闇翼の陰謀〜交戦
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月20日〜07月25日
リプレイ公開日:2008年07月26日
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●オープニング
「もうすぐだ‥‥っ」
夜闇に紛れ興奮し掠れた声でその時を待つのはルディ・オールラント。
「‥‥もうすぐ道が開く‥そうしたら今後こそ妹の仇を取ってやる‥‥!」
それだけを願ってきた。
ただ一途に、そのためだけに動いてきた。
『ニャアァ‥‥』
足下に、一匹の猫が近付いてくる。
右前足の無い、三本足の黒猫――否、カオスの魔物『翼を生やした黒豹』。
「‥‥まだ足を再生させないのか」
ルディは眉を顰めて話し掛ける。
それに対し魔物が言葉で応える事は無かったけれど、その口元が妖しく弧を描いた。
鋭い牙を月精霊の光りに反射させる様は正に狂気。
例えそれ相応の魔力を帯びた剣に切断された四肢とて魔物の身体は命を奪われない限り時と共に再生する。
黒猫の前足もとうに再生されているはずだ。それを敢えて切断されたままの姿に「変化させている」理由は、一つ。
再生する瞬間を、その足を奪った冒険者の目の前で見せつけてやろうと企んでいるからだ。
「足一本くらいどうってこと無いとでも冷やかしてやるつもりか」
ルディの呆れた物言いに猫が鳴く。
彼は、息を吐いた。
くだらない。
だが魔物は楽しんでいる。
(「‥‥こいつらの考えている事なんか判らなくたっていい」)
必要なのは「力」。
妹を殺したその力で、救ってくれなかった彼らに復讐すること。
これが叶えば他の事などどうなっても構わなかった。
(「妹は死んだのに‥‥あんなにも優しかったあの子がいなくなってしまったのに‥‥どうして世界は何も変わらず、おまえ達は安穏と生きていられるんだ‥‥っ」)
許さない。
あの子が死に自分の世界は終わった。
これを無視して続く時間など、あってはならないのに――!
「良い風ですね」
不意に闇の隙間から声が響く。
明朗で凛とした美声。
闇夜にあってなお艶めく漆黒の美貌を楽しげに緩ませて、ルディから流れ出る負の感情が混じる風を心地良いと評する。
その男こそがルディの主。
とは言え彼には異形の魔物に跪く気など毛頭なく、魔物もまたルディに崇められたいわけではない。
彼らは互いにそれで構わなかった。
魔物の望みは一つ、ただ、楽しませて欲しいのだ。
「‥‥連中に、わざわざ準備を整える余裕を与えようなんて親切にも程があるんじゃないのか。奴等だってそれなりの手立てを考えれば面倒な相手になるのに」
彼がリラを討ちし損じた日以降しばらくは全ての魔物に静観を命じたのもこの魔物。それにルディが反発し言い放てば、魔物は声を立てて笑った。
「彼らは君のために何らかの策を講じようとしてくれているのですよ? それはきちんとお待ちするのが礼儀というものでしょう。ましてや『道』が開くまでもうしばらくの時間が必要のようですからね‥‥。あの方々が策を講じる事でお相手する時間が少しでも延びてくれたなら、それは良い余興となるでしょう。あっという間に終わってしまっては面白味など半減してしまいます」
くすくすと嘲笑を絶やさない相手の言は、たとえ敵でなくとも聞く者の胸中に不快な漣を立てさせる。
それを自覚していてか、魔物は更に続ける。
「それに結果など最初から見えている戦。相手に悔いを残させないよう気遣って差し上げるのも大切なことなのですよ」
「――‥‥」
だから今は待て、と。
彼らが此処に現れた時に手厚く歓迎するための準備をと嘯く魔物の嘲笑が、夜闇を更に色濃く淀ませるよう、こだましていた。
●
「怖い‥‥? リラ殿がか?」
決戦前夜、不安を吐露したリラに彼女は眉根を寄せた。
責めているのではなく、意味を計りかねているといった様子。それを察したリラは薄く笑んだ。
「カインがこちら側に立った事、敵の所在地を掴んだ事。これまでの経緯を思えば魔物達にもこちらの動きは筒抜けているはずだ。にも関わらず今日まで何の動きも見せなかった事を考えると、‥‥一度生じた不安というのは、なかなか消えてくれない」
「リラ殿‥‥」
呼び掛けて来る声に幾つもの感情が滲んでいるのを感じ取りながら、しかしリラは表情を変える事無く続ける。
「一つ、約束をして欲しい」
「約束?」
「ああ。――何があっても生き延びる、と」
