【沈黙の月姫】始まりの時
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月16日〜09月21日
リプレイ公開日:2008年09月24日
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●オープニング
――‥‥わからない‥‥
――――‥‥わからない‥‥
なぜ封じられたのか。
なぜ此処にいるのか。
――――――‥‥ わ か ら な い ‥‥
それは、あまりにも遠い日の記憶――。
●
「じゃあ行って来る」
その日、久し振りに依頼でも受けてみようと思い立った石動良哉はギルドに向かうために家を出た。
そうして僅か五分後。
「リラ!!」
けたたましい足音と共に戻って来た良哉を迎えた香代、ユアンの表情は完全に呆れていた。
「良哉兄ちゃん、幾ら何でも帰って来るの早過ぎだよ」
「ユアンの言う通りよ。途中で心細くなるにしても、もう少し努力を――」
「俺を何だと思ってる!?」
戸口で騒ぐ三人を、こちらは困った顔で見遣るリラ。
「クイナさん達ご近所の方々に迷惑だよ。騒ぐなら家の中で騒いだらどうだ」
「リラ!」
違う、と喚く良哉。
「それどころじゃないんだリラ、客だ!」
「客?」
「ほら!」
外を指し示されたリラは、半ば強引に連れ出される格好で家の外に立ち、ギルドに続く道の向こうからこちらへと歩いてくる数人の男達の姿を確認した。
その先頭、後方に二人の鎧騎士を従わせて歩いてくるのは――。
「アベル卿‥‥」
分国セレの西、ヨウテイ領領主にしてかつての依頼主アベル・クトシュナスの来訪に、リラばかりではなく香代、ユアンも眼を見開く。
彼の来訪は、この家に暮らす者にとってはある種の最終通告も同然だったからだ。
*
ユアン宅の居間に通されたアベルは、騎士二人を外に立たせ、リラ、良哉、香代、そしてユアンの四人を前に口を切る。
「カインの裁判が終わったよ」
四人は息を飲んだ。
やはりその話だったかと早まる心音を抑えるように深呼吸する。
カイン・オールラント。
ユアンの養い親であったエイジャ・ウォーズベルトと共に冒険し、アトランティスへの月道を渡ってきた冒険者仲間は本人を含め七人いたが、三人は既に他界。
カインは生き残っている四人の内の最後の一人だ。
しかし彼には大きな罪があった。
カオスの魔物に操られていたとはいえ、その手でセレの国民を何人も殺害したという罪が。
「裁判官はカインに対し「死罪」が妥当としたよ」
「‥‥っ」
リラ達は拳を握る。
なぜだとか、どうしてなんて言葉は出ない。
仲間がそれ相応の罪を犯した事実は真実だからだ。
覚悟はしていた。
本人もそうだったからこそ、自分に協力してくれた冒険者達にも内緒で一人セレへ戻ったのだ。
俯いたきり無言の彼らを一人一人見遣ったアベルは、小刻みに肩を震わすユアンに視線を止めて軽い息を吐く。
「‥‥ただね。彼の罪が紛れも無い事実であっても、我々セレという国が君達に恩あることも、また事実だ」
「‥‥?」
「更には『罪なる翼』と直接会っている数少ない騎士の一人。――よってカインには『罪なる翼』討伐隊の先陣に加わってもらう事になった」
「――」
再び眼を見開く彼らに、カインは続ける。
「死罪は免れた。とは言えカオスの魔物討伐隊の先陣に加わるという事は死地に向かうも同義。彼は許されたわけではないのだし、いつまで生かされるか保証はない」
「それでも‥‥」
リラは深く頭を下げた。
それでも、死に場所が絞首台でなく戦場であるということが騎士にとってどれほどの救いになるか。
戦って死ねる事の喜びを、アベルもまた騎士ならば承知のはず。
「ありがとうございます‥‥!」
心からの感謝を告げるリラに、セレの人間貴族は嘆息。
「決して感謝されるような結果ではないのだけれどね」
そうして苦笑交じりに話を続けた。
「‥‥さて、ここからが私自身が此処まで赴いた本題になるのだが。――いまセレでは君達が知らせてくれた『罪なる翼』の存在や、各地から消えていた死体の行き先などを調べている最中だが、君達のおかげで『罪なる翼』もよほどの深手を負ったのか、すっかり息を潜めてしまっていて追跡の仕様がないんだ」
