●リプレイ本文
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その日、冒険者達の姿はリグの国の首都リグリーンを象徴するものでもある王の城、その謁見の間にあった。
「遅ればせながら年賀の寿ぎを‥‥忌み中であれば控えますが」
とてもではないが新年云々と騒いでいられるような状態ではあるまいと苦い顔をする長渡泰斗(ea1984)に、しかし国王フェリオール・ホルクハンデは笑った。
「そこまで神経質にならなくても良いだろう。国はこうして生きている」
王が笑うなら冒険者達が沈んだ顔をしている理由はない。
「大物を二度も叩けばさすがに当分静かになるだろ」
陸奥勇人(ea3329)が顔を上げた。その表情はとても穏やかだ。
「で、どうだい国王様。国の建て直しは見通しが付きそうか? 幸いにしてやる気に満ちた騎士の面々もいるし、以前のように国王誰それみたいな状況にはせず臣民共に国を盛り上げていってくれそうではあるが」
ここまで国王相手に馴れ馴れしくして良いものかと自身でも思うが、国王と冒険者、身分は明らかに違えど一度は滅びたに等しい国を建て直すため命を賭した同志であった事実に過去も未来もない。
中にはこれくらい近しい距離に立ちたがる王が居ても良いだろう。
「ああ、この国は生まれ変わる。いつかはおまえ達の暮らすウィルの国にも負けぬ豊かな国になってみせるさ‥‥あぁ無論軍事力云々ではなく、民の心が豊かな、な」
語尾を意味深な笑みで言うフェリオールに冒険者達は失笑。
「フェリオール様にはどうか良い王様に‥‥セレとの間の友好関係が長く続く事を心より願っています」
困ったことがあればいつでも冒険者ギルドを通じて自分達を呼んで欲しい。その時は戦事ではなく祭りなど皆が笑顔で楽しめる依頼内容である事を切に願う。リィム・タイランツ(eb4856)をはじめ皆が王に贈る言葉は、この地で共に戦ったモニカ・クレーシェルや黒鉄の三連隊、そしてたくさん世話になったエガルド伯達にも届けたい言葉。
無茶はせず、仲間を頼る事を忘れず、体は大切に。
そして王の応えは。
「本当にありがとう」
その言葉は、リグの全ての民から冒険者に贈られた言葉に違いなかった――。
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王との謁見を終え、次に彼らが向かうのはリラ、石動兄妹ら先の戦いで心身共に疲弊しこの国で療養していた仲間の元だったが、其処で泰斗は「先に行っていてくれ」と仲間を促した。
「なら、また後で香代のところでな」
「ああ」
飛天龍(eb0010)がそう返せば他の面々も承諾。泰斗は謁見の間へ戻り、他の六人は香代の部屋へ向かい、‥‥しかし物見昴(eb7871)が足を止めた。扉の向こうに消え、背中すら見えなくなった主を気持ちだけが追うかのように。
トンと昴の背を扉に向かって押したのは勇人だ。居てやれという無言の視線に、余計なお世話だと言いたそうに睨み返す昴。互いの間に言葉は無かったがそれで充分だった。
戻って来た泰斗に、フェリオールは「どうした」と楽しげな顔。だから泰斗は直球勝負だ。
「以前にお伺いを立てた仕官についての沙汰をお聞きしたく」
「ああ」
その時には今後の功績次第だと言われ、諸々問題が生じはしたものの『姿無き魔性の者』を葬った功績は大きい。そういう意味では「そこまで言うなら」と取り立てる事に異論は無いのだが。
「剣を振るう事と茶を点てる事しか能のない身ではございますが‥‥とは申せ、仕官ならずとも今まで通りにギルドを通じるなりして国の力になりたいとも考えてはおりますが」
続く言葉にフェリオールは笑む。
「ふむ、では条件付でどうだ?」
「条件?」
怪訝な顔で聞き返す泰斗に国王が告げた条件、それは。
