魔の交渉人〜亡國の子供
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■シリーズシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 65 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月27日〜03月05日
リプレイ公開日:2007年03月05日
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●オープニング
旧子爵邸を根城にしていた盗賊団が討伐されて後――リザベ城下にある民家の一室を、エルフの騎士は再び訪れた。
「やあ、お待ちしてました」
彼を穏やかな笑顔で向え入れるのは、KBCこと瓦版クラブ・リザベ支部に席を置く男。先の依頼で騎士とはすでに何度か面識があった。
「ユリエルくんは、その後伯爵邸に戻られましたか?」
男の言葉に、騎士は黙って首を横に振る。
「そうですか。‥‥それじゃ、始めましょうか」
男は残念そうな口ぶりでそう言うと、騎士に着座を勧めた。
――ふと、窓辺に佇む見慣れない男の姿に騎士が戸惑うような表情を見せたので、KBCの男が慌てて言葉を挟んだ。
「ああ、彼はうちのメイディア本部の人間です。名前は上城琢磨。今後、ユリエルくんの捜索には彼も加わることになりました」
「そうでしたか。宜しくお願い致します」
騎士の丁寧な会釈をほどほどに受け流すと、琢磨は上着の内ポケットから一片の羊皮紙を取り出してテーブルの上に広げてみせた。
「この名前に覚えはあるか」
見ると、羊皮紙にはアプト語で人の名前のようなものが綴られている。――だが、騎士の知る範囲では、そのような名を所有する人物はいなかった。
「彼はメイでここ最近際立って力を付けてきている商人の一人で、『男爵』の爵位も持っている。俺たちは、ティトルにあるその男の邸宅に、ユリエルとよく似た子供が居るとの情報を掴んだ」
「本当ですか!」
と、琢磨の言葉に即座に騎士は瞳を輝かせたが、琢磨はやや眉間に皺を寄せると、渋い顔で首を振って見せた。
「ユリエルかどうかは、現地に行ってみないと分らない。それに‥‥」
「それに‥‥?」
琢磨たちがユリエルの居場所を探り当てる事が出来たのは、子爵邸に残された一冊の表帳簿からだった。
KBCは書類という書類を根気強く調べ直したところ、子爵一族が殺される半年ほど前から、小額ではあるが幾度も帳簿に名を連ねる商家が見つかった。
念のために本部で裏を取った所、その商家つまり『男爵家』に関して、少々胡散臭い事柄が少なからず浮かび上がって来たのだった。
問題の伯爵邸に頻繁に出入りしている、例の『赤い髪の男』が男爵家にも出入りしている――これがKBCが調査に本腰を入れる決定打となった。
「ともかく不確定要素が多すぎる」
と、苛立ちを隠しきれずに、琢磨は呟く。
「子爵は橋を占領しようとした野盗と『謎のゴーレム』に繋がっていた――だが、軍の手入れが入る直前に一家は皆殺し。その領地を引き継いだ伯爵家の子息が館から消えて、代わりに見知らぬ男たちの出入りが始まった」
琢磨の説明に、2人の男は頷く。
「だが、これらは孤立したパーツに過ぎない。ユリエルが、子爵を殺した奴らに人質に取られていると思うのは早計だ。それを証明出来る物証も証言も、何も無い」
KBCの男が不安げに騎士に視線を移すと、案の定、騎士は辛そうな顔で黙って下を向いている。
琢磨の話は事実を語ってはいるが、それは時として、人を傷つける。老婆心ではあるが――と、男は思った。
だが、男の不安は程なく解消される。
パチンッ――と指を弾く音がしたと思うと、琢磨は幾分声を高めて騎士に向かってこう続けた。
「だが、こっちがグズグズしてる間に、ユリエルが他所に移される可能性は高い。少々荒っぽい手を使ってでも、その子が俺たちの手の届く所にいる間に、こちらも然るべき手を打ちたいっ――てのが本音の部分だ」
「琢磨‥‥」
男に向き直ると、琢磨は悪戯好きの少年のような笑みを一瞬浮かべて見せた。
「俺は、十中八九、ユリエルは軟禁状態にあると思っている。だが、伯爵はユリエルが誘拐されたとは一言も言っていない」
「つまり‥‥」
「現状では、ユリエルの捜索に国や軍の力を借りるのは無理って事だ」
「では、個人の依頼なら大丈夫なのですね」
「‥‥ああ。でも‥‥」
「冒険者への報酬は私が用意します。ですから、どうぞギルドで必要な人員を揃えて頂いて下さい」
騎士の返答に、琢磨は微かにため息を漏らした。
