信じたからだ。だが、あちらへの‥‥故郷への思慕が消えたわけでもない」
かと言って月道を断つのも帰路を絶つ事で自分を此処に縛り付けたいという意味ではなく。
「月道があれば、必ずそれを狙う争いがこの世界で起きる」
ましてやカオスの魔物がそれを見つけ地球に侵攻したとしたなら、どうだろう。何も知らないあの世界はあっという間に闇に呑み込まれてしまう。それだけは絶対に避けなければならないし、ましてや、その月道がこの地にあるのだとしたなら即刻消し去ってしまいたい。
「私はこの世界に‥‥」
リグという、この国に。
「もう争いを起こさせたくは無いのだ」
言い切る彼女に言葉のない冒険者達。モニカは苦笑う。
「‥‥情が薄いと呆れるか。それでもいい。だが今の私には故郷で私の帰りを待っているかもしれない家族よりも」
誰かの帰りを待つ見知らぬ他人よりも。
「この国の民が大切だ」
迷いのないその瞳を、アルジャンは。
紅子は。
「‥‥行きましょう」
背を押す手の、温かさ。
そして日向は苦笑交じりに呟く。
「あれば絶つ、か‥‥」
誰にも聴こえぬくらいの微かな響きは、感情の全てを押し隠して紡がれた。
●
今、私達は貴方の光に抱かれ
眠りの中で夢をみます
貴方は夜
全てを慈しむ母なる光――
ティアイエルとアルジャンのオカリナ、勇人の笛、紅子の竪琴。フィニィの歌と、ヴァジェトの舞。腕は拙くとも気持ちで奏でる楽の音はとても優しく。月精霊達が見守る夜空の下、火精霊の恵でもある焚き火の周りで催されるささやかな宴は、最初こそどこかしんみりとした空気が漂っていたものの、ある事をきっかけに緩やかに変化していった。
そのきっかけというのが、香炉だ。
カタカタカタカタ‥‥と断続的に続く物音に気付いたのは当然と言うべきかそれを所持していたシルバーだ。
「どうかしたんですか?」と観客に回っていたレインに声を掛けられて、仕方なく香炉を取り出す。
「あ、ヴィントさん」
何度か依頼を一緒していれば名前も覚えようというもの。そんなレインの肩越しに同じく香炉を見遣った川姫のフィリアが『一緒にどう?』なんて声を掛ければ更に振動が大きくなる。
「‥‥仕方ありませんね」
シルバーが溜息一つ、ジニールの出現を許可したなら香炉の蓋を避ける勢いで立ち昇る煙幕。
「わっ」
驚いた奏者が楽の音を止め、ヴァジェトの舞もアンクレットベルに弾くような音を鳴らせて止まる。
『さすがに大きいわね』
フィリアが感心したように呟く一方、セレネは楽しげに微笑った。
『ジニールまで一緒だなんて、なんて豪華な顔触れでしょう』
『やぁっと出れた! ひどいぜシルバーっ、長い付き合いだってのに俺だけ除け者かよ! 俺だって一緒に楽しみたいのによ!』
『あら、仕方ないわ。貴方だと体が大き過ぎて一緒に踊れないもの』
『そうなのか!?』
「っ」
川姫の言葉に大きく反応したジニール、ぐるりと回転してシルバーに詰め寄った。体が四メートルもあれば顔だって相応に大きくて、思わず後ずさったシルバーが珍しく動揺したように見えた勇人は笑いを零し、笑いを誘えた事が嬉しかったらしい川姫は更に言い募る。
『それをシルバーさんに聞くのは間違っているわ、貴方が大きいのは貴方の責任。自分で小さくなれるように努力したら良いと思うの』
『責任!? 努力!? それってどうやるんだ!』
『例えば香炉に入れるサイズで外に出てくるとか‥‥』
「フィリアさんっ」
幾ら何でもからかい過ぎだと川姫に言いそうになるレインだが。
『判ったぞ!』なんて言いながら香炉に飛び込んだジニールが手乗りサイズの香炉の、炉から顔を出して満足顔。
『これでどうだ!』と威張るから一同絶句。
「‥‥ふっ」