昴は扉の前で静かに待ちつつも、その向こうでされているだろう遣り取りが気にならないはずが無く、しかし聞き耳を立てたところで謁見の間の会話が外に聞こえて来るはずもないから落ち着かない時間が過ぎる。
それからしばらくして、中からゆっくりと扉が開いた。姿を見せたのは当然と言うべきか泰斗一人で、彼は其処に昴がいる事も承知していた様子。
「お疲れさまでした」
「ああ」
――それきり言葉が無く、昴は何とは無しに察する。
「全てはこれから、でございますか」
告げた言葉に昴を見遣る泰斗。そう、確かにこれからだ。国王から告げられた条件、それは信頼に足る証。彼ら自身は主従でも、リグの民にとっては泰斗も昴も等しく恩人だ。ならば対等なパートナーとして彼女をつれておいでと王は言った。共にこのリグの地で生きる誓いを立てよと。
「‥‥ああ、これからだな」
泰斗は言う。些か視線を泳がせて。そうして二人、香代の部屋へ向かう立ち位置はやはり泰斗が前だった。
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「‥‥ごめんなさい‥‥本当に、ごめんなさい‥‥っ」
寝台に体を起こした香代に、今にも泣きそうな表情で謝り続けるイシュカ・エアシールド(eb3839)がひどく自身を責めている事を察した面々は、イシュカだけが悪いわけではないのだと口々に諭す。
「それに悪いというならボクだって‥‥改めてだけどヘマしてゴメン‥‥、香代さんを不安にさせて魔物の付け入る心の隙間とか大きくしちゃったみたいだし‥‥」
リィムまでが悔しさに顔を歪め瞳を潤ませそうになれば、さすがの香代も慌てた。
「そんな‥‥私が魔物に操られたのは私の意思‥‥皆に堕ちるような真似はして欲しくなかっただけ‥‥適材適所って、言うでしょう‥‥?」
「その言い方はどうかと思うが」
勇人が笑う。
「顔色も良くなったようだが、ゆっくり休めたのか?」
「ええ‥‥」
「そいつは上々だ」
「元気になって本当に良かった」
仲間の笑顔に、香代もまた微笑むのを見て、リィム。
「あんまり無茶しちゃダメだよ。君が傷付くのを見るのは悲しい」
言われた台詞に香代の笑顔は僅かに歪む。
「‥‥貴女にとったら私は居ない方が良いのに‥‥」
そうして吐露する本心。
「香代様‥‥っ」
「おいおい、またそんな言い方をするとイシュカが泣くだろう」
勇人が冗談で済まさせようとあえて明るく口を挟むが、香代はリィムを真っ直ぐに見つめたまま言葉を繋ぐ。
「いいえ‥‥だって、私は‥‥貴女みたいな人が兄さんに相応しいなんて絶対に思えないもの‥‥兄さんにだけは幸せになって欲しいの‥‥私のせいでたくさん辛い思いをして来た人だから‥‥兄さんには、本当に兄さんを幸せにしてくれる人と一緒になって欲しい‥‥」
「香代さん、ボクのこと嫌い?」
「‥‥好きじゃないわ‥‥寝ている兄さんにキ」
「わーわーわーっ!!」
相手の続く台詞を察して喚きだしたリィムに全員が驚く。何事かという視線で見られたリィムは肩で息をしながら手をぱたぱた。
香代は苦笑う。
「‥‥ね? 兄さんはいつだって自分の事より私の事なの‥‥私がいたら、いつまで経っても兄さんの一番は私‥‥私がいやな人と恋愛なんて、まず無理だわ‥‥」
その表現は決して正確ではなくて、それはきっと全員が判っていたけれど。
「でもボクは‥‥香代さんに認めてもらえるように頑張るよ?」
言うリィムに香代は苦く笑うだけ。後はもう以前の遣り取りの繰り返しになるだけだから。
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その頃、香代の部屋にウィルの彼らが来たと聞いて其処へ向かっていた良哉とリラは、廊下の途中でリラを待つ人物に気付き足を止めた。
