最後の約束〜道化の瞳〜

■シリーズシナリオ


担当:紡木

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:03月25日〜03月30日

リプレイ公開日:2008年04月19日

●オープニング

 雪の降る朝だった。
 パリの道端で、少年が死んだ。


 物心付いた時には、ジプシーの集団に居た。皆人間だったから、ロロはどこかで拾われたらしい。一通りジプシーの素養を身に付け、1人で生活出来る年になって、何となくそこを飛び出し、適当に生きてきた。ふと気が向いてパリを訪れ、人間のヴィッツに会った。出会や切欠は覚えていない。いつの間にかよく一緒に居るようになっていた。
『俺、冒険者になりたいんだ』
『何で?』
『何でかなー、憧れる。自分で色んな所行ったり、人探しが出来る様になったらさ、会いに行きたいんだ』
『誰に』
『俺の家族』
『捨て子だって言ってなかった?』
『うん。血の繋がった家族じゃなくてさ‥‥』
 ヴィッツの話は、少し長かった。
 道端に居たヴィッツを、最初に拾ったのは、大道芸人のダミアン。
『旅の一座に入れてくれてさ、芸仕込んでくれたんだけど、どーしても上手くならなくて』
 捨てられる事も、辛く当たられる事も無かったが、ヴィッツ自身は少し辛かった。
『小さい一座で、台所が結構苦しかったんだ。そん中でいつまでも穀潰ししてるのはさ‥‥』
 そんなヴィッツを引き取ったのが、興行に立ち寄った小さな村の領主一家だった。
『色々世話になってるうちに、仲良くなったんだ』
 しかし、村はある日盗賊に襲われた。
『奥さんと旦那さんは殺された。俺とベル姉は、別々に売られた』
 ヴィッツは輸送途中に逃げ出した。しかし、ベル姉‥‥ロベルティーネの行方は、判らなかった。とりあえずパリに戻って、また路上で暮らし始めた。
『でも、その冬は、とにかく寒くて‥‥本気で死にそうだった。蹴りだされてもいいや、とか思いながら小さな家の戸を叩いた』
 そこには、老婆が1人で住んでいた。
『しっかり者の婆さんだった。ロスヴィータ婆ちゃん。一緒に暮らそうって言ってくれた。厳しかったけど、同じくらい優しかった。‥‥でも、少しずつ‥‥』
 夢の現実の境が、曖昧になっていった。ある日教会から迎えが来て、彼女を引き取った。
『一緒に暮らしたかったけど、俺じゃ‥‥無理なんだ』
 2人食べていくには、働かなければならない。働けば、付ききりで看護する事は出来ない。
『見舞いには、時々行ってるけど‥‥』
『んで、冒険者になって看護人雇えるくらい稼いで、また一緒に暮らしたいってこと?』
『そう。あと、ダミアンにも会いたいし‥‥ベル姉も探したい』
『‥‥ま、頑張れば』


 夕闇に、館が燃える煙が、立ち上っていた。
「遠くに逃げるといい。教会、紹介してもらえるんだろ? あいつは、追ってくるかも知れないけど‥‥すぐに止むから」
「でも‥‥」
 生きて、何をしようというのか。燃える館に飛び込み損なったこの身で。
「理由なんて無くても生きていける」
 1人で生きていた頃のロロが、そうだった。
「どうしても、意味が必要なら‥‥ロロは、ベル姉が死ぬのは嫌だ。それは、理由にならない?」
「ロロ、あなたは誰?」
「‥‥ヴィッツの、友達。ヴィッツは、今は遠い所に居て‥‥でもベル姉の事を、とても気にしていた。行き先の教会にも、ヴィッツを知っている者がいる」
「そう‥‥」
 ベルトが、何を思ったのかは解らない。しかし、彼女は教会へ行く事を選んだ。
 村人には、もし『見慣れない若い女』を見たかと尋ねる者が居たら、森に向かってそれきり見ていない、と証言するよう冒険者達と一緒に言い含めた。