次いで吹き出せば『なんで!?』とヴィントから飛ぶ驚きの声。
「フィリア嬢、からかい過ぎだよ」
『あら、だって面白いんだもの』
こちらもやはり笑いながらアルジャンが言い、川姫があっさりと応じる。さすがは時に人を試す事もある水精霊。なかなか良い性格をしていた。
『俺からかわれたの!? 面白い!? 騙された!?』
「‥‥貴方が騙され易過ぎるんですよ‥‥」
こめかみを抑えて何かを辛抱しているらしいシルバーはともかく、辺りには楽しげな笑い声が広がっていった。人が笑い、精霊が笑い。風がそよぎ火を揺らす。
『まぁ‥‥』
セレネが空を見上げれば星の瞬きが近付いていた――否、それはこのアトランティスにおいては月精霊達の集い。更には赤い光り、緑の光り。数多の精霊達が楽しげな雰囲気につられて舞い降りる。
『皆で踊りましょうか』
『手を繋いで』
フィリアの提案に、セレネが手を伸ばす。
小さなヴィントと手を繋ぎ、無数に輝く空の精霊達に呼び掛ける。
『踊ろ』
『踊ろ♪』
「ああ、おまえ達も行って来い」
「楽しんでおいで」
悠陽、凪沙、アリスにアルテミシア。娘達を送り出す冒険者。
「モニカさんは歌うのと踊るの、どっちがお好みかしら」
「私が?」
紅子に誘われたモニカは驚くも、応えるより早くレインに手を握られる。
「踊りましょう! アリシアさんも!」
「あら、ですがわたくしは踊りや歌といったことは‥‥」
「大丈夫ですよ、楽しければ!」
精霊達と一緒に。
「ティオいっきまーす!」
全身に緑系統の輝きを纏った後で、彼女の腕の中の人形が歌い出す。ヴァジェトの紡いだ詩を、先ほどよりもずっとアップテンポに、楽しく。エルノーと一緒に笑い合う。
「リュミィ」
『ん♪』
フィニィが陽精霊と輪唱する。
感謝の気持ちと、願いを込めて。
どうかこれからも一緒に。
ずっと、一緒に。
貴方が道を作り
夜を守るこの地で
私達は出会いました
夜雲の間からのぞく優しい光は
私達を導く一条の道
母なる輝き
気付けば辺りは精霊達の放つ光りで仄かに明るく、彼らの宴を果たしてどれだけの精霊達が楽しんだのかは知る由もない。
ただ、その中に興味深い内容を語る精霊がいた。モニカに聞いた高遠雅也の特徴を伝えながら見覚えはないかと尋ねた紅子に、複数の精霊達が知っていると応えたのだ。
『きえたの』
『とつぜんきえたの』
「それは月道で、ということ?」
重ねる問い掛けに精霊達は顔を見合わせ『知らない』を繰り返す。
『でも、きえたの』
『からだがひかって、きえたの』
「体が?」
『やくめ、はたしたって』
『もにか、せいきしにできたって』
紡がれた名前に冒険者達の視線は彼女を――モニカを捕らえる。彼女を正騎士に出来たと告げて消えた高遠雅也。
役目を果たした、と。
「つまりモニカさんを正騎士にする事が高遠さんの役目だった‥‥?」
紅子が確認を兼ねて言葉にしたそれが、日向の混乱した思考回路に一筋の道を見出させた。
突如として消えた自分の存在にモニカが戸惑うのは高遠雅也も判っていたはず。現にこうして他所者の力まで借りて謎を解き明かそうとしているモニカが、声を掛けたのが日向だったのは何故だ。
(「巡り会わせ‥‥」)
縁が、あったから。
冒険者という存在あっての繋がりが生んだ、いまが。
だとしたら『自分の役目』は――。
「っ」
不意に熱くなる胸の内。
ふらりと揺れた視界が一瞬にして遠ざかる。
(「待て‥‥っ」)
思わず、叫ぶ。
「まだだ!!」
「!?」
叫んだ日向に、周囲が驚きの目を向けていた。
呆然とする彼に最初に声を掛けてきたのはアルジャン。
「どうした?」
「‥‥いや‥‥」
どうしたのか、そんな事は自分が知りたい。
判った事は一つ。
――道が、見えたんだ。