闇翼の陰謀〜決意
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月05日〜07月20日
リプレイ公開日:2008年07月14日
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●オープニング
それはあまりにも遠く。
けれど一瞬前の出来事のように、鮮明に蘇える。
「妹を救えなかったのは奴らが本気で助けようとしなかったからだ! あいつらが本気で救おうとさえしてくれれば妹は助かったんだ!!」
耳に残る、その声を悲痛な叫びと取るのは自分が身内だからか。
「兄貴はおかしい! 俺と同じはずなのに何だってあいつらを庇うんだ!!」
こちらに来いと訴えるルディは、自分ならば仲間に引き込めると思い込んでいたらしかった。
それを、疑うという事すら知らないかのように。
「――――人の脆さなど決められた変化のみを続けるつまらぬもの。このように退屈さえしていなければ、あえてお相手しようとは思わなかったのですけれどね」
不意に届いた声にハッとし、気付いた。
二メートル以上の背丈は種族で言えばジャイアントに近い。
杖を模したそれは禍々しい輝きを放つ剣であり、佇む姿は凛々しく優美。
翼を生やした黒豹を従えて微笑うのは『男』だ。
その悪意に満ちた眼差しを穏やかな声音に重ねて微笑う男が、いつの間にか其処に居た。
「いっそ貴方も人を殺してみては如何ですか? 一度その手を血に染めれば、あとは何人殺そうとも同じ。最初は恐怖を抱こうとも次第に愉悦へと変わるでしょう」
「な‥何者だ‥‥っ?」
「あぁ、私とした事が失礼を。――ですが申し訳ありません、私にはこれと名乗れる名がないのですよ」
「っ!」
唐突な接近にカインは後退する。
無意識に逃げるも、更に距離を詰められる。
「私の名を呼びたいと言われるのでしたら、どうぞお好きな名で。‥‥そうですね『エイジャ』とでも」
「っ!!」
笑いを含ませた台詞にカッとなった。
「貴様!!」
怒りに我を忘れ、剣を抜く。
宙を斬った刀身に映るは邪悪なる者の微笑。
それきり、自我を奪われた。
*
気付いたとき、カインは自分が全身血塗れであると気付く余裕もないままに森の中を彷徨い歩いていた。
衣類を浸した血液は、自分のものばかりではない。
むしろ、自らが傷つけた人々の返り血だ。
「‥俺は‥‥俺は‥何て事を‥‥っ」
操られていたのだ。
だが人々を――実際に殺したのは自分。
相手も当然ながら助かろうと必死に抵抗し、その反撃で受けた傷がカインの余力を奪っていた。
魔物の術が途切れて、自我を取り戻すも、残されたのは自責の念。
どうしたら良いのかも判らないまま力尽き、倒れているところをヨウテイ領の民に救われたのだった。
暖かな寝台で目を覚ましたとき、何も覚えていなかったのは自らそれを願ったがための自己防衛。
忘れてしまえば生きていける、そう思ってしまったのか。
もはや知る術はないけれど――。
●
「‥‥君一人か?」
扉越しに幾度となく声を掛けて来る冒険者達を、カイン・オールラントがどう感じていたかは彼自身にしか判らない。
しかし新たな仲間になろうという彼らの声が。
それ以上に、長く共に過ごしてきた仲間達の声が届いていなかったとは思わない。
廊下でカインを迎えた冒険者は、彼が出てきた事を喜ぶと同時に些か驚かされた。
何故なら彼の表情は、今まで部屋に引き篭もっていた者のそれではなく並々ならぬ決意を感じさせる強気なものだったからだ。
「カイン?」
「‥‥仲間に言伝を頼みたい」
言伝とは奇妙な話の入り方だと思うも、ようやく口を開いた彼の言葉を拒む理由はなかった。
