【神剣捜索】 迷い杜の野疾

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2005年09月29日

●オープニング

 北緯より吹き来たる禍つ風は、昏き暗雲を江戸に広める。
 しめやかに、ひそやかに。
 ゆるゆると流れゆく水の如く色を変え、容(かたち)を変えて。気づかれることなく人々の心に浸透し、気付いたときには世界を覆いつくして嵐を呼び込む。――強く、激しく。息づく命の燈火を翻弄して吹き荒れる騒乱の先駆けを。

■□

 神剣・草薙(くさなぎ)――
 江戸の巷間を騒がせる風の噂にその名が囁かれるようになったのは、盆の薮入を過ぎた頃からだろうか。
 遥か神話の時代、高天原を追放された素戔嗚尊が出雲国で八岐大蛇を退治した折に、体内から現れたひと振りの太刀。――天叢雲(あめのむらくも)とも呼ばれるその太刀は素戔嗚尊より天照大神に献上され、葦原中国へと降りる神の子へ下された。
 日本武尊の伝説とともに“草薙”と名を変えた神剣は、葦原中国(地上)の支配者の証したる三種の神器のひとつとして天照大神の正統なる裔‥‥神皇家に奉じられているという。
 ――そう、伝えられていた。
「でもね」
 番台の前に陣取った少女はそう言うと芝居がかった仕草で肩をすくめ、くるりと大仰に眸を回した。
「本当は違うんだって」
 内緒だけどね、と。思わせぶりに言葉を区切り、少女は頬杖をついて上目遣いに番台の手代を見上げる。
「ええ、と。百五十年前だったかな‥‥とにかく、大昔よ。大きな反乱があって“草薙の剣”はその時に、平のなんとかって人に奪われちゃったらしいのよ」
 反乱が平定され、首魁が討ち取られても。
“神剣”の行方は知れず、その事実も隠されたまま歴史の闇に埋れた。
「‥‥そのような御伽噺を‥」
 いささか呆れ気味に吐息を落とし、それでも単なる世迷言だと斬り捨てられないのは、最近の噂のせいか。
 百五十年前、東国を舞台に大きな戦乱があったのは真実で。都を震撼させた反乱の首謀者――平将門は、自ら“新皇”を名乗ったという。
 高天原(天上)と根之国(黄泉)の狭間。葦原中国を治めることを許されるのは、正統なる天孫の裔‥‥ただ名乗るだけでは足りない。
「それでね」
 手代の胸騒ぎを他所に、少女は黒目がちの大きな眸をくるりと回す。
「御舘が仰るには、行方不明の“草薙”は今もこの江戸にあるのですって」
「みたち?」
 誰だそりゃ。
 聞き返した手代の言葉は、彼女の耳には届かなかったようだ。――関心の向かぬ言葉は聞こえない。都合のいい耳である。
 それでね、と。少女は番台に手をつき身を乗り出した。
「実は、アタシ。その剣の隠し場所を知ってるのよね〜」
「‥‥‥は‥?」
 そんなにあっさり見つかるものなのだろうか。
 彼女の言葉は事実なら、神皇家はもとより都の為政者たちが血眼で行方を捜して見つからなかったものだというのに。
「大手町って知ってる?」
「ええ、まあ」
 江戸城に程近い繁華な通りを思い浮かべて、手代はこくりと首肯する。
「あそこに、小さな鎮守があるのね。――大昔の武将の首塚だって言われてる」
 四方を長屋や商家に囲まれたさほど大きくはない杜は、だが、鬱蒼と不気味な静寂に包まれていた。
 決して広くはない森に、踏み込んだきり帰らぬ者がいるとかなんとか‥‥。
「その鎮守のお社にね、剣が納められているんですって」
「‥‥‥‥へえ‥」
 なんだか眉唾な視線を向けた手代の表情にはまったく気づかぬ様子で、少女はうっとりと両の手を胸の前で組む。
「失われた“神剣”を見つければ、ちょっと格好いいと思わない? ――きっと棟梁にも誉めてもらえるに違いないわっ」
 格好いいとか、悪いとか。これは、そういう問題なのだろうか。
 彼女の思考を測りかねて沈黙した受付係に、少女は手を組んだままきらきら輝く瞳を向けた。黙っていれば、けっこう可愛らしい容貌をしているのだけれど。
「だからね。手伝ってほしいのよ」
「‥‥それは、まあ。構いませんけどね」
 人手を紹介するのが、“ぎるど”の仕事だ。
 なにやら釈然としない様子で眉間にシワを刻んだ受付係を見下ろして、少女は「だって」とこともなげに言い放つ。
「本当にお化けが出たら、怖いじゃないの」

 ――要するに、肝試しの延長なのか?!

