坂東異聞 〜橘高の鬼・壱〜
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月03日〜10月08日
リプレイ公開日:2004年10月12日
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●オープニング
燃え盛る焔が、夜空を焦がす。
松明が投げかける強い光が抜き身の刀を白くきらめかせ、幾重にも舘第を取り囲んだ人々の影を黒々と土塀に刻んだ。
内側から開かれた門より雪崩れ込んだ不穏の輩は狼狽して逃げ惑う家人を押しのけ、声高に家公の名を呼ばわりながらその身を探す。思いがけぬ強襲に驚き、脇差しひとつを掴んで中庭に走り出た舘第の主が見たものは‥‥
そして――
槍の穂先に高く掲げられた首級に、歓声が上がった。
■□
山門の前に人が集まっていた。
取る物とりあえずといった風情の野良着姿の村人たちは、小弥太の姿を見止めるとわらわらと寄ってくる。
「探したぞ。‥‥何処に行っておったのだ‥‥?」
村長のどこか咎めるような声の響きに小さな苦笑を零し、小弥太は握り締めた錫丈を揺らしてみせた。先端に取り付けられた金環がぶつかり合って涼しげな金属音を響かせる。
「川向こうだ。法要の手伝いに」
こう見えても仏門の末席を汚す身だ。そう返した小弥太に、一様にしわい顔をする。納得している風にも。何を今更‥と、そう言っているようにも思われた。――どちらも、真実なのだろう。
そんなことより、と。誰かが急いた。
「‥‥かんくろうが戻った‥‥」
押し殺したように紡がれた言葉の真意を測りかね顎を引いた小弥太の視線に、男は苛立ったように首を振る。
「お祐さまの大鴉じゃ」
災厄に触れたかのように、一瞬、沈黙が舞い降りた。憚るように周囲を伺う者もいる。この十数年間、その名は村の禁忌であった。
「――間違いないのか?」
間違いない。と、思わぬ凶事に顔をしかめた男が頷く。
「子供たちの話では、右の翼に1筋、赤い羽根が混じっていたそうな。――あれは、お祐さまの勘九朗だ。間違いねぇ」
「しかし、何故今頃になって‥‥橘高の人間は皆、あの時‥‥」
「いや。お祐さまの亡骸は――」
平次、と。咎めるように名を呼ぶ者があり、初老の男はハッとしたように口を噤んだ。
■□
「年寄りってほら、頭が固いって言うでしょう?」
相対に出た手代に向かって、娘は不満をぶちまける。
曖昧な相槌を入れる“ぎるど”の手代も、娘から見れば十分“年寄り”の部類に入るかもしれない。
「お祖父ちゃんも、村長さんも、村の年寄り連中も‥‥お寺の小弥太さんも、放っておけの一点張りで‥‥みんな、どうかしているわっ」
ずいぶん、おかんむりであるようだ。
娘の在所。――街道を逸れて2日ばかり先にある小さな村に、災いの兆しが見えたのは半月あまり前のこと。
村外れの荒れ屋敷の杉の木に、どこからともなく飛来した大きな鴉が1羽、棲みついたのだという。群れるでもなく、薄気味悪いだけで今のところ何も被害はないのだが、村の年寄りたちの様子がどうにもおかしい。
「とにかく、橘高様のお屋敷――お祖父ちゃんはそう呼ぶんですけど――には、近づくなの一点張りで‥‥」
憤懣やる方なしと言った風情の娘の前で、“ぎるど”の手代はこっそりと苦笑を零した。若気のいたりとでも言うべきか。この手の揉め事、大概、年寄りの言い分に利があるコトが多い。
「理由も話してくれないし‥‥それで、村の若い衆が皆で相談してお屋敷に行ったんです。そうしたら――」
「そこは、化け物屋敷だった、と?」
恐ろしそうに顔を歪めて、娘はこくりと首を頷かせる。
「‥‥お寺の小弥太さんが駆けつけてくれなかったら、みんな死人憑きに食べられていたかもしれないって‥‥」
「死人憑きだけじゃないですよ。それだけ古い廃屋なら、白溶裔あたりも棲みついていたかもしれません」
これだから素人は‥‥。やれやれと肩をすくめた仕草に、少しばかりムッとした顔をして娘は“ぎるど”の手代を睨んだ。
「でも、ヘンなんです」
「‥‥と、仰いますと?」
