●リプレイ本文
依頼主の村に出発するというその日、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の計らいで今回の依頼にゴーレムを動員する事が可能だという話になった冒険者達は、数組に分かれて出発前の準備に追われていた。
力仕事が主になるだろう今回の依頼でゴーレムの力を借りられるのは、この上ない幸運。
とは言え、一人で動かし続けるには限度があるため、リール・アルシャス(eb4402)、華岡紅子(eb4412)、国塚彰吾(ec4546)という操縦可能な三名もルエラと共に工房へ。
こちらには日向も同行を申し出た。
ルエラからこの話を聞いた彼もまた、ゴーレムという存在に少なからず興味を持ったからである。
一方で街へ物資調達に向かったのはソフィア・カーレンリース(ec4065)。
以前に別の依頼で知り合った紅子と相談し、必要と思われる衣類など、主に布地の確保を請け負った。
マグナ・アドミラル(ea4868)とフルーレ・フルフラット(eb1182)は、ゴーレムと共に、これを起動しながら村へ進む仲間達に先行して行けるよう――また、現地でも重要な戦力となる馬の確保に努めていた。
自分達の愛馬と共に各所を回る二人は、騎馬に慣れていない仲間の事を思い遣り、馬車の手配も試みる。
そしてもう一組のソード・エアシールド(eb3838)は、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の案内で知人だという牧場経営者宅を訪れていた。
山羊に羊、鶏、牛、馬。
手広く経営しているセゼリア夫妻とレインは以前に花の植え替え依頼で一緒した事があり、彼女を頼ればソードの望む植物の苗や種も準備出来ると考えたのだ。
更に、ルエラは友人のシファ・ジェンマに資金を預け木材の購入を頼んでいた。
残念ながら共に現地へ行く事が出来なくなった仲間もいたが、モンスターによって壊滅状態の村を救いたい、その思いは一つ。
気持ちだけは共に有る仲間の分も各々が走り回った。
そうして準備万端。
現地でゴーレムと共に合流する予定の仲間達を思いながら、ギルド近くで合流した五人は馬を駆る。
一分一秒でも早く現地へ。
そう気持ちの急く彼らの進路を、突如、巨大な影が塞いだ。
「ぇ‥‥っ」
慌てて馬を止めた彼らの前に現れたのは、驚くべき事に旧型のフロートシップだった。
*
「どうしたんですか、これっ」
時間が惜しいと言う理由で一先ずは全員が荷と共に船内に乗り込むが、動揺を隠せないのは一人二人ではない。
堪え切れなくなったレインが思わず声を上げれば、フロートシップの稼動に意識を傾けながらもルエラが丁寧に説明してくれる。
「バガンの貸与もそうですが、リリィさんの村がセレとの国境付近という話でしたから縁あるセレ分国の男爵にお会いして来たのです。そこでゴーレムを動員する事情を説明しましたら移動にはフロートシップがあった方が良いだろうと、お貸し下さいました」
苦笑交じりに語る彼女には何ら他意など無いのだが、上流階級の人々にあまり縁の無い面々は動揺を隠せない。
今回の依頼主であり、共に村まで帰ることとなっていた少女リリィ・ジェンは尚更だ。
共に冒険者として接していると判り難いのだが、ルエラの公的な身分が相当なものであることは明らかで、顔には出さなかったものの日向も面食らった事実である。
旧型とはいえ、フロートシップの貸与は国の決定。
モンスターによって壊滅状態の村の人々が自ら財産を削ってギルドに依頼して来たと言う事実を重ね合わせ、国の無策が露呈する事を危惧しての判断かと穿った見方をする日向が眉を顰めた一方、分国セレとの国境付近におけるオーガ族の襲撃が、ここ最近で頻発している事を別の繋がりから知るリールは、やはり表には出さないのだが胸中に一つの不安を募らせていた。
「何はともあれ、これで移動に掛かる時間は大幅に短縮されるッスね!」
些か強張りつつあった場の雰囲気を和ませようと、陽気な声を上げたのはフルーレだ。
特徴的な話し方は、それだけで皆の神経を和らげさせ、マグナが後押しするように「まったくだな」と笑んで見せる。
