シーハリオンの巫女〜出発
|
■シリーズシナリオ
担当:月乃麻里子
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月30日〜06月05日
リプレイ公開日:2007年06月06日
|
●オープニング
『暴君竜』――――『最も獰猛な性格をしています。動くものを認めると直ちに襲ってきます』
「これがいいよー、れんちゃん」
「まあ、難度としては手頃かもしれん」
「うんうん! ナナル、これにするっ! 今からわくわくだー♪」
「あ、あのさ‥‥」
「なんだ、上城」
例によって村長の屋敷の大広間で盛り上がっているナナルと虹竜に、やや遠慮がちに琢磨が声を掛けた。
「まさかとは思うけど」
先ほどから目を爛々と輝かせながら最終試験の題目を話し合っている二人の姿を見るうちに、彼の心に一つの疑問が湧き上がって来るのだ。
「この試験ってさ。実は単なる時間稼ぎ‥‥だったりして」
「「そんな事は無いッ!!」」
と同時に振り向いた二人の焦った顔には、どう見ても『はい、その通り〜』と書かれていた――。
***
「はっきり聞くけど、『阿修羅の剣』の在処は分ってるんだろうな」
「‥‥」
「分っているとも言えるし、分っていないとも言える」
「なんだよ、それ」
一瞬黙り込んでしまったナナルに代わって真白き虹竜が答えると、琢磨は思わず周囲に聞こえる程の深い溜息を一つ吐いた。
「‥‥。それじゃアリオ王は知ってるのか?」
「いや、王は本当に何も知らぬ。母エレネイラが全てを腹に収めて崩御されたからな」
「前王妃が?」
「彼女は王宮の重臣にさえ、剣については一言も言い残さなかったのだ。彼女は実に忍耐強く聡明であった」
「そして何より謙虚で信心深かった。魔剣『阿修羅の剣』は聖なる竜の剣――もし再び運命の時が廻り来るのであれば、精霊と竜の力によって必ずや『扉』は開かれる――彼女はそう信じたのだ」
「つまり、人間は信じられなかったわけだ」
「上城‥‥お前、その性格直さないと一生彼女出来ないぞ」
(‥‥悪かったな)
琢磨の野次を払い退けると、ナナルたちはもう少しだけ話しを続けた。
「その事については、エレネイラが何も悩まなかったわけではないだろう。秘密などと言うものは吐き出してしまった方が楽になるに決まっている」
「だが『阿修羅の剣』を狙う者は余りに多く、しかも敵は人間だけではないのだ」
「カオスの‥‥魔物たちか?」
「『混沌の勢力』全てだ」
そこまで聞いて、琢磨は徐ろに腕を組みながら言葉を足した。
「つまり‥‥誰も剣の所在を知らない事が結果的には今日まで剣を守る事になったわけだ。だが、実際どうやって探すんだ? 俺はお前たちが知ってるとばかり‥‥」
「心配ない」
「?」
不思議そうな顔をして突っ立っている琢磨に、ナナルが小さく微笑んだ。
「私たちが此処に来た時点から、すでに歯車は動き始めた。今回の試験期間はその歯車を回す為に必要な潤滑油の役割を十分果たしただろう」
確かに、『阿修羅の剣』の為に巫女が降臨し冒険者を試しているという噂は王都を中心にすでに国中の主だった都市に広まっていた。
王宮はそこから派生する様々な問題と向き合わざるを得なくなっており、それはまた同時に『阿修羅の剣』について今まで漠然とした対応策しか立てられなかった王宮に対して、より迅速で的確な行動を起こせる組織の構築を迫る事となった。
だが、ナナルが真に言わんとした――動き始めた歯車――について、この場にいた琢磨は無論の事、冒険者たちもまだ知る良しも無い。
「これから先『必要なもの』は必ずお前たちの前に次々に現れる。ただし、それらを全て手に入れて魔剣の真の力を目覚めさせる事が出来るかどうかは、皆お前たちの働きに懸かっているのだ」
「その為の助力なら、我ら竜とて惜しまぬ」
「分ったような分らないような‥‥だな」
「王との謁見が済んだら、皆にもう少し噛み砕いた話をしよう。まずは最終試験を無事終える事だ。先の2つの課題をクリア出来たとはいえ、また油断するようでは『阿修羅の剣』に辿り着く事は叶わぬ」
了解した――という風に頷いて、琢磨はフロートシップに戻って行った。
「さて。どこが一番早く動くと思う? れんちゃん」
「やはり『バ』の国では」
「じゃ、こっちはやっぱ上城たちを先に動かした方がいいか。‥‥『七色の竜の涙』と阿修羅の剣の『本体』。冒険者にとって果たしてどちらが得易いのか」
彼らにとって――それはどちらも同じだけ険しい道程である事を虹竜は知っていた。
そして竜はこの時、己の目の前にいる華奢な少女の身を心から案じていた。
彼らがメイディアへ向かう日は確実に近づいていた。
■課題その3:【実技試験】
