【黙示録】混沌の楔 8

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月08日〜06月16日

リプレイ公開日:2009年06月14日

●オープニング

 ● 最後の決断

 分国セレから王都ウィルへ。
 雪と氷に閉ざされた大地に封印せし『土』のエレメンタラーオーブを解放したという一報が届けられた。その際に『精霊を嘆かせし者』を名乗る魔物の関与があったこと。
 彼の者がリグの国に居ると明かした『死淵の王』なる主の存在。
 これらの魔物が天界ではどう呼ばれ、またどのような存在であるのかを、セレで保護している天使レヴィシュナの説明と共に包み隠さず伝えたのだ。
 返答は、いまだ無い。
 しかしセレの国は魔物と戦う覚悟を決めた。
 例え賊国の汚名を着ようとも『死淵の王』なる魔物が国や種族とは関係無くただひたすらに命在るものの死を望み、喜ぶと言うのなら、これを放置しておくわけにはいかないと腹を決めたからだ。
 とは言え、現状ではセレに入り込んだ魔物に対して応戦する以外の手段は取れない。ゴーレムと共にリグの国に踏み入るは明らかな侵略行為であり、リグの国王がカオスの魔物の僕となった証は未だ何一つ形として彼らの目に触れてはいないからだ。


「ならば、どうする」
「実際に目の前で被害が起きなければ動かないのはどこのお偉方も一緒、か」
「いっそ『死淵の王』とやらにウィルを狙ってもらってはどうだ」
「其処でリグの国王が姿を現してくれれば最も簡単かつ話しが早い」
 手段を講じるも有効策が見つからず、気ばかりが焦り、軽々しくそのような話をする貴族がいる。
「その際に『セレの貴族達の望みを叶えたまで』なんて魔物に言われたら最悪ですね。どこに連中の耳があるか判らないと、先日もレヴィシュナ様に言われたばかりでしょう」
「狙われるなら皆様の邸でもよろしいのでは? セレもウィルの一国、魔物の襲撃を受けたとあればきっと国王陛下も動いて下さりますよ」
「うっ‥‥」
 多少は良識のある貴族が皮肉たっぷりに言い返せば言葉に詰まる者も。他者への被害は望んでも自分が巻き込まれる事は考えたくないのが人の常。
 エルフも同様。
 不和の広がる会議室で、軽い息を吐くのはヨウテイ領の主アベル・クトシュナス。
「‥‥リグのホルクハンデ、クロムサルタ両領主より、ギルドへ依頼を出してもらっては如何でしょう。依頼という形でなら国境を越えられるのが冒険者達の強みです。私が支援している『暁の翼』もそのような主旨で立ち上がった‥‥冒険者達がリグの領主達を説得している間に、我々はウィルの六分国を説得して回るというのが、最も時間を有効的に使えるのではないでしょうか」
「ふむ‥‥」
「現状、私達が出来るのはリグから流れ込む難民を受け入れてその身の安全を確保、セレ領内に立ち入った魔物を迎え撃つくらいしか出来ません。その点も踏まえて、リグ国内の戦えぬ民をセレへ誘導してもらうのも良い‥‥悪い言い方をするなら、リグの民を囮にして魔物の目を此方に向けさせるという方法です」
「‥‥あの魔物連中が、そのような策に乗ってくるだろうか」
「乗せるのですよ、魔物達の性根を利用して。――それも、結局は冒険者頼みになりそうですが」
 言いながらアベルは苦笑する。
「国と国同士の諍いなど面倒な事この上ない。目の前で明らかに大きな問題が起きようとしているのに証が無いからなどという理由で動きを制限される‥‥このままでは守れる命も守れない」
 しかしそれが掟であるならば、人は掟の抜け道を探る他ない。
「そのためには冒険者達の協力が必要不可欠です。‥‥今一度、彼らにリグの国へ向かってもらいましょう」
 今度は国境もすんなりと越えられる。
 魔物の目を掻い潜り目的地に到達する事は至難の業で、その命を危険に晒させる事になってしまうけれど、あの冒険者達ならば、必ず。
「その際にセレのチャリオットや‥‥まぁ、小型のシップが一隻くらいリグの国内に入り込んでも何とかなるかと」
 セレの民が参戦、魔物達の挑発に乗ったフリでもして見せれば、むしろ連中はこれを歓迎するかもしれない。
「動かずにいれば、いずれ『死淵の王』はウィルの国をも食らい尽くす‥‥ならば手遅れになるまえに、動きましょう」
 アベルの説得にセレの上層部は黙する。
 そうして出された結論は――。