目の前に立った敵がカオスの魔物であろうと、ルディであろうと。
ましてや魔物に操られた仲間であっても躊躇せずに斬るという覚悟を、どうか。
「‥‥彼らなら、万が一の事態には迷わずそれを選べると思う」
この場にはいない冒険者、彼らの顔を思い浮かべながら告げる。
「けれど君は、‥‥剣を持つには、優し過ぎる」
カインを説得しようと皆が数々の言葉を伝えたけれど、ルディをも救いたいと語ったのは君一人。
まだ魔物に成り果ててはいないと信じた、その心が、不安を煽った。
「自分が生きる事を迷わないで欲しい」
戦力が明らかに上であれば状況は変わるだろうが、五分と五分なら一瞬の躊躇が勝敗を決する。
だからこそ。
「生き延びるんだ、‥‥必ず」
「――」
しばし辺りを覆ったのは静寂。
分国セレに広がる広大な森の木々が奏でる風の歌。
そして、彼女の応え。
「‥‥リラ殿も、だろう」
生きる事は皆の望み。
「誰一人死なせるものか」
それもまた一つの強さ。
「あぁ。君達に救われた命だ。投げ出すような真似は決してしない」
交わす約束が明日を繋ぐと信じて彼が微笑めば、彼女も微笑う。
「‥‥約束の証というわけではないのだが‥、その‥‥もし良ければこれを。お守り、‥‥とは少し異なるかもしれないが」
差し出された一枚の貝殻を見つめ、リラは少なからず驚く。
「これは貝合わせの?」
「ご存知なのか?」
リラが知っていた事に、今度は彼女も驚いた様子。
「以前に良哉からこの遊びの話を聞いたが、しかし‥‥」
この貝を贈る意味を知っているのかと尋ねようとしたリラは、しかし相手の表情を見て察する。
だから何も言わずに笑みを深めた。
「‥‥ありがとう。大切にするよ」
生きる理由が、新たに生じた気がした。
●
「ギザン領南部に偵察に出ていた者達が戻って来た。彼らの報告によれば、件の魔物がいると見られる洞窟の周囲は魔物の群れに囲まれているらしい」
部下からの報告を冒険者に伝えるのはヨウテイ領領主アベル・クトシュナス。
敵地へ出発する彼らに激励の意味も込めて最新の情報を集めていたのだ。
「魔物の数はおよそ二十、他にも操られていると見られる森の動物達が多数。ルディ殿の姿もあったようだ。その傍らには黒猫の姿もあったと言うが、――偵察隊は何の攻撃も受けずに無傷で戻って来た」
それは敵からの誘いも同じ。
魔物は彼らの来訪を待っている。
「‥‥それでも、あえて誘いに乗るのか」
問い掛けに応えるのは迷いの無い眼差し。
「性悪が‥‥、冒険者を舐めんなよ」
「今度こそ決着を‥‥!」
彼らを止められるものはない。
そこは、深い森の中。
木々の合間を抜けた先の岩壁に自然に生じた洞窟が、黒幕がいるとされている場所。
しかしそこに辿り着くまでには二十に及ぶ下級のカオスの魔物の群れと、ルディ、そしてあの日に逃がした『翼を生やした黒豹』が待っている――。
●リプレイ本文
「黒幕の魔物、ルディ、そして『翼を生やした黒豹』に関しては俺達が決着をつける」
セレの鎧騎士達に作戦の最終確認を行うのは所属は違えど同じ鎧騎士であるキース・ファラン(eb4324)とリール・アルシャス(eb4402)だ。
「貴君らにはその他の魔物とモンスター達の掃討に専念してもらいたい」
「深追いはしなくていい。己の命を第一に、生き延びる事を最優先にお願いしたい」
二人の言葉に十名の鎧騎士は是の応え。彼らの内、半数はノルンに乗り込み敵の本拠地の外周を包囲。フロートシップに搭載されている精霊砲で第一撃を加えた後、散った敵を討ち取るのが役目だ。
グライダー部隊は冒険者と共にシップに乗り込み、第一撃と共に空襲を掛ける。キースとリールはこちら側。進路を確保する事が二人の最初の任になる。
*
あと僅かで作戦決行地点に到着する上空、船内でイシュカ・エアシールド(eb3839)はユアンにブラッドリングを手渡した。
「俺も父さんの形見を持ってるよ? イシュカ兄ちゃんが持っていた方がいいんじゃ‥‥?」
不安そうな幼子の反応に、イシュカは左右に首を振る。
「‥‥魔物の術がユアン君を襲わないとも限りません‥‥。‥‥お父様のお守りと一緒に‥‥、どうぞ私達の気持ちもその手に持っていて下さい‥‥」
「‥‥うん‥‥、うん、ありがとう」
渡された指輪をぎゅっと手に包んで応えるユアン。
イシュカは更にリラとカインにもお守りだと黒匂玉を手渡した。
「‥‥戦場では、些細な運すら命を左右します‥‥どうぞお持ちになって下さい‥‥」
リラは素直にそれを受け取り「君の幸運も祈ろう」と返す。
