【帰郷】それは約束の果てに

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 88 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜02月03日

リプレイ公開日:2010年02月19日

●オープニング

 あの、一瞬。
 共に遺跡で月の精霊を招く宴を催した冒険者が発した一言に日向の胸の内で何かが熱く輝いたように思えたのは、果たして錯覚だったのだろうか。
(「‥‥いや、違う‥‥俺は呼ばれた‥‥」)
 それは何に。
 ‥‥誰に?
(「俺は‥‥」)
 ウィルに戻って来てからも日向の胸の内に燻る熱は、もう、誤魔化しようがない。その行き着く先には懐かしい世界が在る。

 手が、届く。



「日向君!」
「っ」
 不意に背後から声を掛けられ、驚いて振り返れば同じ地球出身の彩鈴かえでが不思議そうな顔で自分を見上げていた。‥‥そうだ、彼女も同じ故郷を持つ身。ましてや自分よりもよほど長くこの世界にいる少女。
「どしたのさ、日向君。あっちからずっと見てたけど、全然動かないで難しい顔しちゃって。らしくないよ?」
 きょとんと小首を傾げる彼女に、何故か日向の胸は締め付けられる。
「‥‥かえで」
「ん?」
「おまえ、さ‥‥」
 言いたいのに、言えない言葉。
 躊躇う問いかけ。
 かえで、おまえは地球に帰りたいとは思わないか。
 あの世界で待つ家族や、友人達に会いたくはないかと――。
「?? 日向君‥‥ほんとにどうしちゃったの?」
「いや‥‥」
 日向は首を振り、言葉を探す。そうしてしばらく逡巡している彼をかえでは酷く不満そうに眺めていたけれど、それでも辛抱強く待ったのは、こういう日向が珍しいからだ。普段からは考えられない態度だからこそ、彼が何か大切な事を聞こうとしているのだと判る。
 だから、待つ。
 そうしてようやく声になる問いかけ。
「かえで‥‥おまえ、もしもこのまま、アトランティスに永住なんて事になっても‥‥」
 それでも良いかと最後まで声にならなかった言葉は、しかし、ちゃんと届く。
「構わないよ」
 かえでは笑った。
 ‥‥楽しげに。
「だって、もうこっちにも大好きな友達いっぱいだもん♪」
 友達だけじゃなく、近所の人、知り合った人、関って来てくれた人。あの世界の、そういう人達を懐かしむ気持ちはもちろんあるけれど、だからといって此方の世界の皆を捨てられるかと問われれば答えは否だ。
「帰る時も、こっちに呼ばれた時と同じみたいに問答無用だったら仕方ないけど、でも自分で選べるんだとしたら、あたしはもう失くさない。そう決めたの」
「かえで‥‥」
「あたしはアトランティスに骨を埋めるよ!」
 握り拳で、ガッツポーズ。
 そんな動作で宣言する台詞だろうか、それが。
「‥‥おまえって奴は‥‥」
 日向は苦笑する。もう、笑うしかなかった。
「そっか‥‥そうだな」
 だから決めた、終わらせる事を。
「‥‥俺はもう一度リグの国に行って来る」
「ん? そうなんだ? 行ってらっしゃい」
「だからな、‥‥悪いんだが一つ頼まれてくれるか?」
「??」
 目を丸くするかえでの耳元へ素早く囁いた頼み事に、一瞬の間を置いて女子高生が叫んだ。
「えっ、何っ! それってつまりそう言うことだよね!? 用意するのそれだけでいいの!? いっそのこときょっ」
「デカイ声を出すな!」
「むぐっ」
 口元を抑えられた女子高生は、けれど目が輝いていて。
 一方で日向の頬はうっすらと赤く染まっていて。

 日向は決めた。
 故郷へ続く道を胸に宿し、いま再びリグへ向かう事を。
 そんな彼の移動手段は自前になる事もあり、日向は再び冒険者ギルドに足を運び一枚の依頼書を張り出してもらう事にした。
 共にリグまで行ってくれる仲間を募集。
 その意図は、あの遺跡の謎の答えを伝えるため――。
 

