【暁の翼】未来を掴み取る手を

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月16日

リプレイ公開日:2009年06月18日

●オープニング

 ● 最後の決断

 分国セレから王都ウィルへ。
 雪と氷に閉ざされた大地に封印せし『土』のエレメンタラーオーブを解放したという一報が届けられた。その際に『精霊を嘆かせし者』を名乗る魔物の関与があったこと。
 彼の者がリグの国に居ると明かした『死淵の王』なる主の存在。
 これらの魔物が天界ではどう呼ばれ、またどのような存在であるのかを、セレで保護している天使レヴィシュナの説明と共に包み隠さず伝えたのだ。
 返答は、いまだ無い。
 しかしセレの国は魔物と戦う覚悟を決めた。
 例え属国の汚名を着ようとも『死淵の王』なる魔物が国や種族とは関係無くただひたすらに命在るものの死を望み、喜ぶと言うのなら、これを放置しておくわけにはいかないと腹を決めたからだ。
 とは言え、現状ではセレに入り込んだ魔物に対して応戦する以外の手段は取れない。ゴーレムと共にリグの国に踏み入るは明らかな侵略行為であり、リグの国王がカオスの魔物の僕となった証は未だ何一つ形として彼らの目に触れてはいないからだ。


「ならば、どうする」
「実際に目の前で被害が起きなければ動かないのはどこのお偉方も一緒、か」
「いっそ『死淵の王』とやらにウィルを狙ってもらってはどうだ」
「其処でリグの国王が姿を現してくれれば最も簡単かつ話しが早い」
 手段を講じるも有効策が見つからず、気ばかりが焦り、軽々しくそのような話をする貴族がいる。
「その際に『セレの貴族達の望みを叶えたまで』なんて魔物に言われたら最悪ですね。どこに連中の耳があるか判らないと、先日もレヴィシュナ様に言われたばかりでしょう」
「狙われるなら皆様の邸でもよろしいのでは? セレもウィルの一国、魔物の襲撃を受けたとあればきっと国王陛下も動いて下さりますよ」
「うっ‥‥」
 多少は良識のある貴族が皮肉たっぷりに言い返せば言葉に詰まる者も。他者への被害は望んでも自分が巻き込まれる事は考えたくないのが人の常。
 エルフも同様。
 不和の広がる会議室で、軽い息を吐くのはヨウテイ領の主アベル・クトシュナス。
「‥‥リグのホルクハンデ、クロムサルタ両領主より、ギルドへ依頼を出してもらっては如何でしょう。依頼という形でなら国境を越えられるのが冒険者達の強みです。私が支援している『暁の翼』もそのような主旨で立ち上がった‥‥冒険者達がリグの領主達を説得している間に、我々はウィルの六分国を説得して回るというのが、最も時間を有効的に使えるのではないでしょうか」
「ふむ‥‥」
「現状、私達が出来るのはリグから流れ込む難民を受け入れてその身の安全を確保、セレ領内に立ち入った魔物を迎え撃つくらいしか出来ません。その点も踏まえて、リグ国内の戦えぬ民をセレへ誘導してもらうのも良い‥‥悪い言い方をするなら、リグの民を囮にして魔物の目を此方に向けさせるという方法です」
「‥‥あの魔物連中が、そのような策に乗ってくるだろうか」
「乗せるのですよ、魔物達の性根を利用して。――それも、結局は冒険者頼みになりそうですが」
 言いながらアベルは苦笑する。
「国と国同士の諍いなど面倒な事この上ない。目の前で明らかに大きな問題が起きようとしているのに証が無いからなどという理由で動きを制限される‥‥このままでは守れる命も守れない」
 しかしそれが掟であるならば、人は掟の抜け道を探る他ない。
「そのためには冒険者達の協力が必要不可欠です。‥‥今一度、彼らにリグの国へ向かってもらいましょう」
 今度は国境もすんなりと越えられる。
 魔物の目を掻い潜り目的地に到達する事は至難の業で、その命を危険に晒させる事になってしまうけれど、あの冒険者達ならば、必ず。
「その際にセレのチャリオットや‥‥まぁ、小型のシップが一台くらいリグの国内に入り込んでも何とかなるかと」
 セレの民が参戦、魔物達の挑発に乗ったフリでもして見せれば、むしろ連中はこれを歓迎するかもしれない。
「動かずにいれば、いずれ『死淵の王』はウィルの国をも食らい尽くす‥‥ならば手遅れになるまえに、動きましょう」
 アベルの説得にセレの上層部は黙する。
 そうして出された結論は――。




