【黙示録】混沌の楔 7

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 30 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月20日〜06月04日

リプレイ公開日:2009年05月29日

●オープニング

 ●共有される情報

 合流した冒険者達が互いに開示し合ったのはそれぞれが得た情報の数々。
 リグの誰一人として本心を彼らに語る事は無かったけれど、それでも冒険者達が感じ取ったものは一つ。王都に対しホルクハンデ・クロムサルタ両領主が反旗を翻し内戦を起こそうとも王軍に勝つ事はほぼ不可能。それを自覚していて尚、両領主達が内戦を起こそうという決意を変える気配は皆無だ。
 また、王都にいる騎士達も王から下される残酷な命令を何の躊躇いもなく実行しているわけではなく、中には民をセレへ逃がそうと動いている騎士もいたという。
「‥‥だな?」
 久方振りに会う友の確認を受けたリラ・レデューファンは小さく頷く。
「ああ。私と、カインが見ている」
「確かに」
 同じく、久しく会わなかったカイン・オールラントはもはや完全に諦めた、‥‥と言うよりは吹っ切れた様子で声の調子も軽い。そんな彼がリラには羨ましくもあり、恨めしくもあり。
「そうなると、セレに流れていた難民はリグの騎士達の指示という事になるが」
 シフールの彼に、国境を越える以前にリグの難民達と接していた女騎士は難しい顔。
「リラさん達と会ったかどうかは片っ端から聞き捲りましたが、セレへ来た理由までは聞いていませんでした。うっかりです」
 それを聞いていたとしてもリグの民が正直に語ったかは怪しいが。
「エガルド伯からゴーレムの数も大凡だけど聞いた‥‥けど、ほんと、全然王都と戦うには足りないよ。一応、こっちにも黒騎士と呼ばれる竜騎士が駆るミドルドラグーンを含んで三機のドラグーンがあるみたいだけど‥‥」
 王都にはモニカが騎乗するラージドラグーンの他、様々な機体と、カオスゴーレムが控えている。とても敵う戦力とは言えない。
「黒騎士?」
 聞き返した忍の彼女に、ホルクハンデ領主セディ卿の息子がそうだと返せば「あれがそうか」という話になる。
「なんっか気障な感じの、嫌な奴だったよな」
 それがカインの正直な感想だった。
 王都の戦力は正騎士モニカ・クレーシェルを含め、黒鉄の三連隊など高名な騎士達と共に数多くのゴーレム機体と、何より『死淵の王』を名乗る魔物の存在がある。
 対して両領主の戦力と言えば、黒騎士と呼ばれるフェリオール・ホルクハンデと、王都に比べれば半数以下のゴーレム機体に、四分の一程度の騎士。多くの傭兵を集めたとて、あちらにはカオスの魔物共が蔓延っている。内戦が始まれば両領主の陣が瓦解するのも時間の問題だろう。
「それでも内戦を起こすか」
「もう後戻りは出来ないって言ってた」
「モニカの、あの言葉も気になるな‥‥」

 ――‥‥百は無理でもゼロにはしない‥‥

 自分はリグの騎士だと言い切った、あの言葉は。
「‥‥例えば、だけど」
 モニカと直接の面識を持つ騎士が口を切る。これは可能性の話、決して確証があるわけではない。
 だが。
「もしもさ‥‥モニカ達が王と心中する事を決めてて‥‥内戦そのものが、王との心中を覚悟してのものだったら‥‥?」
 後に残るのは、何。
「隣国が魔物によって滅ぼされたとしたら‥‥そうしたら、ウィルに攻め込んで来るっていう証拠や、確証が得られなくでも、さすがにウィルの国だって動かざるを得なくなるんじゃないかな‥‥?」
 可能な限りの民を隣国に逃し。
 リグの、魔物が蔓延る大地は自ら滅ぼす。
「それが目的だってのか‥‥?」
「判らないけど‥‥」
「‥‥ならば尚更、リグの国から私達全員が退くわけにはいかないだろう」
 言うのは、リラ。
「やはり私は此方に残る。そこまでの覚悟を決めた者達に何が出来るかは判らないが、‥‥このまま見捨てる事など出来ない」
「それは全員が同じ思いだ」
 冒険者は言う。
「冷静になれ、今の状況では何も出来ない事はリラにだって判っているのだろう。ならば、皆で出来る事を考えるんだ」
「‥‥」
 諭されるも、気は焦り。
 せめて『死淵の王』と呼ばれる魔物がどのような敵なのか判れば――。

