【楽園の幻影】 〜壱・影よりの追跡者

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 46 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月22日

リプレイ公開日:2005年06月23日

●オープニング

 とおいとおい遥かな異郷に、
 誰もが幸せに暮らせる夢の都があるという。

 江戸に月道が開かれてより、数年。
 国主より使命を帯びた使節。異国の事物を運ぶ商人に混じり、物見遊山の旅人たちの姿も決して珍しくなくなった。――もちろん、決して安い路銀ではないのだけれど。
 数が増えたとは言え、それも江戸市中に限った話。普通の生活をしていれば、まだまだ馴染みも薄いもの。勝手の通じぬ相手を前に、往生することも良くある話。笑顔は万国共通の言語とは言うものの、文化の壁はやはりそれなりに高く分厚い。
 奇異の視線を向けられることもあれば、ちょっとした言葉の行き違いから誤解が生まれることもある。
 行きずりであれば気づかぬまま過ぎる波風も、留まる者には思いのほか強い逆風であることも‥‥
 この街は、決して御伽噺にて語られる“約束の地”ではない。

■□

 集まった面々を見回して、“ぎるど”の係りは神経質気に手元に広げた帳面を指先でなぞった。
「本日、お集まりいただいた皆様には、少々やっかいなお願いをいたさねばいけません」
 やっかいゴトを解決するのが、冒険者の仕事であるはず。
 あまりにもかしこまった様子に却って不穏なものを感じ取り、集まったものたちは顔を見合わせる。――そう思って見回せば、集まった顔ぶれも駆け出しではなく、いくらかこなれた者たちばかりだ。
「‥‥千代田のお城では、京の都に繋がる月道が見つかりましたそうな‥」
 また、江戸に人がやってくるのでしょうね。そう呟いた番頭の言葉は、何やら憂いを含んでいるかのようで――
「人が集まるのは、その国が栄えている証。悪いことではございません」
 ですが、と。続くその先は、なんとなく想像できる。
 繁栄に惹かれてやってくる者の中には、善からぬ思いを秘める者が少なからずいた。芽生えた時は希望であったものが、ままならぬ紆余曲折を経て姿を変えていることも‥‥。
 言葉が違い、文化が違えば、当然、価値観も違ってこよう。そうして生まれた軋轢を上手に昇華させるには、この国はまだまだ道の途上であった。
 それだけではなく、無知の上に胡坐をかくものもいる。――人々が知らぬことを良いことに、素性を偽り、前科を偽り‥‥小さな村に不安と恐怖をもたらしたという話さえ聞いていた。
 そういう事例が重なると、当然、排斥を訴える者も現われる。
 必然とはいえ悲しい話だ。小さな吐息を落として話を区切り、切り口を探して僅かに視線を宙に泳がせた番頭は、静かに本題を話し始める。
「最近、江戸市中にて異国の方々が何者かに襲われているという話をご存知ですか?」
 商人であったり、冒険者であったり。あるいは、単なる旅行者だったり。国籍は様々だが、はっきりと日本人ではないと判る者――例えば、エルフやハーフエルフ。金髪碧眼といった欧州人の特性を顕著に持っている者など。華国よりの旅人は、一見、日本の者と見分けがつきにくいせいか、被害は出ていないという。ドワーフやシフールといった種族の者にも、今のところは‥‥
「命を取られたという話は、まだ聞いておりませんが――」
 事件が起こってしまってから‥では、遅すぎる。
「お上の耳に入るのも具合が悪い。そこで、皆様を見込んでのお願いでございます」
 ひとつ、内々に調べてみてはいただけませんかね?
 そう言って、番頭はゆっくりと一同の顔を見回し静かに頭を下げたのだった。

