君との約束―完結編―
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月17日〜04月22日
リプレイ公開日:2008年04月21日
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●オープニング
この地では総称して天界と呼ばれる世界から、かつてアトランティスへ共に渡ってきた冒険者達がいた。
エイジャ・ウォーズベルト
カイン・オールラント
ルディ・オールラント
ケイト・レトラルフィア
石動 良哉
石動 香代
リラ・レデューファン
三人の人間と、エルフが一人、パラが二人。
そしてハーフエルフが一人。
種族も出身国も異なる七人は、しかし互いを信頼し合った『仲間』だった。
確かにそうだった。
その関係に歪が生じたのはいつからか。
二人が死に、一人は行方不明。
更にはこの事態を引き起こした張本人もまた仲間の一人である事が判明している。
裏切りと絶望が交錯した。
何が、彼らの未来という名の歯車を狂わせたのか――。
*
「一人では難しいかもしれない。‥‥だが、私がやらなければ」
あの日、そう旅立ちを決意したリラを止められる者はいなかった。
元凶がカオスの魔物にあったとは言え、親友のエイジャをその手に掛けた自分には償うべき責任があると彼は語る。
「ユアンは良い子に育った」
己の掌を見つめて呟く胸中には、魔物と対峙した際に背後に庇うべく引き寄せた子供の温もりが思い出されていただろう。
「君達のおかげだ」
自分達のために尽力してくれた冒険者達を一人一人見つめて告げる。
エイジャの死に自暴自棄になっていた子供を支えてくれたのも、他でもない彼らだ。
「私も、私なりにあの子の力になりたい」
いまだ実際に彼を手に掛けたのは自分だと言えずにいるリラは、そうする事でしかエイジャとの最後の約束を――「ユアンを頼む」という言葉を守れない。
「‥‥リラ」
彼の話を聞いていて、不意に口を挟んだのは石動の兄。
「リラ、俺達は‥‥」
何かを言いかけて、だが言葉が続かずに背後で蹲る妹を見遣る。
膝を抱き、そこに顔を埋めて震えている彼女に必要なのは、時間。
エイジャをその手に掛けた日から己の殻に閉じ篭り前に進もうとして来なかったリラには、それが良く判っていた。
冒険者達の手助けが無ければ、今もまだ一人で逃げ続けていたと思う。
「良哉は香代の傍にいてやってくれ」
「‥‥すまん」
詫びる友には左右に首を振り、リラは微笑む。
「大丈夫だ」
きっと、大丈夫だ。
●
「大丈夫じゃないでしょぉ‥‥」
いつものようにギルドの受付に座していた青年は数日前からこの調子。
新たな依頼主が訪ねて来ない限りは頬杖をついた体勢で、溜息とそんな呟きを繰り返していたのである。
「相手はカオスの魔物ですよ、カオスの魔物。一人でどうにか出来る敵ではないでしょうに」
気付けばリラやユアン少年との関わりが深くなっていた受付係は、リラが旅立つと聞いた日から気が気ではなかった。
もちろん命を無駄にするような事はしないと約束し、場合によっては冒険者達に頼る事になると頭を下げていたけれど、あの青年の性格からして本当に危くなるまでは単独で行動しそうな気がするのは考え過ぎだろうか?
