【生まれ変わる国】光と闇 生と死と――

■シリーズシナリオ


担当:月原みなみ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月27日〜12月31日

リプレイ公開日:2010年01月12日

●オープニング

 ● 沈む国

 零下の空間に身を泳がせ、ただ静かに、ひっそりと眠り続ける人々。そんな人々をただ黙って見つめるしかない人々。その心は生きながらにして時を止め、暮らしは重苦しい沈黙の中に置き忘れられたかのようだ。
 北に位置するリグの国が、これから迎えようとしている冬は厳しい。白い玉を奪われた人々を覆う氷は一度の魔術でしばらくの効果を望めても、それらを見守る人々の心は、時を追うごとに疲弊していく。それはまるで、リグの広大な土地が静寂に沈むかのようで。
 ‥‥沈む。
 闇が、迫る。

「協力を快諾してくれたこと、感謝します‥‥」
 告げるセレネに、古くからの友人マリン・マリンは微笑と共に首を振る。
「いいえ。冒険者の皆さんに助けられたのは私も同じですから」
「‥‥ありがとう」
 二人の月姫は手を重ね、そこに一つの首飾りを包んだ。
 それは、いついかなる時でも傍に行くという約束の品。これから魔物と対峙しようという冒険者達の傍に居ると決めたセレネがマリンの協力を――彼女が持つ皓月の、どこにでも月道を開けるという力を借りるためのタイミングを掴むための貴重な一手だ。
「ですが、気をつけてくださいね? 私達精霊は、魔物の邪悪な気にあてられれば消滅させられる事もあるんですから‥‥なんて、私が言っても説得力がありませんけれど」
 苦笑交じりのマリンに、セレネも苦く笑む。
「大丈夫。私は、冒険者の皆さんを信じていますもの」
「‥‥そうですね」
 そうして二人、見つめる先にはリグの国。
 其処はいま、魔物の気配に覆われつつあった――。




 ● 魔物の罠

「愚かだな」
 くっくっ‥‥喉を鳴らし、宙に漂うその姿は貴族風の偉丈夫。乾いた唇を舐める舌の赤さは不気味なまでに鮮やかだった。
「自己陶酔、自己憐憫、自己愛‥‥己の欲望に素直になるだけで人間など我等魔物と何ら変わらぬ顔を持つだろうに‥‥そのくせ、なぜ自分だけは綺麗でいられると思えるのか‥‥」
 だから人間は愚かだと魔物は嘲笑う。
 一皮剥けてしまえば驚くほど簡単に、気持ち良く堕ちる事が出来るのに。
「そうであればこそ人間は美しい」
 緩やかに堕ちていけ。
 怒りと不信を胸に抱き、増殖させ、そうして今、乞えば良い。
「なぁ、香代」
 ふわりと歪む魔物の輪郭は次第に新たな形を取り、貴族風の偉丈夫から浅黒い肌の雄々しい男――エイジャの姿となる。
「おまえやリラの手が罪に穢れるより以前の、おまえ達自身がまだ綺麗だった頃に帰りたいと願ってみろ。傍には気心の知れた仲間しかおらず、ただ純粋に幸せだったあの頃に帰りたいと」
 現実から逃げ出したいと、言ってみろ。
「さすれば私がその願いを叶えてやる」
 その命と引き換えに夢の世界に閉じ込めてやる。
 だから願え。
 乞え。
 何者にも煩わされない世界をくれてやる――。




 ● 侵入者と、計画者と、道化と

 眠るリラ・レデューファン、石動良哉の氷の棺の傍に横たわる石動香代の傍らに、一匹の鼠がいた。石の中の蝶にも、白魔法にも感知されない普通の鼠はしかし、使い魔。
「‥‥何者にも煩わされない世界‥‥」
 それを願えば自分はどうなるだろう。
 愚かな事を、と思う。
 そんな事をしたら兄やリラに怒られるだけではない。たくさんの、自分を信じてくれた人達からも愛想を尽かされるだろう。
 けれど、それで魔物の気を引けるのならば。
(「‥‥私が堕ちて、皆を裏切って‥‥魔物に操られる事を望めば‥‥きっとあの魔物は近くに来るわ‥‥」)
 仲間同士で殺し合う、そんなシチュエーションをあの魔物が見逃すはずがない。
 例えば、香代が魔物を誘き出すためにわざと魔物の誘いを受けたのだと向こうが判っていたとしても、魔物討伐のために犠牲となった香代の哀れな末路を見る事は『姿無き魔性の者』にとってこの上ない悦びとなるだろう。
(「‥‥だって、自己犠牲が大好きなのでしょう‥‥?」)
 自己憐憫や、自己陶酔。
 人間の自分勝手な姿が大好きなら。
(「‥‥騙されてあげるわ‥‥私の身体、好きに使えばいい‥‥」)
 