「っ!」

 刹那、冒険者達は近付く気配に気付き息を潜めた。
 数は四。
 金属の音がするのは帯剣しているからだろう。つまりは騎士か、傭兵か‥‥。
「この辺りで声がしたと思ったんだが‥‥」
「気のせいだったのかもな」
 男達は言い合い、再び歩を進める。
「しかし‥‥幾らリグの民を救ってもらった恩があるとはいえ、何処にいるかも判らない冒険者達を探し出してセレに戻るよう伝えてくれとは、あちらの騎士達も無茶を言う‥‥」
「そう言うな。あの『暁の翼』だったか‥‥冒険者達は、自分には国境など関係ないと言い我々の命までも救ってくれたんだ。‥‥せめてもの恩返しだろう。もう‥‥時間もないが、やれるだけの事はやろう」
 そうして去り行く彼らに。
 冒険者達とリラ、カインらは顔を見合わせる。
 意を決し、声を掛けたのは石動良哉。
「待ってくれ」
 自分達がその冒険者かもしれない、と。そう告げればリグの国境警備にあたっていると身分を明かした騎士達は嬉しそうにセレの騎士達から預かった言伝を伝える。
 確証は無くとも、セレの地を襲った『精霊を嘆かせし者』がリグからの魔物であることは疑いようが無い。その上で、あの魔物を従わせている魔物がリグに潜んでいるのならば、その実力は相当なものであると予想出来た。たとえ『死淵の王』の名まではあちらに届いていなくとも『境界の王』に匹敵する力が冒険者達を迎え撃つ事は必至だろう、と。
 だからセレの彼らは『鍵』を解放することを決めたのだ。
 もしも皆がリグに蔓延る魔物と戦うと言うのなら。
 その気が、あるのなら。
『鍵』を受け取りに来て欲しい――、それがセレの騎士からリグの騎士に託された言伝だった。

●今回の参加者

 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1592 白鳥 麗華(29歳・♀・鎧騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ソード・エアシールド(eb3838

●リプレイ本文


 リグからセレへ。
 久方振りのウィルの国への帰還を前に冒険者達はクロムサルタ領の主エガルドに挨拶をする。白鳥麗華(eb1592)はこれが今生の別れになりそうだとは思いつつも縁起が悪いからとそれを口にする事は決して無く、陸奥勇人(ea3329)やリィム・タイランツ(eb4856)はエガルドから購入した馬の背を撫でながら、一言。
「いろいろと世話になった」
「誓いを果たすため必ず戻ります。どうかあまり無茶はしないで下さい」
「‥‥ああ。こちらこそ、ありがとう」
 セレへ帰還するために馬が欲しいと言い出した冒険者達へ代金を貰うのが憚られて断っていた伯だったが、通常の倍近い八〇Gでも支払うと言い切った彼らの気持ちを思うと、感謝と同等の複雑な感情が胸を占めた。
「君達も、決して無理はしない事だ。命を懸けるならば他国のためなどではなく、己の国のため‥‥大切な者のために、死力を尽くす事だ」
「国と‥‥大切な‥‥」
 ぽつりと呟いたキース・ファラン(eb4324)が視線を移した先に佇むのは、幼いユアンを支えるように隣に佇む石動香代。
 これは、新たな誓い。
「貴方も大切なもののために命を懸けられるのですか」
 問うたのはシルバー・ストーム(ea3651)。普段は無口な彼がただ一言、伯の目を真っ直ぐに射抜いた言葉の真意を、果たして相手は正しく受け止めただろうか。
「‥‥国を想うは誠の心。それ以上も、以下もない」
「エガルド卿‥‥」
 その返答に痛ましい表情を浮かべたリール・アルシャス(eb4402)は、しかし別れの時に発せられる言葉など思いつかず、ただ、礼を告げた。
「本当に、ありがとうございました」
 彼女の言葉が合図だったのか、一人一人が伯に、クロムサルタの地に一礼する。
「では、行くか」
 飛天龍(eb0010)が皆を促し、馬車へ。
「俺は鳳華でセレに向かう、皆より一足早くあちらに着けば来た時のような山岳を歩かなくても済みそうだしな」
 リグの騎士がセレの騎士から言伝を預かって来たという状況を鑑みれば、事情を話す事で関所の門が無条件で開けられる事も充分に予想出来る。そう考えて勇人が言えばイシュカ・エアシールド(eb3839)も。
「‥‥ええ、よろしくお願いします‥‥」
 これから戻ろうとしている地に居るかもしれない相手を想い、心なしか固くなる表情。自分達がリグで「出来たこと」を思い返してみると、このままセレへ戻るしかない事実が悔しかった。そんな彼の心境を雰囲気で察したのか、細い肩を撫でるように叩いたのはカイン・オールラント。
 傍にいた石動良哉も「大丈夫だ」と根拠のない自信で笑みを零す。
 このリグの国は、もう間もなく戦火に呑み込まれる。
 下手をすれば、冒険者達が国内を出る前に。
「‥‥そのような時のリグを離れるなど‥‥」
 後ろ髪を引かれる思いで呟くリラ・レデューファンに伯は失笑する。
「  」
 そうして彼だけに聞こえるよう、耳元に囁いた言葉は相手の言葉を詰まらせる。
「エガルド卿‥‥っ」
「それもまた真実」
 言い、彼は笑む。
「いつまでも気落ちした顔をしているものではないぞ、精霊の守護を受けた者達よ」
 そうして皆に伝える言葉は、願い。
「守るべき者を守る、それが人に課された使命だ。――行け」
 無事に戻れと、故郷へ。
「伯‥‥」
「‥‥なら、私は先行して道を見て来る」
 意を決し己の荷物を全て馬車の荷台に積み込む物見昴(eb7871)は最低限の武器だけを懐に忍ばせ、ほぼその身一つになった軽さを跳躍する事で確認。
「皆の道案内はコハチロウに任せる。‥‥コハチロウ、おまえは私達の匂いを追って来るんだよ」
 主に命じられた忍犬は真っ直ぐに昴の目を見返す事で応じ、ジンパチは彼女と共に進路の先で兵が集まっていないか、道が分断されていないか、そういった事情を確認して道を選別する役目を担うのだ。
「昴殿、頼んだ」
「ああ」
 リールの言葉には片手を上げて応じ、疾走。あっという間に見えなくなる彼女の背に良哉が息を吐く。
「早ぇ‥‥」
「そりゃ、忍だからな」
 苦笑を交えて応えた勇人もグリフォンの背に跨り、空へ。
「またセレで会おう」
「陸奥さんも気をつけて!」
「そっちこそな」
 キースが放った見送りの言葉を空で受け止め、彼もまた行く。
「では俺達も行こう」
 車上の天龍に、御者を務めるリィムが応じ、荷台に座る彼らも、自分の愛馬に騎乗した彼女達も再び伯を振り返る。
 言葉は、ない。
 けれど見つめる瞳に幾重もの想いを乗せて、先へ。こうして冒険者達はリグの国を後にした――‥‥。