「あるいは‥‥藪を突付いた所で、何も出ないかもしれないぜ。それでも、いいんだな」
「何も無ければ、それに越した事は無いのです。私はただ‥‥納得したいんです」
「‥‥。分った。あんたの名前は表には出さない。伯爵の手前、色々と面倒だろうからな。うちの斡旋ってことで、冒険者ギルドへ依頼する。細かい事はエドに聞いてくれ」
「有難うございます、琢磨さん。お力添え、深く感謝します」
そう言い終わると、エルフの騎士は再び丁寧に会釈をし、静かにその部屋を去った。
***
「どうしたんですか? ‥‥らしくないですね」
「?」
「今の依頼――本当は引き受けたくないって、顔に書いてありますよ」
「‥‥。参ったな」
KBCの男――エドの言葉に、琢磨は腕組みをしたまま、ゆっくりと窓の外を向き直りながら呟いた。
「嫌な予感がするんだ‥‥どうしようもなく嫌な予感が」
「‥‥少し疲れてるんじゃないですか? 働きすぎですよ、琢磨くんは」
「‥‥そうかもな」
テーブルに広げた資料を片付け始めたエドに言うべきがどうか、彼は迷っていた。
リザベの役人に引き渡された盗賊の頭は、獄中何者かによって首を刎ねられて死んだ。
残りの仲間も、毒入りの食事を与えられて命を奪われた。
つまり、逃げた魔術師を除き、旧子爵家に関わった証人は誰一人として――――生き残ってはいなかったのである。
■■港町ティトルにある男爵の館にて、ユリエル/3才男児と『赤い髪の男』に関する調査を依頼する。
・ティトルは今、町を騒がせている盗賊団のせいで騎士団の警備が厳重になっている。
・男爵の邸内も警備兵が巡回しているが、上手く邸内に潜入し、ユリエルの所在を確認。より多くの情報を集める。
・琢磨がティトルの盗賊に関する記事の取材で、夕方から男爵邸に入る。その間、男爵は足止め可能。
・不用意にユリエルを連れ出すと冒険者が『誘拐犯』扱いになるので、ここは我慢で様子を探る。ユリエルとの会話はOK。
・騎士団の動きに要注意。騎士団と衝突した場合は上手く処理すること。当然、殺生は禁止。くれぐれも冒険者が『お尋ね者』にならないように。
【男爵邸略図】
北
┏━━━━━━━■正門■━━━━━━━━┓
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┃池池池池池∴庭庭∴∴∴∴蔵蔵蔵∴□□●■
┃池池池池池池∴庭庭庭∴∴●∴∴∴□□∴門
┃池池池池池池池庭庭庭∴∴仝仝仝∴□□∴■
┃仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝┃
南━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
□/建物
●/警備兵
○/渡り廊下・2Fのみ
階/階段
?母屋
1F/主に執務・商談用
2F/主に食堂・パーティ他接待用
3F/男爵私室を含め個室5〜7室
1F中央玄関は、3Fまで吹き抜け
?客人用棟(バルコニー有り)
1F2Fとも各2室
?使用人用棟(平屋で屋根裏有り)
●リプレイ本文
●下準備
「ちょっとー! 琢磨っ、これは一体何なのよっ!」
「見れば分るだろ。それとも、そいつが『かぼちゃ』に見えるのか?」
フォーリィ・クライト(eb0754)の額に卍の苛々印がくっきり浮かび上がるのを見て、アリオス・エルスリード(ea0439)以下、仲間たちの間に戦きと緊張が走る――。
「そういう意味じゃないでしょ! どうしてあたしたちが露出度全開の透け透けひらひら夜会ドレスを着なきゃならないかって聞いてるのよ!」
「そうだ、そうだ」
頭から湯気を立てて激怒しているフォーリィに便乗して、エルシード・カペアドール(eb4395)も意見する。ただし、彼女の場合ドレスの色が好みであった事と、琢磨のセンスがそう悪くない事もあって、実際には試着にさほど抵抗は無かったのだが……。
「はあ?」
そんな事も分らないのかとでも言いたげに、琢磨は眉を顰めて速答する。
「決まってるだろ、男爵へのサービスだ。噂によるとかなりの好きものらしい。まあ、せっかく素材が揃ってるんだから、これを有効に使わない手はない」
「あ・ん・た・ねー!!!」
素材――と聞いて、仲間は思う。素材とは彼女らのピチピチしたボディの事だろうか。あるいは綺麗に整った顔立ち? なぜ、彼は素直にそう言わないのだろう。
仲間たちの間に、上城琢磨への疑惑と好奇が錯綜する。
「ともかくさっさと着替えてくれ。髪も結わなきゃならないからな」
「髪も結うわけ?」
「ああ、素材はいいんだから‥‥」
刹那――琢磨の顔面に、フォーリィたちが投げつけた活きの良い朝取り生卵が4個命中した事は、ここだけの秘密である。
