堕天使たちの砦〜野のユリ

■シリーズシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月17日〜07月23日

リプレイ公開日:2007年07月25日

●オープニング

 味方にも多少の疲弊は生じたものの、騎士団は『東の砦』攻めにおいて圧倒的な勝利を治めた。
 メーンの精霊砲により敵は翼竜を飛び立たせる為に必要な昇降台を失い、また翼竜を操る熟練のカオスニアンも殆どが射落とされ、頼みのケツァルコァトルスさえも深手を負った今、翼竜部隊は実質壊滅状態に等しかった。
 また、先の戦いではろくに参戦もせず両者の動向を見守っていたしたたかな『盗賊村』の連中は、今では村を放棄して身を隠し、形勢が悪くなったイザクたちの首を賞金目当てで狙っているという噂まで立つ始末だった。

 その後のKBCの追跡調査によると、大将イザクは残った兵たちを砂漠へ逃がしたので、砦にはイザクと彼を慕う一部の部下と彼らの従えた恐獣だけが留まった。
 その中には水の魔術師ジブリールの姿もあると言う。
 彼らは残り僅かな兵糧で食い繋ぎながら騎士団との最後の戦闘に備えていたが、その様な中で『それ』は王都に届いた――。

  ***

「全く以て、よく降りやがる」
 雨に濡れた中庭を窓から見下ろしながら独り言のように呟いて後、ジョゼフは蒼白い顔で机上に視線を落としている後輩に幾分穏やかな声で言葉を掛けた。
「お前‥‥もう4日寝てないだろ。後は俺がやっとくから、自分の部屋に戻って少し寝ろ」
 例のものが届いてから以降、琢磨は机に噛り付いたまま、まるで何かに憑かれたようにある男に関する無数の書類を食い入るように眺めては、ペンを取ってメモを取り続けていた。

 KBC本部に届けられた柩は大層高級な代物であった。柩の蓋を開けると噎せ返る程に強烈な白ユリの花の香が部屋中に立ち込めた。
 気味悪そうに後退りする仲間を退けて琢磨が更に柩の中を覗くと、その清らかで優美な花に埋もれて一人の美しい金髪の女の顔が彼の両眼に映った。
 それはミルクの姉のマリアに大層よく似ていた。
 彼は反射的に女の右手を探した。それは胸の辺りに交差するように添えられていたので、見つけるのは容易であった。
 果たして、『混沌の刻印』はその手に刻まれていた。
 つまり、その女は紛れも無く魔女ベリアル――薄幸な女マリアであった。
 死に至る程に深い傷が見当たらなかった為、死因は毒あるいは他の何かであると推察されたが、その死体は幸いにも驚くほどに綺麗な状態で、眠っているだけなのではと幾度も琢磨が脈を確かめた程であった。
 やがて彼女の死は、すぐに妹ミルクの知る所となった。
 彼女は姉の遺骸に縋り付いて、声が枯れるまで泣き明かした。
 ようやく涙が尽きると、彼女は姉の額に接吻してから部屋に戻り、父親に送る手紙を書いた。
 手紙を出し終えると、彼女はその場に崩れ落ちた。
 熱が彼女の体力を奪い、その意識をも奪っていった。
 彼女は自身が床に伏すまで、誰の事も責めなかった。姉の事も恋人の事も、騎士団の事も‥‥ただ、彼女が自分自身を責めていたかどうかジョゼフには分からなかった。
 ただ一つ確かな事は、彼女が赤裸々に琢磨を責め立てていれば‥‥あるいは琢磨にとってはその方がずっと楽だったのかもしれない――と、ジョゼフは感じていた。

