【楽園の幻影】〜弐・追われる者
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月29日〜09月03日
リプレイ公開日:2005年09月06日
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●オープニング
とおいとおい遥かな異郷に、
誰もが幸せに暮らせる夢の都があるという。
ちらり、ちらり
窺うように、諮るように投げられる視線。
けれども、そちらへ顔を向けると慌てたように逸らされる。決して、目を合わせてくれようとはしない。
たぶん、最初は物珍しさ。
未知なるものへの好奇と、期待。――地平の果てに湧き上る入道雲が孕んだ雨色に目を細めるような感覚。
夕立の気配に、束の間の涼を心に想う‥‥
‥‥予感‥に、心を躍らせる。
現に望んでいるわけではなく、ただ、想い描くだけの‥‥望まない、非日常。
ちくり、ちくり
突き刺さる視線から逃げるように身を捩り、足早に長屋を横切る。
ひそひそと小さな声で交わされる言葉。
内容は判らない。――彼らの言葉は理解らなかったけれども、それが悪意であることだけは知っていた。
あちらでも、こちらでも。
悪意の表現だけは、同じであるから。
■□
小卓を挟んで対峙した折り目正しい羽織袴を前にして、“ぎるど”の手代は所在なさげに視線を揺らせる。
この手の堅苦しい雰囲気は苦手であった。
磨き上げられた机の上には、いくつかの品。――拵えの立派なものから、ただのガラクタまで。手当たり次第といったところか。
「‥‥盗品ですか?」
はあ、と。吐息を落とした手代の前で、両の手で湯呑みを包んだ町役人はおそらくと言葉を付け足す。
「築地のあたりに“湊屋”の号を掲げた廻船問屋が店を構えましてな。上方からの下りモノの他に、こういった古物を扱うと好事家たちの間では噂になっているとか」
曰く、金さえ積めば用立てられぬものは無いと豪語しているとか。
「‥‥‥‥」
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので。
庶民は日々の生活に追いたてられているが、世の中には左団扇で道楽に精を出し金に糸目はつけないと豪語する者たちも確かにいるのだ。
「それとなく探りを入れてはいるのですが、あちらもなかなか尻尾を出してはくれぬもの」
それでも、まったく手がかりがないワケでもなく。
店に出入りする者の中に、少しばかり毛色の変わった者がいたのだという。
大元は廻船問屋であるので、人足の中には多少なりと手癖の悪い者、素性のいかがわしい者がいても不思議はないのだが‥‥。
手代の顔色を読んだのか、町役人は鷹揚に頭を振った。
「いえ、そういった輩ではございませんで」
札付きの相手をするなら、奉行所に訴え出るのが筋である。それが奉行所ではなく、“ぎるど”に相談を持ち込んだワケ。
「奉行所がどうにも頼りないというのもございますがね」
と、さらりと辛辣なコトを言い置いて。町役人は少しばかり顔をしかめた。
「‥‥異人でございますよ」
湊屋に出入りする小者の中に、異邦の者がいたのだという。――金色の髪に長い耳、彫りの深い顔立ちは確かに他とは異質であった。
「取引相手の商人という感じではございませんし。身なりの方も、どちらかといえば困窮している様子。少々、気になりまして」
そんな折、“ぎるど”で異人がらみの事件を探索しているという噂を聞きつけて、相談にやってきたのだ、と。町役人は穏やかに言葉をつぐんだ。
●リプレイ本文
魔の潜む場所――
屋号を掲げた外見こそ立派だが、店全体が何か得体の知れない不吉に覆われた伏魔殿に見えるのは、与えられた先入観のせいなのだろうか。
途絶える事なく入れ替わり立ち代り。ひっきりなしに人の出入りする店頭を遠目に眺め、巽弥生(ea0028)は思案気に眸を細めた。
