【沈黙の月姫】望みし者、望まれざる者
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■シリーズシナリオ
担当:月原みなみ
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月06日〜10月11日
リプレイ公開日:2008年10月15日
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●オープニング
何処へ行けばいいのか――。
それも判らなければ、自分の事すら明確にこれと語れる言葉を持たないまま、彼女は世界を彷徨う。
日毎、夜毎。
時の流れも知れぬまま。
――‥‥ポロロロロン‥‥
―――‥‥ポロロロロォ‥‥ン‥‥
独り彷徨い続けていた、その夜。
彼女は不意に聴こえて来た竪琴の音色に顔を上げた。
耳を澄ませてみると、音は竪琴だけでなく、笛やリュートなど宴を思わせる賑やかな音楽だと知れる。
『――‥‥』
もっと傍で聴いてみたいと考えたのは自然な心の動き。
其処に近付けば独りではなくなると思えたのかもしれない。
しかし、悲劇は起きた。
●
分国セレの王城、謁見の間。
「カイン!」
リラ・レデューファンが思わず腰を浮かせて呼ぶ名に、分国の王コハク・セレの言葉が重なった。
彼は『冒険者』に依頼する。
「月姫を見つけ出し『壁』の謎を明らかにせよ。出来る事なら『境界の王』『罪なる翼』の所在も明らかにし、討て」
この場に集まった冒険者達の中に、それを拒む者はない。
一瞬ではあったがカインと笑みを交わしたリラをはじめ、膝を折った全員が承諾の意を込めて頭を下げる。
「確かに承りました」
躊躇いのない答えに王も得心したのか、冒険者達は謁見の間を下がる許可を得た。
外で各々の武器を返してもらい、移動用のフロートシップで待つこと数分。彼らはようやくカインと言葉を交わす事が出来たのだった。
「心配を掛けた事も、今の今まで黙っていた事も、本当にすまなかった!」
開口一番、カインが深々と頭を下げて言い放った言葉に冒険者達は最初こそ呆気に取られていたが、それも僅か数秒。
柔らかな笑い声が彼らの間に広がる。
「謝るくらいなら最初からきちんと話せ」
ゴンッ、と頭を小突かれたカインの口元にも笑みが。
すまないと再び謝罪の言葉を口にした。
「本当に悪かったと思っているんだ。ただ‥‥何て言えばいいのかも判らなくて、な。どんな表現をしても君達に怒られそうだったし」
どう言葉を取り繕おうとも、心に覆う影を誤魔化し切る自信などなかった。
己が抱く罪の意識。
弟への複雑な感情。
裁判の結果とて、死罪を言い渡されるのは最初から判っていた事で、そんな心境で何を語っても虚飾にしかならない事も――。
「だから今までは何も言えなかったが、‥‥これからは違う」
カインは自分を真っ直ぐに見てくれる冒険者を――否、「仲間」を同じように真っ直ぐに見返して告げる。
「判決を貰った事で覚悟が決まったとでも言おうかな‥‥それも決して楽観視できるものではないけれど、それで償いになるのなら、精一杯、努めようと思うんだ」
はっきりと言い切るカインに、仲間達の中には強く頷き返す者がいれば、驚いたように目を丸くする者もいた。
この判決でカインが自暴自棄な事を考えるのではないかと心配していた者もいたが、本人はきちんと自らの身の振り方を考えていたのだ。
それも全ては、この世界で知り合い、共にカオスの魔物と戦ってくれた冒険者達の思いをしっかりと受け止めていたからこそ。
彼らに恥じない騎士でありたいと願えばこそ、だ。
「実を言えば、さ。‥‥怒られるかもしれないが、俺にこの任務が下された事で、またおまえ達と一緒に戦えるかもしれないと、期待した」
申し訳無さそうに苦笑するカインに同じく苦い笑みを返すのはリラや石動兄妹。彼らもまた、かつてカインと同じ気持ちを抱いた事がある。
「‥‥『境界の王』とやらまで出張ってくれば、この少人数では正直、厳しいかもしれない‥‥だが、‥‥手を貸してくれ。――頼む」
そうして再び深々と頭を下げる騎士に、リラも。
石動兄妹も揃って無言で頭を下げた。
「‥‥」
冒険者達は顔を見合わせ。
微笑い。
