魔の交渉人〜砂漠の人質

■シリーズシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月19日〜03月25日

リプレイ公開日:2007年03月25日

●オープニング

●琢磨の回想録
  ――――――――――――――――――――
 某月某日:
 男爵邸にて取材を行なった後、今回の依頼に参加した冒険者各自より状況の報告、及び収拾した情報の回収を行なう。

 その1:男爵邸にて『火の魔術師』を確認。その時の状況から判断して、彼女と男爵との繋がりはほぼ確定的である。
 その2:男爵邸への潜入に成功したが、帰還時に騎士団に追われる事となった冒険者2名は、かろうじてティトルを脱出。
     夜明けを待って別々に町の検問を通過、昼前には無事ティトル内の宿に到着。合流。
     男爵の私室その他、数点の画像を携帯カメラにて入手。 
 その3:『赤い髪の男』と接触した冒険者3名はティトルの市場に程近い食堂にて、男と会食。その後速やかに開放される。

 以下、『赤い髪の男』に関する記述

・『赤い髪の男』は会食の席で、冒険者曰く「ニコニコへらへらと楽しそうに」『私たちの仲間になりませんか?』と進言。
 冒険者が即座に断ると、やはり「ニコニコへらへらと楽しそうに」『そうですか〜やっぱり駄目ですか』と返答。
 その後は食事の話をしたり、街の話をしたりと雑談。食堂のデザートはかなり美味であったと、食した女性冒険者の報告有り。
・全員を解散させた後、一人の冒険者が部屋に残る。『赤い髪の男』の話をしている間中、彼の様子が何処かおかしかったので、気になっていた俺としても好都合だった。
・彼曰く、『赤い髪の男』は月の精霊魔法を使う。
 なぜ分ったのかと尋ねると、『赤い髪の男』は会食の際にタイミングを見計らって自分にテレパシーで話し掛けてきたと言う。
 『赤い髪の男』がわざわざテレパシーを使ってまで、彼に伝えて来た事とは――
  ――――――――――――――――――――

 と、そこまで書き終えて、琢磨は筆を止めた。その先を書き留めるには、少しの勇気と諦めが必要だったからだ。
 ――「赤い髪の男はこう言ってました。KBC諜報員上城琢磨は『人殺し』だって」
 
 その時の彼の言葉が、耳の奥について離れない。
 釈明を求める彼に、琢磨はこう返答した。
 ――「こういう仕事だ。直接であれ間接であれ、俺の行動が誰かの死を誘発しない保証は無い」
 
 だが、そう成らない事を祈っていると琢磨は答えた。それは本心からだった。だが、実際に彼の心を占めたのはもっと別の事だった。
 その事に勘の良い冒険者は気付いただろうか。
 ――『人殺し』。それが事実であろうが無かろうが、この短い単語が奏でる微震はすぐに水面に広がり、その波紋を食い止める事はきっと俺には出来ないだろう――と琢磨は思った。
 それが『事実であろうが無かろうが』‥‥と。
 
●砂漠の人質
「エクレール男爵は、きっちりブラン貨を10枚揃えたみたいですよ。全く、どこからそんな金を調達して来るんだか」
「逆にブラン貨を流せる所も限られる。その辺も狙いだろ」
 ティトルの男爵――通称エクレール(稲妻)男爵。普段はただの成金好色大男に過ぎないのだが、いざ事が起こった場合の対応はまさしく電光石火の如くであった。
 実はあの取材の後、事件はとんでもない展開を迎えていた。
 ティトルを荒らし回っていた盗賊が騎士団に追われて逃走中、遭遇した貴族の一行を馬車ごと質にとって砂漠へ逃亡。
 上手い具合にカオス兵を抱き込んだ盗賊団は、砂漠の古びた旧市街に立て籠もってしまった。人質の中には例の『赤い髪の男』とユリエルの姿があったという。
「盗賊の元締めはルラの海賊です。男爵とは接点が有りませんし、何より彼は素直に要求に応じて身代金を用意しています。10ブラン(1千万円)という破格の金をです」
「ああ。だから、王宮もギルドへ依頼を出す」
「どうします?」
「一枚咬むしかないだろ」
 いかにも気の進まない顔で琢磨はエドに言った。ユリエルの為に10ブラン――男爵の潔白は見掛上証明されたも同然だ。
「それから、ひとつ気になる点が‥‥」
「?」
「盗賊に手を貸している中型恐獣部隊ですが、連れているのはヴェロキでは無いようです。もう少し大柄なタイプのものだと」
「新手か、厄介だな」
 