 ● 戦う理由

 王城よりほど近い距離に建つ筆頭魔術師ジョシュア・ドースターの邸では、その主が妙に満足そうな顔で分厚い羊皮紙の束に何やら書き込み続けている。その胸中に思い出されるのは、装備を整えるという理由でウィルへ帰還した冒険者達と、ヨウテイ領の温泉宿で交わした言葉の数々。
 冒険者達が戦う理由だった。
 内乱は避けられずとも、守れるものを守るためには迷わないと言い切ったクレリックの彼。
 何かを殺さなければ得られない力なら不要、今ある力で全力を尽くし護るべきものを護ると言い切った鎧騎士の彼女。
 中でも魔術師を感心させたのは臆面なく愛する者との未来を望んだパラの鎧騎士、彼である。
 この戦いが終わり、相手が良しとしてくれるならば家庭を築きたい。そのためにはカオスの魔物にこの世界を好きにされては困るのだと。
 自分勝手かもしれない、と。
 彼は言ったけれど、そんなわけがない。
 ただひたすらにカオスの魔物を憎んで振るう剣よりも、誰かを愛して振るう剣の方がより魔物には効果的な力となるはずだ。
 数多の精霊達が人々の信頼や絆、愛情から力を得るように、魔物からは力を奪う。
 それは、決して忘れてはならない人の力だ。
「‥‥この世界に、平和を取り戻さねばな」
 ほっほっほっ、と笑う彼は筆を走らせる。
 その心に夢と希望を抱いて。




 ● リグへ、再び――

 アベルからリラへ、一通の手紙が届いたのは彼らがウィルへ戻ってから数日後のこと。合コンとかいう不思議な会に招集され些か緊張の糸が緩んでいた彼だが、文章を目で追うごとにその表情は硬くなっていった。
「再びリグへ‥‥」
 行けと言うのなら否はない。
 むしろ今一度あの場所へ行けるのならどうしてもやりたい事があった。
 迎えのフロートシップがギルド前に到着する日時を改めて確認したリラは、仲間達にその旨を知らせた。そう、もう一人では動かない。
 仲間と共に赴く事を彼は躊躇わない。
 戦争を止める事が出来ないのなら、せめてその力に。

 決戦の日はもう間近に迫っているのだから――。



●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1592 白鳥 麗華(29歳・♀・鎧騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「ここで下手を打つ訳にはいかねぇ。気合入れていくぜ!」
「おぉっ」
 セレからリグへ移動するフロートシップの船内、皆が決意新たに互いの覚悟を確認し合う姿に、船の操縦を任されているセレの鎧騎士達も改めて覚悟を決める。
 冒険者達の祈りによって月姫が復活したのはつい昨日のことだ。
 復活後もまだ弱っている事は否めず、セレの地での療養は必須。しかし、何とか冒険者達を見送る事が出来た彼女は、
『‥‥今度はわたくしも一緒に踊らせて下さいね‥‥』と穏やかに微笑んでいた。
 その笑顔を思い出せば、冒険者達の心に温かなものが宿る。
 必ずセレ分国から託された依頼を果たす、それが全員の共通した決意。
「‥‥それにしても‥‥」
 ぽつり、船内を見渡して苦笑交じりの声を発するのはイシュカ・エアシールド(eb3839)。
「広場で‥‥精霊達が集った光景も見事でしたが‥‥フロートシップの船内にこれだけの精霊がいるというのも‥‥何だか不思議ですね‥‥」
 イシュカが言う通り、陸奥勇人(ea3329)が連れて来た陽霊の悠陽と火霊の紅。飛天龍(eb0010)の地の妖精・鈴花、白鳥麗華(eb1592)の水妖、リィム・タイランツ(eb4856)の風精セットン、そして――。
「‥‥ストーム様も‥‥結局は、ご一緒されたのですね‥‥」
 シルバー・ストーム(ea3651)が以前はリグの国で使っていた偽名ヴェントを貰った風の妖精は満足そうに彼の周りを舞い飛ぶ。当初はウィルの自宅で留守番させようとしていたシルバーだが、魔物関知アイテムよりも精霊達の魔物への嫌悪感の方がより的確に敵の気配を感じ取れる事は確か。ならば、留守番を嫌がるこの子を連れて行く事にしたのも自然な流れだったろう。
「‥‥一人で勝手な行動はしないで下さい」
 静かに告げる彼へ、こくこくと頷くヴェント。
 それぞれに辺りを警戒しながらの旅路だが、時折挟まれるこうした妙に心和む光景が程好い緊張感を保たせていた。
「皆さん」
 操縦席の騎士から声が上がったのは、セレを出発して六時間が経過した頃。
「もう間もなく到着します」
「判った」
 応じ、立ち上がる彼ら。
「まずはエガルド卿からだ」
 キース・ファラン(eb4324)が言うと、物見昴(eb7871)は頷く。
「次のセディ卿が厄介だからね‥‥ここで成果を出さないと次が思いやられる」
「まったくだよなぁ」
 言う石動良哉と、頷く香代。
「‥‥けれど、今回は‥‥ユアンがセレで留守番してくれたから‥‥少し、気が楽だわ‥‥」
「そりゃ、確かに」
「ああ」
 苦笑交じりに言う良哉に続いてリール・アルシャス(eb4402)も頷き、‥‥ちらと少し離れた場所に佇むリラ・レデューファンを見遣った。先だってたった二人きり、リグの国に潜入していたカイン・オールラントと並び立つ姿は以前と変わらないはずなのに、どこか壁を感じるその態度。
(「‥‥今は、そんな事を気にしている時じゃない‥‥」)
 ペシンッと自分の両頬を叩いて気合を入れ直したリールの、下ろした手に。
 そっと触れたのは香代の指先。
「香代殿?」
「‥‥大丈夫」
「――」
 何を、とは言わない。
 何が、とも聞かない。
 だが大丈夫。
 絶対。