 豪奢な自室で、男は苛々と歩き回った。最近、何かと面白くない事が多い。
 ふっ‥‥と、突然部屋の明かりが消えた。
 男は顔を顰めると、手探りで木窓を半分開いた。淡い月光が差し込む。
 夜目が効くようになってから、使用人を呼ぼうと声を上げようとして‥‥
「動くな」
 首筋に、ひやりとした感触。
「な‥‥」
 さっきまで、この部屋には誰も居なかった筈。
「覚えているかい? 一年前の冬、あんたが、アナイン・シーに目を付けた頃‥‥」
「な、何の事‥‥」
 本気で、思い当たらないようだった。
「人の命ひとつ、キミは虫みたいに踏み潰したんだよ」

 偶然だった。
 偶然、ヴィッツは窓辺に座るロベルティーネ‥‥娼婦ベルトを目にした。
 すぐ会いにいこうとしたが、つまみ出されて終わり。だから、明け方まで待って、店から出てくる客に縋り付いた。少しでも、話が聞きたくて。しかし、ベルトの客は馬車の前に立塞がる汚い少年など、歯牙にも掛けなかった。
『ヴィッツ!』
 ベル姉を見つけた、と飛び出したきり朝まで戻って来ないのが気になって、ロロが様子を見に行った時には、もう全て終わっていた。人1人跳ね飛ばし、しかし、何事も無かったかのように立ち去る馬車の後姿だけが、かろうじて見えた。
『ロロ‥‥』
 息も絶え絶えに、ヴィッツはロロを見上げた。駄目だと、一目でわかった。
『お願い、なんだけどさ‥‥』
『なに』
『俺の、家族‥代わりに‥‥』
『判った。探してやる』
『でも、さ‥もし、何か‥あっても‥‥助けたりとかは、いいよ。大変だろ。ロロに、そんな義務‥‥ないし。ただ‥‥見届けて‥‥』
 彼らの『今』を。俺の代わりに。
『約束する』
『あり、がと‥ロスヴィータ・ロベルティーネ‥‥俺の4人目の‥かぞ‥‥』

「覚えてないなら、それでも構わない」
「どうやって‥‥ここに」
「裏門から。こいつを見せたら、すんなりとね」
 パチン。親指でメダルを弾く。以前、胡乱な連中からかすめ取った。通行証のようなものだ。
「メシエ男爵様が、イカサマ賭場の元締めだって知れたら、結構面白い事になるかもね。その上、ある娼婦に入れあげて奥方とは不仲。キミがあの教会を不仲な奥方に丸投げしてくれたお陰で、遠慮なく殺せるよ」
 男‥‥マクシムは、死に者狂いで腕を振り回した。不意をつかれて、ロロが1歩退く。がしゃん、と陶器の花瓶が割れ、音を立てた。人が、集まってくる気配がする。
「今夜は、退散しようか。元々様子見だしね。家の中の様子は解ったし、次は‥‥覚悟しておくんだね」
 ヒュン、と投げつけたナイフが、正確にマクシムの袖を机に縫いつけた。


 ロロは、あの日2つの約束をした。
 1つは、ヴィッツと。彼の3人の家族の『今』を見届ける。
 1つは、自分と。1つ目の約束を果たしたその後に、ヴィッツを殺した奴を、殺す。
 罪を告発すれば、法があの男を裁くかも知れない。けれど、それでは駄目だ。この手で遂げると、あの日自分と約束したのだから。
 ヴィッツの為ではない。彼は喜ばないだろうから。他でもなく、自分の為だ。

 2つの約束が、ロロが在る理由で、意味。
 意味など無くても、生きていける。けれど、1度意味を持ったなら、その為に在るしかない。約束の前では、他の何も‥‥己の命すら無意味だ。

 ロロは、まず冒険者に近づいた。ギルドや酒場には情報が集まるし、ヴィッツが憧れた連中に興味があった。彼らを見ているうちに、少しだけ考えが変わった。ロロは、3人とも、ただ見届けて終わろうと思っていた。けれど‥‥ほんの小さな切欠、事態を変えるかも知れないコマを、置いてみる気になった。
『冒険者ギルドを知っているかい?』
 それは、ほんの気まぐれ。
「変わった奴らだったな‥‥」
 もう会う事もないだろう。貴族1人殺してパリに居られないし、生きて帰るかも解らない。
「キミも、今までありがと」
 隼の『ヴィッツ』を撫でた。決行は夜だから、連れてはいけない。ロロは1人、月影も届かない路地に消えた。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec0152 香月 七瀬(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4009 セタ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