【敵の武装状況】
・中型恐獣部隊2個群(新手の中型恐獣 計6〜8騎)
・砂漠周辺の監視・偵察用翼竜(プテラノドン 計1騎)
・武装した盗賊団 8〜10人
・人質 ユリエル、赤い髪の男含め非武装の貴族と従者 計6人

【使用可能なゴーレム】
・モナルコス 1騎
・グライダー 2騎まで
・チャリオット 1騎

 以上を羊紙にメモすると、琢磨は椅子から立ち上がった。
「金の受け渡しには俺が出る。今から男爵に掛け合ってくる」 
「琢磨くん?」
 やれやれ‥‥とエドは思う。同僚の心配を他所に、彼は身支度を整えるとリザベ支部を後にした。

∴∴∴∴↑サミアド砂漠∴∴∴∴∴∴
北∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴┏━━━━━北∴門━━━━━┓∴
∴┃□□□∴□□∴□□∴□□□┃∴
∴┃□□∴∴□□∴■□∴∴□□┃∴
∴┃□□∴∴□□∴□□∴∴□□┃∴
∴┃□∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴□┃∴
∴西∴∴□□□∴∴∴□□□∴∴東∴
∴門∴∴□□∴∴受∴∴□□∴∴門∴
∴┃∴∴∴□□∴∴∴□□∴∴∴┃∴
∴┃□□∴□□∴∴∴□□∴□□┃∴
∴┃□□∴∴∴∴∴∴∴∴∴□□┃∴
∴┃□□□□□∴∴∴□□□□□┃∴
∴┗━━━━━南∴門━━━━━┛∴
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∴∴∴∴▲▲∴∴∴∴∴▲▲∴∴∴∴

1マス20m
┃/壁
□/建物
∴/砂地
▲/騎士団野営地
■/賊の根城
受/身代金受け渡し場所

※全ての門は開放されている
※敵も武装しているのでこちらも武装可。指揮は冒険者に一任する。
※男爵に代わって琢磨が身代金を運ぶので、彼に護衛を最低1名は付けて欲しい。
※最優先事項は、ユリエル含む人質の救出である。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1152 嵯峨野 空(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

バルザー・グレイ(eb4244

●リプレイ本文

●旧市街
「うーん、やっぱり敵は脱出経路を北門に絞り込んでるみたいだね。それ以外の門には恐獣部隊が配置されてないもん」
「とすると‥‥東と西門の封鎖は騎士団に任せて、俺は早々に北へ追撃を掛ける事になるかな」
 モナルコスに搭乗したフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)と白いペガサスに騎乗したランディ・マクファーレン(ea1702)が騎士団の野営テント上空から前方の旧市街の様子を伺っていると、敵陣の中で人質となっている婦人たちのために温かいお茶の用意をしていたエルシード・カペアドール(eb4395)が上にいるフィオレンティナたちに声を掛ける。
「チャリオットはもう目的地点に到達したの?」
「うん、丁度今着いた所だよ。おお〜響はあんな所に隠れてるのか! アレクセイはチャリオットに乗っていったから‥‥アリオスは流石に何処にいるか分らないね。多分、近くに隠れてるはずだけど」
「おい、プテラノドンのお出ましだぜ」
「もう来たの? やけに早いわね。仕方ない‥‥お菓子の準備は後だわ」
「エルシード、もう出るの?」
「威嚇合戦なんでしょ、とりあえずこっちもやる気を見せなきゃね」
「気をつけて〜〜」
 エルシードは勇ましくガッツポーズを取ると、素早くグライダーに乗り込んだ。
「クーフスはどうした?」
「あー、此処と南門の間を行ったり来たりしてる。そんなに気になるなら市街に入ればいいのに」
「何が起こるか蓋を開けるまで分らないのが今回の依頼だからな」
 刹那、ランディは昨夜のクーフス・クディグレフ(eb7992)たちの言葉を思い出していた。