「いくら村外れでも、そんな気持ちの悪いものが近くに居るって判ったら、普通は何とかしようと思うでしょう?――そりゃあ自分たちで退治するのは無理かもしれませんけど。こちらにお願いするとかして」
にも関わらず、村の年寄りたちの反応は相変わらずであるらしい。
「いや、まぁ。しかし、“ぎるど”に依頼を出すにしても、その‥‥無料というわけではありませんし――」
決して商売気がないわけではないのだけれど。曖昧な返事を返した手代の前に、娘はしっかりと両手で握り締めていた袋を置いた。
●リプレイ本文
梢を揺さぶり風が哭く。
細く、高く。どこか物寂しげな響きを込めた笛の音にも似て。
深い山より吹き降ろす秋風に漆黒の羽毛をなぶらせ、鴉は遥かな高みより村を見下ろす。赫々と燃える双眸は、何を想うのか――
●舘第の傷
ばさり、と。
高い杉の木の上で、大鴉は翼を鳴らした。
黒い屑羽根が、ひらりと秋の風に舞う。
「こうして見ると、普通の廃屋ですね‥‥」
崩れた土塀の破れ目から荒れ放題の庭を覗き込み、クリス・ウェルロッド(ea5708)はぽつりとそんな感想を落とした。化け物が棲みついているのだと聞いていたのだが、彼等を見下ろす大鴉の他はそれらしい気配もない。
島津影虎(ea3210)の見立てでも、舘第の外へ魔物が出た痕跡を見つけることはできなかった。片方だけ落とされた草鞋から察するに、舘第に乗り込もうとした若者たちも、結局、門前払いに近い形で追い散らされたのだろう。――その際に現われたという死人憑きが、影も形も見えないのが不可解ではあるけれど。
ウェルロッドが声をかけた村の娘たちも協力したげではあったけれども、残念ながら彼が望む情報は持っていなかった。
「それよりも‥‥」
気になるのは、舘第の荒れようだと思う。
放置された家屋が荒れるのは当然だが‥‥焼け焦げのような痕が残る山門の残骸に視線を落とし、島津は僅かに首をかしげた。
焼けた山門。崩れた土壁。この舘第は放置され風雪に晒されるより以前に、何か壊滅的な打撃を受けていたのではないかと思われる箇所が随所に見られた。
「‥‥このままでは、埒が明きません」
倒さねばならない魔物の種類はおろか、数も未知数。しかも、屋敷の様子も目撃証言とは微妙に異なる。――その上、本来なら諸手をあげて魔物退治に協力してくれるはずの村人たちの対応までが不鮮明。
「いくら主の御心だとしても‥‥」
ずいぶん難解な試練を与えてくれたものだ。
つい、恨み言のひとつも言いたくなるが。乗り越えてこその試練なのだと、思いなおして崩れた土塀を踏み越えようとした刹那、
カア――
鋭い警告を発した大鴉は、ばさりと翼を広げて杉の木から舞い上がる。
普通の鴉に比べれば、2倍はあろう大きな鳥だ。ゆっくりと羽ばたき舘第の上を旋回する様も不吉を誘う。
舘第を取り囲む木立がざわりと不穏に枝を揺らした。
薄暗い廃屋の奥から棲み付いたよからぬモノが這い出してくるような‥‥。
「何をしている?!」
強い緊張を孕んだ誰何に振り返ると、数人の村人が立っていた。
●招かざる客
その舘第に住んでいたのは、橘高という姓を持つ一族であった。
綾都紗雪(ea4687)の求めに“ぎるど”が答えられたのは、白溶裔についての知識が少しとその一文。それも、ずいぶん古い記述であるので、正しいことは判らないという。
地理志にも乗らない辺鄙な村だ。――江戸市中においてさえ読み書きのできる者は希であるから、よほどの大事件でなければ記録として残ることはない。
残っているとすれば名主や庄屋といった有力者の日記だが、それが江戸‥‥まして、“ぎるど”で調べられるかというと難しいだろう。
「‥‥‥あ〜、その‥‥憂い顔も悪くはないんだが‥‥」
物思いにふける紗雪を写生する筆を止め、鷹見仁(ea0204)が盛大な吐息を落した。
「美人画に眉間のシワはマズいな、うん」
江戸随一の絵師を志す鷹見は、折を見つけては仲間たちの姿を紙に写しとることに余念がない。今も村長の家に廃屋への立ち入りを許可してもらうため挨拶に出向くという御神楽紅水(ea0009)と住吉香利(ea3650)、舘第の下見に出かけた島津とウェルロッドを待っているところだ。――美人揃いの同行者たちにも恵まれてなかなか美味しい修行の場を見つけたといったところか。