リール・アルシャス(eb4402)だ。
良哉が肘で友人を押し出し、自分は先に行くと告げて二人きりにしてやる。その気遣いを察したリールは良哉に目線で感謝を伝えると、彼と入れ替わるようにリラに歩み寄った。
「‥‥少し歩こうか」
二人は中庭へと歩を進めたのだった。
途中に会話はほとんど無かった。リラが自分も見ないせいもある。だからリールは少しでも会話が続く話題をと悩むが、リラの反応は薄い。
「以前‥‥エガルド卿がリラ殿に何か仰ってたが‥‥あれは、何だったんだ?」
「エガルド卿が?」
いつの事かと聞き返したリラは、リールが詳しく説明する内に思い出したらしい。
「ああ‥‥そのような事もあったな」
「‥‥教えてはくれないのか?」
「その必要もないだろう」
静かな応えにリールは苦笑った。
「意地悪だな」と、‥‥胸に痛みを感じながら。
それならばと変える話題は家族のこと。以前にリラの家族の話を聞いたから今度は自分もと語るのは、これまで片鱗は覗かせていても明らかにはされていなかった、掟。
貞淑さに厳しく、恋愛事項に関する遊びは以ての外、ただし全てを捧げるただ一人の相手と決めたならば、それが人間以外の種族でも構わないと。
「自分を考えると良い掟だ‥‥特に今、そう思う」
呟き、相手の顔を見ればリラは前を向いたままだ。
だからリールは言葉を重ねる。
「家を継ぐこと、皆の期待は支えだったが‥‥それも間もなく無くなる」
「?」
その言葉に、初めてリラが彼女を向く。
「なくなる、とは?」
「私はもう家を継げない」
「何故」
「何故、って‥‥」
異種族の男を愛したから? それともその貞淑に厳しい家の、リールの実弟とゲームとはいえ口付けを交わしたから? リラは息を吐いた。リールの返答を待つ事も出来ないほどに、‥‥怒りが募った。
「そうか‥‥はっきりしなかった私が一番悪いな‥‥、結局は君から未来を奪い、傷付けただけだ」
「リラ殿?」
突然の言葉に動揺するリールへ、リラは言う。
「一つ、君に告白するなら‥‥私は君が言う貞淑からは程遠い男だ。友をこの手で死なせてしまった後の生活を語れば君は耳を塞ぐだろう。リグへ潜入した際に情報を集めるため何をしたかも‥‥私はね、自分を生んでくれた両親の事を心から愛している。だが、親友を殺してしまったときから、私は自身の幸せを望まなくなった」
絶望し、もはや生きる事も嫌になり死ぬ気で道端に倒れていた彼を拾った女が最初だった。それ以降はもう、本当にどうでもよくて。堕ちるところまで堕ちれば後は気が楽になり、‥‥もう充分だと、死を待つだけの生活。有り余る時間に友の死を悔やみながら、あの森の小屋で独り朽ちるはずだったんだ。
「‥‥それでも君と出逢い、恋をしたよ」
瞠られる瞳にリラは苦笑う。
「君を愛した。それは本心だ‥‥だが、告げるつもりは生涯なかった。――私が君に相応しい男では無い事を、私自身が誰よりも判っているからだ」
リールを想うほどに自らが重ねてきた時間の卑しさを自覚した。この手で触れてはいけないのだと痛感させられた。それでもリールが自分を想ってくれるのならばと甘い夢を見もしたが、ゲームで彼女の実弟と唇を重ねた直後の、彼女の反応を見てリラははっきりと判ったのだ。
リールとは生きられない、と。
「リラ殿は‥‥っ」
リールは声を荒げる。
涙が、零れる。
「リラ殿は私にとっての貴方の価値を判っていない!」
「ならば君も、私にとっての君の価値を判っていない」
はっきりと断じて、彼は。
何かを言いかけたリールの口元に手の甲を添え、言葉を発する事もさせなかった。
「聞きたくない。‥‥私には、君の想いは重過ぎる」
それきり背を向けたリラは城を後にする。帰りの船が出るその時まで、もう、誰の前にも姿を現さなかった。