だがカインは辛そうに顔を歪めて受け取りを拒否した。
「運が命を左右すると言うのなら、それは君が持つべきだ。いや‥‥生きて戻る事を真剣に願うならばルディを生かして連れ戻すなんて考えは捨てた方がいい」
兄として。
血の繋がった家族として、その言葉を口にする事がどれだけの苦痛を伴うか。
イシュカは彼の心情を推し量って眉根を寄せる。
「‥‥私達は‥‥誰も死なせないために赴くのです。ルディさんも含めて‥‥」
「しかしっ」
尚も言い募ろうとするカインを制したのは飛天龍(eb0010)。
「ユアンの前でそのような言葉を口にするな」
厳しい一言にカインはハッと顔を上げ、青白い顔をしている幼子の姿に唇を噛んだ。
「俺達は、これ以上ユアンの傍からエイジャの記憶を失わせないと約束した。おまえ達にはそれを語る義務がある」
「しかし‥‥っ」
「しかしじゃ無ぇだろう」
険しい顔付きで言い放つ陸奥勇人(ea3329)もまたルディを生きて捕らえる方向で意見は一致している。場合によっては、最悪の事態を受け入れる覚悟も決めていたけれど。
「生かして連れ戻す、それが前提だ」
「‥‥俺は、ルディを救うために彼の『死』を選択する事を間違いだとは思わない。けど、俺達が生きるためにそれを選ぶのは違うと思う」
キースが語り、次いでリールが。
「それに、リラ殿やカイン殿にも‥‥」
此処には居らず、地上のゴーレムと待機している石動兄妹も同じく。
「もう仲間の死を重ねさせたくないんだ」
彼女の心からの言葉にカインは歯を食いしばる。
様々な思いが胸中を荒らす。
「‥‥彼らは命の尊さを知っている」
リラは告げた。
過去の自分と同じような思いを抱いているのだろう「仲間」に。
「誰の命も等しく尊い」
「‥‥っ」
カインは静かに佇むシルバー・ストーム(ea3651)を見遣り、操縦席につくセレの鎧騎士達を見遣り、そしてエイジャの養い子を見つめる。
自分達が巻き込んでしまった人々。
誰の命も等しく尊いと、彼らはそう言うけれど、カインにとってはこの場の誰の命もルディのために失わせてはならないもの。なのに相応しい言葉が見つからず声を詰まらせる内、操縦席の騎士があと五分ほどで到着すると告げてきた。
「さぁ、気合入れていくぞ」
勇人は相棒となるグリフォン鳳華の首筋を撫でて言い、キースとリールはグライダーに手を掛けた。二人の機体にはリラ、イシュカがそれぞれに同乗し、シルバー、カインはセレの鎧騎士に操縦を任せたグライダーで下りる。
「精霊砲、砲撃準備」
騎士の号令。
天龍は自らの翅で飛翔するが、その直前にユアンの頭を撫でた。
「俺達を信じて待っていろ」
「はい‥‥!」
師に渡された言葉を胸に、この決戦を見届ける覚悟を改めて抱く。
「‥‥では、こちらも準備を‥‥」
魔物に対抗すべくイシュカが唱えた白魔法は、効果の持続時間を有効に使えるよう作戦決行間際での詠唱。天龍のオーラ魔法、シルバーのスクロール魔法も然り。
可能な手は全て打つ。
「砲撃五秒前」
地上五十メートルでシップの扉が開く。
砲撃、三秒前。
「‥‥ようこそ、冒険者諸君」
精霊砲の照準を受けた下方、妖しく笑う黒衣の勇壮さ醸し出す男。
直後。
辺りを覆う轟音はその森を震撼させた――!
●
声にならぬ声が阿鼻叫喚となって広がる。
精霊砲、その一撃で倒れた獣は決して少なくなかった。
爆風に煽られた砂塵が大気を土色に染め、木々を細かく砕いて散らす。同時、上空に舞った四機のグライダーと威風堂々としたグリフォンの姿。
辺りを覆った砂塵が風に流されて薄れ行くと、彼らは地上に揺らめく漆黒の炎を見る。
深淵に誘うように映る黒い炎を纏った球状の結界は、それを通しての攻撃を一切無効にしてしまうカオスフィールド、その中に彼らがいた。
一人はルディ。
一匹は猫の姿を模した「翼を生やした黒豹」。右前足を失った姿を、彼らはよく知っていた。
そしてもう一人。
黒い衣を身に纏い、ジャイアントと思しき大柄な体躯。瞳と同じく闇色の長い髪。凛とした佇まいに、腹立たしい程に精悍で優美な顔立ちは、カインに聞いていた首魁の想像図と重なる。
「あれが黒幕か」
舌打ちと共に呟いた勇人と魔物の視線が絡む。
例え上位の魔物だとて、それらを相手に戦場を駆け抜けてきた経験は世界中の冒険者を集めても群を抜く。
「行くぜ」
鳳華に声を掛け、魔槍スラウターを構え空を滑降。
彼を中央に四機のグライダーが上下左右を固め、一直線に。
「!」
砂塵の中から飛び出して来た複数の魔物が彼らに牙を剥くが、それも一瞬。
