シーハリオンの巫女〜迷い

■シリーズシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月15日〜05月21日

リプレイ公開日:2007年05月20日

●オープニング

●ナナルの本日の講義:『カオスの穴』とは何ぞや? 〜『カオスの穴』が抱える問題点〜

 『カオスの穴』とはカオスの地の中心に開いた地面の亀裂である。その地下深くには混沌の意識が渦巻くといわれる『カオス界』がある――ともっぱらの噂である。
 さて。ここまで聞いて「へぇ〜、そうなの」「そうなんだ」と思えても「えええっ!! それは大変だっ!」と思う者はまだ少ないだろう。
 では、これではどうか。

?現状『バ』の勢力として恐獣を自在に操りメイの国を脅かしているカオスニアン。
 彼らはもともとは『カオス界』の住人であり、『カオスの穴』を通じて『カオス界』から『無尽蔵の兵力』として、随時このアトランティスに送り出されている。
 言い換えれば、王宮や冒険者が必死になってカオス勢力の抑止を図ったところで、穴を塞がなければ敵兵の数が減る事は無い。下手をすれば味方勢力を大幅に上回る可能性だってある。
 つまり元を断たなければ『バ』の軍事力が衰える事はなく、即ち戦争に終わりは無いという事だ。
 
?次に、『カオスの穴』から溢れ出て来るのはカオスニアンだけではない。
 昔話や伝説として聞いた事がある者もいるだろうが、『カオスの魔物』という厄介なモンスターたち。
 今はまだ影を潜めてはいるが、恐らくそう遠くない未来に王都を含むメイの国全土が奴らの襲撃を受ける事は免れないだろう。

?次に、サミアド砂漠の拡大とカオス汚染の問題。
 『カオス界』の影響を受けて、砂漠は日々確実に広がりつつある。これはアトランティス全体がいずれは砂漠化してしまう事を意味する。
 そして、問題なのは砂漠化と同時に進行するもう一つの畏怖――つまり、『カオスの汚染』である。
 カオスに汚染された土地では植生も変わり、人間や動物は住めなくなってしまう。そして大陸の精霊の力は衰退し偉大な竜もまた例外では無い。
 この世界が文字通り『カオス界』とその住人たちに取って代わられてしまうのである。

 ――――そのような事態になる前に何としても『カオスの穴』を我らの手で塞いでしまわなければならない。
 そして『カオスの穴』を塞ぐ事が出来る唯一無二のマジックアイテム。それこそが伝説の魔剣――『阿修羅の剣』である。

   ***

「以上だ。分ったか、上城」
「ああ、大体は」
「その様子では、全然分ってないようだな」
 シーハリオンの丘の麓の村長の館で巫女と虹竜を前にして、琢磨は別件の調査書に目を通しながら適当な返事を返した。
「そう言われてもさ、俺、『カオスの魔物』とやらにお目にかかった事無いし。砂漠化が進むったって今日明日の事じゃないだろーし。俺としては、眼前の問題のが優先事項なわけさ」
「これだから人間は厄介なのだ」
 虹竜が大きく溜息を吐くのを見て、琢磨が向き直る。
「じゃあさ。その『カオスの穴』とやらを見に行くってのはどーよ。魔物やらカオス兵がうじゃうじゃ群れてるのを見たら、流石に皆の背筋も凍りつくってか‥‥」
「お前、命が惜しくないのか」
「へ?」
「お前が乗ってきた巡洋艦、ヤーン級と言ったか。あれではまず穴に近づく段階で大破。帰還すら危ういぞ」
「‥‥ふーん」
「どうだ。少しは興味が沸いて来たか?」
「‥‥。それじゃ、出発するにも色々と準備が必要ってわけだ。なら、さっさと試験を終わらせて、巫女様が王様に直接頼む方が早いんじゃないのか」
「王宮だけを動かしても事は成し得ない」
 虹竜――金とも銀とも見分けのつかない荘厳な光を周囲に放ちながら穏やかに語るその竜は、意味有り気な言葉を琢磨に洩らした。
「万事――時が満ちる事が必要なのだ」
「俺にはよく分らないけど」
 ともかく、次の試験を受けるため冒険者を連れて再び来ると約束して琢磨は村を後にした。 