 ● 暁の翼

 数日後、滝日向の元に届いた手紙には『暁の翼』の面々にもリグへ入国して欲しいとの内容が記されていた。といってもこちらのメンバーには某領主の元まで行けと言うのではなく、実際に其方へ赴く冒険者が領主の理解を得た後に流れ込んで来るだろう避難民を一人でも多くセレへ受け入れられるよう体制を整えて欲しいと言うのが主だ。
 更には、魔物『精霊を嘆かせし者』を目にし、もう間もなく内戦が起きる事を痛感した人々の精神的なケア。これはセレの民にも動揺が広がっている事もありかなりの規模になるだろうとある。
 そのため、もしも利用出来るならば六月の祭『シーハリオン祭』を今に持ってくるのも良いだろう、と。
「シーハリオン‥‥って、セレの向こうにある聖地の事だよな‥‥」
 日向は脳内で地理を思い浮かべながら呟く。
 この世界と精霊界とを繋ぐと言われるシーハリオンの丘の頂きには、世界の監視者である偉大な竜ヒュージドラゴン達が住まうという。嵐の壁に覆われ容易に近付くことの出来ない場所だが、セレでは雄大に広がる丘の裾野で火を焚き、此処に居る事を楽や踊りで賑やかに伝えながら一昼夜を過ごすのが通例らしい。とはいえ、今はこのような状況だ。冒険者達の案で普段とは異なる祭も良いとアベルの書面にはある。
「壮行会でも開けって事か‥‥?」
 ぽつりと呟いた日向は、とにかく冒険者達に協力を頼もうとギルドに足を向けた。

 決戦の日は、もう間近。
『死淵の王』『精霊を嘆かせし者』をはじめとするカオスの魔物達との戦を前に気持ちを新たにするためにも何かしらの機会を設けるのは悪くないだろう。

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4112 レイン・ヴォルフルーラ(25歳・♀・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec6278 モディリヤーノ・アルシャス(41歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)

●リプレイ本文


 ウィルの王城前広場で月姫セレネが復活した翌日、セレを訪れた冒険者達はまだ体が完全ではない彼女と、天使レヴィシュナに出迎えられた。
「あの時は護れなくてごめんなさい‥‥」
 涙ぐみながら告げるレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)にセレネはゆっくりと首を振る。
『‥‥わたくしはもう大丈夫です‥‥』
 だから、笑んで。
 本当に体の事を気遣ってくれるのなら、いつもの貴女らしくしてくれていた方が嬉しいと続ける精霊に、レインは声を詰まらせながらも大きく頷く。
「はい‥‥っ!」
 元気な笑顔と共に応じる少女に、月姫も、天使も、微笑んだ。
「それにしても‥‥見事だったわね‥‥」
「たのしかったのー」
 たまたま町を歩いていて冒険者街の女子高校生と遭遇していた華岡紅子(eb4412)は、期待たっぷりの眼差しで「日向君を呼んできて!」とお願いされて、驚きつつも言う通りに彼を伴い王城前広場へ向かい、レンも話を聞いて精霊達と共に駆けつけ、月姫復活の為に祈ったのだけれど。
「かえではいつか夜道で斬られるぞ」
 呆れて呟く日向に、紅子は微笑う。
「あら。でも面白かったわよ?」
 見ている方は。


 それから冒険者一行は王城へ。
 これからの対策をセレの上層部と話し合うためだ。
「今回の任務はリグからの避難民を受け入れる態勢を整える事と、そうしてセレに来たリグの人々の精神的なケア、だったな」
 ソード・エアシールド(eb3838)の確認に日向は頷く。
「今頃はリラ達がリグの二人の領主へギルドに依頼を出せと説得しているはずだ。これが実現したら、その時点で一人でも多くの難民をセレに逃すよう行動を開始する」
 そうなった時にセレ側としても即対応出来るように体勢を整える事、そして。
「『お祭り』なのー、すこしでもみんなの『気苦労』がへってくれたらいーのー♪」
「だな」
 レン・ウィンドフェザー(ea4509)に他の面々の表情も明るい。
「私たちが暗い顔をしていてはいけませんわ」
 ぽん、とアリシア・ルクレチア(ea5513)に背を撫でられ、レインは「はいっ」と良い返事。
 紅子も「その意気よ」と微笑んだ。
「しっかし、祭りっつったって何をする?」
「ふっふっふっ」
 日向の困った発言に、意味深に笑ってみせるのはアリル・カーチルト(eb4245)だ。
「その点の抜かりはないぜ? この俺に任せておけ」
「‥‥アリルさんのその自信に一抹の不安を覚えるのは何故でしょうか」
 ぽつり、フルーレ・フルフラット(eb1182)が零した呟きは幸か不幸が誰の耳にも届かず。
「何にせよやるべき事は膨大です。進められる部分から進めていきましょう」
「そうだね」
 常に冷静なシャルロット・プラン(eb4219)の言葉にモディリヤーノ・アルシャス(ec6278)も同意。
「一人でも多くの方を救うためにも‥‥僕達も頑張らないと」
「‥‥ならば私は‥‥まずは現状の把握に努めるか‥‥」
 チラと妻に視線を送るオルステッド・ブライオン(ea2449)に、アリシアは「判りましたわ」と穏やかに微笑んだ。