本日の実技試験(上級)〜シーハリオンの丘の麓にある岩場に生息する野生の雌ティラノサウルスの頭に花冠を被せ、頭を撫でる代わりにティラノの後ろ足の爪に各自がサインする。
○爪にサインする道具は木炭など適当な物を使用。サインが苦手な場合はナナル直伝の「へのへのもへじ」マークを描く事。
○花冠は一瞬でも頭に乗せられればOK。(その後すぐ冠が頭から落ちても良い)
○サインしたい人は何人でも挑戦OK。
○岩場には野生のヴェロキラプトルの生息も確認されています。ご用心をば。
○今回フロートシップは輸送のみで、恐獣の相手は出来ません。
【使用可能なゴーレム】
・王都から現地への移動と輸送に攻撃型高速巡洋艦メーン
・チャリオット 1騎まで
・グライダー 2騎まで
■ナナルの意識調査(任意)
『バ』の国に対して思う所があれば、簡潔に述べよ。※これは任意であって試験対象から外すものとする。
●リプレイ本文
●花冠作りと偵察
「さて、いよいよ最後の試験ですね。追試を受けなくて済む様、全力で取り組みましょう」
今し方摘んで来たばかりの色とりどりの花々で花冠を作りながら、アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)を始め、冒険者たちは皆最終試験に向けて気を引き締めた。
シーハリオンの丘の麓の村を出発した彼らは試験場に移動する途中で、恐獣の頭に乗せる花輪を用意する為に野原に立ち寄っていた。
「花冠は贈る相手の事を想って作るもの。今回は人じゃなくて恐獣ですが、心を込めれば想いは通じますよね」
ソフィア・ファーリーフ(ea3972)もどこか楽しそうに手を動かしていた。
獰猛な恐獣たちは自分たちの仲間では無いけれど、誰も傷付きたくは無いし傷付けたくない自分を偽りたくない――彼女らしい温かな感情がその指先から溢れていた。
また、彼女の器用な指使いに見惚れつつ、トシナミ・ヨル(eb6729)もその傍でせっせと花を摘んで回った。
「確かに、あたしたちの腕前を見る難易度としては申し分無い相手だろうね。でも、何もしてない野生ティラノにとっちゃいい迷惑じゃない?」
花輪作りチームの脇で草の上に大の字に寝転びながら、フォーリィ・クライト(eb0754)はやや気乗りしない様子で呟く。
すると、隣で慎重に武具の手入れをしていた風 烈(ea1587)が言葉を返した。
「でも、難しい注文には違いない。ナナルにしてみれば、この程度の試験は簡単に突破出来なければ困るという事じゃないかな」
今頃カオスの穴の中では、凶悪な邪竜や魔物たちが今を遅しと己の出番を待っているのかもしれない――烈の心にふと言いようの無い不安が過ぎった。
「兎も角、琢磨殿の言うようにこれが『時間稼ぎ』であったとしても、我らは無事にやり遂げねばな。そして、ナナルと共に王都へ戻ろう」
リューズ・ザジ(eb4197)の言葉に皆が頷き、花輪もそろそろ出来上がるという頃になって、丁度偵察に出ていたグライダーが戻って来た。
「皆お待たせ。ばっちり地形の様子は掴んで来たよ」
「ヴェロキの姿は確認出来なかったが、ティラノサウルスの方は見て来た」
『暴君竜』に相応しい面構えだったとグライダーを操縦していたバルザー・グレイ(eb4244)が言い、同乗した朝海 咲夜(eb9803)も頷いた。
咲夜たちの情報を元に、各自が段取りや配置を確認して後、彼らは大恐獣の待つ最終試験場へと向かった。
●『暴君竜』
「それでは、《アグラベイション》詠唱行きますね!」
「わしは《コアギュレート》ぢゃな」
ティラノサウルスの背後で、ソフィアとトシナミがそれぞれ魔法の詠唱に入った。
魔法が発動される瞬間、術者は固有の光に包まれる。その気配から恐獣の気を逸らす為に、グラン・バク(ea5229)と烈が囮となってティラノの相手をする事になった。
ティラノサウルスの攻撃が一発でも当たれば、冒険者と言えども深手は免れない。両者共に《オーラエリベイション》始め武具にも闘気魔法を施すと、彼らは万全の体制で大物に挑んだ。
これにソフィアの支援魔法が功を奏したのは言うまでも無い。
「うーん、やるわね、二人とも!」
烈たちの交代要員とヴェロキラプトルへの牽制を兼ねて、彼らの後方でチャリオット上で待機していたフォーリィが思わず唸った。
「二人の連携プレーが見事だな。交互に敵の注意を引きつつ、巧みに攻撃をかわしている。最小限の動きで結果を出しているから、スタミナも切れ難い」
「あたしたちは邪魔が入らないように、此処でしっかり辺りを警戒しておかないとねー!」
(んー‥‥フォーリィ殿はそう言いながら、実はあの二人の間に入って一緒にティラノと戦いたいのではないだろうか? そう感じるのは気のせいか‥‥?)