その笑い方は静かで起伏を感じさせないものだが、ジャイアントという大柄な体躯もあってか、非常に頼り甲斐のある言葉として船内に響く。
それが決定打。
皆が表情を和らげれば自然と会話が生まれてゆく。
「バタバタしていてちゃんと御挨拶出来なかったですけど、あの時はお世話になりました♪」
そう紅子に声を掛けるのはソフィア。
彼女もまたムードメーカーの一人だ。
「どういたしまして。そんなに経っていないのに、ものすごく成長したみたいね」
「ありがとうございます」
和やかに女性同士で話す二人の傍には、王都で仕入れた野菜の苗を確認しているソードとレイン。
「うー‥‥ん、お願いを聞いてもらった以上は約束を守らなきゃですけど、ソードさんは何耳をつけて行きますか?」
「‥‥俺は行かないから別の奴を連れて行ってくれ」
普段からあまり表情を動かす人物ではないようだが、今日は眉間に深い縦皺を刻んで返すソード。
ソフィアが何の話ですかと問い掛ければ、レインは失笑。
「この苗、セゼリア夫人がお知り合いの方に声を掛けて集めてくれたんです。何かお礼をって話をしたら、次に会う時には動物さんの耳を付けて来て喜ばせてねって言われてしまって」
「夫人らしいですねー」
レインと同じく、こちらも夫人と顔見知りのソフィアが返すと、紅子が「約束は守らなきゃね」とからかうような視線をソードに向ける。
そんな話で盛り上がる四人から少し離れた操舵席の一角では、強張った表情でフロートシップの操縦に取り組んでいる彰吾がいた。
「‥‥彰吾殿?」
隣の操舵席からリールが心配して声を掛けるのに気付いて、フルーレも彼の背後に歩み寄る。
「大丈夫ッスか? 自分には応援しか出来ないッスけど、もう少しリラックスしても良いと思うッスよ?」
如何せん、今回が初ゴーレム操縦の彰吾だ。
天界からの召喚者ということで素質は有り、物質の巨大な塊が移動するという現象そのものには故郷で慣れていても、それとこれとは別である。
「緊張するなと言うのは無理かもしれないが、ただでさえ精神力を使う作業だからな‥‥、私達もいるんだ。少しくらい気を緩めても平気だぞ?」
「ありがとう‥‥努力してみるよ」
努力してリラックスというもの困難な話である。
一方で彼女達三人の姿を、こちらも操舵席で見つめて失笑しているのはルエラだ。
隣には日向の姿もある。
「頃合を見計らって国塚さんには華岡さんと交替してもらいましょう」
「それが良さそうだな」
ルエラの提案に、苦笑交じりの日向が返す。
「滝殿も、初めてと言う割には落ち着いているな」
マグナに声を掛けられて軽く肩を竦めた。
「まぁ車の運転と似たようなもんだと思えば、な」
こちらは終始なごやかムードである。
「リリィちゃん?」
黙り込んでいる少女を気遣った紅子が声を掛けると、リリィはハッとして顔を上げる?
「大丈夫? 顔色が悪いようだけど」
「へ、平気ですっ、ありがとうございます‥‥」
向けられる笑い方はどこかぎこちなくて、紅子は(「やっぱり‥‥」)と内心に呟く。
自分達には自然な流れも、資金力も、国境付近の小さな村に暮らす少女には信じられない事態なのだろう、と。
依頼を受けた時からそれを懸念していた紅子は、少女の隣に腰掛けた。
何かを話し掛けるでもなく、そのまま静かに。
「‥‥あの」
「ん?」
小さな声を掛けられて微笑み返せば、その表情に浮かんでいた強張りが、ほんの少し緩んだように見えた。
●
予定の半分以下の時間しか掛けずに現地に到着した一行は、木材などの大きな荷は後ほどゴーレムを起動してからの運搬と決め、各々のバックパックを背負って村に入った。
しかし、その途中から彼らは歩調をばらつかせ始めた。
足下から鳴るのは乾き切った草の折れる音。
それだけが不気味なほど静まり返った村に響き、周囲を探る視線は次第に険しさを帯びていった。
「これは‥‥ひどいな‥‥」
眉を顰めてソードが呟く。
春を迎え、草木の若々しい緑が映える時期であるべき大地は一面が黒灰色に覆われていた。
焦げていると言うべきか。