 リグからセレへ逃れた人々が一番最初に必要とするものは何だろう。
 二番目、三番目に進む為に必要なもの。
 衣食住を並べた後には、仕事や、避難地もあくまで簡易的なものであるから体調管理にも気は抜けず、整えるべき事は幾らでもあった。
「よろしいですか。セレに入るには順番を守り、決して急がず、慌てず、腕にあちらの天使様のような翼の絵が描かれた腕章をつけている者の指示に従って、名前と、ご家族の構成などお話になって下さい」
 続々とリグからセレへ移動する人々の列へ繰り返し声を掛けるアリシアの腕にも、翼が描かれた腕章があった。暁の翼と文字で書いても読めない者が多ければ意味は無い。ならばと、足跡で翼の絵を書いた布を全員が腕に巻く事で「自分達は仲間だ」という事をアピールする事にしたのだ。
「助けて下さいお願いします、お願い‥‥助けて‥‥っ」
 長い旅路がそうさせるのか、それとも以前に余程恐ろしい目に遭ったのか、リグからの人々の中には半狂乱になって冒険者達に縋ってくる者も。
 そんな人々には、決まって告げる言葉があり、こういう人々にとってはオルステッドの控えめな口調が効果的だった。
「‥‥落ち着け‥‥此処まで来たのだから、もう大丈夫だ‥‥セレの国は皆さんを保護する‥‥」
 ぽつり、ゆっくりと語られる言葉に人々は目を見開き、いつしか涙を浮かべて嗚咽を漏らす。
「‥‥良いだろうか。落ち着いて、冷静に物事を判断し、行動するんだ‥‥セレの民にあまり迷惑を掛けない事こそ、自らの待遇の向上に繋がる‥‥協力し合う事を忘れてはいけない‥‥」
 冒険者達からの説明や、応急手当の実技指導などの甲斐あって、セレは鎧騎士達だけでなく一般の市民達もボランティアで避難民のケアに当ってくれる事が決まっていた。そんな人々のやる気を削がないためにも、リグの民もまた気を付けなければならないと言い聞かせるように告げれば、彼らは何度も首を縦に振った。
「‥‥大丈夫だ、必ず故郷に戻れる」
 ソードも国境付近で懸命に避難民達に声を掛ける。
 現実的にリグの民全員を避難させる事は不可能だが何もしないよりは良いと彼は思う。一人でも多くの命を救わなければならないと、‥‥奇しくもリグの国で『彼ら』が抱く唯一の光りと同じ想いを胸に宿し。
「ソード殿」
 声を掛けて振り返れば、セレの騎士。
「今のところ南方以外はまだ余裕がありますから‥‥そうですね、二百人ほどの手続きが終わった段階で一度船を飛ばします」
「判った」
 セレが、リグの民の為に設けた避難地はおよそ七〇。
 元々セレに暮らす人々の負担を最小限に抑える形で配置されたこれらに振り分けられる人数も、現時点では最小限で設定している。故に、これからどれだけの人々が此方に向かってくるかは想像も付かないが、状況に応じてその数を増やして行く事になるだろう。
 ソードは騎士からの報せを受けると、傍で困憊した面持ちのリグの民に声を掛ける。
「さぁもう少しだ。避難地でも家族と離れる事はない。安心しろ」
「ぁ‥‥あぁ‥‥っ‥‥ありがとうございます。ありがとうございます‥‥っ」
「ああ」
 さぁ行けと背を押し、先に促す。
 ただでさえ身一つで逃れてきたような状態ならば、せめて、これ以上は不安にさせるような事は避けてやるべきだ。
 だからこそ、出身の村が同じ者達も出来るだけ集め、以前と変わらない面々に囲まれて暮らせるよう配慮も怠らない。
 しかしその一方で、皆がもう一つ気を配る事を忘れないものがあった。
 石の中の蝶。
 龍晶球、そして精霊達。
 前回の事もあり、避難民の中に魔物が紛れ込んでいないかを誰もが警戒していた。
「あら、親御さんとはぐれちゃったのかしら」
 紅子は人混みの中、蹲っている少女に気付いて近付く。
 声を上げない様子に警戒は怠らないながらも、もし迷子の子供だったなら保護しなければ。
「大丈夫?」
「っ」
 背中に触れればビクッと全身で怯えた少女が顔を上げ、‥‥その顔の腫れ具合に、紅子は表にこそ出さなかったものの驚きと怒りを覚える。
「さぁ、一緒に行きましょう? 此処で蹲っていたらいつまでも休めないわ」
「‥‥っ」
 少女をそっと立たせて支えるようにしながら歩き始めると、胸の前で握られた両手が小刻みに震えている事にも気付く。
「ご両親とは、一緒ではないの?」
 あくまで普通に、少女の怯えには気付かないフリをしながら声を掛けると、少女は静かに左右に首を振る。
 否定。
「‥‥私、一人‥‥です‥‥」
「そう‥‥なら、一緒に避難して来た人は?」
 再度の問い掛けには、少なからず激しく首を振った。
 共に避難して来た者はいるが、一緒にはいたくないと言う意味だろうか。
「‥‥、レインちゃん」
「はい」
 避難民の入国手続きを手伝っていたレインは、紅子に呼ばれて元気に振り返ったが、彼女が連れて来た少女を見るとやはり驚いた。
 しかし彼女も冒険者の一人、その驚きを露にはせず、ゆっくりと声を掛ける。
「お名前、聞いても良いですか?」
「‥‥ぃ‥‥イリー‥‥」
「イリーさん、ですね」
 さらさらと手元の羊皮紙に名前を書き込むレインは、同名の人物がいないとも限らないため身体的な特徴も一緒に添えておく。
「何か、リグの国でされていたお仕事はありますか? 得意なこととか」
「‥‥」
 ぶるぶると首を振る少女の様子は、やはり普通ではなくて。
「判りました。じゃあこれから他の皆さんと一緒に避難地に移動してもらうんですけど、‥‥一緒の避難地になりたくない人、いますか?」
「っ‥‥!」
 レインの質問に息を詰めた少女は、恐怖の色濃い眼差しで彼女を見返したが、‥‥そのうち、消え入りそうな声で一人の男の名前を口にした。
「判りました」
 二人は穏やかに微笑む。
「大丈夫よ、絶対に同じ避難地には送らないから」
 そうして紅子が少女を騎士に預けて見送った後。
「その人の避難地は監獄ですね」
 ぱらぱらと自分が書き綴ったリストを捲り、名前を確認しながらレインが言えば、紅子も。
「もちろんよ、きっと避難地より安全だって大喜びするわ」
 にっこり微笑みあう二人のなんとも穏やかでは無い話。しかし、リグから逃れてくる民の全てが善人であるとは限らず、むしろ悪い奴の方が命根性は汚いのが常である。そしてあの少女のような被害者は、避難民で溢れるこの環境に乗じて逃げ出す。生き場所を求めて逃げてくる民の中に潜む危険因子は、魔物だけとは決して限らず、避難地という場所でただでさえストレスの掛かる場所に悪い奴を放り込むという事は、被害者を増やす事にも繋がる。
 冒険者達が気を配るべき事は、まだまだたくさんあった。