ガブリエル・プリメーラ(ea1671)/ リスター・ストーム(ea6536)/ リアナ・レジーネス(eb1421)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ レア・クラウス(eb8226)/ コルリス・フェネストラ(eb9459)/ 土御門 焔(ec4427

●リプレイ本文

「おばば殿に会うと気が休まるでござる。祖母のようと言っては、失礼でござるが‥‥」
 教会を訪れた香月七瀬(ec0152)。
「あら、嬉しいわ」
 ロスヴィータはいつも幸せそうだ。
「何か悩んでいるの? 顔が曇っているの」
「変な依頼を見たのでござるよ‥‥」

「これは」
 一見、ただの護衛依頼。しかし、その名にミカエル・テルセーロ(ea1674)は思う所があった。
「あらミカエル君」
 夫の留守の退屈凌ぎにやって来たリリー・ストーム(ea9927)。
「どうかしたの?」
「実は‥‥」
 依頼人マクシム・メシエは、あの『旦那様』の名前。
「そう‥確かに気になりますわね」
 かつて対面した彼は嫌な感じの貴族だった。
「私は依頼を受けず、別に動いてみますわ」
「はい。僕は受けますが‥‥お気をつけて」
 頷く表情に宿るのは、彼女への信頼。

「ロロ殿は最近来てますかな?」
 ギルドを訪れたケイ・ロードライト(ea2499)。
 最近見ていない、と受付嬢。
「依頼を受けたのですが、その面子が前回の依頼と何故か殆ど一緒でしてな」
 その間、ロスヴィータ『母さん』の様子が気になるので、様子見をロロに頼もうと思ったのだという。
「他の方にも、話を聞いてみますかな」

『あいつは追ってくるかも知れないけど‥‥すぐに止むから』
 ロロの思い出したのは予感だったのか。『あいつ』、マクシムが狙われる事を、知っていたような。
「杞憂なら‥‥」
 ミカエルはパリの地図にバーニングマップを掛けた。

『主人の危機なの。何か知らない?』
 ミカエルが探ったヴィッツの居場所へガブリエルが駆けつけ、テレパシーで語りかけた。
『ちょっと失礼するわよ』
 リシーブメモリーで、ロロの記憶を探る。
『ろろハ 男爵ヲ狙ッテ‥‥』
「‥‥ラファガ!!」
 急いで鷹にメモを括りつけた。

「兎も角、拙者らが来たからには大船に乗った気持ちで安心して下され」
 カチン、と忍者刀を納めた七瀬。周囲には、男爵家の警護が3人伸びていた。
「彼女の実力も分かった事ですし、使用人と警備員と、顔合わせをお願い出来ますかな」
 互いに賊と間違わぬよう、とケイ。警護だと紹介されたのは、あまり柄の良くない男達だった。
「お、お前ら‥‥」
 驚いたようにセタ(ec4009)とエルディン・アトワイト(ec0290)を指差した男。
「どこかでお会いしましたっけ? ‥ああ」
 ぽん、と手を打つセタ。
「賭場の用心棒さんが、何故ここに?」
 ちら、と男爵を伺う。
「さあ? 最近雇ったばかりで、その前に何をしていたかは。お2人は、何処で?」
「以前受けた依頼で。しかし、クレリック1人殴り倒せない護衛は、如何なものかと」
 溜息交じりのエルディン。
 男爵が『旦那様』である事や襲撃者がロロかも知れない事は、ミカエルから皆に伝えられている。男爵の動向が怪しい事も。賭場絡みの男達が居る事で、灰は更に黒に近くなった。
「まあ良い。私達が居れば安全ですから」
 頼もしげな聖職者スマイル。
「仕事の話をしましょう。襲撃者についてですが‥」
 刺客は捕え、ギルドを通じて然るべき所へ突き出す旨を伝えた。
「うむ。賊は生きて罪を償わせねば。そして裁きはその責を委ねられた者に任せるのが筋ですぞ」
 ケイも頭の固い騎士を装い、主張を曲げぬ構えを見せる。
「護衛には意思の統一が必要です。それに‥」
 エルディンは、スネークタングで底上げした話術で主張を通した。
「‥ということでご安心を。いざとなったら、私達が盾になりましょう」
 熱意を伝え、とうとう男爵を頷かせた。