だから先を促せば、カインは真剣な表情で語る。
「ルディの狙いは仲間の命‥‥、リラや良哉、香代、それにユアンの魂をも狙っている。今すぐ王都へ戻って、ルディに関わるのは止めろと伝えて欲しい」
「止めろ?」
「そうだ」
カインは重々しく頷く。
かと言って、それで相手が納得するとは最初から思っていない。
だから更に言葉を紡ぐ。
「人数を揃えて行けば、それこそ奴の思う壺だ。――ルディの背後にいたデビル‥‥あれの声に囁かれれば一切の抵抗が出来なくなる。俺は‥‥」
そこで言葉を途切れさせたカインは顔を歪めたが、二度深呼吸を繰り返すと意を決して告白する。
「俺は、それで罪無き人々の命を奪った‥‥この剣が逃げ惑う人々を斬った感触を、‥‥リラのあの姿を見て、思い出したんだ」
「――」
聞かされた冒険者は言葉を失くす。
カインが語るのは、それほどに重い罪。
「俺の手は、もはやこの罪から逃れられない。‥‥ならば、今更弟殺しの罪を重ねても変わりはしない」
「カイン‥‥?」
「ルディは俺が止める」
だから皆にはセレを出ろと、‥‥願う。
「リラや香代を、二人が負った心の傷を更に抉るような目に遭わせたくない。良哉や、‥‥あのエイジャの養い子に‥‥そして君達にも、己の意思とは無関係に人を‥‥仲間を殺めるなど、そうなり得る危険に近付いて欲しくはない」
真摯に訴えるカインの心には、扉越しに掛けられた冒険者達の言葉が繰り返し聞こえていた。
――‥‥おまえさんの友人からの言伝だ‥‥『お帰り』ってな‥‥
亡き友エイジャの言葉をくれた君。
――‥‥ユアンを見たか? あいつはエイジャの死を乗り越えて前を向いて生きている‥‥
亡き友の形見をそう育ててくれたのは、君達。
――‥‥生きていてくれて良かった‥‥
その言葉がどれほど愛しく、温かく。
そして切ないものだったか。
身内の異変にもっと早く気付いていれば大切な友を失わずに済んだかもしれない。
気付いたその時に、すぐに止められていれば救えた命があったかもしれない。
だが自らが招いた結果は最悪のもの。己の意思ではなくとも数多くの罪無き民の命を奪ってしまった今、もはや仲間に合わす顔などないのだ。
「だからウィルに戻れと伝えてくれ。‥‥頼む」
深々と頭を下げるカインに、冒険者はしばし考えた後で問う。
「ウィルに戻ったからって、リラやユアンがルディの狙いから外れるとは限らないよな?」
「ルディは‥‥っ、‥‥あいつは、俺が必ず止める。ルディが消えればリラ達が狙われる心配は無くなる。仲間を狙っているのはあくまでルディ個人なんだ!」
「そう言われても、な。俺達は、一応別の依頼も受けてセレにいるんだけど」
「それでもっ、‥‥いや、とにかくこの国を出てくれ!」
「断る」
迷わず言い放てばカインは瞠目。
「俺達は、死にに行こうとしている奴の願いを聞いてやるほど優しくないよ」
「――」
絶句の後で瞳を伏せたカインは思い詰めた表情で言う。
「‥‥出来れば、手荒な真似はしたくなかったんだが」
言い終えるや否や動いた足捌きは俊敏。
「!」
足で足を払われ横から廊下に倒された。
掛かる影。
鳩尾目掛けて振り下ろされる拳、――そして一瞬の間。
「‥‥ごめん」
「!? っ‥‥」
謝ったのはカインではなく、冒険者。
腰に帯びていた剣の柄を下からカインの鳩尾に食らわせて、少し気まずそうな顔。
「かはっ‥‥!」
「俺も手荒な真似なんか、するつもり全く無かったんだけど」
「‥‥っ」
息を詰め、その場に倒れこんだカインを支えて冒険者は再び謝る。
「けどさ、そういう話は言伝なんかじゃなく、自分の口で伝えるべきだと思うんだ。良哉も香代も、リラも、あんたの事を本当に心配していたんだからさ」