   ***

「今回の依頼は、どうにも罠のような気がしてならないが」
 アリオス・エルスリード(ea0439)に同意して、クーフスも思うところを語り始めた。
「深読みかもしれないが、例えば男爵が賊に奪われたと称して、裏でカオス勢への資金調達を行なうという事も考えられる」
「赤毛の男が人質というのも気になりますよね」
「そうだな、交渉の場に一矢一石でも投げこめば大混乱が起こる事は間違いない。例の男、あるいはその仲間が何かを仕掛けるならばこのタイミングか」
 と、人質の身柄を運ぶチャリオットの操縦を任された嵯峨野 空(ec1152)も困惑の色を隠せないでいた。
「ねえねえ、琢磨どっかで見なかった?」
「あ、フォーリィさん、丁度よかった!」
「?」
 とその時、野営テント内の作戦ルームに現れたフォーリィ・クライト(eb0754)を音無 響(eb4482)が呼び止めた。
「いざという時はこれ使って下さい」
 響が手渡したのはレジャーシートである。
「これさえあれば、奴らのくしゃみ攻撃なぞ一撃で‥‥ぐふっ‥‥!!」
「‥‥フン」
 刹那、響の顔面にフォーリィの強烈な右フックが決まった。
「なんて間の悪い」
「忘れかけてたのに」
「寝た子を起こすからだよ」
 仲間たちは挙って卒倒している響に合掌した。
 一方、一旦テントを出たフォーリィは、ふと草叢から立ち昇っている紫煙に気付いた。
「火の始末くらいちゃんとやれってのよねー」
 と草叢に分け入った彼女の足が何かを蹴飛ばした。
「痛っ」
「あれ、その声、琢磨なの?」
 見ると、足元で琢磨が妙なものを吹かしながら寝そべっている。紫煙の元はそれであった。
「それって、煙草?」
「紙巻き煙草はこっちの世界じゃ珍しいんだったな」
「あんたが煙草なんて、意外」
「友達の分さ、俺のじゃない。服のポケットに入ったままだった」
「元いた世界に帰りたい?」
「‥‥まあね」
 煙草を指に挟んだまま徐に立ち上がる琢磨に、フォーリィが言葉を続けた。
「あのさ、こういう仕事はさ、迷っちゃだめだよ。迷ったら自分が相手に殺される。そういう仕事だもん」
「‥‥」
「昔ね、小さな子供に手を掛けた事があったの。あたしはその子の手が二度と犯罪に染まらないようにしてあげる事しかできなかった。だから後悔してない」
「もしかして、俺を心配してるのか」
「ばっかじゃないの? そ、そんなわけない‥‥」
「吸う?」
「う‥‥うん。試してみる」
 いきなり目の前に煙草を差し出され、躊躇したものの断るのも気後れしたので、彼女は恐る恐るそれを口に咥えてみた。
「はい。間接キス成功」
(あの男‥‥いつかぶっ殺してやるっっっ!!!)
 立ち去る彼の背に誓うフォーリィであった。