 昴が先行して疾走する道を、コハチロウが匂いで追い。
 そのコハチロウをリィムが御する馬車で追う。
 先行偵察の甲斐あって大きな問題も無くセレへと接近する彼らに、不意に及んだ変化。その先駆けは前方から走ってくるフロートチャリオットだった。
「‥‥? あのタイプって‥‥」
 御者台に乗っていたリィムは進路を変えようと手綱を強く握ったが、その形状に見覚えがあって動きを止めた。
「リィム?」
 隠れないのか、と暗に良哉が問うが、今は彼よりも。
「ねぇキースさん、リールさん! あのチャリオットの形状、セレの特殊機体じゃないかな」
「え」
 分国セレが独自で開発、改造した、広大な森林が広がるエルフの国ならではの形状型チャリオット。
 その車上から。
「あ‥‥」
 思わず身を乗り出したのはイシュカ。何故ならその視線の先に居たのが長く離れていた親友に違いなかったからで。
「イシュカ!」
「‥‥っ」
 その呼び声も、いつ以来か。チャリオットから下りた彼は真っ直ぐに親友に近付き、怪我の有無を確認。
「ソード‥‥どうして此処に‥‥」
「昴嬢のおかげだ」
 言われ、再びチャリオットに目を向ければそこには昴も同乗。嬢と呼ばれた事に若干だが眉を顰めつつも仲間への状況説明は怠らない。
「見覚えのある機体だったんで確認したら顔見知りの姿があったんでね。勇人が先に到着して、私達の事を知らせてくれたらしい」
 そうしてセレの鎧騎士達がリグ側の騎士と相談、ウィルの冒険者達を向かえるだけならという条件付でチャリオットでの入国を許可してくれたのだ。
 そのあまりにも簡単な話にリグに行ったきりだった冒険者達の脳内には無数の「?」が飛び交うが、これもソードの説明で納得が行く。
『精霊を嘆かせし者』を名乗る魔物がセレ、リグ両国の騎士の目の前でリグの民を犠牲にした事で、セレ側では魔物の存在を確信。またリグの騎士達もリグの民を一人でも多く生き残らせたいという想いで以て難民をセレに流していた事が判明しており、彼らの間では密かな協力体制が敷かれていたのだ。
「そうか‥‥」
「まさかセレの方に‥‥っ」
 歯噛みする天龍に悔しがるリラに、昴。
「とにかく今は一国も早くセレに戻った方がいい。勇人は天使に『死淵の王』の件で確認に行ったと言うし、セレの騎士達もリグへの対応を会議中、その上‥‥とんでもない試練も持ち上がっているって話だ」
「試練?」
 聞き返したのはキースだが、とにかくまずはセレへと、馬車の荷台は放棄するも馬は乗せてセレへ。
 ――その直前。
「?」
 リールの視界に入ったのは思い掛けない姿。
 その当人は澄ました顔で他の冒険者達に丁寧なご挨拶。
「皆様、ご無事で! いつもお世話になってます!」
 言われた面々は当惑気味で、リールのこめかみが僅かに引き攣る。
「‥‥ちょっと待て。何故此処に居るんだ?」
「え?」
「え??」
 疑問は、彼が名乗れば解決。
 よく見れば顔も似ているようで。
「えーっ!?」
 リグの森に数人の驚愕の声を上がった。