●今回の参加者

 ea0028 巽 弥生(26歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0908 アイリス・フリーワークス(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2331 ウェス・コラド(39歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7918 丙 鞆雅(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 人垣が流れる。
 お城へと続く広い目抜き通りに溢れる喧騒は、ふた筋の流れとなって東西へ。――誰に振り分けられるでもなく、自然その流れに乗って足早に。
 ウェス・コラド(ea2331)が待ち受ける大手門へ足を向ける者は少なかったが。それでも、月道が開くこの日は、千代田のお城も平素より騒がしい。
 月が天頂に真円を描く数刻。
 月を守りし精霊の魔力によって、都は遥か遠い異郷へと繋がる。――ちょうど1年前になるのだろうか、コラドもこの道を通って江戸の町へとやってきた。
 時の経つのは早いのか、遅いのか。
 今はまだ戻るつもりのない彼の母国を目指して、人が集まる。
 異郷へと旅立つ者。
 祖国へと帰る者。
 山と積み上げた荷を運ぶ者。
 着の身着のまま身ひとつの者。
 惜別の念に囚われる者、ただ別離を待ち望む者‥‥
 夢を追う者、夢叶えた者‥‥そして、夢に敗れた者たちも‥‥
「存外、多いものだな」
 一様に同じではない旅人の群れを眺めて呟いたコラドの嘆息に、人の流れを眺めていた竜太猛(ea6321)はちらりとそちらへ視線を投げた。
 決して、安い道ではない。
 それでも商人たちに混じって、冒険者や物見遊山の旅人らしき顔もちらほら。――エルフやハーフエルフの姿も見える。
「明らかに異邦人だと分かる者‥‥で、あったかのぅ‥」
 彫りの深い顔立ちに、髪の色、目の色、肌の色。
 なるほど、異国との接点となる場所だけあって、江戸にはこんなに異国の者がいたのかと驚くほど大勢の外国人が集まっていた。――“ぎるど”や“酒場”、旅籠が集まる馬喰町の界隈など‥‥いつもは、意識して探さねば見当たらぬのに。
 その顔を眺めて、ふと思う。
「‥‥はて、なにやら皆同じ顔に見えるのぅ‥。ほら、あそこのふたりなど、瓜ふたつじゃな」
 兄弟だろうか、と。指差された方向に目をやって、コラドはやや怪訝をこめて顎を引いた。
「そうか?」
「そう思わんか?」
 まったく。――ひとりは、イギリス人だがその隣で話しているのはどう見てもノルマン人かフランク人だ。
「私には、華国人と日本人の方が良く似ていると思うのだが‥‥」
 そう言いかけて、ふたりは顔を見合わせた。
 被害者の共通点。
 狙われた理由はどこにあるのだろう。

 ――外国人なら誰でもいいのか。
 ―――あるいは、誰かを探しているのだろうか‥


●尋ね人の行方
 江戸に流れ込むのは、月道渡りの異邦人ばかりとは限らない。
 近隣の国や藩から豊かな富に惹かれて集まってくる者たちの方が、圧倒的にその数は多いのだから。“椋鳥”と呼ばれる彼らの所在を尋ねて歩くのは、月道渡りの外国人を探すよりも遥かに地味で困難な作業であった。
 丙鞆雅(ea7918)の胸に支えているもの。――数日前に、依頼で訪れた小さな山間の村に降りかかった災厄。
 その翳に、エルフらしき異邦人の姿が見え隠れする。
 村を訪れる隊商の護衛として付いてきた冒険者だと聞いていた。そして、村を去った彼らを追うように、山を降りた木地師の存在。 江戸に向かったらしいと聞き込んできたのは、誰であったか。
 異人が襲われているらしいという噂を聞いたのも、“ぎるど”が初めてではなかったような気がする。 とは、言っても、江戸に身を沈めた者を探し出すのは、もちろん容易なことではなく‥‥
 長屋の中で群れて遊ぶ子供たちの元気な姿に目を細めつつ、口入屋を巡る丙であった。


