【迷い杜の野疾】 嘆きの火精

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月16日〜10月23日

リプレイ公開日:2005年10月24日

●オープニング

 古の武将を祀った社には、刀が一振り。
 水精の魔法が紡ぐ“真実の鏡”にも白い輝きを映すその剣は、確かに魔力を帯びていた。――残念ながら、神剣“草薙”ではなかったのだけれども。
 それでも、魔剣には違いない。
 眉唾ものの宝探しの成果としては、上出来である。
 大発見だと、喜べないのは――

■□

「‥‥詐欺だわ‥」
 聞き捨てならない不穏な響きに番台に着いた受付係は、いかにも不満げな依頼人にちらりと視線を向けた。
 初顔ではない。彼女がこの番台に座るのは、これで2度目だ。
「どうして、魔力を帯びた刀が錆びるのよ」
 不満そうに唇を尖らせる。
 可愛らしいと思えなくもないが、おつむの程度はイマイチ頼りなさげだ。――とりあえず、筋道を立てて考えるのは嫌いらしい。
「そりゃあ、まあ。刀は刀ですから。扱いが悪ければ錆びますよ」
 手入れもせずに放置しておれば、傷んで当然。値打ちの逸品をぞんざいに扱う粗忽物には、その辺に生えている木の枝で十分。――きっぱりと断言されて、亘理青葉は気まずく視線をあらぬ方向へ彷徨わせた。
「べ、別にアタシが管理していたワケじゃ‥‥」
「おや。違うんですか?」
「違うわよ」
 では、どこから持ってきたのか。暗に突っ込まれて、返答に詰まる。
 大昔の武将を祀る鎮守の社からかっぱらっ‥‥こほん‥‥拝借してきたのだ、とは流石に言えない。

「と、とにかく」
 強引に話を引き戻して、青葉は“ぎるど”の係を睨めつけた。
「何とかしてよ」

 ‥‥‥そんなこと言われても‥‥。

 今度は受付係がたじろぐ番。
「江戸での用向きが終わったから、棟梁はもうすぐお郷に帰っちゃうのよ。――このままじゃあ、アタシはものすごく役立たずっぽいじゃない‥」
 既に立派な“役立たず”である気もするが。
 負けられないのに、と。大袈裟にしゃくりをあげた青葉を前に、“ぎるど”の手代は盛大なため息をひとつ。
 このまま居座られても、後が支えるばかりである。
 彼女ひとりにいつまでもかまけていられるほど“ぎるど”も暇ではない。
 どうしたものかと思案気に依頼を書き付けた大福帳をめくり、ふと良い知恵を思いついて手代はにんまりと笑みを浮かべた。

■□

 江戸の近郊――
 街道沿いに半日ばかり歩いたところに、村がある。
 取り立てて珍しいものがあるわけではないのだが江戸にも近くて足回りもよく、近くに良い湯治場などもあるため、楽隠居には格好の場所として知る人ぞ知る名所であった。
「‥‥ちょっと、アタシはまだ隠居する気は‥っ」
「誰も貴方に隠居を勧めているワケじゃありません」
 むしろ、そちらの方が世のため人のためという気もするが。
 人の話は最後まで聞け、と。青葉を睨み、手代は開いた大福帳の書付を読み上げる。
「この村に、私の知り合いがおりましてね。――家業を息子夫婦に任せ隠居して久しいが、かつては腕の良い鍛冶屋でした」
 その男が“ぎるど”に寄越した一通の手紙。
 単なる季節の挨拶ではもちろんない。

