君との約束―前編―

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月02日〜03月07日

リプレイ公開日:2008年03月07日

●オープニング

● あの日までの

 それはあまりにも突然の出来事。
 誰一人、想像もしなかった事態に違いなかった。

 リラとエイジャは二十年という年季の入った幼馴染であり、口論を始めれば、活火山のようなエイジャと吹雪のようなリラ、その激しさたるや他の仲間が血を見るのではないかと危惧する程であったが、それも互いに深い信頼があってこそ。
 エイジャがハーフエルフの少年を養子にすると言い出した時。
 その少年の生い立ちを聞いた時。
 だからこそ自分が親になりたいというエイジャの言葉に、リラは過去の自分をも救われた思いがした。
 失えない友人。
 大切な仲間。
 それが共通の思いだった。
 なのに、あの日。
 あの、旅で。


 ***


 ――‥‥リラ‥‥

「っ‥‥」
 彼は魘される。
 数日前にとある冒険者達が訪ねて来てからは、それが引金であったかのように、毎夜、夢に魘されていた。
 繰り返されるあの日の、血の色。

 ――‥‥リラ‥ァ‥‥

「ぁっ‥‥」
 眠りの中で胸を掻き毟り、その血に塗れた手を棄ててしまいたいと願う。
 リラには判らなかった。
 人間とエルフの混血である自分に常に「狂化」という危険が伴う事は自覚していたから、己を律していた。
 あの日も、普段と何ら変わりない一日のはずだった。
 しかし気付けば腕の中には胸に短刀を受けたエイジャがいた。
 もはや手の施しようがない量の血を流し、その血の熱に正気を取り戻した。
 何故。
 その一言しかない。
 どうして自分がエイジャを、――よりによって最も信頼する親友をこの手に掛けなければならなかったのか。

 ――‥‥おまえ、‥‥が、悪い‥‥わけ‥じゃ、ない‥‥

 最後に彼はそう告げたけれど。

 ――‥‥俺の剣‥‥おまえに、預ける‥‥

 判らない。

 ――‥‥ユアンのこと‥‥頼んだ‥ぞ‥‥

 判らない。
 大切な剣ばかりでなく、あんなにも可愛がっていた養い子の事までも自分に。
 仇の自分に、頼むなど――。
「!!」
 ガタン、と。
 不意の物音に彼は目を覚ます。
「‥‥っ」
 飛び起きるように寝台に身体を起こすと、その剣が――部屋の隅に布で包み保管していたエイジャの形見が倒れていた。
 丸めてあった仲間と共に描かれた絵も、倒れた勢いに押されるように床を転がって行く。
「あ‥‥っ」
 リラは慌てて寝台を下りる。
 大切な物だ、早くもとの場所に戻さなければ。
「‥‥?」
 だが、そうして布越しに剣を手に取ったリラは柄に何かが下げられている事に気付いた。
 指輪だ。
「あぁ‥‥そうか、エイジャはここにコレを下げていたな‥‥」
 思い出した彼の口元に浮かぶのは痛々しい笑み。
「‥‥っ」
 その手に、エイジャが遺した『石の中の蝶』を握り締めて。




 ●ギルドにて

「つまり、近所に暮らす青年がエルフなのか、ハーフエルフなのか確かめて欲しいということですか?」
「ええ‥‥だってハーフエルフの方だったら、何かあった時に恐いでしょう?」
 依頼人の女性は声を潜めながらギルドの受付係に本音を吐露する。
「ご近所といっても、少し離れた森の中で暮らしている方なんだけれど、最近、夜中に血相を変えて走っている姿を何度か見ているのよ。一度、湖の傍で蹲っているのを見かけたんで声を掛けたら、大丈夫だとは言うんだけど、真っ白な顔でね、‥‥その、瞳の色が変って言うか‥‥、何となく耳も短かった気がするのよね‥‥」
「なるほど‥‥」
 ギルドの受付として様々な冒険者と接して来ている青年にはハーフエルフに特別な恐怖心など無いけれど、一般の人々にとって「狂化」の危険は、やはり恐ろしいものなのだ。
 依頼人は、はっきりと言葉にはしないものの、ハーフエルフならば住まいを移して欲しいと考えているように思えた。
 ギルドとしても、依頼人が語る件の青年の様子には一抹の不安を抱く。
 早々に冒険者を派遣して何らかの手を打ったほうが無難だろう。
「では、その方のお住まいと、名前を教えていただけますか?」
「ええ。名前はリラさんとおっしゃって」
「――リラ、さん?」
 思わず聞き返した。
「ええ、リラ・レデューファンさん」
「――」
 青年は目を見開く。
 同時、強い悪寒が背筋を駆け抜けた――。