更には鼻腔を刺すような強烈な臭いの正体を、数多くの戦場に立ってきた者は知る。
「何てこと‥‥」
思わず口元を覆って呟くルエラ。
カサッ‥‥パリッ‥、と息吹が皆無の大地を踏み締めながら冒険者達が先に進む内、ようやく見えて来た少数の人影。
「母です」
リリィが言う。
「皆さんを御紹介します、少し待っていて下さい」
言い置いて駆け出した少女は「お母さん!」と大声を上げた。
その声に応えるように一人、また一人とこちらに顔を向ける村人達の動きはひどく緩慢で、それでも彼らが依頼を受けて来てくれた冒険者達だと知ると慌てて駆け寄って来た。
「遠いところまで来て頂いて‥‥っ、ありがとうございます。ありがとうございます」
顔中に心苦しさを滲ませるリリィの母親。
その後方では辛うじて生き残った村人達も深々と頭を下げていた。
どの人の顔にも浮かぶ憔悴の色。
冒険者達は顔を見合わせ、頷く。
「早速ですが、私達もお手伝いさせて頂きます」
「こちらも色々と準備が必要ですから、その間しばらくは皆さんもお休みになられては如何ですか?」
「簡単なものになりますが、食事をご用意しますから」
リール、レイン、そして彰吾の言葉に村人達は目を瞬かせた。
*
人間の何倍もある大きさの人型ゴーレム・バガンが、シップに積んで来た木材などの大きな荷を軽々と村の敷地内に運んで行く。
最初に稼動させているのはルエラだ。
石で出来ているとは思えない滑らかな動きは操縦者の腕の見せ所でもあり、日向はそれらを観察しながらリールと紅子から即席のゴーレム講座を受けている。
ソフィアとレイン、そして家事全般を得意とする彰吾は村人達に食事を振舞うべく、その作業に追われていた。
「失礼しまーす‥‥」
声を掛けながらソフィアが入ったのは、辛うじて人が住める状態で残った家屋七戸の内の一つだ。
起き上がれない怪我人が休んでいると聞き、そんな人々にも栄養をつけてもらうために間もなく食事の準備が整うことを報せに来た彼女だが、その表情は硬い。
人が住めると聞いていた家屋は、しかし王都に暮らす彼女達には廃屋と呼ぶ方が近い装丁だ。
土の地面の上に敷かれた藁が、床。
壁も薄い木材を並べて繋げただけと言っても過言ではない状態で、少女二人が腕を広げれば両側の壁にぶつかるほど狭い空間に傷を負った十人近い人々が横たわっているのだ。
食事を作るための設備など一切なく、暖を取れるようなものもない。部屋の中央にある炭の跡は、人が敷き詰められた状態で彼女の目に触れる事は無かった。
「‥‥皆さん、起き上がれますか?」
ソフィアはその場に膝をついて声を掛ける。
だが微かな呻き声が上がるだけで自分の声が届いているとはとても思えなかった。
「ソフィアさん? あっちの家に居た人は外に‥‥」
幼い子供達が集まっていた家に声を掛け、友人の様子を見に来たレインは、中に入るなりやはり言葉を飲み込んだ。
陰鬱な空気が立ち込めている。
重傷だとか、病気だとか、そのような段階ではない。
ここに在るのは、もはや――。
「ソフィアさん、レインさん」
「っ‥‥」
不意に呼び掛けられて振り返ると、リリィが立っていた。
「あの‥‥、ここで休んでいる人達は、食事は取れないので‥‥」
「でも」
「休ませてあげるしかないんです。だから‥‥、お願いします」
告げるリリィに、少女二人は返せる言葉を持たない。
促されるまま外に出て、村の中央で炊き出しを行っている彰吾のもとへ戻った。
そこには元気な子供達がいて、自分で身動きの取れる年老いた人々、土に塗れた包帯を体中に巻いた男性の姿も、少数ではあるが見られた。
「どうしたんだ? 二人とも顔色が悪いようだけど」
「いえ‥‥」
「ぁ‥‥手伝います」
彰吾が保存食に手を加えて作り上げた食事を盛り分けて配っているのに気付き、少女達は慌ててそれを手伝った。
「はい、どうぞ」
そう声を掛けながら器を手渡すと、子供は「うわぁっ」と感動の声を漏らす。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
笑顔で告げる、生きている子供と。
