美しき夢見る人へ〜道化の瞳〜
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■シリーズシナリオ
担当:紡木
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月17日〜03月22日
リプレイ公開日:2008年03月20日
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●オープニング
厳しい生を、歩んで来た人だった。
夫と息子を戦で亡くし、女手ひとつで育て上げた娘は、嫁いで3年目に病で逝った。
それでも、顔を上げ背筋を伸ばし、生きてきた。
そして、いのちの黄昏を迎えた今、彼女は優しい夢にゆたう。
「こんにちは」
「おや、おかえり」
どこまでも柔らかく、彼女は笑う。辛い事など、何ひとつ知らぬかのように。
「こんなに遅くまで、何をしていたんだい? ヴィッツは遊ぶのが大好きなんだねえ」
朝の光が、しわの深い顔を優しく照らしている。
「ヴィッツじゃないよ。ロロ」
「ロロ‥‥そうだったかね?」
「ヴィッツは、こっち」
バサリ、と隼が羽ばたいた。
「‥‥おや」
ぽかん、とした表情を浮かべ、子供のように尋ねる。
「ヴィッツは、いつの間に羽が生えたんだい?」
「さあね。でも、羽、良いじゃないか」
「そうだねぇ‥‥羽があったら、どこまでも飛んでいけるね。あの池にも、ひとっとびだねぇ」
「パリを出て、たくさん歩いた所。大きな楡の木が畔に立つ、静かな池、かい?」
「あらあら、どうして知っているの?」
「さあね」
「あの池はねえ、私が旦那様と、将来を誓った場所なのよ」
ふふ、と。少女のように、華やいだ声。
「息子も娘も生まれる前の、大切な思い出なのよ」
夫の、息子の、娘の、大切な思い出を、ひとつひとつ、語って聞かせる。ロロは、大人しく聞いていた。暗唱出来るほどに何度も聞いた話を、ただ、静かに。
「皆、ヴィッツが生まれる前の話なの。ヴィッツには、退屈だったかしら?」
「ヴィッツじゃなくて、ロロ。ヴィッツはこっちだよ」
「‥‥あら、ヴィッツは、いつの間にか羽が生えたんだい?」
話し疲れたのだろうか。眠ってしまった彼女に、そっと毛布を掛けた。ここは、ある貴族が出資している教会。身寄りの無い老人や病人達が、最後の静かな時間を過ごす場所。
安らかな寝顔を、見詰める。彼女は、ロロを『ヴィッツ』と呼ぶ事はあっても、決して息子や娘の名で呼ぶ事はない。安らかな夢にゆたっていてさえ、大切な人達とは会えない‥‥とうに逝ってしまっている事を理解している事が、ロロには少し悲しかった。
「パリを出て、たくさん歩いた所。大きな楡の木が畔に立つ、静かな池‥‥」
呟く。
『もう1度行ってみたいけれど‥‥この足じゃ、いけないね』
少し寂しそうな顔。
ダミアンを、ロベルティーネを、見届けた。だから、もうひとつ、ヴィッツと交した最後の約束。
「あいつら、お節介だからさ‥‥きっと、何とかしてくれるよ」
ひょい、と椅子から飛び降りた。自分も、大分お節介になったものだと思いながら。
「だから今はお休み、ロスヴィータ・ヴィーク」
「あら?」
いつの間に、置かれたのだろう。カウンターの上に、メモと数枚の金貨。ざっとメモに目を通すと、どうやら依頼書のようだった。
「どうしましょう」
本来、依頼人の顔が分らない依頼は受けられない。けれど‥‥
「これなら、良いかしら」
それは、とても優しい依頼で。受付嬢はギルドマスターに許可を取るべく、席を立った。
『足の不自由な老人を、地図の場所まで連れ出して欲しい。特別な事はしなくて良い。ただ、彼女の話に耳を傾け、思い出の場所で穏やかな時間を過ごさせてあげてくれ』