「カイン殿。‥‥罪は消えないだろうが新しい機会を得る事が出来た。亡くなった方々のためにも全力を尽くそう」
「な?」
トンと石動兄妹の背を叩く温かな手。
「経緯はどうあれ、やるべき事があって手助けが必要だって事なら話は早い。俺は乗るぜ」
そう言って笑んでくれる仲間の言葉が心強い。
「カイン。死地に赴く事がおまえに与えられた罰だとしても命を賭ける事と粗末にする事は違う。――もう解っているようだから心配は要らないだろうが、最期まで生き延びる事を諦めるんじゃないぞ?」
向けられる言葉は、優しい。
「ああ」
「行こう、一緒に」
例え裁判の結果であろうとも無駄死にだけは決してさせるものかと、強い思いを胸に手を取る。
心は一つ。
もう迷うなと背を押されながら、彼らはいよいよ『月姫捜索』のために動く事になる。
「‥‥一先ずは、アベル卿の屋敷へ戻りませんか‥‥? ユアン君も、‥‥会いたいでしょうし‥‥」
「そうだな」
話は纏まったとばかりに声を上げるのは、そのアベル卿ことヨウテイ領の領主、アベル・クトシュナスだ。
「では、早速出発しようか」
フロートシップの操縦席に座る鎧騎士達に声を掛け、出航準備に入る船内。
「そういえば君達は‥‥」と初対面の冒険者達も同席している事を思い出したカインと、これから新たに行動を共にしようという冒険者達が互いに自己紹介をし始めた。
――その時だった。
「アベル卿。王宮から誰かが‥‥」
操縦席に座る鎧騎士の一人がシップに近付いてくる人影に気付いて声を上げた。他の面々も何事かと外を見遣り、その人物を注視する。
ひどく慌てた様子と、顔からは血の気が引いている。
何かがあったのだ。
「どうした」
真っ先に船を下りて声を掛けたのはアベル。
冒険者達も後に続く。
そうして語られたのは衝撃的な内容。
とある地域の、とある村が大量のカオスの魔物に襲われて壊滅状態に陥った。ちょうど収穫祭に向けた準備の真っ最中だった村では、一箇所に多くの人々が集まっていた事もあり被害も甚大なものになったという。
「その魔物達の襲来ですが、どうやら『月姫』が姿を現した後の事だったようで‥‥!」
「なに‥‥っ?」
「辛うじて生き延びた村人の証言では、祭で演奏する楽の練習中だったそうです。美しい異国の装いをした女性が急に宙に現れて、村人達も驚くより見惚れてしまっていたようなのですが、彼女が「もっと聴かせて欲しい」というので再び音楽を演奏し始めたところ、魔物の襲撃に遭ったと‥‥!」
更に話を聞けば、村人の見た『異国の装いをした美しい女性』と『壁に封じられていた月姫』の外観はほぼ一致。
その上、魔物達は月姫を捕らえる事が目的のように見えたという。
結局は先に月姫が姿を消し、魔物達も目的を見失ったとばかりに退いていったそうだが――。
「‥‥村の状況は」
アベルが問えば、王からの命令で派兵が既に決まっていると回答。彼らにそれを伝えに来た騎士もこれから現地へ向かうという。
「その前に月姫が楽の音に惹かれて現れたかもしれないという情報を皆様にお伝えせよと、王が仰せになられましたので。また、魔物がやはり月姫を狙っているという可能性も強まりましたので‥‥」
「あぁ、ありがとう」
「では」
敬礼して足早に去っていく騎士を見送り、難しい顔をしていたアベルは冒険者達を振り返る。
「さて、‥‥どうしようか?」
その問い掛けに、冒険者達は――。
●リプレイ本文
「ま。これが最も妥当且つ無難な策だな」
アベル・クトシュナスが苦笑交じりに呟くのは、十名の冒険者たちを含め戦闘準備を整えた者達が顔を揃え、目的地へと移動するフロートシップの船内だ。
彼らは月姫を呼び出す。
そしてそれに付随して来るであろう魔物を迎え撃つべく理想的な土地柄の条件を提示し、アベルはそれに応え、こうして現地へ移動しているのだ。
その途中で「妥当且つ無難な策」と評された手段。
月姫が、そして魔物の群が襲来したきっかけとも言える状況が祭の音楽の練習中だったと言うのならば、それを再現してみせるまで――。
「月の精霊は歌や音楽を好むものが多いようですしね‥‥」
精霊に関する様々な情報を研究し、数多の精霊魔法を模写する碑文研究者シルバー・ストーム(ea3651)が静かな呟きを零せば、特に月精霊との関わりが深いケンイチ・ヤマモト(ea0760)がその隣で頷く。