 クロムサルタ領の都ロレルサルタ。
 久々に訪れたその場所で冒険者達を迎えたのは当然の事ながら警戒心全開のリグの騎士達である。隣国のフロートシップが何の事前連絡もないままに領主邸に横付けされたのだ、それで警戒しないわけがない。
「どういうつもりだ!」と苛立ちを露に声を荒げる彼らへ、真っ先に姿を見せたのは以前の滞在中に交流を深めていたリィム。
「驚かせてごめんなさい、ボクだよ! リィム・タイランツ!」
「っ‥‥!?」
「なぜ‥‥っ!」
 とうにウィルの国へ帰ったものだとばかり思っていた彼女が――いや、隣国のゴーレムに乗って来たのだから帰国していたのは間違いないだろうが、だからこそ、またリグの国で彼女と再会するとは思わなかった。
「何故またリグの国に‥‥! 我等が主の言葉を忘れたか!」
「忘れてなんかない!」
 リィムは即答する。
 忘れてなどいないから此処に来たのだと。
「お願いだよ、エガルド卿と話をさせて! ボク達は卿との約束を果たしに来たんだ!」
「約束‥‥っ?」
 聞き返す騎士達の前へ、リィムに続き勇人、天龍、シルバーと姿を見せる。キース、リール、昴、麗華、イシュカ。
 あの日と同じメンバーが揃っている事に、リグの騎士達の中には涙ぐむ者もいた。
「何故‥‥っ」
 どうして、このような国に今再び足を踏み入れたのか。
 約束とは何か。
 言いたい事は山ほどあるのに、言葉にならない。
 息を詰め、首を振り、彼らの姿を見据えるだけで精一杯で――。

「‥‥私は、そなた達には己の大切なものを守る為に生きろと言ったはずだ」

 不意に。
 騎士達の向こう側から届いた声は会う事を望んでいたその人、エガルド・J・クロムサルタ。
「ご無事だったんですね‥‥っ」
 興の表情はひどく複雑そうだったけれど。
 それが判っただけでも冒険者達の心には安堵が広がった。