「この決戦が終わったら、リグの国を再生させるのは皆さんですからね?」
 人々を各地の避難キャンプへ振り分けながら、レインはその言葉を掛ける事を忘れない。
「だから、生きるんです」
 その目的を、決して忘れないで欲しいと願いながら。
「隣人の協力は必須、ですが最終的にリグを復興するのは皆さんです」
 リグで今も闘っている騎士達の為にもその事を忘れないで欲しいと語るシャルロットも、気落ちしている人々の手を一人一人握り締める。
「良いですね? あなた達も此処で闘うのです。魔物とではなく、自分自身と」
 シャルロットの意志の強い瞳に見つめられれば心挫けそうになっていた人々は涙を零して有り難がり、何度も大きく頷く。
 そうして気持ちに強さを取り戻した人々を誘導するのはモディリヤーノ。
「さぁ、行きましょう。体調が悪いとか、ありませんか? 避難地に到着したら、温かなスープとパンで一休みしましょう」
 彼の優しい言葉に、長く歩き続けていた人々は少なからず安堵の表情を浮かべ移動用のシップに乗り込む。
「気をつけてな」
『‥‥安心して下さい‥‥この地には、わたくしも、シェルドラゴンも‥‥そして数多の精霊達の加護があります‥‥何より、レヴィシュナ様という貴きお方も』
 そうして天使、月姫の双方が微笑めば効果は抜群。
 ソードの提案で欠かされる事のないこの遣り取りが、後に大きな影響を生む事はまだ知る由もなかったけれど。
「では、行ってきます」
 同行し、現地でも人々のサポートにあたるモディリヤーノが仲間に声を掛けて出発すると、こちらでは再び、次の船に乗せる人々の振り分けが行なわれる。
 作業の終わりは、リグの国から続く避難民の列が途切れるまで――。