と、瞳に闘志を燃やしつつ状況を見守っている彼女を見て、隣で思わず首を傾げるリューズではあったがそれはさておき。
「おや? あそこにいるのは美月殿では」
「え? ほんとだ。迷彩色の装備が周囲にしっかり馴染んでるね。だから気が付かなかったんだ。でもさ、ちょっとティラノに近すぎない?」
「確かに。あれではティラノに踏み潰され‥‥えええ――――――ッッッ!!!」
木村 美月(ec1847)は凄かった。
何が凄かったかと言うと――――いわゆる『肝っ玉』がであった。
彼女はグランたちに気を取られているティラノサウルスの足元まで死角からゆっくりと匍匐前進し、極力気配を消しつつ見事ティラノの後ろ足に辿り着き、爪に最初のサインを書き記した。
彼女は達筆であった。
そうして、彼女のすぐ後に続いて《インビジブルのスクロール》を使って風下から接近したアレクセイが、覗き穴付きの大きな布を使った隠れ身の術を駆使した咲夜がそれぞれサインと、『へのへのもへじ』を無事書き終えた。
「皆すご‥‥」
「ところで、トシナミ殿の魔法がまだ成功していないな」
「グランたち、流石にちょっと疲れて来てるわね」
フォーリィの心配通り、グランと烈の呼吸に少し乱れが出始めた。
大型恐獣の噛み付き攻撃を避け続ける事は体力以上に気力と集中力が必要とされるのだ。
バルザーが空からグライダーで牽制攻撃を掛けたが、リューズの読み通り、ティラノは空を駆けるものよりも眼前の地上で蠢いている獲物に興味をそそられているようであった。
「データによると彼らは『やや持久力に欠ける』ようですが、まだその兆候は見られませんね」
まず一仕事を終えてチャリオットに戻った美月が不思議そうに呟いた。
***
「なかなかしつこいな、こいつ(ゼィ、ゼィ)」
「風殿、確かこのティラノ‥‥雌だったな(ハァ、ハァ)」
「ああ、そう聞いているが(ゼィ、ゼィ)」
「もしかして‥‥(ハァ、ハァ)」
僅かに疲れが溜まって来た二人の脳裏に、第1の試験の記憶が甦る――。
「あの時は母親トリケラトプスに2人拉致されなかったか?(ハァ、ハァ)」
「今回の敵は雌で俺たちは雄‥‥(ゼィ、ゼィ)」
「「‥‥」」
突如言いようの無い不安に駆られた二人は、即座にフォーリィとリューズに囮役を代わってもらい、休憩を兼ねて一旦前線を退いた。
***
「思ったほどにこちらに目を向けてはもらえんが、それなら返って好都合か――」
一方、中々大恐獣の注意を引けずにいたバルザーは此処で思い切った行動に出た。
「サインが出来たのなら、後は花輪を頭上に載せるのみ!」
バルザーは恐獣の真上からグライダーを急降下させると、逃げ切れるギリギリの余裕を残した所で鮮やかに花輪を放り投げた。
花輪は見事ティラノの頭上に落ちたのだが、花輪が当たった瞬間に恐獣はその巨大な頭部をくるっと上にして空を見上げた。
そして、まさにその瞬間――。
ティラノの強烈な『鼻息』がグライダーを襲い、バルザーは思わず機体のバランスを崩した!