『ギィァァァァッ!』
真下に滑降する、その速度も彼らの武器がもたらす威力を増幅させた。正に一刀両断、僅かな隙もない。
更には地上から放たれた矢が彼らを援護する。
(「あちらも準備万端だな‥‥」)
視界の端に過ぎった光景に胸中で呟いたのはリール。地上で待機していたノルンも、砂塵に紛れて更に敵地へ接近していたのだ。
構えられる弓、射られる矢。
そして。
「グリマルキン!」
蝙蝠によく似た羽をはためかせ、魔物が狙うは、――天龍。
「っ!」
「飛様!」
思わず声を上げたイシュカに、しかしグライダーと勇人の間で小柄な体躯を生かした戦法を取っていた本人は動じない。
「こいつは俺が抑える、奴は任せた!」
「応!」
更に邪魔する小物も切り伏せ目指すは根源。
球状の結界に触れるか否かの距離間でグリフォンを飛び降り、一人真っ先に結界を越えた勇人。
「っ」
漆黒の炎が刃となって肌を切りつけてくる。しかしこの結界を挟んではどんな攻撃も無効となるならば懐に飛び込む以外、術はない。
「おや‥‥」
男は笑う。
「此処まで来て頂けるとは頼もしい」
「しゃらくせぇっ!!」
魔物の抜いた剣技を勇人の魔槍が突き崩し、続けてグライダーの後方に乗っていたシルバー、イシュカ、リラ、そしてカインの四人も結界を越えた。
彼らの眼前に居るのはルディ。
四人もまた結界の炎にかすり傷を負ったものの戦闘に支障を来す程ではない。若干ダメージを受けたイシュカは自ら回復させて元通りだ。
「驚いたよ」
そんな彼らにルディは薄く笑う。
「まさか兄貴にもう一度会えるとはな。とっくに死んだと思っていたのに、意外としぶとい」
「ルディ‥‥っ」
激昂しそうになるカインをリラが抑える。
代わりに口を切るのはイシュカ。
「‥‥私達は‥‥貴方を止めに来たのです‥‥」
「止める? 説得なんて無駄なことをしに来たのか? 俺を止めたきゃ殺せよ。――お優しい冒険者の皆さんにはそんな真似出来なさそうだけどね?」
クックッ‥‥と喉を鳴らす彼に。
「下がってください」
淡々と告げたシルバーが紐解くスクロール。無駄話をするつもりなど無ければ、敵に魔法を使わせる猶予を与えるつもりもない。
「! なっ!」
地上から吹き出るマグマに包まれたルディは負傷。
シルバーが発動したマグナブローは、更にもう一人。
「‥‥っ!」
すぐ傍で勇人と相対する黒幕の足下からも灼熱の炎が吹き上がる。
思わず動きを止めた敵を勇人の魔槍が捕らえた!
「――‥‥ふっ」
だが。
「‥‥容赦がありませんねぇ。冒険者はとても優しく礼儀正しい方々の集まりだとお聞きしていましたのに」
立ち昇るマグマの中央。
魔槍に貫かれながらも、魔物は微笑っていた。
右手にラムクロウ「龍爪」、左手にヌァザの銀の腕を装備した天龍は、空陸に散開した魔物の群れを一通り確認した。
地上から離れられない敵に関してはノルンとセレの鎧騎士達に任せられる。
空中戦を望む者が此方の敵。
その筆頭は紛れもなくグリマルキン――「翼を生やした黒豹」だ。
『ニャアァァァ』
コウモリに良く似た翼で空に浮かぶ姿は三本足の猫。
それと見合う内に同乗者を地上に下ろして身軽になった四機のグライダーが最初の役目を終えて周囲に戻ってくる。
空中戦に備えたランスを利き腕に携えて。
(「‥‥妙だな」)
キースやリールもいる。
なのに、黒猫の視線は天龍から逸らされない。
どういうつもりかと拳を構えた、その時だった。
『オレ ノ 腕 落ト シタ』
深い憎悪を込めたしゃがれた声が届く。
『腕 ヒトツ』
言葉が呪いであるかのように小さな体が昏い輝きを帯び、その影を巨大化させる。それは「翼を生やした黒豹」その名に相応しい姿へと。
『今度 ハ オレ ガ』
足は四本、まったくの無傷。
闇の色を背負った黒豹。
『オマエ ノ 腕 足 落ト ス』
牙を剥く。
「――来い」
察した天龍は眼光鋭く相手を見据えた。
相手に不足は無い。
今度こそ決着をつけるのだ。
●
地上からノルンによって冒険者を援護していたセレの鎧騎士達の中に石動兄妹の姿があった。最初の精霊砲、続く空陸双方からの攻撃で敵方の戦力をほぼ無効化したノルンは当初の予定通りに退いていた。いつ黒幕の厄介な術が彼らを襲うとも限らないからだ。
「‥‥兄さん」
「‥‥あぁ」
戦う事を得手としない兄妹には、ユアンと共にフロートシップから戦況を見守るという選択もあった。だが少しでも彼らと同じ戦場に立ちたいという自我を抑える事は出来なかった。