 夜間、グリフォンに騎乗しリグの空を駆るフルーレは、松明の乏しい明かりだけを頼りに森の中を歩く一団を発見した。
「‥‥リグの避難民でしょうか」
 その先頭、左右、殿。
 十名ほどの剣を携えた男達は警護を担う騎士だろう。
「まだセレまでは距離があるが‥‥大丈夫、きっと間に合うぞ」
「皆で生き延びるんだ、いいな」
 決して声を絶やすことなく民を励ます彼らの姿に、フルーレは目元を和らげた。
 大丈夫、彼らにならば接触出来る。
 そう確信したフルーレはグリフォンを地上へ。
 唐突に姿を現せば驚かせてしまうだろうか、そこは元気に明るく、彼女らしく。


 陽精霊の時間が終わり、辺りを闇が覆い国境付近での避難民受け入れ業務を交代しても、まだ自分の成すべき事は終わっていないと忙しなく動き回る冒険者。
「三家族くらいずつ同じ家屋の中で休んで貰っているけれど、小さなお子さんのいる家庭、いない家庭で分けるようにしたら、子供達も遊び相手が傍にいる事で落ち着いてくれたみたいだし、今のところは特に問題なく済んでいるよ」
 現地まで飛び、避難民達の状況に接してきたモディリヤーノの報告に、他の面々は「良かった」と一言。
「こちらでは、リグの国で罪を犯している人を七名、セレの憲兵さんに引き渡しました」
 レインが言えば、紅子も隣で頷く。
 だが、終わりは見えない。
「もうへとへとなのー」
 幼い体で卓に突っ伏しながら言うレンは、部下である『真田獣勇士』と共に避難民の誘導と護衛を行なっていたが、その数が尋常で無い事もあり、くたくただ。逆を言えば、そのような状況下で彼女が伴ってきた勇士達はセレの騎士にとって非常にありがたい存在だったわけだが。
「とりあえず、今夜は休もう。俺達が疲労で倒れてしまっては元も子もないからな」
「ああ」
 そうして今夜は解散との号令が上がるが。
 これを受けても、素直に休まない者ももちろん居るわけで。


 セレの作戦会議室に赴いたのはシャルロット。
 モディリヤーノ達から集めた避難キャンプ現地の情報を重役達にも知らせる彼女は、一つの提案としてリグの難民が手に職を付ける事を強く進言した。
 その一例が『十字架のネックレス』作りだ。
「リグの避難民の何人かには既に渡しておきました。魔を退け、祈りを力に変えるシンボルだと説明して」
 特に信仰――天使がいるからといって鎧騎士の彼女が布教を手伝うつもりはなく、祈りを力に変えることで、リグで闘う騎士達の助けにもなるはずだと説けば人々の不安は少なからず取り除かれるものだ。
「皆様方とてリグの避難民達をこのままセレに定住させるつもりはないはず。ならば彼ら自身のモチベーション維持のためにも、自分達がリグを復興する礎となるのだという認識を持って貰う事が重要ではないかと」
 穏やかに告げるシャルロットに、セレの重鎮達からの異論はない。
 いずれ帰る故郷でリグの民が心強く在れるように必要だと言うのなら、十字架のネックレスを作る事も構わない。
「その件に関してはそなたに任せよう」
 それがセレの結論。