「今度こそ月姫に会えるといいな。エルノーも一緒だよ、月姫がどんな反応をするのかちょっと楽しみっ」
これから戦場となるであろう大地に立つ術士とは思えぬ朗らかな言葉を紡ぐティアイエル・エルトファーム(ea0324)の傍には、戦力にはなれずとも一人置いてくるわけにはいかないという理由から同行したユアン少年が、エルノーことティアイエルの小さな相棒、月のエレメンタラーフェアリーに目を輝かせていた。
「勇人兄ちゃんのフェアリー達と色が違う‥‥」
不思議そうに呟く幼子に、名指しされた陸奥勇人(ea3329)は「そりゃあな」と小さく笑った。
「うちのは火と陽だからな」
わしゃっと子供の頭を撫でて、こんな無邪気な遣り取りがいつまでも続く事を願う。
これから先も、ずっと。
「‥‥村の方々からお聞きした件の女性の風貌だが、このような感じだろうか‥‥」
少し離れた卓の傍。
口元に手を置いて難しい顔をしているリール・アルシャス(eb4402)の手元にはペンと羊皮紙があり、その紙面には彼女達が事前に聞き込みを行った村の人々から聞いた『異国風の女性』の特徴を書き起こした似顔絵があった。
「ん‥‥。聞いて来た情報はどれも一致していると思うよ」
物見昴(eb7871)が頷き、完成したと判断して以前に月姫の姿を目にしているケンイチやシルバーに確認を求める。
「‥‥ええ。よく似ていらっしゃると思います」
ケンイチが答え、シルバーが頷く。
「‥‥このような姿だった、‥‥ような、気がする‥‥」
やはり以前に月姫を目撃しているオルステッド・ブライオン(ea2449)も同意し、絵は勇人やキース・ファラン(eb4324)にも手渡された。
「ってことは、やっぱり村に現れたアルテイラと『壁』で目撃されていたアルテイラは同一って事か‥‥、何で彷徨っているんだろう」
「それもそうだが、月姫と魔物の動向が妙に絡むのも気になる」
キース、勇人と抱く懸念に、一方で苦しげに眉根を寄せたのはイシュカ・エアシールド(eb3839)である。
胸元に下げられた十字架を衣の上から握り締め、出掛けにそれを預けてくれた親友ソード・エアシールドの言葉を思い出す。
――「死ぬな。絶対に帰って来い‥‥」
その言葉に頷く他はなかった。
気持ちは一つ。
あの世界に累が及ぶことの無いように力を尽くす事だけが――。
「ユアン」
重々しい沈黙が下り掛けた船内に声を上げたのは、幼子の師・飛天龍(eb0010)。
「そろそろ護身用に持っていてもいいだろう」と手の甲に星型が刺繍されたマジックグローブを手渡した。
「‥‥俺に?」
「ああ」
今この時に贈られた武具に、ユアンの表情が引き締まる。
「ありがとう師匠」
「‥‥ただし無理だけはするな。今回の戦は、実践を積ませると言うには過酷過ぎるものになる。退く事も真の武道家には必要だという事を忘れるな」
「はい!」
力強い返答に、冒険者達の表情には我知らず笑みが浮かぶのだった。
●
アベルの指示でフロートシップが着陸したのは、冒険者達が指定した通りの芝の平地。
近くに民家は無く、視界の開けた場所だ。
冒険者達が船を下りて地上の感触を確かめる間に、更に二機のシップが着陸する。対魔物戦に備えた武器を装備しているストーンゴーレム・バガン、グライダーと共にそれらを操縦するセレの鎧騎士達を乗せて来たのだ。
また鎧騎士達を大勢集めたのはゴーレム操縦のみならず、楽の音で月姫を誘い出すのであれば賑やかしく場を演出する人数が多いに越した事はないという思惑もあった。
「基本的に魔物はこちらで対応するつもりだ。貴公らには第一にシップの安全を考えて動いてもらいたい」
「よろしく頼む」
「承知」
リール、キースの、同じ鎧騎士という立場からの言に、セレの鎧騎士達も異論はない。ただ、初めて『罪なる翼』と戦ったあの頃に比べて些か態度が硬化していることは否めず、しかしそれでも構わないと誰もが思う。
彼らにはセレの鎧騎士として自分の国を守るという信念があり、目的が共通しているのであればいがみ合う必要もない。
人の情としての態度は硬化しようとも、戦に私情を挟む事さえなければ何ら問題は生じないのだから。
トン、とカイン・オールラントの背を叩いたのは勇人。
「‥‥大丈夫だ」