「鬼火が出るというのです」
「鬼火?」
 一瞬、怪訝そうに眉を顰めて記憶を探り、娘はすぐに小さく頷いた。
 夜、森や町外れをふわふわと漂う無数の炎。
 怪談には欠かせない存在だが雰囲気を盛り上げる小道具ではなく、歴とした物の怪‥‥火の精霊であるといわれている。さほど凶暴なものではないが、火を悪しきコトに使おうとする者に襲い掛かるとされており、手代の知り合いは気を揉んでいた。
「鍛冶屋というのは火をつかう職業にございますからね。嫌な予感がするというのです」
 単純に気味が悪いということもあるだろうけれど。
「鬼火たちが騒ぐ原因がわからぬままでは、彼も仕事が手に付かないでしょう。――訪ねて行ったところで無駄足になりかねません」
 そう言って、手代はにっこりと微笑んだ。
「ひとつ行って調べてみませんか?」
 力になってやれば、お礼にその剣も鍛えなおして使えるようにしてもらえるかもしれませんよ。
 どこから見ても営業用の完璧な微笑は、見る者が見ればあざとい光を浮かべていたかもしれない。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0914 加藤 武政(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 胸がどきどき。
 このときめきは“恋”なのか、“変”なのか‥‥
 なにやら胸のあたりを手で押さえ、切なく吐息を落とす男がふたり。
「錆びる魔剣! いーなー、ほしいなー」
 触らせてくれないかなぁ、と。
 風呂敷に包まれた細長い包みに怪しげな秋波を送る加藤武政(ea0914)と、いまひとり。同行する娘たちの容姿に笑みを深くする陣内晶(ea0648)。
「見目麗しい美人と一緒。いい機会ですねー♪」
 大豊作の大当たりだ。うきうき、わくわくの小旅行は端から見ると、やっぱり少しアレ‥かもしれない。
「見目麗しい美人ってアタシのコトよね?! やっだー、陣内さんってば、正直者なんだからっ☆」
 陣内の言葉に相好を崩した依頼人・亘理青葉のご機嫌な背中を見やり、心ある者たちはそれぞれ思惑の行方を憂う。
「いいのかなぁ、持ってきちゃって‥‥」
 仮にもご神体として、祠に納められていた剣だ。
黙って持ち出すのは如何なものか。紅桜の轡を引きながら吐息を落とした御神楽紅水(ea0009)に、こちらも田吾作の引き手を握り締めた田之上志乃(ea3044)も相槌をうつ。――因みに、権兵衛は加藤の愛犬・克矩と共に一行の前後を行きつ戻りつ、友情を深め合っているようだ。
「んだ。なんぼ錆びとってもなぁ‥‥」
「まあ、そう言ってくれるな。‥‥あの場所に納められた剣。それも魔力を秘めているものであるなら、是非、刀身を拝んでみたいという気持ちは‥‥」
 理解らなくもない。
 最後の言葉を口の中で呟いた結城友矩(ea2046)は、どちらかと言われれば加藤と同じ気持ちである。刀身‥‥刃紋を見るだけでも、判る者には判るのだ。
優れた刀への憧憬は、武門の家に生まれた者、また強くありたいと志す者ならば無理からぬこと。
「しかし、やはりあの場所は――」
先日、神剣を探す青葉の依頼で訪れた鎮守に眠るとされる武将の名を脳裏に浮かべ、鑪純直(ea7179)は胸に支える不穏を想う。
 戦さに破れ歴史に埋れた者ではあるが、その名には未に不吉な響きがつきまとうのだ。――男が抱いた無念と恨み。その重さを暗喩するかのように。
「なぁに、大丈夫だべ」
 眉間に縦ジワを刻んだ生真面目な少年の背中をポンと叩いて、志乃は朗らかな笑みを浮かべる。
「祟られるのは、青葉どんでオラたちじゃねェ」
「失礼ねっ! このアタシが祟られるワケないじゃないっ!!」
 何を根拠にしているのかは不明だが、能天気な自信に溢れる娘がふたり。
 彼らは知らない。――災いは“信じぬ者”より“信じる者”へ。“強き者”より、“弱き者”へと跳ね返るということを。