『ルディに伝えたい事があれば聞いておくぞ?』
天龍の言葉が蘇える。
伝えたい事は山程あるはずなのに、何も思い浮かばなかった事が今更ながらに悔やまれた。
「‥‥生きて、戻ってきてくれ」
それは冒険者達への願い。
そして。
「馬鹿野郎‥‥っ」
良哉は吐き捨てる。
その人の未来を、思って。
*
「はぁぁっ!」
対魔物用に先端に銀を施したランスで敵を討ち払ったキースは、すぐに周囲の戦況を確認した。
「翼を生やした黒豹」は天龍との一騎打ち。その他の魔物達は自分がいま仕留めたので残数ゼロとなり、上空、シップにも異変は見られない。
ノルンは退いた。
残す敵は地上の二人。
「リールさん!」
同じく最後の敵を討ち払ってランスを振るう手を止めた彼女に呼び掛ける。
天龍を援護するか、地上に下りるか。
見上げた先で黒豹の体が黒光りを放つ。
「ぐっ‥‥」
黒豹の魔法攻撃。
天龍の防御力は決して低くないが軽度のダメージは防ぎ切れない。しかし幾度か術の発動を重ねられる内に彼は気付いた、黒豹の用いる術がデビル魔法よりもよほど馴染みのある黒魔法ばかりだと。
(「こちらの攻撃は効いている」)
危惧していた特殊防御の術を黒豹は使えない。
ならば。
「行け!」
行動を迷う二人の背を押す。
「こいつは俺一人で片付ける!」
その言を受ければ二人にも迷う余地はない。
「ユアンを頼みます」
リールは他二機を操縦するセレの鎧騎士に言い残し、キースと二人、地上に向けてグライダーを飛ばす。
戦闘の余波を受けた機体が破壊されないよう場所を選んで着陸、素早く降りて駆ける。
ランスを放し空いた利き手に、いまは愛剣を握り締め。
「はぁぁぁああっ!!」
カオスフィールドを越える。
漆黒の炎の刃に斬られるも意に介さず。
「今度は、お二人」
魔物の声。
振り上がるリールの、そしてキースの剣を、しかし魔物は両腕を広げて受け入れた。
「!?」
同時に不可思議な光りが剣筋を包む。
背後から勇人の舌打ちが聞こえた。
「あぁ‥‥これがお二人の剣の痛み‥‥記憶させて頂きましたよ」
「なにっ?」
「ふふ‥‥、もう貴方達の剣も私には効きません」
にっこりと笑う魔物に、リールの背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「エボリューションだ」
言うのは勇人。
黒豹と違い、こちらは明らかにデビル魔法の使い手。その術を効かせた体には同じ武器、同じ魔法による二度目の攻撃が完全に無効化されてしまうのだ。
「つくづく厄介な術だぜ」
「ですが、もうしばらくは楽しませて下さるのでしょう?」
その言葉の途中、周囲から黒炎の結界が消えていく。
「あぁ‥‥面倒ですね」
「! 全員下がれ!」
勇人が声を荒げるも遅い。
「くっ‥っ!」
新たに張り直されたカオスフィールドが、近距離間でルディと対峙していた冒険者も含め全員に軽度のダメージを与えて形成された。
「隙あり!」
「――っ!」
ルディの剣を受けてリラが弾かれる。
すぐにシルバーのスクロール魔法が発動。
「がっ!」
ダメージを負い、短い悲鳴と共に剣呑な目付きをシルバーに向ける弟へ「おまえの敵は俺だ!」と攻めかかるのはカイン。
「ちょこまかとうぜぇ‥‥っ」
ルディが毒づくが、純粋に剣の腕だけを見れば実力差は明らか。疲労と負傷が重なり結果は見えようとしている。
しかし中には魔物の術を人一倍重く受ける者もいた。
「ふふふ‥‥。皆さんの苦悶の表情もなかなかに甘美なもの。それが見られるのなら多少の手間を惜しんではいられませんね」
魔物の嘲笑。
膝を付きそうになったのはイシュカだ。間を置かずに二度の結界による拒絶を受けたリールが負った傷も軽くはない。
キースは頬に流れた血を手の甲で拭い、笑いながら仲間を攻撃出来るルディを見据えた。魔物の術中にあってその影響をまるで受けずに居られるのは、ルディも既に其方の側だから。
たとえ「石の中の蝶」に反応しなくとも、心は既に――。
「‥‥カインさん?」
ふと彼の異変に気付いたのはシルバー。
見た目に酷い傷など負っていないのだが、異様に荒い呼吸を繰り返す姿は尋常ではなかった。
「カイン?」
「‥っ‥‥」
リラに呼ばれた直後、息を詰めて膝を折る。
おかしい。
確かに魔物の術によってダメージは重ねているが、この程度の負傷で感じるには重過ぎる痛みだ。
「オールラント様っ」
血の気の引いた顔色に、イシュカは急いで駆け寄り治癒術を試みた。見えない箇所に傷を負ったのかと考えたのだ。