●リプレイ本文
「依頼を受けギルドより派遣されました。ロスヴィータ殿をピクニックに招待します」
エルディン・アトワイト(ec0290)や他の冒険者達が突然訪れた時、教会側は軽く困惑したようだった。しかし、ケイ・ロードライト(ea2499)が持参したギルドの依頼書の写しと一筆、そして彼らの礼儀正しい態度により、老人の体調管理に万全を尽くすことを条件に許可が下りた。早速、普段世話をしている者に、足の状態や注意点を聞きに行く。エルディンは世話人に赤き愛の石を渡した。当日までに体調を崩さないようにとの配慮だ。
「この頃は、ペガサスに騎乗する者もあまり珍しく無いようですね」
ロスヴァイセに乗って教会を訪れたリリー・ストーム(ea9927)に、修道女が声を掛けた。天馬は天使に連なる神聖な存在。身構えたリリーに、彼女は穏やかに笑ってみせた。
「そう身構えなくても宜しいのですよ。ペガサスが背を許しているのに周囲が許さないというのも、可笑しな話でしょう。‥‥あなたのお噂も存じています。道を誤らぬ限りその名は人々に希望をもたらすでしょう。しかし、人の身に、重い名である事も事実です。こうして会いして‥‥私は、貴女自身が少し心配になりましたの。まあ‥‥年寄りの繰言ですけれどね」
長い年月を神に仕え生きてきた女性は、小さく苦笑を零した。
「今日はお客さんが沢山ねぇ」
「はじめまして。良い思い出ができるようにいたします。一緒に楽しみましょう」
エルディンは腰をかがめ、寝台に腰掛けたロスヴィータと視線を合わせて穏やかに笑む。
「お出かけなの?」
「ええ、楡の木の池へ」
「嬉しいこと。もう一度行きたいと思っていたの」
「行った事があるのですね。どのような場所なのですか?」
「思い出の場所なの‥‥」
少し話をすると、眠ってしまった。子供のような、無垢な表情。
「おや、お休みでしたか」
入ってきたセタ(ec4009)が囁いた。手に朝摘みの花。水切りをして、窓辺に生けた。目を覚ました彼女が、1番最初に、微笑みかけてくる花を見られるように。
「今日は」
冒険者ギルドにて、リリーはロスヴィータ・ロベルティーネ‥‥ロロを見つけて、話掛けた。
「どうも」
外された視線を追うように、目を合わせる。ロロに、以前の饒舌さは無かった。それは、リリーを避けているのかも知れず、仮面が外れかけているのかも知れなかった。
「私、不思議な依頼を受けていますの」
ロロに依頼の概要を説明した。
「依頼自体は依頼人が不明でも構いませんが、彼女の事を大切に思っている人でなければ、こんな依頼を出す訳がないのよね」
ちらり、とロロの様子を伺う。相変わらず、興味は無さげ。
「私は、大切に思っている人だからこそ、立ち会うべきだと思いますわ。『依頼人』という姿で無くとも‥‥」
そして、リリーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうだ! 貴女も来ない? 依頼は貴女には関係無いでしょうけど、ピクニックと思って‥‥ね」
ロロは、眉を顰めた。
「あのさ」
「はい?」
「‥‥何でもない。ピクニックには興味は無」
「そういえば! 彼女を時々『隼を連れた赤髪のパラの少女』が訪うそうですわ。なるべく人目に付かないように来て帰ってしまうから、教会も彼女の事はよく知らないみたいだけど」
視線の先には、嘴で羽を繕う隼。
「‥‥行くよ。行けば良いんだろ」
リリーは、得たりと笑った。
「それは、何かしら?」
窓枠に何やら吊るしている香月七瀬(ec0152)。
「てるてる坊主でござるよ」
「てるてる‥‥?」
「大切な日に雨が降らないようにお呪いでござる」