「父親がマリアの遺体を引き取りたいと言って来た」
 先ほどからジョゼフを無視していた琢磨の肩がほんの少しぴくりと揺らぐ。
「この所の雨で道は悪いが4、5日もすれば王都に着くだろう。そしたら姉の柩と一緒にミルクもセルナーに帰ると言っている」
「ミルクは‥‥熱は下がったのか? 食事は?」
「張り詰めていた糸が切れて、一気に疲れも出たんだろう。エドとツキが交代で様子を見ているが、今は大分落ち着いて‥‥」
 ほっとした様に溜息を漏らす琢磨のやつれた顔を見て、ジョゼフは一瞬息を飲んだ。恐らくは気力だけが彼の身体を支えているのだ。
 医者が必要なのはミルクよりも琢磨の方だ――と年上の男はそう思った。
「あの子は見た目よりずっと大人でしっかりした娘だよ。芯の強さも姉に似たんだろうな。最後に砂漠で彼女がマリアと話せたのは良かったと思うぜ。心に溜め込んできた思いをちゃんと伝えられたんだからな」
「でもっ!!」
 思わず拳で机を叩いて琢磨は絶叫する。
「でも、あの子はマリアと一緒に家に帰るのが夢だったんだ! それを俺が‥‥俺が、油断したばっかりにっ‥‥!」
「お前のせいだと?」
「そうだよ、俺のせいだ! ――あの男のやり口は散々見て来たんだっ! マリアの周辺はもっと警戒すべきだった。盗賊や騎士団以外にも敵はいるかもしれないって伝えておけば‥‥イザクにも注意させておけば‥‥そしたらこんな結果には、こんな最悪の結果にはならずに済んだ‥‥こんな‥‥っ」
「ラ・ニュイがやったとは限らないだろ」
「あいつに決まってる! マリアは凄腕の魔術師で、配下に何人も魔術師を従えていて奴らの内情にも詳しい。そんな彼女の裏切りをラ・ニュイが黙って見過ごすわけがない。それに、あのご大層なユリの柩をわざわざ俺宛に送り付けてくる手の込んだ演出と言い‥‥あの男以外考えられないっ!」
「らしくねーな」
「え‥‥?」
「状況証拠だけで判断するな――これ、お前の口癖。違うか、琢磨?」
「ジョゼ‥‥」
「もうじき騎士団が砦の掃除に向かうはずだ。現場に行けばもっと違う『事実』も見えて来るんじゃないのか?」
「それは‥‥」
「お前が行かないのなら俺が代わりに行くまでだ。もっとも空を飛ぶのは御免だがな」
 ジョゼフは琢磨と目を合わせると、口元に小さな笑みを浮かべてそう言った。
 彼は空を飛ぶよりも、大地に足を踏み入れる事を好んだ。尤も、それはタフな彼だからこその話である。
「どうするんだ」
「勿論‥‥俺が行きます」
「じゃあ、さっさと机の上を片付けて、部屋に戻ってベッドに潜って寝ろ。起きたらしっかり食っとけよ。人間食うのも仕事のうちだ」
「あの‥‥先輩」
「なんだ?」
 ふいに真顔で尋ねられて、ジョゼフは心持照れ臭そうに琢磨に視線を返す。
「俺、先輩に優しくされると‥‥マジ、気持ち悪いっす」
「‥‥。貴様ああああ――――――――――――!!!」
 ジョゼフが頭を小突くのを琢磨は避けもせずに黙って受けた。
「フン、それだけ減らず口を叩けるなら上等だ」
 俺も別件の後始末で忙しいんだと散々文句を言いながら、ジョゼフは琢磨の執務室を後にした。
 冷たく降り続く雨は一層激しさを増し、暗雲は王都を覆い尽くした。


 『〜われ天より閃く雷光の如く魔王が落ちしを見たり。
 見よ、われ汝らに蛇・蠍を踏み、仇の全ての力を抑えうる権威を授けたれば、汝らを害うもの絶えてなからん。
 されど霊の汝らに服するを喜ぶな。汝らの名の天に録されたるを喜べ〜』

 天界のルカの書にはこう記されていると言う。
 それから間もなく、冒険者ギルドに依頼は張り出された。

■依頼目的:砦に残るカオス兵の一団を粉砕する。マリアの死の真相並びにラ・ニュイに関する情報を引き出す為に、可能であればイザクやジブリールは殺さず捕虜として捕らえる。