そこで立ち上がったのがセレの筆頭魔術師である。
『罪なる翼』には『境界の王』と呼ばれる主の存在が確認されている。
『境界の王』が突如として各地に現れた『壁』に関連している事も、また明らか。
ならば、そちら側から『罪なる翼』に近付く事は出来ないだろうかと。
「深手を追って動けずにいるのなら、その間に討ち取ってしまえというのが大方の意見でね」
「‥‥そのためにどうしろと?」
「ああ」
問い返しにアベルは告げる。
「壁に封じられていたとされるアルテイラの行方もまた不明だが、彼女に関しては幾つかの目撃情報が上がって来ている」
つまり。
「アルテイラの封じられていた壁に『境界の王』が関連するのであれば、『罪なる翼』もまたアルテイラに近しい立ち位置に居るはずというのが分国としての意見だ。――以上のことから、カインにはアルテイラの捜索が命じられた」
「月姫の‥‥?」
聞き返す香代。
そして、良哉。
「だが月姫に関わっているという『境界の王』って魔物が捜索途中に出張ってくる可能性だってあるだろ‥‥?」
「ああ。だからこそカインに命じられたんだ」
それはつまり、そういうこと。
「‥‥君達はどうする」
「どう、とは」
「君達にコレを隠してカイン一人に行かせれば、君達に恨まれるだけでは済まないだろうと思ったからわざわざ報せに来たんだよ。ましてや巧くアルテイラを確保出来れば『罪なる翼』とも再び見える可能性は高い。だから聞いているんだ、君達はどうするのか、と」
選択を迫られて、リラ自身の、――そして香代や良哉もまた自身の内での結論は出ていただろう。
だが、即答出来ない理由もまた同じ胸の内にある。
それを代表して告げるのは、やはりリラだ。
「ここまで協力してくれた冒険者達に、これ以上隠している事は出来ない。まずは彼らと話し合って、彼らの意見も聞かなければ」
「そう言うと思ったよ」
アベルは笑んで応えると、一枚の羊皮紙を差し出す。
そこには簡単な日時が記されていた。
「その日まで私はウィルに滞在して君達の結論を待とう。もしもカインと共に行くと言うのなら、分国王が君達に会う。‥‥良い返事を期待しているよ」
その言葉を最後に、騎士達と共にユアンの家を去ったアベル。
残された四人は互いに顔を見合わせ、無言で頷きあった。
そうして、リラは再びギルドを訪れる。
新たな戦への予感を抱いて。
●リプレイ本文
「まったく、水臭いヤツだ」
僅かに眉間に皺を寄せて言い放つ陸奥勇人(ea3329)に、リール・アルシャス(eb4402)も同意を示すように頷いた。
「我々に少しでも心配をかけまいと思ってくれた上での事だろうが‥‥」
「弟の事も含めて相当責任を感じていたからな。‥‥無理もないか」
交互に告げられる二人の言葉にリラが頭を下げる。
「ありがとう」
微かな笑みと共に伝える言葉を、二人も笑みで受け止めた。
一行は現在、フロートシップで分国セレへ向かっている。
その間に互いの自己紹介をと間に立つのはキース・ファラン(eb4324)。
「右からユアン、月と陽の陰陽師の良哉と香代。そして一番あちら側にいるのが、俺達がセレで世話になるアベル卿」
「よろしく頼むよ」
セレでは珍しい人間貴族アベル・クトシュナスがひらひらと手を振る視線の先にはティアイエル・エルトファーム(ea0324)、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)、オルステッド・ブライオン(ea2449)が佇む。
「高位精霊と聞いたらやっぱり会って見たいもの。半分以上が好奇心だけど、よろしくお願いします」
「私も、分国の方々が探していらっしゃるアルテイラとは浅からぬ縁がありますし、会えるのでしたらもう一度会って話がしたいのです」
ティアイエルとケンイチが月姫との邂逅を望む言葉を発する傍らで、些か趣の異なるのがオルステッド。
自ら『デビル』――この世界では『カオスの魔物』と呼ばれる混沌の存在を狩る事を生きがいにしていると語る通り、一度は刃を交えるもトドメを刺せなかった『境界の王』を討つ事が彼の最大の目的だった。
「今度こそ引導を渡してくれよう‥‥」
剣の柄を握る手に力を込めて呟く彼に、アベルは大きく頷いた。