 だから、どうか――。
 その先を決して口にする事無く、冒険者達の前から香代が姿を消した数日後。彼女の姿は王城前にあった。




 ● そして決戦の時

 王城には良哉やリラを包む氷の棺がある他、リグの王フェリオール、その騎士モニカ・クレーシェル他、リグにとっての要人が顔を揃えている。
 そんな城の前で、彼女は静かに佇んでいた。
 動くでもなく、話すでもなく、虚ろな瞳で王城を見つめたまま立ち尽くす。
 それは、まるで冒険者達の到着を待つかのごとく。


 魔物は笑んだ。
「さぁおいで」と。

 罠に掛かるのは誰だろうか――?

●今回の参加者

 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4856 リィム・タイランツ(35歳・♀・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「セレネ。結局手を借りといて何だが、頼んだ事を済ませたらその場に長居は不要だからな。‥‥レヴィシュナもひとつよろしく頼むぜ」
 陸奥勇人(ea3329)の言葉に、共に戦う事を選んだ月姫と天使は静かに微笑んだ。
 決戦の地、リグの王城前に到着する以前の、船内での遣り取りである。いま、こうして眼前に佇む仲間であるはずの石動香代が敵か、味方か。
 冒険者達が現れてからは、その周囲に次々と小さな魔物が集まり始めていた。
「そう簡単に堕ちるとも思えんが‥‥」
 彼らが此処に来てから‥‥そしてそれ以前から其処に佇んだまま微動だにしない香代に長渡泰斗(ea1984)がぽつりと零し、しかし今はリグの衛兵達を宥めるのが先と自らに言い聞かせて己の役目に戻った。香代が暴走すると言うなら、その時には責任を持って自分達が倒す、だから手を出してくれるな、と。そんな彼を一瞥した後で視線を元に戻したオルステッド・ブライオン(ea2449)は誰にも気付かれぬくらいに小さな吐息を一つ。
「‥‥やはりリグの国に再び闇が訪れていたか‥‥」
 その胸中には、これまで数多の魔物と接して来たが故の確信めいた予感が募っている。
「‥‥香代さんがデビル魔法に操られているのは確実なようですが、ニュートラルマジックでは解呪出来ませんでした」
 使用済みのスクロールを巻き戻しながら小声で告げる雀尾煉淡(ec0844)が香代に試したのはリヴィールマジック。これに反応はあったものの、自分の魔法が効果を示さないのならばイシュカ・エアシールド(eb3839)が扱えるリムーブカースが頼りだ。それで香代が正気を取り戻すならば上々。しかし一方で新たな問題も生じてくる。
「‥‥早々に香代さんの正気を取り戻させたとして‥‥その後でリラさん達の白い玉を取り戻せるのか‥‥」
「ああ」
「‥‥香代様‥‥」
 頷く勇人の向こう側で、両手をきつく結び俯くイシュカの胸中に何度も繰り返される謝罪の言葉は後悔と自責の念。戦力が揃えば敵が警戒して姿を現さないかもしれないと予測しつつも、結局はほとんどのメンバーが香代の前に顔を揃えるに至ったのは友人であり仲間でもある彼女を案じたからだ。
(「別働隊で魔物を探すと言うのなら、そちらに白魔法の使い手を加えた方が発見出来る確率も高まっただろうに‥‥」)
 城の内部から様子を見守っていたリグの王は硬い表情で内心に呟いた後で苦い笑みを零す。これが冒険者なのだろう、と。
「なるようにしかならんさ」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)は淡々とした口調で言い放つ。
 今は此処を離れて姿無き魔性の者を探索に向かった飛天龍(eb0010)、リール・アルシャス(eb4402)、物見昴(eb7871)の三人を思い、彼らを信じる他無い。仮に、その魔物が目の前に居るのならば相対するメンバーで倒せば良いだけのこと。
「何にせよ、行方不明だと聞いた香代が其処にいるんなら、俺は新王の警護にあたらせてもらうぜ」
「え?」
 驚いて顔を上げたリィム・タイランツ(eb4856)へ軽く肩を竦めるオラース。
「魔物の狙いが死淵の王が落とし損ねたこの国なら新王の身も充分に危険だと思うがな」
 やはり起伏の無い声音で応じたオラースが颯爽と踵を返し、城内へ姿を消す。そんな後ろ姿を各々の表情で見つめる内、衛兵達から許可は得たとして泰斗が戻ってくる。彼らには香代以外に攻めてくるとも知れない魔物の対応も頼んで来た。
「なら、行くか」
 勇人の声。
 それは、冒険者達の最後の戦いを告げるものでもあった。





