君との約束―中編―

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月14日〜03月19日

リプレイ公開日:2008年03月23日

●オープニング

「懐かしい報告書だな‥‥」
 受付係から手渡された、過去に自分が受けた依頼の報告書に目を通しながら呟くのはジ・アース出身の陰陽師であるパラの兄妹――エイジャの旧友だ。
 青年は、この二人に現在のユアンやリラの状況、そのために動いてくれている冒険者達のこと、リラが近くウィルの街に居を移すことなども丁寧に説明しながら、当時、何があったのか話して欲しいという旨を伝えた。
 二人は「もちろん協力する」と答えた。
 だが同時に「どこまで力になれるか自信はない」とも。
 エイジャと共に向かったオーガの群れ討伐。
 依頼を無事に終えた後の帰路で、突然の狂化を起こしたリラと、その手に掛かって命を絶たれたエイジャ。
 誰もが自分の事で精一杯になりながら、どのようにしてウィルへ戻って来たかもハッキリとは思い出せないという状況を振り返り、兄妹はその面を苦渋に歪める。
「あの時、何が起きたかなんて‥‥本当に判らないんだ。妹は、リラを止めようとして突き飛ばされたか何かしたみたいで、俺達が駆けつけた時には傍で気絶していたし、ね」
「そうですか‥‥」
 答え、チラと妹を見遣る。
 冒険者達は、リラが狂化の直前に感じたと言う強い光を、単純に考えれば陽魔法の一種とも取れると話していた。
 彼女は陽魔法を使う陰陽師。
 可能性はゼロではない。
「ところで、もう一つ質問が」
 受付係は軽い息を吐いて気を取り直す。
「実は皆さんの仲間の一人、エルフ族のウィザードであるケイトさんが、この依頼の途中で一匹の猫を拾われたとお聞きしたのですが」
「ああ、そうだ、な‥‥」
 答えたのは兄の方。
 報告書を見つめながら告げるも、不意にその言葉が途切れた。
「‥‥そう、か。一つ、頼みを聞いてもらえないか」
「頼み、ですか?」
「ああ。リラやユアンのために動いてくれている冒険者達に、ケイトに会って貰いたい」
「――」
 思い掛けない話に受付係が目を丸くすると、彼は続ける。
「リラがウィルに来ると言うなら尚のこと‥‥、その前に話をして、彼女に気持ちの整理をつけさせてやりたいんだ。エイジャの死に一番ショックを受けていたのも彼女だからな。今となっては昔の仲間である俺達よりも、これまでリラやユアンのために動いてくれている彼らの方がケイトに掛けられる言葉を持っていると思う」
 エイジャの死以来、互いに疎遠になってしまった自分達よりも。
 そう告げる彼に、受付係は頷いた。
 これで堂々と件の女性に会いに行けるのだから断る理由はないし、彼自身は猫の事をあまり気にしていないようだ。
「わかりました。では冒険者達にケイトさんを訪ねてくれるよう伝えましょう」
「よろしく頼むよ。俺達も出来ることなら、エイジャが居た頃のように皆で集まりたいと思うんだ。もちろん、リラも一緒にな」
「ええ」
 応えながら書類を準備する受付係だが、ふと思い出した内容に再び口を切った。
「度々申し訳ないのですが、最後にもう一つだけよろしいですか?」
「何だろう」
「ハーフエルフの皆さんは、それぞれに狂化条件が異なると聞き及んでいますが、リラさんの狂化条件が何だったかご存知ですか?」
「あぁ」
 これには迷わず即答。
「条件を知るのも制御に必要だってな、それはもうありとあらゆる状況をわざと作って試したよ」
「わざと、ですか」
「鶏の血抜きに立ち合わせてみたり、満月の夜に外で酒を飲ませたり‥‥、だから仲間は全員が知っていたな。リラの狂化条件が強烈な光りだってこと」
「光り‥‥」
「それがさ、普通に洞窟から地上へ出た時に急に狂化されたもんだから皆で大慌てさ。あいつは狂化すると周り全部が敵に思えるらしくて酷く攻撃的になるもんだから、こっちも止めるのは命懸け。エイジャなんか剣を抜いて本気で打ち合ったんだ。――まぁ、笑い話にもなったけどな。実験中でない時に答え出すなって」
 思い出し笑いを交えて告げる彼に、しかし受付係は笑えない。
「あの‥‥エイジャさんの事があった時に、リラさんが強い光りを感じたという話しは‥‥?」
「聞いているよ。だが、原因はさっぱりだな。日中のことだったし、どこで強い光りが発されたのか‥‥」
 首を振る彼を見返し、次いで妹にも視線を向ける。
「貴女も、思い当たる事はないんですか?」
「ええ、まったく‥‥」
 沈痛な面持ちで答えた彼女は、それきり何も言おうとはしない。
 ただ無言で、膝の上に握った拳を震わせていた。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文

