探偵遊戯〜この大地で・4〜
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 22 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月02日〜07月12日
リプレイ公開日:2008年07月11日
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●オープニング
――『人間なんか大嫌いだ!』
エルフの子に言い放たれた言葉が胸に突き刺さる。
帰りのフロートシップ内で仲間達皆に伝えられたその話に、セレの人間貴族アベル・クトシュナスは「あぁ、やっぱりね‥‥」と空を仰いで頭を抱えた。
「やっぱりってどういう意味だ? そんなにエルフと人間の関係って悪いものなのか?」
難しい顔で問い掛ける滝日向に、貴族は語る。
端から聞けば何て事のない些細な出来事。
だが、当事者達にとっては大きな問題。
「エルフの寿命が人間の三倍だというのは皆が知っている事だと思うが、‥‥つまり成長も人間の三倍掛かるって事だ。同じ年に生まれても、エルフの子の外見が二歳なら人間は六歳、三歳なら九歳。同じ時間を、同じように過ごす事はまず不可能だろう?」
大人達はそれを頭で理解し、心を納得させる。
だが、子供達にそれを強いることは出来なかった。
「偶然‥‥。本当にたまたま、四歳になったばかりのエルフの子が四歳の人間の子供達と親しくなった。だが時が経つにつれて成長の差は明らかになり、エルフの子が六歳になると人間の子は十を越える。それでなくとも種族の性質上、エルフは体力が乏しく体付きも華奢だ。同じ遊びをしていてもエルフの子が付いていけなくなる」
だからエルフの子は「他の遊びをしよう」と頼んだ。
人間の子は「そんなのはつまらない」と拒んだ。
食い違う意見はいつしか喧嘩の要因となり、幼い者達の間から諍いが絶えなくなると、互いの種族の大人達がつい口を滑らせてしまったのだ。
曰く『彼らと自分達とではまったく別の生き物なのだから』と。
種族は分かれた。
互いに関わらない事が平穏を保つために最も有効だと判断されたからだ。
「他の村のように、どちらかの人口割合が多ければ違った道も選べただろう。だがシアンテ村はあの通り、最低限の生活で我慢するなら、人間は人間だけで、エルフはエルフだけでも充分に暮らしていける。村の内部に争いを起こすよりはと、あの状態がもう何年も続いているんだ」
しかし村人達の生活をぎりぎりのラインで保てても国の税収は確保されない。
二つの種族が力を合わせることで収益を上げてもらいたいと言うのが貴族の本音。
一方で人間としての意見を言わせて貰うならば、どちらの種族であれ互いを敬遠する事無く仲良くやって欲しいと思うのだ。
もともとは豊かな土壌で畑作を生業として来たシアンテ村。
オーガ族の襲撃を受けて以降は、もともとの土地から東に五〇〇メートルほど移動した土地に居を構えて生活している。
人口およそ八〇名の内、約半数がエルフ、もう半数が人間。
中通りを境に種族ごとの集落が完全に左右に分かれており、その交流はほぼ皆無。
子供達に至っては毛嫌いの域に達していると言っていい。
現在の主な作物は小麦と蕎麦粉。
どちらも収穫量はそれほど高くないのだが、村人達が生きていく分には間に合っているという。
この他に首都セレへ出稼ぎに行っている若者達が二十名ほど。
場合によっては彼らを呼び戻す事も可能だ。
――さぁ、この土地をどう動かす――?
