【黙示録】混沌の楔 1

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 22 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月21日〜03月03日

リプレイ公開日:2009年02月27日

●オープニング

 ●セレと、リグと――

 ウィルの北西部に位置するセレ分国。そこから更に北へ上がった、セトタ大陸中央部に位置する内陸の森の国、それがリグだ。
 産業は少なく国力も貧弱であったが、外交手腕に長けた人物が王位に就いたことにより林業国として発展。その後、内戦が勃発し三つあった分国は事実上の崩壊、他の分国を圧倒したリグハリオス家が国の実験を握るに至った。その後も隣国への侵攻を開始するなど戦乱の時が続いたが、先代の王が戦死した後に王位を継いだグシタ・リグハリオスが軍を動かす事はなく、以来、平穏な日々が続いているという。
 ウィルの国王とも懇意にしている事は、ゴーレムの共同開発やドラグーンの贈与などからも伺え、リグのゴーレム生産能力は今尚発展の最中だ。
 そんなリグの国に、セレが不穏なものを感じ始めたのは陸続きの隣国であったからに他ならない。誰一人として明確な証など持ってはいなかったが、北から流れてくる難民の数が増え、セレを襲撃するカオスの魔物の多くが北から飛来する事も確認されている。おかしい‥‥そう思い始めたセレの上層部は密偵能力に長けた騎士を五名、秘密裏にリグへ偵察に向かわせた。当初は騎士の一人が連れていた鷹によって定期的に便りが届けられていたのだが、半月ほどでこれが途絶え、偵察に向かっていた五人が戻って来る事もなかった。
 疑惑は深まる。
 だからこそセレは、次の手を打たなければならなかった。




 ●ウィルにて

 ユアンは居間のテーブルにつき、手の中の手紙を眺めながら小さな息を吐く。書かれている文字は読めなかったが、一緒に暮らす石動香代に読んで貰うことで内容は理解していた。
『しばらく留守にするが心配は要らない。日々の鍛錬を怠るな』
 簡素で、必要なこと以外は語らない文面の最後に添えられた名前はリラ。先日の風霊祭でセレに赴いた帰り、所用があるからとユアン達とは一緒にウィルへ戻らなかった彼が、ユアンの荷物に忍ばせていた手紙がそれだった。
 あれから、一週間。
「‥‥どこ行っちゃったのかな‥‥リラさん‥‥」
 手紙に気付いてすぐと、一昨日。ユアンはセレのヨウテイ領領主アベル・クトシュナスに向けてシフール便を飛ばしているが反応はない。
 以前は彼の名前で頻繁に届いていたカイン・オールラントからの手紙もまったく音沙汰なくなってしまっていた。
「‥‥」
 この異変に不安を覚えるのはユアンばかりではない。香代だって平静を装っているが胸中に募る嫌な想像を考えないようにするのに必死だったし、兄の良哉はこのところずっと不機嫌で口数も少ない。
 幼子は、何か大切なものが壊れて行くような焦燥を感じる。
 このままにはしたくない、そう思うが早いか席を立って香代のもとへと走った。
「姉ちゃん! 俺、セレに行きたいっ」
 唐突に訴えられた香代は目を瞬かせる。
「もしかしたらリラさん、何か悪い事をしたから帰って来辛いのかもしれないし‥‥っ、迎えに行こう? 俺、このままなんてイヤだ!」
「ユアン‥‥」
 今にも泣きそうな顔のユアンに、しかし香代は安堵した。下手に歳を重ねてしまった自分達には言えない言葉も、この幼子はまだ素直に訴えられる。ユアンがいれば、きっともう一度集まれる。
「‥‥そうね。セレへ行きましょう」
 ならば彼らにも声を掛けなければ――風霊祭からの帰路、フロートシップの船内で様子がおかしかった冒険者達の姿を思い浮かべて香代は決意する。そうしてユアンと二人、向かうは冒険者ギルドだ。


●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1592 白鳥 麗華(29歳・♀・鎧騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)