●刀匠の憂い
「鬼火が現れるようになったのは‥‥そうだな、半月ほど前だろうか」
 冒険者たちが持参した紹介状を読み終えて、初老の男はおもむろに口を開く。――隠居だと聞いていたので枯れた老人を想像していたのだが、件の鍛冶師は意外にもがっしりとした体躯の持ち主であった。
「‥‥ちょうど神剣争奪の大騒ぎがひと息ついた頃か‥」
 己の記憶に符合する時間を測り呟いた結城の隣で、志乃は眸を輝かせて胸を張る。
「んだ。皆してお城の地下さ潜ったべ? そンで、源徳と伊達のお殿様からご褒美に、これ(柊の小柄)とこれ(小太刀「四季彩」)を頂いただ。――オラの郷ァ伊達のお殿様に年貢納めとるだから、里帰りン時に威張れるだよ!」
 得意げな志乃の横で、青葉は面白くなさそうに頬を膨らませた。
 神剣だと信じて探し出した刀は草薙ではなく、その上、錆びて鞘から抜けないのだからクサりたくなるのも当然か。
「‥‥ずるいわ‥」
 恨めしげにぼそりと落とされた呟きを聞いたのはすぐ隣に座った陣内と、志乃の言葉にちらりと青葉を窺った鑪のふたりだけだった。――青葉と彼女の主であろう御舘や棟梁との関係をなんとなく脳裏に思い描いて、ちょっぴり憐憫をもよおした鑪である。
「ほお。江戸ではそんなコトが‥‥」
 神剣争奪のいきさつに鍛冶師は、少し気遣わしげな憂を浮かべて遠くを見つめた。
 噂ひとつに、諸侯が動く。表面上は上手く乗り切ったように見えるけれども。――結果として、噂ではないことが広く知れ渡ってしまったから。この先も源徳公は難しい舵取りを強いられる。
泰平を信じていた江戸は、思いがけない火種を抱え込んでいるのかもしれない。
「それで、鬼火が出るのはどの辺りだろう?」
 墓場か?
 寺か?
 鬼火の件を見事解決に導いて、錆びた魔剣を鍛えなおしてもらわなければ。
 ついでに、愛刀「造天国」を砥いでもらえたら嬉しいな。などと、密かな希望を抱いて話を進める加藤の刀への熱い情熱は、きっと隣に控える結城にも負けない。


●嘆きの火精
「お手数だが、しばらく宜しいか?」
 見慣れぬ侍に呼び止められた百姓は、その丁寧な言い回しに訝しげにしながらも頷いた。
 錆びた魔剣を鍛冶師の手元にひとまず預け、手分けして目撃証言を集める。
 鬼火が現れた場所、時刻、数。
 その他、気づいたコトはなかったか、など。
 鍛冶師の言葉のとおり。鬼火が村に現れたのは、江戸での神剣争奪が一段落した頃からだった。
 村の北側‥‥空き家となった民家が一軒、ぽつりと建っているだけの寂れた辺りに、日が暮れると無数の火が揺れるのだという。――目撃者といっても正体を見極めてやろうという豪胆な者はなく、逃げ帰って念仏を唱えるのがせいぜいで。そのおかげというものでもないだろうが、今のところ、コレといった被害は出ていない。
「とりあえず浮いているだけで被害なしって事は、警告とかそんな感じかもですな」
 のんびりと見解を述べた陣内に、加藤も聞き集めてきた村人たちの話を振り返って首をかしげた。
「うむ。だが、その原因がに心当たりがないというのもひっかかる」
 祭られていた社を壊したとか。
 お参りがおろそかになっている、とか。
 尋ねてみたが、心当たりはないと言う。
 そもそも、この村に火の精霊を特別に祀る風習はないのだそうだ。――鍛冶師の男がこの村に住みついたのも、隠居が目的である。
「でも、突然、ぽんと現れたにしても不自然だしねぇ。‥‥きっかけはあるんだよ、きっと」
 思案気に頬に手を当てた紅水は、険しい表情で腕を組み何やら考え込んでいる結城に気づいて声をかけた。
「結城さん?」
「‥‥‥あ、いや‥‥」
 なんでもない‥と、言いかけて。ふと思いなおして、口を開く。
「鍛冶師殿の話を思い出していたのだ」
確かに少し気がかりな話ではあった。憂い顔の鍛冶師をちらりと思い浮かべて、陣内はああと納得したように小さく首肯する。
「でも、あれはこの村の話じゃなかったですよね?」
 目覚めた時に、身に覚えのない怪我を負っている‥‥そんな、奇怪な現象が方々で起こっているらしい。
 痒いところを無意識に掻き破ってしまったとか、そういう話ではなく。
 傷はどれも刀傷であるそうだ。当人たちに自覚はなく、夢を見ているような気もするが覚えていない。
 悪くすれば、深い傷を負ったまま布団の中で息絶えていることもあるという。――その時は、決まって耳や鼻など、身体の一部が持ち去られていのだそうだ。
 そんな不気味な話が江戸のあちこちで起こっていると聞かされた矢先の鬼火出現で、疑心暗鬼にいっそう拍車が掛かっているのかもしれない。
「う〜ん。でも、その噂は鬼火の出るもっと前からよ?」
 けろりと言った青葉に、視線が集まる。
「知っているのか?!」
「だから、そういう噂話でしょ? アタシもいくつか聞いたような気がする。――こーゆー話は、 “ぎるど”の人に訊いてみるのがいいんじゃないの?」
 大きな話になっているのなら、“ぎるど”に知っている人がいるかもしれない。真理だが、イマイチ危機感に欠ける気がするのは、発言者がこの娘であるせいだろうか。