●リプレイ本文
「あの子の言葉が、ずっと気になっているんです」
ソフィア・カーレンリース(ec4065)の沈んだ声音に、隣に座るレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)も重々しく一つ頷く。
前回の旅で出逢ったエルフの子供から、人間など大嫌いだと面と向かって言い放たれた二人の表情は浮かない。
そんな少女達を見つめ、こちら力強く応えるのはルエラ・ファールヴァルト(eb4199)だ。
「まずはいがみ合いを解決する事、ですね」
二つの種族が共に暮らすシアンテ村。
今は仲違いし、絶たれた交友関係が復興の妨げとなっている理由は決して容易に解決出来るものではないと判るけれど、この村から始めると決めた以上は投げ出すつもりなどないと断言した。
「じゃあ、まずは先行して村に行く側と、首都に寄ってシアンテ村の人達に故郷へ戻るよう話す側とに分かれましょ」
「だな」
華岡紅子(eb4412)の提案に同意を示す滝日向は、国塚彰吾(ec4546)にも声を掛け、おまえもこちらに来いと促す。
「天界人が三人揃えば『暁の翼』について説明するにも巧い言葉が見つかるだろう」
「そうだな」
判ったと立ち上がる彼らに、一同をセレまで案内するアベル・クトシュナスは、苦笑めいているものの感心した調子で口を切る。
「冒険者ってのは前向きでいいもんだな」
「あら、それって褒め言葉かしら」
紅子が笑みを湛えて言えばセレの人間貴族は肩を竦める。
「当然。民も皆がそうであればと、君達を見ているとつくづく思う」
遠くを見つめるように語る彼にそれ以上の言葉はなく、先に首都へ向かおうとする船が横断していく地上を見つめていたソード・エアシールド(eb3838)の胸中はいつになく冷静だ。
(「他人同士の関係を修復しようというのは非常に難しい問題だ。今回の期間で全てを解決しようなどと焦らず、そのための事前調査に来た‥‥そのくらいの心持で取り組むのが無難かもしれないな」)
船は深い森の上空を横断していく。
エルフの国とも呼ばれる分国セレ。
『暁の翼』は、いま正に此処から始まろうとしている。
●
首都セレではアベルの案内のもと、紅子と彰吾、日向の三人がシアンテ村出身の人々との面会を重ねた。
多くはゴーレム製造のための材料集めなどで土地を離れており、彼らが接触出来たのは主に女性ばかりだったが、それでも今後の故郷に活気的な変化が訪れる事は伝えられる。
『暁の翼』
この大地に喚ばれた天界人が持っている様々な知識を用いてアトランティスでの暮らしを変えていく。
シアンテ村で言うならば仲違いし交流の絶たれた村人達の心を再び一つにまとめ、皆で新しい産業を含む農業の活性化を進めたい。
真摯に訴える冒険者達を、村出身の彼女達も無下にはしなかった。
「でも‥‥シアンテ村の種族同士の確執は、そう簡単には解消されないと思いますよ?」
そう返したのは、二十代後半のエルフの女性だ。
紅子達のように人間の四人組が明らかに目立っている首都の一角で、周囲の視線を気にしながらも彼女は教えてくれた。
「私もそのエルフの子の話は知っていますし、私自身、成長速度の違いで一緒に遊べなくなった人間の友人も少なくありません。けれど、そればかりが村の人達を二分している原因ではないと思います」
「と言うと?」
「‥‥もっとずっと永い‥‥人間が好きだからこそ一緒には過ごせない事もあるんです」
「‥‥?」
憂いを帯びた表情で語られ、人間側は小首を傾げる。
それは、奇しくも村に先行したソード達が村の長から聞かされる話と同じだった。
*
一足先に再びシアンテ村を訪れたソード、ルエラ、ソフィア、レインの四人は、前回にも挨拶してあった人間側の長老を訪ねて話をした後、ソフィアを先頭にエルフ族の集落で最も発言力のある者との対話を求めた。
八十人ほどが生活していると聞く割には微妙な静けさが漂っている村で、冒険者と言えど余所者の人間がエルフの土地に足を踏み入れたというのは、一種の事件として村の人々の興味を引く。
「あ‥‥」
遠巻きに冒険者達の姿を見遣る者達の中に、先日も会ったエルフの子を見つけたのはレイン。
「ソフィアさん」
彼女の袖を引いてそちらに目を配らせれば、それに気付いた子供は驚いたらしく逃げるように姿を消した。
「‥‥話をするのは無理なのかな」