●サポート参加者

フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ソード・エアシールド(eb3838

●リプレイ本文


「確かこの辺りだったはず‥‥」
 リール・アルシャス(eb4402)の案内で民家の立ち並ぶ通りを行くのは陸奥勇人(ea3329)だ。半年以上も前の記憶を手繰り寄せるように、声に出して確認しながら辿り着いた一軒家は友人の自宅である。
「日向殿、いらっしゃるだろうか」
 念のため、セレに先行する仲間達の見送りがてら顔馴染みのギルド職員にその所在を確認したところ、自宅にいるのではないかという答えが返ってきたのだが、勇人が何度扉を叩いても中から反応がない。
 先日のセレでの風霊祭。
 あの場にいた彼は、リールに確かに「『暁の翼』が始動する」と告げた。それは何らかの事情をセレの内部に通じる人物から聞かされたからではないだろうか、そう思ったのだが。
「自宅にいないなら、セレか」
「‥‥その可能性もあるよな」
 事情有っての出国なら誰かに伝えては行かない。そう思いながらリールが深い息を吐いた時。
「人ン家の前で何やってんだ?」
 不意に背に掛けられた声は、日向本人。安堵した様子の二人に怪訝な顔をして見せた彼は、しかしすぐに二人を中へ招く。誰に聞かれても良いような話をする為に、勇人達がわざわざ自宅まで来るとは思い難かったからだ。


 思いの丈を翼にかえて
 飛び立とう 夢に向かって
 諦めないで 強い思いは
 風に負けない 強き翼になるから
 自分を信じて 羽ばたいてください――‥‥


 シルバー・ストーム(ea3651)とイシュカ・エアシールド(eb3839)、二人の馬に引かれた馬車が行く。その車上にはユアンや石動兄妹、イシュカ、飛天龍(eb0010)のほか、レイン・ヴォルフルーラ(ec4112)の姿もある。彼女は遠ざかるウィルの町を見つめて、大きな瞳を切なげに細めた。少しでも多くの情報を集めるために別行動を取ったリールは大切な友人だ。彼女の選択が、少しでも彼女自身を助ける力になれば良いと願う。その思いは、見送りに来てくれていたフィニィ・フォルテンが旅の無事を祈って聴かせてくれた歌によって、よりいっそう強まっていた。
(「どうか無事に‥‥」)
 レインが瞳を伏せて心の中で紡ぐ言葉をイシュカも察したのだろう。胸中に自分を見送ってくれた親友ソードの姿を思い浮かべ、レインを穏やかな眼差しで見守っていた。一方、馬車の両脇を固めるよう、自分の相棒に騎乗しているのはシルバーと白鳥麗華(eb1592)、キース・ファラン(eb4324)の三名だ。ギルドから先行してセレに向かう彼らの中にも、事前に何らかの情報を入手出来ないかとそれぞれの伝手に接触を試みた者もいたが、セレ側の守秘体制が余程強固なのか目ぼしい話は一切聞かれず、出発間際にキースが放った「何かおかしい」の言葉には香代が静かに頷き、繋いでいたユアンの手をぎゅっと握り締めていた。
 そして御者台に座るリィム・タイランツ(eb4856)。
 彼女に手綱を預け、一路セレへ。