 リグの国に吹く風は冒険者達の悲しみを煽るように荒れた土地の砂を巻き上げた。この荒れた土地は、それでも、この国の人々と冒険者達が血反吐を吐いて守り抜いてきたもの。いま再び魔物を蔓延らせてこれを覆させるわけにはいかないのだ。
「‥‥憎しみを楽しみ、弄ぶ魔物‥‥それも趣味とは恐れ入るが‥‥かと言ってパワーアップするわけではないのだろう‥‥?」
 ならば、と剣の柄に手を掛けて刃を返すオルステッドは前を行く勇人とイシュカ、リィムの背に目を細める。指に光る銀色の指輪はテレパシーリングだ。効果範囲が広く無いため姿を隠す事は出来ないが、開いた距離はそれなりに敵に余裕を与えてくれるはず。ましてや煉淡のスクロール魔法が彼女にデビル魔法を感知したのであれば、彼女は香代自身である可能性が高い。魔物が近くにいながら此方の様子を観察してくれている事を願うばかりだ。
 誰しもの胸中に不安と期待を抱かせながら、最初に声を発したのは勇人。イシュカは腕に絡めた十字架を心の中で握り締めた。
「心配したぜ。いきなり姿を消したと思えば此処だからな」
 あくまでも穏やかに、和やかに。目の前の彼女を香代だと信じて語りかける勇人の眼前で、不意に何かが深い緑色の光りを放った。群がる魔物のせいで発光地点が定かではなく、冒険者達は警戒する。
 だが、‥‥それきりだ。
 息を飲んだリィムは、しかし此処で引くわけにはいかないと一歩を踏み出した。
「今更だけど‥‥ボクの家族の星矢が良哉くんを攻撃した事や彼を護りきれなかったのは本当にごめん‥‥ボクは正直他のみんなと比べて頼りないし、弱いっちいよ‥‥けど頑張るから、これからもっとうんと頑張るから‥‥これからもどうか一緒に頑張っていこうよ」
 リィムは香代の心に自分の想いが届くようにと願いながら語り掛け、その反応を伺った。しかし香代の表情に変化は無く、その面立ちはまるで人形のように生気を感じさせない。
「香代さん、聞いて」
 リィムは更に言葉を紡ぐ。その間にも広範囲に渡り魔物探索を繰り返す煉淡だったが香代の周りには無数の魔物が群がっているし、感じ取れる大きさや距離は大凡のもの。冒険者達に攻撃を仕掛けてくるわけでもなくただ集まる連中は、明らかに探索魔法とアイテムの能力を阻害するものだった。
「香代さん!」
 無反応も過ぎる彼女にリィムの切ない声が訴えかけ、その肩に手を置いて待てと告げるのは勇人だ。すぐ隣に佇むイシュカの表情から血の気が引いているのも理由の一つ。二人ともが自身を責め過ぎているのを察したからだ。だから彼は言う。
「全力で頑張っても駄目な時や取り返しが付かない事がある。やり直せるならそうしたいと思う事もな」
 それは香代や、リィム、イシュカに限らず。
 この場には居ない仲間達だけにも限らず。
「だが起きた事は覆らねぇ。過ちも後悔も全部背負って俺たちは生きて行くんだ。それは何も冒険者に限った事じゃねぇ。だから仲間として俺はお前に求めるぜ。逃げるなってな」
 此処に来るまでの船の中では天龍が同じような事を言っていた。香代の話を聞いた直後に「馬鹿馬鹿しい」という一言を放った後で、彼女はそれほど弱くはないと躊躇無く言い切った。逃げずに立ち向かう事、それはユアンと自分達が交わした約束だから。
「‥‥だから、香代」
 帰って来いと差し伸べた手が。歩み寄ろうと踏み出した足が、彼女に触れようとしたその瞬間だった。
「!」
 勇人を襲った電撃。
 もとより警戒していた事もあり声を上げるまでも無く、またその衝撃は勇人にカスリ傷を負わす程度だったが、先ほどの緑色の輝きが風魔法の発動だった事は紛れも無い。
 ライトニングトラップ。
「‥‥其処に居るわけだな‥‥?」
 オルステッドの口端が僅かに上がる。
 姿無き魔性の者によく似ていると天使が話したメフィストフェレスは、彼が知る限り風魔法と剣の達人だ。
「つまり、あの中の何かに変身しているというわけですね?」
 香代の周囲に群がる魔物の中に、探索から逃れようという魔物が――煉淡の確認に冒険者達の顔付きが変わる。
「リィム!」
「うん、香代さんの事は任せて!!」
 一度発動されれば電気の罠は彼らを阻害しない。リィムは人形のような香代を引き寄せ、イシュカは彼女に掛けられたデビル魔法の解呪に取り掛かる。
「一匹も逃すな!」
 泰斗が背後の衛兵達に声を張り上げた。