 日暮れ後、館の裏の通り。
「これで良いのか?」
 ほい、と帳簿を放るリスター。それを捲り、リリーは頷いた。
「ありがとう、お兄様」
「ま、妹の頼みだからな」

「何処かで見たような‥‥」
「さあ? 僕には全く覚えがありません」
 にっこり、天使の如く微笑むミカエル。
「うむ‥しかし‥‥」
「些細な事でも気になってしまうのですね? よろしければ‥‥」
 マロース・フィリオネル(ec3138)が、メンタルリカバーを施すと、男爵は少し落ち着いた面持ちになった。
「お勤めの皆さんにも、よろしいでしょうか?」
 信頼は警戒を薄めさせる。
「こちらもどうぞ、念の為です」
 エルディンが駄目押とばかりにポーションと解毒剤を手渡した。

「犯人は‥暗かったからな、あまり‥」
 男爵の周囲には、常に護衛が控えている。セタは愛犬と共に空気の流れや物音に気を配り、ミカエルは定期的にバイブレーションセンサーを施す。エルディンとマロースも傍に控え、オグマ・リゴネメティス(ec3793)は魔弓「ウィリアム」を構えている。
 ケイと七瀬は、詮索しなければ屋敷内を歩き回って良いという許可を取り、巡回して警戒している。

「そうですか、貴女がストーム家のお嬢さん‥‥」
 隅の部屋にメシエ夫人はひっそりと住んでいた。リリーは軽く談笑した後、本題を切り出した。
「貴女は夫の行いを知っていますか?」
 卓の上には賭場の帳簿。運営側のイカサマが日常的に行われ、その儲けが男爵へ流されていた。
 視線を落とした夫人を見て、リリーは確信を得た。
「夫が裁かれれば、貴女も無傷では居られないでしょう‥‥ですが今なら、傷は浅く留める事は可能ですわ」
「‥諌めた事も、ございましたわ」
 ぽつり、と零した。道に外れた行いの数々を。しかし、相手にされなかった。元々愛で結ばれた仲でもない。いつの間にか顔すら合わせなくなっていた。
「どうする事も出来ませんのね」
 証拠はリリーが握っている。夫人が動くまいと、結果は同じ。だったら‥
「‥それが、唯一出来る事なのでしょう」

 周辺地図を受け取り、彼の命を狙う者、を目標に何度目かのバーニングマップを掛けるミカエル。しかし、目標は常に場所を変え、先回りする事叶わない。
 オグマは焦っていた。リアナと焔に頼んで関係者数名の未来を覗き見てもらい、コルリスと示し合わせて結果を知らせてもらった。その中で見えた一節‥ロロに男爵が、護衛にロロが殺害される未来を、現実にする訳にはいかない。

 ロロは、館から離れた建物の影に立った。体が淡く光る。目を見開き、館の窓に焦点を合わせた。捉えたのは見知った冒険者達の姿。
 眉間に皴を寄せる。彼はベルトの件で冒険者を疑っているからギルドを頼らないと思っていたが、予想以上に形振り構わなくなっているらしい。
「ちっ‥‥」

「宴会の前の一仕事、お願い出来るかしら?」
 どこか空気浮き立つ詰所に、張り詰めた表情のリリーが訪れ、証拠の帳簿を見せ、メシエ夫人を紹介し、男爵の罪状を説明した。
「時は一刻を争いますわ! 男爵を狙う者が引き換えせない場所に行く前に‥‥もしかすると、知っている子かも知れないの」