 そわそわと嬉しそうな少女の前で肩を落として、吐息をひとつ。
 受付係は大福帳の隅っこに、依頼の算定を書き付けた。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3202 マリア・アルカード(29歳・♀・ナイト・人間・インドゥーラ国)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 天高く、馬肥ゆる秋。
 実りの季節、肥えるのは何も馬ばかりではないらしい。
「あ、こら権兵衛! これはお前の分でねェ!!」
 ぱくり、と。
 田之上志乃(ea3044)がお供えにと用意した稲荷寿司に食いついた愛犬も、冬に備えて身を肥やす時期であるようだ。そして、ここにもひとり‥‥
「あ。コレ、朝ごはん? 気が利くわねー♪」
 ひょいと横合いから伸ばされた手が、取り上げた皿から小さな稲荷をかっさらっていく。
「ああァ!? 何するだ、こンのお供えドロボー!!!!」
 志乃の拳をひらりと躱し、お供え泥棒‥‥今回の依頼人は、奪った稲荷を素早く口に押し込んだ。
 もぐもぐ、ごっくん。
 指先についたご飯粒をぺろりと舐めて。娘は唖然と彼女を見つめる5人分の視線に、にこりと笑う。
「ええ、と。‥‥ひぃ、ふぅ、みぃ‥‥あら、ひとり足りない?」
「すまんな。彼女は‥生憎と用事ができたらしい」
 拍子を取って指差し数え小首をかしげた依頼人の疑問に、結城友矩(ea2046)は苦笑を零した。
 月道を渡ってやってきた異国よりの旅人だと聞いている。――もしかしたら、道に迷っているのかもしれない。
 本来なら“ぎるど”の信用にもかかわること。叱責はともかく、嫌味のひとつくらいは覚悟していた結城であったが、娘はふぅんと首肯する。そういうコトに、あまり頓着のない性格であるようだ。
「お化けに食べられちゃったワケじゃないのね」

 ‥‥今、さらっと何かとんでもないコトを言われた気がする‥

 そう言われれば依頼書にも、善くないモノの存在が匂わせてあったような。
 あれこれ想像を巡らせて渋い顔をした鑪純直(ea7179)の横顔を視界の端に、御神楽紅水(ea0009)はおっとりと疑問の形を言葉に乗せた。「この杜に入ったきり戻って来ない人がいるって話。――本当なのかなぁ?」
 賑やかな江戸の喧騒に少しくたびれ気味の、どこにでもある鎮守の森に見える。――常緑の木立が鬱蒼と枝葉を広げた様は、確かに少しばかり薄気味悪いけれども。それだって、噂が呼んだ疑心暗鬼なのかもしれない。
「ンなことより!」
 言葉を重ねようとした紅水を遮って、志乃がふたりの間に割り込んだ。
「お前ぇさ、一体、何者だべ?!」
 びしりと指を突きつける。
 一応、今回のお財布様だが、お供え泥棒は許しがたい。――修行中の身であるといえ、反射神経にはいくらか自信のある志乃を差し置く手の速さは、干し柿をかっぱらった裏山の猿並みだ。
 ‥‥苦い思い出を重ねると、なにやらいっそう憎らしい。
 ひそかに鑪の頭痛のタネを増やしつつ、だが、もっともな志乃の誰何に、娘は少し考えをめぐらせるようにくるりと大きな眸をまわす。
「そう言えば、自己紹介がまだだっけ? ――アタシは、青葉。亘理青葉(わたり・あおば)よ」
 よろしくね、と。健康的な笑みを浮かべた青葉に向ける志乃の視線は、やはりまだ胡乱なものであったけれども。