「冒険者は兎も角。かの地の『彼ら』が期待通りに動いてくれればいいが‥‥」
「心配するな、ナナル。そのために我ら七竜がいるのだ。――お前が王都に行く頃にはきっと『準備』は整う」 
「れんちゃん、私も上城も無作法でごめんね。心の中ではちゃんと七竜に感謝してるからね」
 分っている――と言う風に、虹竜は微笑む。
 この気丈で繊細な少女の髪を撫でてやる事が出来れば――と竜は思う。次は人間の姿を借りてみるのもいいかもしれない。
 人との触れ合いに、不思議な感触を感じる竜であった。


■課題その2:【実技試験】
 本日の実技試験(中級)〜シーハリオンの丘の南、カオスの地とメイに挟まれた山脈の峡谷にある鍾乳洞に入り、宝箱を持ち帰る事。

○鍾乳洞にある宝箱は全部で3個。いずれか1個でも持ち帰ればOK。数が多ければ尚良し。
○鍾乳洞への入口は崖の淵から20m程下にある。ただし、目的の支流の川幅は極端に狭い部分があり、且つ断崖絶壁でフロートシップで降下しての着岸は不可。グライダーは辛うじて入口付近に着地可能。シップから縄梯子等を下ろすなど状況に応じて策を検討する事。
○崖の上の森に小型の翼竜ディモルフォドンが群を成して生息している。体長も1m以下で単体ではさほどの脅威は無いが多勢で群れているのが厄介である。
○鍾乳洞は深くはないが、途中で道が分かれている。内部ではコウモリやムカデに注意。
○カオスの地に隣接しているので最悪『バ』の偵察部隊等と接触するケースもあり。
○悪天候に関係なく実施する。

【使用可能なゴーレム】
・グライダー 2騎まで(飛行ペットの使用可)
・フロートシップ 攻撃型高速巡洋艦メーン

【鍾乳洞内部】

岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩
岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩∴∴∴∴岩岩岩岩
岩∴■A∴∴岩岩岩岩岩岩∴岩岩岩∴岩岩岩
岩∴∴∴∴∴岩岩岩B岩岩∴岩岩岩岩∴岩岩
岩∴∴∴∴∴岩岩岩■岩岩岩∴C岩岩岩∴岩
岩∴∴∴∴∴岩岩岩∴岩岩岩岩■岩岩岩∴岩
岩岩岩∴岩岩岩岩岩凹岩岩岩岩岩岩岩岩∴岩
岩岩岩岩∴岩岩岩岩凹岩岩岩岩岩岩岩∴岩岩
岩岩岩岩岩∴岩岩岩∴岩岩岩岩岩岩岩∴岩岩
岩岩岩岩岩岩∴岩岩∴岩岩∴∴∴∴∴∴岩岩
岩岩岩岩岩岩岩∴岩∴岩∴岩岩岩岩岩岩岩岩
岩岩岩岩岩岩岩岩∴∴∴岩岩岩岩岩岩岩岩岩
岩岩岩岩岩岩岩岩∴入∴岩岩岩岩岩岩岩岩岩

入/入口
■/宝箱
凹/濃い霧が立ち込めている所
∴/洞窟

【峡谷断面】


仝仝仝←峡谷→仝仝仝仝仝仝仝仝仝
━━━┓∴∴┏━━━━━━━━━
∴∴∴┃∴崖┃∴∴地中∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴↓┗━∴∴∴∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴入口→洞洞洞∴∴∴∴∴
∴∴∴┃∴∴┏━∴∴∴洞洞洞洞∴
∴∴∴┃∴∴┃∴∴∴∴∴∴洞洞洞

仝/森
洞/鍾乳洞

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1847 木村 美月(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