そう囁くはリラ・レデューファン。
傍には石動良哉、香代兄妹もおり、‥‥仲間がいる。
「大丈夫だ」
繰り返される言葉を、カインもまた繰り返す。
自分は決して一人ではない。
「‥‥前回は不躾な発言で済まなかった‥‥」
ぽつりと告げるオルステッドに視線が集まる。
「‥‥デビル狩り人は、もはや常人ではないのかもしれんな‥‥」
そうして自嘲めいた笑みを零す彼の言葉から、分国王の御前での発言を本人なりに気にしていたのだと察したカインは「いや」と静かに首を振った。
「君の言葉は正しい。万が一の事があれば躊躇わず斬ると言ってくれた、その言葉でむしろ安心したよ」
おかげで何の不安もなく戦場に立てる。
そう言い切ったカインに眉を顰める者もいたけれど、逆にオルステッドは続く言葉を心の中だけに留める事が出来た。
何が起きても、自分が正しいと思う行動を取れば良い。
戦場ではそれが自分の、そして仲間の命を救うことに繋がるのだから。
「‥‥準備が、整いました‥‥」
そう声を上げたのは所定の場所に設けた即席の舞台端に腰を下ろしたイシュカ。
「いつでも始められますよ」
「私も」
穏やかに告げるはリュートを構えたケンイチ、オカリナを抱いたティアイエル。
中央にはスクロールを手にしたシルバーと、ユアン、そして彼らの警護のために天龍が。
「始めよう」
「ああ。――陽の高い内にケリを付けてやる」
青空広がる緑の平原で、いま、宴を模した楽の音が奏でられた。
●
月姫が姿を現したという賑やかしい演奏会を再現するとはいえ、彼女の来訪までも再現出来るとは限らない。
ましてや前回の件で、自分が現れたためにカオスの魔物達が人々を襲い阿鼻叫喚の様を目にしたとあらば、楽を好む繊細な心を持つ精霊が思い通りに招かれるとはとても思えなかった。
それでも音楽という方法を選んだ彼らは「大丈夫だ」という想いを旋律に乗せる。
此処に来い。
自分達ならば君を助けられる――。
ケンイチのリュートが。
ティアイエルのオカリナが。
イシュカの竪琴が。
広げた巻物を両手で支えたシルバーが瞳を閉じて念じるは月魔法メロディー。
――‥‥ 月 司る 乙女よ 今一度 貴女の姿を 見せて欲しい ‥‥――
呼びかける。
切なる願いは相手に届きさえすれば必ずや月姫の姿を間近に見られるはずだった。
しかし一時間、二時間と時が流れ行くも月姫は一向に姿を現さない。
「‥‥世界を彷徨っている月姫に声を届けるのは至難の業だと言う事か」
天龍が真っ青な空を見上げて嘆息交じりに呟き、隣に佇むユアンが師の裾を握る。
「‥‥あの‥‥一度、皆に休憩してもらったらどうかな‥‥疲れて来たら、音楽も疲れているように聞こえるかも‥‥」
「そうだな」
幼子の言葉に一人、また一人と同意を示し、手を置く。
途切れた音色に代わって辺りを包むのは各々の深い吐息。
楽を奏でていた者達ばかりではない。周囲で賑やかさを演出するために歌い踊りしていた者達にも疲労の色が濃く滲んでいた。
「もう一工夫、考えるべきだったか」
軽い吐息を交えながら勇人が呟く隣では、オルステッドが難しい顔で何かを思い出したように口を切る。
「‥‥月姫が魔物を引き寄せる、か‥‥ジャパンの昔話に、月の姫に会いたい神皇が、姫を攫いに来た勢力を迎え撃つ、というのがあったな‥‥うん? 何か違ったか‥‥」
昴が「それを言うなら‥‥」と訂正を入れるのを聞きながら、一方で水分補給をする奏者達。
「さすがに指が痛くなってきましたね」
「うん‥‥私は腹筋が痛くなってきたかも」
月姫を呼ぶためにリュートを爪弾くケンイチ。
月姫と友達になりたいという想いを込めてオカリナを吹くティアイエル。どちらも笑顔こそ絶やさないが強い疲労感は隠し切れず。
「香代も疲れたよな‥‥、もう何差舞ったのか流石に数え切れないな」
「ぁ、ありがとう」
差し出された水を受け取る香代も肩で呼吸をしている。
そんな彼女を労う気持ちから「でも、どれもずっと綺麗だったよ」と臆面もなく告げれば、言われた彼女は頬を赤くして俯く。
そんな二人を視界の端に捉えて苦笑したリールも、やはり彼らに倣って歌い踊り場を盛り上げる役を担っていた事もあって僅かに呼気が早かった。
「‥‥これだけ疲労してしまっては、魔物の群と戦うのはかえって危険ではないだろうか」