その声がカインに届いたかどうかはともかく、こうして冒険者達はカインを表に出させる事に成功するのだった。
●リプレイ本文
「らしくない遠慮なんかしてンじゃねぇって言ってんだろうが!」
「っさい! 人の気も知らんでデカイ顔するなチビのくせに!」
「人の気も知らんのはどっちだデカブツ、おまえが黙れ!」
‥‥‥‥。
隣の部屋から聞こえて来る乱暴な言い合いを心配そうに伺っているのはイシュカ・エアシールド(eb3839)とリール・アルシャス(eb4402)。
「あの二人、ほんと仲が良いんだな」と無邪気に言うキース・ファラン(eb4324)は、隣に佇む石動香代を返答に困らせた。
「‥‥放っておいていいのか?」
物見昴(eb7871)が問い掛ける先にはリラ・レデューファンがおり、彼は苦笑交じりに肩を竦めて見せる。
「下手に割って入っては要らぬ害を被る、放っておくのが一番だ」
「そうは言うが」
次いで口を切る陸奥勇人(ea3329)は苦笑に嘆息も交えていた。
「どっちもどっちだが言いたい放題だな」
「あの二人は昔からそうだ。長男同士のせいか何かと言い争って、その度にエイジャに飯抜きだと叱られて」
その言葉に反応して見せたのはユアン。
この幼子も飯抜きと怒られた経験があるのだろうか。
飛天龍(eb0010)はそんな子供の頭を優しく撫で、隣室の彼らにはやはり息を吐く。
「しかし人間とパラで大きいも小さいも無いだろう」
「ああなると何にでも難癖をつけなければ気が済まないらしい」
そういうものかと一同は改めて隣を見遣る。
言い争っているのはもはや言わずと知れたこと、石動良哉とカイン・オールラントの二人だ。
部屋の前にキース一人が残ったのを察し、相手が個人ならば言伝を預けて一人敵地に乗り込めると考えたらしいカインが部屋から出て来たのは昨日のこと。
しかし言伝の内容は間違っても冒険者達側が受け入れられるものではなく、幸いにも気絶した彼を捕獲する機会に恵まれたキースはその足でカインを仲間達のもとに連れて行ったのだ。
カインが目覚める前に、彼が託した言伝をキースから聞かされた面々は「否」の方向で意見が一致。
此処まで来て手を引けるわけがない。
仲間に囲まれた部屋で目を覚ましたカインに、一同は自分達の考えを伝えたのだが、程なくして始まったのが二人の言い争い、‥‥もとい低レベルの口喧嘩。
少し互いに落ち着けと一晩置いてみたけれど結果は変わらず。
勝手にやらせておくのが無難というリラの提案で、本人達以外は隣室に移動したのだった。
「‥‥それにしても‥‥カイン様が仰られていた自我を奪う声と言うのが気に掛かりますね‥‥」
イシュカがぽつりと零す呟きに、隣のリールも「確かに」と頷く。
「それが抵抗出来ない術であれば何らかの対策を練らない限りはカイン殿の気持ちを変えさせるのは難しいだろうし」
「‥‥呪いか、魔法か、‥‥そのどちらかによっても対策は変わりますね‥‥」
白魔法を操るイシュカは難しい顔で考え込んでしまう。
そこに口を挟むのは香代。
「言葉が力を持つのなら、それは『言魂』かも‥‥」
「ことだま?」
「ええ。言の葉には力があり望みを言葉にすることで己が元に引き寄せる、ジャパンではその力を言霊というけれど、種族に関係なく一部のモンスターが使う特殊能力に、そんなのがあったと‥‥」
魔力を込めた言葉で対象を操る技。
もしも本当にそれであれば、抵抗出来るのは強い覇気を持つ者だ。
「となると、このメンバーで一番安心なのは勇人殿かな」
リールが予想する。
カオスの魔物が使う魔法ならば最も効果的に相対せるのはイシュカ。しかし敵にはそれに類するのとは異なる特殊能力がある。