 その後リグからセレへ辿り着いた面々、ウィルからセレに集まっていた面々、全員が合流を果たしたのは丸一日が経過してからだった。
 少し休んでからの方が良いのではないかというセレ側の気遣いよりも、今は情報を共有したいとして全員が城の一室で顔を揃え、リグの国内事情が伝えられる事になる。
 王都リグリーンと、その支配下にあるはずのクロムサルタ、ホルクハンデ両領主が反旗を翻そうとしている事実。
 起ころうとしている内戦。
 彼らは既に魔物の存在を認識しており、内戦そのものが魔物諸共心中する覚悟で起こすものなのだろうと推測される事も全て話した。
「‥‥グシタ王を‥‥救う術を、見出せれば良いのですが‥‥」
 仲間達だけならまだしも、多くのセレの貴族達が列席する場の雰囲気に些か気圧され気味のイシュカが低く呟けば、天使レヴィシュナが「恐らく無理だろう」と話す。
「話を聞くだけでは私も推測の域を出ないが、恐らく隣国の王は魔物に操られているのではなく、‥‥あー‥‥此方の世界では何と言うのだ、デビノマニを」
 そうして訪ねた相手はジ・アース出身の勇人や天龍だが、彼らとて『デビノマニ』は知っていてもアトランティスでそれを何と呼ぶかまでは判らない。
 と言うよりも。
「待ってくれ。では‥‥リグの国王は既に人間ではないと言うのか?」
 天龍の問いに、天使は「恐らく」と繰り返し、それは何者かとセレの貴族達から疑問の声が上がると一つ息を吐いてから説明を始める。
 デビノマニ。
 此方の世界風に言うなれば『混沌の僕』とでも表現するのが適当だろうか。契約の代償として己の魂を捧げ、魔物の力を手に入れた者の総称だ。
「一国の王が何故そのような真似を‥‥っ!」
 理解出来ないと声を荒げるリールに、皆も同じ気持ち。しかし事実、リグの国王の所業は魔物そのもの。確信は無いにしろ、これまでの命令からリグの騎士達もそれを察したからこそ心中する事を選んだのかもしれない。
「リグに潜入した彼らが掴んだ、リグを陥れた魔物を『死淵の王』と言うらしいが、これはジ・アースで『バールベリト』と呼ばれる悪魔の外観に良く似ている。あちらとこちらで何処まで共通点があるかは知らないが、少なくともジ・アースのこれは世界に唯一の名を持つ者だ。地獄の記録保管所の管理をしているという話も聞くし、人を殺人と冒涜に誘い、己のリストに死者の名を増やすのが何よりの趣味だとも聞く」
「‥‥だからグシタ王は民を虐殺するって‥‥?」
 昴の問い掛けに、天使は静かに頷いた。
「奴には国の違いなど関係ない、誰が死んでも構わないのだと思う。己のリストに死者の名前が増えさえすれば」
「では前回、セレに侵入してきた『精霊を嘆かせし者』がリグの民を燃やしたのは‥‥」
 ウィルの航空騎士団長の言葉に天使は思案顔で応じる。
「あの時、魔物は自らを「リグ」から来たと告げ、セレの民を嘲笑し去っていった。そう言われてしまえば此方は動かざるを得ない。事実、そなた達はすっかり戦う気になっている」
 もちろん此処まで来て戦う事を止めろとは誰も言わない。天使とて悪魔を滅することが使命だ。
 だが、魔物討伐のみに心を支配されては敵の思う壺。
「魔物が相手であれば争いを起こそうとも国の道義に反する事は無いのだろう? 冒険者達が戻れば『死淵の王』の存在も明かされ、セレに限らず、ウィルの騎士達が魔物討伐に乗り出す事も計画の内かもしれない。そうして戦う者が増えれば死者も増える」
 それも一日数人ずつ増えていくより、一度に大量の死者が出た方が『死淵の王』は喜ぶだろう。リストに次々と増えていく名前には死因も記されると言われ、これが憤りや憎悪ゆえの争いで満たされれば、それすらも魔物を喜ばせるだけだ。
「魔物は決して正攻法などでは戦いに現れない。此方が群れて現れると予想し作戦を立てれば単体で現れ、単体で現れると予想し作戦を立てれば群れで来る。我々の話を盗み聞きしている使い魔が今この時に部屋に入り込んでいる事を、そなた達は懸念さえしていない」
「!」
 まさかと部屋中を見渡した彼らの目に留まったのは、隅で丸くなっていたトラ猫。あれかと疑う冒険者達に天使は肩を竦める。
「冗談だ、その猫はドースターの飼い猫。魔物の使い魔ではない」
 脅かすなと皆は思うが、魔物の術に囚われ僕となっただけの動物は魔物感知アイテムにも反応しない、それを見破れるのはマジックアイテムを見分けるなどの判別魔法だけ。
「そのような注意力の乏しさで生きて戻れた点を鑑みても、リグの魔物はそなた達を手中で弄んでいるつもりなのかもしれないな」
「‥‥どこまでも侮ってくれるってわけだ」
 キースが、その表情を悔しさに歪めて呟く。
「魔物を此方側の作戦通りに動かしたいのならそれ相応の作戦を練らねばならないという事を常に念頭に置いておくことだ。‥‥今度の試練は、その予行練習にもなるだろう」
 試練、と聞いて。
 リグから戻った彼らは一様に疑問符を脳内に飛び交わす。
「その試練って何なのでしょうか?」
 麗華の問い掛けに応えたのはジョシュア・ドースター。
「そなたらでわしとシェルドラゴンを倒すのじゃ」
「――」
 唐突な話に言葉を失う冒険者達に「ほっほっほっ」と楽しそうに笑う筆頭魔術師。今回二度目の驚きの声が室内にこだました。





