【臥竜遊戯】 北紀行 −弐−

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:21 G 72 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月26日

リプレイ公開日:2010年01月21日

●オープニング

 火事の煙は、風向きによっては対岸へも届く。
 吹雪に紛れ密やかに平泉を訪うた異界の遣者は、藤原秀衡との短い会談を終えると再び白闇の彼方へと姿を消した。

「悪路王を討てとお命じか?」

 江戸にて秀衡の急使を受け取った伊達政宗は、太い眉を僅かに顰める。
 ようやく江戸が落ち着こうというこの時期に、奥州公自らの手で場を動かすとは珍しい。風雪に閉ざされた北の大地は、大きな行動を起こすには少しばかり勝手が悪いのだけれども。

「――討て、とは‥。ですが、彼の者の跳梁、さすがに目に余るものがあるとの仰せ。このまま放置すれば、一層付け上がりましょう」
「なるほど」

 蘆名領の鬼軍は、幾度退けられても尚、南下を続けていた。
 後に続くモノがあるのだと考えるのが筋ではあるが。――仙台・平泉を直接の標的にしなかったところに、彼の鬼王の狡猾さが窺い知れる。――白河は対立勢力であったから、鬼軍の動きは却って好都合に過ぎたほどだ。
 箍を緩めたは良いが、噴出した奔流の勢いが強く思いがけず収拾に手間取る。そんな感覚だろうか。奥州の安寧の為には、傾いた天秤を元に戻す‥‥早い時点で手綱を引き締めなければならない。
 あるいは、雪解けを待ち彼らが本格的に動き出す前に、その野望を挫いておこうという心算があるのかもしれない。
 考え込んだ政宗の傍らで、こちらも難しい顔をして腕を組んでいた片倉景綱が思いついた風に顎を上げた。

「――イザナミ、イザナギにマンモンと少しばかり賑やかに過ぎました故、こちらの騒音が北の御方のお耳に入ったのやもしれませぬ」

 ぴん、と。
 上申は何気なさを装っていたが、伊達家譜代の家臣たちの間に緊張が走る。江戸にて召し抱えられた者たちは、彼らの顔色に常ならぬ畏怖を感じて口を噤んだ。

「だが、彼の者等は我らに干渉せぬのが理」
「だからこそ‥に、ございます」

 留守政景の危惧に、片倉は首を振る。
 顧みればイザナミも、イザナギも。マンモンさえ、元々「あちら」に属するモノたちなのだ。陸奥司の力をもって頸木とならぬのであれば介入もありえる、と。――神職の家に生まれた者の言葉には、妙な説得力があった。
 戦さには不向きなこの時期に、秀衡自らが令を発する理由としても頷ける。

「しかしながら、西国への派兵もございます。いかに陸奥司の下知とはいえ、朝廷への手前、迂闊に兵を割くコトは難しいかと‥‥」

 鬼軍に対峙する戦力は必要だが、雪中の行軍ともなれば大人数では動き辛い。
 さていかがしたもののかともっともらしく思案を巡らせてはみても、今、この状況下で迅速且つ密やかに動ける者など限られている。
 奥州より戻ったばかりの荷を解く暇もなく、彼らは再び最果ての地を踏むこととなったのだった。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb4890 イリアス・ラミュウズ(25歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 白亜の大地に漆黒が映える。
 鴉軍に擬えた黒備え。奥州最強と謳われる伊達氏の軍勢であることを知らしめるその色味の重さと、戦さ場に向かう兵士の発する獰猛な緊張が粛々と進む兵列に異様な空気を孕ませていた。――山王牙(ea1774)の進言で用意された長槍がずらりと林立して進軍する様も、或いは、この戦さの重要性を際立たせるのに一役買っているのかもしれない。
 山王と伊勢誠一(eb9659)、そして、エル・カルデア(eb8542)によって率いられた伊達軍を少し離れた場所から見送って、天城烈閃(ea0629)とイリアス・ラミュウズ(eb4890)はもうひとり(と1匹)の同行者を振り返る。