一方、紗雪は相変わらずの憂い顔だ。
「何故、この村は憐れな死人憑きを浄化もせずに置くのでしょう‥‥」
村人に不安を与え、恐怖に怯えて暮らすを強いる。――それで、村が守れるのだろうか。答えは、否だ。
「紗雪?」
すくと突然立ち上がった紗雪に、鷹見が不思議そうに声をかける。
「少しお話しを伺って参りたいと思います。鷹見様はここでお待ちを」
すたすたと歩き出す姿勢の良い後ろ姿を見送って、鷹見は描きかけの絵を見下ろして首をかしげた。
「後姿もなかなか‥‥」
訪れた余所者が切り出した申し出に、村長は嫌な顔をする。
若い衆ほど村の外に興味もないのか、“ぎるど”の名前もあまり効果がないようだ。――魔物の退治を引き受けた者だと名乗っても、その対応は相変わらずで。それとも他に何か理由でもあるのだろうかと勘ぐりたくもなる。
「何か聞かれると困ることでもあるの?」
「そんなものはない!」
紅水の言葉に、村長は苦虫を噛み潰したような顔をした。その表情が全てを物語っている。肩を怒らせた老人をなだめるように、ほのかに苦笑を浮かべた香利が紅水から言葉を引き継ぐ。
「子供たちを揉め事に巻き込みたくはないというお気持ちは良く理解ります」
香利自身、血気に逸る若者たちの行動にはどうしたものかと首をかしげることも多い。
村の外に知られては拙い秘密のひとつやふたつ。お上に知られぬように、内々に処理するのが自分たちの役目なのだ、と。やんわりと理解を求めた村長は、硬い表情のまま首を横に振る。
「‥‥‥あれは‥おそらく獣の習性で棲家に戻っただけにございましょう。求める者がおらぬと判れば、いずれ飛び去る。どうか、かんくろ――いや、あの鴉にはお構いくださいますな‥‥」
早々にお引取り下され、と。取り付く島もなく返された言葉に何か言いかけた紅水の袖を引き、香利はゆっくりと首を横に振った。――こういう手合いには、じっくり時間をかけるより他はない。
●[黒]の守り人
村外れの墓地で無縁仏に手を合わせていた男は、声をかけた紗雪にさして驚いた様子はなかった。
突然の訪問者たちに動揺を隠せない他の者たちとは、どこか違う。胸の裡に、1本通った筋のようなものがあるようにも思われた。
「貴方が小弥太様ですね?」
「‥‥いかにも」
訊ねたいことがあると切り出した紗雪に、小弥太は僅かに顎を引いたきり‥‥ずいぶん、落ち着いたものである。歳の頃は、50歳をいくらか出たところだろうか。僧侶というよりは、山伏や僧兵といった貫禄がある。
「あのお屋敷に、死人憑きが出ると伺いました。何故、捨て置かれるのでしょう?」
死者を哀れみ浄化させてやるのが仏門に入信した者の務め。そう説いた紗雪に、小弥太は、幽かに微笑んだ。――少し困った顔をしたのかも知れない。
「語れぬものがあの屋敷にあるのなら、せめて貴方がたの手で幕を閉じ、事を鎮めるべきだったのではないでしょうか。それを――」
「お言葉を返すようだが」
静かに男は、紗雪の弁を遮る。
「幕は既に下りている。――鴉が1羽、あの舘第に棲みついた。ただ、それだけのこと。村の誰かが襲われたわけではない」
それに、と。右手にかけた数珠に視線を落とし、小弥太は口の中で神への祈りを呟いた。
「死人憑きの全てがヒトの敵とは限るまい。‥‥御仏がそれを使う術を許されているのだから‥‥」
ぼんやりと淡く黒い光が男を包む。驚愕に眸を見開いた紗雪の視界の中で、卒塔婆のひとつがずぶりと揺れた。
「―――あ、貴方がお屋敷の死人憑きを作ったのですか‥っ?!」
■□
「あんれまぁ。お前ぇさま、でぇじょうぶかね?」
どこかとぼけた訛りの強い言葉に揺り起こされる。目を開けると、田之上志乃(ea3044)の幼い顔が心配そうにのぞきこんでいた。
「‥‥‥ここは‥‥」
一瞬、自分がそこにいるワケを測りかねて顔を顰めた紗雪に、志乃は人懐っこい笑みを浮かべる。
「オラ、村長さの家の床下でいろいろ調べてただがや。そうしたら、年寄りどもが話してただよ。――村の若い衆が見た死人憑きは小弥太どんが動かしていたそうだべ‥‥」
それで寺を訪ねてきたら本堂の縁側に紗雪が寝かされていたのだそうだ。身振り手振りを交えて語る志乃に、紗雪は顔を顰めて頷く。