効果的に向かい合える者もその時々で変わるだろう。
「その技も一度に何人まで掛けられるか、効果の持続時間がどれくらいだとかも知れたら良いのだけれど‥‥」
香代がぽつりと言いながら隣室に視線を移す。
敵の黒幕に唯一接触しているカインからその辺りの情報を聞き出せたらと思うのだが。
「あの時もそうだったよなっ、一人で勝手に暴走して水虎取り逃がしやがった!」
「だったらおまえバッファローの群れに飛び込んでまで落とした匂玉拾ってやった恩はどうした!」
「それを言うならセイレーンの虜にされて行方不明になったおまえを誰が助けてやったと思ってんだ!」
‥‥‥‥。
まだ当分は無理のようだ。
●
「‥では‥、良哉様は月‥‥香代様は陽魔法を、一通りは習得されているのですね‥‥」
「ええ。二人とも成功率はそれほど高くないのだけれど」
「では‥‥レデューファン様から見て‥、‥‥オールラント様ご兄弟の剣の腕の程は如何なのでしょうか‥‥? 例えば‥‥アルシャス様、ファラン様と腕試しなさったとして‥‥結果をどうご覧になるでしょう‥‥?」
「そう、だな‥‥精神的な面も含めれば兄弟よりも彼女たちに分があると思うが」
幾分か静かになったその部屋でイシュカは香代、リラと三人で席に着き、こちら側の戦力の分析を行っていた。
「ただ、ルディがこちらを真剣に殺すつもりで掛かってくるとしたら‥‥」
言い掛けて、言葉を途切れさせるリラ。
「‥‥レデューファン様?」
「あぁ、いや‥‥案外、良い勝負をしそうだなと思い直しただけだ」
苦い笑みで応えた彼に、イシュカは僅かに疑問を抱いた。しかしそれを問い掛けるよりも早く、部屋に戻ってきたのは昴と良哉。
「もう少し落ち着いて話が出来ないのか」
「面目ない‥‥、頭では判っているんだがカインの顔を見るとこう‥‥何か言ってやらないと気が済まなくてな‥‥っ」
両手の指を怪しく動かしながら語調を荒くする月の陰陽師。
昴は嘆息して肩を竦めた。
そんな二人の手には一息入れようと考えての仲間達への差し入れ。芳しい匂いを放つハーブティを淹れたカップが人数分用意されていた。
「お帰りなさい」と香代が声を掛け、配るのを手伝おうと立ち上がるのを見ながら、昴がふと気付いた。
「リールとユアンは?」
「アベル卿のところだ。ゴーレムの件で改めて相談に行くと」
「ふぅん‥‥で、男三人はあっちか」
「ああ」
リラと会話し、見遣る扉。
いよいよカインの説得も佳境に入っている頃だろうか――。
*
「何度でも言う、俺の気持ちは変わらない! そもそも君達には関係のない事だろう? 巻き込んでしまったのは俺達だと聞いて判ったし、申し訳ない事をしたと思う‥‥っ、だからこそこれ以上の危険に関わる必要はないはずだ!」
勇人、天龍、キースに囲まれて必死に己の意思を訴えるカインに、しかし冒険者達の気持ちも変わらない。
「カイン、こちらも何度も言うが、俺達はこの件から手を引く気はない」
「どうしてだ!」
「知り会っちまったからだろうな」
「――」
あっさりと返す勇人に、カインは言葉を失う。
理解出来ないと首を振る。
「なぜ‥‥っ、あの魔物がどれほど危険か、これだけ言っているのにどうして判ってくれないんだ‥‥!」
「危険だからこそだろう」
天龍も続く。
どうあっても皆の参戦を認めないと言うのなら、こちらにはこちらの考えがある。
「カイン。一人で戦いを挑もうと考えるのは敵の人を操る力に対して何か策があるからなのか? 俺達には制限付きながらも対抗策があるのだが一人で挑むというのなら俺達が納得出来るだけの勝算を示してみろ」
「‥‥っ」
痛いところを突いて来る彼の言葉には、返答の仕様がない。
「それは‥‥」