 ***

 依頼書を見て集まった冒険者達に、受付係は概要を説明するも、その表情にはある種の決意が見て取れた。
「表向きはリラさんがハーフエルフかどうかの調査ですが、‥‥彼の名前を見てこの依頼を受けようと考えて下さった方には、ユアン君との縁もあるでしょう‥‥。リラさんは精神的に追い詰められている節があります。もしかすると、本当に狂化の危険も‥‥」
 なれば、取り返しのつかない事になる前に何らかの手を。
 受付係はそう告げ、沈痛な眼差しを一人一人に向けるのだった。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

四沼 泥将(eb5238)/ 江 月麗(eb6905

●リプレイ本文

 ●

「そういう感情を持たれると挽回するのは容易じゃないからな」
 受付係の言葉を受け、複雑な表情で告げたのは陸奥勇人(ea3329)だ。
「いっそ冒険者街に来てもらうのが、一番話しが早いんじゃないかと思うが」
 全員で重苦しい顔を突き合わせているのもどうかと、わずかに苦い笑いを滲ませて言う彼に、リラが近くに越して来たならこれまで以上に力になれるかもしれないと内心に呟くのはリール・アルシャス(eb4402)だ。
 そして前回、彼女と共に仲間達より一足早くリラと面会しているキース・ファラン(eb4324)も気持ちは同じ。
 自分達が会いに行った事で今回の事態を招いたのだと思うと、何とも表現の仕様がない苦味が胸中を襲った。
「ところで、一つ尋ねたいんだが」
 そう前置きして語るのは飛天龍(eb0010)。
「エイジャの死が依頼中の出来事だとすればギルドに報告書が残っていないだろうか」
「ぁ‥‥、なるほど!」
 言われた受付係が大声で応えたのは、この場を離れられない自分も役に立てると教えて貰えたがゆえ。
「判りました。では皆さんがお戻りになるまでに探しておきましょう」
「いや」
 と、次いで物見昴(eb7871)が口を切る。
「私はこちらに残り、エイジャと共に行動していたという冒険者仲間達の足取りを追おうと思うんだ。早めに仲間の名前を教えて貰えると助かるんだが‥‥」
「では半日程お待ち頂けますか? 何年も前の話しではありませんから、そう奥に仕舞われているという事もないでしょう」
「無理を言って申し訳ない」
「いえいえ」
 朗らかに返す受付係の言葉を受け、冒険者達は「よろしく頼む」と、こちらも行動を開始する。
 各自が外に待機させていた馬に跨った。
「礼が遅くなってしまったが前回は馬を貸して頂き助かった。感謝する」
 今回は天龍の愛馬に騎乗する事になったリールが告げると、礼を言われた受付係は、はにかんだ笑みを浮かべた。
「お力になれて光栄ですよ」
 そう言う彼の馬には、今回はシルバー・ストーム(ea3651)が騎乗していた。
 当初はセブンリーグブーツでの移動を考えていた彼だが、馬で一日半掛かるという距離を聞き、速度的にブーツでの追走は困難であると判断したのだ。
「行くか」
 先頭を行くのは、既に同じ道を往復しているキース。
 後ろにシルバーとリール、そして天龍が続き、殿を勇人が務める。
「気をつけて」
 昴の声を受けて五人は馬を駆った。
 一路、リラのもとへ。