【東の砦・兵力】
・中型恐獣部隊 1個群(デイノニクス2〜3)
・イザク(剣士)
・ジブリール(魔術師)
・騎兵と歩兵 20程度

【使用可能なゴーレム】
・強襲揚陸艦グレイファントム
・オルトロス又はモナルコス 2騎まで
・グライダー 2騎まで
・騎兵 30

※騎士団は砦の南側、砦のほぼ目前に陣を敷いている。降伏を勧め、イザクが拒否した場合は攻め込む。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●交渉
 蒼く澄み切った空の下、熱砂を踏みしめて冒険者たちは再びその地に降り立った。
「今は己が為すべき事を為す。それだけだろう?」
 リューズ・ザジ(eb4197)が王都を離れる時に言った言葉――。
 皆それぞれに深い思いを抱きながら、ある者は少女からの書簡を携えて、為すべき事を為すために彼らはまず一足先に騎士団の屯営に入っていたカフカ・ネールに会わなければならなかった。

 口上はランディ・マクファーレン(ea1702)が述べた。本人が言うのが最も説得力があると琢磨が推したのである。
「敵が騎士団の投降勧告に応じなかった場合、突入の前に俺たちに敵将イザクと決闘をやらせて欲しい。決闘の条件は『こちらが勝てば砦の兵は全員捕虜に、負ければこちらが撤退』だ。騎士団側の反発もあるだろうが、そこをあんたに抑えて貰いたい」
 ランディの言葉に司令官カフカは予想通り眉を顰めた。
「奴らから情報を引き出すチャンスなんだっ!」
「こちらが優位に立っている状況で、万一負ければ撤退などと甚だ理に適わぬのは承知の上。だがそこを曲げて‥‥どうか我々を信じて欲しい」
 仲間の後押しをするようにクーフス・クディグレフ(eb7992)がカフカに頭を下げ、リューズもこれに続いた。
「我らとて、これ以上この地を味方の血で染める事は望んでおりませんっ!」
 普段の数倍は熱く己の意志を示すリューズを見て、カフカは一瞬驚き、そして深く溜息を漏らした。
「そうだな‥‥では私からも条件を出そう。もし君たちが負けたら、没落貴族の面倒をみて貰えるだろうか」
「?」
 冒険者たちが不思議そうな顔をするので、カフカは少し子供っぽい笑みを浮かべて後に、改めて真顔で彼らに向き合った。
「思い返せばモーヴェ島奪還作戦の時と言い、私たちは常に最も危険な任務を能力の差を盾にして冒険者に任せてきた。それは以前琢磨にも手厳しく指摘された通りだ。常に危険は冒険者任せで都合のいい時だけ王宮の立場を誇示する事がフェアだとは私には思えない」
「カフカ殿‥‥」
「だが、これは私の個人的感情であり軍人として罷り通る理ではない。であれば、私は自分の席を賭けてその責めを負う必要がある。もし君たちが負ければ、その時点で私は軍を辞める。後任の者が直ちに砦攻めを兵に命じるかもしれないが、それはもう私には止められぬ。それでも良いなら君たちの要望を叶えよう」
 カフカの言葉に全員が押し黙ったが、そこは琢磨が冷静に対処した。
「どうするんだ? カフカが首を賭けるって言ってるんだぜ? びびって止めるなら今のうちだ」
「今更ビビるかよ」
「こっちが勝てばいいんだろ」
「ま、大丈夫なんじゃない? こっちだって当に覚悟決めてるもんね」
 ランディとアリオス・エルスリード(ea0439)の強気の発言にエルシード・カペアドール(eb4395)も便乗してそう述べると、その任を担う男の顔を見てにっこり微笑んだ。
 その男――グラン・バク(ea5229)は大変だという風に一瞬肩を竦めて見せ、そしてカフカに厚く礼を述べた。
「あれ、あの新顔の人は何処に行っちゃったんでしょう?」
 カフカとの交渉を無事終えて控えの部屋に戻ろうとしたベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が、辺りをキョロキョロと見回しながら呟いた。
「カオスニアンに手心を加える必要は無い――とか厳しい事を言ってた背の高い奴ね。そういえば‥‥」
 フォーリィ・クライト(eb0754)とベアトリーセがケヴィン・グレイヴ(ea8773)の姿を探し回っていると、その場を通り掛った音無 響(eb4482)が答えた。
「ケヴィンさんなら騎士団の方と共に砦周辺の偵察に行かれました。俺たちはもう何度も来てるけど、ケヴィンさんは初めてだし」
「ふーん、早速仕事に掛かるなんて、結構やる気あるじゃない」
「頼もしい方ですね♪」
「あ‥‥それから」
「?」
「琢磨くん、何とか元気そうですね。俺、心配しちゃいました‥‥彼、結構思い詰めるとこあるから」
「人の心配する前に自分の心配しなさいっ!」
 刹那、響の背中にフォーリィのバックアタックが決まった。此処一番で相変わらず隙の多い男である。