田之上志乃(ea3044)の記憶違いでなければ、ここには“鬼”が潜んでいるかもしれないらしい。――志乃が実際に出くわしたのは、邪魅であったというが。どちらにしても、その手の怪談めいた話があまり得意ではない弥生にとっては、心中穏やかならぬものがある。
今回、直接店に乗り込むのを避けて周辺での情報収集や警戒にあたる地道な役を引き受けたのは、あるいはどこか苦手意識が働いていたのだろうか。
「ふむ。邪魅とは‥‥奇縁だな‥‥」
わずかに遠い目をして呟いた丙鞆雅(ea7918)の胸にも、重くほろ苦い記憶の断片が影を落とした。
「面倒にならねば良いが」
「‥‥既になってる様な気がするんだけどね。――ああ‥」
面倒だなぁ。
ぼそりと呟いて吐息を落とした天藤月乃(ea5011)と丙が思い描いた“面倒”は、少しばかりカタチが違うようだけれども。
●偽りの痕跡
世の中、万事、手前の望み通りとはいかないものだ。
いかに手を尽くしても叶わぬ願いというものは必ずあるし、夢と現実の狭間で葛藤するのも心ある者の宿命だろう。――大方の者はどこかで諦めたり妥協するコトを覚えるのだが、ごく稀に‥‥突き抜けてしまう者がいた。
追い詰められた上での切羽詰った衝動的なものから、単なる自己満足を満たすための独りよがりな屁理屈まで。理由は様々あるのだけれど、総じて誉められたことではない。
ただ、そういう薄暗い要求の上に成り立つ商売というのも確かに江戸の町には存在し、悪いことに、どうやら繁盛しているようだ。
「いらっしゃいませ」
愛想の良い声に迎えられ湊屋の暖簾を潜った竜太猛(ea6321)は、油断なく周囲に目を配り店内の様子を確かめる。掃除の行き届いた広い店内には、客が数名。思い思いに陳列された品物を手にとって眺めたり、接客に出た手代の説明に耳を傾けていた。
名のある道具を求める茶道家を装って−茶の道を究めんとする者であることと、良い道具を欲する心に偽りはない。−上方から運ばれた茶器に熱い視線を向ける丙の他に、志乃を従えたウェス・コラド(ea2331)もまた己の知識を総動員して並べられた品に見入る。
もちろん、それと見て盗品と覚られるような物が並べられているハズはないのだが、もしかしたらという期待もないわけではない。
「ちと探し物をして旅をしておるのだが。ここなら色々品が集まると聞いて、立ち寄った次第」
手がかりでも掴めぬかと思って、な。そう切り出した竜に、接客に立った番頭は白いものの混じり始めた細い眉をわずかに動かす。
「‥‥探し物‥で、ございますか?」
「左様」
愛想よく、そして当たり障りのないように。穏やかな笑みを貼り付けたまま問いの形に傾けられた首に、重々しく頷いて言葉を区切り、竜はゆっくりと凪いだ水面に石を投じる言葉を紡いだ。
「数珠じゃ。――蟲を封じる神通があるという」
「‥‥‥お数珠‥とは‥‥さて。そのようなものが、当店にございましたかどうか――」
のんびりと顎に添えられる手は、何を思案するのだろう。
店の品揃え、あるいは‥‥
思慮深げに記憶を辿りついと伸ばされた手に、いつの間にか近づいていた若い手代が大事そうに抱えた大福帳を押し付けた。
「数珠ならば、手前どもの棚にもいくつか品揃えがあるのでございますが――」
「ほう。それを見せてもらうワケにはいかないだろうか?」
さりげなく。ともすれば走り出しそうになる鼓動を落ち着かせつつ話を進めた竜の言葉に、先ほどの手代が店の奥へと姿を消した。
程なくして戻ってきた彼の手には布を張った盆が奉げられ、その上にいくつかの品が載せられている。
小さな珠をいくつも繋いで輪にした法具。
「こちらなどは、月道の向こうで作られたものだとか」
綺麗でしょう、と。
掲げて見せられたソレは、竜と番頭のやり取りに興味を惹かれたフリをしてふたりの側に近づいていたコラドと志乃の目にも触れ。閃いた針のような細い光が、コラドの記憶をかすめた。
「すまないが、それを見せてもらえないか?」
「‥‥何か?」
割り込まれ、怪訝そうな視線を無視して手を伸ばす。
指先に触れる銀の感触。精緻に組み上げられた銀細工の輪‥‥これは、数珠ではない。