「いいや絶対にそうだよ、絶対っ。うわーっ、こうなったら意地でも依頼を出させて冒険者の皆さんに協力を仰いで‥‥」
青褪めた顔でよからぬ計画を立てる受付係。
と、そこに思考を中断させる声が掛かった。
「あの‥‥、すみません」
「はい?」
瞬時の営業スマイルで返した青年は、しかし目の前にいるのが誰なのか知り、瞠目した。
「ユアン君!?」
「こんにちは」
立っていたのは紛れもなくユアン少年だ。
「どうしたの、ギルドに一人で‥‥」
驚いて問い掛けると、少年は少なからず言葉を濁しながらも、最初の頃とは別人のように落ち着いた調子で語り始めた。
「本当は師匠達に聞けたら一番なんだけど、仕事の邪魔とかはしたくないし‥‥それで、お兄さんならエイジャの昔の仲間の人達の事も知っているかなと思って」
「昔の?」
「この前、会ったんだ。エイジャの剣を持っている人」
リラの事だとすぐに判る。
「エイジャが大事にしていた剣を持っているって事は、きっと一番の友達だったと思うんだ。だから‥‥エイジャの事とか聞きたいんだけど、俺一人じゃ何処にいるか判らないし‥‥それにあの黒猫‥‥」
黒猫と言えば『翼を生やした黒豹』。
カオスの魔物の仮の姿。
「エイジャの仇だって聞いたから‥‥」
少年の表情がほんの少しだけ翳ったが、すぐにハッとして顔を上げる。
「聞いて、自分で見つけて倒してやるなんて無謀はしないよ、約束する! ただ‥‥判らない事が多すぎて気になるって言うか‥‥、自分の首を‥その、切ろうとしていた女の人とかも心配って言うか‥‥」
「うん」
不安気になる少年に、受付係はそっと笑んでみせる。
同時に良策が思い浮かんだ。
「ユアン君、それはやっぱり師匠達にお願いした方がいいよ」
「ぇ‥‥でも邪魔しちゃ‥‥」
「邪魔じゃないさ!」
強引に少年の言葉を遮る青年は、これを機に、セレに発つ際には必ずギルドを通して協力者を仰ぎ、決して単独行動はしないという約束をリラに取り付けられないかと考えたのだ。
何よりも、これ以上ユアンの傍からエイジャの記憶を失わせないために。
「ね、そうしよう! それしかないさ!」
「う、うん‥‥」
気圧されるように頷くユアンの前で、受付係はまるで闘志を燃やす戦士のようにその瞳を輝かせていた。
●リプレイ本文
依頼を受けて二日目の昼前だ。
ユアンの家を訪ねるも、自分の頼みで街に買い物に出ていると教えられたクイナの家でその帰りを待っていた冒険者達は、しばらくして戻って来た子供の姿に気付いた。
「師匠!」
真っ先に飛天龍(eb0010)に駆け寄ってきた少年。
「あ、あの‥‥」
ギルド受付係の強引な提案を断れなかったのが理由とは言え、自分の我儘に彼らの時間を割くような形になった事を何らかの言葉で詫びようとするが、巧い言葉が見つからない。
そんな気持ちを察した天龍は、その頭を撫でてやる。
「気にする事はない。俺達もエイジャの仲間の事は気になっているからな」
笑顔で告げれば、少年もほっとした様子。
「ありがとう師匠!」
告げると同時、その隣の席に腰掛けている人物に気付いて動きを止めた。
長い銀髪が目を引くエルフの青年とは初対面だ。
それに気付いて陸奥勇人(ea3329)が口を切る。
「シルバーだ。俺達の仲間で、この間も一緒だった」
「え?」
ユアンはどこに居たのだろうと悩み始めるが。
「どんなに考えても判らんと思うぞ。陰の立役者だったからな」
意味が掴めずに首を傾げる少年の周りで広がるのは優しい笑い声だ。
「よろしく」とシルバー・ストーム(ea3651)から声を掛ければ、少年も慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「本当に成長したな!」
「わっ」
唐突に抱き上げられて驚く少年を持ち上げていたのはキース・ファラン(eb4324)。
傍で感慨深い笑みを浮かべていたのはリール・アルシャス(eb4402)。
「ところで」
ユアンにもハーブティーを出しながらクイナが言った。
「今日はお客様が増えると思っていたのですけれど‥‥」
「あぁ‥」
誰の事か察した面々は言葉を濁すが、ユアンが寂しそうな顔を見せるのに気付いて笑顔に戻る。
「今日は無理でも、きっと会えるさ」
「約束するよ」