 邸内に通された冒険者達は、時間も惜しいからと単刀直入に切り出す。
「折り入って願いがあり参りました。此度のカオスとの戦に我々冒険者が参戦する許可を頂きたい」
 言い切った勇人に、エガルドの眉間には深い皺が刻まれる。
「これも大切なものの為に命を懸けろと、卿に頂いた言葉に添うものです」
「何という世迷言を‥‥リグ国内の事情にそなた達を巻き込めとは」
「世迷言なんかじゃない」
 後に次いだのはキース。
「卿が幾らリグ国内の事情で、俺達が手を出せば内戦への介入になると言っても、これは実質的にはカオスと人との戦いだ。カオスに立ち向かうためには国という枠を超えなければならないと俺は思う」
 もしもリグの彼らから依頼が出されれば、ウィルの冒険者は依頼という名目でこの国の魔物と戦う事が出来る。そう、冒険者がこの国のカオスと戦う権利を与えられるという意味だ。
「リグの大貴族からの依頼となれば、ウィルの国が、国として兵を挙げる事は出来ないが、逆を言えば『リグに行ったのは依頼を受けた冒険者であり正規の騎士、兵ではない』とウィルの国が主張できる余地を残す事になります」
 勇人は抜け道の可能性を語り、同時にセレの分国王がリグの魔物を倒すための協力を惜しまないと断言した事を明かした。
 各分国に送付済みの書状は、冒険者ギルドに対しての支援を最大限有効にするだろう。
「コハク王は既に覚悟を決められています」
 リィムも続く。
 あの日の、卿への誓いを胸に。
「あなたにはボクら皆に力を貸して頂いた恩がある、そしてボクはまだ貴方との誓いを果たしていません」
「リィム殿」
「人間として魔物の良い様には絶対させたくない、ボクは貴方も護りたいのです」
 真っ直ぐに。
 瞳を射抜くほどに真剣な眼差しを、卿は跳ね返せない。
 だが、受け止める事も出来ない。
「‥‥この国は‥‥、リグの、国は‥‥:」
 どうだと言うのか。
 狂ったとも。
 壊れたとも。
 例えそれが真実であったとしても、言えない。それだけの思慕の情が今もまだ胸の内にある。救えるものなら救いたいと、それこそ世迷言だと言われても仕方が無い事を、エガルドはまだ信じていた。
 だからこそ他国の者には手を出して欲しくなく。
 巻き込みたくなく。
「‥‥この国で最も愚かなのは私だ‥‥」
 ほんの僅かにも見えない光を必死になって信じようとしている己が、あまりにも。
「それは愚かとは違うだろう」
 天龍が口を切る。
 普段と変わらぬ物言いは、しかしだからこそ真実。
「信じたいものを信じる、‥‥それは『強さ』だと俺は思う。信じる事が出来るのは強いからだ」
 そうして強くなった幼子を彼は知っている。
 信じて、踏み出せた者を知っている。
「セレに天使と月姫が居る事は卿も知っているだろうが、その天使がリグの魔物の事も教えてくれた」
 アトランティスとジ・アース、二つの世界の、二つの魔にどこまで共通点があるかは定かで無いがと前置きした上で『死淵の王』を名乗る敵の情報も明かす。
 世界で一つの名を持つ者。
 『死』を司る魔物。
 それは、もはや一国の問題で済ませられる存在ではないはずだ。
「これも確証はないが、リグの国王は己の魂と引き換えに魔物の力を手に入れたとも考えられる‥‥あちらの世界ではデビノマニと言うのだが、此方では‥‥混沌の僕と表現するのだろうか‥‥難しい事は、よく判らないが」
「魔物の‥‥僕‥‥」
 エガルドはその言葉を復唱して頭を抱えた。
 恐らくは最も聞きたくない類の言葉だっただろう。
「‥‥王と名乗るからには‥‥それ相応の力を持つはずです」
 シルバーが言う。
「グシタ王が混沌の僕ではないという確証はありませんが、その逆もまた然り。王が、まだ人間である可能性もあるのではないでしょうか」
 それは、つまり。
「私達は自分の力を過信するつもりはありません‥‥ですが、リグの兵力だけで戦うよりは、私達冒険者の力を加えて頂いた方が、王を救える確率も高まると考えます」
「シルバー殿‥‥」