「さて、親友から話には聞いている。とりあえず、俺もライさんと呼ばせてもらおうか」

 ライさん、と。天城より気安く呼ばれた精霊は、仙台藩のお抱え力士‥‥谷風梶之助の肩の上で、ゆらりと二股に分かれた獣の尻尾を揺らせた。
 伊勢の記憶によると彼らが冒険者の前に現れてから、そろそろ2年になるという。
 混乱続きの江戸では興行を行う余裕もなかったのか、あるいは、彼らの事情とやらのせいか顔を合わせるのは久しぶりであるらしい。梶之助は少し背が伸び逞しさも増したようだが、精霊が憑いた雷獣の身体は少しばかり草臥れかけていた。

「――元の姿を取り戻すための何かが、ここにあると良いな‥」

 思わず憐憫を滲ませた天城の隣で、3000本の矢を背負った瑠羽宮はどこか落ち着かない様子でかちかちと嘴を鳴らす。近づきたくないのか、あるいは、主たる天城にさえ近づいてほしくない謎を隠しているのか――伊勢の涼風、カルディアのプリズムレイも――精霊界の眷属たちは皆、この雷獣(?)の前ではこんな調子だ。

「俺たちもそろそろ動いた方が良さそうだ」

 伊達軍を陽動として派手に動かし、少数精鋭で側面を突く。
 悪路王が棲家としている達谷窟の地形を考えれば、妥当な案だ。――旨く当たれば悪路王を討ち取ることも夢ではないが、当然ながら危険も高い。

「強い上に知恵も回る。‥‥嫌な相手です」

 精霊が放つ淡い燐光を払い集中を解いたカルディアは、呟いて眉を顰める。超越級のバイブレーションセンサーが拾い集めた敵の数は大きいものだけで百以上。それを1ヶ所に固めるのではなく、少数づつ網の目のように一帯に散りばめられている。
 兇暴だが知恵の回らぬ馬頭鬼や熊鬼戦士が飢えて互いにぶつかり合わぬ為の配慮であるのか、侵入者への警戒であるかは判らなかったが。少数で動く冒険者には、危険な包囲網に他ならない。――天城、ラミュウズの力をもってしても、そう容易く一撃で倒せる相手ではないことを思えば、陽動側の布陣が整うまでは伏兵に気取られぬことを祈るばかりだ。

「丸太を落とすのは、難しいかもしれませんね」

 鬼たちの目を欺いて達谷窟を見下ろす断崖の上に、重量のある丸太を引き上げるのは少しばかり無理があるかもしれない。
 凍った息を吐いた伊勢は、ふと視線を上げてぼんやりと白い北方の空を見上げる。雪雲とも冷気ともつかぬ白紗は、鬼軍が潜む山の姿を隠し‥‥その遥か果てに位置するという不死者の山は、


●沈黙の山
 茫洋と視界がけぶる。
 木下茜(eb5817)が駆るフライングブルームの下には、どこまでも白く果てのない世界が広がっていた。
 境界の判らぬ高みより止めどなく降り続ける雪片は、踏み固められることなく道を隠し、歩行すら困難な壁となって黄泉の聖地をいっそう遠く現より隔てる。
 夏場であれば詣でる巡礼がいると聞いたが、雪に閉ざされた今の季節はそれもない。
 恐山へと繋がる道には宿場はもちろん、道案内や休息を請えそうな人里、民家は見当たらず――そこは既に人の地ではないのだから――ただ、無人の静謐に包まれるばかりだ。
 沈黙と無関心は、同義ではないけれど。
 伝説の時代より、そこは招かれぬ限りは辿りつけぬ場所。そして、戻る道のない世界だ。木下の想いに応えんとする者が、重く白い雪闇の向こうより姿を現すことは遂になかった。


●陽動
 ふうわり、と。
 雪原に淡い精霊の息吹が揺れる。
 詠唱に応えカルディアの周囲を踊るように漂っていた地精は、与えられた指示に獰猛な狂喜を浮かべた。刹那――
 紡ぎ出されたグラビティーキャノンの重力波は山間の渓谷を貫き、峻嶮な山肌に乱反射して大気までもが大きく揺らぐ。見えざる力に薙ぎ払われた鬼軍が発した叫喚が谷を埋め、雪が創り上げた冬籠りの冷やかな静謐を震撼させた。――忽ち、世界が沸騰する。