「目的が異なる事に関しては全く問題ないよ。此方の目的はあくまでも『罪なる翼』と奴に関わる悪しき者達の殲滅だ。今回はそこに繋がるだろう月姫の捜索だし、最終的にそれを解決してくれるのなら過程に口を出すつもりはない」
「『罪なる翼』‥‥、月姫の探索をしていれば出てくる可能性は高い」
飛天龍(eb0010)の言葉に、これまで奴と関わってきた冒険者達の眼光が鋭くなり、その中でもイシュカ・エアシールド(eb3839)の表情には思い詰めた感情が滲む。
「‥‥未熟者ですが、少しはお役に立てると思いますし‥‥カイン様の手助けも出来れば‥‥」
「カイン、か」
応えたのはキース。
現在この場にはいない仲間カイン・オールラントは、セレ分国内で冒険者達の到着を待っている。
常に監視の目から逃れる事が出来ない囚人同然の環境は、しかし国民の心情を考えれば致し方が無い。
例え魔物に操られた末の、本人の意思とは全く無関係の結果とはいえ、彼の手によって未来を奪われたものは決して少なくなく、その傷が癒えるには今しばらくの時間が必要だ。‥‥否、癒える日など来ないかもしれない。
そういった人々にどう償うべきかは彼自身も、この場にいる者達もそれぞれに思うところはあるけれど、最初の目的は一致している。
これ以上の被害拡大を防ぐためにも『罪なる翼』を。
そして『境界の王』を滅する事だ。
さもなくば、恐らく被害はこの世界だけでは済まなくなるから――。
(「義娘を守りたいのです‥‥」)
この場に在る最大の理由を胸中に強く思うイシュカ。そんな彼の様子に静かな視線を向けるも口を開く事のないシルバー・ストーム(ea3651)は、この中では唯一『境界の王』『アルテイラ』そして『罪なる翼』全てと面識のある人物だ。
更にはこの世界からあちらへの帰還を果たしただろう人物を見送っている。
冒険者であり学者でもあるシルバーの脳裏には、いま様々な可能性が渦を巻いていた。
――気付けば沈黙の下りていた船内に声を響かせたのは物見昴(eb7871)。
「今から考えたって何の解決にもならないよ。到着する前に神経磨り減らしたって得もないし、‥‥とりあえずお茶でもどうだい?」
カチャッ、と音を立てるのは船に用意されていた茶器。
昴は茶菓子にとクッキーやケーキを持ち込んでおり、真っ先に反応したのは良哉とユアンだった。
「‥‥これお菓子? 美味しいの?」
ケーキなど初めて見るユアンが興味津々に覗き込むのに続いて「お茶なら淹れるのを手伝うよ」と手を出す良哉。
「では、私は一曲奏でましょうか」
「なら私も」
ケンイチ、ティアイエルがそれぞれに竪琴とオカリナを構えれば場の雰囲気は一気に和らいだ。
これから起きようとしている戦を、一時的とはいえ忘れさせる優しい音色。
「‥‥魔物の関与が明らかだというのに‥‥月姫捜索には相応しい始まりだな」
穏やかな旋律にアベルが言えば、リラも静かに微笑んだ。
●
船内で分国王に会う際のマナーなどを確認した一行に、アベルはきょとんとした顔をして見せた後で楽しげに笑った。
「コハク王は君達に騎士の礼儀など求めないよ。これまでにも多くの冒険者と謁見して来ているし、下手に取り繕っても失敗するのがオチさ」
普段の君達のままで良いと続けた後で、一つ。
「ま、武器だけは謁見の間に入る前に此方の騎士に預けてもらう事になると思うけれど」
それに関しては元より想定済みだった事もあり、冒険者達は少なからず安堵した様子でセレの地へ降り立った。
この日は、まずはアベルが統治しているヨウテイ領へ。
分国王との謁見は明日になる。
「‥‥カインには会えますか?」
リラが問えば答えは否。
「だが明日になれば会えるよ」
そんな遣り取りをしながら各自の部屋に通された面々は、しばらくしてアベルの執務室に集まっていた。
時間など幾らあっても足りないとばかりに――。
「謁見前に気は早いと思うが、月姫の事を知りたい。リラから聞いた話では目撃情報が幾つか上がって来ているそうだが、それは封印から解放されて動き回っているって事か?」
勇人の問い掛けに、アベルは応える。
「では改めて現状で判っている事を話そう。長い話になるが、最後まで聞いてくれ」
そう前置きして語られたのは、突如として世界の各地に壁が現れた頃に遡っての、これまでの流れだった。