それがあれば、最初のあの時にだって何らかの手が打てたはずだ。
相手の胸中を察しながらも天龍は続ける。
たとえ厳しい言い方になったとしても、心を開いてもらわなければ先に進めない。
「ルディを止めたいのはおまえやリラ達だけでなく、俺達だって同じだ。それに、相手もルディやその魔物だけではないのだから畳みかけられては対処出来ないだろう? 俺達にも力を貸させて貰えないか?」
「――‥‥なぜ‥っ」
必死に拒もうとするカインに、キースは目を細めた。
この相手の気持ちも決して判らないではないのだ。
「たぶん‥‥また自分が操られる危険のある事が不安なんだよな?」
「‥っ」
「操られた自分が、今度は俺達を攻撃するかもしれないって、‥‥それが怖いんじゃないのか?」
かつてのリラがそうであったように。
香代が、そうならざるを得なかったように。
彼が単身で乗り込み倒そうとしている弟ルディは、それこそを狙っているように見受けられる。
「けどさ、俺達の中にはそういうのに抵抗出来る力を持った仲間がいる。助け合える相手がいるんだ」
「‥っ‥‥だとしても‥っ」
「それにさ」
まだ言い募ろうとする彼を遮るようにキースは言う。
これまで伝えずにいた哀しい事実。
「ウィルに戻ったからって俺達が無事でいられる保証なんかどこにもない。その証拠に、‥‥ケイトさんは亡くなった」
「! ――‥っ」
「ユアンや、その周囲にいる人達にも危険は及んでいる。俺達もとっくに魔物の標的になっているんだ」
「‥そんな‥ケイトまでが‥‥っ」
叫ぶような声を漏らし、唇を噛み締める彼の胸中に募る感情は何だろう。また一人、仲間をその手に掛けた弟への憎しみだろうか。
「ルディ‥‥っ」
悲しみ、だろうか。
「何でだ‥‥妹が死んだ時にケイトだって泣いてくれたじゃないか‥っ‥‥エイジャもリラも力及ばなかったと謝って‥‥っ‥泣いてくれたのに‥‥なのに何でそんな仲間をおまえは‥‥!」
拳を震わせて嘆く彼の心の痛みが伝わる。
知れる。
だが。
「‥‥お前さんの苦しみは己で抱え込む限りお前さんだけの物だ。だがな、忘れてねぇか。ジ・アースで仲間と共にあった時、お前さんはどうした?」
「‥‥ぇ‥」
勇人に話し掛けられ、カインは顔を上げた。
「本当の仲間ってのは辛い時、共に乗り越える為に肩を貸し合える間柄だろう。俺達は、これでもお前さんとそうなりたいと思っているんだぜ」
その言葉に目を瞠る。
何故、その言葉すら出て来ないほど驚かされた。
「ルディの事は皆で止め、その上で眼を覚まさせれば良い。カイン、弟を倒せば、とか勇み足はお前さんが損をするだけだぜ。要するにルディの後ろで糸を引いているデビルを倒さん事には話が終わらねぇって事だからな」
「‥‥君達は‥」
「少しは俺達を頼ってみてはどうだ。――俺達の実力が不安ならば勝負してもいい、足手纏いにはならないと証明しよう」
天龍らしい提案。
決して目を逸らす事無く言い切った彼らに、カインは返す言葉を見つけられず。
●
カオスの魔物に操られた場合の対策の一環として、彼らは互いに剣を交え、それぞれの癖や間合いを把握するよう努めた。
あれから幾分か素直に話をするようになったカインによれば、自分が操られた時には自分一人しかその対象でなく『言魂』と思われる術の、より詳細な効力を知る事は出来なかった。
しかし記憶は虚ろながら、それほど長く自我を失っていたとも考え難いという。
ならば防戦で耐え凌ぐ事も可能と考えられた。
「はぁっ!」
「遅い!」
リールと勇人。
刃と刃が咬み合い透った音が響く。
「っ」
同時にリールの剣が手を離れ、地を滑る。
「‥‥っ」
「――と、大丈夫か」
「ああ平気だ。それにしても勇人殿はお強いな」