「‥‥どちらを選ばれますか」
 リールは問う。
「お言葉ですが、いまの卿と、セディ卿が手を組まれても、その戦力は王兵に遠く及びません‥‥ですが、もし冒険者に声を掛けて頂けるなら、私達は命を賭して魔物と戦えます‥‥いえ、生きる為に戦えるのです」
 死など考えず、ただ、大切な人々と共に過ごす未来のために。
「ゼロか百かとは言えない‥‥ですが、例えゼロと一でも、私達は卿に一を選び取って頂きたいと思う。卿は命を懸けるならば他国のためなどではなく己の国のため、大切な者のためにと仰いました。だからこそ私達は此処に居るのです」
 エガルドは黙する。
 硬い表情で、一点を見つめ。
「力が必要です」
 そんな彼に麗華が言い募る。
「同胞相打つ今の状態は泥沼で、おそらく魔物達の思惑通り。ならば絶望や憎しみで振るう剣よりも明日へ繋がる希望の力がこの国には必要なのではないでしょうか」
「‥‥そなた達が希望になってくれるか」
「卿が望んで下さるなら」
 冒険者達は卿を見つめる。
 己の言葉に嘘はないと信じてもらうため。
 明日への希望を自分達に見出してもらうため。
「‥‥そう、か」
 エガルドは息を吐いた。
 深く重い吐息に含まれるのは、諦めでは決して無い。
 だからこそイシュカも言葉を繋げられた。
「‥‥私には、リグやウィルの国益なんて判りませんが‥‥卿は民を護ると、そう仰っておられましたけど‥‥リグの非戦闘員である民を全てセレに逃す事は事実上不可能です‥‥」
 もちろんリグの騎士達とてそれは判っているから、せめて救える命は救おうと隣国を頼ったのだろう。
 だが。
「‥‥以前‥‥生まれ育った土地で生きて死にたいというような事を言った方がいらっしゃいました‥‥それが、民の真実ではないでしょうか‥‥リグが滅べば、セレに逃れた民は土地無き民‥‥それは、帰る場所を失くすということです‥‥」
 回避すべきは、喪失。
 そのための力なら自分も捧げられる。
「‥‥ですから、卿‥‥」
「エガルド卿‥‥っ」
 お願いです、と。
「カオスの手は既に周辺諸国へ伸び、事実セレへ逃れたリグの民とて『死淵の王』配下と見られる『精霊を嘆かせし者』に命を脅かされている。カオスの首魁は卿らの準備を横目にセレに手を出しているのです。それが、戦火を広げ、精霊の加護と多くの命を奪う算段をつけた証。もはやこれはリグだけの問題ではありません」
 勇人の声を、卿は。
「故に此度の戦いで決着を着けねばなりません。民を、国を真に想うのならば俺達にも手伝わせてください。それが、引いては俺達の大切なものを護ることにも繋がるのです。――どうか、ご決断を」
 訴える彼らへ、卿はもう何度目かの息を吐き出した。
 長く、深い、沈黙の吐息を経て。
 そうして告げられる、言葉は。
「‥‥承知した」
「!!」
「ギルドへの依頼‥‥リグの未来、君達に託そう」
「‥‥! エガルド卿‥‥っ」
 思わず零れ出る声に、滲む思い。
「ありがとうございます!」
 深々と頭を下げれば卿は苦笑った。
「おかしな者達だ‥‥礼を言うのは私の方だろうに‥‥」
 それはそうだろうけれど、エガルドの決意が嬉しいものだったからこそ冒険者の口からは素直に礼の言葉が告げられる。
 第一関門は突破。
「あとはセディ卿か」
 ぽつり、今回最大の難関と考えられる人物の名を挙げた昴に「あー‥‥」と他の面々も。
「やはりエガルド卿お一人の判断では‥‥今後に差し障るだろうし、な」
 リールが言い、キースも。
「うん。時間もあまり無いし、早速出発した方が良いかもしれない」
「ならば少し待て、私がそなた達と共にセディに会いに行こう」
「! 本当ですか!」
 思わず聞き返したリィムに、頷くエガルド。
「私はそなた達の力を借りると決めた。これは私の意志、ならばセディにも自ら話すのが筋だろう」
「それは心強い。よろしく頼みます」
 深々と頭を下げる彼らに、卿は。
「まったく‥‥そなた達には敵わぬわ」
 そうして零れる笑いには、ひどく穏やかな温もりがあった。