 清廉な魂。
 純真な魂。
 優しい魂。
 努力する魂。
 ――次 ハ ドレ ニ シヨウ カ――……。


 復讐を誓う者。
 誑かす者。
 保身を考える者。

 裏切り者、――次 ハ 誰 ガ ソウ ナルカ ナ――……?




 ●

「ったく、怪しげな匂いがプンプンするな」
 歩きながら毒づくように言い放つ陸奥勇人(ea3329)の隣を飛翔する飛天龍(eb0010)が同意を示して頷く傍では、キース・ファラン(eb4324)が難しい顔で考え込んでいる。
「‥‥ものすごく嫌な予感がする」
 物見昴(eb7871)が眉を顰めて呟くと、彼女の隣を歩いていたリール・アルシャス(eb4402)は沈痛な面持ちで虚空を仰いだ。
「カオスの魔物が絡んでいる、って事かな」
「状況的にはケイトの傍に現れた黒猫がグリマルキンのような気がして仕方ない」
「グリ‥‥ル‥?」
 言い合うキースと天龍に、リールが聞き返した。
「黒猫と聞くと、ジ・アースでそう呼ばれていたデビルを思い出す。こちらでどう呼ばれているのかは定かじゃないが、翼を持った黒豹が本来の姿らしい」
「そうなのか‥‥」
 カオスの魔物の関与、その確信めいた予感に誰とも知れず言葉が途切れた。
 彼らはこの日、自分達に仲間の一人と会うよう頼んで来たパラの兄妹――かつてはエイジャやリラと共に数々の依頼をこなして来た人物に会うため、ウィルの町から西に二時間ほど歩いた先の村に向かっていた。
 養い親を亡くし、自暴自棄になっていた少年の心を救って欲しいという依頼から始まり、その養い親の死には彼の仲間の暴走があった事、その暴走には更に裏があるらしい事も突き止めた彼らは、確実に隠された真実へ近付こうとしていた。
 約一年半前の、エイジャの死を引き起こす依頼となった西方分国セレに近い村を襲ったオーガの群れ、それすらも、もしかすると魔物が関わっているのではないかと疑っている。
 エイジャ。
 リラ。
 これから会いに行くパラの兄妹、名を石動良哉と香代。
 その兄から会って欲しいと頼まれたウィザードのケイト。
 そして、現在は所在を掴めていないナイトが二人、カインとルディ。こちらは姓がオールラントと共通している事を考えると、兄弟もしくは親族関係だろう。
 彼ら七人の間に何があったのか、冒険者達はそこを明確にしたかった。




 ●

「ようこそ、いらっしゃい」
 冒険者達を自宅で出迎えたのは月魔法を使う兄、良哉だった。
「陰陽師はジャパンから滅多に出ねぇから、此処で会うとは思わなかったぜ」
 少なからず懐かしさもあって語り掛ける勇人に、相手も笑みを溢す。
「しふしふ〜、飛天龍だ」
「よろしく」
 受付係が言っていた通り、暢気な性格らしい青年が朗らかな笑みを絶やすことはなく、天龍が友好的に話が出来るようにという思いを込めて持参した手作りの焼き菓子を渡すと、更に口元を綻ばせて奥にいる妹を呼んだ。
「‥‥どうも」
 だが、彼女は菓子を受け取り一礼すると、何も言わずに奥へ引き返した。
 そんな妹に兄は苦笑い。
「悪いな、人見知りする奴でさ‥‥。いまお茶を用意させるから、まずは中へどうぞ」
 彼らを促し、同じパラのキースには親愛の情を。
 女性のリールと昴には礼に則った挨拶を。
「で、聞きたい話って?」
 しばらくは世間話に花を咲かせていたが、相手も本題が別にある事は承知している。
 本人から促されて、冒険者達も意を決し目的を切り出した。