「これは、ブレスレットだ」
「ぶれすれと? なんだべ、そりゃあ。――お坊っさまの、数珠じゃねぇのか?」
きょとんと首をかしげたのは、志乃だけではなく。
コラドの故郷、月道の向こうの国々で女性が腕につける装身具‥‥腕輪だと説明するのに少しばかり時間を食った。――お姫様に憧れる志乃はこういうキラキラものが大好きだったが、生憎、男性であるコラドはこういったモノにさほど造詣が深いわけでもない。
この場合問題になるのは使い方ではなく、むしろ‥‥
「これはどういう経緯でこちらに?」
丙の問いに、番頭は僅かに視線を揺らした。
「‥‥手前どもは廻船問屋にございますれば、舶来の品も‥‥」
「正しい経路を経て届いたものなら、客に誤った使い方を教えたりはしないだろう」
舶来の装身具としてより売る方が数珠として扱うより、買い手も多かったに違いない。
そうコラドに高い位置から冷静に突っ込まれ、番頭はやれやれと肩をすくめて吐息を落とす。
「店に出入りする異国の者が、借金の代に置いて行ったものでございますよ」
●異人の影
店にはふたつの出入り口がある。
客を迎える“表口”と従業員や商品が出入りする“裏口”。
「見張るなら、やっぱり裏口だと思うですよ」
じっと物陰に身を潜め、アイリス・フリーワークス(ea0908)はぴしりと訳知り顔で指を立てた。
そして、悪者たちの動きが活発になるのは人目のある日中よりも、夕日の沈みかけた黄昏時。ちょうど、今くらいの時間帯が狙い目だ。
「なるほどな」
表口から湊屋を訪れる客筋は、悪くない。
上方から運ばれた品を求めるのは基本的に懐に余裕のある者たちばかりであるから、金払いという点に置いては上客ばかりである。――無論、だからといって人間性が素晴らしいとは限らないが。
少なくとも周辺の茶屋や酒場を巡って歩いた月代憐慈(ea2630)の耳に、気になる諍いの噂は入ってこなかった。
「船乗りとか人足連中ってのは気性の荒いヤツが多いからな。――下っ端同士の揉め事は全くないってワケじゃないが」
番所や役人が出張ってくるような事件は起こしていないという範疇で。
「そういえば、竜さんが何か気にされていたみたいですが〜」
なんでしたっけ?
可愛らしく小首をかしげた羽妖精につられて、月代も首をかしげる。
「えーと。湊屋の主人の顔とか、性格とか‥‥酒好きってのは、ホントみたいだぜ」
ひとりで飲むのか、店の者たちに振舞っているのかは知らないが。――内働きの小僧が3日と空けずに注文にくるらしい。
「‥‥私生活についてはあまり知られていないな。座の付き合いで料理屋などに行くことはあっても、ひとりで酒場に行くことは‥‥」 1日、歩きまわって集めた情報をひとつひとつ指を折って整理する月代の声を遮って、
声が上がった。
「うきゃあっ?!」
おもわずぴょんと飛び上がってしがみついたアイリスを腕に貼り付けたまま、月代は路地から通りへと走り出る。
夕暮れの空に掛かった白い月は、未だ歪な半円。
しっかりと雨戸を閉めたの店の並ぶ目抜き通りは昼間の喧騒が嘘のように人通りが少なく、しんと静まり返っていた。
「どっちだっ!?」
「あ、あっちの方だと思うですよ〜」
月代の腕を離れてふよふよと空へと飛び上がり、アイリスは高い位置から周囲を見回す。誰かの争う気配と助けを呼ぶ声。
アイリスには意味を成して届いたその音は、月代の耳には意味を持たない音の羅列だった。
■□
―――失敗した‥。
長い間合を必要とする弓は、狭い場所での接近戦には少しばかり部が悪い。
振り下ろされた小太刀を長弓で受け止め、巽弥生は唇を噛んだ。――刀を振るっての勝負なら、互角以上に戦えたものを。
おまけに‥‥
「Ga weg!! Verlaat alleen me!!!」
後ろから意味不明の言葉を投げかけられると気が散って仕方が無い。黙っていろと怒鳴りつけても、止めないところを見ると伝わっていないのだろう。