「うー‥‥ん‥‥」
難しい顔で落ち込む二人の背を、ルエラが優しく叩く。
「大丈夫ですよ。必ず話をする事が出来ます」
励まされて、辛うじて笑みを取り戻す少女達。
そんな四人の前に現れた最も発言力のある人物は、齢六十に近づこうと言う高齢のエルフ。
暦年齢にして一五〇年以上を生きている、言わばこの村の生き字引だ。
「そなたらのような冒険者に会うのももう幾度目になるか‥‥」
冒険者を屋内に通して口を切った長は、ソード達が考えていたよりも物腰柔らかく彼らの求めに応じ話をした。
「エルフの集落と人間の集落、――単に付き合いがないからいがみ合っていると言うのなら、かえって村に不和を呼ぶ可能性が高くなる。互いに交流を深める事が村の発展の為にもいいのでは」
「例えば、以前に皆様が暮らされていた本来のシアンテ村――あちらがオーガ族の襲撃を受けた際にもこのように生き延びた者がいるのなら、それは共通の敵を前に互いに手を取り合えたからではないのでしょうか」
首都にいる仲間と同じく『暁の翼』の活動内容を話した上でソード、ルエラと順に訴えれば、エルフの長は深い皺の刻まれた顔を僅かに綻ばせた。
「そうか‥‥なるほど、長生きはしてみるものだな‥‥」
掠れた声音の中にも楽しげな響を伴わせて、しかし長は左右に首を振った。
「私達とて望んで人間といがみ合っているわけではない。‥‥いや、子供達にそのような感情を与えてしまったのは私達年嵩の者だが、私達は、むしろ人間を好いているよ」
意外な返答に冒険者達は目を瞠る。
では何故、とその視線で問い掛けた。
長は語る。
一五〇年という長い月日の中で、親しくなった人間は決して少なくない。だが、その中の誰一人として自分より長く生きる者はないのだと。
「エルフと人間が関われば、残されるのは常に我々エルフの民だ。オーガ族の襲撃、そのような事も幾度かあった‥‥あの時にはエルフの友との別れに涙した人間も確かにいた。どんな災難が訪れ、どのような事情で別れを知る事になるかなど誰にも判らぬだろう。‥‥しかしな、人間の時間の流れというものは、私達には理解出来ぬほど、早い」
村の人々にとって、件の子供の事件はきっかけに過ぎなかった。
そのずっと以前から二つの種族の間には今ほどでないにしろ隔たりがあり、日を追うごとに溝は深さを増していた。
「かつては人間との間に何の隔たりもなく接することが出来た娘もいたが‥‥」
「――プロメ女史の事でしょうか」
王都のギルドでそのような話を聞いたソードが名を出すと、長は頷く。
「そうか、ご存知か。‥‥あの娘は不思議な子でな。双方の集落を行き来してはどちらの子供達にも楽しげな笑いを零させていた‥‥あの子がいた頃が、この村が最も平和だった時間かもしれぬ」
しかし彼女もまた数年前のオーガ族襲撃によって家族を失い、その時の悲しみを糧に王都でゴーレムニストとして生きる道を選んだ。
彼女が村を去ってからは、ますます集落同士の交流など見られなくなったという。
「私達は、生きる時間を異にする人間と関わる事に疲れたのだ。若い者達がいがみ合うことで種族の交流が絶たれるのなら、それもまた良し。‥‥こうして私と対話しているそなたらも、組織の活動を開始するため一日も早く二つの集落の仲を取り持とうと考えているのであろう? そのような姿は、私達の目には生き急いでいるようにしか映らぬ」
冒険者達は言葉を詰まらせる。
ソードだけは(「やはりな‥‥」)と胸中に息を吐いた。
「言葉だけで私達を納得させようというのなら尚のこと‥‥、なればエルフ族は、君達人間に協力するつもりはない」
「でも‥‥!」
咄嗟に声を荒げたソフィアに、しかしエルフの長はゆっくりと首を振る。
「同族のそなたの願いと言えど聞けぬものがある。発展、改革、進歩、‥‥人間が掲げるそれらの思想が私達にとっては不要であると理解出来るか?」
長い時を生きる者達にとって、潤う事は重要ではない。
ただ健やかに。
穏やかに生きていければ良い、それだけが望み。
「人間に心通わせ、共に歩む道を選ぶそなたを間違いとは言わぬ。それもまた正しき姿と知っている。村の者にも、そなたらの思想を理解し手を貸そうという者がいるならば、それを止めはしない。だが、村を一つとして活動したいと言うならば、今の段階では不可能と言わざるを得ない」