 一方で楽しい話題をゴーレム工房に持ち込んだのはアリルである。
 昼間は医学知識を生かしたマッサージなど出身国を問わず教え、各地に分散する避難地の情報を集め、温泉のある地域ならば観光や保養を利用した商売のいろはを説くなど主に衛生面に気を配っていた彼は、いま、精神面のフォローに回るべく工房に。
「ってわけでな」
「へぇ」
 面白そうじゃない、と微笑むのはすっかりアリルを気に入った工房長のユリエラだ。
「ジューンブライドなんて、天界には随分と奇妙な催しがあるものね」
「ま、迷信ではあるが、これを信じて幸せになろうと頑張る美人はいつにも増して美人だぜ?」
「よく言う」
 くすくすと笑うユリエラの手元にはゴーレムの図面。
「それにしても‥‥私はこれからのゴーレム開発に関しての話があるって呼ばれた気がするのだけれど」
「ああ、勿論その話もあるけどな」
 言って、アリル。
 不意に真面目な顔になる。
「ちょっとした思い付きなんだが、精霊碑文もゴーレム機器に応用できねぇか? 碑文なら世界でも指折りの学者が近くにいるじゃん、協力を要請してみるとかさ」
「学者‥‥って、ああ、いまリグに言っているエルフの彼?」
「そうそう」
 頷き、不意にぐいっと身を寄せたアリル。
「つか、ユリエラ。将来の夫候補としてあいつとかどう思う?」
「――」
 いま、アリルは何を言った?
 目を丸くした工房長は、しかしそれも一瞬。
「‥‥悪くないわね」
「だろ?」
 本人のいないところで妙な話が進みそうになっているが、良いのか。
「まぁ、ジューンブライド? それに絡むつもりはないけど」
 と言うよりも、今は恋愛よりゴーレム開発の方が彼女にとっては重要なわけで。
「最初の話。六月の花嫁より前の話題よ? 旧型で良ければフロートシップを貸し出すのは構わない。その代わり壊さないで」
「お、そりゃありがたい」
 そう、そもそもアリルが此処を尋ねたのはリグの避難民がセレを目指しているいま、国境からそれほど離れていない地域の人々ならば開戦までに此方へ辿り着くだろうが、王都や、ホルクハンデ領内に暮らす一般の人々の足では到底間に合わないだろうと言うのが懸念事項だった。
 ならば、いっそ此方から迎えに行く事は出来ないかと。
 その前調査を兼ねてフルーレがグリフォンを駆りリグの国内に潜入しているのだ。
「で、そういった避難民達がさ、セレの国で暮らす事に少しでも早く馴染めるように」
「イベント起こすってわけね」
 言い、ユリエラは肩を竦める。
「その演出にバガンやノルンが必要なら、貸してあげない事もないわよ? リグとの開戦に向けた試験運転を兼ねてくれるなら」
「了解」
 応じるアリルは人懐っこい笑みを浮かべる。
 これで、今頃はリグの国に潜入しているフルーレに託した、リグの騎士達への言伝は可能性から現実になるだろう。
 一人でも多くの隣国の民をセレへ。それが急務であり、両国の民の心に僅かでも平穏を取り戻してもらえるよう、あとはイベントの準備を進めるだけだ。




 そうして、準備を重ねて迎えたイベント当日。
 朝早くから女性陣は大忙し。
「リグから避難されて来られた方の中に、結婚を間近に控えたドワーフのお二人と、エルフのお二人がいらっしゃいましたよ」
「セレからは一組ね」
 レイン、紅子からの情報を聞き、計三組の男女を呼び集めた冒険者達も男女に分かれて仕度を開始。
 こういうイベントはどうしたって女性側の方が盛り上がるわけで。
 レンとアリシア、フルーレ、紅子、レインの五名は自らの着替えも含め、アリルとモディリヤーノが男の着付けを手伝う数倍の時間を掛けて準備を進める。
「そういえば‥‥」
 レインはちらっと紅子を見る。
「? どうしたの?」
「いえっ」
 聞かれると困ってしまい、慌てて顔を逸らすレインは(「おかしいな‥‥」)と胸中に呟く。彼女と日向の事が少し心配だったのだけれど、何だか‥‥大丈夫みたい?
「って‥‥」
 そう思いつつ次に見遣った先にはフルーレがいて。
「‥‥フルーレさん?」
「っ、は、はひっ」
 妙に上擦った声で応じた女性騎士は、‥‥なんだかいつにも増して綺麗。それは、レインと交換して着た衣装や、どさくさに紛れて紅子が腕を揮ったせいばかりでは決して無い。
「何かあったんですか?」
「いえっ、何もないッスよ! 今日は良いお式になるといいッスよねアリシアさん!」と些か不自然な感じに話題転換。
 皆が首を傾げるもあえて追求はせず。
 と言うよりも、そのような時間も惜しかったわけで。
「さぁ、どうかしら」
 そのアリシアのメイクを担当していた紅子は、自分の腕に感心する。
「‥‥あの‥‥」
 目を開け、少なからず緊張しているアリシアは真っ白なドレスを身に纏い、髪を結い上げ。
 普段とは異なる化粧が、彼女をとても神々しく見せていた。
「私の腕も大したものね」
 冗談交じりの紅子の呟きを、しかしレインは本気で「すごいです!」と賞賛し、レンも拍手。
「とてもきれーなのー」
 そういうレンも真っ白なレースをふんだんに使用した、あまりこちらの世界では見られない煌びやかな衣装に身を包み、小さくも愛らしい花嫁さんのよう。
「さて、あとはオルステッドさんをどう連れて来るかッスね!」
 フルーレが意気揚々と言う傍で、アリシアは緊張の面立ちを俯かせた。