 日数に余裕はない。
 すぐにでも試練を始めたいというドースターの要望もあり、翌日からセレの東方、雪と氷に閉ざされた大地に赴いた冒険者達は、魔術師の弟子である三人が吹雪を止めるための出発を見送り、その場にキャンプを張って雪原の変化を今か、今かと待っていた。
 そうして訪れた変化は二日目の終わりを迎えた頃。
「吹雪が‥‥止まった‥‥!」
 彼女達が無事に試練を乗り越えたのだろう、空は真っ青に晴れ渡ったのだ。
「行きましょう!」
 その、空へ。
 変化を見て即行動を開始した彼らはシップに乗り込み、雪原を横断。
 または自分の馬やグリフォンに騎乗して雪原を駆ける。
「‥‥ドラゴンと、ドースター様と戦う事でしか‥‥力の解放はなしえないのでしょうか‥‥?」 
 イシュカは呟く。
 陽精霊の輝きに反射する真っ白な大地は、これから起きようとしている試練を霞ませてしまう程に美しく、しばし魅入ってしまう者もあったが、彼にはそれが気掛かりだった。セレの人々から精霊の力、聖なる力、そのように言われるものを力で奪ったとして、果たして正しくその力を使う事が出来るだろうか?
「‥‥戦いたくはありませんね」
「!」
 まるでイシュカの心を読んだかのようにシルバーが低く呟き、イシュカはこくりと頷く。
「――あ、レイン殿のボルゾイの子だ!」
 犬の、懸命に吠え続ける声を確認したリールの指摘で彼らは止まった。上空を仰げばシップも停止している。
「フウが此処に居るという事は‥‥あの三人と、ジョシュア‥‥シェルドラゴンもこの辺りにいるはずだが‥‥」
 天龍が言いながら辺りを見渡した、その時だ。
「さて、行くぞ」
 妙に楽しげな声と共に、突如雪原に姿を現したのはジョシュア・ドースター本人。
「負けても怨むでないぞ?」
「! 待ってくれ!」
 相手が戦闘態勢に入ろうとしている事を察し、思わず声を上げたのはキース。
「どうしても戦わなければならないんだろうか!」
 強い問い掛けに彼は笑う。
「そのために此処まで来たのではないのか?」
 魔術師の言葉を補うかのように、その背後にふわりと姿を現したのはこの地の守護者シェルドラゴン。全長二十メートルを越えようという青き巨体はこの雪原を守るに相応しい荘厳な雰囲気を醸し出す。
 その、姿に。
「シェルドラゴンにはお初にお目に掛かる、俺は陸奥勇人、天界からの冒険者だ」
 敬意を払い名乗るは、相手が礼を尽くして然るべき存在だと思えばこそ。
「封印されし力を得るには貴殿を倒し、奪えと聞いた。が、カオスからこの世を護るために力を借りる事はあっても奪うのは筋が違うと俺は思う。故にその真意を聞きたい」
『‥‥真意、か』
「力を預けるに足るかを見極める為の試練ならば否は無い。喜んで受けて立とう」
 ぽつりと零すシェルドラゴンの顔から表情を伺う事は出来なかったが、何となくジョシュアの様子を伺っている事は見て取れた。
 呆れたような、諦めたような。
『ジョシュアがやりたいと言うゆえ、しばし付き合うまで‥‥好んで汝らと争うつもりは私にもないが』
 そうして仰ぐ、上空のフロートシップ。
『‥‥少なくとも、この地をゴーレムで踏み荒らそうという汝らの行為は不愉快だな』
「ほっほっほっ」
 シェルドラゴンの応えに魔術師は笑う。
「こやつが言うように、これはわしの希望じゃ。そなたらが力を求める理由をこの目で知りたいのもあれば、先のカオス戦争を知る身であればこそ、そなたらの力量を測りたいというのもある――この地に眠りし力を預けるに相応しい者達かどうか見定めさせてもらおう」