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb5814 アルジャン・クロウリィ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文


 ウィルの国からリグの国へ。
 各々の馬や空飛ぶ絨毯等で移動する彼らを取り巻く空気は何処か余所余所しく沈んでいるように感じられる。
(「‥‥日向さん、チキュウに帰っちゃうのかな、帰りたいのかな‥‥」)
 ティアイエル・エルトファーム(ea0324)がそれを懸念して俯くのも。
(「これが日向さんと取り組む最後の依頼に‥‥なっちゃうんでしょうか‥‥」)
 レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)が無意識に瞳を潤ませてしまうのも理由は一つ。日向がギルドで同行者を募集していた理由が件の遺跡の謎の『答え』を依頼主であるモニカに伝えるためだと言うからで。
(「答えが判ったら‥‥日向さん達はチキュウに帰れるんでしょうけれど‥‥でも、故郷に帰ってしまうんでしょうか、本当に‥‥?」)
 空を行くレインは、絨毯の下方を馬で移動する滝日向を見つめながら胸中に問い掛けると同時、その視線を、隣を蒙古馬で並走する華岡紅子(eb4412)に注ぐ。
(「‥‥だとしたら‥‥やっぱり、紅子さんも一緒‥‥ですよね?」)
 そう思うと胸が締め付けられるように痛い。大切な友達が一度に二人も失われるかもしれない、なんて。
(「チキュウから来た人達は一度戻ったら二度と戻ってこられなくなるのかな‥‥だとしたら寂しい‥‥」)
 こちらも瞳をうるうるとさせ始めるティアイエルが馬上で目元を拭うのを見ていたアルジャン・クロウリィ(eb5814)は誰にも気付かれぬよう浅い息を吐くと、同じ絨毯に座る妻――レインの肩を抱いた。
 言葉は、なく。
 それはシルバー・ストーム(ea3651)も同じ。
 此処まで関ったからには最後まで見届けるつもりで、そこには私情など欠片もなかった。日向が何も話そうとしないのなら、そこには何かしらの理由があって然るべきだろうから無理に聞くつもりも毛頭なかったけれど、それは同時にこの場の全員の思いを汲んでいるからでもあっただろう。
 一向はリグへ向かう。
 不安と、切なさと。
(「日向さん‥‥」)
 そのどれでもない想いを紅子に抱かせながら――。



 移動手段に馬がいる以上は途中で休憩を取る事は必須。水場の近くにテントを張り、食事の準備をし、薪を拾い歩き。夜間の安全を確保出来るよう個々が行動する。
「馬達には結構な負担だよな‥‥」
 定期的に休息を取っているとはいえリグに向けて急ぐ冒険者達に文句の一つも言わず走り続けている馬の背を撫でてやりながら日向が言うと、馬達の食事のために持って来ていた飼い葉を与えていたレインは馬達の様子を注意深く見る。
「‥‥でも、食欲が落ちたりしている子はいないみたいですし‥‥まだ大丈夫ですよ」
「そっか」
 動物知識に長けた少女の言葉を信じて笑む日向へ、それでも心配ならばと声を発するのはシルバー。
「乗り心地は保証しませんがヴィントに頼めば一人二人は運んでもらえると思いますよ」
『え〜〜っ?』
 同時に、シルバーの後方を浮遊していたヴィント本人が上げる嫌そうな声。
『そりゃ命令なら仕方ないけど運ぶならシルバーだけがいいぞ!』
『あら』
 これに低い声を発したのはレインの後方を浮遊していたフィリアだ。
『貴方に拒否権があると思っているの?』
『‥‥っ』
 どこかわざとらしい視線と声音に誰もがからかっているのだと察するが、からわかれている本人がそれに気付かないのだから仕方ない。
『俺は‥‥俺はっ、シルバーしか乗せたくないんだーーーっ!』
 叫んで香炉に飛び込み姿を消す精霊に、愛されまくりのシルバーはこめかみを押さえて溜息。レインと日向は失笑した。
「フィリアさん、いじめちゃダメですよ?」
『あら、だって面白いんだものあの子』
「まったく‥‥」
 くすくすと笑う川姫と、香炉の中でいじけているジニールを交互に見遣ったシルバーは近頃日増しに感じる疑問をフィリアクアに向けた。
「精霊というのは高位の精霊に成長すると体だけでなく精神的にも成長するものだと思っていましたが‥‥ヴィント以外もこんな感じなのでしょうか‥‥」
 フィリアは肩を竦める。
『私も最初は小さなエレメンタラーフェアリーだったはずだけれど、それはもうずっと昔の話‥‥貴方達が生まれる何百年も前にはフィディエルと呼ばれるようになっていたわ』
 けれどヴィントは生まれたばかりに近い頃からシルバーと共に過ごし、その成長速度は自然な成長を果たす精霊達に比べれば急ぎ足とも取れるほどに早かった。
『体が大きくなれば心も勝手に成長するだなんて、人間だってそんな事はないでしょう? 私から見ればあの子がどんなに高位のジニールだって子供にしか見えないもの』
 心の成長に必要なのは時間と経験。
『貴方が育ててあげれば良いのよ』
「じゃあシルバーさんはヴィントさんのお父さんですね」
「未婚の父か、大変そうだが頑張れ」
 無邪気に微笑むレインと、からかうように言う日向へ、シルバーが返したのは大きな溜息。場には明るい笑い声が広がった。