●砦へ
 やがて夜明けと同時に冒険者たちは持ち場に着いた。
 オルトロスに乗り込んだクーフスとベアトリーセは砦南東に陣を敷いた騎士団の前方に立ち周囲を警戒した。
 盗賊村にいた輩も含め、イザクを慕って残ったというカオス兵の中にも『裏切り者』はいるかもしれない――そう疑念を抱いた彼らはいつにも増して戦場に意識を集中した。
 マリアの死を無駄にしない事。冒険者の思いはひとつであった。
 やがて騎士団から東の門に向かって投降勧告がなされたが、砦は返答を返さなかったためオルトロスが進み出て決闘の口上を述べた。
 それと同時に剣と盾を携えたグランが馬を降り、徒歩で砦へと歩を進めていった。
 その様子を見て、すでに崩れかけている砦の門でカオス兵が弓を構えたが、奥からイザクがそれを制した。
 部下の命が保証されるのを再度確認すると、長剣を持ってイザクが東門から砦を出た。どうやら決闘に応じるようである。
 冒険者がほっと安堵したのも束の間、凄まじい吹雪がグランを襲った。

「お前たちがベリアル様を殺したんだっ! 僕は貴様らを絶対に許さな――――いッ!!」
「止めろ、ジブリール!」
「煩――いッ!」
 門から飛び出し、魔法を繰り出そうとするジブリールの細い腕をイザクが慌てて掴んだ。すると、
「大人の喧嘩にガキが吠えるな。お前の相手なら俺がする」
 素早く馬で駆けつけたアリオスはイザクとグランに目配せすると、ジブリールの腕を力任せに引っ張っりながら砦の北側へ移動した。
(流石アリオス。保護者並ね)
 その様子をケヴィンと共にグライダーで遥か上空から覗っていたエルシードは、感心しながらも気を引き締めて彼らの後を慎重に目で追った。

  **

 砦の前でグランとイザクの一騎打ちは始まった。
 第3者からの妨害を懸念してリューズはグリフォンで空から、ランディたちも周辺に徹底した注意を払った。
 一方、噂通りイザクの剣捌きは達人級であったが、仲間からロングソードを借り受けたグランの攻撃は明らかにそれを上回っていた。
「マリアは言った。世界を敵に回しても愛する者を守ると。そして俺は彼女とその妹の願いを果たす為に今剣を振るう! 貴殿は何の為に戦っている? 部下の為か!」
「俺は‥‥彼女を守れなかった。俺に生きる資格など無いっ」
「資格なら――そんなもの俺たちがくれてやるっ!」
 刹那激しい金属音が耳を劈き、イザクの剣が宙を舞った。
 大地に平伏す彼にグランは一通の手紙を見せた。中には『姉の名誉をかけて』と記されていた。
「彼女はもう誰の死も望んではいない」
 そう声を掛けると、グランはイザクの身体を静かに引き起こした。