「素敵な事があるのかしら?」
「ピクニックでござるよ。ロスヴィータ殿も一緒でござる」
「あらまあ、嬉しいわね」
皆1日1回、交代で教会を訪れている。大人数での訪問は負担になるので、酒場で時間を話し合って、少人数ずつで。
「雲行きが少し怪しいですからね。お呪いが効くと良いのですが」
ミカエル・テルセーロ(ea1674)が、空を見上げた。
「そうねぇ‥娘は雷が大嫌いでね、雲が黒くなると、よく震えていたわ‥‥」
手を掲げ、何もない空間をなぜる。そうして怯える娘を撫で、宥めていたのだろう。慈愛に満ちた瞳は、ミカエルに懐かしい時を思い出させた。まだ、『ミカエル』でなかった頃。祖父のようであった師匠と実の名ルーイを置いて飛び出す前を。
「もし祖母と呼べる人が居るのなら、こんな感じなのでござろうかな」
物心ついた時には姉と2人きりだった七瀬が、呟いた。
「良い眺めでござるな」
「ええ、本当に」
経路の下見にやって来た七瀬とセタ。今日は気候も穏やかで、風が気持ち良い。柴犬エトゥも楽しそうだ。 目的地まで特別な事は無く、平らで見通しの良い道が続いている。
「先程、可愛らしい花を見つけました。ロスヴィータさんに摘んで帰りましょう」
「ローズマリーには思い出、静かな力強さ‥‥そんな意味があるのですって」
ロスヴィータに相応しい、とミカエルお勧めの花を生けながら、リン・シュトラウス(eb7758)
。
「まあ、良い香り」
窓辺には少しずつ花が増えていた。スイセン、アネモネ‥‥他にも。セタとリンが、毎日朝市や花屋で購入したり、摘んできたりしたものだ。
「いよいよ明日です。楽しみですね」
「明日? 何かしら」
「お出かけです。素敵な場所へ」
そして、当日。
「よろしければお出かけの着替えを手伝わせて頂けませんか?」
マロース・フィリオネル(ec3138)の申し出に、ロスヴィータは照れたように笑った。
マロースは、白い髪を丁寧に梳き、薄く化粧を施し、気温の変化にも対応出来る様外出着を選んだ。
「着飾るのなんて、久しぶりのような気がするの」
「母さん、綺麗に出来ましたね」
立つ事が全く出来ないので、ケイが抱き上げて馬車まで運んだ。
「母さん‥‥あら? 私の息子は‥‥」
いつもは隅に追いやっている悲しい記憶がふと過ぎり、ロスヴィータは表情を曇らせた。‥‥が、すぐに穏やかな笑みを取り戻す。
「私の息子になってくれるの? ふふ、新しい家族は大歓迎よ」
騎士団風マントを靡かせた『騎士修行から帰った息子』ケイ。これは、おままごと。優しい夢の贈り物だ。
「これからは母さんの大切な物、僕が守るからね」
手を取り、目を見詰る。
「ありがとうねえ」
「今日はお願いしますね」
箱馬車と御者はリリーが実家から借りてきた。「今回は偶然誰も使っていなかったけれど、いつも貸せるとは限らない」という注釈付きではあったが。これなら強い日差しや冷たい風に当たることもなく、硬い荷台に揺られる事も無い。ケイのガリアとエルディンのメアリを繋ぐ。七瀬が座席に毛布を敷き、ミカエルが市で見繕ったストールを着せ掛けた。
「どうかなさいましたか?」
しきりに周囲を気にしているリリーに、マロースが話掛けた。
「あの‥‥」
リリーが言いかけた時、ようやくロロが姿を現した。
「おやロロ殿。今日は」
「ロロさん、お久しぶりです」
「何か、見たことある顔ばっかだね」
エルディンとセタの挨拶に、肩を竦めてみせる。
「あらあヴィッツ、いらっしゃい」
「ヴィッツじゃなくて、ロロ。ヴィッツはこっち」
バサ、と隼が羽ばたく。
「ヴィッツは、空を飛べるようになったんだよ」
ゆっくりと、馬車は出発した。
「ロロさん」