主に冒険者が掘り進めていたのは王都に出現した壁だが、これは各分国も含めて複数箇所で確認されており、セレにおいては首都に程近い平地にあった。
これから採掘された珍しい鉱石が人々の懐を潤すことからも壁の情報は瞬く間に国内へ広がり、遠方からも人々を集めたのだ。
最初は、それだけであった。
以前からオーガ族の襲撃を受けるなどして疲弊していた国民は寝る間も惜しんで財を蓄えた。
しかし壁の破壊が進むにつれて中には異国の装いが美しい女性の姿が浮かび、得体の知れぬ魔物が出没し始めた。
国所属の騎士はこれの討伐に駆り出され、また王都の壁には数多の冒険者が集い『境界の王』の存在を明らかにした。
そして、あの日。
王都の壁に向かい詠唱された冒険者の月魔法『ムーンロード』は中に封印されていた月精霊アルテイラの肉声を届けた――封印が解かれたのだ。
「私もその場にいましたが、‥‥非常に美しく、悲しげな表情をされる方でした」
ケンイチが言えば、シルバーも無言で頷く。
二人は正にその瞬間、月姫と相対していたのである。
「確か‥‥『境界の王』はその直後に姿を消した‥‥」
そう告げるのはオルステッド。彼もまたその場に居合わせた冒険者の一人であり、しかし月精霊ではなく『境界の王』を相手していた事もあり手にしている情報には若干の差異があった。
「‥‥いま思えば奇妙ではあった‥‥此方の攻撃の手が防がれている間にもダメージを蓄積していたように思う‥‥もしや、各地で受けた攻撃のすべてが一つの身に掛かっていたのだろうか‥‥」
「‥‥『アルテイラ』‥‥『境界の王』‥‥各地で同じ姿が見られていたのは、‥‥『壁』が媒介となっていたから‥‥、でしょうか‥‥」
「だから壁が破壊された今、どちらも姿を消してしまった‥‥?」
オルステッドに続き、その頃はセレで『罪なる翼』と相対していたイシュカ、リールの推測はあながち間違いとは言えない。
「その月姫が、今はセレの周辺で目撃されているってことかい?」
昴が更なる説明を求めて問うとアベルは首を振る。
「ウィル全土の各地で、と考えて欲しい。セレでも目撃されているが、セレだけとは限らない」
「つまり、封印を解いたムーンロードがウィルで詠唱されたものだったから、ということだろうか」
天龍が口元に手を当てて呟けば、アベルは肯定も否定もしなかった。
「その可能性はある。だが、答えは誰にも判らない。‥‥今のこの段階では、ね」
だからこそアルテイラの所在を掴み、彼女の存在を確保して欲しいと告げる。
「所在を掴むには足跡を辿るのが常套だが、月姫の目撃場所には月精霊に纏わる遺跡に近いなど、共通点はあるだろうか」
勇人の質問にも、アベルは左右に首を振った。
「残念ながらコレと言える共通点はない。最初は壁の残骸が残る箇所かと思われたが、そうとも限らなくなってしまった。森の中に浮かぶ彼女を見た、民家の周りを漂う姿を見た、‥‥まるで世界を彷徨っているようだ」
最後の言葉に、辺りには沈黙の帳が落ちる。
それで月姫の所在を掴み確保しろとは、容易ではない。
各々が胸中に此度の依頼の難しさを痛感していた最中、不意に口を切ったのはシルバー。
「‥‥私達がお会いした月姫は、記憶が混乱しているようで、非常に心許なく感じられました。‥‥あの状態で行き場所もなく彷徨っているのなら‥‥」
確保云々よりも、急ぎ保護する必要が感じられる。
「長きに亘って封印された精霊は心を磨り減らしている事も少なくない。特に心を持つ高位精霊なら、な‥‥。無事に会えたなら、それを癒す手伝いをしたいところだ」
勇人の呟きに、皆が無言で頷いた。
一通りの話し合いを終えて皆が部屋に下がる頃になってアベルに歩み寄ったのはイシュカとリールだ。
セレの裁判における判決に意見を言うつもりはない。ただ、カインの凶行によって命を奪われた人々の遺族に何かしらの手助けが出来ないかと提案したかったのだ。
だが。
「‥‥残念ながら遺族と呼べる人も、いない。‥‥だからと言うわけではないけれど、村の支援には手を貸してもらいたいかな‥‥『罪なる翼』を倒し、セレに束の間でも平穏が戻れば、その時にこそ、ね」
その返答は、カインの罪の重さを思い知らせるものであった。
●
翌日、セレの王宮に彼らはいた。