 *

「報告書がこちらにある事に気付かなかったなんて‥‥」
 昴は、過去の報告書を掘り返していた受付係が自己嫌悪に陥りそうになりながら呟くのを聞いて苦笑いを浮かべる。
「私達も互いに意見を出し合っていて気付いたんだ、エイジャ殿の死が依頼の最中であれば、もしかしたら、ってね。二人が先にリラと会っていたおかげだ」
「そうですか。しかし一緒だった冒険者を調べてどうするんです?」
「ん‥‥、少し気になって、さ」
 昴はあえて返答を濁し、受付係もそれ以上の追及はしなかった。
 それを有り難いと思いつつ、仲間の言葉を思い出す。
 仲間を疑わねばならないほど気になるのは、誰かが「ユアンの望み通りに討たれろ」というような事をリラに告げている事実。
 これには勇人も怪訝な顔をしてみせたが、いくら付き合いの長い間柄とはいえ冗談でも口に出来る言葉だろうか。
 更には狂化の前に強い光を感じた気がするというのも妙な話。
(「嫌な予感がする‥‥」)
 昴がぽつり呟くと同時、書類の中に半ば埋もれそうになっていた受付係が声を上げた。
「ありました! 今から約一年前ですね。報告書の最後に、エイジャさんの死亡が‥‥っ」
 大急ぎでそれを昴の元に運んで来る。
 日付は昨年の四月半ば――依頼概要はウィルよりも分国セレに近い村にオーガの群れが出現したため討伐して欲しいという、言わば一般的な内容だった。
「共に討伐に向かった者達の名は?」
「ええっと‥‥、あ、この人達ですね」
 受付係は該当の部分を指差した。
 男性五人、女性二人。
 リラとエイジャを含め七人のパーティだった。




 ●

 一夜明け、リラの家へ向かっていた五人の行程は順調だった。
「大丈夫か?」と、騎乗に不慣れなリールを気遣う天龍。
 リールは「ありがとう、大丈夫だ」と微笑を浮かべた。
「しかし‥‥、本当に森の中だな」
 勇人が辺りを見渡しながら呟く隣で、シルバーは木々に囲まれた景色に穏やかな視線を向けていた。
 エルフの彼には木々に囲まれた景色が好ましいのだろう。
 更に奥へ進み、見えてきた木造の小屋。
「あそこか」
「ああ‥‥、あ」
 応えてから視界に捉えた人影。
「彼だ」
 キースは断言する。
 小屋の向こうの木々の合間に揺れる人影は、紛れもなく彼らが会いに来た人物。
「リラさん!」
 声を掛け、その足を止めてから馬の速度を速めた。
 真っ先に着いたキースが馬を下りると、一方のリラは軽く目を瞠る。
「君達は‥‥」
 以前に会った際にも病的と感じた白い顔は、更に血の気を失くして見えた。
「また突然の訪問で申し訳ない」
 キースはあえて笑顔で声を掛け、次いでリールが会釈する。
「陸奥勇人だ」
「しふしふ〜! 飛天龍だ、縁あって今はユアンに武術を教えている」
「ユアンに‥‥」
 順に名乗る冒険者達を前にして、その名に反応を見せたリラ。
 シルバーも静かに名乗り一礼した。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ‥‥。ところで、今回はどうして?」
「来て早々こんな話しで悪いんだがまずは聞いてくれ」
 自分達が此処に来た理由を、勇人が切り出した。