●交渉
 変わって、舞台は旧市街。根城にしていた民家から人質6人を引き連れて盗賊たちが現れた所であった。
「6人全員揃ってとは有り難い」
「全くだねぇ」
「き、貴様っ! なぜ此処にっ」
 アリオスが動揺するのも無理はない。受け渡し場所からほど近い民家に潜んでいた彼の背後に、いつの間にやらミカエル――例の火の魔術師が控えていたのだ。
「何しに来たって、主人を助けに来たに決まってんだろ?」
「主人? ラ・ニュイの事か」
「そう呼びたきゃ、それでいいさ。ともかく『あの方』の身にちょっとでも傷が付くような事があれば、あたしはこの場にいる全員を皆殺しにしてやる」
「大した忠義心だな」
「――――お前に何が分るっ!」
 彼女は小声でそう叫ぶと、険しい目つきでキッとアリオスを睨んだ。
 その時初めて――アリオスは彼女の顔を間近で見たのだった。
 言葉使いこそ荒々しいが、よく見ればまだ年若い娘である。器量だってさほど悪くはない。なぜこのような娘が‥‥。
「始まるよっ」
「ああ」
 彼女が此処にいるという事は、これはまんざら茶番ではなかったのか――。
 吹っ切れない思いを抱いたまま、アリオスは交渉の成り行きを見守った。

   ***

「チャリオットで御登場とは仰々しいな」
 と、賊の頭らしき無精ひげを生やした中年男が開口一番にそう言った。
「女子供がいるんだ、当然だろ。無駄口叩いてないで、さっさと始めようぜ」
「ハッ、こんなガキに金を預けるなんて、エクレールも相当焼きが回ったと見える」
 男の言葉に、盗賊たちからどっと笑い声が溢れた。
「ブラン貨は全部で10枚。まずは人質一人に2枚ずつの交換でどうだ」
「いや、ブラン貨5枚で人質半分。残りの金で残りの人質全員だ」
「いいだろう」
 グラン・バク(ea5229)の提案で、金の入った袋は犬の首に掛けられ、盗賊の元まで運ばれた。
 交渉の場に出揃った賊は、頭を入れて4名。他の者は後方で待機。人質は2班に別けられ、賊の先導で最初の1班がチャリオットの前まで連れられて来た。
 その中にユリエルの姿はあったが、ラ・ニュイは後の班に回されていた。
「さっさと、その汚い手を放せ!」
 貴婦人の腕を掴んでいる賊にチャリオットの上から空が怒鳴ったが、賊はせせら笑いを浮かべると賊の頭の方を顎で指した。
「金が本物かどうか、一応調べないとな」
「くっ‥‥」
 頭が金を改め終えると、賊はようやく怯えるユリエルと婦人たちを引き渡した。残るは使用人とラ・ニュイ。
 最後の取引が終わる直後に敵は必ず『仕掛け』てくる。その時は、賊をぶった斬ってでも人質を確保、チャリオットによる即時撤退。
 加えて、上方に注意――これが琢磨がグラン、フォーリィ、空に与えた指示である。
「次で最後だな」
 琢磨の言葉に頭は余裕の笑みを見せた。
 金を運ぶグランの忍犬は、彼の『チャッピィ』の掛け声を合図に賊に咬み付く手筈になっていた。
 それと同時に、グランとフォーリィがソードボンバーで賊を薙ぎ倒す手筈だったが‥‥。
「「キャァァァ――――――――ッッ!」」  
 突如、女の金切声が天に響いたと思うと、燦燦と降り注いでいた陽光が突如何かに遮られた。プテラノドンの急襲であった。
 恐獣は咄嗟に割って入ったエルシードのグライダーによりその進路を妨害されたものの、地上にいる民間人をパニック状態に陥れるには十分な効果を挙げていた。
「こっちに、早くっ!」
「アレクセイ!」
 と、怯えて民家の影から動けないでいる使用人の男をチャリオットまで連れ出そうとしたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)をアリオスが呼び止める。 
「アリオスさん、その娘は?!」
「説明は後だ。とにかくこいつをテントまで運んでくれ。運び終えたら絶対に目を離すな。いいな!」
 それだけ言い終えて、アリオスは混乱の渦と化した旧市街の北門へと姿を消した。
「アレクセイっ、どうなってるんだ、一体!」
「クーフスさん!」
「こちらより先に、敵に奇襲を掛けられました。人質は彼を乗せれば全員揃います。それとこの娘‥‥」
 アレクセイの足元には身体を縄で縛られ、猿ぐつわを咬まされて気を失っている黒髪の娘の姿があった。 