術後、呼吸は落ち着く。
だが顔の青白さは変わらない。
「これは‥‥」
戸惑うイシュカに応えたのは、ルディ。
「なんだ、気付いてなかったのか?」
彼はニヤニヤと笑いながら魔物に視線を送る。
「おやおや。思った以上の「のんびり屋さん」ですねぇ」
魔物も喉を鳴らし、体内を探るように何度か左右に首を傾げた。
「さて‥‥その方のはどれだったか‥‥これでしょうか」
言い終えた直後に口から出した直径十センチ程の白い玉。
「デスハートン‥‥?」
誰ともなしに呟く術名、それは生命力を奪う術。
奪われた玉を取り戻さない限りカインの体が完全に回復する事はない。
「以前にお会いした時に頂戴しておいたのですが、今の今まで気付かなかったと?」
「っ、それを返せ‥‥!」
言い放つカインを尻目に、魔物は手の中でそれを弄ぶ。
「こういうのは奪い返してこそでは? 時間はあるのですから、何度でも挑戦して下さい」
「この下衆が‥‥っ!」
どんな罵倒も彼らを楽しませるだけ。
「さて‥‥次はどう遊びましょうか? 仲間同士で斬り合って頂くのも良いですし、皆さんに可愛い動物になって頂くのも面白そうですよ。あぁ、どうしましょうね‥‥ふふふ」
「‥‥なぜ‥‥」
魔物と、ルディと。
二人の姿にリールは顔を歪める。
「なぜこんな真似を‥っ‥‥なぜ実の兄にこれ程の仕打ちが出来るんだ! 妹君のことは辛かっただろうと思う、気持ちは判らなくもない! だがよりによって妹君の仇の力を借りるなんて‥‥っ、むしろそいつらを滅ぼすのが第一ではないのか!? それこそ妹君が望んでいる事だとは思えなかったのか!」
「‥‥もっと力を尽くせば妹を救えはずだってカインに言ったらしいけど、おまえ一人なら救えたのか。その状況がどんなだったかなんて俺達には判らないけど、最初から無理だった事を悔やんで、恨んで、それで復讐なんて、それってどうなんだルディ!」
リール、キースの言葉に、しかし当人は鼻を鳴らす。
「説得なんて無駄だって、三度は言わせないで欲しいね」
情のこもった言葉など聞き飽きた。
そして、それがどんなに無意味なのかも思い知った。
「人間は弱すぎる」
弱くて、脆くて、なのに守りたいものを両腕でも抱え切れないほど抱えて。
「もうすぐ世界は混沌に沈む」
道が――『壁』が開けば、それは新世紀の始まり。
「だったらお優しい人間様は今のうちに滅びた方が何ぼか幸せだろうよ」
「ルディ‥‥っ」
「兄弟とか、家族とか、仲間とか、そんなもんがあるから絶望があるんだ。最初からそんなもんが無けりゃ楽しい事だらけだ!!」
叫ぶように放たれ、振り上がる剣はリラに。
「――くっ!」
「リラ殿!」
「おや、貴女の相手は私ではなかったのですか、お嬢さん」
「っ!」
スッと首筋に伸びた剣をリールは間一髪で避けるが細い傷から血が滴る。
「この‥‥!」
キースが斬りかかる、しかし魔物はそれを避けるどころか素直に受け入れ、ダメージを全く受けない己が身を誇らしげに晒した。
「どうぞ気の済むまで。剣の訓練には幾らでもお付き合いして差し上げますよ?」
勇人の両腕に装備された武器はもちろんのこと、シルバーのスクロール魔法もイシュカの白魔法も既に吸収されている。
二度目の攻撃は通じない。
かと言って、一度目の攻撃で受けたダメージは間違いなく蓄積されているはず。体力が無限でないのなら限界は必ずあるはずだ。
残す武器はリラ、カインの剣。
もしくは、――勇人が一つの希望を胸に仰いだ空から、何かが降って来た。
「――?」
赤い雫。
血、だ。
「天龍!?」
●
地上から名を呼ばれたその時、天龍は自らわざと左肩を黒豹にくれてやっていた。
体の一部で飛べる彼らにとって空中戦の厄介さは回避する方向が三六〇度に渡る点。体の大きさは黒豹が天龍の二倍あり、大きいも小さいも、互いに長所であり弱点と成り得る。このままではキリがない、そう踏んだ天龍はあえて隙を作り敵を自らの懐に呼び込んだのだ。
「これで終わりだ!」
『ギィァアアアアアア!!』
右腕、ラムクロウの鉤爪を黒豹の腹部に突き刺す。噛み付かれた左肩は決して退く事無く、むしろその牙を更に肉に食い込ませるように力を込め下から繰り出す一撃は左、銀のナックル
『――――!!』
激しい叫びと共に牙が離れる。
散る血飛沫に視界を邪魔されても躊躇は無い。
『グッ‥‥オマエ ‥‥ ォマエ ‥‥ッ』
「終わりだ」
言い放ち、鉤爪を解放すべく黒豹の体を地上へ向けて放った。
「痛‥っ」