外にも出られぬ怪我人達が横たわる家屋を順に見遣って、少女達の胸中に落ちた影――。
その頃、マグナ、フルーレ、ソードの三人は、数人の村人達と共に元は畑であった場所を滅茶苦茶にしている異物の撤去に当たっていた。
家屋の修繕など主な力仕事を担当する心積もりのマグナ、フルーレだが、ゴーレムによる木材などの運搬作業が終わるまでは田畑の整備を手伝うことにしたのである。
異物と言っても、武器と思われる道具の欠片など細かなものが散在している程度で、畑を破壊した最大の要因はオーガのものと思われる大量の足跡だ。
それまで植えられていたのであろう苗も無残に踏み潰されており、とても再生を図れるような状態ではない。
「それにしても‥‥いくら荒らされたとはいえ、細い土だな」
ソードは手に土を握りこむ。
はらはらと砂粒のように崩れて指の合間から落ちて行くような土壌では、どれだけの作物が収穫出来ると言うのか。
もともと作物を育てるのに適した土地ではないのかもしれない。
「この村では、農作物の他にどんな仕事を?」
見たところ水路を引いていた形跡もない。
これだけで暮らして行くには余りにも無理があると察したソードが傍にいた村人の一人に声を掛けると、彼女は少し考えた後で左右に首を振る。
「あたしらにはこれしかありません」
「ご覧の通り、近くに森があるわけでもありませんし、海に面しているわけでもありませんから‥‥」
「こんな場所で何かを作ろうにも、その技術も無ければ、他所の町へ売り歩く労力も無いですしねぇ‥‥」
オーガの群れに襲われた後となっては尚のこと、もはやこの村には、作物を育て自分達の食料を確保するしか生きていく術が無いのだ。
「‥‥それでも、この土地が好きなんスね」
村を離れるつもりはないと語ったリリィの言葉を思い出しながらフルーレが言うと、村人達は大きく頷く。
「生まれ育った土地です、この土地で死んで行く事が私らの夢ですよ」
それを「夢」と語る村人達の思いを、冒険者達はどう受け止めるべきか。
「冒険者の皆さんに助けて頂けるんです。私らはとんでもない幸せ者です」
本心からの言葉だと伝わるからこそ、三人の胸中には苦いものが込み上げてきた。
ゴーレムの操縦を紅子に代わり、今度はルエラが日向にその操縦方法を口で説明していた頃、リールは気になる事があるのですがと、村人の一人に声を掛けていた。
「この村がオーガに襲われたのは今回が初めてですか?」
「私が知る限りはそうですねぇ‥‥」
「では、近くの村で同じようにオーガに襲われたという話は?」
「さぁ‥‥他所の村の情報なんて滅多な事でもない限り、伝わって来ませんから」
「伝わって来ない?」
驚いて思わず口を挟んだのは日向だが、この世界の識字率に思い当たった。
新聞はもちろんのこと、ラジオやテレビといった伝導体も存在しないのだ、他所の情報が伝わらないのも不思議ではない。
しかし、だからこそ。
「それも怖い話だな‥‥」
「怖いと言いますと?」
日向の呟きにルエラが問い掛ける。
「情報が入って来ないって事は、どんな情報も捏造出来るのと同じだろ?」
逆もまた然り。
普通に情報が入るのだとしても捏造されたものを広められれば結果は同じだが、情報の有無、語学力の高低で得をする者、損をする者の差に際限が無くなるのは必至だ。
「なんつーか‥‥、異世界って以上の隔たりを感じるな」
自嘲気味な呟きを漏らす日向に追い討ちを掛けたのは、続くリールから村人への質問だった。
「この土地の領主はオーガ族に襲われた時に逃げたとお聞きしましたが、その後、村に戻られましたか?」
「いいえ‥‥、ですが少しほっとしているのです。納税の義務が消えるわけではないでしょうけれど、領主様が不在になられた事で、私達は皆さんへの依頼を出す事が出来ました。おかげさまで何とか生活は出来るようになるでしょう。もし領主様が先にお戻りになられて税を納めろと言われていたら‥‥、私達の生活は本当に立ち行かなくなっていたでしょうから‥‥」
心から安堵しているのが伝わってくる声音に、まさかと思いつつリールは問いを重ねた。
日頃どの程度の税を納めているのか、と。
村人からの返答は、冒険者達を愕然とさせるに充分な内容だった。