*****
「あー、ところで、ティトルの盗賊ってのはどういう連中なんだろう。まさか、裏で男爵と繋がっているという事は‥‥」
「その辺りも踏まえて、町でしっかり情報を集めてくるつもりだ」
朝の卵事件が収拾された頃合を見計らって、グラン・バク(ea5229)が話題を振ると、情報収集役を買って出たグレイ・マリガン(eb4157)が気合のこもった口ぶりで答えた。
「わ、グランって絵、上手いよね〜〜」
すると、横から割り込んできたフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)の誉め言葉にまんざらでもなくグランがにやける。
「そ、そうか?」
「うんうん」
「ああ、似ている」
絵心のあるグランが仲間からそれぞれの特徴を聞いて、敵ウィザードの似顔絵を描いたのだった。その様子を見て、音無 響(eb4482)が慌てて話に入る。
「すみません、俺の方のも見ておいて頂けますか」
「赤い髪の男か?」
「はい、俺の友人がギルドの別の依頼で赴いた先で、偶然見かけたそうです。遠目でも印象的な男だったらしくて」
「こっちの女の子は?」
「あ、それはっ‥‥一緒に町に居た子で、単に赤毛繋がりで描いちゃったとかで‥‥」
「ふーん。お前、ロリコンだったのか」
「え‥‥」
ランディ・マクファーレン(ea1702)の何気ない言葉に、仲間の意識が一気に集中する。
「そんなっ、ロリって‥‥彼女、10歳は越してますよ! 俺はべ、別に‥‥っ」
「気にするな。人の好みは色々だ」
アリオスが頷きながら、響の肩をポンと叩いた。クーフス・クディグレフ(eb7992)もアリオスの意見に共感したように深く頷いている。
(つくづく突っ込まれやすい男だな、響は。――同じ地球人として、許せん‥‥)
その様子を洗面所で顔についた卵を洗い落としながら聞いていた琢磨が、心の内で呟いた事はここだけの秘密である。
「盛り上がってる所、悪いんだが」
と、隣室から琢磨の声が聞こえると、仲間たちは一転して真剣な表情で聞き耳を立てた。
「リザベの子爵家で行方不明になっていた末娘だが、先日死亡が確認された」
「ええっ!!」
「死体が発見されたのはステライド領内。遺留品から本人にほぼ間違いないとされた」
「そんな‥‥」
「これで本当に誰もいなくなった」
――一瞬にして重苦しい空気が、彼らを覆った。
*****
「モーヴェ島じゃ、大変だったな」
「え?」
思わぬ人物から唐突に声を掛けられて、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)はその青い眼をきょとんと見開いた。
「怪我、いいのか?」
「はい。もうすっかり」
「そうか」
琢磨はそう言うと、上着のポケットから携帯電話を取り出して、彼女に手渡した。
「これは‥‥確か、響さんが持っているのと同じ?」
「もし男爵の私室に入れたら、何枚か撮って来て欲しい」
琢磨は一通り見本を見せながら、アレクセイに操作方法を伝授した。
「でも、これって琢磨さんの大切な物なのでは‥‥」
「あんたが無事に戻って来れば、何の問題もない」
「なんだか、お守りみたいですね」
アレクセイがそう言って小さく笑うと、琢磨は徐に伏目がちに視線を逸らし黙ってその場を離れた――。
●男爵邸
「ふーむ。ぱっと見た感じは普通だよね」
「いかにも成金貴族っぽい匂いも漂ってるけどねー」
と、長い髪を綺麗にアップに結い上げて、胸周りと背中がくっきりと開いた豪華なイブニングドレスに身を包んだレディ2人が囁き合った。
「お待たせ致しました」
ノックの後に執事の声がしたかと思うと、大きな扉を押し開けて大層恰幅の良い大男が接待の間に姿を現した。この館の主であった。
背丈は2m近いだろうか。歳のせいかお腹周りでぷるぷるしている肉の多さは隠せないが、まあ、かろうじて肥満の一歩手前を維持している。
男爵はまず、白いテーブルの奥に座っている琢磨に視線を注ぎ、次いで琢磨の後ろに立っている男2人を眺めてから、琢磨の左右に座している女性を見て、満足げににんまりと微笑んだ。
「お忙しい所誠に恐れ入ります、閣下」
琢磨は機敏に椅子から立ち上がると、男爵に向かって恭しく頭を下げ、他の仲間も慌ててそれに倣った。
「諸君、遠慮は要らんよ、かけたまえ」
再び満足げな笑みを浮かべてから、男爵は背もたれに異国の刺繍が施された派手な椅子に腰を降ろした。
「君が、KBCの上城くんかね? 君の事は社交界でも結構な話題になっている。お会い出来て光栄だ」
「私こそ身に余る光栄です、閣下」
(何これ?)