 *

「そうか、ギルドにそんな依頼が‥‥」
 嘘を並べたところで意味はないと判断し、依頼人が語った通りに森や湖での一件など包み隠さず話した冒険者達に、リラは諦めの色濃く応えた。
 二つの種族の血を引くことで疎まれるのは必至。
 その上、リラ自身が誰よりも狂化の恐怖を自覚している。
 我を失くせばどうなるか、――思い出すのは友の死だ。
「早い話が近場の村の連中はリラがハーフエルフである事に対してちと過敏になっているらしい」
「あぁ判った。ならば此処からは離れるとしよう」
 彼の穏やかな即決に、勇人は軽く眉を顰めた。
「離れて、どうする」
 行き先に当てはあるのかと暗に問えば、ハーフエルフの青年は苦笑した。
「どうにかなるよ」と、返る声はどこまでも穏やかだ。
 冒険者達は顔を見合わせ、互いの意見の一致を確認し合う。
 彼らはリラの転居先についても考えていたのだ。
「俺らはハーフエルフの同業も少なくないんで気にしねぇが、堅気の連中からすると、って事だ。だとするなら、その辺を気にせず済む場所へ移ったほうが良いと思うんだが、どうだろうな?」
「え‥‥?」
「俺達と同じ冒険者街に来ないか?」
 勇人、そしてキースの提案に、リラは目を見開く。
 エイジャの事もあり、このような森の中でひっそりと暮らしているのだ。冒険者と言う立場そのものに抵抗を感じているであろう青年に、自分達と同じ冒険者街に来いと誘うのが酷である事は誰しも承知している。
 それでも、――少なくとも「安心」は確保出来る場所だ。
「行き先に当てが無いなら、俺達を信じて任せてくれ」
 勇人が真っ直ぐな視線と共に告げれば、リラはしばらく驚いたように固まっていたが、いつかし深い息を吐き出す。
「君達も、どこまで人が好いのか」
 彼は困ったように、微笑った。
「も、とは?」
 他の誰かを示唆する表現にリールが聞き返すと、彼は「あぁ」と頷く。
「エイジャだよ。彼は、周りが呆れる程のお人好しだったから」
「エイジャ殿が‥‥」
 繰り返すリールに、リラも再び頷く。
「君達には迷惑を掛けていると思う‥‥ここは素直に言う事を聞くのが、せめてもの償いだ」
「じゃあ」
「ウィルの冒険者街で世話になろうと思う。‥‥次の行き先が決まるまでは、ね」
 期限付きとは言え、冒険者達の提案を受け入れる返答に、思わずキースの表情が綻んだ。
「そうと決まれば引越しの準備だが」
 言いかけた天龍は、しかしリラの頭から足の爪先までを見遣って息を吐く。
「依頼人の話しを聞いて、そうだろうと思ってはいたが、本当にろくな食事を摂っていないようだな」
 塞ぎ込んでいるだろうリラの生活を予測し、道中で食材を調達して来た彼だ。
「どんな状況だろうが身体を壊しては何にもならん、とにかく食え」と、ハッキリ言って何も無い台所に出際良く自前の道具を並べると、自慢の腕を奮い始めた。
「驚いたな‥‥」と呆気に取られるリラに「天龍殿の料理は絶品だ」と微笑うリール。
 先程まで部屋を覆っていた固い空気が、今は緩やかに流れていた。


 *

 仲間達がリラに引越しの提案をしている頃、ウィルに残り、当時のエイジャの仲間を調べていた昴は、現在の所在確認は受付係の「任せて欲しい」という言葉に甘えることにし、最も所在が確かな人物として、問題の依頼を担当した記録係の自宅を訪ねていた。
 リラの家で見たと言うエイジャの仲間達の絵から、リールが拾い上げて説明した特徴を元記録係の男性に話して確認してみたところ、七人全員が一致した。
 その男性も、当時の事はよく覚えていた。
 冒険者が亡くなった依頼を担当したのは、後にも先にもその一度だけだったそうだ。
 エイジャとリラ。
 他には騎士であった人間の男性が二名。
 陰陽師として陽・月魔法をそれぞれに習得していたパラの兄妹。
 そしてエルフのウィザードである女性。
「とても仲の良い七人だったのにな‥‥」
 遠い日を思い出す男性の瞳には涙が浮かんでいた。
 その一件があって以来、記録係という職務から引退したそうだ。
「辛いことを思い出させるようで悪いが、その時に何か変わった事はなかっただろうか?」
「変わった事‥‥?」
 聞かれた記録係は小首を傾げて考える。
「これといって思い当たらないけど」
「そうか‥‥」
「ぁ‥‥そういえば」
 ふと思い出したように語られた内容。
 役に立つか判らないと彼は言ったが、昴の背にはひどく冷たいものが流れ落ちた。