 日向に家の中へ招かれた勇人とリールは、回りくどい説明で無駄に時間を費やす気などなく、単刀直入に本題へ。
「風霊祭でアベル卿と話をしていたよな。ご存知なら教えて欲しい。セレで何が起きている?」
「‥‥俺に聞くより、もっと妥当な相手がいるだろ」
 真摯に訴えるリールに、しかし日向が溜息で応じると、すぐさま勇人が行動に出た。
「セレネー」と虚空に向かって呼び掛ける相手は月姫。今はセレで保護されている事になっている精霊だが、自分を救い出した冒険者達に心寄せている彼女は彼らの呼び声になら何時でも応えた。
『勇人‥‥?』
 突如室内に現れた、天界風に言うなれば『かぐや姫』に日向は驚くしかない。
「カインとリラがセレから出掛けた筈なんだが何か知らないか?」
『まぁ‥‥それは先程もお伝えしたはず‥‥リラとの約束だもの、言えません‥‥』
 困った顔で言う月姫に、勇人は視線を日向に転じた。
「この通り、先手を打たれていてな。――ありがとな、セレネ。これから俺達もセレに向かうんで、あっちでも手を貸してくれると助かる」
 勇人が告げれば、月姫は穏やかな笑みを口元に湛えて承諾の意を示す。
『わたくしに出来る事ならば‥‥』
 そう言い残して部屋から完全に姿を消した。
 それを見送り、続ける。
「ここまでされたら個人レベルで済まない話だってのは容易に想像がつく。何たってカインは、セレじゃいまだ執行猶予の身だ。罪の償いとしてあいつをいいように使おうって奴もいるだろう。――けどな、明らかにヤバい所に踏み込んだ連中を見過ごすのも寝覚めが悪い」
「‥‥って、言われてもな」
 頭を掻きながらまだ言葉を濁す日向に、更に。
「何も直接聞かされた話を教えろとは言わないさ。ただ、偶然通りかかった所で誰かの独り言を聞いても可笑しな話じゃねぇよな‥‥?」
 咄嗟の反応に困るような事を言われた日向は思わず絶句。
 だが、最後には笑った。





「今日はこの辺りで休も」
 御者を務めていたリィムが馬達の様子を慮ってそう声を上げれば冒険者達に否はない。各々が馬を休め、薪を集めて火を熾し、またはテントを組み立てるなどして寝る場所を確保する。食事の準備は天龍だ。皆が持ち寄った保存食を受け取ると、薪の傍にイシュカが持って来ていた鍋や包丁を並べて早速調理に取り掛かった。空はすっかり暗くなり、月精霊の輝きに見守られた地上で冒険者達の囲む火がパチパチと優しい音を立て始めた頃には皆の空腹もすっかり満たされていた。
「リールさんと勇人さん、いつ頃合流出来るでしょう‥‥」
 来た道を振り返って呟くレインに答えたのはキース。
「リールさんは馬を駆って来るし、陸奥さんはグリフォン‥‥明日には合流すると思うけどな」
 元々顔馴染みの冒険者達が言葉を交わす傍らで、初対面の麗華は丁寧な挨拶を。
「私の名前は白鳥麗華。ご覧のように鎧騎士見習い中の冒険者よ。未熟者だけど頑張りますので、しばらくお付き合いお願いしますね」
 そうして騎士らしく頭を下げる彼女には、香代や良哉達の方が慌てる。
「やっ、それは俺達の台詞だと思うんだが‥‥っ」
「此方こそよろしくお願いするわ‥‥っ」
「落ち着け、二人とも」
 そんな二人に失笑する天龍は調理の後片付けを終えたばかり。
「麗華もそのように改まる必要はないと思うぞ」
「そうですか?」
 同じ華仙教大国出身の天龍に言われた事で落ち着いたのか、気を取り直した麗華は、でしたらと、セレに到着してから担当する情報収集のため、捜索相手となるリラやカインの特徴などを香代に確認し始めた。一方、フォーノリッヂやダウンジングペンデュラムを用いて二人の同行や所在を確認しようと試みるシルバーだったが、入手出来る地図の精度が限られる事もあって情報を得るのには苦労していた。
「‥‥もしかすると、もうセレにもいないのかもしれません」
「その可能性は高いだろうな」
 ゆっくりと息を吐きながら告げられるシルバーの言葉を、天龍も否定は出来ない。
「‥‥フォーノリッヂで見える景色も、香代さんが言われた『焼け野原』が大半です。稀に『叫んでいるカインさん』や『女性』の姿も映りました」
「女?」
「身なりから、おそらく『鎧騎士』だとは思うのですが‥‥」
 何処かで見覚えが有るようで、無いような‥‥非常にあやふやな光景しか映し出されないのは、現在の情報量では仕方がない。
「やはりセレで情報を集めるしかないのだろうな‥‥」
 天龍の呟きを、傍にいたユアンが耳にして俯くと、その頭を優しく撫でたのはイシュカの手。
「イシュカ兄ちゃん‥‥」
「‥‥大丈夫ですよ」
 幼子にそう告げる声は優しい。
 しかし胸中に思う言葉は。
(「‥‥ご事情はあると思いますが‥‥子供に心配を掛けるのは‥‥大人としてどうかと思いますよ、レデューファン様、カイン様‥‥」)