●歪みと境界
 俗に、大江戸八百八町という――
 巨大な町だという例え。
 この広い町の中から‥‥雲を掴むような話であったが、調べ始めるといろいろと面白いことが分かる。
 たとえば、江戸を訪れた外国人たち。気の向くままに町の何処かへ散ってしまうわけではない。
 江戸を訪れた外国人がまず足を向けるのが旅籠。
 商人ならば、問屋街や職人街。物見遊山の旅人ならば、“名所”と呼ばれる繁華な場所や景勝地。意外に決まっているものだ。
 頻繁に見かける場所もあれば、まだまだ、異人が珍しい地区もある。――人が集まる場所で事件が起こるのは、ある意味、必然なのかもしれない。
「この辺りで、外国人が襲われたんだってなぁ」
 世間話のついでに水を向けた月代憐慈(ea2630)に、団子を運んできた茶汲み女はええと大袈裟に吐息を落とした。話せる相手を探していたのか、女給は月代の問いにもさほど怪しまれることはなく言葉を紡ぐ。
「ええ。なんだか物騒ですよねぇ」
 幸い怪我人も出ず、奪われた物もなかったことで江戸を揺るがす大事件にはならなかったが、界隈ではちょっとした騒ぎになったらしい。
「ほら、異人さんって言葉が通じなかったりするでしょう?」
駆けつけた番所の同心も事情聴取に手を焼いたのだとか。――片言ではままならぬこともある。特に、興奮したり、放心したり、頭に血が登っているときなどは。
「習慣が違うと何かと大変だろうな」
 ぽつりと落とされた巽弥生(ea0028)の言葉に、茶汲み女はどこか苦笑めいた表情を浮かべて肩をすくめた。
「そりゃあ、まあ。この辺は異人さんが多いですから、時々、話は聞きますけどね」
 家の中でも靴を脱がない。
 所構わず唾を吐く。
 稲荷に手を合わせない。
 下水溝の掃除や、井戸さらいといった長屋の共同作業にも参加しない。
 大家の言葉に従わない。
 人の和を重んじない‥‥など。
 多少でも知り合いがいれば文化や考え方の違いだから。で、済むようなことではあるが、度重なれば気も悪くなろう。
「この間も、お稲荷さんに唾を吐いた人がいるとかで‥‥」
 大袈裟に息を落とした茶汲み女の言葉に、弥生も思わず顔をしかめた。
「‥‥それは、またずいぶん‥」
 旅の恥はかき捨て、なんて言葉もあるけれど。――だが、共存して行くためには、お互いに守ってもらいたい節度というモノは確かに存在するわけで。
 自分の国では当たり前のことが、異国では非常識であったり、失礼であったり‥‥自覚がない分厄介だと、弥生と顔を見合わせて月代は手にした扇子の端を少しかじった。
 月道が開かれて、まだ数年。
 江戸で暮らす者が皆、異国を知っているわけではない。そして、その見知らぬ国を測る物差しは、そこからやってきた人々の言動がすべて。
 それが真実とは違っていても、違う、と否定できる者はどこにもいない。――もちろん、その逆も言えるのだけど。
 些細な誤解が捻じ曲がったまま大きくなって為政者たちの耳に入ったりすれば、国際問題にだって発展してしまう危険を孕んでいるのだ。
 できるだけ、内密に。
 “ぎるど”の係りが念を押したのは、実は大袈裟でもなんでもない。