■□

「この辺りだな」
 寂れた民家を外から眺め、鑪は注意深く周囲を見回す。
 のんびりと穏やかな秋の光をなげかける太陽はまだ天頂に近く、鬼火の現れる時刻ではなかったが用心にこしたことはない。
 志乃とふたりで現場の下見にやってきたのだ。
 見たところ、この辺りでは良く見られる普通の民家だ。前庭を広くとってあるところなどは農家らしい。――と、いっても。今は雑草が伸び放題だが。僅かに開いた戸口に向かって、踏み倒された草が細い道を作っている。
「鬼火ってなァ、他に飛び火したりはしねェだか?」
 こんなところに火がついたら危ねェべ。などと、言いながらがさごそと雑草を揺らせる志乃の言葉にほんの少し顔をしかめ、鑪は意識して肌に触れる大気の揺らぎに集中した。
 雑草のざわめき、空気を震わせて伝わる緩やかな波。
 どこか他とは違うところはないだろうか‥‥

 目を閉じて、感じる。
 背の高い雑草を踏みしめる志乃の足音。
 少し歩きにくそうだ‥‥苦闘している友人の姿を思い浮かべて、ふと口元に笑みを刷く。そして、気づいた。
 鬼火には、足がない。


●螢惑星 〜争いを招くもの〜
 ぼう、と。
闇の中で火が揺れる。
 浮かび上がった炎は揺らめきながら、ひとつ、ふたつと数を増やして。寂れた民家を不気味に照らした。
「‥‥あれか‥」
「しいっ」
 ふわふわと漂う火の玉の出現に僅かに腰を浮かした加藤の袖を慌てて掴み、紅水は人差し指を唇に当てる。
「‥‥すまん‥」
 呟いて、加藤は砥ぎあがったばかりの造天国をしっかりと握り締めた。

 鑪と志乃が見つけたのは、廃屋であるはずの民家に人が出入りする痕跡。――だが、人が火が使った跡はない。
 人目を避けて、闇に紛れてこんな場所に出入りする。にも関わらず、明かりを使おうとしないのは‥‥。
「きっと、まっとうな人間でねェんだべ」
「――鬼火は火を悪しきコトに使おうとする者に襲い掛かるなんて話もありましたね‥」
 本当かどうかは知らないけれど。
 そういえば、と。記憶を手繰り寄せた陣内に、紅水が小首を傾げた。
「でも、それじゃあ誰かが襲われてるんじゃいのかなぁ?」
「‥‥襲われたコトを公にできない。あるいは、返り討ちにするだけの力を持つ者であるのかもしれんな」
 冷静に可能性を指摘して、結城はちらりと青葉に視線を向ける。
「どうする?」
「‥‥どうって言われても‥」
 鍛冶師に剣の修復を頼むには、まずこちらを解決するのが約束だ。――選択肢はあってないようなものであるのだけれど。