●
「税が前年の収穫の七割なんて話があるか!?」
思わず声を荒げた日向に、集まっていた冒険者達も同意を示したり頭を抱えたりと各々の反応を見せる。
場所は難を逃れた家屋七戸の内の一つ。
昨日までは数家族が集まって夜を過ごしていた場所を冒険者達に提供してくれたのだ。
「テントを持参したからそちらで過ごす。家は今まで通りに使ってくれ」と言ったのだが、彼らの大事な身体が充分に休められないのは申し訳ないと村人達も譲らない。
男女で二戸用意すると言うのを一戸でいいと言い張るのが精一杯だった。
これも会話の流れでリール達が知ったのだが、この村の人々にとっての冒険者は「冒険者」であり、出身地の違いに関わらず「偉い人」らしく、人々はことあるごとに命の重さを比べる。
身分の高さが人間の価値だという意識が根付いているかのようだった。
「ったく‥‥」
やはり土の地面に藁を敷いたフロアに窓の一つもない薄い板を張り合わせただけの家屋で、日向は苛立ちを顕わにした。
この季節だからこそ厳しい寒さを感じることもないが、入り込む隙間風に思わず身を震わせてしまうのは、真冬なら尚更のはずだ。
「自分の領民にこんな暮らしをさせて七割の納税? 上の人間はそれで何も言わないのか」
半ば呆れてもいる日向に、自身なりの考えを持ちつつも冷静に口を切るのはルエラ。
「この国では王より土地を与えられて治める領主には、その地における絶対権力が与えられます。件の領主が他の領地によほどの影響を及ぼさない限り、たとえウィル国王であらせられるジーザム陛下でも政にお言葉を挟まれる事はかないません」
「現国王は賢君だと聞いたが」
「ですが国王も一人の人間であることに違いはありません。ウィルの国土全ての事情を把握することは困難ですし、その地を治める者が「問題ない」と言ってしまえばそれまでなのです」
「この村の民は、救いを求められただけ幸運だったというわけか」
苦々しく言うのはマグナだ。
どんなに疲弊した土地と言えども主君より賜った土地は領主の財産だ。少しでも己の生活を潤したいと考えるのは必定。ゆえに民に負担を強いてきた。
マグナは民を見捨てて逃げた領主に憤りを感じていたが、こうなると消えてくれて幸いだったと思える事実が痛ましい。
「ウィルの外には、リリィさん達と同じような暮らしや‥‥、もっと酷い暮らしをしている方がいらっしゃるという事ですか‥‥?」
「そうだな‥‥」
沈痛な面持ちで声を上げるレインに応えたのはリール。
そしてフルーレが。
「だから自分達がいるんスよ」
思い掛けず明るい声を上げた。
「国を支える民を護り、助ける‥‥それが自分の信じる騎士の務めッス!」
そして、きっとそれは彼女個人の思いには止まらず。
「冒険者は依頼があれば国境も越えられる、だからこそ相応の身分を持ちながらもギルドに所属している騎士は多いんじゃないッスかね」
移動させる視線の先にはルエラ、リール。
「依頼が無ければ関われないというネックはあるがな」
無愛想なソードの言葉は、しかし救いを求めている人々を思い遣ってのものに違いなかった。
「明日からは笑いましょう?」
紅子から掛かる声は歳若い少女達と、日向への言葉。
「やれる事をやるしかないの。今のままだとやれる事も見逃してしまいそう」
「そうだな‥‥」
「はい‥っ」
彰吾、ソフィアが応えればレインも頷き、日向は前髪をかき上げて軽い息を吐く。
「‥‥確かにな」
時間の許す限り、全力で。
助けを求めて来た人々の暮らしを守るために。
新しいスタートを切らせるために。
それが冒険者か、と。
日向の胸の内にはその存在に対する認識が上書きされていく。
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「それではいくッスよーーー!」
フルーレの快活な声が青空の下に響く。
「そぉ‥‥れっ!」
掛け声でタイミングを計り、馬達に繋いだロープを結んだ丸太、それを逆側から押し遣るのは村の女性達だ。