(「お互いに覚悟がある分、的にはされ難いはず‥‥」)
 昴は胸中に主の面影を過ぎらせ、信じる。だから今は己の役目に集中する。例えば香代が操られているにせよ、掌で踊る自分達を嗤うにせよ、最後に死淵の王を倒した面々の白い玉を奪うにせよ、魔物は必ず近場にまで出張って来ているはずというのが全員一致の意見だった。魔物は確かに冒険者を警戒し自らの保身に抜かりはないようだが、それでも、望む物は決して小さくないから。
(「‥‥動物の姿が無い‥‥」)
 周囲を注視しながら昴は気付く。それがまた魔物が付近に存在している事の証でもあった。
「昴殿?」
 そんな彼女の反応に気付いたリールが声を掛けると同時、天龍が「止まれ」と二人を制する。
「あちらが騒がしい」
 遠く、香代と対峙していた面々が雑多な魔物との戦闘を開始している光景が広がっていた。
「出たのか」
「行くぞ」
 ならば、すぐにも救援に向かわねばと動き出した彼らは、しかしそこで天使の翼に前方を遮られた。


 矢が飛ぶ。
 魔法が放たれる。
「悪しき者達よ、在るべき場所に還りなさい!」
 煉淡が放つ白銀の輝きに魔物が滅せられる。滅せずとも大きなダメージを食らった魔物は衛兵達の矢、剣に討たれて消え行く。
「‥‥どこだ‥‥」
 剣の軌跡はひどく真っ直ぐに、冷静なのに、その瞳は獲物を探す狩人。オルステッドの冷淡な眼差しが敵を射抜き。
「ああっ!」
 不意に叫ぶ、イシュカとリィム。
「どうした!?」
 泰斗が振り返る、その眼前で倒れ行く二人の真ん中でふらりと立ち上がるのは、香代。深い緑色に輝くその体が、そこに発動した真空の間。イシュカとリィムが声にならない叫びを上げ、その状況に目を瞠ったのは応援に駆け付けていたモニカだ。
「そのままでは二人が窒息するぞ!!」
 即座に反応したのは泰斗。
「やはり俺の逝く先は修羅道だな、この分では」
 数多の魔物を斬った剣を一振りし見えぬ霞を断ち切った。例え相手が友であろうとも譲れないものがある。ましてや、香代にとっても彼らが大切な仲間であればこそ。
「許せ」
 清水の流れを思わせる真っ直ぐな剣の軌跡は、だが。
「っ‥‥!!」
 咄嗟に止めた剣先は、香代を全身で庇ったリィムの腕に軽傷を負わせた。更にはイシュカまでが必死で手を伸ばして瞳で訴える。香代の身体に傷を負わせたくは無い、それが願い。
 呼吸の出来ないその空間から体を捩り必死に抜け出そうというイシュカの姿と。
 こんなになってまで庇おうというリィムに。
「ふっ‥‥」
 香代の口元が弧を描くから、イシュカは。
「‥‥っ‥‥自己陶酔や、自己憐憫‥‥っ‥‥人の行動を無にして動く人間は此処にも居ますよ‥‥っ?」
 荒い呼吸を繰り返し魔法詠唱。
「香代様の身体から今すぐに立ち退きなさい‥‥!!」
 放たれる白銀の輝きが香代を覆うレジストデビル。高まる抵抗力に弾き出される闇の光り。
「憑依の方だったか」
 煉淡が推測も正しくは無かったが、今優先すべきは答えを得る事ではない。
「ようやく会えたなペテン師野郎」
 現れた魔物に勇人が光の槍を構えた。
「ふっ‥‥同じ事を言わせないで貰いたい。私は君達と直に戦う気はないのだよ」
 魔物は苦く笑うと体を浮かせた。再び逃げるかと、その進路に技を仕掛けようとして、勇人の目に飛び込んで来た光りの道は魔物の頭上!
「させるか!!」
「なっ‥‥!?」
 落下する勢いで魔物の頭部に打ち込まれた渾身の一撃は、威力重視の、今の天龍が持つ最大の拳。