 そんな光景に、火の番をしていたアルジャンと紅子が肩を竦めて苦笑い合う。
「レインちゃんが笑ってくれて良かったわ」
「ああ」
 傍にいたティアイエルも表情を綻ばせ、‥‥しかし、こちらはすぐにそれまで話し合っていた疑問点に話題を戻す。
「うーん‥‥ってことは『役目』って‥‥こちらの世界と自身を繋ぐ強い思い‥‥?」
 あの宴の夜に精霊達が語って聞かせてくれた事を思い出しながらティアイエルは難しい顔をする。
 突然消えたという彼が真実、チキュウに帰ったのだとしたら。
 体が光ってそれきりだったと言うのであれば、かの世界と此方の世界を繋ぐ月道は人の心の中に在るとも考えられる。そこに月精霊の力が働く事により『道』が開かれると言ったように、心が関係しているとは考えられないだろうか。
「‥‥でも、それだと‥‥」
 紅子は呟き、その表情に陰りを見せる。
「地球から私達が召喚される理由はこの世界に『役目』があるからだというような話は、私もずっと以前から聞いていたわ‥‥あの精霊達の話から想像出来るのは、高遠さんの役目はモニカさんを正騎士にする事だったんじゃないかしら‥‥と、言う事」
「帰還するきっかけは『役目を果たした』という確信、か」
 アルジャンも己の考えを口にするが、これという確信は皆無に近い。
 例えば高遠雅也が、自分がどうすべきかをあの遺跡で知ったとして、何がきっかけだったのだろうか。そう思うと、あの宴の夜に「まだだ」と叫んだ日向の姿が思い出された。
 彼は、何を「まだ」と叫んだのだろう。
(「‥‥得た答えを『モニカにだけ』伝えるつもりなのか‥‥?」)
 アルジャンは日向の姿を見遣り胸中に問いかける。
(「少なくとももう一人いるだろう‥‥?」)
 その視線を紅子に移せば、彼女も日向を見つめている。
(「‥‥日向さんはあの時、何を見たの‥‥?」)
 もしも自分の推測が正しかったとしたなら、きっと日向と紅子の『役目』は違う。一緒に地球に帰れるとは限らない。
 だとしたら、この先にあるのは――。

 不安が胸中に渦を巻きながらも、日向の方が話をする事を避けているせいで追求する事も叶わないまま過ぎる時間。
 ウィルを出発して一週間。
 彼らはリグの首都、リグリーンに辿り着いた。