スッ‥‥と、そんな彼女に水を差し出しながら言うのはリラ。
「あぁ、ありがとう」
礼を告げる彼女には視線で答え、次いで周囲を見渡す。
「まだ時間はある。明日、改めて試してみないか」
「‥‥でしたら」
リラの提案に声を上げたのは、イシュカ。
「‥‥一つ‥‥試してみたい方法があるのですが‥‥」
「試してみたい方法?」
聞き返す天龍の言葉を受けて、イシュカが視線を移した先にはシルバー。
「‥‥ストーム様のメロディーの魔法に‥‥子守唄を重ねてみるというのは‥‥如何でしょうか‥‥?」
「子守唄‥‥」
「‥‥はい。‥‥月姫が怯えているのでしたら‥‥ひょっとしたら‥‥会いたいと願うのでなく‥‥、落ち着くような‥‥安心出来るような音の方が、いいのかも‥‥と、そう思ったのです‥‥」
会いたい、と本心を込めるのではなく。
魔物から逃げるなと訴えるのでもなく。
「‥‥良いかもしれないな」
冒険者達は顔を見合わせ、互いの意思を確認し合うように頷いた。
●
三日月の揺り籠
揺らす母の手 春の夜風よ
人の手は非力とて
君を包む事は出来る
守るよ
癒すよ
だから眠れ 我等の傍で――。
平地の只中に三人の楽師。
ケンイチのリュート、ティアイエルのオカリナ、イシュカの竪琴。
奏でられる音色は穏やかに優しく、耳に届けば、まるで抱き締められるように音が全身を包み込む。
その内側、巻物を広げ念じる魔法は月のメロディーだ。
シルバーが一夜漬けで練習した歌は、冒険者達が案を出し合って綴った詩。
会いたいと願うのではなく、逃げるなと訴えるでもなく、ただ守りたいのだと。
癒したいのだと、願う。
「‥‥来るかな」
楽師達を、円陣を組んで囲むのは剣を手にした戦士達。
その中で『石の中の蝶』を見つめながら呟いたのはキース。
だが、誰しもが返答出来ない。
今は祈るしかない。
緊張した面持ちで皆が変化を待っていた。
そうして、――それは唐突に訪れた。
「っ!」
驚きのあまり誤った弦を弾いて音を途絶えさせたのはイシュカ。
次いで何事かと背後を振り返った皆が一瞬とはいえ固まってしまった。
「――‥‥‥‥!」
「‥‥アルテイラ‥‥?」
いつの間に、そうとしか表現出来ない。
気付けば彼女は円の中心、楽師達の傍らに膝をついていたのだ。
皆の脳裏に浮かぶ、リールが目撃者達から集めた情報を元に描いた絵。
かつて『壁』の中に見た姿。
異国の装いをした美しい月の姫、アルテイラに間違いない。
冒険者達は、今度こそその姿を捕らえたのだ。
「おぉっ‥‥」
「あれが噂の月姫か‥‥」
「確かに美しい‥‥なんと神々しいお姿か‥‥」
四方八方から上がる密やかな声は、更に外周を囲うようにして待機していたセレの鎧騎士達のもの。
もはや誰しもが、魔法の類とは無関係にその姿に見惚れていた。
『‥‥優しい‥‥楽の音‥‥』
月姫が言葉を紡ぐ。
それはとても弱々しく、今にも消え入りそうなほどに細い声。
『‥‥優しい‥‥温かな‥‥光りの音‥‥』
見えぬ音を抱き締めるように合わせた両手を胸に当て、瞳を伏せる。
『‥‥そなたらの楽の音‥‥もっと聴かせて‥‥』
願う頬に、まさか涙が伝うように見えたのは幻だろうけれど。
「‥‥お聞かせしたいのは‥‥山々なのですが‥‥」
緊張した面持ちで口を切ったのはイシュカ。
同時。
「来る!」
張り詰めた声を上げたのは『石の中の蝶』を注視していたキース。いま、その羽根はじょじょに羽ばたきの速度を早めていた。
「ユアン」
「うん!」
リラに促されて、幼子は急ぎ楽師達に寄り添う月姫の手を取った。
「お願いです姫様、俺と一緒に来て下さい」
『‥‥そなたは‥‥』
「此処に居たら、また姫様は魔物に襲われちゃうんだ。もう怖い思いをさせたくないよ」
『‥‥魔物‥‥』
魔物、と繰り返す表情が次第に蒼褪める。
『そう‥‥魔物が来る‥‥また魔物が人を‥‥そなたらを‥‥っ』
数日前の惨劇が蘇えったのか途端に気を乱し始め、姿を消しそうになった月姫。
「アルテイラ!」
しかし、その行き先を遮ったのはリールだ。
「暫し我々と共に! 我々が貴女をお守り致します! 魔物からも、寂しさからも!」
『――‥‥寂しさ‥‥』
「しばし共にあれば寂しさも紛れましょう」
勇人が背を押すように言葉を紡ぎ。
――キシャアアアアアアアア!!