手首をさすりながら言うリールに、落ちた剣を取り手渡す勇人。
一方、そんな二人の手合わせに魅了されていたユアンは、天龍に小突かれてハッと我に返る。
「し、師匠‥‥」
「修行中に余所見とは感心しないな」
「ごめんなさいっ」
慌てて構えを改め意識を集中。
天龍は小さく笑うと再び稽古をつけ始めた。
キースと良哉、昴と香代、イシュカとリラがそれぞれに手合わせしていたその場所に、気付けばカインの姿が加わっていた。
彼はイシュカ達の傍に寄り、自分から話し掛ける事はなかったのだが、イシュカに促されたリラが「どうした」と問い掛ければ素直に応える。
ひどく静かな声音で。
「‥‥彼らが、何故そうまでして魔物と戦う決意を揺らがせずにいられるのか‥‥俺には理解出来ない‥‥ましてや‥、この手でもう何人もの罪無き人々を殺めてしまっている自分をも仲間だなどと‥‥」
今は何の汚れもないように見える手だけれど、一度は他人の血に染まってしまった、その罪が消える事はない。
それを赦せるものなどない。
なのに、彼らは。
「それが仲間なのだろう」
「リラ‥‥」
「私も、彼らにそれを教えてもらった」
告げて微笑む彼を、イシュカも嬉しそうに見遣る。
「‥それに‥‥狙われているのはこちらの世界だけではないのだと、ご存知ですか‥‥?」
イシュカの問い掛けにカインは首を振り、現在、各地に出現した謎多き『壁』の話を知る事になる。
「‥‥そうか」
そこまで事態は進んでいる。
最早、誰もがこの危険からは逃れられない。
「‥私達にも‥、守りたいものがあるのですよ‥‥」
それが彼らの覚悟。
「‥‥イシュカ殿、俺とも一つ手合わせしてくれるか」
しばしの沈黙の後に告げられた申し入れに目を瞬かせ。
だが、微笑む。
「‥私は剣は使えませんので‥‥ファラン様にお声を掛けてみては如何でしょう‥‥?」
「ん‥そうだな、鳩尾に食らった一発の礼がまだだった」
その言葉には笑いが零れて。
それは、カインもまた心を決めた瞬間だった。
●
カインから得た情報を元に敵のアジトと思われる位置を特定、決して深追いする事は無いよう細心の注意を払いながら彼らはその近辺の調査を進めた。
昴の隠密技能、陰陽師兄妹の探索魔法なども駆使し、其処に居ると言う確信を得るまでに数日。
可能な限りの対策も講じ、明日、敵地へ出発となる。
明日は早い。
だから早く休もうとそれぞれが部屋に下がって数刻。――全員が眠れるわけではなかった。
*
廊下を歩いていたリールは、外にその姿を見つけて驚いた。
リラだ。
しばらくその場に立ち止まって忙しなく表情を動かしていたリールだが、ようやく意を決して動く。
足早になるのは緊張からか。
頬にあたる夜風を妙に冷たく感じながらその人に歩み寄った。
「‥‥リラ殿、眠れないのか?」
「っ」
彼は少なからず驚いたようだったが、自分を呼んだのがリールだと知って強張った表情を和らげた。
「君こそ、眠れないのか」
「いよいよ明日だと思うと緊張してしまって」
「私もだ」
くすくすと小さな笑いを交えて応えた。
――しかし、それきり。
言葉の絶えた二人の間に流れるのは夜風と惑いを含んだ沈黙。
(早まっただろうか‥‥)
リールが内心で少なからず悔いた、その時だった。
「‥‥今になって、やはり君達を巻き込むべきではなかったと後悔している」
不意の言葉に目を見開く。
そんな彼女に、苦く笑うリラ。
「‥‥そう告げたら、やはり君達は怒るだろうか」
「! 当たり前だ!」
冗談にしては質が悪いと言い返せば、リラは「判っている」と頷く。
「すまない、気弱な事を言ったな。だが‥‥」
だが。
それでも「怖い」のだと告げたら君は――。