 数時間後、再び移動を開始したセレのフロートシップには、クロムサルタ領内に降り立った時よりも、エガルド卿と、彼の警護のために同伴した騎士数名が増えていた。
 その船内。
「しかしセレのコハク王も思い切った事をなさる‥‥まさか自国のシップでリグ領内を移動させようとは‥‥」
「セレには、既に『死淵の王』の部下と見られる魔物が入り込んで領内に被害を出しています。魔物の狙いの内に既にセレが組み込まれているなら堂々と行ってしまえと、これは某領主の言葉ですが」
「そうか‥‥」
 リールの言葉に卿は失笑した。
「いずれその領主殿にも会ってみたいものだ」
「きっとあの方もエガルド卿の話をしたら同じ事を言われると思います」
「それに、もし魔物に襲われてシップを壊したら弁償だときつく言われているからね」
 セレを出発する直前に、言っておくがと意味深な笑みと共に念を押された事項をキースが思い出せば、勇人も笑う。
「あれは俺達を信用しての台詞なのかね」
「さぁ‥‥何か一癖も二癖もありそうだしねー」
 リィムが言い、思い出す。
「そういえばセディ卿も、仲間の話を聞いただけですけど、随分癖のありそうな印象が‥‥どんな人なんですか?」
「一言で言えば頑固ジジイだな」
「頑固ジジイ‥‥」
 復唱する昴は、自分が直に見て来た彼を思い出すと同時に、彼の息子についても聞いてみる。
「リグの黒騎士と呼ばれているそうだが‥‥、あの息子も曲者のようだったけど、実際はどうなんだい?」
 その名をフェリオール・ホルクハンデ。
 サンドラグーンの名を冠したミドルドラグーンの乗り手という意味でも、此方側の貴重な戦力として数えられているはずだが、父親へのあの態度から察するに、きっと父親よりも厄介だろうと推測出来る。
「フェリオールか‥‥」
 くっくっ‥‥と喉を鳴らすエガルドは「実際に会えば判ると思うがな」と、一言。
「悪い男ではないのだが‥‥まぁ、悪ガキとでも言っておこうか」
「悪ガキ‥‥」
 どんな男かと想像を膨らませる冒険者達に楽しげに笑うエガルド。ホルクハンデの都オルタリカまであと約一時間。そんなふうに他愛のない話を続けていた彼らが異変に気付いたのは、それぞれの精霊達が主人に寄り添って来た時だ。
「魔物かっ」
 精霊の様子にキースが窓の外を注意する。石の中の蝶に目を向けるが反応はなく、‥‥しかし、空の向こうに連なる黒い影は、魔物。
「外、結構な数だ」
「俺達がセディ卿に会うのがよっぽど気に食わないのか」
「かもしれぬが」
 やはり精霊達の感知能力は高く、その事にエガルドを始めリグの騎士達は驚いた様子。
「精霊の加護とは、かくも尊いのだな‥‥」
「‥‥精霊の加護と言えば、先ほどはお話する機会がなかったのですが‥‥」
 不意に口を切ったのはリラ。
「セレに住まうシェルドラゴンは、リグをも加護すると」
「何‥‥?」
 聞き返す彼に、冒険者達は笑む。
「見ていてください」
 同時、セレの騎士が声を上げる。
「グライダー準備整いました!」
「ありがとう!」
「船はこのままオルタリカへ!」
「了解!」
 騎士の応えを聞き、キース、リール、リィム、麗華の四人は船の下部へ。
「卿はどうか此処に」
 言い置いて船の甲板に駆け出す他の面々は、しかしふと立ち止まって卿を振り返る。
「一つお聞きしたい、この下に民家は?」
「この辺り‥‥」
 身を乗り出して下を確認したエガルドは左右に首を振る。
「この辺りには森が広がるばかりだったはずだが」
「そうですか‥‥ありがとうございます」
 ならば遠慮無く。
 容赦なく。
「一気に片を付けてやる」
 彼らは、甲板で空を駆る魔物達と対峙した。