「!!」
上空から牙を向いて滑降してくる巨大な黒い鳥――否、背に蝙蝠の羽を持ったそれはカオスの魔物、邪気を振りまく者。
「ハアァァッ!」
覇気と共にローズホイップを振るうはオルステッド。
完璧に絡み取り、動きを封じた魔物を更に攻める魔法ライトニングサンダーボルトはティアイエル。
「まずは一匹だね」
言って見上げる視線の先には空を広く覆う黒いもの。
前方、地平線を黒く染める何か、――魔物の群。
「‥‥あれって何匹いると思う?」
「んー‥‥それは聞かないで欲しいな」
昴が嘆息交じりに呟くと、良哉が妙に真面目な顔で返す。
次いで天龍がユアンへ。
「船まで走れ、援護する!」
「はい! さぁ月姫様、お願い!」
『ぁ‥‥っ』
戸惑う彼女の周囲を、不意に舞い飛んだ小さな影。
ティアイエルの相棒である月のエレメンタラーフェアリーだ。
『‥‥わたくしの、眷属‥‥』
「エルノーも一緒だよ、だから安心してね?」
自分と同じ月属性のエレメントが冒険者を慕う姿は、完全ではなくとも信じたいという気持ちを抱かせるには充分だったのか。
月姫はユアンと共に、天龍に背を守られながらシップへ。
「さぁ‥‥デビル狩りの始まりか‥‥」
「招かざる客にはさっさと引き取ってもらおうか!」
オルステッド、勇人の威勢の良い掛け声と共に彼らは剣を抜く。
「‥‥偉大なる母よ、どうか我等に加護を――レジストデビル――」
前線に赴く者達へ送られるイシュカの白魔法。
――‥‥アルテイラ‥‥寄越セ‥‥
―― アルテイラ 我等 ノ モノ ‥‥! ――
地響きのような魔物の声。
戦は、始まった。
●
円陣を組んでいた中央、淡い色の光りを放つのはティアイエルの体。
次いで掲げられた手先に集まる黄金色の輝きはそこで何かを反射するように瞬いた直後、雷光となって平地を疾走。
「ライトニングサンダーボルト!」
空に光る雷と同様、波打ちながら二百メートルの直線状を唸らせた雷光は、範囲内の全ての魔物を打ち払う。
それで滅するには至らずとも、体勢を崩した連中を余す事無く切り伏せていくのが剣士達。
その逆もまた然り。
剣士達が一撃で仕留められなかった魔物を、術士達は臨機応変に打ち抜いていった。
「しかしキリがないね」
呼吸の合間に言い放つ、短刀での接近戦を選んだ昴の言葉。
それを聞いてか否かオルステッドが薄く笑った。
「‥‥これで何匹目か、数えるのを忘れていた」
鞭で射程の魔物達を一度に複数匹捕らえて大地に投げ出せば、目を回した連中を悉く滅していくキースの直刀。
「数を数えて、後で皆で競うつもりだったとか?」
「‥‥余興として、だな」
喋りながらも決して攻撃の手は休めない。
魔物の数はとてつもなく膨大だ。
だが厄介なのは数であって、強さそのものは冒険者達の足元にも及ばない者達がほとんどであり、程好く緊張を解すために言葉を交わす余裕は十二分にあった。
「インプ、アガチオン、グレムリン、よくまぁこれだけ集まったものだ!」
呆れたように言い放つ勇人は、ジ・アースのそれらとよく似た魔物を相手に剣を振るう。他にも多くの種族が彼らの周りを飛び交い、地を駆けて来るが、どれもジ・アースで見覚えのある姿ばかり。
――似ている?
否、もはやそのものと言ってもいい。
この世界のカオスの魔物と、遠く離れた故郷を脅かすデビル達、その酷似した姿はなに故か。
月姫と魔物の動向が妙に絡む事を気にしていた勇人の胸中には、そのような疑問が渦を巻いていた。
「‥‥っ」
スクロール魔法で応戦していたシルバーは、術の反応が鈍っている事に気付くと同時、携帯していた既に六個目になるソルフの実を飲み込んだ。
直後に発動するのはファイヤートラップ。
後衛として広く周囲を見渡し全体の戦況を見ながら術を行使していくシルバーは、知能の高さも手伝って仲間には被害が出ないよう巧みに魔物を霍乱。ウォーターボムを放つことで鎮火と魔物への新たなダメージを蓄積させるなど、敵の動揺を誘う頭脳戦で仲間の援護に貢献していた。
「ギャギャギャギャッッ!」
仕掛けた罠が発動し、足を踏み入れた魔物に向かって吹き上がる炎。
魔物の全身を包んで燃え盛り、暴れ狂うそれにケンイチのシャドウボムが炸裂。
威力の不足は互いに補う、それが術士達の戦い方だ。
百、二百。
魔物の群は確かにその数を減らしていくが、減っているように見えないのはそれだけ数が尋常ではない証。
「あぁウゼェ!」
良哉が我慢の限界とばかりに声を荒げれば、魔物の一匹がそんな彼を嘲笑うかのように繰り返した。
―― アルテイラ 寄越セ ――
―― 我等 ガ 王 ヘ 供物 ――
―― アノ地ヘ ノ 月道 ヲ ――
「‥‥させません‥‥っ!」
強い思いを胸に秘め、イシュカは詠唱する。
コアギュレイト。
「ハァアアァツ!」
捕縛され固まった魔物を直後に斬るはリール。
「娘まで危険に晒させたりはしません‥‥っ」
「見ず知らずの世界だとて、其処を故郷と尊ぶ仲間達のためにも決して!」
その気迫は、この世界を守りたいと願う者達も同様。
セレの鎧騎士達が操縦するゴーレムも決して退く事無く月姫がフロートシップまで辿り着くよう、その道行きを護った。
「もう少しだよ姫様!」
ユアンに手を引かれたアルテイラは、哀しげに背後で繰り広げられる戦を見遣る。
『‥‥わたくしのために‥‥戦が‥‥』
「おまえのせいではない」
即座に答えたのは、生身で彼らを援護していた天龍。
「悪事を考える者が悪いんだ。おまえが自らこの諍いを望んだわけではないのだろう」
『‥‥わたくしは‥‥争いなど望まない‥‥』
「ならば余計な事は考えるな」
魔物との戦は此処で終わらせる。
断言し、背後に迫った邪気を振りまく者を迎え撃つ。
「ハアアアッ!」
天龍は全身で敵の懐に潜り込み、重い拳を打ち込む。
魔物が苦悶の声を上げて体を丸める、その一瞬の間を以て第二撃、三撃。邪気を振りまく者は抵抗の術もなく倒れた。
しかし敵は尽きない。
その数は、余りにも膨大で。
『――‥‥』
「? 姫様‥‥?」
不意に動きを止めた彼女に、ユアンが呼び掛けた。
「早く行け!」
天龍も若干の驚きを交えて言い放つ。
しかしアルテイラは。
――‥‥暫し我々と共に! 我々が貴女をお守り致します! 魔物からも、寂しさからも!