●神剣捜索
 草薙の剣――
 幼い頃、寝物語に聞かされた昔話の挿話であったり、節分の祭事で舞われた神楽の題であったり。特別な機会を要して身につけた知識といった類のものではなく、ごく自然に‥‥日本人の魂に刻みつけられた記憶の欠片にも似て。
「草薙の剣、か。刀剣コレクターの端くれとして拝んでみたいものだ」
 振るう者の名と共に、日本の歴史・神話の中に数々の逸話を残した伝説の剣である。結城でなくとも、興味は尽きない。
「神剣‥ですか。神々の地より、人の世に落とされた剣の伝説は幾つもありますが‥‥」
 月道を渡りこの地へと流れ着いたゼルス・ウィンディ(ea1661)は、祖国で覚えた剣の伝説を思い浮かべた。
 彼の国にも、“伝説”の形容詞を冠された剣は存在する。――竜を倒した英雄の剣であったり、神殺しの魔剣であったり。
「‥‥人の身に過ぎた力は、総じて争いの元になるのが世の習い‥‥」
 面倒なコトにならなければ良いのだけれど。
 思案気に眉を寄せたウィンディの言葉に、鑪は眉間に刻んだ縦ジワをいっそう深いものにした。
 暗雲は既に垂れ込めている。
 ウィンディの懸念とは、少しばかり発現の形は違うものであるのだけれど。――草薙の剣には、結城が胸に想う純粋な“剣”としての側面だけではなく、もうひとつの役割があった。
「三種の神器。‥‥つまりね、これを持ってる人が、正統な日本の支配者だって認められるの」
 すごいでしょ?
 鬱蒼と木立の茂げる薄暗く下生えるだらけの参詣道を爪先で飛び跳ねるようにして歩きながら説明し、青葉はふふんと得意げに志乃を見下ろす。
「‥‥ぬな‥ッ?!」
 しゃらくさいものを感じて鼻筋にシワを寄せた志乃の隣で、不満げに唇を尖らせたのは紅水だった。
 青葉の言葉は、志士として聞き捨てならない。
「三種の神器は、神皇家の家宝だよ。――草薙の剣は、京都の御所に大切に保管されているんだから‥」
 持ち出された剣の銘に、驚いたのは事実である。
 こちらの杜が、大昔、この地で起こった大規模な反乱に加わり討ち取られた武将の首塚であるとは聞いた。――武将の墓であるなら、剣が祀られていても不思議ではない。
 不思議ではないが、その剣の銘が“草薙”である可能性は、正直なところ眉唾である。
 それでも、と。どちらかといえば現実主義者であるはずの心が、淡い期待を抱かずにはいられないほど、その銘が持つ吸引力は強く。また、結城の“剣”に対する想いも一方ならぬものであった。
「だから、ね。朝廷は隠してるけど、ホントはうんと昔に剣は京都から持ち去られてしまっているんだってば」
 紅水や鑪にとっては笑えぬことを、青葉はけろりと口にする。――決して意地悪や下心があるわけではなく、彼女はその話を真実だと思っているようだ。
「だって、御舘(みたち)がそう言ったんだもん♪」
 得意げな娘の言葉に、静かに耳を傾けていたウィンディが口を挟む。
「その御舘というのは、いったい何方でしょうか?」
 ぴたり、と。一瞬、青葉の足が止まった。
 あらぬ彼方へと揺れた視線が、記憶をたぐる。――うっかり口を滑らせたりしていないだろうか、と。
「‥‥み、御舘は、御舘よ。偉い人」
「んだから、それはどちらさんだべ?」
 言葉の意味だけなら、志乃にも理解る。
 志乃が生まれ育った忍びの里にも、その名で呼ばれている人物がいた。――もちろん、うっかり声を掛けられるような人ではなかったけれど。
 “草薙の剣”が遥か昔に京都から持ち出されていた、なんて。
 ともすれば子供でも笑い出しかねない胡乱な話を、確信の域にまで引き上げられる人物である。――青葉の思考が少しばかり“おめでたい”コトを差し引いても、ただ人であるはずがない。
「貴方はどちらの御家にお仕えされる方ですか?」
 その家(あるいは人物)は、“神皇”の証しとも言うべき神の器を手に入れて、何を成そうと企んでいるのか‥‥。
 ウィンディの追求に、青葉は気まずく視線を逸らせた。
「‥‥べ、別に深い意味がある訳じゃないわ‥。アタシが神剣を見つけたら、棟梁に誉めてもらえるかな〜とか。月道探索の時は失敗しちゃったから、今度はイイトコロ見せたいな〜とか。そんなこと考えたワケじゃからねっ!!」