「はああああっ!!」
 闘気魔法オーラエリベイションで自らの士気を向上させると自らの翅で空へ出る天龍。スクロールのフレイムエリベイションを発動させたシルバーは、更に同魔法を唱え仲間を援護、勇人、イシュカ、昴の士気を高め戦力を上げる。
「オーブの射程距離は約五百メートル。ギリギリまで近付けて、一気に片を付ける」
「承知!」
 リラの声に勇人は光の槍を振り、牙と共に接近して来る魔物を叩き伏せた。
「船を傷つけさせはしねぇ!」
 そしてそれはグライダーで空に出た彼らも同様。
「傷を付けずにお返しせねば」
 万が一破損でもさせようものなら某領主に何を言われるか。
 それを想像して目元が和む程度には余裕を持って敵の動きを見る事が出来ていた。
「魔物を固まらせるんだ!」
「なるべく一箇所に!」
 互いに声を掛け、利き手に握ったランスで魔物の進路を遮る。倒せなくても良い、動きを制限さえ出来れば、後は。
「リラ!」
 キースが上げた声は、空から一望する魔物達の群が良い具合に固まった事を伝えるもの。
「――オーブよ」
 リラの手の中、大地の色に輝く拳大の珠が彼の声に呼応し、光りを増す。
「土の力を秘めしオーブよ、精霊の加護の元に闇の者を封ぜよ!」
 意識を、オーブを持つ手に集中させて念じる、その直後に拡散する光り。
「っ」
 眩しさに目を庇ったリール達は、しかしそれだけ。
 光りが落ち着いたのを見計らって再び開けた視界に映るのは、空で石化し動きを止めた魔物達が次々と地上に落下する姿だった。
 遠く、ドォォ‥‥ンという落下音が、砕け散る細かな音となって消える。
 百、二百、その数は無限。
 魔物と指定したならば、術者の把握出来る範囲の全対象が任意で石化、それがシェルドラゴンから託されたエレメンタラーオーブの能力だ。
 五百メートルに及ぶ射程距離も考えれば、その力は強大。
 空はともかく、地上にいれば少なくとも目の届く範囲は全てが対象になる。あとは射程外にいた魔物、運良く術に抵抗出来た敵を討つだけだが、これも下級の魔物が相手ではたかが知れている。
「なるほど‥‥こうして魔物相手に使えるってわけか」
 蘇えった死者の群、空を覆い尽くす魔物の群。
『死淵の王』と呼ばれる魔物の支配下にある土地ならば、これがどれだけの助けになるかは計り知れない。
 そんな力を秘めたオーブだからこそ、例え布越しでも模造品などで誤魔化せるものではなく、また『精霊を嘆かせし者』がオーブの存在を既に承知している以上は隠す必要もないだろうというのが、出発前に相談したジョシュア・ドースターからの返答。
 故に、それはリラが己の懐深くに仕舞い、常に仲間達に囲まれるようにしているのだ。
「シェルドラゴンが託してくれた力だ‥‥有意義に使わせて頂かなければ」
「だね」
 リール、リィムの言葉は、皆が共通して抱く思い。
 このような力を預けてくれた信頼に応えなければならないのだ。
「‥‥なるほど、リグにも精霊の加護が‥‥」
 間近にその力を見て、エガルド卿はセレの方角に目を向ける。
 セレの先には、ウィル。
 冒険者達の国。
「‥‥」
 卿は、静かに頭を下げ。
「もう間もなくオルタリカです」
 騎士の言葉に、その表情を改めた。