 ●

「申し訳なかった。我々が色々と伺った為に‥‥」
 皆で食事を終えた後、リールはリラの精神的な負担を思いながら告げたが、本人は穏やかに微笑み返す。
「気にしないで貰いたい。悪いのは、私なのだから」
 美味い食事を大人数で取った事が彼の気持ちを浮上させたらしく、向けられる眼差しに憂いは全く感じられない。
 そんな彼の様子に、冒険者達の中で募る疑惑。
 このように穏やかな人物が、何故に狂化し友人を手に掛けてしまったのか。
 直前に感じたと言う「強い光」とは一体何か。
「――この間の絵を、もう一度見せて貰っても構わないだろうか?」
 リールの提案は、勇人や天龍にもエイジャの顔を見知って貰いたいと思っての事。
 絵は、エイジャの形見である剣と共に、寝台の向こうで布に包まれている。
 前回は剣を見せて貰おうとしたリールが絵に気付かず床に転がしてしまった為、思えば剣を見る事が出来なかった。
 だからこそ「構わないよ」と応えたリラの手によって露になった剣、その柄に下げられていた物には全員が驚いた。
「リラ、それは『石の中の蝶』か?」
 天龍が問い掛けると、リラは静かに頷く。
「エイジャはデビ‥‥いや、カオスの魔物の調査でもしていたのか?」
「ノルマンに居た頃だから相手はデビルだよ」
 律儀に言い直すジ・アース出身の勇人に、リラは苦笑交じりに返した。
「ウィルではあまり必要無いだろうと言ったんだが、長く下げていたものを取るのも今更だと言ってね‥‥、アクセサリーのつもりだったんだろう」
 リラは何ら疑う様子もなく言う。
 だが、近頃はウィルの街中ですら魔物の出没が確認されている事を知る彼らには、言い様のない不安が胸中を襲った。
 これまで感じて来た様々な疑問に生じた小さな穴に、いま一本の糸が通ろうとしている、そんな感覚。
「リラ、酷な事と承知の上で尋ねる。――エイジャが死んだ時、一体何があった?」
「え‥‥」
「私達は、貴方が何の原因もなく狂化したとは、とても思えない」
 勇人の問い掛けを、リールが補足する。
「リラ殿は以前、直前に強い光を感じたと話してくれた‥‥、その正体を知るべきとは思わないか」
「それは‥‥しかし‥‥」
 リラは剣を握り締め、詰まる声を押し出す。
 先ほどまでと一変して青白くなる表情に、ふと口を挟んだのはそれまで静かに仲間の遣り取りを聞いていたシルバーだった。
「もし貴方が許して下さるなら、貴方の記憶を垣間見せて頂けませんか」
「記憶を‥‥?」
 驚いたように聞き返してくるリラに、シルバーは自分が使える魔法について丁寧に説明した。
 幸い、リラの旧友にも魔法を使える仲間は少なくなく、理解を得る事は難しくない。
 問題は、彼が当時の記憶を他者に伝える事に抵抗を感じずにいられるかどうかだ。
「俺達はリラさんにも前に進んで欲しいと願ってる」
 エイジャの死を受け止め、冒険者という夢を持ったユアンと同じように、未来を向いて欲しい。
 そう告げるキースに、彼は。
「‥‥もう逃げてはいられない、か‥‥」
 それは精一杯の決意。
「では、心を穏やかに、瞳を閉じて下さい」
 シルバーの柔らかな声が、誰しも口を閉ざした空間に響く。
「思い出して下さい、その時、何があったのか‥‥」
「‥‥っ‥」
 思い出されるのは、友の血の赤。
 失われる体温。

 届く記憶。


 エイジャ。
 何故、剣を抜かなかった――光と、猫の鳴き声に重ねて、強い自責の念がリラにその言葉を叫ばせた――。




 ●

 最終日、五人は予定より数時間も早くギルドに戻った。
 依頼人にはリラが住まいを移す旨を伝える事で依頼を完了とし、本人は小屋の片付け等が残っているため数日遅れての移動となるが、時間の許す限り彼らが手伝って来た事もあり、ウィルで再会する日も、そう遠くないだろう。
「それより猫だ」
 受付係に報告を済ませた後、勇人が言い放てば、彼らが戻ったと聞いて駆けつけた昴も同意する。
「その依頼に同行していた記録係が覚えていた。エイジャの死後、リラとはもう一緒に居られないと別行動を取ったウィザードがいて、彼女の傍に初めて見る黒猫がいたそうだ」
「そのウィザードは?」
「エルフ族の女性。名前はケイト・レトラルフィア。所在は掴めていない。他の仲間もあたったけど、みんな出払っていて‥‥」
 キースの問い掛けに独自で調査していた昴が応えると、横から受付係が口を挟む。
「その件ですが、物見さんに言われて現在調査中の依頼から冒険者の名前を調べたところ、パラで陰陽師の兄妹が約一週間後にウィルに戻って来る予定になっています。もしよろしければ、その時に皆さんがお会いしたがっていると彼らに伝えておきますが」
 一週間後と言えば、リラがウィルに来る頃と重なる。

 過去の時間が動き出す。
 始まりの音は猫の声――。


 ―中編に続く―