――‥‥しばし共にあれば寂しさも紛れましょう‥‥
冒険者達の言葉が心に響く。
あの癒しの音色が蘇える。
『‥‥戦など‥‥望みません‥‥』
「ぇ‥‥」
その場に留まり広げられる腕。
異国の装い、その袖が光りを撒くように風になびき、数秒の沈黙。
「ぁ、あれ‥‥?」
思わず自分の心臓部分に手を置いて、その変化に気付いたのは間近にいたユアン。
「何かどきどきする‥‥?」
「これは、‥‥『魅了』か」
天龍が呟く特殊能力の名は、しかし自身に変化があっての事ではない。これまで自分達に牙を剥いていた魔物達が次々とその場に伏していったからだ。
魔物ゆえに反応も素直なのだろう、一定の範囲内にいた魔物達が次々と敵意を失くせば争いの喧騒は静まる。
この異変に気付いた冒険者達が驚いて振り返る間にも月姫は来た道をゆっくりと戻り、魅了の範囲を広げゆく。
「‥‥これが、月姫が知る争いを収める術‥‥なのでしょうか‥‥」
呟くシルバーの胸中にも、これまではなかった『何か』が生まれようとしていた。
あれほど絶え間なく襲い掛かって来た魔物達が、気付けば一匹残らず彼女の術の内に囚われていた。
「‥‥さすがは高位精霊、といったところか」
呟くオルステッドも、魅了には囚われなかった者の内の一人。
他には勇人、イシュカ、キース、リール、昴、――そして。
「そういう事ですか‥‥」
くすくすと含み笑いを交えた突然の第三者の声に冒険者達はハッとする。
「我が王より命じられて赴けば‥‥なるほど、私が呼ばれるわけですね‥‥」
「『罪なる翼』‥‥!」
その魔物が、彼らの眼前に佇んでいた。
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「久し振りだな。怪我の具合はどうだい?」
即座に剣を構え直し尋ねた勇人に『罪なる翼』は薄く笑う。
「芳しくはありませんねぇ‥‥ましてやこの状況を鑑みるに、再び貴方達と剣を交えれば私の負けはほぼ確定。それと知れた戦で命を投げ出すような酔狂ではないのだと、‥‥これは以前にもお話ししましたか」
くすくすと楽しげに語る魔物は、しかし。
「我が王からの命令とあらば、アルテイラを連れ帰らなければどのみち仕置きを受けるでしょう。――お相手を願えますか?」
身の丈にあった長刀を構え余裕の笑みを覗かせる魔物の言葉が、どこまで本心かは知れたものではない。
だが、いずれ戦う相手である事は判っていた。
それが「今」になっただけ。
「願われなくても相手してやる」
「快楽で生きる者を操り、多くの命を奪うのは許せない」
キース、リールが言い放つ。
「ユアン、月姫を頼んだぞ」
「はい!」
アルテイラをユアンに託し、天龍も前線に。
「では、参りましょう」
低く笑い『罪なる翼』は動いた。
真っ先に攻撃を仕掛けたのは勇人。
以前は特殊防御魔法エボリューションを用いて最初の一撃を薄笑いと共に受け入れた『罪なる翼』だったが、いま魔物は間一髪でそれを避けた。
「っ?」
眉を顰める勇人に魔物は薄ら笑う。
「私は、もはや貴方達を軽視はしませんよ」
「なにっ?」
間を置かずに斬りかかったキースの攻撃も上空に逃れる事で避け、そこに待機していた天龍の拳からも紙一重で逃れた。
「特殊防御の術とはいえ、一度はこの身で痛みを記憶しなければなりません。どうやら、この私のために無数の武器を用意されているようですからね‥‥その策を無駄にしてしまうのは非常に心苦しいのですが、今回は全て避けさせて頂きますよ」
くすくすと楽しげに語る魔物に、しかし冒険者達も冷静だ。
「‥‥なるほど。武器を持ち返る際に生じる隙への懸念は無用となったわけか」
オルステッドに続くのはリール。
「ならばこの太刀を浴びせさせるまで!」
「ふふふ‥‥女性騎士の殺戮を望む瞳と言うのも、なかなかにそそられますね」
「っ」
「惑わされるなリール!」
悪意に満ちた言葉に思わず躊躇いを見せた仲間に、即座に昴が声を荒げ我に返るも、隙をついて距離を取った魔物の足元には漆黒の闇を纏う円陣。