 一方で、そのオルステッド。
 話す相手はセレの筆頭魔術師ジョシュア・ドースター。
「わしと戦いたいじゃと?」
 驚いて聞き返す彼に、オルステッドは薄く笑んだ。
「‥‥なに、ただの追試だ‥‥祭にかこつけて催しがしたい‥‥前回、ドースターさんと戦う件に参加しそびれたからな‥‥」
「だからとて、何も今日という日に言わんでも良かろうに」
 これからアリシアとの式を挙げると弟子達から聞いていたジョシュアは苦く笑った。
 しかし事情を知らないオルステッドは。
「‥‥私もジ・アースで修行していろいろと技を身に付けたは良いが、何分その使い道を研究中でな‥‥戦技について何か教えていただければありがたい‥‥それに‥‥」
 そうして目を遣る先には、日向。
「いっぺん斬ったれと‥‥誰かが言っていたしな‥‥」
「ん?」
「くしゅんっ」
 師が聞き返すと同時にくしゃみが一つ。
「どうした?」
「いや‥‥誰かに噂されてる‥‥」
「は?」
 日向が言えば、聞いたアベルは怪訝な顔付きだ。と、それはともかく。
「勝負ならばいつでも受けて立とう。しかしな、今日はお断りじゃ。わしも老いた、魔物との決戦を前に体力を使わせんでくれ」
「‥‥」
 どこまでが本気なのか、食えないじいさんはごほごほと咳真似。そうしている内に、真っ白な衣装に身を包んだ幼いエルフの少女達がオルステッドの傍へ駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、お婿さん?」
「‥‥なに?」
「お婿さん、来て来て。お嫁さんが待ってるの」
 腕を引かれ、子供相手に拒むことも出来ない彼を、ジョシュアは笑顔で見送るのだった。


「こんな時だからこそお祝い事は欠かせません。愛の力は無限大、とも言いますし」
 フルーレが言うように。
「恋人、家族、大切な人への想いを込めて、竜や精霊に感謝をするの。誰にでもある想いが力の源になるわ。‥‥さぁ」
 リグの二組の恋人同士、セレの一組の恋人同士。
 紅子の励ましを受けて踏み出す先には、赤い布が敷かれた道。
 そして冒険者代表の――。
「‥‥確かに、教会に名は刻んだものの、特に挙式した事はなかったからな‥‥」
 言いながらも得心しかねる表情の夫に、アリシアは告げる。
「‥‥リグの国との戦にも、参戦なさるのでしょう? 明日をも知れぬ身ならば‥‥せめて、貴方と共に生きていた証が欲しいのです」
「‥‥」
 妻の言葉を、オルステッドはどう受け止めるべきか。
 かつて、もし自分に万が一の事があれば彼女から自分に関する記憶は全て失くしてもらいたいと願った事がある彼は、彼女を己に縛る事を望まない。
 ――‥‥望めない。
 だが、これが彼女の望みならば、今はと。
「‥‥判った」
 最愛の妻へ腕を差し出した。


 シーハリオンの丘に祈る、愛の儀式。
 厳かに、雄大に。
 いつ魔物の襲来があるかも判らないこの世界で、人と人を結ぶ絆の尊さを伝える為に冒険者達が計画したのは愛する者達の結婚を皆で祝う。
「皆はジューンブライドフェアなんて言っていたけれど、ちょっと意味が違うわよね」
「ん?」
 くすくすと笑いながら日向の横に並んだ紅子の手には白い布。彼女はこれを人々の腕に結び、天使の色を共有する事で祈りの力を高められればと考えた。
 だから、最後の一本は日向に。
 自分の腕には揃いのリボン。
「‥‥せっかくだ。ドレス着たら良かったんじゃないか」
「あら、見たかった?」
「まぁ‥‥な」
 赤い絨毯の上を歩く恋人達と。
 その後ろ、キャンドルを灯して歩くレン、フルーレ、レインの姿を見ていると惜しかった気がしないでもない。素直な日向に、また今度ねと紅子は笑う。
 今は、近く起きる戦を無事に乗り越えられるよう祈る。
 互いを思い遣りながら、祈る。