リール、キースの二人が安心しろと言いたげに告げる隣では、物見昴(eb7871)が妙に自信有りげ。
「秘策があるからな。待っていろユアン」
時間はまだあるのだ、諦めてなるものかとその瞳が語っていた。
●
依頼実行の初日に、まずは一番の強敵を落とすべく石動家を訪ねた彼らだったが結果は門前払い。
「会いたくない」の一点張りだった。
逆に即承知したのはリラである。
過去を忘れられるはずはない、だが前に進もうという気持ちを固められた彼はユアンの「会いたい」という気持ちに応える事に迷いはなかった。
そうして三日目。
冒険者はリラと共に石動家へ赴き、扉を叩けば初日と同じように兄・良哉が顔を出す。
「また君達か‥‥、それにリラまで」
迎える彼の表情は複雑そうだ。
「せっかく来てくれたのに悪いが、妹には‥‥」
会わせられないから帰ってくれ。
初日と同じ言葉を続けようとした彼に、おもむろに大きな茶釜を取り出した昴。
「これで茶を立ててみたくないか?」
「――だが‥‥」
渋る彼にトドメの一撃。
「青磁の茶碗も持参したんだが」
他にも色々あるぞとバックパックの中身をちらつかせれば、良哉はしばし固まったまま返答に窮していたが、結局は己の欲望に負けた。
「ど、どうぞ‥‥」と招き入れられて、直後に屋内からは慌しい足音。
思い掛けない展開に妹・香代がどこかに隠れたらしかった。
*
「いやぁ、やっぱり華国の茶器は素晴らしいな。この手触りといい図柄といい、何ともいえない味があって‥‥」
まるで小動物を抱き上げるように唐物茶釜と青磁の茶碗を堪能する良哉に冒険者達は若干引き気味。
「‥‥よく良哉の趣味を知っていたな」
「ま、前回の反応で何となく」
リラと昴が小声で言い合う横では、勇人が気を取り直そうと軽い息を吐いた。
「香代は、まだ落ち込んだままか」
妹の名を出されては流石の茶好きも表情を改めた。
「ん。まだ厳しいな」
「やはり自身を責めているのだろうか」
リールが己の心を痛めて呟けば、キースも難しい表情で口を切る。
「気にするなとは言えないけど、過去ばかり見ていてもな‥‥」
兄を犠牲にしたくない一心でリラの狂化を誘発し友の死を招いた責任は確かに彼女にもあるだろう。
それを悔いるのも当然だ。
むしろ、悔いていなければそちらの方が問題だとキースは考える。
しかし過去を覆す事は誰にも出来ない。
見るべきは一分、一秒でも先の未来ではないだろうか。
「過去の間違った自分も「自分だ」と認めて、次に同じ状況に陥った時こそ悔いの残らない選択を出来るように、心も身体も鍛えて行くことが大事だと思うよ」
キースは、姿は見えない彼女に語り掛けるように告げる。
それほど広い家ではない、同じ屋内にいれば声は届くはずだ。
「‥‥他の連中は知らんが、少なくとも事情を知った今、俺達は香代を責めるつもりはない」
言う勇人は、視線をリラに転じた。
「この際だから単刀直入に聞くが、リラは香代を許せないと思っているか?」
突然の問い掛けにリラは驚く。
しかし既に答えの出ている問いだ、彼が答えを探すのに時間が掛かるはずもない。
「いいや。許せないのは、むしろ己の非力だ」
リラもまた自身を責めて来た。
友を実際に弑した手を見つめる瞳に浮かぶのは悔恨。
「だが、君達のおかげで目が覚めた」
語る彼の表情に迷いはない。
「あの時の香代の立場に立てば誰もが同じ事をしたと思う。ファラン殿の言う通り、次に同じ状況に立たされた時にどうするかが大切なのだと思う」
「あぁ、その通りだ」
隣から同意を示すのは天龍。
姿を見せる事のない陽の陰陽師に、冒険者達の言葉は届くだろうか。
その心に、ユアンやリラと同じく前に進む力を持たせられるだろうか。
「‥‥ユアンは、エイジャに似た強く優しい男に育つだろう」
ふとした勇人の呟きに、良哉が驚いたように彼を見た。
「似るって?」
「ああ。ユアンは俺達がついていた嘘を知ってなお騙されてなんかいないと言い切った。自分が信じている限りは騙されることもない、エイジャがそう教えたらしい」
良哉と、そしてリラの瞳が見開かれる。
思い出されるのは亡き友の口癖のようだった言葉。
「‥‥あいつ、バカが付くお人好しだとばかり思っていたが‥‥しっかり「親」やっていたんだな‥‥」