 *

 その依頼を受けるに至った経緯に特別な事情などなかった。
 ほとんどは受付係を介して聞いた話と同じである。
 村を襲ったオーガの群れ討伐。
 何事もなく順調に依頼を終えた彼らは、予定よりも早く帰路に付いており、これだけセレに近いのなら『エルフの街』という俗称を持つ分国首都に観光がてら立ち寄るのも良いか、などと冗談交じりに話していたという。
 エイジャの死は、その翌日だ。
 ウィルに戻るかセレに寄るか、それも未定ながら出立の準備をしていた最中、仲間から離れたのはエイジャだった。
 ケイトの姿が見えないから探してくる、と。
 一人では何かあった時に心配だと言い出したリラが同行し、男ばかりで行くよりはと女性の香代も立ち上がり、――悲劇は起きた。
「ケイトを探しに行ったエイジャ達に何があったかなんて俺は知らない。しばらくしてケイトが、エイジャを助けてくれと俺達を呼びに来た。駆けつけた時には、もう遅かったんだ。妹も、リラを止めようとして逆に気絶させられたそうだから、詳しくは判らないと言うし‥‥」
 兄が言うと同時に、妹の方は立ち上がって部屋を出て行く。
「ぁ‥」
 そんな彼女をリールが呼び止めようとしたが、これは兄に制される。
「妹には、当時の事を思い出させたくないんだ。俺達だって何があったのか知りたくて何度も聞いた、だが気絶していて覚えてないと言う。あいつだって辛い思いをして来た‥‥、話せる事なら俺が話すから、妹はそっとしておいてやってくれ」
「しかし‥‥」
 言いたい事はあっても巧い言葉が見つからない、そんな思いで仲間を見渡せば無言で頷き返すのは勇人。
 彼は後を請け負って口を開いた。
「あのな、俺達はエイジャが死んだ時に何が起きたのか、それを詳しく知りたいんだ。オーガ討伐の依頼中にエイジャが持っていた『石の中の蝶』が反応しなかったか。途中で拾った猫が、どこから付いて来ていたのか」
「『石の…』って、君達は何を調べているんだ?」
 兄は眉を顰めて聞き返す。
「俺は、リラがウィルに来ると言うなら、その前にケイトに気持ちの整理をつけさせるために、現在のリラを知る君達に彼女と会って欲しいと頼んだだけだ」
「そういうわけにはいかないんだ」
 冷静に口を切るのはキース。
 目を見開く兄に、勇人は更に言い募る。
「はっきり言おう。俺達は、その事件にカオスの魔物が一枚噛んでいると踏んでる。もっと言えばケイトが拾った黒猫がそうじゃねぇかとな」
「――」
 勇人の言に、相手が息を飲んだのが判る。
「そ‥‥、馬鹿な、そんな事が‥‥。じゃあ君達は、俺達がカオスの魔物の手に落ちたとでも言うのか?」
「それを確かめたいんだ」
 リールが強く言い切る。
「ケイトとリラの関係修復も、問題の大元を突き止めねぇと恐らく埒があかねぇ。何か少しでもいいんだ、思い出してくれ。頼む」
「そんな馬鹿な‥‥っ」
 彼は繰り返す、痛々しい声音で。
「馬鹿な‥‥っ‥俺達はまた‥‥!?」
「また?」
「‥‥っ」
 昴が聞き返すが、彼はそれ以上の事を何も話そうとはしない。
「帰ってくれ。そんなわけが‥‥っ‥そんなこと‥‥っ‥帰ってくれ‥‥!」
 繰り返す彼は、まるで己を守るように固く小さくなっていくように見えた。