 それからしばらくして見張りと休憩を交替で行おうと決め、リィムと良哉を残し他の面々が休んだ頃、火に照らされる良哉の顔が非常に不機嫌そうなのを察したリィムが苦笑交じりに声を掛けた。
「‥‥ボクはカインさん達の事をよく知らない‥‥だけど、仲間に置いてきぼりにされたり、事情を話してくれなかったとか、腹立たしい気持ちは判るつもり。事情はあるんだろうし、探しに行けば彼らは怒るかもしれないけど‥‥探しに行ってあげようよ」
 彼女の言葉に、良哉は眉を顰めた。その変化にリィムが気付かなかったのは、やはり夜闇のせいか。
「その‥‥ボクもキミが急に居なくなったりしたらやっぱり探すよ。何も言わずに居なくなったりするとかだけはやめてね‥‥?」
 頬をほんのりと朱色に染めて言うリィムに、良哉は。
「‥‥あのさ、意味が判らないんだけど」
「え?」
「俺達、聖夜の前に面識が有ったわけでもないのにさ‥‥急にそういう事を言われたって、からかわれているとしか思えないし。そんなのはっきり言って‥‥」
 言い掛けて、声が途切れる。
「良哉君?」
「しっ」
 呼び掛けを制し、闇夜に五感を集中させれば聞こえて来るのは馬の蹄の音と、一方向にのみ流れる風が木々の葉を揺らすのはグリフォンの移動によるもの。
「!」
 突如現れた影は勿論、勇人とリール。
「よ。意外に早かったろ」
「情報、日向殿から貰って来たよ」
 リィムと良哉の話はあやふやになってしまったが、冒険者達はこうして合流を果たした。





 それからセレへ到着するまでに、リールによって描かれたリラとカインの似顔絵が麗華に渡され、互いが得た情報を共有し合った。その上で麗香はセレの人々に、レインは魔法の師であるジョシュア・ドースターに会うため首都セレへ。その他の七人はヨウテイ領の領主アベル・クトシュナスの館へと赴いた。


 首都セレ。
 仲間の魔法等で得た情報を頼りにセレの人々に聞き込みを開始した麗華は、近頃は北からの難民が増えているという事を確認した。
 セレの北と言えば、隣国リグ。
 この情報も合わせて更なる情報を集めようと試みるが、しかしこれは容易ではなかった。
「うー流石に日数が経ってしまっているので芳しくない感じ‥‥それにリラさんという方、聞けば聞くほど残された人を気遣ってたわけで‥‥不要な足取り残していなさそう‥‥」
 麗華は嘆息しながら空を仰ぎ、ふと思い当たる。
「あ。でも‥‥そういう人だと道中人助けとか印象深い事してそうだわ。そっち方面からも聞いてみましょう」
 そうと決まれば探すべきは隣国からの難民。そして、これは見事的中した。


 対して師に面会を求めたレインもまた有力な情報を彼から聞き出す事に成功しようとしていた。
「いま、リラさんとカインさんが消息不明になられている理由を先生ならご存知ですよね? セレの国に何が起きようとしているんですか? 高位の精霊さんが封印しなければならないような力を解放する理由って何ですか?」
「ふむ‥‥それが何であるかを明かすわけにはいかぬが、あえて言うならば、強大な混沌の力から国を‥‥いや、世界を護るため、かのう‥‥」
「世界、を? 混沌って‥‥カオスの魔物、ですか‥‥?」
 聞き返すレインに、師は笑みを強める。