呟く良哉の瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいか。
「香代に伝えてくれ。エイジャが死の直前までどうあったかを思い出せと」
襲われようとも剣を抜かず、死を目前にしてなお友を信じて剣を託したエイジャなら、恐らくは仲間の誰一人として責めることはしなかっただろう。――否、幾度裏切られようとも相手を信じ抜く。
自分が諦めない限り負けはない、それが信条であった彼ならば必ずだ。
「俺達が強引に連れ出してユアンと引き合わせても意味はないし、そこまでするつもりもない」
「けど「ユアンを頼む」っていうエイジャの言葉は、一人に向けられた言葉じゃないと思うんだ」
天龍、キースが共に、仲間の言葉に力を持たせる。
「贖罪代わりでも構わない。ユアンの力になってやってくれ」
「養父の事を知る者が身近にいるってのは、良い影響になると思うよ」
昴も言葉を重ね、いまだ時を止めたままの兄妹が重い一歩を踏み出せるきっかけへの橋渡しを試みる。
「これを」
そうして不意に、これまで一言も発さなかったシルバーが一本のスクロールを良哉に手渡した。
「‥‥これは?」
「フレイムエリベイションの写しです。私自身が精霊から力を借りているわけではありませんので上手く力を込められたかは判りませんが。‥‥香代さんの気持ちを鼓舞させるのに役立てればと思います」
「妹に、か」
受け取った巻物を握り締めて呟く良哉を見遣り、今日はこれでと席を立つ彼らを、直後に「待ってくれ」と止める声。
「ジャパンから美味い緑茶を持ち込んでいるんだ。時間があるなら馳走させてくれないか」
「緑茶?」
思わず反応したのは茶好きの昴。
「ああ。この素晴らしい茶器を使わせて欲しいってのも本音だが、それよりも、これまでの侘びと、礼を兼ねて」
告げた良哉が視線を転じた先を、冒険者達も振り返る。
「ぁ‥‥」
香代がいた。
これ以上ない程に傷ついていた彼女が、冒険者達を前に肩を震わせながらも深々と頭を下げていた。
●
翌日、ユアンの願いは叶った。
リラと石動兄妹が少年のもとを訪れたのだ。
過去の真実を話すのは当事者に任せるべきとの判断から冒険者達は一切口を挟まなかったが、話が進むにつれて言葉数が少なくなる少年を、リールは背後からしっかりと支えてやった。
もしもこれを知るのが以前のユアンであったなら、きっと最後まで聞く事は出来なかっただろう。
だが現在のユアンは、反応こそ小さくなっても聞く姿勢を崩す事はなかった。
「ごめんなさい」と泣きじゃくる香代を前にしても取り乱す事なく。
「己の狂化を止められなかった」というリラの言葉が自身にも置き換えられるのだという事に気付いても、拒まない。
リールの腕を握る手に力を込めただけだった。
じっと耐えていた少年は。
「以前に俺が預かると話した手紙だが」
師の言葉に顔を上げ、差し出された手紙を受け取る。
「送り主はリラだ。若干の差異はあるが今話した内容と、ユアンが望むならエイジャの仇として討たれてもいい、そう書いてある」
天龍に教えられた少年は驚いてリラを見る。
その視線を受けて彼は告げる。
「それを書いた時の、その言葉に嘘はなかった。だが今はまだ討たれる訳にはいかない。エイジャの本当の仇を討つまでは生きたいと思う。‥‥許してくれるだろうか」
生きる事を。
「‥っ‥‥」
頷くか、拒むか。
僅かに首を動かした瞬間に込み上げてきたものを隠すように、ユアンはリールの腕に顔を隠した。
「ユアン?」
同時、少年の瞳から一粒零れた涙は。
「俺‥強くなる‥‥」
震える声が語る、子供の夢。
「もっと‥もっと強くなって‥‥師匠や、皆と一緒に冒険出来るくらい強くなって‥‥それで、ちゃんとした仲間になりたい‥‥っ」
その意味するところを察したリールは微笑う。
「それなら、もう仲間だろう私達は」
「ああ」
リール、勇人の応えが。
「ユアン」
天龍の呼び声が思い出させる、今は亡き人の思い。
「俺‥‥エイジャみたいな大人になる‥っ‥‥父さんみたいな‥‥っ」
「――今‥‥」
目を見開く彼らに少年は願う。
「だからこれから、父さんの事たくさん聞かせて下さい‥‥! ずっと、ずっと生きて、俺の成長、見ていて下さい‥‥っ、父さんの代わりに‥お願いします‥‥!」