 同時に『精霊を嘆かせし者』対策でも打てれば上々じゃと笑う彼へ、冒険者達の目付きが変わる。
 精霊だけでも結構な相手だというのに、筆頭魔術師までが参戦となれば難儀なんて話ではない。そもそも敵ではない相手と本気で戦わねばならないという事自体がモチベーションを持続させるという意味でも困難だ。
 だが、ここでやれなければ『死淵の王』とは戦えないのかもしれない。
 だとすれば、全力で相手と向かい合うのが礼儀。
 他に方法が無いのであれば覚悟を決める他ない。
 昴、天龍、シルバーと表情を改める最中、声を上げたのはリィム。
「一つ確認させて下さい」
「なんじゃ?」
「この地に封印された力を解放するために貴方達を倒せと言うのは、殺せという意味ではないですよね?」
 声音は普段と変わらなかったが、強い決意を秘めた瞳は真っ直ぐに相手へ向けられる。
「もしも貴方達を瀕死に近い状況まで追い込めと言うのなら、ボクはこの試練を放棄します。何かを殺さなきゃ得られない力なら要らない。ボクは騎士として、その時ある全力で皆を護る為に剣を振るうだけです」
「我等を倒す事はしたくないと?」
「貴方達は敵じゃないもの」
 むしろ自分達の仲間が信じる人。
 師と慕う人。
「仲間が大切に思う人を痛めつけて得る力なんて、魔物の力と変わらない」
「ふむ」
 魔術師はしばし思案する。
 その間にシップで此処まで辿り着いた冒険者達も雪原に降り立つが、リラやカイン、石動兄妹、日向らを含めても並んだ顔は二〇。先に試練を終えている術師三人を除いても一人足りない。
 彼は上空のシップを見上げた。
 なるほど戦況を読み「次」に備えるつもりかと、口元に浮かぶ笑み。その表情の変化がある冒険者達の疑惑を確信へと変えた。
「私も一つ確認させて頂きたい」
 声を上げたのはリール。
「先にドースター師の元へ向かったレイン殿達は何処にいるのです?」
「案ずる事は無い、この雪原を越えてすっかり疲弊していたため休ませているのじゃ、三人とも無事に試練を乗り越え、そなたらを此処まで導いた」
 それで彼女達の役目は果たされている。
「そなたの問いにも答えよう。この地に封印されし力はシェルドラゴンの意思一つで解放されるもの、そなたが言うところの瀕死の状態まで追い込む必要はない。何せ――」
 言いながら、彼が掲げた杖の頂。
 そこには大地の色に輝くオーブ。
「力の元は、此処にある」
「!」
 直後に放たれた光はドースターを包み込み、訪れた変化は冒険者達の足元。
「石化‥‥!?」
「いまのストーン魔法か!」
 石動兄弟や日向の他、リィム達の足元からも始まる石化。一度に何人もの相手を石化させる力は誰もが使える術ではなく、しかし。
「このオーブを持つ事で所持者はストーン魔法を扱えるようになる。ウィザード、鎧騎士、レンジャー、その職に限らず、万人がじゃ」
 魔物が蔓延ると知らされたリグの戦場。
 下級の魔物達であれば効果範囲内の魔物は一瞬で石化し戦闘不能となるはず。しかし万が一にも敵の手に奪われるような事があれば、超越したストーン魔法は脅威となって冒険者達に襲い掛かる。
「心配せんでも、今は事が済めばレヴィシュナ殿が石化を解いてくれよう。のう?」
 意味深な笑みで問い掛ければ天使は肩を竦め「どこまでも人使いの荒い爺様だ」と嘆息交じりに応じる。
「というわけで、の」
 魔術師はにっこりと微笑む。
「此度の力試し、合否はわしからオーブを奪えるか否かじゃ」
 言い終えた時、雪原には一〇の石像が並んでいた。