大量の血を流す肩を押さえて、彼もまた地上に下りる。無抵抗で地に落ちていく黒豹にトドメを刺さなければならない。
「飛様!」
近付く天龍に真っ先に駆け寄ったのはイシュカ。
「どうか傷口を‥っ‥‥早く治療しなければ‥‥!」
「あぁ、だが先に‥‥」
トドメをと言いかけて、ちょうど黒豹が落ちたのがキースの傍だと知る。
「やっぱり飛さんに任せた方が良いのかな」
遠慮がちに問われた天龍は失笑。
「いや、頼む」と仲間に任せて治療を受ける事にする。
「へぇ‥‥そいつ負けたんだ」
少し意外そうに呟くのはルディ。
「低級の魔物にしてはよく頑張ってくれた方ですよ」と、やはり穏やかに微笑う魔物。
首を落とされて絶命、それが黒豹の最期だった。
「‥‥あとはおまえ達だ。天龍、やれるか」
「無論」
「俺も、まだだ」
キースが剣を鞘に収め、代わりに短弓を装備し弦に銀の矢を乗せるのを見たカインは、自分の剣をしばし見つめた後でリールに声を掛けた。
呼ばれて振り返ると、彼の剣を手渡される。
「預ける。その魔物に代わりに一撃入れてくれ」
「あぁ‥‥けれどカイン殿の武器は」
「ルディから奪う」
その剣もまた、今この場で魔物のダメージを蓄積させられる貴重な武器の一つ。リラと協力して必ず奪い取ると断言。
「ぁ、‥‥ストーム様、もしお役に立てるのでしたら、これを‥‥」
イシュカからシルバーに手渡されたのは「破魔弓」。
エルフのシルバーにとっては些か重い弓であるが、貴重な一撃を射るだけならば可能なはず。
「‥‥お借りします」
矢はキースから借り受け、構える。
「次から次へと‥‥」
これまでの戦闘で負ったダメージは決して軽くないルディが早い呼吸の合間に毒づくと、冒険者の標的となった魔物は楽しげに首を振る。
「ふふふ‥‥さすがにその全てを受けては私もダメージが大きそうですね」
「だからって此処でサヨナラさせるわけにはいかねぇな」
勇人は魔槍の切っ先を突きつけた。効果的な武器にはならずとも、敵の動きを制限する役割は担える。
「残念ですが、私は遊びの延長に命を捧げるほど酔狂ではないのですよ」
「遠慮せず此処でくたばっていけ」
「いいえ、さすがに遠慮させて頂きましょう」
「せやぁっ!」
斬りかかるリール、その直後に射掛けるべく弦を引いたキース、シルバー。
刹那。
『止まりなさい』
「っ!?」
三人の体が痙攣したように震え、動きが止まる。
「くっ‥」
剣を振り上げたきり微動だに出来ないリールの空いた懐に魔物の剣。
「さようなら」
「――!」
「リール!」
笑んで描かれる刃の軌跡、その先に飛び込んだのは天龍。
「おまえの敵は一人ではない!」
「ふむ‥‥貴方の鉤爪とはお近づきになりたくありませんね」
刃と刃の涼んだかち合いの音色に、後退する足擦れの音が重なる。
「逃がすかっ!」
勇人は槍の柄部分を勢い良く魔物の背に打ち込む。
「っ!」
「はああぁっ!」
押し返された前方に天龍の拳、鉤爪が敵を狩る。
「がっ‥‥!」
魔物の動きが鈍る。
「射れるか!」
勇人の声を受けて、しかしキースもシルバーも動けない。
「‥‥っ!」
口も開かないほど完全に動きを封じられていた、――「言魂」だ。
「陸奥様!」
呼ばれて振り返る、イシュカから放られたのは銀の短刀。
威力はさほど無いうえ、ホーリーシンボルである刀を渡せばイシュカの魔法は発動しない。
それでも動ける者が限られるこの状況下では。
「食らえっ!」
「――――!!」
銀のナックル、銀の短刀で前後から加えられる衝撃に魔物から放たれた気が大気を震わせた。
「くっ‥‥」
苦悶の吐息。
『止まりなさい!』
二度目の言魂。
今度は勇人、天龍、イシュカに届く声、しかし勇人は気合でそれを振り払う。
「往生際が悪いぜ!!」
「‥っ」
天龍は必死に抵抗を試みる。
効かずとも構わない、敵を逃さぬためには攻撃の手は休められない。
「がっ‥‥!」
リラの攻撃を受けてルディが倒れた。
剣を落とし、それをカインに奪われる。
動けるのは誰だ、そう振り返る彼と、リラは告げる。
「もう止めよう」
「‥っ‥‥」
「私達は君の死を望まない」
告げるリラに、しかし本人は。
「言ったはずだぜ、止めたきゃ殺せってな‥‥!」
「ルディ‥‥」
武器も無く抵抗してくる、その姿は。
「っ」
不意に腕が落ちた。
動ける、そう察するが早いかキース、そしてシルバーが再び弓を構えた。
「覚悟!!」
放たれる銀の矢。
鳴り響くは破魔の弦。
「グァ‥‥!!」
魔物の首を、胸を射る。
「っ‥、これで‥‥!」
リールが剣を持ち直す、――斬る!