「槍を組め! 壁を作って近づけるなっ!!」

 猛然と突き出された大刀を熊鬼の手より撥ね上げた山王は、傍らの兵士に短い言葉で指示を出すや刀を返し、上体の浮いた胸元へ嵐の銘を冠された直刀を叩き込む。オーラ魔法によって切れ味を増した強大な魔力を封じた酷薄の刃が分厚い筋肉を貫く重い感触が腕を伝い、噴出した血飛沫が雪と泥に塗れた大地に鮮やかな色を撒き散らした。
 刃を汚す血糊を払う隙もなく、山王は身を翻し仲間の屍を踏み越えて咆哮を上げた牛頭鬼と対峙する。血に飢えた憎悪に燃える赤い眸と目があった。
 いかに精強といえども、相手が鬼では人を相手に戦をするとの勝手も違う。――人ではないのだから、1対1で対峙する必要もない。
 3人を1組とする小班を作り、攻撃とその支援、負傷者の入れ替えと治療をローテーションで行うことを徹底するよう提言したのも山王だった。長槍の間合いにはいかに巨躯を誇る鬼の腕でも容易くは届かない。兵士には被害を最小限に抑えるよう守りを固めさせ、山王自らは首領と思しき鬼と切り結び指揮系統の撹乱を狙う。
 中には知恵の回るモノも居るが、大多数は力こそ強大だが目の前の敵を屠ることしか考えられぬ獣も同然の輩ばかりだ。
 カルディアの超越魔法を攻撃の主軸に、守りを固める。鬼軍の目を惹きつけ、時間を稼ぐ‥‥そうすれば、道は開けるはずなのだから。

「無理はしないで抑える程度で良い。イリアス殿達が必ず崩してくれる」

 反撃はそれからでも遅くない。
 小柄より放つ剣圧と、的確に急所を狙う切れの良い剣技で、山王と同じく時に崩されそうになる戦線を支えながら伊勢も、声を張り上げる。――対象を選ばぬ重力魔法は時に足場を乱す要因にもなり得るが、鬼軍にとっても条件は同じことだ。
 とはいえ、カルディアの魔法によって醜悪な石像と化した仲間を薙ぎ倒し、打ち砕いて暴れる鬼の姿は、歴戦の冒険者であっても思わず目を背けたくなるような戦慄を抱かずにはいられない。そこには、仲間を悼み、友を想う情はまるで存在しないかのようで。――故に、彼らは鬼と呼ばれるのだろうか。

 じりじりと。膠着する戦況に募る苛立ちを払拭するかのように。唐突に鈍色の雪雲を切り裂いた稲妻は、轟音を纏って天より駆け下り大地にその牙を突き立てた。


●強襲
「――頃合い、だな‥」

 谷底より吹き上げる風が運びくる喧騒に神経を研ぎ澄ませ、ラミュウズは機を図る。
 呼吸探査にの魔法によって拾い上げられた鬼軍の動きは、ほぼ確定したようだ。谷を囲むように配された鬼の小隊は、侵入口で始まった戦闘に吸い寄せられるように集まりつつある。――無論、それが全てではなく、その場に留まる部隊の布陣は本拠地である達谷窟に近づくほど厚い。

「動かぬよう定められているのだろう。‥‥はやり手強い、な‥‥」

 悪路王が敷いたその策を理解して、衝動を律し遂行できる知能を持つモノ。ただの鬼ではないだろう。
 呟いて、天城は脇に抱えた白き弓を握りなおした。戦さと向き合う身の内に湧くのは昂揚なのか、恐懼なのか――始まってしまえば、消えてしまう儚い想いなのだけれども――乗り越えなければ、望む未来も得られない。

「蝦夷の技を驕った西国の輩が喜ぶかは判らぬぞ?」

 秀衡はそう困惑気味に笑ったが。
 それでも、天城の要請を適えることを確かに約束したのだった。

「まずはあの真ん中へ?」
「それがよかろうの。闇雲に突っ込んでも疲れるだけじゃ。‥‥それにしても、口惜しいのぅ‥」

 梶之助の問いに、ほう‥と。どこか感傷的な的な吐息を落とした雷獣の周囲に、狂乱に踊る風霊が集い始める。ラミュウズ、そして、天城も。逸る天馬の轡を握り、呼吸を殺して時を図った。
 狙うのは、風精の雷槌が、大地を貫くその瞬間――ひとつ間違えれば、雷撃は宙空を駆ける天馬を穿つだろう――岸壁を駆け降り、悪路王の本陣を突く。