マロースがロロの頬に手を添える。白い光が、先日負った軽い火傷を癒した。
「お節介でごめんなさい」
歩くような速さで進む。馬車に全員乗り切れないので、徒歩の者もいるのだ。コトリ、コトリと穏やかに揺れる様子を、ロスヴィータは楽しんでいるようだった。
「この先に眺めの良い場所がありますから、休憩しましょう」
「一足早く、花が咲いているのでござるよ」
1度下見に来ていたセタと七瀬が先導する。万が一を想定して、周囲への警戒は怠らない。リリーも護衛として馬車と併走した。
「物騒な武器は置いてきたでござる。いざとなったら蹴りかスコップでしばくでござる。剣豪たる者、何を武器にしても戦えるのでござるよ」
「懐かしいわ‥‥」
その場所に着いた時、ロスヴィータはうっすらと涙を浮かべた。
「母さん、気をつけて‥‥」
楡の木の下に安楽椅子を置き、ケイが運んで座らせた。
「昔と変わりありませんか?」
エルディンの問いに頷く。
「あの日はね、一緒に出掛けた帰りだったの」
皆何度も聞かされた物語。飽く事無く繰り返される話に、もう1度耳を傾ける。
少し遠くへ馬に相乗りで出掛けた日の帰り。小雨に降られてこの木の下で休んだ。その日出掛けたのはパリで評判になっていた景勝地。一方、この池は謂れもなく人もあまり寄らない所。けれど、2人が約束を交したのは、小雨に濡れるこの楡の木の下だった。
「本当はね、目的地で言うつもりだったのですって。でも、言いそびれてしまって、焦っている所に雨まで降られて‥‥もうどうにでもなれ、と却って思い切れたそうよ」
木肌を慈しむように撫でる。
その、皺がれた手に、ミカエルが自分のそれを重ねた。
細く、小さくなっていく。今までの我慢や痛みを忘れていき、母性は失わず、子供へと帰っていく。苦しかったりひとりだったりしなければいい。
「素敵な旦那様ですね」
「そうなの。ふふ、良いでしょう」
代わりになどなれないけれど、寂しくないように少しの間でも手を握っていたい。幸せな優しい記憶に抱かれていて欲しい。そう、思った。
「キミが『息子』役なわけか」
「ええ。数刻だけでも、我々は彼女の家族として接したいと思いますぞ」
「そっか」
少し離れて、談笑する冒険者達と老人を眺めているロロ。
「良いんじゃない? ‥‥喜んでる、みたいだし」
「そうだ。どうでしょう、気持ちの良い早春の日‥‥ロロ殿の才で彼女を和ませて頂けますか?」
「どんな歌が好きですか? 良かったら一緒に‥‥バードと道化は仲間ですもの」
ケイとリンの提案に、首を振った。
「ロロの笑いは出来の悪い悲劇。愚者が己以上の愚者を見てあざ笑うようなもの‥‥こんな日には、相応しくない」
ロスヴィータには、必要の無いもの。自らを皮肉るように、呟いた。
「だから、任せるよ。綺麗な者が奏でる綺麗な音が、彼女には相応しい」
「ヴィッツには、いつ羽が生えたのかしら」
羽を休める隼を見ながら、ロスヴィータは呟いた。
「あの子の名前は、なんと言ったかしら‥‥」
「ロロさんですよ」
セタが、膝を曲げて視線を合わせる。
「長い名前はロスヴィータ・ロベルティーネ、だそうですわ」
髪をそよ風に遊ばせながら、リリー。
「あら、お揃いね」
ぱちくり、と目を瞬かせた。
「でも、何故かしら‥‥とてもヴィッツに重なるの」
「羽の生えていないヴィッツは、どんな子でしたの?」
「私の家族。‥‥ふふ、新しく家族になってくれた子よ」
「それでは、私達と同じですね」
セタの言葉に、ロスヴィータはおっとりと頷いた。
「ええ、そうなの」
この日の記念に、と若木と花を植える事になった。成長するものを残すのは未来に繋げる象徴にもなる。
「穴掘りなら任せて下さい☆」
穴掘り修行中級者、ケイがスコップを構えた。