 事情が事情だった事もあり、彼らは大した時間を掛ける事もなくモニカと会う段取りを付ける事が出来た。そうしていざ面会という時分になって日向から告げられたのは、彼女とは自分一人で話をするから冒険者達には此処で待っていて欲しいという信じられない台詞。
「どういうつもりだ」とアルジャンが低い声で詰め寄ったのも当然の事だった。
「どういうも何も、‥‥協力者を募る事は俺に一任してくれたが、元々は内密に頼まれた遺跡の調査だ。答えは依頼主であるモニカに説明してから、彼女の判断を仰いだ上で皆にも伝えるのが筋ってもんだろう」
「でもっ」
 正論に聞こえる日向の答えに、しかしレインは食い下がった。
「‥‥でも、その答えが重要であればあるだけ、日向さんは本当の事を私達に隠しませんか‥‥?」
 隠す、と。
 その言葉に日向の目が瞠られる。だからレインは。
「‥‥っ、私達だって日向さんや紅子さんがいつかいなくなってしまうかもしれないこと、寂しいし、不安だし、怖かったりもするんです! 本当に帰っちゃうんだとしても‥‥それでも、せめてそのきっかけくらい日向さんが察せられたんだとしたら、教えてください‥‥っ」
 でなきゃ泣きますよ、と。既に潤んでいる瞳で訴えられれば説得力も増すというもの。
「あー‥‥ったく、泣くな」
 日向は頭を掻き乱す。
「いいか? 俺は確かにその答えらしきものは手にしたし、‥‥たぶん、帰ろうと思えば帰れるんだと思う。けど‥‥今の時点で帰れるのは‥‥」
 言葉の途中で紅子に視線を留め、彼は告げる。
「俺一人だ」
「そんなの絶対にダメですよ!? 帰っちゃうんだとしても紅子さんは‥‥っ」
「チキュウに帰るのは‥‥寂しくなるし、レインも悲しむが、仕方が無い。だが、な」
 息を呑み、咄嗟の言葉が出ない紅子に代わるようにレインとアルジャンが詰め寄る。
「紅子も一緒に連れて行くんだ。でなければ僕は許さないぞ」
 静かな怒りを湛えたアルジャンの瞳に、思わず一歩後退しつつも呆れる日向。
「ったく、人の話を最後まで聞け似たもの夫婦!」
 言い返した日向は深呼吸を一度、そうしてはっきりと告げる。
「俺は地球に帰るつもりはない。‥‥どうしても、ウィルに戻らないとならない理由もあるし、な」
「日向さん‥‥」
 帰るつもりはないというその言葉に、冒険者達は一様に安堵の色をその表情に滲ませた。だが、それでも。
「‥‥私は何も知らないままは嫌よ? そんなのもう沢山」
 紅子は告げると日向の手を取った。
「日向さん一人だけが真実を背負っていくなんて‥‥。全部聞かせてちょうだい。貴方の喜びも、苦しみも、私のものにしちゃうわ。私の幸せは貴方と共にある事なんだから‥‥二人で、背負いましょう?」
 紅子の言葉に日向は空を仰ぎ、失笑と共に息を吐く。
「‥‥判った」
 日向は紅子の手を引き、仲間達を促し、モニカの待つ部屋へ向かい、――彼らは秘密を共有した。
 地球とアトランティスを繋ぐもの。
『役目』。

「俺達地球人がアトランティスに召喚される理由は人それぞれなんだろう。それは誰にも判らないし、判るのは自分一人だけ‥‥しかも役目が判るのは世界から消える時だ」
 それはつまり地球への道を誰かが支配する事も、制御する事も無いということ。
 何者かの手に堕ちる事も無い。
 故郷と地球人を繋ぐものは唯一つ、己の心だ。
「高遠雅也の役目は、あんたを正騎士にする事だった」
 目を瞠るモニカに、日向は頷く。
「何度も魔物に狙われながらこの国が生き永らえたのは、あんたが此処に居たって理由も大きい。この国が生きるために、世界があんたを必要としたんだ」
 見開かれる目に日向は言葉を重ねる。
「あんたの役目が何なのか、俺には判るようで‥‥確信はないけれど、この国に居たいと願う限り、あんたがこの世界から弾き出される事は無いと思う」
「ならば私は、この国のために生きられるか」
「あんたがそれを望むならな。‥‥俺がそう願ったように」
 日向の言葉に、モニカはようやく納得した。そして日向の役目が、此の事を密やかに冒険者達に伝える事だったのだろうという事も。
「そう、か」
 短い一言と共にその表情に浮かぶ笑みは今まで見た事が無かったほどに穏やかで、優しい微笑。
「あの遺跡は、どうかあのまま残しておいてね」
 遺跡そのものに地球とアトランティスを繋ぐ力はない。あの場所は精霊達を楽しませるためだけのもの。
 そう続ける紅子の頼みに、モニカは「わかった」と応じるのだった。