「がああっ!!」
 龍の爪が魔物を切り裂き、漆黒の四肢が激しい砂埃と共に大地に叩きつけられた。
「おのれ‥‥っ」
 魔物の指先が印を結び、発しかけた声は、しかし。
「っ‥‥!?」
 突如として起きた爆発が荒地の砂を巻き上げ、粉塵で視界を遮る。その中で魔物の喉を裂いた泰斗の太刀。昴との連携は確実に功を奏し魔物の魔法を絶たせた。
「姿無き魔性の者‥‥随分と謙遜してくれたようだが、相手にとって不足なし‥‥そんなに魂が欲しいのなら、回りくどいことはせずに尋常な勝負といこうか‥‥っ?」
 オルステッドが疾り、魔物は後方に飛ぶ。
(「おのれ‥‥っ」)
 治らぬ喉から声が発せず、魔物は腰元の剣を抜いた。
 その剣を。
「香代殿を解放しろ!!」
 剣で抑えたリールの叫び。
 二人のアルテイラによる抜群のタイミングでの天龍達の参戦は、明らかに魔物をこの地に縛り付けた。
「小癪な‥‥!」
「くっ!」
 掠れた声と共にリールの剣を振り払った魔物は、次いで懐に駆け入ってくるオルステッドに向き直る。
 強烈な衝撃音と共にぶつかり合う剣士と魔物の得物。
 そこに畳み掛ける勇人の怒り――。
「これは命を奪われた人々の分!!」
 力強い突きは魔物の腹部を狙ったが、直前でかわされて腹を掠るに終わったが、逃げようという体をオルステッドの剣が決して逃さない。
「これはリラや良哉、香代の痛み!!」
 香代に凭れかかるようにしながらも、彼女を庇い続けるリィムが拳を握る。
 彼女にリムーヴカースを施しながらイシュカも魔物に言葉を放つ。
「‥‥ええ‥‥人は愚かです。だから‥‥友情や愛情は尊い物なのですよ‥‥」
 それを知るからこそ、人間は強くなれる。
 無限に。
「ぐっ‥‥」
 肩を貫かれてよろけた魔物、その側面にオルステッドの剣が一閃。
「そしてこいつは‥‥俺の憂さ晴らしだぁっ!!」
「ぐああぁぁぁ!!」
 逆側面から魔物の身体を刺し貫いた勇人の槍。完全に仕留められながらもまだ逃れようとする、抵抗力の弱まった魔物を煉淡の拘束魔法が完全に捕らえる。
「セレネ」
 天龍に呼ばれた月姫は先だって頼まれていた魔法を実行し、それを、視た。
『‥‥ええ。リラと良哉の魂の欠片は、其処に』
 そうして月姫が浮かべた穏やかな微笑は冒険者達の心に刺さった棘を静かに抜いてゆく。
「‥‥だから、冒険者と直になど戦いたくなかったものを‥‥」
 光りの槍に貫かれた魔物は‥‥それでも微笑っていた。
「せいぜい人の世を生きるが良いさ‥‥どのみち長くは続くまい‥‥」
 魔物は滅びぬと言い残した魔物の姿が完全に消え去ったその場所に、まるで最初から其処にあったかのように残されたのは数十に及ぶ小さな白い玉。


「‥‥終わったようだな」
 王城、リグの国王が呟く傍らにいたオラースは鼻を鳴らし、数え切れない魔物を叩き斬った剣を鞘に納めた。
「助かったよ、君が居てくれたお陰でモニカを騎士団の元に送り出せたからね」
「成すべき事を成しただけだ」
 すっかり静寂を取り戻した城内に、苦くも穏やかな笑みが零れる。


「終わったな」
「‥‥ああ。終わった」
 リールは転がる白い玉の一つを手に取った。それがリラのものかどうかは、判らないけれど。
「‥‥っ‥‥」
 それでも、取り戻せた事は事実。
 煉淡が仲間達を治癒する優しい輝きが辺りを包み込み。

 世界に、光りが満ちる――‥‥。