「何者だ!? 異邦の者ばかりを襲っていると聞くが‥‥」 渾身の力を込めて受け止めた白刃を押し返し、弥生は牙を剥いた襲撃者をにらみ付けた。思っていたよりはいくらか若い。山で暮らす者たちが見につけるような荒っぽい身なりはお世辞にも粋とは言いがたいが、鍛えられた強靭さを感じる。
「何が狙いだ?!」
間合いを計るかのように、足が止まった。
「‥‥お前には関係の無いことだ。邪魔をするな」
ちらり、と。路肩に蹲ったまま、聞き取れぬ言葉で喚き散らす金髪の男に向ける視線には、明かな憎悪の光。――少なくとも、異邦の者なら誰でもいいというワケではないらしい。
「そうはいかない。私もコレが仕事なんだ」
細められた男の目に、険が宿る。叩きつけられる殺気に歯を食いしばり、弥生も掌に感じる長弓を強く握り締めた。
‥‥‥今は、コレで凌ぐしかない。
互いの間合いを計って、睨み合う。深く息を吸い込んだ、刹那――
夜が膨らませる隙間を細い銀色の光が走った。
足元の影から這い登った無形の縄が束の間、男を縛り、そして、途切れる。飛び込んだ月代の月露を一重で躱し、男は身を翻して飛び退った。
「あああ、失敗です〜」
じたばたと手足を振るアイリスの動きに合わせ、月の光にも似た銀の光が揺らめく。今宵の月は、彼女の味方をしてくれなかった。
「‥‥‥仲間、か‥」
走り寄る人の気配を感じたのか、口惜しげに唇の端を引きつらせて男は弥生と月代、そして、蹲る男を睨む。
「―――次は、必ず‥」
その先は、聞こえなかった。
「待てっ!!!」
背後の暗がりに溶ける様にふつりと消えた気配を追おうと足を踏み出し、月代は蹲った男に気づく。
細い月の光にも淡く輝く金色の髪。その髪の間から飛び出した、長く尖った耳。――彼が、もうひとつの探し物なのだろうか。
●闇に潜むモノ
「‥‥なんだが、外が落ち着かないわね‥」
暗がりを半ば手探りで進みつつ、天藤月乃(ea5011)はどこか落ち着かない夜に吐息を落とす。まどろっこしい事、面倒なコトを何より嫌う月乃は、より確信に近い情報を求めて、湊屋への潜入を試みたのだ。
「きっと、オラたちの手助けをしてくれてるだよ」
同じく低い姿勢で屋根裏を移動しながら、志乃はにんまりと笑みを浮かべる。狙いはもちろん、月乃と同じだ。――ちなみに、ふたりが湊屋に潜入することは、誰にも話していない。
「オラ。昼間にちゃぁんと、在庫や帳簿がどこに閉まってあるかを見ておいただよ」
ひみつ兵器“ぱらのまんと”も用意して、万が一、見つかりそうになっても大丈夫。
「何言ってるの」
しっかり書き写してくるだよ。と、張り切る志乃に、月乃はやや呆れたように肩をすくめる。
「いい? 悪巧みってのは夜やるものと相場が決まってるわ。だから、裏取引の現場をしっかり押さえて今後に役立てなきゃ」
証拠さえしっかり押さえれば、そのまま番所に突き出してしまえば万事上手くいくような気もするのだが。
ひとまず、動かぬ証拠を手に入れる為にガンバロウと互いに気合を入れて、そろりそろりと動き始める。
「そういえば。あなた、湊屋さんが鬼かもしれないとか言ってなかった?」
真っ暗な屋根裏部屋で。
共にいくらか夜目の心得のあるとはいえ、やはり回りが暗いと怖い話がひとりで勝手に盛り上がるらしい。ふと、思い出した月乃の言葉に、志乃もこっくりと首を頷かせた。
「んだ。本当の所はわかんねぇんだけどもな。――でも、邪魅って魔物は確かにオラのこの目で‥‥」
暗がりに、赫々と燃え立つ双眸。真っ黒な犬の姿をした魔物は、確かに湊屋の中庭にて冒険者たちと対峙した。
「それで、邪魅ってどんなヤツなのさ」
「‥‥‥ん、とだな‥」
ふ、と。
月が雲に隠されたかのように、闇が一段と深いものになる。
志乃と月乃の他は誰もいないはずの屋根裏に。
「‥‥‥気、気のせいよね‥」
「‥‥‥ん‥だ‥‥気のせいに‥‥違い‥ない‥べ」
下へ、下へと。
どんどん重たくなっていく闇に、ふたりは顔を見合わせる。
「‥‥‥‥帰ろっか‥」
ぽつり、と。
落とされた月乃の言葉に、志乃も異議を唱えなかった。