「ほう、そなたは残ったか」
「!」
 不意に魔術師の視線に囚われたのはイシュカ。
「思ったよりも強いの」
「っ‥‥」
 そうして笑んだ彼の全身が緑系色の光に包まれる――風魔法。
 サイレンスが来る事を懸念して距離を取ろうとしたイシュカ、彼を援護するようにドースター師へ攻撃を仕掛けたのは天龍。
 だがその天龍を突然の吹雪が襲う。
 アイスブリザード、シェルドラゴンの攻撃に同方向にいた皆が巻き込まれる。
 術を相殺出来る術師は居ないかと辺りを見渡すも、ドースター師の弟子である三人は不在、その他にストーン魔法を回避し術を使えるのはスクロールを持つシルバーとイシュカだが、そのイシュカも。
「――!」
 三十メートルは離れたつもりのイシュカだが、その声をサイレンスで奪われた。
「‥‥っ」
「しばらく黙っていてもらうぞ?」
 口元に人差し指を立てて悪戯っ子のように言う魔術師だが、その本音が己の課した試練で精神力を消費させるわけにはいかないというものだった事に気付く者は居ただろうか。
「後は、そなたじゃの」
 次いで視線を転じた先にはシルバー。
「っ」
 紐解くスクロールはフレイムエリベイション、精神抵抗を必要とする魔法対策を打つが放たれた魔法はウォーターボム。
「!」
 全身ずぶ濡れになる彼に雪原の冷気は凄まじく。
「そのままでは風邪を引くのぅ、スクロールも濡れては大変じゃ」
「‥‥」
 ほっほっほっとひどく満足そうな魔術師に、シルバーはらしくなくこめかみを引き攣らせそうになったが、直後にシェルドラゴンのアイスブリザード。アイスコフィンなどの魔法凍結であれば抵抗のしようもあったが、これは――。
「本気だか冗談だか判らん御仁だな!」
 オーブを奪えば勝負が付くと言うのなら、奪うまで。
 勇人が鳳華に騎乗し上空から滑走。
「こっちにもいるぞ!」
 キース、リールの同時攻撃。
「フルーレ殿!」
「お任せ下さい!」
 計四方から狙われた魔術師は、しかし。
「甘いの」
「!」
 突如として燃え上がった炎の壁が彼らの動きを阻害し、更には精霊によって操られた水の帯が冒険者達を頭から濡らす。足場が雪原である事も冒険者達には不運、誰一人落水から逃れられなかった。
「さぁて、そなたらも風邪を引くでないぞ?」
「この‥‥っ」
「アリル、大丈夫かい?」
 巻き込まれて水を被った彼は昴に案じられて「心配ない」と低く返す。
「言っとくが俺は戦うとなったら手加減しねぇぞ!」
 最初は挑発程度のつもりだった彼だが、飄々とした魔術師の態度には些か気分を害しそうだ。
 そしてそれはイシュカの親友である彼も同じこと。
 ダメージこそ負わないものの害されたのは事実、胸中に湧き起こる焦りは打ち消しようがなかった。
(「互いに戦っているこの状態‥‥『精霊を嘆かせし者』が見たら嬉々として互いを潰しに掛かるんじゃないか?」)
 それが、懸念。
(「それとも、わざわざオーブ本体を目に映るところまで持ち出して、これを餌に『精霊を嘆かせし者』を雪原に誘い込んで討つ為の罠なのか?」)
 それが、疑問。
 彼らはずっとその事が気になっていた。
 冒険者達がドースター師に集まる。
 オーブを奪うため、一箇所に。
 その領域、直径約十五メートルの円柱内。それは魔法一つの効果範囲に近く。
「!」
 二人はハッとした。
「アリル殿!」
「おう!」
 走ったのは、彼。
 探したのは、彼。
「ソード、左です!」
 呼んだのは、サイレンスで声を封じられていたはずのイシュカ――。