「これ、受け取ってくんないか?」
 アリルが天使レヴィシュナに差し出したのはレミエラを付与した魔術師の護りなど幾つかの装備品。重さにも気を遣い、更には天使を害そうという能力からレヴィシュナを護るための能力をふんだんに兼ね備えたそれらに、当人は目を瞬かせた。
「なぜ、私に」
「この先、ハッタリだけじゃ厳しいかもしれねぇだろ」
「ハッタリ‥‥」
 言われて思い出すのはドースターに乗せられて魔物相手に吐いた嘘。あれが導いた結果に思わず笑みが零れ、レヴィシュナは差し出されたそれらをやんわりと押し戻す。
「気持ちは嬉しいが受け取れぬよ。私の役目は魔と戦う者達に道を示す事であり、そなた達冒険者にはもう充分過ぎる『力』を貰っている」
 それは魔物と戦うための力だけでなく。
 この、信仰を持たない世界で天使と共に人々が祈ったという事実も、ただそれだけでレヴィシュナを生かす力になる。
「これ以上のものをそなたらから与えられては私が聖なる母に罰せられそうだ」
「そういうもんかい?」
「少なくとも、私はそう思う」
 人間を導く存在だと自負していた過去の自分が、今は苦笑える。
 この世界の人々に触れれば自然と感じられたそれこそが人間の強さ。
「実際に戦場に立つ時には借りる事もあるかもしれぬが」
 言い、アリルに意味深な視線を送る天使。
「私は、そなたからの贈り物を受け取るよりも、そなたの本気の愛とやらを見せてもらいたいものだ」
「ふむ」
 アリルは頷くと即決。
「アイリーン」
 視界の端に映った顔見知りの神聖騎士に歩み寄り、肩にぽん。
「どうだ、一緒に。俺は神や世界よりおまえのために祈るぜ。おまえの祈りが神に届くようにってな」
「‥‥っ、余計なお世話だっ!」
 バチコーン! ‥‥強烈な平手打ちに、赤い頬。
 前途多難というか何というか。
「まったく‥‥人の世というのは飽きないよ」
 レヴィシュナが苦笑交じりに呟いた。


 遠く、騎士の号令を合図にゴーレムの弓から放たれるは春夏の花々。
 空から降る柔らかな自然の美しさに人々は魅了され、そうして目の前に広がる道を、恋人達が一組ずつ歩いて行く。
 これは、未来に続く道。
 その先を信じる為に歩む道。
「聖なる母の御名において汝らに問う。病める時も、健やかなる時も――」
 敬虔と語られる誓言に恋人達は永遠の愛を約束する。
「夫オルステッド・ブライオンは、妻アリシア・ルクレチアを生涯の伴侶とし、死が二人を別つまで共に生きる事を誓いますか」
 一拍の沈黙は、死が二人を別つまで――その言葉を胸に留め置くため。
「誓います」
 低く、はっきりとした宣言に、アリシアも。
「‥‥誓います」
 心なしか涙ぐむ瞳に、後方、キャンドルを持つレインも貰い泣きしそうになりながら。
「では、誓いの口付けを」
 促され向かい合う二人の、重なる温もりに、添うは仲間達の優しい歌声。
 決して上手くはないけれど、気持ちの込められた彼女達の歌声は、遙か空に近いシーハリオンの頂にも風精霊達が届けてくれるはず。


「‥‥な‥‥」
「え?」
 モディリヤーノは傍らに佇む幼子が微かに漏らした声に小首を傾げる。
「ユアン殿、いま、何か言われたかな」
「っ、ううん、何でもないよ!」
「‥‥?」
 慌てて手を振る少年の動作は明らかに何かを隠そうとしている様子だったが、愛し合う者達の宣誓を見守る、その胸の内に生じたものを、果たして感じ取れる者がこの場にいたかどうか。
「ぁ‥‥」
 それとも、誰かは傍に。
「風花‥‥!」
 シーハリオンの頂から青い空に舞う細かな雪は、風霊祭に見た光景に重なり、セレの民にもこれを知る者は少なくない。
 だからこそ、いまこの時に再現される景色に人々が想像する事は、一つ。
「‥‥勝って、また皆でこの場所に戻ろう」
「ああ」
 あの日、弔った者達の為にも。


 戦争が始まる。
 だが、人の未来は決して終わらないと信じるため、今この一時を、どうかその胸に刻みつけて――。