  **

「お前ら、卑怯だぞっ! 一対一じゃ勝てないからって、大人が子供に寄って集って!」
 ジブリールのセリフにかちんと来たアリオスではあったが、ここは一先ず平静を装った。
 崩れかけた砦の一角に彼を招き入れたアリオスは、上空からケヴィンの的確な狙撃による支援を受けながら物陰で素早くレジストコールドを念じ、冷気魔法を無力化させた上で彼を取り押さえたのである。
 次にアリオスはポーションを無理矢理ジブリールに飲ませ、矢で負った傷を癒した後に掻い摘んで今までの経緯を話して聞かせたが、彼は信じなかった。
「お前らの言う事なんか、信じられるもんか!」
「じゃあ、マリアの遺体に冷気魔法を掛けたのはお前じゃないのか」
「なんで僕がっ! そもそもベリアル様は‥‥」
(――危ない! アリオスさん伏せてっ!)
 刹那、アリオスの意識に響のテレパシーが飛び込んで来た。彼は咄嗟にジブリールを庇い敵の矢を受けた。矢は明らかに少年を狙っていたようだった。
「お前っ、‥‥どうして」
「大人は色々と汚い‥‥ってな。ツぅっ‥‥!」
 腕に刺さった矢を引き抜きながら、アリオスはジブリールに笑ってみせた。
 響の知らせを受けて駆けつけたランディは二人を庇うようにして急ぎ砦を出た。

 一方、砦に残っていた兵たちは皆、恐獣を置き去りにしてオルトロスの誘導に従い砦を出た。大型翼竜も傷が癒えれば何処かへ飛び去って行くだろう。
 だが、ジブリールを狙った兵士だけは残ったヴェロキラプトルを駆って砂漠を目指して北へ逃げた。
 又、その男が残っていた香料を全て恐獣にぶちまけたせいで興奮した一部の恐獣が捕虜たちに襲いかかろうとしたので、冒険者がそれを懸命に押し留めた。
 恐獣は俊敏ではあったが、オルトロスの性能も負けてはいない。特にモナルコスに幾度も搭乗した経験のあるクーフスには、その扱い易さは格別であったに違いない。
「逃がすもんですかっ!」
 その様な中、フォーリィは戦闘馬で逃走した敵を追ったが、後一歩の所でファイヤーボムの奇襲を受けた。
 グライダー隊も後を追ったが、魔法攻撃の勢いが増して来たのを受け、一先ず撤退を余儀なくされた。
 然しながら騎士団は一滴の血を流す事無く砦を落とし、冒険者は貴重な証人を得る事に成功した。
 カフカ・ネールが職にあぶれる危機は去ったのである。

●砦落城
「これからはイザク・イスとして生きて下さい。マリアさんの分まで」
 騎士団に引き渡す際にベアトリーセが魔戦士と呼ばれた男に掛けた言葉であった。
 グランがKBCに届いた不審な柩の事を話した時、イザクは驚いた顔を見せた。彼女は騎士団の手に掛かり惨殺されたと聞かされていたからだ。
 現に彼の部下、つまり砂漠に逃げた兵士が血に塗れた彼女のスカーフをイザクに差し出していたのである。
 響は当時の事についてもっと詳しく尋ねようとしたが、イザクは激しく動揺しており、カフカの勧めで尋問は日を追ってなされる事となった。
 又、ジブリールはすっかりアリオスに懐いたようで、彼の傍を離れようとはしなかった。
 一方琢磨は崩れた砦跡に残り、指先を傷だらけにしながらも兵たちが残した痕跡を必死に探し回っていた。
 マリアが残した書簡や何かが残っていないか調べたかったのである。
 だが、何かに憑かれたように血眼で瓦礫と奮闘している姿を見るに見かねたフォーリィが、やっとの事で彼を制した。
 皆の元に帰ろうと囁くフォーリィを抱き締めると、彼は何度も何度も震える声で『ごめん』と謝った。
 
 さて東の砦が落城した事で今回の件は表向き幕を閉じる事になるのだが、マリアの柩については今後の捕虜の証言を元にKBCが調べる事になる。
 ジブリールという危険且つ重要な参考人の身柄についても、恐らくはKBCに一任されるだろう。王宮は実際それ所ではないのだ。
 リューズが琢磨にパーストの施行を進言する傍らで、クーフスが独り言のように呟いた。
「混沌の刻印とは一体何だったのか。そんなモノの為に多くの者が人生を歪めたのか?」
「ともあれ俺たちは勝った。王都で待ってるそのミルクとやらには、笑顔を見せた方がいいんじゃないのか」
 この時、ケヴィンの言葉に冒険者はどれほど元気付けられただろうか。
 冒険者たちは砂漠を後にした。
 やがて――KBCに保管されたこの不審な柩は新たな事件を手繰り寄せる事になるが、それはもう少し後の話となる。