平素とは全く別人の琢磨の態度に目を白黒させている仲間を他所に、琢磨は相変わらず低姿勢を保ち続けている。
「ところで、君の後ろに立っているご人は?」
「彼らは、当方お抱えの絵師と付き人兼護衛の者です」
「護衛か‥‥確かに、今町は何かと物騒だからな。ところで、絵師であれば、美術品の目利きも出来るだろう?」
「美術品ですか?」
「ああ、私のコレクションの事も記事にしてくれると嬉しい。自慢の品ばかりなのでね」
「仰せのままに」
(コレクションだあ?)
男爵の言葉に、自称『絵師のカズマ』ことグランと『KBC特別協力員』の肩書きを持つクーフスは互いの顔を見合わせたが、琢磨がさっさと行けとばかりに睨んでいる事に気付くと、慌てて接待の間から退席した。
「さて、それで‥‥本題は、ティトルの盗賊団の事だったかな」
「はい、閣下。この町に商業面、資金面で多大な援助を行なっておられる閣下からご覧になられた、この度の盗賊騒動についての率直な感想を頂ければと」
「私は別に大した事はしていないよ」
「そうでしょうか」
琢磨の言葉に何か含みを感じたかのように、男爵との間にしばしの沈黙があった。
「失礼を致しました、閣下。それでは、ティトルが誇る騎士団の現状につきまして‥‥」
(なんだか、堅苦しい話ばっかね)
(肝心のユリエルの事はどうするのよっ)
と、フォーリィとエルシードが互いに目を合わせながらげんなりしていた事は言うまでも無い。
*****
「こいつは、凄いな」
一方、執事の一人に蔵の中にある美術品を見せてもらったグランは大きく溜息をついた。
「大したもんだよ。これだけの品を集めるなんて」
(そうなのか? そういうものなのか?)
壁いっぱいに並べられた絵画や彫刻品を眺めながら、クーフスは不思議そうに頭を振ってみせる。
「おっと‥‥」
刹那、壁際に立てかけられていた大きな額に躓いてクーフスが声を上げた。
「大丈夫でございますか?」
慌てて執事が駆け寄ると、クーフスは大丈夫だと手を振って見せた。
「こちらの絵は旦那様が大層お気に入りで‥‥でも、なぜか余り人に見せようとなさいません。私もこの絵は大好きなのですが」
「これは‥‥」
柔らかく暖かな陽光のような微笑みを称えた金髪の美少女――。
さながら慈愛の女神ような清らかさと気高さを備えた一人の若い女の姿が、その絵の中に収められていた。
「この方は?」
「さる高貴な方のご息女であらせられたのですが、人民の役に立ちたいと、自ら高名な魔術師に弟子入りをなさったと聞いております」
「人民の為にとは、ご立派な志しだ」
「もしかして、リザベのご出身の方ですか?」
「いえ、お生まれは北のセルナー領だと記憶しております」
この時、クーフスの瞳の奥に彼女の面影が、消えそうでいて消える事の無い淡い月明かりのように留まった。
●赤い髪の男
「ここに仕事を探しに来たんだが、景気はどうだ?」
グレイは町の様子を粒さに観察しながら、酒場や広場で情報集めに励んでいた。
町は頗る景気もよく、活気に溢れていた。男爵の事も聞いてみたが、評判は悪くない。最近邸内から明るい子供の声がよく聞こえるとかで、男爵は独身という事もあって、親戚の子供かはたまた‥‥という下世話な噂は結構流れていた。
*****
「ねえ、ユリエルって一緒に暮らしてる男爵の事を親切なおじさんって思ってるかもしれないね。心配だなあ」
「そうですね。ともかく買い物に来る屋敷の使用人さんを捕まえて、上手く中の様子を探ってみましょう」
港町の市場で、フィオレンティナと響が張っている。グレイとランディもそれぞれに聞き込みを行なってるはずだ。
「あ、あの人、そうじゃない? 私、捕まえてくる!」
と、一人の小間使い風の女性を指差して駆け出そうとしたフィオレンティナの右手を誰かが掴んだ。
「お嬢さん、落し物ですよ」
「はい?」
「え‥‥」
「「嘘――――――っ!!」」
「私の顔に何かついていますか?」
そう言って、落ちていた銀貨を彼女に手渡すと、王宮お抱えの役者張りの美形で長身の紳士は、品の良い笑みを浮かべながら見事なまでに紅く輝く髪を揺らしてみせた。
「見たところ、旅の方のようだ。宜しければ食事をご一緒して頂けませんか。一人で食べるのは味気ないですし」
(響っ‥‥)
フィオレンティナが不安げに響の手を握り締める。すると、
「その角に美味しい魚料理を出す店があるんです。そうですね、良ければ、犬を連れていらっしゃる鎧騎士風のお友達もご一緒に」
そう言って、男は反対側から偶然市場に差しかかろうとしたグレイを指差した。
(こいつ‥‥俺たちの事を知ってて!)