楊 書文(eb0191)/ ティラ・アスヴォルト(eb4561

●リプレイ本文

●再び村
「第2の試験受けに来たよ〜! よろしくねっ!」
 ナナルと初顔合わせとなったフォーリィ・クライト(eb0754)は、村長の屋敷に上がり込むなり彼女の手を握って力強く握手をした。
「よ‥‥よろしく」
 ナナルは小さな声で返事をした。少し人見知りする所もあるらしい。
「ねえ、ナナルちゃん、さっきから何作ってるの?」
 ナナルが黒っぽい布を手に持ち、部屋の隅に座ってせっせと針仕事をしている姿が気になっていた朝海 咲夜(eb9803)が、フォーリィの背後から好奇心を抑えきれずに声を掛けた。
「これはその、トシナミ用の傘だ」
「わしの傘ぢゃと?」
 すると、思わぬ所で名前を出されたトシナミ・ヨル(eb6729)が慌てて彼女の前に飛んで来た。
「出来た」
 ナナルは縫い終えたばかりのミニミニ傘をトシナミに手渡す。
「ホーリーライトの光を弱めたい時はこの傘を光の玉に翳せばいい。両手は塞がるが、ずっと指を咥えているよりは動き易いだろう」
「ナナルさん‥‥」
「作りは華奢だから何度も使えぬ。急場凌ぎだ」
 そう言い終えるとナナルは手早く裁縫道具を片付けた。照れるナナルにトシナミが嬉しそうに何度も礼を述べるのを、仲間たちが微笑ましく見守っていた。
「ところで早速なんだが、虹竜さんの事をどう呼べばいいか悩んでるんだ。他にお名前とかありますか?」
 トリケラトプスの試験で草を食み大奮闘した風 烈(ea1587)がナナルの傍にいた虹竜に尋ねると、雪のように真っ白な美しい羽毛に覆われた虹竜は、いつものコンパクトサイズの体でくるりと烈に向き直った。
 前回は緊張していたせいもあって繁々と虹竜を観察出来なかったのだが、この時初めて、烈は竜が見事な3対の翼を持っている事に気付いた。
「名前ならナナルが付けてくれた。レンでも良いが、虹竜でも構わん。ただ、妙に長ったらしい呼び名は勘弁願いたい」
「承知した」
 満足気に微笑んだ烈と入れ替わりに、今度はグラン・バク(ea5229)が虹竜の前にやって来た。
「虹竜殿、ご同胞の竜について伺いたい事があるのだが」
「我に分る事であれば」
 グランの話はこうである。
 人伝に聞いた事なのだが、セトタ大陸のシーハリオンを囲む嵐の壁に人間が作った船が飛び込み、シーハリオンの竜を傷付けるという禍事があったとか。
 グランは事の真偽を問うたが、残念ながら虹竜の知る所では無かった。
 だが、グランは人間が抱える傲慢で愚かな一面を認め、心から虹竜に詫びた。
「申し訳ない。そう伝えるのに一年掛かった。以後は微力ながらこの身を扱き使って欲しい」
「では、ナナルのために」
 虹竜の言葉にグランは深く頷いた。
「れんちゃん、れんちゃん、見てっ!」
 刹那、ナナルが珍しく皆の前で子供らしい無邪気な声を上げながら駆け寄ってきた。彼女は小さな子犬をしっかと抱き締めていた。
「バルザーに貰ったの。後で一緒に名前、考えよーねっ」
「なかなか構ってやれんので、可愛がって貰えれば幸いだ」
「良かったな」
 虹竜は子犬に夢中になっているナナルに代わって贈り主のバルザー・グレイ(eb4244)に深く礼を述べた。
 短くも穏やかなひと時であった。

●いざ、渓谷〜冒険者の不安
「再びお会い出来て光栄です」
 メーンに乗り込んで早々に、リューズ・ザジ(eb4197)はメインブリッジにいる指揮官のカフカの元を訪れた。
「今回の目的地付近で敵翼竜部隊の目撃情報はあるのでしょうか?」
「頻度は低いが偵察用のプテラノドンが度々目撃されている。ただし、この辺りでカオス兵力の大きな動きは確認されていないから、大部隊が潜んでいる可能性は低いでしょう」
(ふーん。カフカとリューズって結構お似合いじゃん)
「どっちに焼き餅焼いてるんですか?」
 二人の姿を興味深げに見入っていた琢磨に、同じくブリッジに上がってきたソフィア・ファーリーフ(ea3972)とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が楽しそうに声を掛けた。
 木村 美月(ec1847)は自ら進んで甲板で他の兵と共に艦の航行の見張りに立っていた。
 彼女が持っていた双眼鏡は大層兵士たちの注目を浴びた。