富める事を望まない者達に、それでも協力したいと思わせる事が出来なければ協力は得られない。
それが、シアンテ村に暮らすエルフ族の総意であった。
●
「思った以上に厄介だな」
シアンテ村、人間側の集落の一角に場所を借り、首都セレに向かっていた三人も合流しての情報交換の場で頭を抱え呟いたのは日向。
一方で「やっぱりね」と肩を竦めて見せたのはアベルだ。
「うちの王様も大きな変化は望まれない方だからな‥‥、オーガ族の襲撃がこれほど頻発していなければ『暁の翼』発足をこれほど容易に認めては下さらなかっただろう」
「‥‥それで、どうするの?」
問うのは紅子。
エルフ族の長と対面した四人が揃って沈んだ面持ちをしているので自然と口を切るのは王都からの合流組みだ。
「村の人間側の人達は私達の活動に協力してくれるんでしょう?」
「あぁ、それは大丈夫だ」
顔を上げて返すのはソード。
あの後で人間側の集落も周り、一人一人に説明していけばこちらは驚くほど容易に協力を得られた。
彼らは生活の改善を望み、よりよい暮らしを求め、それに手を貸してくれるという冒険者『暁の翼』の提案を拒む理由などないのだ。
ただ一つ、エルフ族との協力が困難であるという点では変わらなかったけれど。
「人間からしてみれば、エルフは非協力的。エルフからしてみれば人間は生き急ぎ過ぎ。‥‥なんつーか、平行線だな」
「でもエルフ族の長が言う事も最もよね。変化を望まないのが種族の感性であれば、それを責めるのはどうかと思うし、それでも協力を求めるなら、それ相応の理由を提示しなきゃ」
うーん‥‥と考え込む一同。
今回、彼らは人間とエルフ、絶たれた二つの種族の交流を何とか復活させようと考えてきたけれど、彼らが持つ言葉の大半は、やはり自分と同じ人間側の主張だ。
エルフであるソフィアもまた、人間の側に立って協力を求めるつもりでいた。
しかしそれではエルフの心を動かすには至らない。
どんなに声を張り上げても聞き流されるだけだ。
「‥‥王都に出稼ぎに出ている若い人達は、エルフ族の子も含めて柔軟な思考を持ち合わせていたわ。まずは協力してくれるエルフと人間だけで活動を始めて、変化を求めないという人達には時間をかけてゆっくり理解してもらう他ないんじゃないかしら」
多少の後ろめたさは残るけれど。
そう語る紅子に異を唱えられる者はいない。
それも一案と、次いで口を切るのはソード。
「この村で栽培されている蕎麦粉だが、それを食料として利用する事を考えているのは人間側だけだな。どうも‥‥頑なというか、エルフ達はそれがなくても不自由がないと言う理由から、栽培はしても調理にまで手を伸ばす気はないようだ」
調理法が違えば互いのレシピを交換し合うなどして交流再開のきっかけにならないかと淡い期待を抱いていたが、どうやらそう巧くは運ばないらしい。
「言葉ではなく、行動で示さなければならないのですね」
ルエラも重い吐息と共に呟く。
この短い期間に言葉だけで説得しようとしていた、それでは「生き急ぎ過ぎ」と言われても仕方がない。
言葉には力がある、それは紛れもない事実でも、言葉だけではどうしようもない事もある。それを思い出していれば、違う言葉で、違う形での理解を得られた可能性もあったのに。
「大切なのは、どちらにとっても歩み寄りだと思うわ」
紅子は思う。
あの子供が傷ついた一連の話にしても、例えば当時はどうしようもなっかたのだとしても、年齢を重ねてから学べる事がある。
「焦らず、急がず。ゆっくりと理解を深めていきましょう?」
出稼ぎ組みを呼び戻すにしても、彼らには彼らの仕事があってすぐに村へ戻る事は難しい。
協力者がシアンテ村に集まるまでは今しばらく時間が必要だ。
「違いがあっても互いを認めること‥‥、ソフィア嬢とレイン嬢の友情が鍵になるかもな」
ぽつりとソードが零せば、二人の少女は顔を見合わせた。
「‥‥」
今回は巧くいかなかったけれど、これで終わりではない。
次がある。
――時間は、まだあるのだ。
「‥‥頑張りましょう!」
「はい!」
ようやく綻んだ二人の笑顔に、他の面々の口元も和む。
首都へ出稼ぎに出ている若者達が戻り次第、シアンテ村は『暁の翼』始動の地として動き出す。
絶たれた二つの種族の交流は取り戻せずとも協力者はゼロではない。
精霊暦一〇四一年七月。
新たな歴史の一頁が幕を開ける――。