●悪路王
 十人張りの強弓より放たれた矢は狙いを違わず馬頭鬼の剥き出しの肩を貫き、振り上げられた巨大な斧がぐしゃりと鈍い音を立てて根雪に覆われた大地めり込む。
 大きく傾いた鬼の異変を見逃さず、風精の殺意を乗せた真空の刃が馬によく似たその喉笛を切り裂いた。鮮血が雪を染め、金臭い異臭を帯びた湯気が生ぬるい霞となって戦場に漂う。
 二張の魔弓より間断なく放たれる矢に指揮を取る小鬼王が次々と討ち取られ、程なく混乱が起こる。狙いどおりとは言え、戦意を失わず我武者羅に得物を振り回して挑み来る熊鬼戦士や馬頭鬼の攻撃は強烈で。
 巌屋を守るように張り出した岩壁に、舌打ちの回数が増える。
 このままでは埒が明かぬと息を吐いたその時、谷の底で淡い光が揺れた。
 天城にも馴染みの深い淡緑の燐光は、岩壁に張り付いた氷柱をきらきらときらめかせながら、精霊界の理を歪め‥‥刹那、
 弾き出された刃は、明確な殺意となって天城の鼻先を掠めぷつりと白き弓の弦を断ち切る。翼を撃たれ、天馬が悲鳴をあげた。

「‥‥な‥っ?!」

 大きく揺れる視界にちらりと映る人影。
 巨人ほどもある熊鬼や馬頭鬼にくらべれば、まだ人に近い。燃えるような赤い髪と、誰よりも強い金色の眸をした――

「――お前が、悪路王‥っ!!」

 考えるよりも早く、身体が動く。
 異国の神が携えた銛と同じ名を冠された槍を鞍より引き抜き、天城は鐙を蹴った。切りつけるような冷気と、疾走感に包まれて顔を上げると、
 睨みつける視線の先には、彼と同じ風の鎧を纏った鬼がいる。牙の剥き出す裂けた口に不敵な笑みと昂揚を湛えて。その手には、剣がひと振り――白々と濡れるような漣の紋様を描く刃のきらめきが場違いなほど美しく――瞼に焼き付いた。
 槍を握る手に力を込めて、強く念じる。

 力が欲しい、と。

 雷鳴が轟き、
 閃光が谷を塗りつぶした。


●勝鬨
 崩れ落ちた巌と土砂と雪で、谷ひとつが埋まったという。
 雷撃による衝撃か。グラビティーキャノンやローリンググラビティといった大地の理を歪める魔法を最大限の力をもって多用したのも無関係ではないはずだ。

「まずはご無事で何よりです」

 そう嘯いて、伊勢はにっこりと笑みを浮かべた。
 崩落する谷の中心にいたのだから、いかに悪路王でもただでは済まないだろう。――天城が生きているので、絶対とは言えなかったが――そう言って、胸を張る。
 少なくとも鬼軍は壊滅に近い打撃を受けた。
 たとえ悪路王が生きていたとしても、江戸に戦さを仕掛ける余裕はない。

「鬼払いとはいえ、戦さで山の姿を変える、か‥‥げに恐ろしき力よの‥‥」

 ふと手向けられた秀衡の言葉を思い出し、カルディアは曖昧に首をすくめる。――精霊への憧憬と知的探究から生まれた学問と、その成果が行き着いた先。
 人を支え豊かにする力も、国を滅ぼす力も。元々は、ひとつの理想より始まった。

「ともかく、ひとつは片付いた」

 ぱん、と。
 両手で頬を叩いて感傷を追い出し、山王は気合を入れ直す。
 追い風を受けて海面を滑る舳先の向こう。透きとおった冬の大気の中できらきらと輝く水面線の彼方にうっすらと浮かぶ稜線‥‥江戸はもう目の前だ。

 思えば、奥州から始まって、
 奥州から戦さは終わる‥‥否、終わらせてみせる。

――新しい時代を始めよう――