 メーンはグライダーを降下させた後、鍾乳洞から少しだけ離れた谷幅の広い地点に潜伏して待機する事になった。 
 仮にバの偵察隊に見つかったとしても、短時間であれば艦は耐えられるので、その際には何はさておき迅速な帰還をとカフカは念を押した。
「少しばかり雲行きが怪しいが、『晴れ男』が居れば問題無かろう」
 と、冗談混じりに皆が歓談をしている途中で、ふとアレクセイが心に掛かっている疑問を投げた。
「実は少し気になっているんですが、阿修羅の剣を覚醒させる為に必要な命って、もしやナナルの‥‥」
 彼女の言葉に一瞬空気の色が変わった。
「あっ、これは、その、私がふと思っただけで‥‥そんな事は」
「あるかもしれないな」
「琢磨さんっ!!」
「アレクセイの言うように巫女は時として自身が贄の役を担う。可能性はゼロじゃない」
「そんな‥‥っ」
「ナナルがどうかしたって?」
 洞窟へ降りる準備を整え終えた咲夜たちが、ソフィアらの尋常ならざる雰囲気に気付いて不安げに声を掛けた。
「俺がまた余計な事を言っただけさ」
 琢磨は相変わらず澄ました顔でそう言い残すと、一人何事も無かったかのようにブリッジを降りた。
 仲間たちは皆考えすぎだと笑い過そうとしたが――彼らの心の奥に僅かな不安の種が小さく芽吹いたのは事実だった。

●鍾乳洞
 メーンからの人員輸送は主にグライダーで行なわれたが、緊急時の場合も考慮してグランとアレクセイは縄梯子を伝いながらの絶壁降下を試みた。
 問題視された小型の翼竜ディモルフォドンは森の木々からこちらの様子を伺うに留まっていた。
「宝箱は1つ手に入れれば合格か。山間の天気は変わり易いと言うし、引き際を見極めるのも試験の内かな」
 鍾乳洞の入口に降り立つと命綱を手繰り寄せてシフールのトシナミを確保して後、烈が周囲に目を凝らした。
 やがて全員を降ろし終えたリューズとバルザーは手早くグライダーを入口付近に固定した。
 グライダーの傍には見張り役としてアレクセイの鷹が付けられた。

   ***

「宝箱、有りましたー!!」
 長く暗い通路を抜けて真っ先に宝の箱を見つけたのは美月だった。
 地球生まれの美月は恐らく野生の蝙蝠と戦った事などかつて無い経験だっただろうが、それでも彼女は松明片手に懸命に耐えた。
 煤で汚れた彼女の顔から思わず笑みが零れた。
「うひゃー、とりあえず大物は出てこなかったわね。この道はハズレだったかな?」
「おいおい、縁起でも無い事言うなよ。本当に厄介なモンスターが出て来たらどうするんだ?」
「確かに‥‥」
 冗談を言いながらも、足元から忍び寄る冷気に耐え切れずフォーリィが身震いした。
「兎も角ここは思ったより冷えます。急いで入口に戻りましょう」
 アレクセイが慎重に罠の感知を行なった後、見つけた宝箱は無事回収された。

   ***

「出た‥‥クラウドジェルっ‥‥」
 一方、Bルートを進んだソフィアたちは例の霧の前で立ち往生していた。予想通り濃霧の中には無数のクラウドジェルが蠢いている。
 クラウドジェルの攻撃以外、霧の中に入った咲夜の分身には何も起きなかったので、落とし穴等、地面や壁面に罠が無い事は確認出来た。
「さて、全員で此処を通過するのは危険かな」
 グランの提案で、ソフィアと咲夜は霧の手前で待つ事となった。
 グランは闘気魔法を施して準備を整え、先陣を切って濃霧に突っ込んだ。その後をホーリーライトを燈したトシナミとバルザーが追い、2つ目の宝箱も無事確保された。

   ***

「誰も来ないね」
「そのようだ」
「つまんないねー、れんちゃん」
 Cルートの奥で皆の到着を虎視眈々と待ち受けていたナナルが、がっかりしたように呟いた。
 だが刹那――彼女と竜は外の異変に気付く。
「始まったな」