「ユアン‥‥っ」
「お願いし‥ます‥‥っ」
少年の祈りは、同時にリラの、石動兄妹への「赦し」であると本人は知っていただろうか。
リールは抱き締めていた子供を、リラの腕に預ける。
石動兄妹にも、抱きしめてやって欲しいと願う。
「ユアン‥‥!」
もう抱き締めてやれない彼の分も――ようやく父と呼ばれた男の分も、いつまでも。
それが彼らを生かす力になるから。
●
最終日の夜、彼らは月精霊が象る光りの下で宴を催した。
昴が準備した桜餅に桜蕎麦、ももだんご。
クイナ特製のハーブティーに蜂蜜も加え甘味一色かと思いきや、天龍が腕を奮って準備した料理に酒も揃えられて宴会ムード。
中には、天龍の厚意で招かれたギルドの受付係の姿もあった。
「お招きありがとうございます」と礼を述べる彼は、次いでキースの姿を見つけると興奮した様子で声を掛けた。
「先日の件ですが、どうにかなるかもしれません!」
何の話かと尋ねる仲間に、前以て石動兄妹とユアンが一緒に受けられる依頼があれば優先的に彼らに回せないか問い合わせていた事が明かされる。
受付係は、それがどうにかなりそうだと言うのだ。
「まだ形になってはいないのですが、天界出身の知人が今とある組織の設立を目指しているんです。これが実現したら戦闘以外の部分での協力が必要になりますから、ユアン君も一緒に参加出来るかと」
「へぇ。魔物がユアンを狙うのを諦めたとは思えないしね。あの二人に任せられるなら安心かな」
「ああ。これで私達もリラ殿がセレに赴く際には安心して同行出来る」
昴、リールが続けば、当の本人は目を丸くして彼らを見遣る。
「同行? しかし‥‥」
「いまさら他人行儀な真似はよしてくれないか?」
天龍が言えば、リラは口篭る。
「この先どうなるかは判らんが、出来る限り力になりたいと思っている。あの黒豹は、既に俺にとっても弟子や友を苦しめた捨て置く事の出来ない相手なのだからな」
「飛殿‥‥」
「俺も、はっきりとは言えないけど力になりたいと思ってる。セレへ行く時には依頼って形でもいいから知らせてくれよ?」
次々と掛けられる言葉に、リラは。
「まったく君達は‥‥」
呆れたような呟きは、だがとても嬉しそうだった。
「どうだ?」と、こちらユアンと一緒にいたのは勇人とシルバー。
知るなら早い方が良いからと、魔法を用いて少年の狂化条件や、その状態を知ろうと努力していたのだが、未来を見ると言ってもその結果は非常に断片的だ。
解釈の仕様など幾らでもあるため、これと言った答えを掴めずに居た。
「なぁユアン。エイジャから「これだけはするな」と何か言われた事はないか?」
「うーん‥‥」
しばらく考えた後でふと思い当たったのは。
「違うかもしれないけど、泣くと手がつけられないから、泣きたくなったら深呼吸してまずは落ち着けってしつこく言われてた」
「「泣く」という言葉なら何度か見えましたね」
シルバーが魔法の結果とも照らし合わせて呟き、小首を傾げる三人。
と、そこに口を挟むのは良哉だ。
「そう言えば最初に俺達の野営地に飛び込んできた時の、あの錯乱状態というか、泣き方は酷かったな」
リラも「もしかすると」と話しに加わる。
「ユアンは狂化するとひたすら泣き続けるのではないか?」
「――」
無害と言えば無害、些か拍子抜けの狂化状態にほっとする者、苦笑する者。
「となると要因は強い驚愕、か」
「感情の大きな落差」
「泣く行為そのものって事もあるんじゃないかな」
勇人、天龍、キースの予測。
実験した訳ではないから憶測でしかないけれど。
「可能性は有りますね」
「しかし、さっきは泣いても普通だったよな」
シルバーが応えた後にリールも続くと、何かを含んだ表情で口を切ったのは昴だ。
「リールに抱き締めてもらっていたからかもね。母親の腕の中みたいな感じで安心したとかさ」
親しみを込めたからかいの言葉に、ユアンの顔が瞬時に火照った。
それはまるで、湯気が立ち昇りそうな勢いで。
「俺もう泣かないっ!」
真っ赤になって言い返す子供に、笑いが零れる。
冒険者達はもちろんのこと、リラからも、石動兄妹からも。
――‥‥ユアンのこと‥‥頼んだ‥ぞ‥‥
最後の言葉は信じた友への願い。
ならば彼らは前へ進む。
生き続ける。
それが「君との約束」なら――。