「時間は取らせませんよ。君たちの仲間が男爵の館を出る頃には、こちらの用件も済むでしょう」
「嫌だと言ったら?」
「それは有り得ません」
男はそう答えると、再びグレイのいる方角を目で差した。見ると、グレイが数人の騎士団に囲まれている。
「店はすぐそこです。鎧騎士のお友達も後からやって来るでしょう。楽しい食事になりますよ」
赤い髪の男はそう言って、一人静かに微笑んだ。夜の帳はすぐそこまで迫っていた。
●月夜
「――では、良い記事に仕上げてくれ給え。楽しみにしているよ」
「畏まりました、閣下。それではこれにて」
(ちょ、ちょっと琢磨! もう帰っちゃうわけ?)
と、小声で耳打ちするフォーリィを無視して、琢磨は椅子から立ち上がった。
「男爵様は、リザベ領で一家惨殺された子爵の事をご存知ですか」
驚くフォーリィと琢磨の背後から、エルシードが突然質問を投げた。その瞬間、男爵の口元に薄い笑みが宿ったのを見逃さなかった彼女が尚も質問を浴びせようとした矢先――廊下の向こうから、愛らしい子供の声が響き渡った。
「ユリエル様っ、そちらはいけません! お客さまが‥‥」
「平気だよー! おじちゃま、いい人だもんっ」
やがて開け放たれた扉の向こうに、金の巻き毛を揺らしながら小さな天使が現れた。
「やあ、ユリエル。今日もご機嫌のようだね」
小さなユリエルを抱きかかえると、男爵は琢磨たちを前にして勝ち誇ったような笑みを浮かべるのであった。
*****
一方、男爵邸内に首尾よく潜入していたアリオスとアレクセイは、それぞれの担当場所の捜査をほぼ終了した所だった。
「こっちは外れだったな。大した収穫無し、戻ってアレクセイの報告を待つか」
「そりゃ、残念だったね」
「誰だ!」
使用人棟の屋根からフライングブルームで帰還しようとしたアリオスの背後で下品な女の声がする。
「あんたには、いつぞやの礼をしなくちゃね」
「あの時の‥‥ミカエルとか言ったな。お望みとあらば、いつでも相手になるが」
「今日はやめとくよ、日が悪い。‥‥目障りだ、さっさと失せな」
月明かりだけが照らす薄暗い闇の中で、アリオスと女は暫し睨みあった後に別れた。今回は‥‥。
*****
「そこの旅の者、こんな時間に一体何をしているっ!」
男爵邸の南側、丁度草木が茂った暗がりに2頭の馬を待機させていたランディに向かって、警備中の騎士が訝しげに声を張り上げた。
「チッ‥‥ウザいのが来たぜ」
「遅れてすみません!」
刹那、タイミングよくアレクセイが邸内から塀を越えて現れた。
ランディは用意しておいたスカルフェイスを被ると、素早く愛馬シドルに飛び乗った。アレクセイも早速彼が用意した馬セリンに跨る。
「港へ向かうと見せかけて、一気に北へ抜ける。付いてこれるな」
「勿論です」
「おい! さっさと出て来て、顔を見せんかっ!」
男の声が次第に近くなる。
「――――――――出るぞっ!」
「――はいっ!」
アレクセイが展開したシャドゥフィールドによって後方の騎士の追従は免れたが、騒ぎを聞きつけて他の場所にいた警備の騎士たちが次々と二人の行く手を塞ぎ始める。
「さすがに噂に高いティトルの騎士団。琢磨の記事に載るのは俺たちかもな」
「それはご免被りたいです」
ティトルの夜が明けるまで、二人の仲間の逃亡は続いたのである――。