   ***

 一行が鍾乳洞の入口に差し掛かった辺りで、見張り役の鷹、リョーニャが騒ぎ始めた。
 外は激しい雨が降り出していて風がまださほど強くないのが幸いであったが、しかし猶予は許されない――。
「メーンが頭上に!」
「って事は、もしかして‥‥」
「ああ、奴らに見つかったらしい」
 降りしきる雨の中、仲間たちが見上げる暗い空にメーンの船底が、そしてその周囲を飛び回る中型翼竜の姿があった。
 程なく、先の戦いから熟練を積んだメーンのバリスタは見事に偵察隊のプテラノドンを撃墜したが、同時に森の小型翼竜を煽ってしまった。
「今よりメーンへ急ぎ帰還する! 全員準備をっ」
 グライダーが速やかに発進すると、メーンからも縄梯子が下ろされた。体力が十分残っている者はグライダーの負担を軽くする為にも梯子で脱出した。
 ディモルフォドンの、さほど威力は無いが煩わしい攻撃を魔法や盾で防ぎつつ、仲間たちはなんとか無事にメーンに帰還したが――だが、残念な事に宝箱の一つは蓋が外れ、中身は谷底へと舞う様に落ちて行った。
 峡谷を脱した後、グライダー隊が改めて谷底へ向かおうとするのをカフカが一喝した。
 あの様に激しく厳しい態度で仲間に接するカフカを、琢磨は初めて見た。

●ナナル、怒る
「油断したな」
 村長の屋敷にずぶぬれになって浮かぬ顔で戻ってきた仲間に、ナナルが冷たく声を掛けた。それは子犬と無邪気に戯れていた少女のそれとは明らかに別物であった。
「あれが阿修羅の剣であったなら、どうするつもりだ。川底を浚いにまた出かけるのか?」
「そういう言い方するなよ。あれは只のギミックで剣じゃない。そして、これは巫女さんの気まぐれな試験の一つに過ぎないだろ」
「相変わらず甘いな、上城」
「‥‥」
「琢磨殿が庇ってくれるのは嬉しいが、油断したのは事実だ。これは私たちの失態だ」 
 思いつめたように辛そうな声でリューズが答えた。
「うん‥‥持ち帰るまでが仕事だもんね。それがどういう状況だったとしても」
 珍しく肩を落とすフォーリィの背をバルザーが後ろから優しく叩いた。
「兎も角一つは無事持ち帰れたのだ。今回はこれを納め、我らを評価して頂きたい」
 バルザーが残った宝箱を巫女の前に差し出し、仲間たちは重い気持ちを抱えたまま静かに大部屋を出た。
「マイハニーは予想以上に手厳しいな」
「あんた‥‥なんか印象変わったわね」
「言葉使いは変わっても、僕の彼女への愛は変わらないさ」
(((あっそー)))
 越後屋印のてるてる坊主を手に一人物思いに耽る咲夜を残して、仲間たちは着替えを済ませて別室に集い、今日一日を振り返った。
「同じ過ちを繰り返したら、今度こそナナルちゃんに見放されちゃいますねっ」
 ソフィアの言葉に全員が頷いた。
 交流と結束――『信頼こそ戦力』。
 美月がそう紙に書いて、大きな声で読み上げた。綴られた不思議な文字を見ながら、仲間たちはそれぞれ自国の言葉で思いを込めてそれを書き写した。
 
   ***

「で、あの箱の中身は一体何だったんだ?」
「私のおやつだ」
「はあ?」
「お腹が空いたら皆で食べようと思ってた‥‥美味しい焼き菓子なんだぞ」
 それで機嫌が悪かったのか――琢磨は一人得心が行った。
「ナナル。そろそろこちらも準備に掛からねば時間が無いぞ」
「そうだね、れんちゃん。迷ってる時間は無いよね。奴らの動きを早める事になったとしても‥‥私たちは行かなくちゃ」
 琢磨に別れを告げて二人はシーハリオンの丘へと再び去った。奴ら――とは? 
 琢磨の心に疑問が残る中、試験は残す所後一つになった――。