「「「「バルザーぁぁぁ――――――――――――ッッッ!!!」」」」
グライダーの片翼が大恐獣の強靱な顎に噛み砕かれようとするその直前――幸いにもトシナミの《コアギュレート》が発動し、冒険者は事なきを得た。
トシナミの目から涙が零れた。
●課題を終えて
呪縛の魔法によってティラノの動きは止まったものの、その瞬間を待っていたかように今度はヴェロキラプトルが仲間たちに襲い掛かったが、体力を温存できたグランと烈の奮闘や思う存分に身体を動かし切れなかったフォーリィの快進撃、それに加えて美月の《アイスコフィン》、ソフィアの《プラントコントロール》が獰猛で俊敏な彼らの動きを封じ込んだ。
やがてチャリオットと空飛ぶ絨毯に分かれて、仲間たちはグライダーと共に試験場を無事離脱した。
「今回ばかりは『さらば、わしの人生』かと思うてしもうた‥‥皆が無事で本当に良かったのう」
村長の館に着くなり、トシナミは大きく胸を撫で下ろした。
後で聞いた話だが、彼はこの試験を受けるに当たり友人宅を回って別れの水杯を交わしたとかしなかったとか‥‥。
「ナナル殿、ちょっとこちらへお座り下さい。‥‥虹竜殿もですっ!!」
「「‥‥」」
いつもとは雰囲気が違うグランの様子に押された二人は、大人しく彼の前に座って姿勢を正した。
「今回の試験は、罪も無い野生恐獣の住処に土足で踏み込む行為と大差ない。それでは、俺が話した人が犯した竜への過ちと変わり無いではありませんか!」
「‥‥確かに、今回は少々度が過ぎたようだ。私もナナルにはつい甘く‥‥ナナル? 何をしているっ?」
「べえーだ」
ナナルは黄色い絵筆でグランのバックパックに『へのへのもへじ』を大きく描いていた――。
そんな彼女に、リューズは前回谷に落してしまった菓子の詫びにとメイディアで買った焼き菓子を贈り、アレクセイは草原で編んだ花冠を贈った。
「役目も大事ですが‥‥その前に、貴女はまだまだ遊びたい盛りの女の子ですものね」
一瞬、花の優しい香りがナナルを包む。
「あのねっ、ナナルのお母さんもお花が大好きなの! 中でも白いお花が一番好きでねっ、ナナルいつも‥‥いつも‥‥っ」
「ナナル‥‥」
思わず言葉に詰まったナナルを、そっと咲夜が抱き締めた。
「お姫様に涙は似合わないよ。僕がいつだって傍にいるさ。君の為ならいつでも全力投球さ」
ナナルはほんの少し照れながら、黙って赤い絵筆で咲夜の尻に『へのへのもへじ』を小さく描いた。
***
「兎も角カオスニアンやカオス由来の技術と手を切れない限り、バの国と手を結ぶ事は有り得ないだろう」
「あたしは生まれが不平等であっても、自由だけは唯一誰にでも与えられるべきものだと思ってる。それすら与えられないのは嫌だな」
やがて、仲間たちの会話は試験の話題から『バ』の国の話題、そしてカオス勢力の話題へと移っていた。
「虹竜殿、『天界王』の伝承によればカオスの穴はシープの剣により封印されたはずだが、その封印はどうなったのでしょう 」
皆の話に聞き入っていた虹竜を振り返って、バルザーが尋ねた。
「再び『カオスの穴』が開いた段階で『ロード・ガイ』の結界は破られ、現在結界自体もすでに消滅している。残念な事だが」
竜の言葉に仲間たちは項垂れた。
「では、陰と陽のように対となるものが存在するように、カオスの穴には邪竜が存在するのか?」
烈の言葉に虹竜は静かに首を縦に振った。
「我らと同種の竜なのかどうかは分らぬ。だが、恐ろしく強大な負の力を持ったものが存在する事は確かだ」
「それでは、七竜がメイの国と接触したように、混沌の勢力がカオスニアンと共存する『バ』に力を貸す事は‥‥」
「混沌の勢力が『バ』とどのような形で関わるか、あるいは関わらないのか‥‥何れにせよ彼らは間違いなくアトランティスを、この世界を欲している。カオスニアンを混沌の勢力に含めるのであれば、『彼ら』はすでに『バ』に力を貸している事になる」
「確かにそうだ。バの国の変貌自体がすでに混沌の勢力の影響なのかもしれない」
リューズが深い溜息を吐き、仲間たちの顔にも暗い影が差した。
「おいおい、お前たち。明日王都へ帰るんだろ? 私も一緒に行く。道中宜しく頼む」
「え‥‥?」
「今、なんて?」
「一緒に?」
「ナナルちゃんっ?」
暗かった広間に、一斉に歓声が湧き上がった。
彼らは、見事に3つの課題をクリアしたのである――。