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「自ら決めたのなら何処へ居ようと構わないと思うが、エイジャに報告くらいしたらどうだ?」
天龍の言葉に、良哉が頷く。
「ああ、勿論。皆と一緒の船に乗ってウィルに戻るし、機を見てセレにも立ち寄るよ。めいっぱい世話になってるからな」
「それなら良いが」
天龍の懸念を察し、良哉が陽気に応じれば彼も安心した様子。
「よし、では久々に稽古をするか」
「はいっ!!」
暫く振りに会ったユアンに声を掛けると、幼子は大喜びで立ち上がる。そうして二人が外に飛出していったかと思うと、香代の部屋の窓から見える庭で組み手を開始した。
「おー、やってるやってる」
それを部屋から眺めて勇人が言う。
「なかなか順調ってとこか。頑張ってるな、偉いぞ!」
声を掛けてやれば嬉しそうな顔で勇人を見上げたユアン、同時に隙有りと天龍から軽い一撃。
「余所見は厳禁だぞ」
「はい、師匠!」
勇人は声を殺して笑った。
そんな彼らを香代の傍に座ったまま見つめて、イシュカは幼子が席を外したことでようやく肩の荷が下りたように口を切る。
「‥‥此処にはいらっしゃいませんが‥‥リラ様も含めて‥‥御三方は、自分が幸せになってはいけない、と思っているようで‥‥それが心配、なんです‥‥」
彼らの過去に何があったのか、それをイシュカは詳しくは知らない。これまで共に過ごしてきた時間の中で看過できない程に辛い目に遭って来たのだろうと想像するだけだ。
「でも‥‥皆さんは、生きているんです。それに、お若いのですから‥‥まだまだ続く人生、自分の幸せも少しは考えてくださいませ‥‥」
そうでなければユアンも心配する。
「まぁ‥‥考えてないわけじゃないんだけどな‥‥」
良哉が頬を掻きながら言えば、勇人が。
「まー、人を好きになる理由なんざ結構後付けだと思うが。尻込みするのも程々にして、向き合うにせよケリをつけるにせよハッキリした方が良くねぇか?」
苦笑交じりに暗にリィムの事を示せば、途端に情けない顔をする良哉。
「俺は何度も何度も「断る」ってはっきりとだな‥‥!?」
「ボクは諦めないよ!」
拳を握って断言するリィムに、肩を落とす良哉。呆れる香代。きっとこれからもこういう光景が繰り返されるのだろう。
それも悪くはない、と。
そんな事を考えていると扉が遠慮がちにノックされた。応じればその向こうから姿を現したのは泰斗と昴。
「いまそこで、そろそろ船の準備が完了すると言われたんだが、帰る前に、一席如何かね?」
「お! 是非っ!!」
目を輝かせて応じたのは勿論、良哉である。
即席の茶席で茶を立てる泰斗。その所作が普段に比べて随分と丁寧であるのを見抜いた昴が石動兄妹に囁く。
「手先は器用なのに人の機微に不器用な所があるから。この人」
「昴」
余計な事を言うなと暗に言う泰斗に、昴は知らぬ顔。他の面々は失笑だ。
だが、そんな泰斗の気持ちが嬉しいと思う。彼の気持ちはちゃんと伝わっている。ましてやリィムにとっても、彼によって得た傷は友を守れた証、そして泰斗の後悔を先に摘み取った勇気。
「皆が無事で良かったよね」
リィムの誇らしげな言葉に良哉が笑い、‥‥香代が泣いた。
「‥‥あり、がとう‥‥」
次々と零れる涙の雫に、勇人は香代の頭を撫でた。
「俺もな、たまに思う。あの時もっと早く会いに行っていれば、この場にケイトも居たんだろうってな。苦くて痛い思い出。だが、だからこそ俺は忘れない」
「勇人‥‥」
良哉が名を呼び俯く、その瞳にも輝く涙。
「ま、今回はお疲れさんだ。いささか無茶し過ぎだったが、無事だったならもういいさ」
こうして生きてもう一度出遭えた事。
皆で輪になり、笑い合えること。
「ありがとう‥‥っ」
繰り返される感謝の言葉に、明日が見えた――‥‥。