■□

『ひどい目に遭いました』
 “ぎるど”に紹介された被害者のもとを訪れたアイリス・フリーワークス(ea0908)と枡楓(ea0696)の前で、エルフの青年はその時の状況を思い出しでもしたのか身震いする。
『それは、災難だったですね〜』 言葉をあやつって答えるのは、アイリス。
 残念ながら言葉の判らない楓は、相手の表情や仕草から読み取るしかない。――顔を突き合わせていれば、なんとなく理解できるのが面白い。
『えっと、ですね〜。思い出したくないのは分かるですけど、犯人を捕まえないと大変なことになるんです』 被害者が取り乱したりはしないかと、内心ひやひやしながら笛を握り締めていたアイリスだったが、幸いそこまでひどい目にはあっていないのだろう。エルフの男は、その長い耳に手をやって少し考えるように首をかしげた。
『‥‥と、言っても。あまりお役に立てる自身はないのですが‥。何しろ、私も気が動転していましたし‥‥後ろからいきなり襲われたものですから』
 背中に匕首を突きつけられるまで、相手の気配に気づかなかったのだと面目なさげに顔をしかめたまま青年は息を吐く。
『おまけに、相手が何を言っているのかもよくわからなくて――』
 エルフの言葉を伝えたアイリスに、楓はううむと唸って首を捻った。
「気配を消す術に心得があるのじゃろうか?」
「ですね〜」
 楓のまねをして腕を組み、アイリスもかわいらしく相槌を打つ。
 とりあえず、自国語で金なら払うと言ってみたのだが、それは相手に通じなかったらしい。
「ええ〜。よく無事でいられましたねぇ」
 思わずふわりと飛び上がって驚いたアイリスに、エルフは頷きつつも曖昧な苦笑をこぼした。
『どうやら、私の声で人違いだと悟ったようで‥‥』
 現れた時と同様に、すぅと夜の中へ消えていったのだという。
 念のためにと、気を抜けばあさっての方向へ飛んで行きそうになるアイリスを引っ張って、“ぎるど”に紹介された被害者のもとを訪ねた楓であったが、彼らの話は概ねそんな感じであった。
「物取りではなく、特定の人物を探しておるのじゃろうか?」
 声と容姿だけを手がかりに。
 最後の被害者を訪ねた楓とアイリスに、金色の髪をした若い娘は少し考え込むように頬に手をあてて首をかしげた。
「‥‥ギョクがなんとか‥‥て、言ってたように思うんだけど‥」


●追跡者の影
 人が集まれば、諍いが起こる。
 事件にはならなくても、酒場や盛り場などではほぼ毎日。――外国人が居合せたり、当事者であったりすることももちろんあるわけで。
 外国人が関わった事件がないかと訪ねたコラドに、“ぎるど”の者は首を捻った。
「それは、もちろん」
 酔った弾みや、報酬の取り分など。冒険者というのは、そもそも血の気が多いというか荒事と無縁な人種ではない。
 陰険な口論から、掴み合いのケンカまで。
「エルフやハーフエルフ、金髪碧眼といった欧州人の特性を顕著に持っている者が関わった事件で気になる事件などは起こっていないか?」
 襲撃者の標的となった者たちに共通する手がかりは、今のところそれだけだ。
 尋ねられた手代はふむと思案を巡らせる。顔を上げるまでに少し時間がかかったのは、古い事件であるのか、あるいは‥‥
「事件というほどのコトではございませんが、去年の夏頃のことでございましょうかね。ちょっとした諍いというか、行き違いがございました」
 とある依頼に参加した冒険者の中に、少し毛色の変わった者がいたのだという。
「エルフと人間ふたり連れだったのですが。‥‥どうも他の者たちとそりが合わなかったというか‥‥なんでも、ふたりが恋人だったか、夫婦者だったか。とにかく、ひどく忌み嫌われていた様子」
 蔑まれた者も、騒ぎ立てた者も。双方が異国の者であったので、なんとなく記憶に残ったらしい。
「まあ、それ以来ふたりが“ぎるど”に現れなくなったので、そのまま忘れておりましたのですが‥‥」
 話の何処かに歪みを感じ、コラドとアイリスはなんとなく顔を見合わせた。――何が気に障るのだろう。
 涼を取り込もうと開け放たれた窓から入り込むのは、雨の匂いを孕んだ生ぬるい夏の風。
焦りにも似た不快と苛立ちが、沈黙となって部屋を包んだ。