 日が沈み、灯火がゆらりと揺れる部屋の中。
「何やら、足音が‥‥」
 七瀬の言葉に、皆身構える。
 魔法の詠唱をしようとしたミカエルは、ふと、違和感に目を眇めた。一瞬、光が歪んだような。
「‥ロロさん?」
 敢えて言うならば、直感。
 ミカエルが呟くと同時に、明かりが消えた。
 スクロールを広げたオグマの目が、インビジブルを解いたロロを捕らえる前に、ロロのナイフが飛んだ。
「下がるでござる!」
 刃が空を切る音に、七瀬が男爵を尽き飛ばす。
 ナイフが壁に刺さった。
 視力聴覚を頼りに、七瀬は春香の術の詠唱を始めた。同様に、セタは小太刀を手に距離を詰め、加減して峰を振り下す。
 マロースが灯したランタンの光に、赤い髪と笑みを浮かべた白い仮面が浮かび上がった。小柄な体が、小太刀を受けてよろめく。
 ケイはメイスを握り前に出、エルディンはコアギュレイトの高速詠唱、七瀬は春香の術を発動しようとした、その一瞬前。
―ドゴォンッ!
 空気が、炸裂した。
 一足早くインフラビジョンで位置を把握したオグマが、ファイヤーボムのスクロールを発動したのだ。ロロを外したつもりであったが、屋内で発動すれば多少位置をずらした所で結果は同じ。
 吹き飛ばされ、あるいはしゃがみ込んでやり過ごした冒険者が顔を上げると、部屋の中は爆風で荒れていた。幸い皆軽傷で済んだのだが‥
「ロロさん!」
 軽く一撃受けた所を吹き飛ばされて、頭を打ったらしい。セタが駆け寄った。
「目くらましをしようと‥ご、ごめんなさ‥‥」
 自らも軽傷を負ったオグマが唇を震わせる。
「どういうことだ!」
 甲高い叫び声。
「痛い! なぜ、私が‥」
 額から血を滴らせながら、男爵が喚いた。
「お前はそれと知り合いか? 仲間なのか!?」
 怒りに満ちた目で、見回す。手飼いの者に、ロロと冒険者を拘束するように命じようとした、その時。
「今の音は何ですの!?」
 ミカエルが顔を上げた。
「リリーさん!」
 部屋に飛び込んで来た彼女の後ろから、いくつかの人影。
「‥‥彼が、メシエ男爵で間違いございませんか?」
 落ち着いた、深い声。
「はい‥‥」
 メシエ夫人が頷く。
「マクシム・メシエ。賭場違法運営の件で詮議があります。手下の者と共に大人しく縛に就きなさい」
 フェリクスだった。白い鎧に緑のマント留めの一団が、部屋の内外に居た男達を次々と捕縛してゆく。
「行きましょう」
 最後に、放心したように座り込んだ男爵を夫人が立たせ、歩ませる。
「‥う」
「ロロさん、目が覚‥」
 セタが言い終わらないうちに、ロロは跳ね起きナイフを取り出した。無防備な背中に投げつけようとした手が、ぴたりと止まる。
「今度は間に合いました」
 コアギュレイトを放ったエルディンが、息を吐く。
 反射的に前に立塞がったリリーも、肩の力を抜いた。
「私を憎んでくれても構いませんわよ‥‥こんな形でしか貴女を救ってあげられませんの」
 光の加減か、リリーを睨みつける目に、一瞬涙が浮かんだようにも見えた。
「そちらの方にも、お話を伺う必要がありそうですね」
 フェリクスが、静かに告げた。