■□

 息を殺して、中を窺う。
 優良聴覚を持つ志乃の耳を持ってしても、低く抑揚のない声はひどく聞き取りにくい。
 鬼火が投げかける不吉な光に浮かんだ鬼面は全部で5つ。――5人の人間がいるというのに、その気配はひどく希薄で。
 かすかなその声が聞こえなければ、本当に人がいるのかも疑ってしまいそうだった。
「‥‥筋書きは狂ったが‥‥‥の結果そのものは悪くない。だが、‥‥は、今以上の混乱を望んでおられる」
 不吉な声は、その低い音のまま不穏を紡ぐ。
「今一度、乱世となれば、‥‥が、天下に覇を唱えることも夢ではない。その為にも‥‥江戸には焦土となってもらわねば‥‥」
「なっ?!」
 競りあがった驚愕に慌てて口を押さえたが、低い声はぴたりと途切れた。代わりに、冷たい静寂が支配する。
 完全に圧し隠された気配に、冷たい汗が噴出した。
 鎮守の杜に棲みついた釣瓶落し。あるいは、村を呑み込んだ死人憑き。ただ垂れ流される殺意より、怖いのはむしろ‥‥
 討って出るべきか、踏みとどまって様子を見るか。
 極限の選択を迫られていコトを自覚する。――呼吸さえままならない緊張感に、得物にかけた手が震えた。
 その緊張の糸を切ったのは――

 ‥‥‥ごん‥っ

「‥‥い、ったぁ‥」
 鈍い音と涙声。
 顔をあげると頭を抑えた青葉の姿が視界に飛び込んできた。――雨戸を開け放って踊りこむつもりが、敷居に足をひっかけたらしい。
「‥‥ドジ‥」
 ばか、と。悪態のひとつもつきたいところだが、救われたのも事実。口の端に苦笑を浮かべて鑪は、ちらりと傍らの陣内に視線を向ける。こちらも笑みをかみ殺した顔をして、刀の鯉口を切っている。
「―――青葉、か?」
 彼女の名前を呼んだのは、思いもかけぬ口。
 ぽかんと口を開けたのは青葉の方で。――どこかで聞いたことのあるような。怪訝そうに眉をひそめた少女の表情が、ゆっくりと驚愕に変わるのを陣内は何か不思議なものを見るように眺めた。
 可愛いなと思ったが、さすがに今はそれどころではない。
「江戸を焦土にするとはどういうコトだ?」
 返答の如何によってはただではおかぬ。すらりと鞘を払った剣を正眼に構えた結城の問いに、金泥を塗った鬼面の眼が僅かに動いて侍を見る。
「‥‥貴様らには関係のない話だ」
「関係ないかどうかを決めるのは、貴様ではないぞ!」
 怒鳴った加藤の視界の端で、鬼面のひとつがぼうと赤い闘気の光に包まれた。見る間に完成した術は、一陣と風と化して閃く。
「‥な、早っ」
 咄嗟に構えた造天国が鈍い衝撃を受け止めた。反射的に押し返そうと緊張した腕がふいに軽くなり、頬にかすかな風を感じる。刹那、
「‥‥が‥っ」
容赦ない蹴りをわき腹に受け、加藤の身体は茂った雑草の中へ吹き飛ばされた。剣技に格闘術を融合させたその技は、加藤自身も鍛錬し身につけた陸奥流の戦闘技術。
「加藤さんっ?!」
 小太刀を握り締めて紅水は唇を噛む。
 7対5。数では勝っているが、純粋な戦闘力では相手の方が上だ。――彼らはきっと、魔法を唱える隙など与えてはくれないだろう。
 切り抜けられるだろうか。
 鬼面の男たちの器量を測り、鑪も冷静に思考をめぐらせた。
「青葉」
 低い声が青葉を呼ぶ。
 邪魔をするな、と。ひと言告げて、鬼面はひとつ、またひとつと闇の中へと消えていった。

 鬼火が、揺れる。
 火を悪しきコトに使おうと企む者たちに、適わぬ非力を嘆くかのように。