ルエラの資金により調達された木材を加工し、村の外周に添って立てて造ろうとしているのは、マグナの発案により決定した、今後の外部からの襲撃に備えた防護柵だ。
本人は、誰よりも力仕事に向いている事もあって家屋の修繕、上下水道の整備などに借り出されて一箇所に留まる事が出来ずにいるのだが、その点はフルーレが補い、笑顔を絶やさない彼女の人柄は村人達にも元気を分け与えるようだった。
交替でゴーレムを起動させている面々は、仕事量が通常の人間の何倍にもなるだけあって疲労の度合いも大きい。
各所の力仕事を交代で請け負い、間に休憩を挟みながら手仕事にも積極的に加わった。
そしてあの、怪我人が横たえられた屋内にも明るい声が上がる。
「少し頭を持ち上げますよー?」
ソフィアが声を掛けても、返るのは言葉にならない呻き声ばかり。
それでも一つ一つの行動を伝えながら相手の身体を動かし、傷口を拭き、熱を持った患部にはレインの魔法で作り出した氷を当てて冷やす。
持参してきた魔法の石も用いて、ゆっくりと休ませる。
固形物が食べられないのならと植物に詳しい仲間達が採取してきた薬草も合わせて流動食を作ったのは彰吾だ。
力及ばず、目の前で息を引き取った村人もいた。
だが、起き上がれるようになった者もいた。
涙を流して悲しむ事があれば、喜ぶ事もあった。
荒れ果てた畑を整備していたソードに課されたのは、まずは土の改良だ。
村人達と力を合わせて大地を耕す他、使えるものは何でも使えとばかりに有る道具を用いて作成した篩で土を選別し、馬の排泄物は肥料として再利用。
時間を掛けて、最初に村に入った時に充満していた残酷な臭いは、いつしか土の匂いに。
畑の匂いへと変化していった。
「出来れば水路も用意したいところだが‥‥」
チラと視線を転じた先には雨水を溜めて生活用水の足しに出来るよう作業に没頭しているマグナが居る。
水路があればより多くの食材栽培が可能になるだろうが、生活用水の確保を最優先とするなら、この短期間にそこまで望むのは酷だろう。
「明日には苗を植える事も出来るでしょうか‥‥」
地面に膝をついて土を握りこむ。
それは程良い粘りを持ち始めていた。
陽精霊の力が弱まる頃には各々の家にささやかな灯が燈され、これを頼りに建物の修復を試みる。
貴重な時間だ、夜間でも可能な作業を見つけては実行した。
仕入れてきた布は村人達の衣類の修繕に活用する。
一つ一つを確実に、全力で。
冒険者達の滞在期間は、あと僅か。
●
その日、村の上空には一頭の天馬が羽ばたいた。
騎手はルエラ。
彼女のペガサスだ。
「防護柵はあのような感じで良さそうですね」
「ああ」
同乗しているリールが返す眼下には、わずか一週間で立てたとは思えない立派な柵に囲まれた村があった。
更にその周りには深い堀がある。
単純な言い方をするなら「落とし穴」だ。再びの襲撃に備えての、最も簡単かつ効果的な罠。
そして黒灰色に覆われていた村には、色が増えた。
畑に広がる緑はその代表だろう。
「人間は強いな‥‥」
「ええ」
感慨深く呟いて地上に下りると、感想を聞きたいマグナが近付いてくる。
どうだった? と言葉では問わない。
向けられる視線にリールは微笑み、ルエラも笑んで見せ、片手を上げる。
「お疲れ様」
空に向かって掲げられた手に、手を叩き。
鳴り響く音色は更に多くの笑顔を引き出す。
「さて‥‥、それでは最後の一仕事といくか」
マグナの言葉を合図に、彼らが向かうのは村の中央。
民家から畑へ向かう道の途中には、いまレインと村の子供達が冒険者達の集合を待っていた。
その傍らには彩り鮮やかな花の苗。
どんな環境の中に在っても強く咲く花の姿は、きっと村人達の勇気になると考えた彼女が用意して来たものだ。
「待たせたな、レイン殿」
「いいえ、この子達はまだ植えたくないって言っていたくらいで」
苦笑を交えて返される。
フルーレとソード、紅子、日向は既に集まっていたのだが、どうやら、この花の植え替えを最後に冒険者達が村を離れると知った子供達が駄々を捏ねていたらしい。
「どうしても帰らなきゃダメ? まだ一緒にいてよ!」
「お姉ちゃん! おじちゃん!」
上着の裾を引っ張りながら訴えられたマグナは、おもむろにその子供を抱き上げる。