   ***

「ランディさん、加勢します!」
「ああ、賊を逃したとあっては、寝酒の酒が拙くなるからな」
「ええ、俺も、みすみす逃げられたゴーレムの時と同じ轍は踏みたくありませんっ」
 もう一騎のグライダーを隠し持っていた響は翼竜をエルシードに任せ、ランディと共に北門から逃走する賊の一団を空から追った。 
 だが、賊を囲う形で陣形を取る新手の中型恐獣ディノニクスは強かった。
 俊敏さではヴェロキラプトルに劣るものの、体力的にはヴェロキの倍をゆくかと思われる強靱さであった。戦闘力の高さも侮れない。
 後方から加勢の騎士団が追いついては来たものの結局の所、カオス兵の壊滅は無論の事、賊の全てを捕獲するには至らなかった。
 一方、旧市街では逃げ損ねた賊と敵兵の捕縛が、モナルコスとグランたちの手により成されていた。
「さてと、あの混乱では誰が金を持って逃げたか判断がつかないな」
「少なくとも、ここに居る連中は持ってないようだし‥‥」
 すると、彼らがようやく一息ついた所へ、チャリオットに乗った空がひどく取り乱した様子で戻って来た。
「琢磨が‥‥琢磨が斬られたッッ!」
「斬られたって‥‥」
「テントで‥‥」
「テントでってどういう意味だ!」
「だからっ! テントで騎士団の奴に斬られたんだよぉっ、いきなり‥‥いきなり後ろからっ‥‥」
 その瞬間――仲間たちの間に言いようの無い戦慄が走った。

●宿にて
 幸いにして琢磨は一命を取り留めていた。だが、傷は十分に深い事と現場が騎士団のテント内であった事を鑑みて、仲間たちは彼の身柄を砂漠から少し離れた小さな町の宿に移した。アリオスが捕縛した娘、ミカエルも一緒であった。
「自業自得さ」
「なんですって」
 椅子に縛られているミカエルの左頬にフォーリィの平手打ちが飛ぶ。
「どうせ、あんたたちの仕業なんでしょ!」
「証拠はあるのか、無いんだろ? やられる方が悪いのさ」
「お前もだな」
「畜生っ、この卑怯者!」
 アリオスに罵声を浴びせた後、ミカエルは悔しそうに唇を噛んだ。
「琢磨が‥‥皆と話したいって」
 刹那、交代で琢磨を診ていたエルシードが客間に顔を出した。
「お疲れさん、エルシードも休みなよ。今日は大活躍だったんだからね! 一人で翼竜を蹴散らしちゃうなんて凄いよ」
「有難う、撃墜はし損ねたけれどね‥‥ともかく、皆奥の部屋へ」
「俺はこいつを見張ってる」
 アリオスに娘を任せて、仲間たちは奥へと移動した。
「悪かったな。心配かけて」
「あまり喋らない方がいい」
 琢磨の身体を気遣ってグランが予め釘を刺した。
「俺を斬った騎士団の騎士を責めないでくれ。彼は巻き込まれただけの被害者だ」
「そんな!」
 琢磨の言う通り、騎士は琢磨を斬った覚えがないと言い張っていた。
 彼は、テントにカオス兵が紛れていたから斬ったのだと――血の海と化した惨劇の現場で怯えながら何度もそう繰り返していた。 
「イリュージョンですか‥‥」
 と、声を震わせながらアレクセイが呟いた。  
「或いはコンフュージョンか。何れにせよ月の精霊魔法だな」 
「今回の事でユリエル君や世間の男爵に対する信頼は揺ぎ無いものになったというのに、更にこんな手まで使って‥‥!」
「まだ序の口さ。きっと」
「えっ」
「それでも、引き返せない。俺は‥‥引き返さない」
 そこまで話し終えると、琢磨は一瞬痛みを堪えるように眉を顰め、やがて眠りについた。
 夜が明け、王都に戻る一行の足取りは重かった――。