 ●

「あぁ‥‥、それは誰も話したがらないだろうね」
 二日後、王都ウィルに着いたリラを出迎えた天龍とリールは、引越しを手伝う傍ら、会って来たパラの兄妹の様子を話した。
 貝のように黙ってしまった兄はもちろん、妹の方は冒険者と顔を合わせようとすらしない始末。昨日も粘ってみたのだが、どうにも信頼関係を築く前に急ぎ過ぎた感は否めない。
 そうして三日目の今日。
 他の仲間達は更に過去の報告書を調べるとしてギルドに詰め、昴は黒猫の所在確認の意味も含め、先行してケイトの家を視察しに向かっている。
「個人の力だけではどうしようもない相手との戦は、自分の情けなさを思い知るばかりでね」
 対してリラは、パラの兄妹よりも天龍達のことを信頼している分だけ封印した過去の蓋を開けてくれた。
「何があったのか尋ねてもいいか?」
 リールが遠慮がちに問うと、リラは静かに頷き、語った。
 それは彼らがアトランティスに渡ってくる以前の出来事だ。ノルマンと呼ばれる地でデビルを信仰する組織との戦があった。人間の心の隙を突く悪魔は非常に狡猾で、犠牲も少なくなく、仲間の身内とて逃れる事は出来なかった。
「その一人が仲間の妹だった。行動を共にしていたメンバーにナイトが二人いる。彼らは兄弟なんだが、そのことは‥‥?」
 過去の報告書を読み、個人の名前も承知している二人は無言で頷く。
 リラも承知していたようで、話を続けた。
「彼女は報われない恋をしていて、その苦しみをデビルに利用された」
 そして二人の兄が、彼女を魔の束縛から解放した。――死という名の手段で。
「オールラント嬢が亡くなり、兄弟は私達に申し訳が立たないと言って友の縁を切ると言ったが、彼らを生かすためには共に有るべきだと、全員で決めたんだ」
 アトランティスに渡って来たのも、大きな理由はそこにある。
 生きるために新天地を求めた。
「エイジャの死にカオスの魔物の関与があったんじゃないかと君達に言われて‥‥、本当は私も、君達が会った友のように否定したかった。‥‥いや、原因が魔物だと思うことで、自らの罪から逃れる事になるのが怖かったんだ。友を手に掛けたのは紛れもなく自分‥‥、それを、魔物のせいにしてはいけない」
「しかしっ」
「そうなんだ」
 否定しようとするリールを、リラは制する。
「私が自身の罪を受け入れなければ、それこそエイジャに申し訳が立たない」
 穏やかに。
 静かに語るリラは、どこまでも清廉だった。

 *

「で、リラに「ユアンに討たれてやれ」って言った相手の事は聞けたのか?」
 天龍とリールがギルドに戻り、そこで過去の資料を片っ端から調べていた勇人、キースと合流してすぐ、投げ掛けられた質問には天龍が頷き返す。
「オールラント兄弟の、弟の方だ。名前で言うとルディだな」
 リラ本人は、ジ・アースでの妹の件もあり彼がそう言った気持ちは理解出来ると微笑んでいたが。
「それ以降は全く音沙汰が無いらしいし、兄の方はそれ以前から連絡を取ってない」
「猫に関しては、いつ彼らに混じったのか、やはりはっきりとはしなかった」
「‥‥どいつもこいつも怪しくなって来たな」
 呆れたように呟く勇人に、皆が各々の反応を示す。
「そっちは?」
 次いで天龍に聞かれて答えるのはキース。
「収穫有りとも無しとも言えないってところかな。セレの国境近くで、オーガの群れに襲われた村を助けてくれって依頼が、他に二件あったけど」
「それが全部同じ魔物の仕業となったら、セレに何かあるみたいだな」
「――」
 まさか、と。
 何気ない勇人の言葉を否定する根拠は誰一人持たない。
 強張った空気を変えたのは、最後に戻った昴だ。
「猫、いたよ」
「いたのか?」
「? あぁ、いたけど‥‥」
 それまでの会話を知らない昴は些か驚いた様子で答え、情報を共有して納得する。
 分国セレに何かが有るのか否かはともかく、今すべきことは過去の真実を見つけ出すことだ。
「あとはもう、ケイトに会う他ないな」
 現段階で集められる情報は集めた。
 人からも、資料からも。