「拙者も手伝うでござる。体力は鍛えてあるのでござるよ」
七瀬も同じく。
「確か御伽噺にも木を植える話があったでござるな。『早く実がなれ柿の種〜』でござったろうか。そういえばこの木には何の実がなるのでござろうか。楽しみでござるな」
「花は、まだ咲いていませんがミューゲを、木はマートルを選んでみました」
「スズラン‥‥幸福の再来、よね」
花が楽しみね、とロスヴィータ。
「マートルは『愛・高貴な美しさ』です」
と、ミカエル。苦難に耐えた彼女がいつか行く道に、家族との再会を願って。
ぽろろん、プラギの音。楡の木陰、リンの指先が軽快な音を奏でる。
ロスヴィータは、目を閉じている。彼女は今、イリュージョンで夢を見ている筈だ。
植えた苗木が育ち、いつしか木陰に。花は年を経て一面に広がり、その向こうから出会った頃の夫が迎えに来る。
天空を舞う雲の様に
風に踊る草花の様に
大地で歌うこの木のように
この歓びを報せよう
甘やかな微睡に
浮かぶ笑みはただ無邪気に
喪われた懐旧の欠片を抱き
永久の安寧に揺漂う貴方
木々は芽吹いたばかりの緑を纏い
貴方を優しく抱き留める
光に身を委ね希の途を進む姿は
何よりも尊く何よりも愛おしい
歓喜の野は誰も侵すこと能わない
光を求め蝶は羽ばたき
閉ざされた瞼にそっと舞い降りる
そこまで歌って、リンは手を止めた。マロースが作った歌詞に、歌と楽を乗せた。本当はもう一節あるのだが。
「この先は、まだ早いと思います」
『謳えよ 形ある歓びから形なき至福へと 今憂いなき園へ向かう身を 称えよ』
少し、涙ぐむ。そして願う。自分がそれを歌う日が、少しでも遠くあるように。
「そろそろ、お腹も空きましたし、食事にしましょうか」
エルディンが広げた弁当は、彼がパリの裏地図を参考に探した店のもの。数軒回って1番良かった店に依頼した。
「まあ、私の好きなものばかり。嬉しいわ」
「味は保障しますよ」
教会で聞いておいた好みに合わせた上で、消化の良い、体に優しいものを選んである。
「まるで母さんの料理みたい♪ ‥‥覚えてる? 良く作ってくれた得意料理。いつも私、残さず食べてたでしょ?」
「あら、どうだったかしら?」
「忘れないでよ〜」
リンは、しきりに話しかける内に自分の母親の事を思い出した。1番大切な肉親。ロスヴィータの穏やかな空気が、母のそれと重なる。
「育ててくれてありがとう。ありがとう、母さん‥‥」
じわ、と浮かんだ涙。頭を撫でるロスヴィータの手が暖かかった。
夕刻、パリに戻った。
「母さん、今日は楽しかったよ」
眠ってしまったロスヴィータに、ケイが囁き掛けた。
1日の経過と状態とを世話人に報告し、皆が帰ろうとした時。
「ありがとう」
その声に、驚いた。今までのふわふわとしたそれではなく、芯の通った意志の強そうな。
「驚かせてしまったかしら。時々、夢から覚めるみたい。ほんの少しの時間だけれど」
現の記憶を受け入れ立ち上がる強さは、もう無くしてしまったから。
「もう長くないわ。‥‥ロロ、ヴィッツは、どうしているの?」
夢みる瞳は、今ははっきりとした光を宿している。
「少し、遠くに行ってる。いつかロスヴィータと暮らす為に」
「そう‥‥」
呟くと、冒険者を見回した。
「現は私に厳しくあり続けたけれど‥‥今日は、夢のように優しかったわ」
それだけ言うと、すっと眠りに落ちた。規則正しい寝息。力の抜けた口元は、先程とは違い、皆が見慣れたもの。
「‥りがと」
虫の声のような呟き。
誰かが聞き返す前に、ロロは踵を返して部屋を出た。
美しい、夢にゆたう。
懐かしい時を、優しい時を、繰り返し繰り返し‥‥
厳しい生の中で、それでも得た沢山の宝物を、もう一度抱きしめる為に