 ヨウテイ領、領主館。
「リラとカインがどこへ行ったか知っているなら教えてもらいたい」
 アベルと面会するなり単刀直入に切り出した天龍に本人は苦笑。
「急に会いに来たかと思えば、また唐突だな」
「急?」
 聞き返す固い声はリールだ。
「‥‥アベル卿。ユアンが何度かこちらにシフール便をお送りしているはずです。それに偽りでもお返事を頂けなければ、我々が此方に参上するという事は重々ご承知だったと思います。それは、我々が来る事を望んでおられたからではないのですか」
「望んだ? 私が?」
「違いますか」
「‥‥そもそも、何故私が彼らの所在を知っていると、そう確信めいたものを君達は持っているのかな。カインはこの邸にいるし、リラが何処に行ったかなど知るわけがない」
 不敵な笑みで応じるアベルに、冒険者達は息を吐く。その中で虚空に向けて声を上げたのはキース。
「セレネ」
 呼び掛ければ間を置かずに室内に現れた月の精霊アルテイラ。同時にアベルが「なるほど」と肩を竦めたが、キースはこれを横目に問い掛けた。
「一つ、教えて欲しいんだ」
『‥‥リラとカインの居場所でしたら、勇人にもお伝えしましたが‥‥』
「そうじゃないよ。二人の居場所じゃなく、いま一番禍々しい空気の強い場所はどこだろう? 声に出さないでいいんだ、指で差し示してくれれば」
『まぁ‥‥』
 キースに言われた月姫はアベルを何度も見遣るが、ダメとは言われないから遠慮がちに一方向を示す。
 それは、北。
「此処に来る前に日向にも会って来た」
 勇人が言う。
「アベル。あんたは日向に、国の防衛に協力を頼んだそうじゃないか」
「‥‥ふむ。意外に口の軽い男だったか」
 責めるような言葉を口にしながらも、その表情が晴れ晴れとしていたからリィムが後に続く。
「占い魔法では焼け野原が広がるって。それは、僕達が何もしなければ戦争や災害が起こるって事ですよね? リラさんとカインさんは、それに関係して姿を消したんじゃないんですか?」
「‥‥カイン様の性格からして、此方におられるのでしたらユアン君に手紙を書かないのは不自然ですし、ご病気または刑が執行されたのでしたら、貴方様が何も連絡をされないのも考え難いです‥‥カイン様が罪人扱いである以上、何処かに行かれたのなら国に関わる事‥‥それも恐らく、正式な騎士では動かし難い事柄ではないのかと、‥‥そう想像することは容易です」
 イシュカの言葉を、アベルは黙って聞いている。
「友が死地に向かったと言うなら、ただ待っているなど俺には出来ない」
 天龍が言い募る。
 しかしアベルは、まだ口を切らない。
 ‥‥落ちた重苦しい沈黙の帳を、不意に払ったのは扉を叩く邸の使用人だった。
「領主様。首都よりシフール便が二通、届いておりますが‥‥」
 言われたアベルはそれを受け取り、目を通す。
 そして、失笑した。
「‥‥なるほど、あのドースター様も可愛い弟子には敵わないようだな。‥‥読むかい?」
 言い、届いた二通を冒険者達に渡した。一通は麗華からで『リラさんとカインさんにリグ国内で会った人を発見。セレに向かって逃げて来る途中で怪我の手当てをして貰ったそうです』と書いてある。もう一通はレイン。
『ドースター先生から、リラさん達はリグの国に潜んでいる可能性が高いカオスの魔物の調査に向かったのだと聞き出せました』とある。
 目の付け所が良かった麗華。
 その立場を巧く利用出来たレイン。
 勇人や天龍達は顔を見合わせ、頷き合った。
「アベル」
「アベル卿‥‥っ」
 身を乗り出して話してくれるよう訴えた。
 それでも保つ沈黙を、不意に彼の溜息が破る。
「‥‥判った、話そう‥‥。だが、聞いた君達が後悔しても責任は持たない。‥‥我々セレ分国は、君達をリグの国へ向かわせるわけにはいかないのだから」――。