魔法詠唱。
それを遮断すべく魔物を襲うはケンイチのムーンアロー。
シルバーのマグナブロー。
魔法の連打に加えてティアイエルのサイレンス。
これで音を遮断出来れば魔物は魔法詠唱が出来なくなる。
しかし魔物に効果は薄い。
「残念ながら、精霊に嫌悪されるこの身には魔法でさえ近付きたくないようですね?」
平然と言葉を発し、笑う。
その足元に再び現れる円陣。
唱えられるはフォースコマンド。
「あっ‥‥」
「さて‥‥ここはやはり私の味方になってもらいましょう、麗しの騎士殿」
「っ、これは‥‥っ」
意に反して動く手は、すぐ傍にいた昴に剣先を向けさせる。
「さぁ、その忍びの魂を私に」
「そのような真似‥‥!」
「リール殿‥‥っ」
「‥‥外道が」
低く唸り大本を倒せばと『罪なる翼』に向かうはオルステッド。
「おや‥‥次は貴方が私のために剣を振るって下さるのですか?」
言いながらオルステッドから間を取り、詠唱開始。
同時、後衛から放たれた優しき癒しの輝きがリールを縛り付ける邪悪な力を退けた。
ニュートラルマジック。
イシュカの神聖魔法だ。
「ほぉ‥‥」
己の魔法が解かれたと知り素直に驚く魔物。
「ぁ‥‥」
「‥‥大丈夫ですか‥‥っ」
膝を折ったリールにイシュカが、そしてリラが駆け寄った。
「‥‥言霊ではないのなら、と‥‥解呪出来て良かった‥‥」
もしも敵の魔法力が自分を上回っていれば救えなかった、それを思えばイシュカの安堵の深さは果てしない。
「これは驚きましたね、珍しい術をお使いになられるようだ。‥‥嬲り甲斐がありそうですよ」
真っ先に殺すべきは貴方かと、イシュカに向けられる昏い眼差し。
だがそれを黙って見ている者などいない。
「おまえの相手は俺達だ!」
龍爪と共に拳を放つ天龍と共に、勇人、オルステッドがそれぞれの獲物を手に攻める。
精霊魔法は効果無しと言われようとも多少の足止めにはなるはず。術士達も援護を欠かさない。
「くっ‥‥」
人数に押され、一太刀が魔物に入れば冒険者側は武器を変えた。
「おや‥‥」
不思議そうな顔をする魔物に、しかし冒険者達も騙されはしない。
「こちらの技をかわすとは言ったが、エボリューションを使わないとは言っていないからな」
勇人が不敵に言い放てば、魔物は一瞬の間を置いて「なるほど」と可笑しそうに笑った。
先刻まで群れていた魔物はほぼ全て月姫の魅了によって彼女に危害を加える事は出来なくなっていた。
だが『罪なる翼』の劣勢を察したのか、気付けば再び魔物の群が空から、地上から接近していた。
これらには月姫に魅了された魔物達が魔物と戦う。
魅了を跳ね返す魔物達にはキースや昴、セレの鎧騎士達が応戦した。
『‥‥強き者達‥‥』
月姫の囁きに応えたのはユアン。
「そうだよ、師匠たちは強いんだ! 絶対に姫様の事を護ってくれる!」
疑いなど欠片も見えない幼子の断言にアルテイラは、――微笑った。
「‥‥っ‥まったくもって不甲斐ない‥‥」
声を掠らせ、呼吸弾む魔物の声音に、鞭から剣へと持ち替えていたオルステッドが冷めた眼差しを送る。
「我が王に滅せられるか、弱き人の手に掛かるか‥‥」
それでも笑いを含ませて語る魔物の体が僅かに退き、一瞬の間に冒険者達を襲った既視感。
「選ぶは前者、貴方達の手になど‥‥!」
「待っ‥‥」
炎の息が来る、誰もがそう思った矢先に魔物の動きが鈍る。
「‥‥同じ手は二度と効きません」
シルバーが広げていたスクロールはアグラベイション。
弱りきった『罪なる翼』には抵抗する余力もなく――。
「‥‥そういえば、挨拶を忘れていた」
刃先を光らせ告げるオルステッド。
「‥‥名乗る必要も、もうないだろうが‥‥初めまして」
そして、さようなら。
「――――‥‥‥‥!!」
悲鳴も、悶絶の声もない。
真っ直ぐに振り下ろされた剣が魔物の首を。
「これで終わりだ、食らえっ!」
疾走する勇人の剣が胴を。
大地に崩れ落ちる屍を、精霊魔法の炎が燃した。
『罪なる翼』の死。
それが、月姫確保と共に冒険者達が手にした結果であった。