 ‥‥‥ほほぅ‥。

 こちらの鎮守は、大昔の武将の首塚であるという。
 いかなる野望を抱き、大義を背負って散っていったのかは、今となっては知る術さえなかったが――。
 きっと、草葉の陰で無念をかみ締めていることだろう。
「‥‥祟られなければ良いのだが‥」
 ぼそり‥、と、一言。
 鑪は沈痛な面持ちで、きりきり痛み始めたこめかみを指で押さえた。
「純直君?」
 顔色の冴えない鑪の様子に、紅水は小さく首をかしげる。気遣わしげに思案を巡らせたどり着いた結論に、紅水は優しい笑みを浮かべて苦悩する少年に手を差し伸べる。
「逸れないよう、手を繋ごっか?」
 やっぱり、お化けが出てきたら怖いものね。
「なァに、安心してええだよ。ああいうのが出るなァ、昔っから夏と相場がきまっとるだからな!」
 今は、お彼岸。
 誰がなんと言おうと秋である。――いったい、どこにその根拠があるのか自信満々の志乃の慰めに涙が出そうだ。


●祀られし剣
 首の後ろがぴりぴりする。
 束ねた髪の仕業かとも思ったが、そういう感覚でもないようだ。――喩えるなら、ちらちらと鈍い刃物をちらつかされているような。幾つもの修羅場を潜り抜けてきた経験が発する警告。
 身に差し迫る焦燥は感じなかったが、不快には違いない。
 油断なく周囲の気配を探る結城の表情にウィンディは口の中で呪文を呟き、手方の素早く片手で印を結ぶ。木立ちが作る薄暗がりにぼんやりとした淡緑の光が浮かび、召還に応えて集まった風精がふわりと魔術師の銀髪を揺らした。
「‥‥やはり、この先に何かがいるようです‥」
 風が伝えた災いの予感にわずかに顔をしかめたウィンディの斥侯に、結城は佩びた得物に手をかけた。闘気を練りつつ、左手で刀の鯉口を切る。心を落ち着け、漂う不穏を辿って敵を探した。
能天気な紅水と志乃に挟まれて微妙な肩身の狭さを体感していた鑪も、“桃の木刀”を握り締める。――その紅水も“●キブリ殺し”と名を馳せた月道渡りの秘密兵器(?)を両手で構えた。
 いつでも術を使えるように印を結んだ志乃の隣で、こちらも手裏剣を取り出したものの青葉は何やら浮かぬ様子。
「‥‥はぁ、ついてない」
 落とされた吐息に気づき、結城は唇の端に太い笑みを浮かべて勇気付けるように刀をぽんと叩く。
「なに、案ずるな。貴殿を守るのが拙者たちの仕事。それに‥‥」
 草薙の剣をこの目で拝むまでは死に切れない。――そう、戦うべき相手が首塚の怨霊であっても。
 必ず血路は開いてみせる、と。腕に力を込めた勇気の決意に、青葉はますます表情を曇らせた。
「‥‥怖いお化けには絶っ対、当たらないって、自信あったんだけどなぁ‥」
「‥‥‥‥‥」
 どこから突っ込んでくれようと肩を震わせた結城の鼻先をかすめ、

 ぽとり。

 何かが乾いた地面に転がった。
「‥‥うん‥?」
 視線を落とせば、1枚だけ葉をつけた小さな木の枝。――この場にあって不思議なものではなかったが、むしり取られたかのような切り口が気に障る。
 無意識に視線を転じ、見上げた視線の先に、それはいた。
 獲物を値踏みするかのように、暗がりから見下ろす無数の目。‥‥じっと目を凝らせば、ゆっくりと浮かび上がる白く青ざめた、人の顔――
 時間にすれば、瞬きひとつ。
 だが、それはとてつもなく長久にも感じられ‥‥
 互いに目を逸らす事なく。それは、ゆっくりと動き始めた。――獲物との距離を測るように反らされた首の‥‥その異様な長さが、鎌首をもたげた蛇にも見えて。
 極限まで曲げられた発條が、弾ける寸前の静寂。刹那――
「‥‥上だ‥ッ!!」
 鞘ばしる剣が必殺の闘気を込めた一条の朱光となって、暗がりに閃く。