「これが最後ではない、またいずれ会う機会もあるだろう」
「ほんと?」
「ああ」
マグナの真っ直ぐな言葉に抱き上げられた子供が瞳を輝かせれば、地上にいる子供達から「いいなぁ‥‥」という声が上がる。
ジャイアントという種族ゆえに子供達の父親よりもよほど高い身長を持つ彼だ。
子供達が抱っこして欲しいとせがむのも頷ける。
「む‥‥」
結局、他の冒険者達が集まるまで次々と子供達を抱き上げては遊んでやる事になったマグナである。
その頃、間借りしていた家屋を掃除し、個々で準備してきた保存食百余りを置き、村人達にはそれを明かさずに発とうとしていたソフィアと彰吾は、迎えに来たリリィと運悪く遭遇してしまった。
「こんな‥‥っ、こんなに良くして頂いたのに、食事までだなんて、とてもじゃないですが頂けません!」
拒否するというよりは心底恐縮している少女は、必死でそれを持ち帰らせようとする。
更に目が良いらしい少女は保存食に埋もれて置かれている布袋にまで気付いてしまった。
「あぁっ! これは私が依頼した時にギルドの方にお渡しした依頼料‥‥っ、中身がほとんど減ってないじゃないですかっ、まさかこれまで‥‥!」
絶対に受け取れない、持ち帰ってくれと懇願して来る少女に二人は参ってしまう。
相談させて欲しいという言葉で少女を落ち着かせ、村の中央に集まる仲間達の元へ駆け寄った。
「ごめんなさーい、リリィさんに見つかってしまいましたーっ」
「結構、彼女が頑固で‥‥」
困り果てた様子の二人に他の面々は失笑。
最初に説得の言葉を口にしたのはソードだ。
「今後近隣で災害が起こったら、その時のその人達の援助に使って欲しい」
また別の困窮した人々がギルドを通して助けを求められるように。
「それにな、今この子達と約束したのだ。いずれまた会おうと」
「ぇ」
言うマグナを仰ぎ見るリリィの目が見開かれる。
「だからな、その時のための投資とさせて欲しい。天界に帰ること叶わずこの地に留まることになるやもしれん。そうなればこの村に家を建てるかもしれない、――そのような将来の縁を結ばせて欲しい」
「マグナさん‥‥」
驚く村人達に、冒険者は揃って頷き返す。
気持ちは一つだ。
「一緒に約束の花を植えましょう? きっとまた会うんですから」
レインに促されて、リリィも、子供達も、花の苗を手にする。
一人一株。
黒灰色ばかりだった村に、また彩りが増していく。
「あら、探偵さんは植えないの?」
紅子は少し離れた場所に佇む日向に気付いて歩み寄った。
彼は、遠くから花の植え替え作業に賑わう人々を見つめていた。
「もう植え終えて、休憩中」
「ふぅん?」
意味深に笑いかければ、日向も下手な誤魔化しは効かないと悟ったらしい。
微かな苦笑とともに切り出した。
「華岡サンも天界っつーか、俺と同じ出身だろ? 冒険者をやっているのは勇者だと言われているからか?」
「いいえ」
彼女は即答だった。
「勇者サマなんて柄じゃないわ。でも、冒険者の仕事は嫌いじゃない。誰かの役に立てるのが気持ち良いのね、きっと」
「へぇ」
短い返答は、だが茶化すのでも、流すのでもない。
素直な感情を滲ませた答えだった。
だから紅子は続ける。
「王様からの仕事も、小さな村からの仕事も「同じ」。依頼であろうとなかろうと「縁」があったんですもの。私に出来る事はなんだってやってみせるわ。――それがこの世界における私の生き方よ、探偵さん」
語られる言葉を日向は受け止める。
「俺も、何でもしてやろうって気になって来たトコさ」
目の前に広がる光景を。
子供達の笑顔を、守るために。
「‥‥俺が、いま何を考えているか判るか?」
「さぁ‥、どうかしら」
意味深に笑む彼女に、日向も意味深な笑みを返す。
救世主。
勇士と呼ばれる天界人に出来る事は、武器を持って戦う事だけだろうか。
答えは否。
この景色が、その証になる。
カオスの魔物と呼ばれる強大な敵と闘う事だけが使命ならば自分が召喚される理由は無かったはず。
では何のために。
何をするために?
その問い掛けと一つの決意を胸に、彼らは王都への帰路に着く――。