 帰路はモニカの計らいでリグからウィルまで船が出される事になった。あれだけ日数の掛かった馬での移動に比べれば船での移動はあっという間。船内で馬達も穏やかな時を過ごす。
 そうしてもう間もなく船がウィルに着陸するという頃になって「そういえば」と不思議そうな顔をしたのはティアイエル。
「日向さんがウィルに戻らなきゃならない理由って?」
 他意の無い問い掛けに言葉を詰まらせる日向。そんな彼の反応にその場の全員が小首を傾げ‥‥それに気付いたのはシルバーだ。
「‥‥かえでさんが手を振っていますよ」
「かえでさん?」
 皆が身を乗り出して地上を見る。


「日向くーん!!」
 ぶんっぶんと両手を振るかえでの腕に抱えられているのは‥‥花?
「かえでさん、わざわざ出迎えに‥‥?」
 船を降りて尋ねたレインに、むふふと顔を緩ませるかえで。
「ノンノン、この一世一代のシチュエーションを見逃すわけにいかないじゃんっ!」
「一世一代‥‥?」
 訳が判らず小首を傾げる彼女達の目の前で、かえでは腕に抱えていた一輪の花――よく見れば布で裁縫された造花を日向に差し出す。
「こんな感じで良かったよねっ?」
 有無を言わさぬ雰囲気のかえでに日向は小さく二度頷き、紅子はその造花を注視した後で自分の指に光る指輪を見つめる。
 ――風鈴草。
 カンパニュラ。
 花言葉は「君の居る幸せに感謝する」。
「まさ、か‥‥」
 目を瞠る紅子へ、日向は深呼吸を一つ。
「‥‥何の相談もなく、独断でこの世界に残ると決めた事は詫びる。だが‥‥地球に、一人で帰るなんて御免だ」
 帰るなら紅子も共に。
 それが無理ならば自分が残る、それは日向にとってとても自然な選択だった。
「どういう巡り会わせか、俺の就職先も決まったし」
「え‥‥?」
 そうして見遣るレインの顔。
 先日の『暁の翼』への依頼時にその組織の代表は日向以外に考えられないと彼女がアベルに話していたらしく、アベルもその意見を考慮し、日向に便りを送ってきたのである。結果的に日向はその話を受けた。この世界で、自分の出来る事をするために。
「だからな、紅子」
 行く行くはセレに移住なんて事になるかもしれない。
 未来はまだ判らない。
 それでも共に生きる事を望んでくれるならば。
「俺と結婚してくれ」
 風鈴草の咲く季節に誓おう。
 その花言葉が永久に二人の間で紡がれる事を。
「嬉しい‥‥日向さん‥‥っ」
 紅子は差し出された一輪の花を受け取る。瞳から零れ落ちる涙は、同時に日向に抱き締められて誰の目にも映る事無く、彼の腕に温もりとなって広がる。
「愛している」
「‥‥っ‥‥愛してるわ。これからも、ずっと‥‥っ」
 貴方に。
 君に、出会えた事に、感謝を。
「‥‥っ」
 嬉しくて泣きそうになっているのはレインや、ティアイエルも同じ。
 二人の結婚は、友人との別れすらも遠ざけてくれるから、今はただ祝福する。

 世界を超えた巡り逢い。
 故郷は遠くても、結ばれた縁は彼の地を決して忘れない。
「おめでとう‥‥!」
 祝福の言葉が呼ぶ笑顔。
 彼らは、此処から新しい一歩を踏み出すだろう――。