「ガアアァァアァァッ!!」
苦悶の叫び。
カインから放られた剣。
「おまえに任せた! やっちまえ!!」
受け取った勇人に躊躇はない。
「エイジャの名は返してもらうぜ、カインのその白い玉もな!!」
一分の隙もない鮮やかな軌跡は魔物の半身を切り裂くが如く。
手の平から落ちた玉をリールが急いで拾い上げる。
魔物が体勢を崩し、膝を付く頃には天龍、イシュカの束縛も解けていた。
「‥ふ‥‥ふふ‥っ‥無念ですよ、このような形で退く事になろうとは」
「この期に及んでまだ逃げるつもりか」
「確かに‥‥生き恥を晒すは如何なものかと思いますが‥‥『境界の王』の許し無く塵と消えるわけにはいかないのですよ‥‥」
聞き慣れない名に冒険者達は眉を顰めた。
「‥‥時間を掛けて集めた不死者達にも‥‥きちんと活躍の場を与えてあげなければ‥‥『道』はもう間もなく開くのですし」
「御託は充分だ」
敵の事情がどうあれ、もはや逃すつもりなどない。
この場で討つと決め一歩を踏み込んだ。
しかし魔物の瞳が笑う。
「またお会いしましょう‥‥『罪なる翼』は貴方達を決して忘れませんよ‥‥」
「!」
冒険者達の本能が「それ」を察する。
「下がれ!!」
勇人、シルバー、天龍、キース、そしてリール。
ほとんど反射的に身を屈め防御体勢を取った彼らを襲ったのは灼熱の炎。
「くっ‥‥!!」
肉の焼かれる匂いが鼻腔を刺す。
痛みを越えた刺激が器官を焼く。
叫んだのは、誰か。
炎が消えた時、彼らの眼前に魔物の姿はなく、視界に僅かに映ったのは炎の威力に耐え切れず壊れたホーリーフィールドの片鱗だった。
「イシュカ‥‥?」
勇人にホーリーシンボルを渡した彼がなぜ白魔法を発動出来たのか。
不思議に思いながら見遣った視線の先でイシュカが手にしていたのは、大切な人から預かった十字架のネックレスだった。
●
咄嗟にイシュカの張った結界がなければ前線にいた彼らのダメージは更に大きかった。その証が後方。勇人達には問題なく張れた結界が、ルディを含むリラ達の方では完成されず、其処にいた三人の負った傷は相当のものだったのだ。
「‥‥あまりにも急いだので‥‥二度目の術そのものが発動しなかったのかもしれませんが‥‥」
ホーリーフィールドは、内側にそれを拒む者がいれば完成されない。
もし拒んだとするならば、それはルディだ。
「大丈夫か、リラ」
天龍とシルバーの助けを借りながらポーションを喉に押し流すリラは掠れた声で「大丈夫だ」と返す。
「カイン殿の白い玉、取り戻したぞ」
リール、勇人、そしてキースの助けを借りながらカインも治療を受けている。
「飲み込めば自然とおまえの中に戻るはずだ」
勇人から指示を受けて白い玉を手にするカインだったが、飲み込むのには抵抗があるらしい。
「どうした、そうしない限り回復しないぞ?」
「いやぁ‥‥それは判るけど‥‥、これってあいつの腹ン中にあったんだよな‥‥?」
顔を歪めて本気で嫌がっているカインに冒険者達は失笑。
「そんな事を言っている場合か」
「けどなっ、でもほら、今はとりあえず安全だしもう少し気持ちの整理っていうか覚悟を決めてからでも‥‥っ」
「キース、そっち押さえろ」
「ん、了解」
「待っ‥‥ちょっ‥‥」
「リール、口に詰め込め」
「い、いいのだろうか‥‥?」
必要な事とは言え多少の心苦しさを覚えつつ、玉は何とかカインの中へと戻された。
戦の終わりをそれぞれに感じ取ったのか、空からはユアンを乗せたシップが。
地上にはノルンを起動させていた鎧騎士達と、石動兄妹が駆けつける。
「大丈夫か!?」
「師匠!」
駆け寄ってくる仲間、幼子に応え、無事を確かめ合う。
そうしていつしか皆の視線は、――ルディに。
「‥‥まだ‥‥辛うじて息はあります‥‥甘露であれば回復して差し上げられるかと‥‥」
イシュカが慌しく携帯品の中からそれを取り出そうとする。
だが、それを止めたカインの手。
「‥‥オールラント様‥‥?」
「‥‥頼む‥‥そのまま死なせてやってくれ」
「カイン殿!」
そんな馬鹿なとリールは声を荒げた。
ユアンは驚きと戸惑いの視線で師を見上げ、しかし天龍は無言でその頭に手を置く。
生かして連れ戻す、それが前提であるという思いは今も変わらない。
生きて償わせるべきだという考えも変わらない。
「‥‥まだ息のある方を‥‥何もせずに見ている事など、出来ません‥‥」
イシュカは訴える。
生きられるのなら生きるべきだと。
だが。
「イシュカ」
制した天龍は、それきり左右に首を振る。
「‥‥ぁ‥」
大地に横たわるルディは既に呼吸を止めていた。
「‥‥得ようとしていた魔物の力で‥‥地獄の炎に巻かれて死ぬってのは、どうなんだかな‥‥」
ぽつりと勇人が呟く。
良哉は、ただ無言で深く重い息を吐き出した。
泣き叫びそうになるのを必死で堪えている香代に気付いたキースは、何も言わずに胸を貸した。小刻みに震える小さな肩を抱き締めてやる事しか、今は出来ない。
「‥‥リラ殿」
リールに呼ばれた彼は、頷く。
「いいんだ‥‥」
これで、いい。
少なくとも仲間が仲間の死を望むような、そんな悲劇はもう繰り返されない。
彼らを苦しめていた戦いは、いま、終わったのだ――‥‥。