武器は預け身一つとなっていた彼らは、自然体で良いと言われたものの騎士であるキースに最低限のマナーを習う。
「肩膝をついて頭を下げる。公王陛下が顔を上げるよう言ったら顔を上げて、立って良いと言われたら立つ。もちろん口を利くのも許可が出てからだ」
「緊張するな‥‥」
キース、リールら鎧騎士は騎士服を。
昴の忍装束もそれが彼女にとっては公式な衣装であり、ティアイエルとケンイチ、シルバー、イシュカはそれぞれに礼服を纏った。
オルステッド、勇人、天龍もやはり身支度を整えるが、普段と異なる衣装は肩が凝る。
「‥‥動き難い、な‥‥」
オルステッドの呟きに各人は大きく頷き、同行したアベルを苦笑させていた。
リラ、良哉、香代は同じ場所にいたが、ユアンだけは領主館に置いてきた。その理由は様々であるが、アトランティスにおいてもハーフエルフは禁忌の存在。
分国王があえてそれを口にするとも思えなかったが、極度の緊張に包まれた場合の事を思うと、留守番させるのが妥当という結論に至ったからである。
「どうぞこちらへ」
時間が来て案内された一行は、謁見の間に並ぶ。
「公王陛下がいらせられます」
臣の一人と思われる女性に告げられて全員が膝を折ると、重々しい扉が開いた。
正面の玉座に衣擦れの音がして、最初に口を切ったのはアベルだ。
一人一人の名を告げ、これまでの経緯にどのように関わってきたのか。壁や月姫にどう縁があるのかを短い言葉で、しかし的確に伝えていく。
セレにとっては警戒すべき履歴を持つ者に関しても余す事無く。
十名全員の関与を説明し終えて数秒。
「‥‥顔を上げなさい」
促されて、冒険者達はエルフの国とまで呼ばれる分国セレの王と対面した。これが初めての者もいれば以前に違う場所でその姿を目にした者もいる。
ただ共通して思うのは「始まる」という実感だ。
「‥‥人間にエルフ、パラ、シフール。――それにハーフエルフか」
一人一人を見遣り分国王は告げる。
「先の戦においての功績はヨウテイ伯より聞いている。そなたらの尽力には心より感謝する」
しかし、と。
それまで穏やかであった声が一音下がった。
「此度そなたらの友カイン・オールラントに下した命は戦場に赴くも同義。場合によっては王都に集った冒険者達が倒せなかった『境界の王』を、そなたらのみで相手にしなければならない――それを承知してなお共に月姫捜索へ向かうと言うか」
「俺は」
「飛さん」
思わず口を開きかけた天龍をキースが制し。
口を噤んだ天龍に分国王は告げる。
「構わぬ。私はそなたらの言葉が聞きたい」
王は求めた。
騎士の礼儀、忠誠などは要らずとも、そこに赴く上での覚悟は欲した。
「――‥‥」
冒険者達は顔を見合わせる。
そうして口を切ったのは、爵位を持ち武士道にも精通している勇人。
「己が仲間と認めた者へ手を貸す事に何を躊躇う事がありましょうか」
真実、迷いの無い言葉に分国王はしばし口を閉ざし。
「では、その仲間が再び魔物の手に落ちたなら。そなた達は、それでもなお仲間を救おうと試みるか」
「‥‥恐れながら‥‥」
ふと言葉を挟むのはオルステッド。
彼の内にはその質問の答えが最初からあった。
「‥‥そのような事態に陥れば、私は容赦なく討たせてもらう‥‥魔物と戦うには感情を排さねばならない‥‥情を交わした友であれば尚の事」
彼の言葉は必ずしも全員の総意とは限らない。死罪相当の罪を犯し、魔物殲滅の先陣に配された相手とはいえ、何とかして「死」から遠ざけさせたいと願う。分国の法に異を唱えるつもりなどなくとも、やはりこれまで共に過ごした時間を振り返れば、いなくなられるのは寂しいと思う。
それでもオルステッドの言葉を拒む者がないのは、それが冒険者達の「覚悟」であるから――。
エルフの王は思案する。
謁見の間に下りた沈黙は続き、誰一人逸らされる事の無い視線に息を吐く。
「‥‥ならばあの者の身柄、しばらくはそなた達に預けよう」
背後の扉が音を立て、セレの鎧騎士に伴われて姿を現したのは。
「カイン‥‥!」
思わず腰を浮かせて呼ぶ名に、王の言葉が重なる。
分国セレの主、コハク・セレが『冒険者』に依頼する。
「月姫を見つけ出し『壁』の謎を明らかにせよ。出来る事なら『境界の王』『罪なる翼』の所在も明らかにし、討て」と――。