 ホルクハンデの都オルタリカ。
 此処でも領主邸に異国の船を横付けしたなら当然現地の騎士達が怒りを露に詰め寄ってきた。が、横付けして構わないと言ったのがエガルドならば、最初に船から降りたのも彼だった。
 突然の卿の来訪に騎士達は言葉を失い、彼が「セディに会わせて欲しい」と告げれば慌てて主の部屋へ駆けていく騎士が二名。
「フェリオールはいるか」との問いにはすぐに呼んでくると、更に二人の騎士が走っていった。
「‥‥なんというか、楽?」
「だねぇ」
 キースとリィムが小声で囁き合う通り、冒険者達はそれからすぐにホルクハンデの主セディ・R・ホルクハンデとの面会を果たすのだった。


 会って早々、セディ卿は吠えた。
「何の連絡も無しに現れたと思ったらウィルのギルドに依頼を出すとは一体どういうつもりか!」
 しかも冒険者同伴とはと捲くし立てる彼の矢継ぎ早な話し方に、慣れない彼らは耳を塞ぎたくなるが、エガルドは何のその。
「彼らウィルの冒険者と話し、それが本当の意味でリグを護る事に繋がるのだと、私自身の答えを出したまで‥‥もしもそなたがこれを拒み、リグの事にはリグだけで決着をつけるべきだと言っても、‥‥私は国を守る為に彼らを頼ると決めた」
「うぬぬぬっ」
 納得しかねるというセディ卿が、しかし反論出来ず口を噤むと、やっと口を挟む機会を得た冒険者達はクロムサルタ領でエガルドに話した内容を、ここでも繰り返した。
 セレの領内にいる天使と月姫のこと。
 彼女達から聞いた『死淵の王』と呼ばれる魔物のこと。
 グシタ王が魔物の僕となってしまっているかもしれないこと、違うかもしれないこと。そして、シェルドラゴンから託されたオーブの件も含め、自分達を信じて欲しいからこそ嘘偽り無く語った。
 リグの地で魔物と戦う事が、引いてはウィルを護る事にも繋がるならば自分達が協力しない理由はない。
 冒険者は、必ず『死淵の王』を討つために動く。
「‥‥それを、わしに信じろと言うのか」
「信じていただく他ないのは、確かに心苦しいが‥‥」
 リールは拳を握り、しかしとセディの目を見る。
「私は、卿のご判断は実際、本心より素晴らしかったと思う」
「っ、な、なんだ急に!」
 バンッと机を叩いた彼へ、リールは更に言い募る。
「卿の、御自身を悪者にしてまで国を救おうという御心に感銘を受けたのは紛れも無い事実。卿のご判断があったからこそ、リグだけでなく、天界をも含む世界を救う第一歩に繋がったのだと思います!」
 故に自分達は此処にいるのだ、と。
 そう告げた直後の卿の表情に冒険者達は吹き出しそうになる。もちろんそれは堪えて、イシュカ。
「‥‥英断に、敬意を表します」
 真っ先に王を諌め、カオスの魔物との対決を決めたのは素晴らしいと、もちろん彼も本心から告げて。
「それは‥‥あれだ、わしも一領地を預かる者として‥‥う、うむ‥‥」
 そんな反応に今度こそ吹いたのは二人。
 エガルド卿と、もう一人は扉の向こうにいつから居たのか息子のフェリオール・ホルクハンデだ。
「な、なんじゃおまえ達は!!」
 近しい者達の同じ反応にセディは一瞬にして顔を赤らめた。実はとてつもなく操り易い人物なのかもしれない‥‥?
 そんな風に冒険者達が思っていると、その息子フェリオールが表情を改め、彼らに向かって優雅に一礼してみせる。
「お初にお目に掛かります。リグの黒騎士フェリオール・ホルクハンデ、ウィルよりの来訪者達を歓迎しますよ」
 その態度に含みを感じずにはいられなかったが、勇人から天龍、シルバーと簡単な自己紹介を終え、キースやリール達、鎧騎士の番になると、フェリオールは彼らが操縦出来る機体の詳細を欲した。
「ちょっと待った。それってウィルの戦力調査‥‥とかじゃないよね?」
 怪訝な顔付きで問うたリィムに、フェリオールは軽く肩を竦める。
「さて‥‥戦力調査と言えばそうでしょうが‥‥皆さんはリグの王軍の兵力をご存知ですか?」
 その質問に顔を見合わせ、リィムが代表して答える。このメンバーの中で最も長い時間をエガルドと過ごしたのは彼女だったし、それなりに情報も得ていたからだ。
 だが、リィムの回答を彼は笑う。
「残念ながら、王軍の兵力はその倍‥‥下手をすれば三倍に膨れ上がりますね」
 言い、彼が示したのはまるで現地で調べてきたかのように詳細な内容。
「タランテラと呼ばれる鉄製のカオスゴーレムが二十機、ブランルと呼ばれる合金のカオスゴーレムが五機。モニカのコロナドラグーンや、黒鉄の三連隊が駆る改造型のキャペルス三機も相当に厄介だが、魔物やら動く死体やら‥‥訳のわからない兵力がとにかく多過ぎる。ましてや、王軍でカオスゴーレムに搭乗するだろう二百名余りの騎士達は、城の地下牢に人質を取られて従わざるを得ない状況だ」
「――‥‥っ」
 思わず息を飲んだ冒険者達へ、フェリオールは意味深に笑む。
「リグと戦うという事は、そういった相手がいるということです。それでも貴方達は、私達と共に戦ってくれると? 聞けばセレには既に魔物が介入している、どうせなら其方で防衛に専念すべきだとは考えないのでしょうか?」
 挑発的な、物言いに。
 口元から動かない薄ら笑い。
 この青年が何を考えているのか正しく推測する事は難しい。だが真実を語る事は冒険者達にとって当たり前過ぎる話で。
「俺には政治的な事は良く判らんが、これ以上カオスの魔物に人生を狂わされる者を増やしてはいけないという事だけは判るし、出来るだけ早く『死淵の王』を討つ事こそが大切な者達を護る事につながるのだと思う」
 天龍の迷いのない言葉が、皆の言葉。
 だからこそ。
「魔物を倒し、戦争を止めたいのです。どうか、あなた方と共に命を懸ける機会を頂きたい」
 リィムの、いつもと変わらぬ真っ直ぐな視線は、ともすればあまりにも純粋過ぎて。
「‥‥よくそれで、此処まで無事に辿り着きましたね」
 フェリオールは苦笑う。
 しかし同時に、それこそが彼らの強さなのだという事も、判った。
「‥‥父上、私はウィルの冒険者達に頼るのも良いと思いますよ」
「っ、正気か!?」
「ええ、勿論」
 青年は二度頷き、改めて冒険者達に一礼する。
「カオスの魔物共が卑怯な手で人心を惑わし、支配し、誑かすというのなら、それに勝てるのは真逆の力と、心を持つ者達だと思う。‥‥何より、絶望と後悔の中で自らへの制裁しか考えていない騎士達には、彼らのような言葉で語り掛けられた方が、‥‥その心に届くのかもしれない」
 セディはまだ不満そうに顔を顰めていたが、それも気付けば諦めの色を濃くし、エガルドが静かに頷く。
「私も、同感だよ」
「うぬ‥‥」
 こうなってしまえば、ディ卿が一人で意地を張っているわけにもいかず、結論は一つ。
「改めてそなた達に頼もう。リグのクロムサルタ、ホルクハンデ領はウィルの冒険者ギルドに救援を求める。――この依頼、持ち帰ってくれるか」
「もちろんです!」
 リィムの表情が輝く。
「っし!」
「やったな皆!」
 喜び合う彼らの中、しかしふと疑問に思う事が。
「一つ、聞いてもいいか」
 勇人の問い掛けにフェリオールは視線で応じる。
「あんたは、どうしてそんなに王軍の兵力に詳しいんだ。カオスゴーレムの数まで把握しているとは‥‥」
「これでも黒騎士の名を戴いているんだ、顔は効くさ」
 それにね、と。
 冗談のように口にする、本心はどこにあるのか。
「私にも命に代えても護りたい者がいるんだよ、王都に」
 だからリグの国はウィルの冒険者ギルドへ依頼を託す。
 この世界をカオスの魔物から護るため、その力を貸してはくれないかと。


 決戦まで、あと僅か――。