 その馬車には、ロロと冒険者が乗っていた。気を利かせたのか、騎士達は少し離れて男爵達を載せた馬車を囲んでいる。
「何故‥‥」
 ミカエルが呟いた。
 皆が負った傷は、マロースが癒した。しかし、ロロはただ、じっと蹲っている。
「男爵は、あの『旦那様』ですね。それで暗殺?」
 エルディンが問う。
「‥誰かの為なんかじゃない」
「本当に? 僕は『誰か』を感じます。貴女の行動は、その方をも貶めしめている。自分の怒りで、大事な方を汚していいんですか」
「違う!」
 ロロは、ミカエルを睨んだ。
「自分と約束した。ヴィッツを殺した奴を殺す。自分の為だ。邪魔するな!」
 ヴィッツ。
 隼の事ではないだろう。恐らく、ロスヴィータが何度も呼んでいた『家族』。
「ロスヴィータ『母さん』と共に過し、思い出を作った貴女も『母』の大切な人」
 彼女の大切な者を守る、と約束したケイには見過ごせない。
「それに『羽のあるヴィッツ』は如何するつもりなのです?」
 大切な人の名を継いだ彼は、彼自身の「約束」で生きる事は叶わない。
「だから『彼』も見届けてからもう一度考えませんか?」
「ヴィッツは、大丈夫だ。ロロがどうなっても‥」
「ふざけるな」
 ミカエルの低い声に、皆驚いた。
「どうなってもいい? ベルトに生きる理由を与えた、関わった。それを放棄していくつもりか。与えた理由を奪っていくのか!」
 ロベルティーネ・クラム。そう呟いた、ベルトの乾いた瞳を思い出すミカエル。
「ベルト殿に生きてと願ったなら、ベルト殿にとってロロ殿はどうですか?」
 と、エルディン。
「家族の誰かが手を汚そうとするのを止めない人間なんていません」
 皆、ロスヴィータの家族。だからロロもまた家族なのだと、セタは言う。
「現実的に、ブランシュが動いた以上彼に手を出すのは無理ですわね」
 リリーの言葉に、ロロは唇を噛んだ。事実、数人の冒険者相手に手も足も出ない。ロロが彼の命を狙った事も分隊長に知られた。
「‥‥‥」
 馬車は、進む。詮議の場に向かって。
「行って下さい」
 セタが告げた。このままでは、待っているのは尋問と貴族相手殺害未遂の罪。
「ロロさんには、逃げられた事にします」
「実は、ベルト殿とダミアン殿の教会に手紙を書きました」
 ロロに生きる意味を与えて欲しい、と。と、エルディン。
「2人が待っています。話を聞くだけでもいい」
「‥‥行かない」
 ロロは、首を振った。
「あいつらはヴィッツの死を知らない。知らなくていい」
 どこかで生きていると思っている方がいい。だからロロは、会わない。犯人への憎悪とその理由を隠しながら、彼らと関わり続けられる程、器用でも強くもないから。
「ロロさん‥‥」
 マロースが手持ちのアクセサリーを握り締めた。彼女に、と持参したが、そんな時間すら今は無い。
「ロロさんはロロさんを生きて下さい」
 気持ちが分かるなどという事は言わない。だから、これだけ。
「‥‥‥」
 ロロは無言で立ち上がり、幌を捲った。ロロなら、飛び降りられない速さでもない。今なら馬車の音と夜闇に紛れられる。その先、何処へ行くかはロロ自身にも分からない。
「‥‥これを」
「何?」
「お守り程度には役に立ってくれると思います」
 セタの掌の上。守護の指輪が月光に光る。
「‥‥要らない。結構貴重品だろ、それ」
「では、何時か必ずその手で返しに来てください。それまで預けておきます」
 背を向けたロロの腕を引く。カラリ、と何かが落ちた音がした。
「戻って来るのは、もう一度殺しに来る時だ」
「それならば、諦めて下さるまでこの先何度でも邪魔をさせて頂きます」
「時間が無いでござる。もうすぐ着いてしまうでござるよ」
 流れる景色を見て、七瀬。
 セタは強引に指輪を握らせると、その背をそっと押した。
 口を開きかけたロロだったが、何も言わずに飛び降り、闇に紛れて見えなくなった。

「フェリクス様に何と言おうかしら」
 リリーが呟いた。逃げられたと言って信じる程鈍くはないし、逃がした事を容認できる立場でもない。

 その後、エルディンは男爵夫人について嘆願書を書いた。教会を堅実に運営した事実を鑑みて欲しい、と。処罰は免れないが、酌量はされるだろう。

 そして、隼のヴィッツもまた、姿を消した。
 一度はバーニングマップを試そうとしたミカエルだが、思い直して地図を置いた。必要無い。きっと、彼女と共にあるだろうから。

「おや、セタ殿」
 酒場の戸を潜ると、見知った顔があった。
「こんにちはケイさん。『お母さん』のお見舞帰りですか?」
「はい。‥‥それは」
 セタが手にしているのは、見覚えのあるクラウンマスク。馬車で揉み合った際、ロロが落としていった。
「いつか、お返し出来ると良いですな」
「はい」
 白い顔にニィと浮かべた笑み。しかし左目の下には大粒の涙。それは、いくつもの想い渦巻く彼女の心中のようでもあった。
(「どうかその日までロロさんの身に幸多からん事を‥‥」)
 かの生意気な道化の瞳。そこに映る世界が、優しいものであるといい。