「合格じゃ」

 魔術師が笑む。
 同時にその正面に両腕を広げた地球出身の鎧騎士、その彼の向こうに、魔物。
「!!」
 直後に彼らを覆った火柱は魔物のマグナブロー。
「あああっ!!」
 業火の炎に焼かれ声を上げた騎士達とは別に。
「ディストロイ!!」
「ホーリー!」
 白、黒の同時魔法と。
 吹雪の扇、重力波、更には業火の炎を返す術師達。
「――っ‥‥!!」
 その先で悶えた姿は、あの日、冒険者達を嘲笑し去っていった二足歩行のヒトコブラクダ‥‥否、その名を『精霊を嘆かせし者』と呼ばせたカオスの魔物。
 神聖魔法も精霊魔法もほとんど影響を受けない魔物だが、此れだけの連続攻撃と来れば相応のダメージは被る。
 更には。
「おのれ‥‥っ」
「何処を見てるのさ!」
「!?」
 間近で聞こえた声に振り返れば、鼻先に漆黒の刀身。
 リィムだ。
「!!」
 刀身が魔物の腕を切り裂く。
「貴様石化していたはずでは‥‥!」
「石化を解いてはいけなかったか?」
 魔物に応えた天使の周りに、最早石像は一体も無い。
 その代わりとでも言うように、空に浮かぶ美しい機体はウィルから此処まで運ばれて来たドラグーン。操縦席には航空騎士団団長。
「貴方が前回の件で私達を見縊って下さる事は容易に想像が付きましたからね。大方、本気で彼らが同士討ちでもしてくれるのじゃないかと期待していたのでしょう?」
 そのせいで、他の十余名に配るべき注意が疎かになっていた。
「その位置がいいんです、凄く」
 言う麗華も武器を構え、魔物に対峙する。
「ふっ‥‥」
 対して魔物は笑った。
 まだ余裕ありきといった威圧感と共に。
「ふははははっ、成程! 小賢しい人間は人間なりに策を弄する事も出来るというわけか、なるほど私はおまえ達を見縊っていたようだな!」
 魔物は言う。
 つい数日前までリグにいた面々を正しく見据えながら。
「だが、おまえ達のやって来た事はもう無駄に終わる。もう数日の内にリグが戦火に呑まれ、多くの死者が彷徨うカオスの地がこの世界に生まれるのだ!」
「‥‥っ」
 リグリーンは勿論のこと、クロムサルタ領も、ホルクハンデ領も、全てがカオスの魔物の手に落ちる。
 そう聞かされれば我知らず冒険者達の胸は痛んだ。
 だが。
「怒りとか、悲嘆とか、表に出している暇があったら我々は前に進まなくちゃいけない」
 麗華は言い放つ。
 上空、ドラグーンに搭乗した彼女を思い。
「ここで倒れたまま許してくれるような‥‥」
 そんな可愛げ、うちの上司にあるわけがないから。
「用意!!」
 その上司がドラグーンの片腕を頭上高くに掲げ、その更に上、停泊しているシップに合図を送る。
 向けられる射撃台、そこに設置されたるは天使のもと開発が行なわれていた対魔物用の矢の数々。
「‥‥たとえ内乱が避けられなくても、護れるものを護る力を‥‥!」
 イシュカは願う。
 ――祈る。
「おまえ達は、俺達が必ず潰す!」
「決して逃れられると思うな」
 勇人、天龍が言い放つ言葉。
 諦めはしないと、その瞳で語るリールや、キース。
「ふっ‥‥」
 魔物は笑う。
 豪快に、嘲笑する。
「ならば再びリグの地に足を踏み入れるが良い! その時こそおまえ達の最後! 我が主のリストに、我が名によって滅ぼされた愚か者として永劫残るが良いわ!! はははははっ!!」
 笑いと。
 爆発。
「!!」
 起きた爆煙の激しさに思わず顔を伏せた冒険者達が再び目を開けたとき、雪原には醜い穴が残るだけで魔物の存在は完全に消えていた。
「‥‥それはこっちの台詞だ」
 昴が言う。
 次に会った時に朽ちるのは魔物の方。
 自分達は決して負けはしないから。

「さて‥‥若者が老いぼれを庇うものではないぞと言いたいところじゃが‥‥」

 不意のドースター師の声に皆がそちらを振り向けば、当の彼が苦い笑みを零して腕の中の冒険者を支えていた。
 そんな彼の、手の中。
「‥‥へっ、これを奪ったら試練は俺達の勝ち、だったよな」
「アリル、おまえ‥‥」
 彼の手に、しっかりと握られたオーブ。
 それは冒険者達が魔術師と高位精霊のタッグに勝利した証だった。