 そうして最終日、彼らはエルフ族のウィザードに会いに行く。
 ――だが、遅かった。




 ●

 最初にそれに気付いたのは鼻が利く昴だった。
「血の匂い‥‥?」
 ケイトの傍にいる黒猫がデビルであれば、戦闘になる危険もあるとして装備を固めていた冒険者達は、ハッと顔を見合わせ、その家に飛び込んだ。
「!」
 同時、視界に入ったのは血まみれの女性を抱き締めて涙しているパラの女性、石動香代。
「何が‥‥っ」
 己が目を疑う思いで呟く彼らに、香代は訴える。
「どうして‥‥っ‥なんでそこまで調べたの‥‥っ!?」
「そこ、って」
「ケイトに会うだけにしてくれていたら‥‥! せめて兄さんより先にケイトに猫のことを注意するよう言ってくれていれば‥‥!」
 既に息絶えているエルフの女性、ケイトを抱き締めながら叫ぶ香代は、しかし詳しく話を聞こうとすれば激しく左右に首を振った。
「言わない‥‥言えない‥‥っ、もう誰も失いたくないの! 兄さんまで失くしたくない‥‥!」
「香代さん‥‥」
 呼び掛けるキースに、彼女は首を振るばかり。
「香代さん!」
「‥‥っ」
 再び呼び掛ければ、ぎゅっと目を瞑り全てを拒もうとする。
 だが、キースは根気強く語りかけた。
「俺達は真実を掴まなきゃいけない。ユアンや、リラさんのため‥‥あなた達のためにも」
 香代の、ケイトを抱き締める腕に力がこもる。
「助けたいんだ、あなた達を」
 相手はカオスの魔物。
 一人、二人では敵わない敵。
 その呪縛を解くためには協力が必要だ。
「香代さん」
 三度、その名を心から呼ぶ。
 彼女は泣き崩れた。
「‥‥ケイトは利用されただけ‥‥エイジャを愛していた、その気持ちを利用されただけ‥‥っ、この子は純真だったのっ、届かない想いに苦しんでいた、その気持ちを利用されただけ!」
「届かない‥‥」
 天龍とリールはハッとする。
 それと同じシチュエーションを以前にも聞いた。
「リラを暴走させたのは私よ‥‥言う事を聞かなければリラも、ケイトも、それに兄も殺すと脅されて彼に狂化を起こさせた‥‥っ」
「黒幕はオールラント兄弟の弟、ルディか?」
 叶わぬ恋に苦しんだ末にデビルに操られて命を絶たれた妹という存在と、リラへの「ユアンに討たれろ」という言動から推察した天龍が問えば、答えは応。
「兄のカインはルディンを止めようとして消えた‥‥生きているかどうかも判らない‥‥っ」
 人間が、堕ちたのだろうか。
 妹を失った苦しみが彼を狂わせたのか。
「これ以上は誰にも死んで欲しくなんかなかったのに‥‥っ‥貴方達がケイトだけを疑わなかった事をアイツは知ったの‥‥あの黒猫は常に私達を監視していた‥‥っ‥私が喋った事を知ったら兄もきっと‥‥!」
 香代はそれを懸念したから今日もケイトを訪ねていた。
 次第に蒼褪める彼女に、冒険者達は守ることを約束する。
「黒猫がカオスの魔物に間違いないな?」
 勇人が確認の意味も込めて尋ねる。
 香代は頷く。
「グリマルキンよ」
 ジ・アースでそう呼ばれていた魔物、この大地では『翼を生やした黒豹』と――。




 ●

 穏やかな時間が過ぎるその村で、一人の少年が懸命に修行を積んでいた。
 その傍で、彼の成長を見守る女性。
「ユアン、あまり無理してはダメよ?」
 昼食を持って来てやりながら、鍛錬に励む子供に声を掛けるクイナの声は実の母親のように優しい。
「うん‥‥、でも、早く強くなりたいな‥‥」
 そんな彼女に答えながら呟く少年は、自分の拳を見つめる。
「‥‥急いだら駄目なのは判るけど‥‥、早く、師匠達が安心して本当の事を話せるような自分になりたい‥‥」
 ここしばらくは会っていないけれど、養い親の友人だという縁で自分の面倒を見てくれた冒険者達が、自分に何かを隠している事は、とうに気付いている。
 それを、きちんと聞ける強さを手に入れたい。
 そのために努力したいと思うのだ。

 ――ニャー‥‥

 不意の鳴き声に二人は顔を上げた。
「猫?」
 視線の先には、一匹の黒猫。


 清廉な魂。
 優しい魂。
 努力する魂。
 ――次 ハ ドレ ニ シヨウ カ ナ――……?




 ―後編に続く―