「ええ。どうやら、そのようです」
一般に黒と呼ばれる神聖魔法の使い手の中に、死者を使役する者がいることを失念していた。それは決して邪法ではなく、仏が許した行いであることも。――信仰に背を向ける者に魔法は使えないから、小弥太の行いは仏も認めているということになる。
「皆の衆は、もうお屋敷に向かったべ。オラもこれから行こうと思ってるだが‥‥」
気遣わしげな視線を向けられ、紗雪はこくりと首を頷かせた。
「私も参ります」
●遺されしモノ
大鴉が発する警告に、舘第が目覚める。
ウェルロッドが放った矢は大鴉の翼をかすめ、乾いた音を立てて杉の枝に突き立った。その衝撃に、きらりと鈍く光る物が微かな音を立てて大地に落ちる。
赫い双眸に怒りを湛えウェルロッドに襲い掛かった大鴉の爪は薄皮一枚を切り裂き、割って入ろうとした島津の目を眩ませた。
崩れた壁の間から滑り出た白い靄が一瞬、半透明な娘の姿に見えたのは錯覚だろうか。瞬きひとつ。凝らした視線に幻は消え、代わりに白く濁った靄のような生き物がその場に現われた。――それが白溶裔と呼ばれる魔物であることは承知であったから、驚きはなかったが。
ふわりと中空に広がった白っぽい靄は、紅水がぶつけた魔法に怯んだように身を捩る。
香利が試しに投げつけた重曹と塩、酢の方の効果はイマイチであったけれども。
「元が古雑巾だと聞いていたから、あるいはと思ったのだが‥‥」
白溶裔が使い古された雑巾が化けたモノであるという話は、どうやら眉唾であったらしい。
「これは、厄介ですね‥‥」
闘気魔法を使い戦闘力を上げた神楽聖歌(ea5062)も顔を顰めた。状況に応じて形を変える不定形に加え、接触した物を取り込んで消化する魔物はうっかり近づくと強い酸によって傷を負う。――動きが鈍いのが救いだが、魔法や弓など後方よりの攻撃を得意とする者たちの守りへも気を使わねばならぬ為、回避術にいささか不安のある冒険者たちは苦戦していた。
シュウゥ、と。白溶裔の攻撃を剣でしのいだ鷹見の刀身から白い煙が上がる。
酸が金属を溶かす嫌な匂いが建物に立ち込め、廃屋特有のすえた埃っぽさとあいまって胸に支えた。あらかじめ清潔な布で口許を覆っていた香利の他は、その刺激臭も集中力を削ぐ。大鴉と違い、じっくり狙いを定められるのはありがたかった。
ウェルロッドが放つ矢、紅水の魔法で体力を削り、島津、鷹見、聖歌らが直接攻撃で斬り付ける。地道ではあるが、時間を書ければこの方法が確実だった。
■□
「うわぁ。綺麗だがや」
拾い上げた銀細工の簪をためすつがめつして陽に翳し、志乃が感嘆の声をあげた。細かい細工に燻した銀の色味も見事なもので、素人目にも値打ちのものだと判る。
「これはお姫様の持ち物に違いねぇ」
目をきらきらさせる志乃に苦笑を浮かべた紗雪は、舘第から思案顔で出てきた紅水に視線を向けて首をかしげた。
「どうなさいました?」
「あ、紗雪さん」
声をかけた紗雪に紅水は、少し困った風に細い眉を寄せる。
「鷹見さんが屋敷の中で絵を見つけられたのですけど‥‥」
「絵‥ですか‥‥」
絵師を目指している鷹見が気に止めたのなら、何かあるのかもしれない。志乃と顔を見合わせて、ふたりは紅水に案内されて朽ちた館へと足を向けた。
温度が下がった。
その部屋に足を踏み入れた時、島津は微かな違和感に片頬を動かす。――何か冷たい風が首の後ろを通り過ぎた。そんな気持ちの悪さを感じて振り返ったが、とくに異変も見当たらない。
気のせいかと首の後ろを掻きながら部屋の隅に集まった仲間のところへ歩を進め、彼は少し関心したように軽く目を見張る。
「ほう、これは‥‥」
床の間であった場所の細い檜板に岩絵具で写されたそれは、見知らぬ娘の姿であった。
綺麗な娘だと思う。
何か不吉だとも思った。
描いた絵師の作風なのか、手本となった娘がそういう性質であったのかまでは判らなかったが。ただ、その絵姿が纏う空気は妙に冷たく禍々しい。
「あんれ、おったまげたよ。ホントにお姫様がいたでねぇか」
素っ頓狂な声を上げた志乃の握り締めた簪が、絵の中で鈍い光を放っていた。
=壱=