 ―――ザシュ‥ッ‥

 斬り上げられた生首は、赤黒い血を飛沫かせて中空に弧を描き‥‥数回、跳ねてごろりと地に転がった。

 ぎゃあああぁ―――

 怒りと苦痛。
 梢を奮わせ響き渡ったその声は、人間の者ではなく‥‥
 それを合図に、木の上のソレは一斉に冒険者たちに襲い掛かった。
逸る心を落ち着けるため、深く息を吸い込んで。――掌に伝わる得物の存在を強く感じ取り、身体の一部であるかのように完全に操ることだけに心を研ぐ。
風精の息吹を示す淡い緑の光が、戦いの勝者となる者たちをほのかに照らした。

■□

「‥‥釣瓶落とし、か‥」
 これが、“帰らずの森”の正体らしい。――木の上で暮らし、獲物の頭上から襲い掛かる妖怪である。油断さえしなければ、冒険者たちにとってはそれほど恐ろしい相手ではない。
「‥‥怨霊ではなかったようだな‥」
「だから、大丈夫だって言ったじゃない。――アタシ、運はいいんだから」
 ホッとしたような、少し物足りないような。複雑な気分を噛み締める冒険者たちを前にして、青葉だけがご機嫌だ。
「昔の戦さで討たれた武将の首塚全部に怨霊がついていたら、この辺一帯、怨霊だらけよ?」
 青葉の説明によると、騒乱の折、反乱軍に与して朝廷軍に討たれた武将の塚だと銘打たれた場所はひとつではないらしい。――ちなみに、ここを選んだのは“女の勘”が働いたからだとか。
「さあ、ついた☆」
 差し示された指の先には、小さな祠。
 人が踏み込まなくなってから、どれほどの歳月がたつのだろう。風雨にさらされ朱の落ちた姿が、栄枯盛衰の憐れを誘った。――果たして、ここに納められているのは神剣なのだろうか。
「開けるぞ」
 ひとこと声をかけて、結城は扉に手をかける。
 ふりつもる歳月の重みに朽ちた封にその力はなく、扉はゆっくりと軋みながら外に開いた。
「へぇ、中はこったらなってるだか?」
 興味深げに覗きこんだ志乃の目に、形ばかりの祭壇とその上に載せられた一振りの剣が映る。
「これが草薙の剣でござるか」
「少々、お待ちを」
 近づこうとした結城を制し、ウィンディは持ち物の中から手早く経文を取り出した。するりと巻物を解いて、記された呪文を読み上げる。――微かに変わった周囲の空気が、魔法の完成を周囲に告げた。
 水の匂いが鼻腔をくすぐる。足元に湧き出した水鏡を覗くことができるのは、術の施行者であるウィンディだけだ。
 覗きこんだ鏡の中に、光が浮かぶ。祭壇に祭られたその剣は、確かに白い光につつまれていた。
「では。どの様な刀身か確かめさていただく」
 声は緊張で少し震えていたかもしれない。
 懐紙を咥え、左の手で置かれた刀を取り上げる。――ウィンディが何か言いたげに眉を動かしたが、今はこの刀と語り合いたい要求に逆らえない。
 ごくり、と。誰かが喉を鳴らした。
 ボロボロに朽ちた鞘から、ゆっくりと刀身が引き抜――
「‥‥‥‥‥」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥抜けん‥」
「は?」
 憮然と落とされた結城の言葉に、顎が落ちる。

 伝えどおりの場所に、納められた一振りの刀。
 確かに、魔力を秘めていた。
 それが、
 ‥‥‥抜けない‥‥?!

 愕然と立ちすくんだ冒険者たちの頬を撫でる秋風は、はっとするほど冷たくて。